魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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ちょっと長め。


拳聖祭と救国の王女⑪ / 冥界王と救国の英雄

 

 

『小僧、聞こえているなら返事しろ』

 

 それは、僕が王女様(リリア)に初めて会った日のこと。ジール王国大使館からの帰りに、唐突に聞こえてきた言葉だった。

 どこか聞き覚えのあるその声は、まるで脳内に直接語り掛けてきているかのごとく頭の中に響く。

 

 ああ、きっと疲れているのだろう。ファ〇チキでも買って帰ろう――

 

 起きてすぐ立花先生に部屋を襲撃され、大使館では怒涛の展開の連続。

 そのため、聞こえてきた声を疲労による幻聴だと判断し、僕は返事をすることなく無視した。

 

『おい小僧、聞こえているはずだ。返事をしろ』

『なぜ無視する。聞こえているだろ。返事をしろ』

『どうした小僧。声を出せない状況にあるのか? なら声を出さずとも、伝えたい言葉を念じるだけでいい。返事をしろ』

『返事をしろぉ!!!』

『わかった。返事はしなくていい。しなくていいから、以前のように私を呼び出せ』

『……おい、いつまで待たせるつもりだ』

『…………まさか、本当に聞こえていないのか?』

『いや、やはり聞こえているはずだ。返事をしろ小僧。貴様のために言っているのだぞ』

『……小僧、返事を…………』

 

 その後の帰り道、そして部屋に帰ってからも、聞こえ続ける幻聴を僕は徹底的に無視する。

 さらに数時間ほどその声は続いたが、すっかり慣れてBGM感覚で過ごしていると、いつの間にか声は聞こえなくなっていた。

 

 よかった。これでゲームに集中できる。

 

 そう安堵し、ゲーム内で慎重に鉄骨を渡っていたその時――

 

 

「返事をしろ小僧ォ!!!」

 

 

「ああ! 落ちたぁ!」

 

 ずっと聞こえ続けていたうるさい声が、今度は頭の中ではなく、耳の鼓膜を直接たたく。

 

 ストーカー規制法って、悪魔にも適用されるのだろうか?――そんなことを考えながら、鉄骨渡りに失敗した原因に目を向けると、そこにはやつ(・・)の姿があった。

 

 もし召喚すれば、身を十度焼き尽くしても許されない罪を背負うその割に、特売のイワシで簡単に召喚されてしまう『メイルカムイ』さんの姿が。

 

「貴様ァ……! この私の言葉を無視するなど、本来万死に値する行為だぞ! 私の指示通り転移召喚を行えば、移動する手間などかからなかったものを…………!」

 

 そう愚痴りながら、メイルカムイは僕をにらみつける。

 

 だって……、一緒にいて誰かに見られると首チョンパだし。

 だからこそ、声にも返事せずやり過ごそうとしたのに。

 

 ちなみにベランダの方へ目を向けると、そこにあるはずの内と外を隔てる仕切りが、跡形もなく消滅していた。うぃんどぅ……。

 

「……それで、わざわざ何しに来たの?」

 

「貴様、今日一体誰と会っていた?」

 

「…………いっぱい」

 

「どこぞの国の王族と会っていた――なんてことはあるまいな?」

 

「え!? なんでわかったの!?」

 

「やはりか。どうりで懐かしい気配を感じたわけだ……」

 

 驚く僕をよそに、メイルカムイはしばらく何かを考え込む。

 ねえ、なんでわかったの? ねえ。

 

「……小僧」

 

「なに?」

 

「おそらくだが、貴様が顔を合わせたその王族と、そいつが統治する国の人間に、私は大いに恨まれている可能性がある」

 

「えー……、なんで?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 なんで真顔で黙るの? ねえちょっと、なにしたんですか???

 

「詳細は省くが……」

 

 省くな! 一から十まで全部言え!

 

「まああれだ。当時の契約者の願いを叶えてやった結果、そうなってしまった不可抗力のようなものだ」

 

「……つまり、メイルカムイ自身には非がないってこと?」

 

「…………………………ああ」

 

 ある間だなぁ。

 

「いいか? 今後もその王族と顔を合わせるようなことがあるならば、私との繋がりは絶対に隠せ。もし貴様が私の契約者(・・・)であると知られれば、間違いなく面倒なことになる」

 

「ええ……」

 

 ちょっと待ってよ。リリアーナ王女には友人役を頼まれてるし、これからめちゃくちゃ会う予定なんだけど。

 完全にただのとばっちりじゃ…………………………契約者?

