魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
七月下旬、夏休みはまだまだ始まったばかり――にもかかわらず、僕は制服を着て、学園へと登校していた。
一応先に言っておくと、補習ではない。補習はまた別の日だ。
僕が休みの日にわざわざ学園を訪れた理由は、
七月下旬から八月上旬まで、およそ三週間近くの日程で行われ、その期間は街全体を巻き込むお祭り騒ぎになるらしい。
主催および開催地は僕たちの通う学園で固定されており、オリンピックなどと同じように、四年に一度の開催とのこと。どう
個人戦、チーム戦、学園対抗戦と様々な形式の異能試合が予定されており、大会本番は明日から。
今日は学園関係者および代表選手の懇親会ということで、全ての学園の大会に出場する生徒たちが、僕たちの学園へと集結する。僕はその様子を見学しに来たというわけだ。
海外を含めた、よその異能学園の生徒たちを見るなんて機会、そうそうないわけですし。
そんな純度百パーセントの野次馬根性で学園に到着すると、僕と同じことを考えたであろう生徒たちが数多く集まっており、懇親会が行われる会場近くは人でごった返していた。
そのため僕は、会場近くの別の建物に入り、その上階から見学することに決める。距離は少し遠くなってしまうが、まあしょうがない。
さっそくその建物の二階バルコニーに移動すると、先ほどよりは少ないものの、僕と同じ目的であろう生徒たちの姿がチラホラと見受けられた。
そしてそのなかには、僕の良く知っている人物たちの姿も――
「どうだ冬二。ここなら人も少なくて見やすいだろ?」
「ほんとだ。相変わらず宗助はこういうのよく把握してるな」
そう、主人公属性モリモリの我が友――綿谷冬二である。そしてその隣には、親ポジ(親友ポジション)である宗助の姿もあった。
そんな二人の姿を確認し、僕はバレないようその傍へと近づく。二人のその会話を盗み聞きするために。
「けど、黙って会場を抜け出すことなかったんじゃないか? そのせいで、茜たちからめちゃくちゃ連絡来てるんだが」
「まあ赤花たちには悪いことしたと思ってるよ。けど、これから戦うかもしれない相手の
そう言って、宗助は懇親会が行われる会場近くを指さす。冬二と僕がその指先に視線を向けると、そこには会場へと向かう見慣れない制服の集団がいた。
「
僕の想像していた通り、異能社会の知識に疎い冬二に対し、宗助は他校の詳しい解説を始める。主人公へ必要な情報を与えるその姿は、まさに親ポジの鑑。
そして冬二同様、当然ながら僕もその手の知識には疎いので、ありがたく拝聴させていただくとしよう。
「おっ、あっちはサラスティナ異能学園だ」
次に宗助が指さしたのは、その風貌が明らかに日本人離れした生徒集団。
「あれって、もしかして海外の学園か?」
「ああ、欧州の有名な異能学園で、拳聖祭の総合優勝回数はウチに次ぐ2位。この学園の注目ポイントは、なんといってもリリアーナ王女だな」
「リリアーナ……王女? それって二つ名とかそういうやつか?」
「違う違う、ガチモンの王女様だよ。ジール王国第一王女。美人で心優しくて、まるで聖女のような方らしいぜ。かつて悪魔の侵略から国を救った英雄――『エルナリーナ』の生まれ変わりとも噂されてるしな」
「ってことは、あの中にその王女様がいるのか?」
「う~ん……。いや、あのなかにはいないな。おそらく懇親会は不参加なんじゃないか? 王女という立場もあるし、気軽にパーティーってわけにもいかないんだろ。実際、いくつかの交流イベントには参加しても、競技自体には出ないらしいぜ。そもそも、こうして日本に来たこと自体驚きだしよ」
宗助は海外の学園事情にも詳しいらしく、その特徴を詳しく説明していく。
そんなふうに、口だけでなく手振り身振りも加え、生き生きと解説を続けていた宗助だったが――
「――んで、あの学園が…………」
とある生徒集団が会場へと入っていくタイミングで、その動きがピタリと止まる。
「……宗助?」
「…………あ、いや、なんでもない。ちょっと懐かしい制服が目に入っただけだ」
「懐かしいって、あの学園のことか?」
「ああ……、
「仙秋って、たしか……」
「そうさ、俺が以前通っていた学び舎だ。こっちで言う中等部までな」
そう言って、宗助はどこか含みのある表情で、その仙秋異能育成高等機関とやらの学生を見つめる。
……まーたそうやって匂わせムーブしやがって。最近ようやく屋上に来なくなったから、スパイ的なサムシングが解決したのかと思ってたのに。
「やっぱり、ちょっと懐かしかったりするのか?」
「そうだな…………。ついこの前のことなのに、随分と懐かしく感じるよ。故郷を離れて、この学園で冬二とたちと出会って…………っておい冬二! あれ見ろあれ!!!」
どこかしんみりとした空気になりそうだった冬二と宗助の会話だったが、宗助が突如大声を上げることで、その雰囲気をキャンセルする。
