魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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拳聖祭と救国の王女⑦ / 幾星霜の迷い人 前編

 

 学園の新聞部が発行する学内新聞。学内の至る所に貼り出され、手渡しで配られているその記事の内容は、当然ながらほとんどが拳聖祭に関するもの。

 先日行われた個人戦の試合結果、寸評、今後の試合予定や注目選手などなど……。

 ちなみに一面はもちろん、圧倒的不利な下馬評をひっくり返し、優勝候補相手に見事な勝利を収めた冬二の試合だ。

 『THE GAME(支配者)』『宝石のようなトウジ』『もうどこにも行くな』といったように、あらん限りの言葉で称賛されている。

 

 なお、『烏丸失格』の文字は記事のどこにもなかった。もはや触れることすら禁忌なのかもしれない。

 

「もう雪くん! いつまで新聞読んでるの!? 早く行こうよ!!!」

 

「わかったわかった」

 

 僕はお子様にせっつかれ、読んでいた新聞記事をたたみ、腰掛けていたベンチから立ち上がる。

 

「私りんご飴食べたい! 雪くん買って!」

 

「わかったわかった」

 

 今日は王女様の友人役(お守り)はなく、一日フリーの予定……だったのだが、今朝早くに小さな王女様(ルウ)の襲撃を受け、僕の自由は露と消えた。

 無理やり叩き起され、ちびっこ達の集まる朝のラジオ体操に連れて行かれたかと思えば、ハンコを押す役をやらされ、終わるとそのまま学園へ。

 そうして現在、ルウの屋台巡りに付き合わされているというわけだ。ねっむい。

 

「もう雪くん! せっかく久しぶりに一緒に遊べたのに、なんか今日元気ない!」

 

 ルウは僕の手を引っ張りながら、その不満を言葉と表情でぶつけてくる。一体誰のせいだと。

 

 それにぶっちゃけ、ルウの遊びに付き合わされている時の僕は基本ローテンションなわけで。

 虫取り? 知らない話ですね……。

 

「違うの! なんかこう、いつもとは違う感じで元気ないのっ!」

 

「…………」

 

 ……ほんと、変な所で鋭いんだから。

 

「元気出して雪くん! 友達がいなくて寂しいかもしれないけど、私がずっと一緒にいてあげるから!」

 

 なぜ原因が友人関係だと決めつける? あとちゃんと友人はいるからね? ゼロではないからね?

 

「……まあでも、ありがと。ルウ」

 

「クフフ……ッ!」

 

 原因こそ的外れなものの、それが僕を思っての発言であることは間違いない。

 僕は感謝の気持ちを込めて、その頭をワシワシ撫でてやると、ルウはくすぐったそうに笑い声を漏らす。

 

「じゃあ、今日はルウの気が済むまで――」

 

「あっ! あっちから美味しそうな匂いがする!!!」

 

 子ども心と秋の空。ルウは急に大きな声を上げると、僕の手を離し、一人で匂いのする方へと走っていってしまう。

 こらこら、雪くんさっそく一人ぼっちになっちゃったぞ。

 

「ほんと元気なこって……」

 

 その自由奔放さは王女様(リリア)にも負けず劣らず。そんなリトル王女様に呆れながら、僕は姿を見失わないよう走って後を追いかける。

 

 しかし、ちょうどその時だった。

 

「……あっ、ヤバッ……!?」

 

 試合が行われていた近くのスタジアム。そこから大勢の人が流れ込み、屋台周辺をあっという間に埋めつくしてしまう。

 おそらく、ちょうど試合と試合の合間時間なのだろう。

 僕は()(すべ)なくその人波に飲み込まれ、ルウの姿を見失ってしまう。

 いや、ルウの姿どころか、自分の足元すら見えないほど、屋台周辺はギュウギュウに密集していた。

 

 これではルウを見つけるどころか、まともに移動することすらできない。

 

「ぐっ……! ぬぅ…………あれ?」

 

 なんとか群衆から抜け出すため、その場でもがいていると、突然誰かが僕の手を掴む。

 それはつい先程まで得ていた感触と非常に似ており、子供の手であることは間違いなかった。

 どうやら自分でちゃんと戻ってきたらしい。

 僕はルウの体を人混みから守るようにして、なんとか少しずつ移動を試みる。

 

