魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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拳聖祭と救国の王女 表 第一王子からの刺客 中編

 

『抵抗するな――などと、無慈悲なことは申しませんわ。ですが……リリアーナ様の大切な使用人は、今こちらの手にあります。逃げる――などと、無粋なマネはお控えくださいね』

 

 下卑た笑みを浮かべながら、マリネッタは右手を上げる。

 その合図(・・・・)を受け、現れたのは百人規模の集団。集団はマリネッタの指示により、あっという間にジール王国第一王女であるリリアーナ・ガイアスを取り囲む。

 

 マリネッタ・シャーロウス――彼女はジール王国第一王子に仕える近衛兵の一人であり、第一王女であるリリアーナの指揮下にはない。

 しかしながら、その身は(たが)いなくジール王国国民であり、王族への敵対行為が許される道理などありはしない。

 

 だからこそ、リリアーナは少なからず驚愕していた。第一王子側が、このような強行策に打って出たことを。

 

『本国から連れてきた部下……といった様子ではなさそうですね。こちらで雇った非合法組織の人間ですか』

 

 リリアーナを暗殺する――その一点に限るのであれば、マリネッタの行動は間違いではない。

 常に警護の厚いジール本国とは違い、他国ともなれば動かせる人員に限界がある。

 さらに影武者で周囲の目を欺き、秘密裏に動いているとなればなおさら。

 襲撃を成功させるために、今が数少ない絶好の機会であることは確かだった。

 

 しかし、来訪中の王族が殺された、もしくは襲撃を受けたとなれば、日本はその威信をかけて捜査を行い、犯人を見つけ出そうと躍起になる。

 どうとでも情報統制ができる自国とは違い、そこにジール王室の介入できる余地はない。

 日ノ本最高戦力を有する治安組織――『北鎮部隊』が動く可能性も大いにあり得る。もし彼らが動けば、マリネッタの存在を調べ上げ、その裏にジールの第一王子がいることにも、容易にたどり着いてしまうだろう。

 ジールと日本、その二国間の国際問題へと発展しかねない愚策中の愚策。何もなければ(・・・・・・)、いずれ王位を継承するはずの第一王子にとって、抱えるリスクはあまりにも大きい。

 

 その事実を踏まえ、リリアーナはもう一度マリネッタを見据える。

 背後関係をつかまれないため、よほど自信の持てる策があるのか、それとも――既に切られている(・・・・・・)のか。

 もし後者ならば、ジールでは今ごろ、彼女のこれまで生きた証のことごとくが、第一王子陣営の手によって消されているはずだ。マリネッタ・シャーロウスという人間など、初めからいなかったことにするために。

 まさに今、自分を害しようとする相手に対し、リリアーナはかすかな憐れみを覚えた。

 

『君にしかできない任務だ……などと言われ、その気にさせられましたか? 相変わらず、兄上は死兵を作るのがお上手ですね』

 

『……黙れ! 貴様があの方を知ったように語るな! あの方を支える立場にいながら、愚かな部下に(そそのか)され、あろうことかその王位を簒奪しようとする反逆者がッ!』

 

『よーく知っていますとも。少なくとも、あなたよりはよっぽど。後ろについて歩くのではなく、隣に立つのでもなく、その正面から向き合い続けてきたのですから。この世に生まれたその瞬間から、兄妹である前に、敵として』

 

 己の主を語るリリアーナに対し、マリネッタはこれまでにない激昂を見せる。

 しかし不利な状況にあるはずのリリアーナの様子は、どこまでも冷静そのもの。その態度が、マリネッタをさらに苛立たせた。

 

『どこまでも上から……! これを見なさい! この任務を授かるにあたり、あの方から預けられた指輪よ』

 

 仮初の敬語も剝がれ、マリネッタが掲げる左手薬指には、金色に輝く指輪がはめられている。

 

『必ずや任務に成功し、自分のもとへ返しに来るようにと、あの方はおっしゃった。これは歴とした王命であり、あなたは逆賊なのよ』

 

