魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
姉を探す――とはいえ、僕、光華、王女様の三人は『風花の姉』なる人物の容姿や特徴を知らないわけで。ならばそれを知る人物に聞けばいいのだが……、
「風花ちゃん、えっと……『名前は言っちゃいけない』って言われてるんだよね?」
「……うん、お姉ちゃんのことは誰にも言わない約束だから。ごめんなさい……」
といった理由により、容姿等を知る手段が存在しない。
僕は『大丈夫だよ』と声をかけながら、また泣きそうになる風花の頭を優しくなでた。
さて、どうしたものか――
「……ふっふっふ、どうやら私の出番のようですね」
僕と光華が姉探しの手段に頭を悩ませていると、王女様は一人自信ありげな笑みを浮かべてそう告げる。
「何か考えでもあるのかい?」
「もちろんですとも。ここは
「アレ?」
「人探しにはこれ以上ないというほど打って付けの存在です。由緒正しき血統を持ち、どれだけ時代が変わろうとも、代々王家と共にあり続けた一族。時に友人として、時に護衛として、時に家族として。王の隣に侍るその姿が、国中に広く知れ渡る『王家の犬』です」
そう説明しながら、王女様は携帯を取りだし、どこかへと連絡を取り始める。
そうして、待つこと十五分後――
「こちらが『王家の犬』、フィジーちゃんです」
「ワンッ!」
…………モノホンの犬きちゃった。
僕たちの目の前には、黒と白からなる、見るからに美しい毛並みの中型犬が一匹。
「……え? 王家の犬って、本当にただの犬……?」
「ただのとはなんですか、ただのとは。先ほども言ったように、代々王家に仕える歴史ある血統なんですよ?」
いやまあ、表面通り言葉を受け取るなら、確かに何も嘘はついてないんですけど。
「『王家の犬』って、てっきりもののたとえかなにかだと。王家直属の特殊部隊とか……」
いわゆる影の一族的な。そういうのだと思って、待ってる間ちょっとソワソワしてたのに。
「ユキーってば、仮にそういう特殊部隊があったとして、こういったことにホイホイ投入できるわけないじゃないですか。常識で考えて」
「……」
……なんだろう。言ってることは正論なんだけど、王女様に常識とか言われるとすごい腹立つな。
「でも、王族のペットをよく海外に連れてこれたね。そういうの厳しそうなイメージあったけど」
「最初はちゃんと許可を取ろうとしたんですけど、ダメって言われたんで勝手に連れてきました」
二度と常識とか語るんじゃねえぞ。
「うわぁ! かわいい!」
「うふふ、触ってもいいですよ」
ただ少しガッカリした僕とは対照的に、風花は『王家の犬』――フィジーの登場に大喜び。
「でも気をつけてくださいね、風花ちゃん。この子は王家に仕える犬として、とても気位が高いですから。そう簡単には心を許さな――」
「よーしよしよしよし」
「クゥン……!」
僕と風花が近づくと、フィジーは甘い声を出して擦り寄り、さらにひっくり返って腹を見せてきたので、二人でおもいっきりワシャワシャと撫でてやる。
「ちょっとお!? 私が撫でようとしたら絶対噛み付くくせに!!!」
やっぱりわかるんですよ。犬にも人柄の良さってやつが。
「……お兄さん」
「ん? どうしたの風花ちゃん」
「さっきからこの子のこと、王家の犬って言ってるけど、どうして?」
「あー、えっと…………リリアって名前のあのお姉さん、態度がデカいから『王女様』ってあだ名が付いてるんだ。だから王家の犬……みたいな」
「ユキー?」
誤魔化すための方便じゃないっすか。
「話を戻すけど、フィジーちゃんを連れて来たってことは、この子の
「その通りです! ナッツ」
確かに、匂いで探すなら容姿や特徴は必要ないし、風花から無理に聞き出さなくてすむ。
なんだかんだ言って、もしかしたら
「ではさっそく風花ちゃん、何かお姉さんの匂いが染み込んだものを出してください!」
「……ない」
「え?」
「何も持ってない……」
はい詰み。
「何かないですか!? お姉さんのハンカチとか、使用済みのパンツとか……!?」
もうちょっと別の例えなかった?
