魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
学園の新聞部が発行する学内新聞。学内の至る所に貼り出され、手渡しで配られているその記事の内容は、当然ながらほとんどが拳聖祭に関するもの。
先日行われた個人戦の試合結果、寸評、今後の試合予定や注目選手などなど……。
ちなみに一面はもちろん、圧倒的不利な下馬評をひっくり返し、優勝候補相手に見事な勝利を収めた冬二の試合だ。
『THE GAME(支配者)』『宝石のようなトウジ』『もうどこにも行くな』といったように、あらん限りの言葉で称賛されている。
なお、『烏丸失格』の文字は記事のどこにもなかった。もはや触れることすら禁忌なのかもしれない。
「もう雪くん! いつまで新聞読んでるの!? 早く行こうよ!!!」
「わかったわかった」
僕はお子様にせっつかれ、読んでいた新聞記事をたたみ、腰掛けていたベンチから立ち上がる。
「私りんご飴食べたい! 雪くん買って!」
「わかったわかった」
今日は王女様の
無理やり叩き起され、ちびっこ達の集まる朝のラジオ体操に連れて行かれたかと思えば、ハンコを押す役をやらされ、終わるとそのまま学園へ。
そうして現在、ルウの屋台巡りに付き合わされているというわけだ。ねっむい。
「もう雪くん! せっかく久しぶりに一緒に遊べたのに、なんか今日元気ない!」
ルウは僕の手を引っ張りながら、その不満を言葉と表情でぶつけてくる。一体誰のせいだと。
それにぶっちゃけ、ルウの遊びに付き合わされている時の僕は基本ローテンションなわけで。
虫取り? 知らない話ですね……。
「違うの! なんかこう、いつもとは違う感じで元気ないのっ!」
「…………」
……ほんと、変な所で鋭いんだから。
「元気出して雪くん! 友達がいなくて寂しいかもしれないけど、私がずっと一緒にいてあげるから!」
なぜ原因が友人関係だと決めつける? あとちゃんと友人はいるからね? ゼロではないからね?
「……まあでも、ありがと。ルウ」
「クフフ……ッ!」
原因こそ的外れなものの、それが僕を思っての発言であることは間違いない。
僕は感謝の気持ちを込めて、その頭をワシワシ撫でてやると、ルウはくすぐったそうに笑い声を漏らす。
「じゃあ、今日はルウの気が済むまで――」
「あっ! あっちから美味しそうな匂いがする!!!」
子ども心と秋の空。ルウは急に大きな声を上げると、僕の手を離し、一人で匂いのする方へと走っていってしまう。
こらこら、雪くんさっそく一人ぼっちになっちゃったぞ。
「ほんと元気なこって……」
その自由奔放さは
しかし、ちょうどその時だった。
「……あっ、ヤバッ……!?」
試合が行われていた近くのスタジアム。そこから大勢の人が流れ込み、屋台周辺をあっという間に埋めつくしてしまう。
おそらく、ちょうど試合と試合の合間時間なのだろう。
僕は
いや、ルウの姿どころか、自分の足元すら見えないほど、屋台周辺はギュウギュウに密集していた。
これではルウを見つけるどころか、まともに移動することすらできない。
「ぐっ……! ぬぅ…………あれ?」
なんとか群衆から抜け出すため、その場でもがいていると、突然誰かが僕の手を掴む。
それはつい先程まで得ていた感触と非常に似ており、子供の手であることは間違いなかった。
どうやら自分でちゃんと戻ってきたらしい。
僕はルウの体を人混みから守るようにして、なんとか少しずつ移動を試みる。
たった数メートル動くのにもかなりの時間をかけつつ、なんとか群衆を抜け出し、僕は大きくため息をついた。
「ほんと、すごい人だな……」
今回は運よく合流できだが、次もまたこうやって見つけられる保証はない。
二度とこのようなことがないよう注意するため、手を繋いだルウに視線を向ける。
「もう勝手に走って行っちゃダメだよ。ル、う…………」
しかし、そこにいたのはルウではなく、ルウと同じほどの背丈の、見ず知らずの少女だった。
「……ルウじゃない」
「……お姉ちゃんじゃない」
繋いだ手の先に、まったく知らない人間がいる――そんな状況に、僕とその幼い少女はただ困惑することしかできなかった。
「うぇぇぇぇん! お姉ぢゃ~~~ん……っ!!」
人目もはばからず、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、少女は自身の姉を求めて泣き叫ぶ。
どうやら屋台を巡っていた際、人波にのまれたことで、姉と離れ離れになってしまったらしい。
まあつまり、シンプルに迷子というわけだ。
「大丈夫、大丈夫だよ。お姉ちゃんならきっとすぐ見つかるから。だからほら、泣かないで」
とりあえず、僕は少女と視線を合わせるように屈み、優しく声をかけながらあやす。するとその時――
『えー、会場にお越しの皆様に迷子のお知らせです』
タイミングよく、迷子の場内アナウンスが流れ出す。きっとこの子の姉がお願いしたものだろう。
よかった、これで――
『迷子のユキハルくん、迷子のワタガヤユキハルくん。ルウ様がお探しですので今すぐ――』
『もう雪くん! どこ行ったの!?』
『あっ、ちょっと! こらっ! ちゃんと大人しく――』
違った。あとなんで僕の方が迷子あつかい?