 たった数メートル動くのにもかなりの時間をかけつつ、なんとか群衆を抜け出し、僕は大きくため息をついた。

 

「ほんと、すごい人だな……」

 

 今回は運よく合流できだが、次もまたこうやって見つけられる保証はない。

 二度とこのようなことがないよう注意するため、手を繋いだルウに視線を向ける。

 

「もう勝手に走って行っちゃダメだよ。ル、う…………」

 

 しかし、そこにいたのはルウではなく、ルウと同じほどの背丈の、見ず知らずの少女だった。

 

「……ルウじゃない」

 

「……お姉ちゃんじゃない」

 

 繋いだ手の先に、まったく知らない人間がいる――そんな状況に、僕とその幼い少女はただ困惑することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇぇぇぇん! お姉ぢゃ~~~ん……っ!!」

 

 人目もはばからず、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、少女は自身の姉を求めて泣き叫ぶ。

 どうやら屋台を巡っていた際、人波にのまれたことで、姉と離れ離れになってしまったらしい。

 まあつまり、シンプルに迷子というわけだ。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。お姉ちゃんならきっとすぐ見つかるから。だからほら、泣かないで」

 

 とりあえず、僕は少女と視線を合わせるように屈み、優しく声をかけながらあやす。するとその時――

 

『えー、会場にお越しの皆様に迷子のお知らせです』

 

 タイミングよく、迷子の場内アナウンスが流れ出す。きっとこの子の姉がお願いしたものだろう。

 よかった、これで――

 

『迷子のユキハルくん、迷子のワタガヤユキハルくん。ルウ様がお探しですので今すぐ――』

 

『もう雪くん! どこ行ったの!?』

 

『あっ、ちょっと! こらっ! ちゃんと大人しく――』

 

 違った。あとなんで僕の方が迷子あつかい?

 まあいいや、あいつはしばらく放っておいても大丈夫だろう。ルウは強い子。

 

「お姉ちゃん……ひぐっ」

 

 それより今はこの子だ。姉を探すにせよ、迷子センター的な所に連れていくにせよ、とにかく泣きやんでもらわなければ話が進まない。

 

「うっ、ぐずっ…………」

 

「あー、えっと……お姉ちゃんとハグれたのはこの辺?」

 

「…………うん」

 

「そっか。じゃあそのお姉ちゃんの名前、教えてくれる?」

 

 まだその姉が近くにいるのなら、名前を大声で呼べば気づいてくれるかもしれない。

 

「ひっく…………し、知らない人に……グスッ……お姉ちゃんの名前教えちゃダメって……言われてて…………ごめんなざい」

 

「いやいやいや、ぜんぜん謝る必要なんてないよ! こっちこそごめんね。秘密なのに聞いちゃって」

 

「…………」

 

「約束ちゃんと守れて偉いね。えっと、君の名前は…………」

 

 いや、これもダメに決まってるか。

 

「……風花(ふうか)

 

 あ、それは言っちゃうんだ。

 

「教えてくれてありがと、風花ちゃん。僕は渡谷って言うんだ。よろしくね」

 

「…………」

 

 返事はないものの、風花と名乗る少女は小さく頷くような仕草をとる。

 涙も止まりかけており、なんとか落ち着いてくれたらしい。

 

 さて、これからどうしたものか……。この人混みの中で人探しを行うのなかなか難易度が高いし、風花が姉と離れてからそれなりに時間も経ってしまっている。

 となるとやはり、迷子センター的なところに連れていくのが無難だろう。

 

「風花ちゃん、今から――」

 

「あっ!?」

 

「え、どうしたの?」

 

「ひもが……」

 

 その声はひどくショックを受けたようなもので。風花の足元を見ると、風花の履いている(くつ)のヒモが切れてしまっていた。

 

「これ……お姉ちゃんからもらった靴なのに…………」

 

 あ、やばい。

 

「……グスッ、うぇぇぇぇぇん!!!」

 

 あぁ、せっかく泣きやみかけてたのに。

 

「落ち着いて風花ちゃん。大丈夫だよ、こんなのすぐ直るから」

 

「うぅ、えぐっ……お姉ちゃん、どこぉ……?」

 

 ダメだ。普段ルウみたいなタイプの子供しか相手にしないせいで、こういう子とどう接すればいいかぜんぜんわからない。

 なんとかして泣きやんでもらわないと――

 