 その言葉と共に、マリネッタは集団に合図を送る。ただ一言、『殺せ』と。

 集団を構成するのは、リリアーナの読み通り、金で雇われた反社会的組織の構成員たち。彼らは合図を受け、一斉にリリアーナへと襲い掛かる。

 しかしそれでも、リリアーナの冷静な表情は崩れない。彼女は両手を合わせて握り、己の異能を発動させる。

 

「……なんだ?」

 

 襲い掛かろうとしていた構成員たちの目には、それはまるで祈りのように見えた。

 

 

 

 ――虚偽世界・葬魔炎全奏(フューネルエクソシズム)

 

 

 

 突如として、その廃工場一体に青い炎が出現する。放置された資材から、無人の建物から、荒れた地面から、何もない空中から。さらには人間からも――

 

「ギャアアアアア!」

 

「熱い熱い熱いッ! 何だこれ!?」

 

 人体から自然発火するように燃え上がる青い炎。もとから存在する炎を操るわけでもなく、生み出した炎をぶつけるわけでもない。

 防ぐすべのない異能攻撃に、構成員たちの間に混乱が広がっていく。

 

『虚偽世界……! これほどの力を持ちながら……ッ!』

 

 その光景を見て、マリネッタも思わず歯ぎしりをしていた。

 

 リリアーナの発動した異能――それは万物に宿る無属性の魔力を、己のものに書き換える高等技術。

 本来、己の内包する魔力のみで発動する力を、リリアーナは解釈を強引に広げ、体の外側にある魔力までも支配下に置き、異能を発動させてみせた。

 それは一時的かつ限定的ながら、世界そのものを欺き、改変することに等しく、魔法や異能における一種の最奥。

 通常、才ある異能者が長年の研鑽によってようやくたどり着ける極致であり、学生がホイホイと操れる技術ではない。

 

 『エルナリーナ(英雄)の生まれ変わり』――それがどういった存在であるのかを、マリネッタは真の意味で理解する。

 

『……けれど、決して無敵の能力ではない。虚偽世界(その力)を保てるのは、あとどのくらいかしら?』

 

 そう告げると、マリネッタは構成員たちに日本語で指示を出した。

 

「落ち着きなさい! その炎は対悪魔に特化した送り火。人への効果は限りなく小さい。ただ術者に近づけば近づくほど、炎の威力は増していく。遠距離から少しずつ削っていきなさい」

 

 構成員たちはその指示通り、リリアーナから距離を取り、遠距離からの異能攻撃を開始する。

 しかし、その攻撃がリリアーナに当たることはない。攻撃の全てが青い炎に阻まれ、彼女を迫りくる脅威から防ぐ。

 

『っつ……!』

 

 ただその度に、リリアーナの魔力が削られていることも事実。人質を取られ、逃げることが許されない以上、今の状況はリリアーナにとって時間稼ぎ以上の意味を持たない。

 それでも、リリアーナは意味のないはずの時間稼ぎを続ける。『はやく……っ!』――その言葉を、胸の奥で何度も口にしながら。

 

 時間が過ぎていく。相も変わらず、リリアーナは魔力を減らし続け、一方で構成員たちはその数の利を生かし、入れ替わり立ち替わりで異能を発動させる。そのため魔力の消費は微々たるもの。

 当然ながら、その状況が続けば――

 

『うっ……!?』

 

「当たった!」

 

 構成員の一人の放った異能が、炎の壁をすり抜け、リリアーナの頭部に直撃する。

 意識を刈り取るほどの威力ではない。それでも、リリアーナの限界が近いことを示すには十分すぎる成果。

 それを見て、マリネッタおよび構成員たちはわずかに浮足立つ。

 

「いけるぞッ!」

 

「あと少しだ!」

 

 だからこそ、気づくことができなかった。その背後から近づく、特大の悪意を――

 

 

 

「――呪え、厄災の泥人形(ミカエル)

 

 

 

 生み出されしは呪いの塊。マリネッタたちの後方から、巨大な不定形の粘体が波のように襲い掛かる。

 

「なっ……!? 何だあれ!?」

 

「逃げろ!」

 

 見た目からして禍々しく、正体不明の物質に対して、マリネッタたちのとれた行動は逃げ一択。

 しかしマリネッタの逃げようとしたその先に、光華夏美がいた(・・・・・・・)

 