まあいいや、あいつはしばらく放っておいても大丈夫だろう。ルウは強い子。
「お姉ちゃん……ひぐっ」
それより今はこの子だ。姉を探すにせよ、迷子センター的な所に連れていくにせよ、とにかく泣きやんでもらわなければ話が進まない。
「うっ、ぐずっ…………」
「あー、えっと……お姉ちゃんとハグれたのはこの辺?」
「…………うん」
「そっか。じゃあそのお姉ちゃんの名前、教えてくれる?」
まだその姉が近くにいるのなら、名前を大声で呼べば気づいてくれるかもしれない。
「ひっく…………し、知らない人に……グスッ……お姉ちゃんの名前教えちゃダメって……言われてて…………ごめんなざい」
「いやいやいや、ぜんぜん謝る必要なんてないよ! こっちこそごめんね。秘密なのに聞いちゃって」
「…………」
「約束ちゃんと守れて偉いね。えっと、君の名前は…………」
いや、これもダメに決まってるか。
「……
あ、それは言っちゃうんだ。
「教えてくれてありがと、風花ちゃん。僕は渡谷って言うんだ。よろしくね」
「…………」
返事はないものの、風花と名乗る少女は小さく頷くような仕草をとる。
涙も止まりかけており、なんとか落ち着いてくれたらしい。
さて、これからどうしたものか……。この人混みの中で人探しを行うのなかなか難易度が高いし、風花が姉と離れてからそれなりに時間も経ってしまっている。
となるとやはり、迷子センター的なところに連れていくのが無難だろう。
「風花ちゃん、今から――」
「あっ!?」
「え、どうしたの?」
「ひもが……」
その声はひどくショックを受けたようなもので。風花の足元を見ると、風花の履いている
「これ……お姉ちゃんからもらった靴なのに…………」
あ、やばい。
「……グスッ、うぇぇぇぇぇん!!!」
あぁ、せっかく泣きやみかけてたのに。
「落ち着いて風花ちゃん。大丈夫だよ、こんなのすぐ直るから」
「うぅ、えぐっ……お姉ちゃん、どこぉ……?」
ダメだ。普段ルウみたいなタイプの子供しか相手にしないせいで、こういう子とどう接すればいいかぜんぜんわからない。
なんとかして泣きやんでもらわないと――
「泣くな、
それは、とても落ち着きのある声だった。
声のした方を振り返ると、そこにいたのは僕と同年代の少女。
その少女はどこかの見覚えのある制服を身につけており…………どこの制服だったか、えっと…………そうだ!
主に東アジア出身の学生が通う学校――そう解説していた親ポジ宗助の言葉を僕は思い出す。
そんな仙秋の学生である少女は、風花の前で目線を合わせるように屈み、流れる涙をその手で拭う。
「涙は女の強力な武器だ。だが、多用すればその分だけ効果を失っていく。本当に大切な時のために、その涙はとっておけ」
「……ひぐっ、大切な時って……?」
「そうだな。たとえば…………代わりなどいない愛しい男を、自分の傍に引き止める……そんな時だ」
風花に語りかける少女のその言葉には、どこか貫禄のようなものがあった。
言葉の内容も、言葉そのものも。果てはその佇まいにまでも、言い表せぬオーラのようなものが漂っており、とても僕と同じ学生とは思えない。
ただ見た目とセリフがチグハグなその少女のおかげで、風花が少し落ち着いたのも事実。これはチャンスだ。
僕は風花の靴に触れ、その靴ひもの切れ目を指で隠す。
「ほら、見て風花ちゃん。1、2の……3!」
数字を3つ数えると共に、切れ目を隠していた指を離すとアラ不思議。完全に切れてしまっていた靴ひもが、なんと元通りになったではありませんか!
「あっ、直ったぁ……!」
「どう? すごいでしょ?」
「うん! これ、お兄さんの異能なの……!?」
「そうだよ」
ふっふっふ。大したことじゃないとはいえ、久しぶりに異能者っぽいことしたな。
なんなら異能を使ったのも久しぶりな気がする。
僕の異能が誰かの役に立つ。そんなレアケースに喜びを感じていたその時、ふと気づくと、先ほど風花に話しかけていた貫禄のある少女が僕の真横に立ち、僕の顔を真っ直ぐ見つめていた。
それも、顔と顔があと少しで触れそうになるくらいの至近距離で。
「…………」
「あの……どうかしました?」
「…………深度は?」
「え?」
「いや、この言い方はもう古いのか。強度……も違うか。…………そうだ、ランクだ。お主、異能ランクとやらは何だ?」
「ランクですか? Eですけど……」
「それはどの程度のものだ?」
ガンガンくるな。
「だいたい平均……くらいですかね。いやまあ、Eランクはかなり幅広いんで、平均より上の可能性も無きにしも非ずなわけで――」
「……ならわざわざ保管しておく必要もないか。今は予備の体も十分にある」
保管? 予備の体?