 

「待って。契約者って何の話?」

 

「……まさか、気づいていなかったのか? 貴様が、私の契約者だという話だ」

 

「……違うよ?」

 

「違わぬわ」

 

 だって……、ムーみたいに召喚したわけでもなければ、儀式的なサムシングもした覚えないし……。

 

「以前、私の真名を伝えたあれが契約の儀式代わりだ」

 

「覚えてないから契約破棄ってことでいい?」

 

「ダメだ」

 

 なんだそのクソ仕様。名前聞いただけで『契約しました!』は理不尽が過ぎる。クーリングオフ不可だし。

 

「貴様にデメリットと言えるようなデメリットはない。ならば問題なかろう」

 

 いや、契約してることそのものがデメリットというか……。

 でもあれか、召喚しただけで消し炭なら、そこからさらに契約したとて、どっちみち同じことなのか?

 

「とにかく、確かに伝えたぞ。くれぐれも気づかれるなよ。……まあバレたところで貴様がどうこうなることはないが、今は(・・)時期が悪い」

 

 ……まーた意味深なこと言う。

 

「ではな」

 

 別れの言葉を告げ、僕の部屋から去ろうとするメイルカムイ。そんなメイルカムイに対し、僕は待ったをかけた。

 

「メイルカムイ」

 

「……なんだ?」

 

「帰る前に、窓ちゃんと直していってね」

 

「…………ではな」

 

「あっ! ちょっ!」

 

 貴様アアア! 逃げるなアア! 責任から逃げるなアア!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 ……といったようなことがあり、現在――

 

 

 

 

 

 

「『冥界王』メイルカムイ。現存する最古の古文書にもその名が記されている、史上最悪の大悪魔さ」

 

 

 

 思ってもいなかった形で、メイルカムイが起こしたその悪行を、天眼路さんによって明かされる。

 何度もガチャ感覚で召喚し、当たり前のように会話を交わしていた相手は、弁解の余地もなく人類にとっての敵だった。

 

 僕にとってのメイルカムイとは、ちょっと口うるさいおじさん程度の認識でしかない。

 そんな相手の別の顔を知り、僕は思う。

 

 

 ――やってんなぁあいつ、と。

 

 

 『悪魔大全』の記述や、召喚しただけで大罪人扱いされるといった話から、何かしら悪いことはしたんだろうなという想像はしていた。しかしまさかここまでとは……。

 でもあいつ、そんなヤバい悪魔の割にはイワシで召喚できちゃうんだよな。しかも高確率で。もはやバグじゃん。

 

「それほど驚いてないところを見ると、この情報はもともと知っていたのかな? それとも、メイルカムイという存在についてあまりピンときていないのかな?」

 

「……後者、ですかね」

 

「『悪い子でいると、メイルカムイに地獄へ連れていかれるぞ』――欧州では、誰もが知る子供への脅し文句のようなものだ。日本にも『ジャルビイのいたずら』といった似たような話はあるが、あちらは実際に存在している分、その恐怖はより上だろう。まあとにかく、その名を聞くだけで震え上がるような恐ろしい存在――メイルカムイについてはそういった認識で構わない」

 

「…………」

 

 うーん、やっぱりイメージが一致しない。天眼路さんが話すメイルカムイと、実際に僕が相対したメイルカムイとでは。

 言葉の節々から悪魔っぽさを匂わせてはいたが、そんな『人類支配するぜヒャッハー!』みたいなやつには見えなかったし。なんならムーを探してくれたり、刀くれたりと優しいところもあったわけで。

 もしかして、僕がメイルカムイだと思い込んでいる相手は、メイルカムイを名乗る不審者だったりする……?