「まずは一つ、ボクからのお返しだ」

 

「ぐっ!?」

 

 光華はマリネッタへと、手に持っていた鉄パイプを振り抜く。なんとかガード自体は間に合うも、衝撃を全て殺すことはできず、マリネッタは数メートルほど弾き飛ばされてしまう。

 呪塊(じゅかい)生物の襲来と、指示を出す人間(マリネッタ)が攻撃を受けたことで、構成員たちは意思を統一することができない。

 その隙にとばかりに、彼らは(・・・)リリアのもとへと集結していた。蛇塚秋人、光華夏美、烏丸冬歌の三人が。

 

「な……ッ! どうしてあなたたちがここに……!?」

 

 リリアは異能を解除し、その場に膝をつきながら、疲労の隠せない表情で三人に問いかける。

 

「もちろん、君を助けに来たのさ。知り合いが危険な目にあっているのを、黙って見ているわけにはいかないからね」

 

「殴られたから殴り返しに来た。ただそれだけだ」

 

「わ、ワタシは二人についてきただけ……」

 

 三人は別々の理由を告げながら、リリアを守るようにして立ち並ぶ。

 

 

 そんな三人の姿を、マリネッタは体勢を整えながらじっくりと観察していた。

 

『あれは、確か……』

 

 三人の容姿に、マリネッタは見覚えがあった。そう、捕らえたコーネ(使用人)曰く、リリアーナの気まぐれにより、『友人役』とやらをやらされている学生たちだ。

 人質として使えるかもと考え、捕らえるよう指示を出しておいたが、自由の身でここにいるということは、失敗したということなのだろう。

 マリネッタは冷静に状況を分析し、そして判断する。依然、何も問題はない、と。

 近くで誰かが隠れていたのは、臭い(・・)でわかっていた。おそらく王女側の味方だと考えていた中で、現れたのは本職の護衛ではなく、学生が三人だけ。拳聖祭で姿を見かけた覚えもない。となれば、当然その実力は代表選手たちに劣るものでしかないはず。

 その程度の存在であれば、王女を始末するにあたり、障害にはなりえない――

 

 ――そんなマリネッタの考えは、即座にひっくり返される。

 

「うらあっ!」「ふんっ!」「『頭を垂れろ』」

 

 王女に近づこうとする構成員たちを、蛇塚は殴り倒し、光華は蹴り飛ばし、烏丸は言葉だけで、それぞれ一瞬で無力化してみせた。末端とはいえ、裏社会に生きる闇の住人を相手に。

 その光景を見て、マリネッタは目を見開き、そして思い改める。蛇塚、光華、烏丸――その三人の実力は、学生レベルを遥かに凌駕しており、任務を遂行するにあたり、明確な障害たりうる存在であると。

 特に――

 

『ッ……!』

 

 マリネッタはそれ(・・)を見て、思わず冷や汗を流す。三人の中でも、とびきりのドス黒いオーラを醸し出す、藁人形を抱えた小柄な少女。

 野生の(・・・)本能が告げている。アレ(・・)は危険だと。

 

 だからこそ、マリネッタの行動は速かった。彼女は一つの要求をリリアーナへと告げる。

 

『リリアーナ様、その学生たちに伝えてください。一切の抵抗をするな、と』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リリアーナ様、その学生たちに伝えてください。一切の抵抗をするな、と』

 

 マリネッタの口にするその要求は、リリアーナにとって到底受け入れられるはずのないものだった。

 内心では動揺しながら、それを悟らせまいと、気丈に振舞い言葉を返す。

 

『抵抗するなとは言わない……初めにそう口にしたのはあなたではないですか』

 

『ええ、確かにそう言いました。ですがそれは、あくまでリリアーナ様へのお言葉です。ああ、こじつけだとお思われるのであれば、無視していただいて構いませんわ。もちろんそうなった場合、人質の安全は保証できませんが』

 

『つっ……!』

 

 予想通りの返答に、リリアーナは血が流れるほど強く拳を握りしめた。

 要求をのまなければ、幼いころより隣にいて、自分を支えてくれた使用人が殺される。

 かといって、自分を助けに来てくれた相手に、無抵抗で殺されろなどと言えるはずがない。

 マリネッタは測っているのだ。人質を盾に、リリアーナがどの程度の要求まで素直に従うのかと。

 

