魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「こちら商品となります。ありがとうございました」
今日は朝からバイトの日。しかし場所はいつもの店ではなく、拳聖祭で出している屋台の方のシフトに入っている。
店長曰く、店の宣伝と新たな客層の獲得を目的に出店しているらしいが、これまたシフトを組むのに苦労しているとのこと。
まあ当たり前といえば当たり前だ。ただでさえ普段から人手不足の状況で、屋台の方にも人を回すというのだから。
それに、屋台の方のシフトには絶対に入れないというスタッフも割と大勢いる。治安部隊に見つかりたくないというのが理由らしい。
うちのバイト先、すねに傷を持った人間が多すぎやしませんかね?
とまあそんな理由があり、屋台の方は基本三、四人ほどで回している。
しかし今現在、なぜか屋台には僕ともう一人、後輩アルバイターの桜さん二人だけ。
「……すみません桜さん。店長と篠田さん、どこに行ったか知りませんか?」
僕が声をかけると、商品のクッキーを補充していた桜さんが顔を上げ、ゆっくりとその口を開く。
「店長さんなら……さっきお客さんに、『ブルドッキングヘッドロック』くらわせて、治安部隊に連れていかれ、ました」
そっか……。余罪もたくさんありそうだし、執行猶予も厳しいかな。
「あと、篠田さんは……挨拶に行くって、言ってました」
挨拶? ……あ、そういえば言ってたかも。伝説の初代総長に挨拶しに行くとかなんとか。
じゃあしばらくは二人だけで回さないといけないのか……。
いや、まあでも大丈夫でしょう。屋台で出している商品はクッキーなどの既製品だけ。
それに普段の客層と比べると、屋台の方のお客さんはめちゃくちゃ優しいのだから。
大声で怒鳴る客もいなければ、武器を突きつけてくる客もいないし、『説教相手を一人』などというクソみたいな注文をしてくる客もいない。
それならば、僕と桜さんの二人だけでも――
「オイッ! コノミセドウナッテンダ!?」
――とか考えてたらこれだよ。
「どうかされましたか?」
僕は内心めんどくさいなと思いつつ、屋台の前で叫ぶ人物へと対応する。その人物は長い金色の髪に、雪のような白い肌といった目立つ容姿をしており、さらには耳が尖るように長く伸びている。
そう、異世界ファンタジー系の作品だと高確率で登場する――いわゆるエルフというやつだ。
中性的な顔立ちだが、声からしておそらく男だろう。リリアと同じ制服を身につけているので、サラスティナ異能学園の生徒に違いない。
「ドウシタモコウシタモアルカ! ナンダコレハッ!?」
そう言ってエルフの少年が見せてきたのは、先ほどウチの店で買ったであろう“肉まん”だった。
はて? 確かその肉まんは普通の商品だったはずだけど…………うん、おにぎりと違って爆発はしないはず。
「コノニクマン! ニクガハイッテタゾ!」
肉まんだからな。
「オレタチホコリタカキコウショウナエルフニ、イキモノノシガイヲクワセルキカ!?」
いや、エルフの主義とかそういうの知らないですし。というか、じゃあなんで肉まん買ったんだよ。
「カネカエセ!」
「すみません。既に口をつけてますし、それはちょっと……」
「ナンダトコノヤロウ――!」
その後もしばらく、エルフの少年は文句を言い続ける。ただ、クレーマー四天王やその傘下たちと比べれば、この程度かわいいものだ。
僕がのらりくらり罵倒を交わし続けていると、エルフの少年はようやく諦め、店の前から去っていった。
「生まれて
ひっどい種族ヘイトと共に。
ヘイトスピーチの時だけ流暢な日本語話しやがって。
そこらへんの草でも食いながら一生弓だけ射てろカスッ!!!
まったく、不愉快な気分にさせられてしまった。
僕の中にあったエルフ像――物静かな森の賢者というイメージが、音を立てて崩れていく。
さっきのエルフが特別ゴミのような性格というだけで、種族全体はあんなのじゃないと信じたい。
「このクッキーを一つ」
「あっ、はい! 今すぐに……ってあれ?」
注文を受けたことで気を取り直し、顔をお客さんの方へ向けると、そこにいたのはなんと立花先生だった。
「雪春、バイトか?」
「そうですね。先生は見回りですか?」
「いや、今はプライベートだ」
そう告げる立花先生の口元には、真っ赤なケチャップが付着している。食べ歩きでもしてたのかな?
服装も普段と比べるとラフで、どうやらシンプルにお祭りを楽しんでいるらしい。
でもほんと珍しいな。勤務時間外とはいえ、あの立花先生が生徒相手に隙を見せたりするなんて。
「先生、口元に付いてますよ」
「ん? ……ああ、すまない。つい先程、往来で大声を出すバカがいてな。その騒ぎの時に付いたのだろう」
僕が指摘すると、先生はハンカチを取りだし、口元を拭う。
そのハンカチは、ケチャップを拭き取る前から赤黒く染まっていた。
「…………」
先生の口元に付いてるの、ケチャップじゃなくて血だな…………。
やはり私生活であろうと、立花先生は立花先生らしい。
教師やるより、ウチのバイト先で働く方が絶対合ってると思う。
「それより雪春、一人で店番をしているのか?」
「あ、いえ、もう一人…………あれ?」
振り返ると、ついさっきまでそこにいた桜さんの姿が、屋台内のどこにもなかった。お手洗いだろうか?
