魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
王女を名乗る少女が叫び声を上げたことで、もう大使館内は大パニック。
続々と衛兵的な人たちが部屋になだれ込み、僕はあっという間に身柄を拘束されてしまう。
『武器を捨て、異能を解除し、手をあげなければ射殺する!』と銃口を向けながら言われた際は、心の底から終わったと思いましたよ、ええ。
しかし蛇塚たちが実際には死んでなかったことや、防犯カメラの映像があったおかげで、なんとか誤解は解くことができた。
『友好国の大使館内で殺人事件をおこした凶悪犯』はいくらなんでもシャレにならない。
危うく、
まあ何はともあれ、誤解が解けた今、僕は改めてソファに腰を下ろし、共に室内で叫びあった少女と向かい合う。
正装らしきドレスに身をまとい、自然と目を惹かれる純白の髪が特徴的な、自らをジール王国の第一王女だと名乗るこの少女と。
もちろん二人きりではなく、傍に護衛を置いた状態で。さらに王女様の背後には、使用人らしき大人の女性も控えている。
「まったく……。いきなり登場して驚かせようと考えていたら、むしろこっちが驚かされてしまいましたよ。せっかく日本語での前口上も練習してきましたのに……」
「あ、えっと……。ほんとすみません、うちのアホどものせいで」
僕と向かい合い、会話を交わすその王女様は、『私不満です!』と言わんばかりの表情を隠すことなく浮かべる。
先程の驚愕した表情といい、随分と感情表現が豊かな人らしい。
王女様ということで、もっとお
でもそのおかげか、相手が王族の人間であるという実感はあまりわかない。
「正装も無駄になってしまいました。これ、ほんと準備に時間かかるんですよ? 特に日本の夏はムレますし……」
そう不満をたれながら、王女様は身に着けていた手袋を脱ぎ、露出が目立たない程度に服の締め付けを緩めていく。
「では改めて自己紹介といきましょうか。……えー、ゴホン。男も女も、振り返る。老いも若きも、釘付けに――!」
あっ、
「歩く後には花が咲き、その足跡は歴史そのもの――!」
「……」
「高きに君臨し、民草を照らすは太陽のごとく。その威光に届かぬ場所はなく――!」
「……」
「かの救国の英雄『エルナリーナ』の生まれ変わりとは私のこと! その血に流れし破魔の力こそ――!」
なげぇ。
ぶっちゃけ
そしてその前口上はなぜか先ほどよりも長く、一分近く黙って聞き続けたのち、ようやく王女様は肝心の名前を口にする。
「――そう! 私こそが空前絶後の! 超絶怒涛の王女! リリアーナ・ガルリア!……です!!!」
身振り手振りも加えた前口上と共に、全力の名乗りを終えた王女様は、肩で息をしながら満足気な表情を浮かべる。
まったくそのテンションにはついていけないが、とりあえず拍手しておこう。
「イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!!!! プリンセエエエエエス!!!!」
うるせえ。
「ハァ、ハァ……。どうでしたか?」
「すごく良かったです。日本語、すごく上手ですね。聞いててまったく違和感がありませんでした」
「そうでしょうそうでしょう! もともと大体の国の公用語は幼いころよりマスターしていますが、今回日本を訪れるにあたってさらに勉強してきましたから」
へー、すごいな。その辺りはちゃんと王族って感じだ。
「ちなみにこの挨拶、大剣使いの部下に教えてもらったんですよ。日本の有名な挨拶の仕方だ、と」
その大剣使いの部下、クビにした方がいいですよ。
「まあミドルネームもたくさんあるんですけど、日本だとこの方が一般的だと聞いていますので。ではそちらの自己紹介もお願いします」
「あ、はい。えっと……渡谷雪春です。その……、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。ではついでに、そちらで倒れているお仲間の紹介もお願いできますか?」
そう言って、王女様は床で気絶中の蛇塚たちに視線を向ける。
ちなみに、大使館側から蛇塚たちを医務室に運ぶといった提案もされたのだが、断っておいた。
どうせすぐ起きると思うし、万が一にも耐性のない人がミカエルに触れると危険なので。
「わかりました。えっと……まずこっちの粘液まみれが――」
「全員粘液まみれですけど」
そうだ。全員粘液まみれだった。
「えー、髪色が三色で、ヤンキーみたいな見た目の彼が蛇塚秋人くんです。その見た目通り喧嘩っ早くて、すぐキレるし普段からオラついてて問題も良く起こしますけど、意外と根はマジメです。ただマイナス面が足を引っ張りまくってるので、社会的評価は地の底を這ってます」
「ふむふむ」
