魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「私は……あなた方に友人として振る舞うよう求めました。それゆえに、多少不敬な態度が見られようとも、寛大な心で見逃してきたつもりです」
場所はメンター室。普段、雪春たちチーム『
そんな彼女が、表情から一切の笑みを消し去り、冷たい目で雪春たち四人を睨みつけている。
「しかし、偉大で清廉なる王女とて一人の人間。海よりも慈悲深いと名高いこの私ですが、それでも限度というものは存在します」
そこでリリアは言葉を止め、一度大きく息を吸うと、人生で一二を争う大声で告げた。自身の怒りの、その根源を。
「誰ですか!!? 私のプリン食べたのは!!!」
叫ぶリリアの見下ろす先には、机を囲んでソファに腰かける雪春、蛇塚、光華、烏丸の四人。
そしてその机の上には、中身を食べ尽くされた四つの空容器が置かれていた。
「そのプリンは、世界中に支店を展開する有名店のプリンで、我が国では王族にも献上される逸品です。初めてそれを食べた時の、新たな味覚の扉を開いたような衝撃は、今でも忘れることができません。そして今回、日本に来る際の楽しみの一つがこのプリンでした」
リリアは語る。もはや戻らないそのプリンが、自身にとってどれだけ大切なものだったのかを。
「特に日本支店のプリンは格別だと、食通たちの間でも知られており、数量限定のため朝一から並び、やっと買えたそのプリンを……………………あなた方は奪い食ったんですよ! おわかりですか!?」
これでもかというほど感情的になり、リリアは己の怒りをぶつける。
だが、その怒りをぶつけられる雪春たちの態度は、どこまでも冷めていた。
『めんどくせぇ』――まるでそんな声が聞こえてきそうなほどに。
「あー……リリア。一応なんだけど、これまでの状況を整理してもいいかな?」
「かまいません」
「じゃあ……」
怒髪天のリリアから発言の許可を取り、光華はリリアがブチ切れるに至ったその経緯を語り出す。
「まず、買ってきたプリンを持って、この部屋に来たのが午前八時ごろ。その際に冷蔵庫に入れ、一度退出。そこから午前九時半、また戻ってくると、冷蔵庫の中からプリンが消えており、ゴミ箱にプリンの容器が捨てられているのを発見。……で、ボクらがこの部屋へと到着した時間は全員バラバラで、だいたい十時前後。この認識で大丈夫かい?」
「ええ」
「だとすれば、ボクたちを犯人だと決めつけるのはいささか早計なんじゃないかな? 犯行が可能な一時間半の間に、ボクら以外の人間が出入りして、プリンを食べた可能性もあるわけで」
「そうですよ。特にこの時期だと、
光華の言葉に付け加えるようにして、雪春も弁明の言葉を重ねていく。
自分たちは犯人ではない、そう訴えるために。しかし――
「いえ、犯人はあなたたちの誰かです」
リリアは断言する。迷いのない目で、はっきりと。
「そこまで言うってことは、何か根拠があるのかい?」
「ええ、もちろんです。私はプリンを冷蔵庫に入れる際、冷蔵庫の扉にメモを貼っておきました。『プリンは王女のもの。食べたら王族に対する略奪行為で処刑台送りだぞ☆』と」
こいつ……、自分が王族なことを隠す気ないだろ――そんな言葉が出かかったが、雪春たちは口をつぐんだ。
「しかし、プリンがなくなったと同時に、そのメモも消えていました。つまり犯人は、メモの存在に気づいていたということ。プリンが私のものであることを知らなかったのではなく、理解した上でメモをなかったことにし、貪り食ったのです。それらの事実を踏まえると……もう、おわかりですね?」
「…………」
リリアは冷静に、静かな声で問いかける。しかし誰も何の反応も示さなかったことで、一気に感情を爆発させた。
「そんなゲスは、あなたたち以外にいないんですよ!!」
んだとこのゲス――思わず出かかったその言葉を、雪春たちはなんとか飲み込んだ。
「勝手に人のプリンを食べてしまったことは、まあまあまあ……ギリのギリのギリ許しましょう。で・す・が、それを黙ってやり過ごそうという魂胆が気に入りません! さすがの私も堪忍袋の緒がプッチン切れましたよ!!!」
「プリンだけに?」
「おい誰だ今の」
青筋を浮かべながら告げられるドスの効いた声に、雪春たちは全員目を逸らす。
「リリアの怒りはわかった。ただ少し落ち着きな。そんな状態だと冷静な判断もできなくなるよ」
「冷静になどなれるものですか! 犯人を見つけ出した暁には、裁判なしで処刑台に送ってやりますよ!」
「法治国家の権力者が言っていいセリフじゃないだろ。ほら、深呼吸深呼吸。……ただ、ボクが同じ立場ならと思うと、その気持ち……すごくよくわかるよ」