「今ちょっといないですけど、二人で回してます」
「……そうか」
ならちょうどいい――そうつぶやくと、立花先生は財布からクッキー代を取りだし、僕に渡しながら小さな声で告げる。
「あの時はすまなかったな……」
「…………」
「…………」
「…………」
…………どの時だ?
立花先生から謝罪を受けるような場面…………思い当たる節が多すぎて絞りきれない。
僕の部屋の扉をチェーンソーで壊そうとしたことか?
それとも、僕がチームリーダーになるのを渋ったこと?
いや、初めてチームで集まった時、僕を悲しいヤツあつかいしたことかも……。
「王女の護衛の件だ」
謝罪の真意を図りかねていると、先生はそれを察したのか、すぐさま謝罪の理由を告げる。
「護衛依頼……いや、正確には付き人のようなものか? ……まあとにかく、君たちのチームには無理だというようなことを言ったが、あの言葉は撤回しよう。君たちは想像以上によくやっている」
「…………」
それは、僕ら『
謝罪に賞賛と、普段口にすることのない立花先生の言葉に、僕は驚きが隠せない。
「先日、王女側から任務の中間報告が送られてきた。特にこれといった問題もなく、『とても素晴らしいチームだ』と書かれていたよ。正直、こうなるとは予想していなかった」
「先生……」
「よく、あのチームメイトをまとめているな。引き続き、この調子で頼むぞ」
「ッ! はい……!」
……まあぶっちゃけ、王女様のぶっとんだ性格のおかげで、なんとかなってる節はあるけど。プリンも食べちゃったし。
けどやっぱり、褒められるのは純粋に嬉しい。
「ほんと、自分でもびっくりするぐらい順調なんですよね。このまま未来の国王とコネクションを築ければ、日本とジール王国の架け橋になれるかも……なんて――」
「雪春、リリアーナ王女が王位に就くことはない。
……………………え?
「リリアさんって、王になれないんですか?」
「……いや、なれないというのは少し語弊があるな。正確には、継承順位がかなり低いという話だ。ジールでは性別に関係なく、長子から継承権が優先される。現国王がリリアーナ王女の祖母、そして継承順位一位にあたるのがリリアーナ王女の父君だ」
「……あれ? でも確か、リリアさんって第一王女じゃなかったですか? だとしたら継承順位は二位で、次の次の王に――」
「そうだな。リリアーナ王女は第一王女だ。しかし
……え? いやでも、リリアが
何度も、まるで当然のことであるかのように発言していたはずだ。
「…………」
「雪春、君が何に困惑しているのかは知らないが、ジールの王位についてなど、学生が考えることではない。君は与えられている任務に集中するように。ここまではよくやっているとはいえ、依然として責任の大きい任務であることに変わりはない。クッキー、もらっていくぞ」
先生は困惑する僕をよそに、商品を受けとり、その場から去っていく。
先生が去った後も、僕はしばらくグルグルとした思考から抜け出せずにいた。
立花先生の言う通り、他国の王位問題など、一学生が考えることではない。
だがしかし、
「…………」
「先輩、考え事……ですか?」
「え、あ……桜さん。戻ってきてたんですね」
声をかけられ振り返ると、いつの間にか桜さんがすぐ隣に立っていた。
「うん、あの人……もう行ったから」
「あの人って……、もしかして立花先生のことですか?」
「そう」
桜さん、立花先生と面識あったんだ。
「でもわざわざ避けてるってことは、もしかして仲悪かったりします?」
「ちょっと、喧嘩した」
おっと、そりゃ隠れるよね。先生と喧嘩なんて、想像しただけで吐きそう。
「今は刀がないから、多分勝てない」
喧嘩で武器持ち出そうとするな。
しかし、まるで刀があれば(立花先生に)勝てるかのような言い草だ。
でも確かに、店でもよくクレーマー相手に(物理的に)無双してるし、桜さんってもしかして結構強い?