「で、その隣で倒れているのが光華夏美さんです。男みたいな見た目ですけど、男装が趣味の女です。根はクズですけど、一般的な常識と倫理観は持ってて、損得勘定もしっかりしてるので、普通に付き合う分には問題ありません。最近ナルシストキャラを見失いがちです」
「なるほどなるほど」
「最後に、泡吹いて倒れてる一番ちっこいのが烏丸冬歌さんです。呪いとかが得意で、この惨状を引き起こしたのもだいたい彼女が原因です。根はもうどうしようもないくらい腐ってて、そのうえ常識がなく倫理観もぶっ壊れてるので、関わった人間を不幸にすることしかできない悲しきモンスターだと思ってください。基本的に近寄らないことをオススメします」
「……一応聞くんですけど、彼らはチームメイトなんですよね? その、親の仇とかではなく」
不本意ながら。
「……まあいいでしょう。ではお互い自己紹介も終わったので、さっそく本題といきましょうか」
本題――その言葉を聞き、僕らは理由もわからず呼び出され、この場にいることを思い出す。
わちゃわちゃしてたせいですっかり忘れてた。
「『グロドラゴンブッチャリ』のあなた方も、不思議だったんじゃないですか? なぜ自分たちが大使館に呼ばれたのか、と」
「……それはまあ、はい」
チーム名の呼び間違いがひどいな。元からひどい名前ではあるけど。
「あなた方をここに呼んだ理由……それは――」
そこで王女様は一度言葉を止め、胸に手を当てると、たっぷり溜めて続きの言葉を告げる。
「――私と、お友達になってもらうためです」
…………ふむ?
「あの、それは一体――」
「あーあー、大丈夫です! みなまで言わずともわかります。意味がわからない――そう思っていますよね? そんな
ユキー? それもしかして僕のこと?
「実は私、この
……なるほど。つまりあれか、普通の女の子になりたい的な。まあ定番っちゃ定番だよね。以前のバスジャックの際も、どこぞの国の王女様が庶民のフリしてたし。
まあでも、ここにいる四人中三人は普段から孤立気味で、そのありふれた学生とやらには当たらないんですけどね、へっ。
「しかしそのためには、当然ながら友人が必要です。ただ同じサラスティナ異能学園の生徒に、自分を王女としてではなく一友人として扱え……などと言っても、土台無理な話でしょう。そこで私は考えました。これが他学園の生徒であれば、まだそのハードルは低いのではないかと」
あー……確かに、それはあるかもしれない。
他校の生徒であれば、相手が王女様と言われても、今の僕のようにまだそれほど実感もわかないだろうし、拳聖祭が終われば顔を合わすこともなくなるため、今後の関係を気にする必要もないわけで。
「じゃあ……、あの面接はそのためのものだったんですか?」
「その通りです」
「でも面接の後、不合格の連絡が来たんですけど……」
「そうですよ。
さいですか。
「で・す・が、友人として共に過ごすなら、あなた方が一番おもしろいと思いました。だからこそ、私の友人となる人物にあなた方を選んだんです」
そう告げながら、王女様は僕の目を真っ直ぐ見つめてくる。
それはまるで、自身の本気度を訴えかけるように。
「……じゃあもともと、護衛の任務はなかったってことですか?」
「いえ、護衛の任務はあなた方とは別のチームにお願いしております。まあもっとも、そちらは
「影武者……」
「あなた方にお願いするのは、あくまで私の友人として接すること。もちろん護衛は近くにバレないよう待機させておきますので、私の安全に気を使う必要はありません。この依頼……いえ、『お願い』を聞いてくださるのであれば、依頼書に提示していたポイントはちゃんと付与されるよう、学園側とも話がついています。ただ名目はテキトウなものに置き換わりますけど」
「……」
「どうでしょう、このお願い……聞いていただけますか? まだ聞きたいことがあれば、もちろんお答えしますよ?」
「……」
「……まあ、いきなりこんなこと言われても、そう簡単に答えは出ないでしょう。チームメイトとも相談していただいて、結論を出すのは後日でも――」
「受けます」
「……え?」
「その依頼……いえ、そのお願い、受けます」
もう一度、僕はハッキリと答えた。
王女様の目を見ながら、願いを了承することを。
「いいんですか? チームメイトと相談しなくても?」
「大丈夫です」
このチームにおいて、リーダーの言葉は絶対なので。
「……ッ! 嬉しい! まさかこんなすぐに受け入れてもらえるなんて!」
僕の了承の言葉に、感極まった王女様は『喜』の感情を爆発させる。
勢いのあまり、向かいのソファから飛び跳ね、僕に
「ありがとうユキー! 大好きです!」
「……」
ああ、これは仕方ない。まさか王女様がこんなふうに飛びかかってくるなんて、予想できるわけがないのだから。
そう……、仕方がないのだ。避けきれず、王女様の熱い抱擁を受けてしまのうは、仕方がな――ぐえっ!