 

「そんなメイルカムイと、配下の悪魔たちが暴れに暴れた第三次人魔大戦。人類は着実に追い込まれ、悪魔が欧州全土を支配するのはもはや秒読み――そう誰もが諦めかけたその時、残った周辺諸国をまとめ上げ、メイルカムイに立ち向かって見せた人物がいた。その人物こそが、ジールの生んだ英雄――エルナリーナだ」

 

 エルナリーナ――それは、僕が教えてほしいと頼んだ人物の名。

 メイルカムイの件に気を取られ、そちらが本命であったことを僕は思い出す。

 

「彼女は尋常ならざる力を行使し、仲間たちと共に人類の支配圏を取り戻していった。そうして最後には、メイルカムイとの一騎打ちの末、心臓を奪われながらも、見事メイルカムイを冥界へと送り返すことに成功する。己の命と引き換えに、国を、欧州を、そして人類を救った、まさに英雄の中の英雄。メイルカムイとは正反対の理由で、欧州でエルナリーナの名を知らぬ者はいない」

 

 へえ、すごいな。じゃあ本当に歴史上の英雄なんだ。しかも物語とかでありそうなガチの英雄譚。

 

「そんなエルナリーナの活躍により、第三次人魔大戦は人類側の勝利と相成ったわけだが……。その大戦の終結は、ある事実(・・・・)を世界に知らしめることとなる。雪春くん、それが何かわかるかい?」

 

「え? えー……なんだろ。ジール王国が有名になった、とかですかね?」

 

「うん、とても素晴らしい着眼点だ。花丸をあげよう」

 

 そう言って、天眼路さんは煙を吐きながら、持っているタバコで丸を宙に描く。

 

「より詳しく言うならば、『ジール王国こそが、今後の欧州における盟主である』ということを、世界中に知らしめたわけだ。当時の時代背景も考えれば、欧州のリーダーであるということは、世界のリーダーであることを意味する。エルナリーナがジール王国の王族だったこともあり、ジール王室の持つ影響力はとてつもなく強大なものとなっていったのさ。それこそ、ジールが何かを口にすれば、あらゆる国がそれに追従するほどに、ね」

 

「……すごいですね」

 

 そんなシンプルな感想を、僕は思わず口にする。

 欧州の数多くある国のうちの一つ――そんな印象しかなかったジール王国が、まさかそこまでの大国だったとは……。

 

「ああ、一応言っておくと、欧州の盟主たり得たのはあくまで昔の話。今も強い力を持つ国ではあるけど、かつてほどの影響力はないよ」

 

 あ、そうなんだ。

 

「まあだからこそ、エルナリーナの生まれ変わりと言われているリリアーナ王女に、多くの国民が期待してしまうのだろうね。かつての栄光をもう一度、と」

 

 リリア、もといリリアーナ王女が、英雄エルナリーナの生まれ変わり。以前、宗助が口にしていた言葉と、天眼路さんの発言が一致する。

 

「……その、生まれ変わりって、なんでそう言われてるんですか?」

 

 肖像画と顔がそっくり、同じ異能持ち、もしくはその両方。生まれ変わりと言われる理由として、パッと思いつくのはその二つ。

 しかし、答えはそのどちらでもなかった。

 

「占いだね」

 

「……………………占い?」

 

 天眼路さんの言葉に対し、自分でも自覚できてしまうほど、僕は間抜けな顔を浮かべてしまう。

 

「フフ……ッ。前に同じような話を少年(・・)にした時も、今の君のような表情をしていたよ。ああ、少年というのは君と同じ一般社会出身の学生なわけだが、どうやら君たちの生まれた社会とこちらの社会では、占いというものに対する認識が大きく違うようでね」

 

 ……まあ、一般社会の、少なくとも日本においては、占いは非科学的というのが一般的な認識であり、社会的に重要視されることはほとんどない。

 

異能社会(こっち)だと重要視されるってことですか?」

 

「まさにその通りだよ、雪春くん。異能が当たり前のように存在する社会において、占いとは異能的根拠に基づき、きちんと体系化された能力であると認識されている。17年前、かの『現人神』誕生を予言したのも、未来視を持つ人間によるものだった」

 

「……」

 

 そんな天眼路さんの言葉を聞き、ふと、僕は立花先生のことを思い出す。

 確かあの人、自分は巫女の家系で占いができる、みたいなことを言っていたはずだ。実際にその時、占ったもらった記憶もある。

 ……真偽のほどは諸説あるけど。赤色の配線切ったのに爆発したし。

 

