魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「まずはオレを倒せってこった。卑怯女とその手下ども」
背後に控えるチームメイトたちを守るため、己が盾になることを宣言する蛇塚。
人質の存在により、抵抗することが許されない身でありながら、蛇塚はマリネッタと構成員たちに向かい、獰猛な笑みを浮かべて見せる。
そんな蛇塚の姿を見て、マリネッタはわずかな時間ではあるが、考えを巡らせた。
なにもバカ正直に蛇塚の相手をしてやる必要はなく、一斉にかからせ、リリアーナの命を狙えばそれでいい。
しかしいくらリリアーナといえど、いざ己の命に手がかかれば、人質のことなど考慮せず、逃走を選択肢に入れるだろう。学生たちにも、全力で抵抗するよう命じて。
もちろんそうなった場合の策も用意してあるが、このまたとない絶好の機会で
「望み通り、その子の相手をしてあげなさい。ただし、殺しはなしよ」
考えをまとめ、マリネッタは構成員たちに指示を出す。
そこに不殺の条件を追加したのは、彼女の持つ良心ゆえのもの――などではなく、二つの打算的な考えに基づいた最適解。
学園の学生を殺してしまった場合、『魔導王』への敵対行為だと取られかねないため、それを避けるのがまず一つ。
そしてもう一つは、蛇塚たちの存在を利用することで、
そんなマリネッタからの指示を受け、構成員の一人が蛇塚のもとへと近づいていく。
「同情するぜぇ、学生くん。抵抗もできずに殴られろなんて、理不尽極まりねえよなぁ」
構成員のその男は、ニヤケ面を浮かべながら蛇塚の目の前で立ち止まる。
「俺たちの目的はあの白髪の女だけだ。お前は逃げてもいいんだぜ? サンドバッグになりたくなきゃ、今すぐ学校で大人しく授業でも受けて――」
「ぺっ」
言葉を並べる構成員の男に対し、蛇塚のとったリアクションは拒絶。蛇塚の吐いた唾が、男の服へと付着する。
「……いい返事だ」
それだけ告げると、男はニヤケ面を止め、その拳を蛇塚の顔へと振り下ろした。
それに対し、蛇塚は宣言した通り、一切ガードすることなく、異能で強化されたその拳を受け止める。
「ぐっ……!」
周囲に響き渡るほどの鈍い音がなり、口内を切ったことによる血が、二人の足元に降り注ぐ。
しかし、蛇塚は倒れない。それどころか、さらに鋭い目付きで目の前の男を睨みつける。
「はっ! 倒れるまでその威勢が保てたら褒めてやるよ!」
そう言って、男はさらにもう一撃、今度は無防備な腹部にその拳を叩きつける。
その後も、抵抗しようとしない蛇塚に、殴る蹴るといった容赦のない暴力が加えられていく。
足元には赤が広がり、顔は青紫に。その光景は味方だけでなく、敵ですら同情を禁じ得ない凄惨なもの。
だからこそ、このタイミングでマリネッタは問いかけた。蛇塚が殴られるたび、その表情が曇っていくリリアーナへと。
『リリアーナ様、よろしいのですか? あなたを守りに来た勇敢なご友人が、あなたのせいで傷ついていく。そんな悲劇を、ただ黙って見ているだけで』
どの口が……!――思わずそう叫びかけたリリアーナだったが、なんとかグッと堪え、冷静な態度を取り繕う。
相手が対話を望むのなら、時間稼ぎが必要なリリアーナにとって乗らない手はない。
『……それを止めるため、素直に私の命を差し出せと。そう言いたいのですか?』
『いいえ、残念ながらリリアーナ様の死は確定事項です。そのお命は交渉材料になりえません』
『ならどうしろと? 今の私に、取引できるようなものは何もありませんよ』
『とぼけるのはよくありませんわ。あるじゃないですか。リリアーナ様だけが持つ、とびっきりの交渉材料が。こうしてこの場に現れたのも、
『……』
あくまでも、
『――メイルカムイの契約者』
『っ……』
『
『…………やめなさい。コーネは、私にはもったいない相手です』
『なればこそ、契約者の名前をお教えください。今ここで死ぬにもかかわらず、情報を抱え続けることに何の意味がありましょう。もし本当に国や民を思うのであれば、かの大悪魔を討伐する――その手柄が誰のものであっても、問題はないはずです。お教えくださるのであれば、
「おい、ごちゃごちゃうるせえんだよ卑怯女」
交渉を進めようとするマリネッタ。そんな彼女の言葉を遮ったのは、まさに交渉のカードとされている蛇塚だった。