「ふげっ!」
まさに王女様の両腕が僕の体を包こもうとしたその瞬間、座っていたソファに何か大きな力がかかり、僕はソファからずり落ちてしまう。
そのため、王女様の抱擁も空振りに終わり、その勢いのまま、王女様は整った顔をソファの角にぶつけた。
「リリアーナ様!? 大丈夫ですか!?」
「お怪我は!?」
当然、それを見た使用人たちが心配し駆け寄ろうとするが、王女様はそんな使用人たちを手で制す。
「大丈夫、大丈夫です。興奮してちょっとハシャイでしまいました。失敬失敬」
王女様は鼻を押さえながら、改めて向かいのソファに座り直す。
そして恥ずかしそうに咳払いをしてから、再び口を開いた。
「……さて、お願いを聞いてくださるとのことなので、さっそく明日からお願いしますね、ユキー」
いきなり明日からか。随分と早いな。
「はい。その、よろしくお願いします」
僕は言葉と共に頭を下げ、王女様への敬意を示す。
しかし王女様にはそれが気に入らなかったようで、
「ノンノン! 言ったはずですよ。私と友達になってください、と。堅苦しいのはなしで、もっとフランクにいきましょう。それと、友人として接している際は、私のことを『王女様』や『リリアーナ様』と呼ぶのは禁止です。周囲に私が王女だとバレてしまっては元も子もありませんから。私のことは『リリア』と気軽に呼んでください」
「いや、さすがにそれは……」
「ユキー、遠慮なんてしないでください。私たち、同じ部屋で
語弊が過ぎる。
「なんなら『焼きそばパン買ってこいよ』くらい言ってもいいんですよ?」
そう言って、冗談交じりに王女様は笑うが、王女様の後ろでは使用人が『やったら殺すぞ』と言わんばかりの表情で僕を睨んでいるため、僕の方はまったく笑えない。
「ウフフ、明日がと~っても楽しみですね。せっかくですし、ハグ……はやめておきましょうか。
そう言って王女様は、僕に右手を差し出す。先ほど手袋を脱いでいるため、当然ながら素手。
こんな簡単に、王族の素肌に触れていいものなのだろうか?――そう疑問に思い、使用人たちの表情をこっそり確認するも、咎めるような様子はない。
ならばきっと大丈夫なのだろう。僕も右手を伸ばし、王女様の伸ばしたその手に触れる。
あっ、すごく柔らかい……。
「……では改めて、これからは秘密を共有する友人同士ということで、よろしくお願いしますね。ユキー」
「はい、よろしくお願いします」
相変わらず、王女様は笑い続ける。
柔らかいその笑みを見ると、自然とこちらも笑みが浮かんでしまう。
圧のようなものは一切感じず、その穏やかな雰囲気も相まって、やはり目の前の相手が王女様であるという実感が湧くことはない。
だからこそ、
命令などされずとも、力になりたいと思ってしまう
僕はとある友人の姿を思い出しながら、その柔らかい手を握り返した。
ようやく面会が終わり、大使館の敷地外に出ると、張り詰めた空気が解けるのを実感する。
どうやら自分でも気づかないうちに、それなりに緊張していたらしい。
ちなみに光華と蛇塚は既に目を覚まし、烏丸は未だ気絶中のため、光華が脇に抱えている。
「それで、これからどうするんだいリーダー。一度学園に戻るのかい?」
「いや、さっき立花先生から『今日はもう解散していい』って連絡が来てたから、その必要はないよ」
「なら帰るか。クソッ、呪い女のせいでとんだ災難だったぜ」
「……二人とも、帰る前に、一つだけいいかな?」
そう言って、歩き出そうとした僕と蛇塚を止めたのは光華だった。
「さっきの王女様の依頼だけど、ボクは受けない方がいいと思う。今からでも断るべきだ」
光華の表情に笑みはなく、その言葉が冗談で告げているのではないと証明している。
「あ? なんでだよ。確かに内容は変わったかもしれねえけど、ポイントもらえるなら別にいいだろ。そもそも、この任務に一番乗り気だったのはお前じゃねえか」
「実際にその王女様と会って、考えが変わったんだよ。リーダー……君ならわかってるだろ?」
光華に鋭い視線を向けれながら問われ、僕は思い出す。
面会の際に王女様が見せた、その細かな仕草の一つ一つを。
「高貴な身分でありながら、その権力を笠に着ず、親しみやすさを前面に出し、秘密を共有させ、どこか抜けている部分も見せる。なんとまあ……、人たらしの常套手段じゃないか」