「なに、気にするな。こちらの話だ」
そう告げると、もう用はないとばかりに少女は立ち上がり、僕たちに背を向ける。
「あ、その――」
「『異なり』――それは『個』を確立するための欠かせない要素だ」
呼び止めようとした僕の声を遮り、少女は背を向けたまま語り出した。
それはまるで、教えを授ける教師のように。静かに、されど力強く。
「異なる生き物、異なる人種、異なる生まれ、異なる環境、異なる経験、異なる才能……。同じでありながら、数多の『異なり』を持つからこそ、他者を認識し、自己を定義できる」
「…………」
「人の持つ異能とは、書いて字のごとく『
「……それって――」
「道理など必要ない。そうであると思い込めばいい。認識の違い一つで、力は大きく形を変える。あとはその解釈を、
「……思い込む、認識…………」
少女の告げる言葉は、そのほとんどが抽象的なものばかり。
しかしなぜだろうか。理解できないはずのその言葉たちが、僕の胸にストンと落ちていく。
それはこの異能社会に足を踏み入れてから、どんな授業を受けた際にも感じたことのない、初めての経験だった。
少女は言いたいことを言い切ったためか、僕たちの元から離れ、人混みの中へと足を踏み入れていく。
そうして姿が見えなくなるその刹那、とある言葉を口にしたのが、僕の耳にはしっかりと届いた。
『君は素晴らしい才能を持っている。心のおもむくままに、その異能を使うといい』
「…………」
どういった意図で、その発言をしたのかはわからない。でもそれは間違いなく、僕の持つ異能を称賛する言葉。
その言葉に、僕の心は大きく揺さぶられる。『君には特別な力がある』――そう告げられ、異能社会に飛び込むきっかけとなったあの日のように。
あまりの嬉しさに、先ほどの言葉を心の中で何度も反芻していると、隣にいた風花が僕の服の
「……お兄さん」
「ん、どうしたの?」
「さっきのお姉さん、最後
ああ、喧騒に紛れて聞こえなかったのか。
「僕の異能をすごいって言ってくれたんだよ。涙も拭いてくれたし、優しいお姉さんだったね」
「……うん。でも、少し怖かった……」
まあ、変な貫禄はあったからね。見た目とは裏腹に、めちゃくちゃ歳食ってるような口調だったし。
でもあれだな。もしまた拳聖祭期間中に会えたら、勇気を出して声掛けてみようかな。
才能があると言ってくれた理由とか、いろいろと聞きたいこともあるし。
「やや、そこにいるのはユキーではないですか!」
名前もわからない他校の女子に思いを馳せていたその時、背後から陽気な声で呼びかけられる。
僕は振り返るまでもなく、その特徴的なあだ名ゆえ、声をかけてきた人物が誰であるかを特定することができた。
「リリアさん、どうしてここに?」
振り返ると、そこにいたのはやはり王女様であり、昨日と同様に髪をくくり、メガネをかけた『一般生徒スタイル』。
そしてなぜかその隣には、ひどく疲れた表情をした光華の姿もあった。
「今日は友人役の予定はなかったはずじゃ……」
「あらユキー、予定を立てて遊ぶだけでなく、偶然出会ったから一緒に遊ぼうとなるのもまた友人……ではないですか?」
「はぁ」
相変わらず、王女とは思えないほど自由だなこの人。まあそれはいいとして……。
「光華さんはなんでそんな疲れてるの?」
「昨日と一緒で、リリアに散々振り回されたんでね」
明らかにトゲのある声でそう告げると、光華は王女様を睨みつける。既に敬意の類は消滅済みのようだ。
「せっかく子猫ちゃんたちと楽しく
「ウフフッ、『泥棒猫』って言われました」
なんで嬉しそうなんだよ。
でもなるほど、それで王女様をこうして
「ちなみにナッツと会う前、アキーを見つけたんで抱きついたら、オサナナジミちゃんがすっごくプリプリしてて可愛かったです」
蛇塚にも抱きついたのか、そっか……。
「リーダー、今『僕にも抱きついたりしないのかな』って思っただろ」
思ってないよ☆
「しかしリーダーの方は随分といいことがあったみたいじゃないか。嬉しそうな顔しちゃって」
「……まあね」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。しかしそれも仕方ないというもの。
「おや、その子はユキーの妹ですか?」
「あ、いえ、この子は――」
かくかくしかじか。
僕の体の影に隠れ、王女様と光華を警戒する風花に『大丈夫だよ』と伝えつつ、二人に事の経緯を説明していく。
その間もずっと、名も知らぬ少女からかけられた言葉を、頭の片隅に残しながら。