いいようにサンドバッグにされ、ボロボロになりながらも、その鋭い目つきだけは変わらない。
「リリアに何か言いたけりゃ……、オレを倒してからだっつってんだろ。オレはまだ立ってるぞ」
『……事の重大さもわからぬガキが――』
横やりを入れられたマリネッタは冷たい声でそうぼやくと、構成員たちに指示を送る。暴行再開の無慈悲な指示を。
「おらぁ! いい加減、楽になったらどうだ!」
「ガッ……!」
もう何度目かもわからない、無防備な顔への殴打。それにより、蛇塚の口から白い歯がこぼれ落ちる。
そんなあまりにも痛々しい蛇塚の姿に、リリアーナは思わず傍へと駆け寄ろうとするが――
「……ナッツ?」
その行く手を遮るように、光華がリリアーナの目の前で腕を伸ばす。
「リリア、
咎めるような言葉を告げる光華。そんな光華の視線は、言葉を向けるリリアーナにではなく、蛇塚の方へと向いている。
傷だらけのその姿を、目を逸らすことなく見つめていた。
「しかし……ッ!」
「ボクたちが蛇塚くんに駆け寄っていいのは、彼が自ら膝をつくと決めた時だけだ」
「ッ……!」
有無を言わせぬ光華のその圧は、リリアーナに反論の言葉を紡がせない。
二人がそうしている間にも、蛇塚はさらに傷を負っていく。
何度も、何度も、何度も。終わることのない理不尽な暴力。
しかしそれでも、蛇塚は倒れない。
「……終わりか?」
大量の血を流し、全身傷だらけになりながらも、両足で力強く立ち続ける。
むしろ先に限界が来たのは、殴り続けていた構成員の男だった。
「くっ、そがぁ……!」
構成員の男はボロボロになった己の両手を震わせ、その場に膝をつく。
一方的に殴られ続けた男が、一方的に殴り続けた男を見下ろす。そんな異常事態に、マリネッタおよび構成員たちは言葉を失っていた。
「どうした……? 次、来いよ。オレはまだ…………立ってるぞ」
「……なんなんだ、こいつ」
多くの闇を知り、裏社会を生きる者たちが、たった一人の学生に吞まれていく。
敵対するものを睨むその目は、眼球全体が黄色く染まり、黒い瞳孔が縦に伸びる
その目で睨みつけられたマリネッタたちは、まるで体を石に変えられたかのように身動きが取れない。
マリネッタにとってこの状況は完全に想定外であり、こうなってしまえば交渉などは二の次。
構成員たちの間に広がった恐怖を払拭するため、多少のリスクを無視してでも、蛇塚の存在を消さなければならない。
そう考え、マリネッタが指示を出そうとしたその時――
『~♪』
リリアーナとマリネッタの持つ携帯から、ほぼ同時に着信音が鳴り始める。緊張感が漂うその場において、あまりにも場違いな機械音。
だからこそ、内容はわざわざ確認するまでもない。その着信音こそが、明確なメッセージが込められた合図。
リリアーナにとってそれは、『人質救出』のメッセージ。
マリネッタにとってそれは、『人質逃走』のメッセージ。
マリネッタにとっては予想だにしなかった、リリアーナにとっては待ちに待った瞬間だった。
『バカな……!』
焦燥にかられながら、マリネッタはリリアーナへと視線を向けると、そこに浮かぶのは不敵な笑み。
してやられたのだと、初めからこれを待っていたのだと、語らずとも理解させられてしまう。
『なぜ……』
殺されると知りながら、リリアーナが素直に現れたのは、初めから人質救出のための時間稼ぎが目的。
それ自体は理解できたマリネッタだが、まだ彼女にはわからないことがあった。
リリアーナ陣営が人質を取り返しに来ることなど、当然百も承知。
人質の隠し場所がバレたのは、おそらく“
彼女がわからないのは、“どうやって厳重な警備から人質を取り返したのか”だった。
本国に残ったリリアーナ直属の部下の数から、リリアーナが今動かすことのできる戦力はおおよそ予想できる。仮にその全戦力を差し向けられたとしても、対処できる数の人員を人質の傍に置いてきた。
にもかかわらず、人質を奪還されたという事実が、マリネッタには腑に落ちない。
そんな困惑するマリネッタとは対照的に、リリアーナは喜びを隠しきれない声で告げる。
「今っ! 私の部下が
リリアーナのその言葉により、蛇塚と光華は時間稼ぎをしていた意味を理解し、そして笑った。
「ようやく、か。……よお、無抵抗なやつ殴るのは、楽しかったか?」