宗助が冬二の肩をつかみながら指さしたその先には、見るからに華やかな女子生徒の集団が歩いていた。
「
過言だろ。歴史ある伝統行事をなんだと思ってんだ。
「しかも集団の先頭を歩くのは、あの若手トップ女優の
「……誰だ?」
「バカお前知らねえのかよ! 今をときめく現役の芸能人だぞ!」
宗助の言葉通り、集団の先頭には一際美人の、それでいてオーラのようなものを放つ女子生徒が優雅に歩いている。
「しかもレナちゃんは、麗華台でただ一人のAランク異能者。顔もよくて演技もできて、異能までトップクラス。非の打ち所がないとはこのことだよなあ。どうにかして仲良くなりたいもんだぜ。あわよくば、公式プロフィールには載ってないスリーサイズも……」
きっしょ。
「お前、ほんとぶれないな…………ってあれ?」
「ん? どうかしたか?」
「いや、今そのレナって人と、一瞬目が合ったような気がして……」
「ハハ! そんなわけねえだろ。相手はドラマの主演を張るような大女優だぞ」
「まあ……、そりゃそうだよな」
多分合ってるぞ。さすが天然ハーレム主人公、息をするようにフラグが建設されていく。ただただ羨ましい。
しかし、自分が女優とのフラグを立てたことなど気づきもしない冬二は、麗華台とは少し離れた場所を歩く集団に興味を持ち、宗助に尋ねる。
「なあ宗助、あの学校の詳細わかるか? あいつら全員、制服越しでもかなり筋肉ついてるのがわかる。あれは相当鍛えてると思うんだ」
「ん? ああ、ありゃ
「……」
「……」
「……え、それだけ?」
宗助は男子校であることだけ説明すると、それ以上一切口を開かず、視線すら向けようともしない。女子高を解説してた時との熱量差よ。
まあ現役女優を含めた女子生徒に大して関心を示さず、男子生徒の筋肉に興味津々な冬二も、それはそれでどうかと思うけど。
その後も、生徒集団が通るたびに、宗助の詳しい解説は続いていく。
そうして懇親会の開始時刻も近づいてきたころ、当然見慣れない制服ばかりのなかで、どこか見覚えのある制服を身に着けた集団が目に入る。
「あれ、あの制服……どこかで見たことあるような……」
どうやらそれは冬二も一緒だったらしい。
「多分駅とかでみかけたんじゃねえか? ありゃ
ああ、なるほど。それで見覚えがあったわけか。
「氷神の特徴を一言で表すとしたら、『データ集団』ってとこかな。徹底的に相手の情報を収集し、その情報をもとに嫌らしい戦い方をしてくる。ちなみに冬二、お前らのチームが開会式直後の初戦で対戦する相手――この氷神学園だぜ」
「……さっき学園名を聞いて思い出したよ。この前の放課後、見慣れない集団が、俺たちの異能訓練をカメラで撮影してたことも、な」
「なるほど。既にばっちりデータを取られてるってわけだ。氷神に高ランク異能者はいないが、油断してると足元すくわれるぜ?」
……かませくさいなぁ。初戦で主人公チームと当たるデータ集団とか、『な、なにぃ!? こんなのデータにないぞ!』みたいなこと言わせるための舞台装置じゃん。
「もちろん油断するつもりはないさ。学内予選では手も足も出なかった
「へっ……、余計な心配だったか。ちなみにどうだ? 次、
「ある」
「おっ、言い切るじゃん。やっぱり、
「ああ、
「まっ、メンターはこの時期忙しいし、担当チームにかかりっきりなんだろうよ」
「それもそうか。まあなんにせよ、俺だけじゃなくチームのみんなも、それぞれのやり方で着実に力をつけてきてるんだ。本戦では今度こそ、深国さんのチームに勝ってみせる……!」
こぶしを固く握りしめ、気合のこもった表情で、冬二は堂々と宣言してみせる。
敗北を
僕が爆発オチとかギャグ漫画みたいなことをかましてる間に、案の定いろいろと主人公イベをこなしていたらしい。
そして何より羨ましいのは、指導者の件だ。話を聞く限り、どうやら冬二は優秀な指導者と巡り会えたようで。
うちの
「おっし、そろそろ会場の方に戻ろうぜ。懇親会が始まっちまう」
「だな。……ってヤバッ、茜たちからの着信がすごいことになってる」
そうして、全ての学園が会場へ入場したのを見終えると、冬二と宗助はその場から去っていく。
他の生徒たちも同様に、どんどん二階バルコニーから離れていき、その場に残ったのは僕ただ一人。
「……やっぱり違うなぁ」
夏の日差しが照りつけ、セミの鳴き声が響く中、去年から嫌というほど味わっている
僕が冬二に対して抱く、劣等感というやつを。
正直なところ、ちょっと最近の僕……いい感じじゃない?――などという思いもあったのだ。
本当に何もなかった一年の時と比べ、バイトしたり、
もちろん上手くいかないことの方が多いが、それでも少しずつ、主人公っぽくなってきたのではないかと、そう思っていた。
ところがどっこい、主人公オブ主人公の冬二は、拳聖祭の学内予選とやらに参加し、優秀なメンターから個人指導を受け、相も変わらず美少女たちに囲まれ、他校の女子と自然にフラグが立つ始末。
そもそも学内予選ってなに? 僕も参加したかったんだけど。僕の耳に入らないよう情報統制でもされてる?