「ナッツ…………」
凶行に及ぼうとするリリアに対し、光華は寄り添ってその暴走を止めようとする。
献身的に、まるで騎士のような振る舞いを見せる光華夏美――
――実はこの女、犯人である。
もちろん、自首するなどという考えは毛頭ない。既に墓場まで持っていく覚悟を決めている。その心、不動なり。
「というかよぉ……、なんでそもそもメンター室の冷蔵庫になんか入れてんだよ。宿泊中のホテルにでも持ち帰ればよかったじゃねえか」
どうせいいとこ泊まってんだろ――そう言ってリリアに毒づく蛇塚は、不満気な声を隠そうともしない。
ゲス呼ばわりされ、容疑者の一人として疑われているこの状況に、彼は少なからずイラついていた。
「わかりませんか? アキー」
「あ?」
「メンター室へと持ち運んだプリンの数は四つ……。それで、察せませんか?」
「……まさかお前、そのプリンをオレたちに渡すつもりで――」
「いえ、普通に全部自分で食べるつもりでした。ほら、ホテルとかに持ち帰ってしまうと、毒味だったり食事制限だったりで
「……」
こいつの国で革命起きねえかな――蛇塚は心の底からそう願った。
「ちっ、プリンくらいでガタガタ言いやがって。王女なんだからいくらでも簡単に買えるだろうが」
「むっ、アキー……それは私に対する侮辱ですよ」
「はあ? なんでだよ」
「あのプリンを買いたいという者は大勢います。列を成し、みな順を守り手に入れているのです。にもかかわらず、私が私利私欲のために権力を行使し、ルールを踏みにじるなどあってはなりません。ましてやここはジール王国ではない。なればこそ、権力の乱用は許されません」
「……」
盗み食いで処刑台送りにしようしてるやつが何を――思わず漏れそうになったその言葉を、雪春たちは再度なんとか飲み込んだ。
「要するにプリンを買おうとした場合、また日の出前から並ばなければならないんですよ……。わかりますか!? 湿気の多いこの国の夏に、朝とはいえ開店前から長時間の立ちっぱを強いられる………………
「自分で並んでねえじゃねえかクソ王女!」
ついに、蛇塚は今まで飲み込み続けていた言葉を吐き出した。
立場の差など、もはや関係ない。そう開き直り、リリアに不敬ド真ん中の悪口を叫ぶ蛇塚秋人――
――実はこの男、犯人である。
光華同様、冷蔵庫のプリンに手をかけたその事実を、まるでなかったかのように振る舞い、秘匿していた。
しかし光華と違うのは、勝手に食べてしまったことへの罪悪感を持っていたということ。
そのため、場合によってはきちんと謝罪し、詫びとして、食べてしまったプリンを買ってくることも考えていたのだが、その気持ちは既に消滅済み。
やはり蛇塚も、墓場まで持っていく覚悟を決めていた。
「このくされ○○○が!!!」
「おっとそういえば……なんだかんだで初めてですね。
「おい聞いてんのか!?」
蛇塚からの罵詈雑言を、まるでそよ風のごとく受け流すリリア。
そんな彼女の視線は、ここまで一言も発していない烏丸へと向けられる。
「改めまして、リリアーナ・ガイアスです。リリアって呼んでください」
「……」
「一応、そちらのお名前も聞いていいですか?」
「……」
「友人役として、しばらくの間よろしくお願いしますね」
「……」
「ふふ、少しシャイなんでしょうか?」
「……」
「…………ちなみにですけど、プリンを食べたの……烏丸ちゃんだったりします?」
「……」
「……」
「……」
ガン無視である。
リリアからどんな言葉を投げかけられようと、烏丸は返事どころか、頑なに目すら合わせようとしない。
これまでタイミングが悪く、リリアが烏丸を認識する機会はあったが、烏丸がリリアを認識する機会はなかった。
そのため、烏丸にとってリリアは完全に初対面の相手。そんな初対面の相手が、プリンどうこうでバチ切れしているのだ。
しかもリリアの
烏丸の心は、開かずの金庫のごとく閉じられていた。
「こ、怖くないですよ~……」
リリアは烏丸の目の前に移動し、なんとか目を合わせようとするも、烏丸は全力で目を逸らす。
極度の人見知りかつ陽キャ嫌いであり、まるで小動物のように怯える烏丸冬歌――
――この女も、実は犯人である。
普段なら余計なことを喋り、自身が犯人であることを自爆していたであろうが、今回はその性格が功を奏する形となる。
「ふ、ふふふ……。私の言葉を無視するなんて……おもしれー女、ですね」
お前には負けるよ――雪春たちの心が一つになった。
「ま、まあ……おいおい慣れていってくれればかまいません」
自分が怖がられているという事実に、わずかばかりショックを受けながらも、リリアは咳払いをして気を取り直す。
そして、改めてその問いかけを口にした。
「それで、私のプリン食べたの誰ですか?」