「持ってない……」
「ならしょうがないさ。やっぱり歩きながら探すとしようか」
「そうだね」
結局、僕らは
うなだれる王女様を放置して。
とりあえず歩き出したものの、やはりそう簡単には見つからず。
ただフィジーを連れながら歩き、時折なでたりして構っているおかげか、風花の表情はそれほど暗くない。
悲しいことには変わりないはずなのに、ワガママも言わず本当にいい子だ。
「ユキー! アイス! アイス食べたいんでお金ください! 三段のやつ!」
ほんと、どこかのアホアホ王女様も見習ってほしい。
王女様は三段アイスを二つ購入すると、そのうち一つを風花へと手渡す。
「はいこれ、風花ちゃんの分です」
「え、いいの?」
「もちろん。涙をこらえ、強くあろうとするその姿勢を称え、授けましょう。これはあなたが受け取るべき正当な報奨です」
「……えっと、ありがとう。王女様」
「うふふ、どういたしまして」
……いい感じの雰囲気出してるけど、僕のお金だからな?
「あ……、でもお姉ちゃんからアイスは一日一つだけって言われてて、今日はもう食べちゃったから……」
「風花ちゃん、王女たるこの私から、素晴らしい知見を授けましょう。背徳という名のスパイスは、刺激を何倍にも増幅してくれます」
「……?」
「要するに、そのアイスは今までで一番美味しいということです。さあ、パクッといっちゃいましょう」
「一番……!」
悪い顔をする王女様に、アイスを持って目を輝かす風花。
楽しそうなところに水を差すようで悪いが、純真無垢な少女をこのまま悪の道へと落とすわけにはいかない。
「いい? 風花ちゃん。こういうチャランポランな相手の言うことは刺激的かもしれないけど、親や教師と違って君の人生に責任をもってくれないから、あんまりマジメに聞いちゃダメだよ」
「ユキー?」
反論あるなら金返せよ。昨日の分も含めて6400円。
「ほら、アイス食べ終わったら、もっと人の多い場所に移動するよ。あとリリアはボクの貸した4800円返せ」
「「「はーい」」」
とまあそんなふうに、見つからないながらも悲観的な空気にはならず、祭りを楽しみながら姉探しを継続する。
そのおかげもあってか、風花は笑みを浮かべる時間が多くなり、風花の方から話しかけてくれる頻度も増えた。
僕たち三人(と一匹)に対して、だいぶん心を開いてくれたらしい。
「人の多い場所となると、どこに行くべきでしょうか?」
「やっぱり試合会場の近くじゃない?」
学園内はどこも人で溢れかえってはいるが、一番多いとなればそこ一択。
僕らは、ちょうど個人戦が行われている会場へと向かった。
そうして試合会場、その入口前に到着すると、まさに人、人、人。観戦希望の人の群れが、会場の外にまで溢れかえっている。
外でこれだと、中はさらにひどく、立ち見客でいっぱいのはずだ。
「さすがにここまで多いと、人探しなんてする余裕ありませんねえ」
「少なくとも会場に入るのは無理だね」
まるでゴミのような人だかりを見て、別の場所から探すべきではないか、という空気になりかけたその時――
「あっ! お姉ちゃんだ!!」
「「「え!?」」」
僕ら三人は風花の嬉しそうな声に反応し、その指さした方へと視線を向ける。
するとそこには、試合の様子をリアルタイムで映すバカでかいモニターと、それを見るため大勢の人がモニターの前に集まっていた。
おそらく観戦希望ながらも、会場に入りきれなかった人たちなのだろう。
「あの中にお姉ちゃんがいるの?」