 

 

 

 

「泣くな、(むすめ)

 

 

 

 

 

 それは、とても落ち着きのある声だった。

 声のした方を振り返ると、そこにいたのは僕と同年代の少女。

 その少女はどこかの見覚えのある制服を身につけており…………どこの制服だったか、えっと…………そうだ! 仙秋(せんしゅう)異能育成高等機関だ。

 主に東アジア出身の学生が通う学校――そう解説していた親ポジ宗助の言葉を僕は思い出す。

 そんな仙秋の学生である少女は、風花の前で目線を合わせるように屈み、流れる涙をその手で拭う。

 

「涙は女の強力な武器だ。だが、多用すればその分だけ効果を失っていく。本当に大切な時のために、その涙はとっておけ」

 

「……ひぐっ、大切な時って……?」

 

「そうだな。たとえば…………代わりなどいない愛しい男を、自分の傍に引き止める……そんな時だ」

 

 風花に語りかける少女のその言葉には、どこか貫禄のようなものがあった。

 言葉の内容も、言葉そのものも。果てはその佇まいにまでも、言い表せぬオーラのようなものが漂っており、とても僕と同じ学生とは思えない。

 

 ただ見た目とセリフがチグハグなその少女のおかげで、風花が少し落ち着いたのも事実。これはチャンスだ。

 

 僕は風花の靴に触れ、その靴ひもの切れ目を指で隠す。

 

「ほら、見て風花ちゃん。1、2の……3!」

 

 数字を3つ数えると共に、切れ目を隠していた指を離すとアラ不思議。完全に切れてしまっていた靴ひもが、なんと元通りになったではありませんか!

 

「あっ、直ったぁ……!」

 

「どう? すごいでしょ?」

 

「うん! これ、お兄さんの異能なの……!?」

 

「そうだよ」

 

 ふっふっふ。大したことじゃないとはいえ、久しぶりに異能者っぽいことしたな。

 なんなら異能を使ったのも久しぶりな気がする。

 

 僕の異能が誰かの役に立つ。そんなレアケースに喜びを感じていたその時、ふと気づくと、先ほど風花に話しかけていた貫禄のある少女が僕の真横に立ち、僕の顔を真っ直ぐ見つめていた。

 それも、顔と顔があと少しで触れそうになるくらいの至近距離で。

 

「…………」

 

「あの……どうかしました?」

 

「…………深度は?」

 

「え?」

 

「いや、この言い方はもう古いのか。強度……も違うか。…………そうだ、ランクだ。お主、異能ランクとやらは何だ?」

 

「ランクですか? Eですけど……」

 

「それはどの程度のものだ?」

 

 ガンガンくるな。

 

「だいたい平均……くらいですかね。いやまあ、Eランクはかなり幅広いんで、平均より上の可能性も無きにしも非ずなわけで――」

 

「……ならわざわざ保管しておく必要もないか。今は予備の体も十分にある」

 

 保管? 予備の体?

 

「なに、気にするな。こちらの話だ」

 

 そう告げると、もう用はないとばかりに少女は立ち上がり、僕たちに背を向ける。

 

「あ、その――」

 

 

 

「『異なり』――それは『個』を確立するための欠かせない要素だ」

 

 

 

 呼び止めようとした僕の声を遮り、少女は背を向けたまま語り出した。

 それはまるで、教えを授ける教師のように。静かに、されど力強く。

 

「異なる生き物、異なる人種、異なる生まれ、異なる環境、異なる経験、異なる才能……。同じでありながら、数多の『異なり』を持つからこそ、他者を認識し、自己を定義できる」

 

「…………」

 

「人の持つ異能とは、書いて字のごとく『()なる()力』であり、他との違いをより濃くする力だ。そこに例外はない。…………たった一つの異能を除いて、だがな」

 

「……それって――」

 

「道理など必要ない。そうであると思い込めばいい。認識の違い一つで、力は大きく形を変える。あとはその解釈を、どこまで(・・・・)広げることができるかだ」

 

「……思い込む、認識…………」

 

 少女の告げる言葉は、そのほとんどが抽象的なものばかり。

 しかしなぜだろうか。理解できないはずのその言葉たちが、僕の胸にストンと落ちていく。

 それはこの異能社会に足を踏み入れてから、どんな授業を受けた際にも感じたことのない、初めての経験だった。

 