だとしたら、リリアの件とは別の、
「……桜さん、ちょっとお願いがあるんですけど――」
「えっと……、ジール王国に関する本は…………あった。この辺だ」
あの後、顔を腫らした篠田さんが『初代の拳はやっぱ重かったぜ……』と言いながら戻ってきたことで、店番は三人体制となり、特に大きな問題が起こることもなく、無事シフトの時間を終えることができた。
店長は最後まで戻ってこなかった。
そうして現在、僕は学園の図書館へと足を運んでいる。目的はもちろん、ジール王国について調べるため。
スマホでパパっと検索できれば楽なのだが、ジール王国の情報に限らず、異能社会に関する情報は調べても基本出てこないため、こうして紙の文献を探す羽目になっている。
機能しない位置情報といい、一体どういう仕組みなのやら。
「う~ん……、結構たくさんあるな」
ジール王国関連の書物はかなりの冊数があり、パッと見どれを読めばいいか見当がつかない。
さてさて、どうしたものか……
「ジールの基本的な情報が知りたいのなら、この本がオススメだよ」
悩む僕の隣で、誰かが本棚へと手を伸ばし、一冊の本を手に取る。
振り返ると、そこにいたのは片目が長い髪に隠れた高身長の女性。よくウチのバイト先にご飯を食べにくる女探偵――
「やあ、渡谷雪春くん。図書館で会うのは二度目だね」
「こんにちは、天眼路さん。確かにそうなりますね」
「メンター……登坂さんは元気かい?」
「元気そうでしたよ。一昨日差し入れに行ったら、もうすぐ刑期が終わるって嬉しそうに話してましたし」
「そうか、元気ならなによ…………刑期?」
天眼路さんとはバイト先ではよく顔を合わせるものの、こうして図書館で出会ったのは、悪魔大全を返却しにきた初対面の時以来。
「……まあ、登坂さんならおかしくもないか……。それより、ジール王国について調べものかい?」
「はい、ちょっと気になって」
「ちなみに、その理由を聞いてもいいかな?」
「えっと……その、今ちょうど拳聖祭でジール王国の王女様が来てるじゃないですか? それで調べてみたくなったんです。
理由を問われ、僕はそれっぽい内容を告げて誤魔化す。
王女の友人役をしてることとか、その辺のことは言えないので。
「ほお、それは奇遇だね。実は私もジール王国の……リリアーナ王女のことが気になって、色々と調べているところなんだ。どうだろう、これも何かの縁。せっかくだし情報共有といかないかい?」
天眼路さんのその提案は、僕にとって願ってもないもの。しかし――
「それは嬉しいんですけど、僕の方から出せる情報がないというか……」
「構わないよ。何も欲しいのは情報だけじゃない。私の話を聞いて、君の目線で感じたことを教えてくれるだけでも、私としては大歓迎さ。本当に些細なきっかけが、謎を答えに導くものだからね」
「それなら……はい」
天眼路さんがそれでいいのなら、僕の方から断る理由はない。
僕と天眼路さんは図書館を出て、学園の中庭へと移動し、置かれているベンチへと腰掛ける。
これまた、初めて会った時とまったく同じ流れだ。
「さて、何から話そうか……」
悩むような口振りともに、天眼路さんはタバコを取り出し、口にくわえ火をつける。愛煙家なのは相変わらずらしい。
「ちなみに、雪春くんは何か聞きたい情報はないのかい?」
「そうですね……、じゃあ――」
天眼路さんに問われ、僕の頭に真っ先に浮かんだのは、宗助が以前口にしていた言葉だった。
『かつて悪魔の侵略から国を救った英雄――“エルナリーナ”の生まれ変わりとも噂されてるしな』
「――エルナリーナって人について、教えてもらえますか?」
「ふむ……。確かに、ジールと言えば『エルナリーナ』。そしてその名は、私の持つ興味の
「…………悪魔、ですか?」
「その通り」
欧州の異能の歴史は、『悪魔との戦い』の歴史――それが以前、リリアの口にしていた言葉だ。
「一般社会出身なのに、よく知っていたね。もしかして、異能歴史学は得意かい?」
ウフフ、補習の常連でございます。
「じゃあ、“
「いえ、それは知らないです」
「まあ読んで字のごとく、人と悪魔の大規模な戦いのことさ。欧州において、悪魔との小競り合いは日常茶飯事だが、人魔大戦と呼ばれるほどの戦いに発展したのは、全部で計五回。いずれも『王を冠する悪魔』――十王が召喚され、多くの犠牲者を出した最悪の戦いとして、今なお語り継がれている」
……それはまた、思ってた以上にスケールの大きい話だ。
「そしてそんな大戦の中でも、第三次人魔大戦はまさに別格。徒党を組んだ悪魔たちにより、多くの国が陥落し、その規模は欧州全土にまで広がったと言われている。欧州だけでなく、人類史においても一、二を争う最悪の事件だ」
「…………」
決して、大袈裟に言っているのではないのだろう。
煙を吐きながら、いつもと変わらない口調で話す天眼路さんの姿が、より言葉に説得力を持たせている。
「……その第三次人魔大戦でも、『十王』と呼ばれる悪魔が召喚されたんですよね?」
「もちろん。その召喚された悪魔があまりにも残忍かつ狡猾だったからこそ、甚大な被害が生まれたわけだからね」
そうして、天眼路さんは告げる。かつて繰り広げられた人類と悪魔の生存競争。その発端となった、とても
「その存在を御すことができたのは、歴史上『現人神』ただ一人。欧州における恐怖の象徴であり、地獄の番人かつ支配者――
――『冥界王』メイルカムイ。現存する最古の古文書にもその名が記されている、史上最悪の大悪魔さ」