「ううん、今試合に出てるのがお姉ちゃん!」
僕らは再度視線をモニターに戻す。実況の音声と共にモニターに映るのは、しのぎを削る二人の異能者。
一人は男なので除外。もう一人は――
『この試合、圧倒的有利だと思われていた
『う~ん、動きに迷いがあるよね~。何か気がかりなことでもあるのかしら~?』
「「「…………え!?」」」
僕らはまたも、三人同時に驚きの声を上げる。
姉の所在がわかり、これまでで一番の笑みを浮かべる風花とは対照的に、僕らは呆然と立ち尽くすことしかできない。
そしてそんな僕らのもとに、一人の大人の女性が慌てた様子で近づき、声を上げた。
「風花ちゃん!?」
「あっ、マネージャーさん!」
「無事でよかった……!」
マネージャーと呼ばれた女性は、心底安心した様子で風花を抱きしめる。
色々と驚きではあるが、ちゃんと知り合いみたいだし、一応これで一件落着というところだろうか。
「あのね、お兄さんたちが助けてくれたの」
「あなた方が……! 本当にありがとうございました!」
いえいえ。
「その……、こうして助けていただきながら失礼なのは重々承知ですが、今すぐ
「もちろんです。私たちに構わず行ってください」
代表して答えた王女様の言葉に、当然僕と光華も同意する。
「重ね重ねありがとうございます! またすぐに戻ってお礼をいたしますので!」
「あの……、ありがとう。お兄さん、ナッツさん、王女様。またね……!」
お礼の言葉を告げると、風花はマネージャーさんに手を引かれ、会場内へと向かっていく。
きっと、今まさに奮闘しているお姉さん――色島レナにその無事を伝えに行くのだろう。
そんな想像をしながら、僕は先ほどのマネージャーさんの言葉を思い出す。
『またすぐに戻ってお礼をいたしますので!』
お礼か……。頼んだらお姉さんのサインとかもらえたりしないかな?
いや、なんならこの機会にお知り合いになれたり――
「じゃあ無事見つかったし、ボクは子猫ちゃんたちの元に戻るよ」
「私、図書館に行ってみたいです。蔵書の数は異能社会トップクラスだとか」
「ならここで解散かな。じゃあね二人とも」
この場から去ろうとする二人に別れを告げ、僕はその場でマネージャーさんが戻ってくるのを待つ……つもりだったのだが、なぜかそんな僕に対し、光華は『マジかこいつ』という視線を向けてくる。
「…………」
「…………え、なに? 光華さん。どうしたの?」
「どうしたじゃないだろ。君もここから離れるんだよ」
ふふふ、おかしなことをおっしゃる。
「ほら行くよ」
ちょっ!? やめろぉ! 離せぇぇぇ!
「リーダー、君なら既にわかってるだろ。なぜ風花ちゃんが、
「姉が芸能人であることがバレないようにするため、ですね?」
「リリアの言う通りだ。姉が芸能人であることを理由に、擦り寄られ、利用されるようなことがないように、と。お姉さんの方は芸名かな? ……とにかくそこまでして、お姉さんは風花ちゃんの身を案じている。ボクらが風花ちゃんを助けたのは偶然だけど、知ってしまったら話は別。風花ちゃんを利用しているのと何ら変わりない」
……くっ、
「ほら、君の良心に聞いてみな。『
「…………」
光華からそう告げられ、僕は胸に手を当てて心の声に耳を傾ける。
「………………うん、ギリ大丈夫って言ってる」
「リリア、左腕持って」
「は~い。ほら行きますよ~、ユキー」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!