「未来を知ることのできる異能者というのは、どの国でも重宝されていてね。リリアーナ王女が生まれる少し前に、ジール王国お抱えの占い師がこう発言したんだ。『王妃に宿りし新たな命 救国の英雄エルナリーナの生まれ変わりにして 再び巨悪と対峙することになるであろう』」

 

「……じゃあ、本当にその占いだけが根拠なんですね」

 

「そうだね。ただその占いだけでも、当時の国民は大いに沸いたらしい。なんせ国の象徴ともいえる英雄の生まれ変わりが、自分たちと同じ時代に生まれるんだ。うっすらと夢見たものも多いだろう。リリアーナ王女が国の象徴となり、ジールが再び欧州の盟主へと返り咲く、そんな夢を」

 

「……」

 

「しかしあくまで夢は夢。一部を除き、誰も本気になどしていなかった(・・・・・)

 

「……あれ、過去形?」

 

 なんとなく、感じた疑問を口に出したその瞬間、なぜか天眼路さんが勢いよくベンチから立ち上がる。

 そして僕の目の前に移動すると、見下ろすようにその顔を近づけ、タバコをくわえたまま笑みを浮かべる。まるで本能をむき出しにするような、そんな笑みを。

 

「そう、誰も本気になどしていなかった。しかし今年の四月、状況が大きく変わったのさ。およそ二百年ぶりに、メイルカムイが召喚されたことによって。しかもこの日本の、この学園において、だ」

 

「っ……!」

 

 僕は思わず息をのむ。しかしそれは、発言の内容ゆえにではなく、天眼路さんの興奮気味な圧に押されて。

 

「もちろん、メイルカムイの召喚など、世界中で大きな話題となった。しかしジール国内の盛り上がり様は、他の国のそれとは比較にならない。誰もが思い出したのさ。『再び巨悪と対峙することになるであろう』と予言した、占い師のその言葉を」

 

 ギラギラしたその瞳に見つめられながら、僕はこれまでの話の内容を頭の中で整理する。

 メイルカムイ、エルナリーナの英雄譚、リリアーナ王女、ジール王国、そして占いの内容。

 それだけの情報がそろえば、さすがの僕でも理解できる。天眼路さんが一体何を言いたいのか。一体なぜ、リリアーナ王女のことが気になっていたのか。

 

「……リリアーナ王女の訪問目的は、拳聖祭ではなく……メイルカムイを討伐すること――」

 

 僕のたどり着いた答えに、天眼路さんはさらにその笑みを深める。それは暗に、答えが正解であることを告げていた。

 

「リリアーナ王女の来訪を知った時、私は真っ先にその可能性を疑った。しかも彼女、拳聖祭関連のイベントには参加するものの、試合には一切出ないという。ならば、疑うなという方が無理な話じゃないか。……ただ――」

 

 そこでようやく、天眼路さんは顔を僕から遠ざけ、態度に落ち着きを取り戻す。表情も獰猛な笑みから、困り顔へと変化していた。

 

「調べている限りだと、どうも彼女……メイルカムイの捜索を行っているようには見えなくてね。本人は公的なイベントに積極的に参加していて、大々的に部下を動かしている様子もない。要するに、裏取りに行き詰っているというわけさ」

 

「……」

 

「そのため私は今、藁にも縋る思いでいる。どうかな? 雪春くん。これまでの話を聞いて、何か感じたことや、気づいたことはないかい?」

 

 そんな問いかけと共に、天眼路さんは改めてその鋭い瞳で僕を見つめる。ほんのわずかな挙動すらも見逃さない、そう言わんばかりに。

 

「いえ、申し訳ないですけど何もないです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 圧すっご。

 

「……ふふ、ごめんごめん。ちょっと怖がらせてしまったみたいだね」

 

 ちょっとどころじゃないですよ。目がガンギマリでしたし。

 

「ついでと言ってはなんだが、もう一つ質問いいかな?」

 

「……いいですけど」

 

「最初に、君は言っていたね。『拳聖祭でリリアーナ王女が来訪しているから、調べてみたくなった』と。なぜ、リリアーナ王女だったんだい?」

 

「……えっと?」

 

「拳聖祭がきっかけで――これはまあいいとしよう。ただ、数多くの学園、数多くの生徒が集う中で、なぜリリアーナ王女という存在だけが、君の興味を惹き、図書館にまで足を運ばせたのだろうかと不思議に思ってね。仮に海外の異能学園という点に絞ったとしても、サラスティナ以外にもいくつか存在する。なぜ、サラスティナの、リリアーナ王女なのか。教えてくれないかい?」

 

 ……なんか変に疑われてる?