「ひっ……や、やめろ! 来るなっ!」
鎖から解放され、これまで散々自分を痛めつけてくれた相手に、蛇塚はじりじりと歩み寄る。
しかしそんな蛇塚の歩みを、止めようとする人物が一人。それはマリネッタや構成員たちではなく、チームメイトである光華だった。
彼女は遮るというよりも、体を支えるような形で蛇塚の歩みを止める。
「……駆け寄るのは、膝をつく時だけじゃねえのかよ」
「そのつもりだったんだけどね。君が膝をつくのは見たくなかった」
「おいしいとこだけ持ってくつもりか?」
「まさか。これからボクがどれほど華麗に舞おうとも、君の放った今日の輝きは越えられないさ。だから、
「……ちっ、しゃあねえな」
「リリア、蛇塚くんを頼む」
「え、ええ……」
光華は蛇塚をリリアへと任せると、マリネッタたちに向かって一歩踏み出す。
人質が解放されたため、隙を見て逃げ出す――それも間違いなく選択肢にあるなか、光華の行動に迷いはない。
「烏丸さん、二人をミカエルで守っておいてくれ」
「う、うん。わかった」
こと異能の実力においては、誰よりも信頼できるチームメイトに後ろを任せた光華。
これにより、彼女の憂いはなくなった。
「さあ、これで対等だ。全員まとめてかかってきな。みな等しく沈めてあげようじゃないか」
図式はほぼ“100対1”。しかし光華は躊躇いなく、構成員たちのもとへと走り出していく。
そこからの戦いは、光華の独壇場だった。
ただでさえ数は圧倒的に不利。そのうえ構成員たちの中には、武器を所持する者もいれば、得意の異能で遠距離攻撃を仕掛けてくる者もいる。
それでも、光華は構成員たちを相手に圧倒する。鬼気迫る表情で、目の前の相手を殴り倒し、背後の相手を蹴り飛ばす。
その体一つで戦う光華に対し、構成員たちは誰一人として善戦することすらできない。
「ガッ……!?」
「げほっ!?」
「こんなものかあ!? これなら蛇塚くん一人の方がよっぽど手ごわいぞ!!!」
構成員たちは一人、また一人と倒されていき、およそ十分後――
「――さあ、後は君だけだ」
その場に立っているのは、返り血に染まった光華とチームメイトたち、そして後方に控えていたマリネッタのみ。
構成員たちは漏れなく全員が無力化され、地面に転がされている。一方でその光景を生み出した光華は、まだ余裕があるようにマリネッタには見えた。
『っ……』
ほんの少し前まで全て上手くいっていたはずの作戦が、突如現れた二人――蛇塚と光華により、めちゃくちゃにされてしまっている。
この状況を言葉で言い表すのなら、“最悪”という言葉以外はありえない。
マリネッタは大きく息を吐きだすと、一度リリアーナへと視線を向け、そして
かけていた保険は全てダメになった。故に、その身を切る覚悟を。
『痕跡は隠しきれないでしょうが、仕方ありませんわ』
そうつぶやくと、マリネッタは身に着けている衣服を唐突に脱ぎ始める。
「……は?」「なっ!?」「ち、痴女……!」
光華たちが突然の行動に狼狽える中、その行動の意味を正しく理解できたのは、
「ナッツ! 気を付けてください! 彼女は
「は?」
リリアーナの言葉を受けても、光華はまだ困惑したまま。
その間に、マリネッタは衣服を全て脱ぎ捨て、生まれたままの姿になると、次の瞬間――
『アォォォォォン!!!』
叫び声と共に、マリネッタの体が
「嘘だろ……?」
その全体的に華奢な体が倍以上に膨れ上がり、光華の視線も自然と上向きになっていく。
さらに全身から灰色の体毛が伸び始め、その皮膚を覆い隠してしまう。
『ふぅ……』
ようやく急激な体の変化が終了すると、先ほどまでのマリネッタの面影は完全に失われていた。
その姿は巨大な二足歩行の
狼の獣人――それこそが、マリネッタ・シャーロウスの持つ特別な力。
灰色の獣へと姿を変えたマリネッタは、リリアーナを守るように立つ光華にその視線を向ける。
すると次の瞬間、目にもとまらぬは速さで光華の目の前に移動し、その丸太のような腕を振り下ろした。
「しまっ! ぐっ……!」
光華はなんとかガードを間に合わせたものの、上から押さえつけられるその力は、全身が砕け散るのではないかと錯覚するほど。
このままではまずい――数秒後には押し負け、膝が折れる未来を想像したその時、チームメイトによる助けが入る。
「こ、光華さんから離れて!」