 リリアーナは選べない。もしこれが己の兄であれば、瞬時にどちらかを切り捨てていただろう。

 それ以前に、使用人を人質に取られた程度で、自分の身を危険にさらすことなどしないはずだ。

 上に立つものとしてどちらが正しいか、正解は考えるまでもない。

 

『為政者としては疑問が残る選択ではないかと』『部下に(そそのか)され』『王位を簒奪しようとする反逆者』

 

 マリネッタの吐いた言葉が、毒のようにジワジワと心を蝕んでいく。

 王族として、どこまでも中途半端な自分に嫌気がさし、さらに拳を強く握りしめたその時――

 

 

「そんなふうに自分を傷つけるのはやめな」

 

 

 握りしめるその手を、いつの間にか隣にいた光華が、両手で優しく包み込む。

 

「ナッツ……」

 

「あの女から、何を言われたんだい?」

 

「……」

 

「教えてくれ、リリア」

 

「……使用人が、人質に取られています。殺されたくなければ、あなたたち三人に抵抗しないよう伝えろ……と」

 

「なるほど……」

 

「……三人は逃げてください。あの女の目的は私です。あなた方が去ろうと、それを追う理由はありません。これ以上――」

 

 己のうす暗い事情に、蛇塚たちを巻き込みたくない。その思いで告げたリリアーナだが、蛇塚たちは逃げようとする素振りを見せない。

 それどころか、蛇塚と光華はマリネッタの方を向き、強く睨みつける。

 烏丸だけは逃げようとしたが、逃げようとしない蛇塚と光華を見て思いとどまった。

 

「こんだけ大勢に囲まれて、なんでとっとと逃げねえのかと思えば……人質(それ)が理由か。ったく、理由はともあれ、つまんねえ喧嘩の仕方しやがる」

 

「まったくだ。理由はともあれ、やり方が美しくない」

 

「やめてください! あなたたちを巻き込みたくは――!」

 

「こっちはもうとっくに巻き込まれてんだ。それに……たとえ『役』であろうと、オレらは今友人(ダチ)なんだろ? なら、素直に一言だけ言えばいいんだよ。力を貸してくれってな」

 

「人質を取られ、逆らえないとなれば、一方的にやられるだけなのはわかっていたはずだ。それでも、君はここにきた。……何か考えがあるんだろ? その考えを実現するために、ボクらに何をしてほしい?」

 

 巻き込みたくない――その言葉は本心だ。

 打算ありきから始まった関係だが、リリアーナにとって彼らと過ごす時間は何よりも楽しかった。立場だとか、政治争いだとか、そういったことをすべて忘れ、一人の学生として過ごすことができる唯一無二の相手。

 もちろんそれは、ここにいない雪春も含め。

 そんな彼らを、汚い王位争いなどに巻き込みたくない。巻き込めるはずがない。なのに――

 

 ――あまりにも頼りがいのある二人のその背中に、気づけば口を開いていた。

 

「……時間を稼ぐ必要があります。今はそれしか言えませんが、どうか、力を貸してください……!」

 

「おう」「任せな」

 

 リリアーナの言葉を受け、目線はマリネッタに向けたまま、二人は力強く言葉を返す。

 

「……とはいえ、どうしたものか。相手さんは無抵抗をお望みらしいけど」

 

「なら望み通りにしてやるまでだ。光華と烏丸はリリアの傍にいろ」

 

 そう告げると、蛇塚はそこから前へと一歩踏み出した。

 

「来いよ、オレがてめぇらの相手してやる。もちろん抵抗はしねえ。殴りたきゃ好きなだけ殴れ。けど、オレが立ってる間は、後ろのやつらには絶対に手を出させねえ。……まあ要するに――

 

 

 

 ――リリアに復讐したきゃ、まずはオレを倒せってこった。卑怯女とその手下ども」

 

 

 マリネッタおよび構成員たちに向け、蛇塚は高らかに宣言してみせる。その中指を、天へと突き立てながら。

 

 




烏丸冬歌
その場の空気に上手く乗れず、ずっとキョロキョロしてる。
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