 

「それは全然大丈夫ですけど……。探偵さんって、やっぱりそういったことも気になるんですか?」

 

「細かいことが気になってしまうのが、私の悪い癖でね」

 

 なんとなくだけど、紅茶を高いところから注いでそうだな。

 

「依頼が出てたんです。リリアーナ王女を護衛するって内容のチーム依頼が。もらえるポイントも高かったんで、僕たちのチームも受けようって話になって。ただ残念ながら、選考段階で落ちちゃったんですけど……。まあとにかく、きっかけはそれですね。なんで学生に護衛をやらせたりするのかなーって気になったりして」

 

「護衛依頼……。そうか、じゃああの学生たちは――」

 

 僕の回答を聞くと、天眼路さんはブツブツ言いながら、そのまま何かを考え込んでしまう。

 しばらくして、ようやく顔を上げたかと思うと、また本能むき出しの笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう、雪春くん。とても有益な情報だったよ」

 

「……よくわかんないですけど、お役に立てたなら何よりです」

 

 天眼路さんは満足しているようだが、僕の出した護衛依頼の情報など、僕以外の生徒でも提示できる内容でしかない。

 ……なんだか、少し申し訳ないな。僕の方だけこんな一方的に情報をもらってしまって。

 さらに言えば、天眼路さんの知りたそうな情報を、こっちはほとんど隠しているわけで。

 

 そんな罪悪感を抱いていたこともあり、天眼路さんとの別れ際、僕はささやかな情報を口にする。

 

「天眼路さん、知ってますか? 悪魔は、イワシを食べるんです」

 

 そんな何の役にも立たない、僕だけが知っているであろうくだらない情報を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーー!』

 

「……はい、はい、ええ。理解していますよ」

 

『――! ――――!!!』

 

「もちろん、しっかり調査中ですとも。はい……それでは」

 

 雪春と別れ、事務所へと戻るその道中、天眼路は歩きながら行っていた通話を終了し、携帯を胸ポケットへとしまう。

 通話相手は、現在彼女が受けている調査の依頼主。内容はその調査の催促。

 かなり強い口調で、叱責にも近い言葉をつい先ほどまで受けていた天眼路。

 

 しかし、彼女がそれを気にする様子はない。

 現在彼女の興味は、まったく別のところにあった。

 

「イワシ……、イワシか…………」

 

 雪春が別れ際に発した言葉を、天眼路は何度も口にする。

 本来、悪魔は食事を必要とせず、契約者からの魔力供給さえあれば現世に留まることができる。

 ただ、食事を行う悪魔が存在するのも事実。ではなぜ、あえてのイワシなのか?

 十中八九、冗談で告げられたはずのその言葉が、なぜか気になって仕方ない。

 

 探偵としての勘なのか、それとも――

 

「……まったく、なぜだろうね。君の言葉は、毎度のごとく私の心を揺さぶる」

 

 初めて会ったその日から、片手間に調べ続けていた渡谷雪春という存在。

 しかしどれだけ調べども、見つかるのは『ただの一般人』であると示す証拠ばかり。

 

 それはまるで、何もないですよと言い訳されているようで。

 

「……隠蔽されているとすれば、関わっているのは学園の上層部。それも最上位の可能性が高い」

 

 もしそうであるならば、なんとも暴き甲斐がある――

 

「ああ……。許されるのならば、ありとあらゆる方法で君を調べてみたいわ(・・・・・・・)

 

 周囲の人目もはばからず、天眼路は高らかに笑い出す。

 体を大きく揺らすその影響で、普段は髪に隠れている天眼路のその右目が、チラチラと隙間から見え隠れしていた――

 

 

 

 