「……だよね」
光華が低い声で告げるその言葉に、僕は同意する。
王女様のその細やかな仕草が、ところどころ親友の姿と重なったのだ。
天然の人たらしである、綿谷冬二の姿と。
ただ、気絶していたはずの光華が、王女様の仕草を把握しているということは……。
「……やっぱり、あの時ソファを蹴ったの、光華さんでしょ」
「リーダーがハニートラップに引っかかりそうになったのを助けてあげたんだ。感謝してほしいね」
余計なことしやがってぇ……。
「話を戻すけど……あの王女様、何もウソはついていないのかもしれない。一般生徒として過ごしたいというのも、きっと本心ではあるのだろう。でも、間違いなく重大な何かを隠している」
「なんでそんなことわかんだよ」
「勘さ。きっとあの王女様はボクと同じで、根はクズだけど常識や倫理観は持ち合わせた人間だろうから。ね、リーダー?」
ヤバッ、それも聞かれてたのか。
ジト目で睨みつけてくる光華から、僕は必死に目を逸らす。
「この任務も、ただ友人として過ごすだけじゃなく、絶対に裏がある。もしかしたらめんどくさい事に巻き込まれるかもしれない。それでも、この任務を受けるのかい?」
光華は僕に問いかける。リーダーとして、危険性を理解してでも、任務を受ける覚悟はあるのかと。
しかしそんな覚悟、とうの昔に決めている。
「もちろん受けるよ。でも、三人にまで無理強いする気はないから。護衛ならともかく、友人役なら僕だけでもできるしね」
危険上等。むしろバッチコイだ。
僕を表舞台へと引き上げてくれるのなら、喜んで王女様の手のひらの上で踊ってやる。
僕は振り返り、決意を胸に、王女様がいる大使館へと視線を向けた。
――――――
『リリアーナ様、紅茶をお入れしました』
『ありがとう、コーネ』
ジール王国、第一王女リリアーナ。彼女は大使館内の一室で、使用人の入れた飲み物に口をつけながら、窓の外に目を向ける。
すると眼下の正門付近には、ちょうど大使館を後にしようとする雪春たちの姿があった。
『……リリアーナ様、やはり私は反対です。あのような人間性に問題のある者たちに近づくなど……』
雪春たちの姿を見つめるリリアーナに対し、コーネと呼ばれた使用人の女性は、苦言とも取れる言葉を告げる。
『メイルカムイの調査を行うためであれば、それこそサラスティナの生徒の方が――』
『同学園の者だと、どこに第一王子派の人間が潜り込んでいるかわかりません。妨害も考えられる以上、事情を知る人間は少ない方がいい』
『……』
『同学園のものを傍においてしまえば、「他学園の生徒との交流のため」という立花ティーチャーに説明した大義名分が消えてしまいます。露骨な動きをして、かの魔導王に目を付けられるのも好ましくありません。……それに――』
リリアーナはそこで言葉を区切ると、自身の右手を見つめ、そして思い出す。
それはまるで燃え上がる恋のような、はたまた心を焦がす殺意のような、それらが混ざり合う、今までに経験したのことない不思議な感覚。
『……これもまた、エルナリーナによるお導きなのでしょう。この胸のざわめきが、一体何を意味しているのか……』
確かめずにはいられない。もし彼が、
『そんなに……あの少年のことが気になりますか? 正直申しますと、あの四人の中では彼が一番平凡に見えましたが……』
『それには私も同意します。ですが――』
面会の最中、リリアーナはずっと感じていた。
雪春との間にある、分厚い壁の存在を。
『結局最後まで、警戒心は解いてもらえませんでしたね』
その警戒を解くため、リリアーナは少し強引な手段にも出たのだが、それも失敗に終わってしまった。
『心配せずとも、手のひらで踊ってもらうつもりなど、毛頭ありませんよ。私も一緒に踊りましょう。ユキハル・ワタガヤ……あなたのことを、もっと知るために』
相も変わらず、使用人のコーネは心配そうに主を見つめる。
そしてその隣で、リリアーナは窓の外にいる少年の姿をずっと見つめていた。
書籍版、ついに発売しました。
既に読んでくださった方もいるようで、感謝の限りです。
これからもこの作品をよろしくお願いします。
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