「だいたいね、相手は学校を背負う代表選手なんだよ? これからも試合が続くって時に、君
「光華さん、イロモノってもしかして僕のこと?」
「ナッツ、今『たち』って言いました?」
「ええい、うるさいイロモノ共!」
そう叫ぶと、
「せめてサインだけでもぉぉぉ……」
「サインなら私が書いてあげましょう。後に偉大なる国王となる者のサインです。プレミアものですよ?」
「……ありがたみがない」
「よっしゃ上等ですよ。ユキーには私という存在がどれほど偉大なのか、ジール王国の成り立ちからじっくり教えて差し上げましょう」
「ワンッ!」
そうして、なぜか光華にウインクする王女様に左腕を、どこか不機嫌そうにしている光華に右腕を掴まれ、僕はその場から強制退場させられていく。
ちょうど近くのモニターでは、調子を取り戻し、本来の力を発揮した『色島レナ』の勝利する姿が映し出されていた。
――――――
おまけ
試合会場とその一帯では、集まった人々が熱を帯びて盛り上がる。
しかし、学園内の全てがそうではない。その広大さゆえに、同じ敷地内とは思えないほど閑散とした場所もまた存在する。
そんなヒト一人通ることのない静かな場所で、少女は一人ベンチに腰かけていた。
『君は素晴らしい才能を持っている』
なぜ、わざわざあんな言葉を口にしてしまったのか。少女はその理由を思案する。
その答えは、すぐに思い至ることができた。
あの少年が、どことなく
「……ん? 彼とは誰だ?」
少女は自身で口にしながら、自身の言葉に疑問を持つ。
「またこれか……」
いくつもの体を渡り歩いた悠久の時の中で、またしても大切な何かを忘れてしまったのかもしれない。
少しずつ、ほんの少しずつ、自分を構成する重要なものが欠けていく。
でも、それでも構わない。一番大切なことは、まだちゃんと覚えている。
己の生きる理由、己を立たせ続ける理由だけは、絶対に忘れない。
『神を地へと堕とす』――その信念だけは、絶対に。
少女はまるで痛みをこらえるように、自身の胸の当たりを強く握る。
そしてそんな少女の元に、一人の隻腕の男が近づくと、少女の目の前で膝を着いた。
「お加減いかがですか? ――老師」
老師――それは目の前の少女を指す言葉としては、あまりにも似つかわしくない仰々しい呼び名。
しかし少女はまるで戸惑うことなく、その問いかけに返事を告げる。
「ああ、宗蓮か。……問題ない。この体もかなり馴染んできた。同化率は既に前の体以上だ」
宗蓮と呼ばれた隻腕の男――チーム合宿で冬二たちを襲撃した一味の一人は、少女の言葉に満足気な笑みを浮かべた。
「それは上々でございます」
「やはり本来の体に近いからか。この体であれば、『魔導王』のやつに壊されることもなかったであろうに」
「仕方ありません。巨大組織である『
「その『魔導王』によって身軽な体になれたというのも、また皮肉な話だ。それで……、お前が姿を見せたということは、ある程度準備が整ったということでいいんだな?」
「はっ。生き残った『
「そうか……。『蟲溟』はともかく、『死桜』まで失ったとなると、かなり手痛い損失だな」
せめて刀だけでも回収できれば――そうぼやく少女に、宗蓮はさらに頭を下げて告げる。
「申し訳ありません……! この失態は必ずや今後の働きで取り返してみせます。こちらに偽の情報を流したあの
「……ああ、宗助のことか。あんなもの放っておけ。もし『死桜』たちが必要なら、その時は私自らが監獄に出向いてやる」
「いえ、これは私のケジメですので、やつには然るべき報いを受けさせます」
「……まあ好きにしろ。それより、いつでも動けるよう準備しておけ。今この街は危うい緊張状態にある。言わば、いつ火がつくかわからない火薬庫だ」
そう告げると、少女は喧騒に包まれているであろう試合会場の方へと目を向け、そして笑った。
「私たちだけではない。『セーラス』を始めとした非合法組織や各国の秘密部隊。そういった連中が、各々の思惑を抱き、実行に移す隙を伺っている。まだ誰も動かないのは、最初に動くことで割を食いたくないという、ただそれだけの理由でしかない」
火中の栗を拾うのは誰か。一度誰かが拾ってしまえば、もう戻れない。
学生たちの祭典は、すぐさま悪意の入り乱れた戦場へと変わるだろう。
その時こそが、自分たちの野望を果たす最大の機。
そう遠くない未来に、その待ち望んだ日が訪れることを、少女と宗蓮の二人は確信していた。
「……マジでか」
「むー」
その近くで、一人の少年と使い魔が耳を傾けていたことを知らずに。
とある夏の、まるで幻だったかのような、幼き日の記憶。