 ――眼球全体が赤黒く染まる、悪魔の力を色濃く発現した特別な眼(・・・・)が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天眼路さんとのやり取りから二日後――

 

 

 この日も、例のごとくリリアの友人役任務のため、集合場所であるメンター室に足を運んでいた。

 メンター室に到着すると、僕以外はまだ誰も来ていなかったため、ソファに腰掛けながら僕は先日のことを思い出す。

 

 

 リリアーナ王女の来訪目的が、メイルカムイを殺すこと。

 

 

 その可能性があると知り、僕は大いに悩んだ。僕は一体、どう動くべきなのか、と。

 場合によっては、メイルカムイをリリアに差し出すこともやぶさかではない。過去の悪行は事実みたいですし。

 ただそれをした場合、メイルカムイの契約者である僕も『ぶっ殺してやるッ!』と殺意を向けられる可能性があるわけで。さらにメイルカムイからも、『よくも自分を売ったな』と恨まれる可能性がある。さすがにそれは避けたい。

 それに僕にとって、ジール王国の威光うんぬんなど、正直どうでもいいというのが噓偽らざる本音だ。

 

 そのため今のところ、僕の心の天秤は『メイルカムイの存在を秘匿する』側に傾いている。もちろん、僕が契約者であることもしかり。

 しかしそれは、あくまで現時点での話。リリアの目的がメイルカムイであることも確定ではないし、まだわかっていないこともある。

 

『私が王位に就いた後の輝かしい国の未来について』

『サインなら私が書いてあげましょう。後に偉大なる国王となる者のサインです』

 

 リリアがことあるごとに口にしていた、王になることを信じて疑わない発言の数々。

 その時は何も思わなかったが、リリアの継承順位が低いことを知った今だと、また話が変わってくる。

 

 リリアの……いや、リリアーナ王女の真意が不明な現時点では、まだ結論を出すべきではない。

 ただもしもの場合に備え、僕も覚悟を決めておくべきなのだろう。

 

 

 

 リリアの敵になる――その覚悟を。

 

 

 

「…………ふふっ」

 

 それっぽい展開に、顔がニヤけてしまうのを我慢できない。

 今の僕の立ち位置が、主人公的なポジションかは微妙なところだが、蚊帳の外でないことは確かだ。

 

 拳聖祭で奮闘している冬二たちの裏で、国が絡む陰謀に巻き込まれていく――そんな望んでいた通りの展開に、僕は意味もなくソファの上で飛び跳ねてしまう。ああ、ついに僕にもこの時が……!

 

「くふっ、ふっ……」

 

 ダメだ僕、落ち着け。こんなところ誰かに見られたら、間違いなく変な奴だと思われる。

 

「……すぅ、……ふぅ」

 

 深呼吸を行うも、胸の高鳴りはまったく収まる気配を見せない。そのため、なんとか見た目だけは冷静さを取り繕い、リリアとチームメイトの到着に備える。

 

 しかし――

 

「……遅いな」

 

 既に集合時間は過ぎているにもかかわらず、誰一人としてメンター室に現れない。一人や二人ならともかく、リリアも含む全員だ。いくら何でもたるみすぎでは?

 

 

 その後もさらに待ち続け、一時間後。ようやくメンター室の扉が開かれる。

 あまりにも遅すぎる。ここはリーダーとして、説教の一つくらいはくれてやらねばなるまい――そう考え、部屋の入口へと目を向けると、そこにはリリアとチームメイト三人が勢揃いしていた。

 

 リリアが蛇塚に肩を貸し、光華が烏丸を背負い、全員が傷だらけの満身創痍といった状態で。……なんでぇ?

 

「ああ、よかった。リーダーは無事だったんだね」

 

「アキー、とりあえず座ってください」

 

「おう……、わりぃな」

 

「烏丸さんはソファで寝かせておこう。外傷があるわけじゃないから、すぐ起きるはずだ」

 

「ええ、トウカには感謝してもしきれません……。今はゆっくり休んでいただきましょう」

 

 そして明らかに以前よりも、お互いに向ける態度が軟化している。

 協力し合い、危機を乗り越え、絆を深めました感を出す四人。

 

 そんな四人の姿を見て――僕はキレた。

 

 

 またこのパターンかよッ……!!!

 

 

 

 

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