「…………」
しかし答えが返ってくることはなく、またしても訪れる沈黙。
どうやら意地でも自首する気はないらしい。それを理解したリリアは次の手段に出る。
「……いいでしょう。素直に名乗り出る気がないというのなら……、私の華麗なる推理により、プリン窃盗の犯人を当ててみせましょう」
「はっ、何が推理だ。くだらねぇ」
「アキー、犯人ポイント3加算です」
「あ?」
「このポイントが10たまれば犯人とみなし、ギロチン台送りにします」
「おい気をつけろ。こいつ推理する気ゼロだぞ」
まさに暴君。論理によってではなく、自身の気分次第で犯人を生み出そうとする迷探偵に、雪春たちはドン引きする。
「ちょ、ちょっと待ちなよリリア。いくらなんでも横暴が過ぎ――」
「ん? 王に意見ですか?」
「…………」
暴君には、諫言すら許されない。圧マシマシの笑みを浮かべ、リリアは他者の言論を封殺。
それにより生まれたのは、ポイントが積み上がることを恐れ、誰も口を開こうとしない地獄空間だった。
「どうしました? これまでのように、気兼ねなくお話しましょうじゃありませんか。ええ、クソ王女なり、ボケ王女なり、王女フリーダムなり、自由に呼んでくれてかまいませんとも」
「……」
なぜ、自分たちが陰で言っている悪口を知ってるんだ?――そう不思議に思うも、雪春たちは口を開くことができない。
クーラーの音と、セミの鳴き声だけが室内に響き渡る中、リリアは机に腰をかけ、足を組みながら雪春たちを見下ろす。
それはリリアもとい、リリアーナ・ガイアスが彼らに初めて見せる、本物の王女の顔。
絶対このタイミングじゃないだろ――雪春たちの思いは一致するも、やはり口にすることができない。
「まあこんなマネせずとも、食べた本人が自ら名乗り出ればそれで済むのですが……」
「…………」
刻一刻と、時間だけが過ぎていく。
それはさながら、犯人が名乗り出るまで帰れないホームルーム。
しかし、その永遠にも感じられた気まずい時間は、意外な形で終わりを迎える。
『~♪』
突如、部屋の中に流れ出した音楽。それはリリアの懐から流れる着信音だった。
携帯を取り出し、相手を確認すると、リリアは机から降りて立ち上がる。
「……チッ、運のいいヤツらです。急ぎの用事ができてしまいましたので、今日のところは見逃してあげましょう。……ただっ! プリンを食べた犯人は三日以内に同じものを用意すること! いいですね!?」
最低限の譲歩を叫びながら、リリアは部屋を後にしていく。
そうして残された『愚蓮努羅魂仏血切離』の面々。先ほどとは違う形で静かになったその部屋で、リーダーである雪春は小さくつぶやいた。
「……みんな、今日のことは絶対墓場まで持っていくよ」
「ああ……」「おお……」「うん……」
四つあったプリン。それを一人一つずつしっかりと味わった四人は、生涯黙秘することを心に決める。
――――――
おまけ
「こちらです。リリアーナ様」
メンター室を出てすぐ、リリアは近くの病院を訪れていた。その病院内を部下に案内され、
案内された病室――そこには、
「彼女の容態は?」
「命に別状はありません。今は少し眠っているだけです。なんでも、偶然近くにいた生徒たちに助けられたらしく……」
「…………」
リリアはベッドで眠る少女――自身の影武者を、難しい表情で見つめる。
「彼女を襲った犯人の目的は?」
「現在調査中です。犯人が意識を取り戻し次第、尋問を行います」
「まあどうせ……、どこかの雇われ暗殺者か何かでしょう。依頼主も、第一王子派の人間で間違いありません」
「……となると、例の
「でしょうね。たとえ万が一であったとしても、可能性の芽は摘んでおくつもりのようです。『契約者をかなり絞り込めた』――そう報告してすぐのこれですから」
水面下で動く様々な思惑や悪意。それが自身とその周囲に降りかかることに、リリアは思わずため息をつく。
今に始まったことではない。己が生まれた日から、あるいは生まれるその前から、血塗られた道を歩く人生は決まっていた。
そして、それはこれからも変わることはない――
――玉座へと座る、その日まで。
だからこそ、『プリンを食べたのは誰か?』――そんな数時間前に行われた、どうでもよくて、くだらなくて、どこまでも平和な駆け引きが、ひどく愛おしかった。
書籍の発売から一ヶ月と少し経ちましたが、おかげさまで売れ行き好調とのことです。
購入してくださった方、本当にありがとうございます!
まだの方も、よければぜひ。
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2巻も鋭意製作中ですので、今後ともweb、書籍共々よろしくお願いします。