……まあとにかく、愉快な仲間に囲まれた冬二の歩む主人公ロードは、まさに王道そのもの。
不愉快な仲間に囲まれた僕のボケボケ物語とは比べ物にならない。
ちょっと調子に乗ったモブが、主人公に格の違いを見せつけられたような気分だ。
「……まったく楽しくないとは言わないけど、満足はできないというか……」
そんな独り言をつぶやきながら、僕はその場を後にする。
ウキウキで他校の生徒を見に来たはずが、見終えた後の足取りは、心なしか少し重い。
歩きながら携帯を取り出し、すごいことになっている店長からの着信履歴を見て、僕はため息をついた。
そうして、そのまま部屋に直帰――するのではなく、僕は学校の『任務受注室』に足を運んでいた。理由はもちろん、任務を受けるため。
チーム任務には夏休み期間中のノルマは存在せず、二学期になってからも、しばらく猶予があるため、今無理に任務を受ける必要はない。
だがしかし、僕はこの前の件で学んだのだ。
とまあそんな理由から、僕はその任務受注室で、掲示板に貼られた任務内容を吟味していく。
拳聖祭が始まることもあってか、施設内清掃や警備スタッフなど、大会に関わる依頼内容が多い。
以前のように報酬ポイントや拘束期間を考える必要がないため、暇な時にそういった依頼をいくつか受けよう――
――そう考えていた僕に、もう一人の僕がささやきかける。『本当にそれでいいのか』と。
それはきっと、先ほど冬二に対する劣等感を思い出したのが原因だろう。
心の中で、どうしようもないモヤモヤとした気持ちが広がっていく――そんな時だった。
少し離れた掲示板のところで、生徒たちが集まり、ざわざわと騒がしくしているのが目に入る。
何事かと思い気になり、近づいてみると、生徒たちの視線を集めていたのは一枚の依頼用紙。そこには――
――――――
『ジール王国第一王女 リリアーナ様の身辺警護』
・実働時間 拳聖祭期間中 必要に応じて
・付与ポイント 500
・ランク B
・詳細は別途
・複数チーム申し込みの場合、審査あり
――――――
――といった内容が記載されていた。
それを見た瞬間、僕の中のモヤモヤが跡形もなく消え去っていく。
そして僕は少しもためらうことなく、その人だかりをかき分けて進みだした。
そうだ。僕は冬二とは違う。そんな分かり切っていたことに、なにを今さら落ち込むことがある。
そんな段階は、もうとっくに過ぎ去った。大切なのは現状を認識し、そのうえでどうするかだ。
なぜ一国の王女が、学生を護衛に?
任務ランクがSやAでないのはどうして?
複数チーム申し込み時の、審査の内容は?
そんないくらでも湧いてくる疑問も、今の僕にはどうでもよかった。
事件に巻き込まれない? なら自分から事件に突っ込んでいけ!
フラグが立たない? なら自分で立てろ!
毎日がつまらない? お前が面白くすればいいじゃないか!
今の僕に必要なのは、転がってきたチャンスに躊躇うことなく飛び込むことだ!
勢いよく人だかりをかき分け、掲示板の前までたどり着いた僕は、周囲の生徒たちの視線が集まるなか、その依頼書を掲示板から