 少女は言いたいことを言い切ったためか、僕たちの元から離れ、人混みの中へと足を踏み入れていく。

 そうして姿が見えなくなるその刹那、とある言葉を口にしたのが、僕の耳にはしっかりと届いた。

 

 

 

『君は素晴らしい才能を持っている。心のおもむくままに、その異能を使うといい』

 

 

 

「…………」

 

 どういった意図で、その発言をしたのかはわからない。でもそれは間違いなく、僕の持つ異能を称賛する言葉。

 その言葉に、僕の心は大きく揺さぶられる。『君には特別な力がある』――そう告げられ、異能社会に飛び込むきっかけとなったあの日のように。

 

 あまりの嬉しさに、先ほどの言葉を心の中で何度も反芻していると、隣にいた風花が僕の服の(すそ)をクイクイと引っ張り出した。

 

「……お兄さん」

 

「ん、どうしたの?」

 

「さっきのお姉さん、最後なんて(・・・)言ってたの……?」

 

 ああ、喧騒に紛れて聞こえなかったのか。

 

「僕の異能をすごいって言ってくれたんだよ。涙も拭いてくれたし、優しいお姉さんだったね」

 

「……うん。でも、少し怖かった……」

 

 まあ、変な貫禄はあったからね。見た目とは裏腹に、めちゃくちゃ歳食ってるような口調だったし。

 でもあれだな。もしまた拳聖祭期間中に会えたら、勇気を出して声掛けてみようかな。

 才能があると言ってくれた理由とか、いろいろと聞きたいこともあるし。

 

 

 

「やや、そこにいるのはユキーではないですか!」

 

 名前もわからない他校の女子に思いを馳せていたその時、背後から陽気な声で呼びかけられる。

 僕は振り返るまでもなく、その特徴的なあだ名ゆえ、声をかけてきた人物が誰であるかを特定することができた。

 

「リリアさん、どうしてここに?」

 

 振り返ると、そこにいたのはやはり王女様であり、昨日と同様に髪をくくり、メガネをかけた『一般生徒スタイル』。

 そしてなぜかその隣には、ひどく疲れた表情をした光華の姿もあった。

 

「今日は友人役の予定はなかったはずじゃ……」

 

「あらユキー、予定を立てて遊ぶだけでなく、偶然出会ったから一緒に遊ぼうとなるのもまた友人……ではないですか?」

 

「はぁ」

 

 相変わらず、王女とは思えないほど自由だなこの人。まあそれはいいとして……。

 

「光華さんはなんでそんな疲れてるの?」

 

「昨日と一緒で、リリアに散々振り回されたんでね」

 

 明らかにトゲのある声でそう告げると、光華は王女様を睨みつける。既に敬意の類は消滅済みのようだ。

 

「せっかく子猫ちゃんたちと楽しく(たわむ)れていたというのに、そこにリリアが突然抱きついてきたんだよ。それをきっかけに、子猫ちゃんたちと険悪なムードになって大変だったんだから」

 

「ウフフッ、『泥棒猫』って言われました」

 

 なんで嬉しそうなんだよ。

 

 でもなるほど、それで王女様をこうして子猫ちゃん(シンパ)たちから引き離してきたわけか。

 

「ちなみにナッツと会う前、アキーを見つけたんで抱きついたら、オサナナジミちゃんがすっごくプリプリしてて可愛かったです」

 

 蛇塚にも抱きついたのか、そっか……。

 

「リーダー、今『僕にも抱きついたりしないのかな』って思っただろ」

 

 思ってないよ☆

 

「しかしリーダーの方は随分といいことがあったみたいじゃないか。嬉しそうな顔しちゃって」

 

「……まあね」

 

 どうやら顔に出てしまっていたらしい。しかしそれも仕方ないというもの。

 

「おや、その子はユキーの妹ですか?」

 

「あ、いえ、この子は――」

 

 かくかくしかじか。

 

 僕の体の影に隠れ、王女様と光華を警戒する風花に『大丈夫だよ』と伝えつつ、二人に事の経緯を説明していく。

 その間もずっと、名も知らぬ少女からかけられた言葉を、頭の片隅に残しながら。

 

 

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