烏丸がミカエルをけしかけたことで、マリネッタは光華との力比べを解き、一度距離を取った。
その間に光華はなんとか体勢を立て直し、そして即座に判断を下す――
――今すぐ逃げるべきだ、と。
光華が受けたのはたった一撃。しかしその一撃は、全ての体力気力を根こそぎ使い切ってしまうほどの衝撃だった。
それもパワーだけでなく、その巨体に見合わぬスピードまで兼ね備えている。
自分一人なら話は別だが、後ろに守らなければならない存在がいる今、危険を冒すことはできない。
そう考え、チームメイトたちに“逃げろ”と伝えようとしたその時、距離を取ったマリネッタが遠吠えを始める。
「……なんだ?」
当然、光華にその遠吠えの意味が理解できるはずもない。
しかしその遠吠えを耳にした光華は、本能的な恐怖を覚える。光華だけでなく、蛇塚たちも同様に。
そしてそれは現実のものとなった。
遠吠えから十秒も経たぬうちに、光華たちの周囲に
降り立ったのは、マリネッタとまったく同じ姿をした存在。
マリネッタを含め、計五人の獣人が光華たちを囲んでいた。
「獣人部隊……ッ!」
リリアーナがその正体を口にするが、その必要もなく光華は冷や汗を流す。
一人でも持て余す相手が五人。さすがの光華も笑みを浮かべることができず、本気で危機感を抱く。一人を除き、チームメイトたちの抱いた思いも全く同じだった。
そう、
「あ、その……」
その少女だけは、ただ一人この状況に危機感を覚えることなく、おずおずとした様子で光華に声をかける。
「ワタシがやろっか?」
「……烏丸さん?」
まるでなんでもないことのように提案する烏丸冬歌。
彼女のその表情は、普段日常で見せるものとなんら変わりない。
「なんとか、できる自信があるのかい……?」
「うん。さっきちょうどいいものが見れたから。調整に時間かかっちゃったけど、いけると思う。後は効果が強まる範囲を外側に設定すれば…………」
ブツブツとつぶやきながら、烏丸は両手を絡ませるように合わせ、異能を発動する。
世界を欺き、全てを呪い殺す最悪の異能を。
『虚偽世界・
その瞬間、廃工場一帯が烏丸の魔力により支配される。
そしてそれと同時に、五人の獣人全員が膝をつき、苦痛の声と共にその場で苦しみ始めた。
「おいおい、マジかよ……」
「これは一体……」
烏丸の手によって引き起こされたその状況に、チームメイトである蛇塚と光華が困惑するなか、付き合いの浅いリリアーナだけが、烏丸の使用する異能を正しく理解していた。
“さっきちょうどいいものが見れたから”――先ほど烏丸が告げた言葉を思い出し、リリアーナは驚愕する。
「一目見ただけで……、『虚偽世界』を習得したというんですか? しかも、かなりのアレンジまで加えて……」
“まあ烏丸だしな”――そう考え、現状をすぐに受け入れた蛇塚と光華とは対照的に、リリアーナは冷静さを保つことができない。
味方であるはずの烏丸を見て、リリアーナは敵であるマリネッタ以上の恐怖を覚えていた。
そしてその恐怖を加速させるように、獣人たちは呪いに蝕まれていく。
体の末端から、肌が徐々にドス黒く変色していき、痛みでまともに立ち上がることすらできない。口からは血を吐き出し、一人ずつ意識を失っていく。
強靭な獣人の体も、内部からの破壊には意味をなさない。
そうして五人中四人が意識を失うなか、マリネッタだけはなんとかギリギリ意識を保ちながら、ぶれる視界で烏丸をとらえ、そして改めて実感する。
やはり
リリアーナが恐怖し、マリネッタが危険視する通り、烏丸が持つ異能の才は飛び抜けている。
特にこの数ヵ月、能力の伸びが顕著なこともあり、その力は同年代と比べると異様な領域に達していた。
あらゆる方面で隙のない烏丸の異能の才。もし彼女に弱点があるとすれば、それは――
「…………あれ?」
――本来、人間が限界を感じた際、無意識にかけるはずのブレーキが、完全に壊れてしまっていることである。
「烏丸さん!?」
それは突然の異変だった。それまで平気な顔をしていた烏丸が、いきなりその場に膝をつき、鼻から少なくない量の血を流し始めたのだ。
明らかに、体に異常をきたし始めている。しかし何よりも問題なのは、その状態でも異能が発動し続けていること。
「烏丸さん! 今すぐ異能を止めるんだ!」
「え? でも……」
「いいから早くッ!」
光華に言われ、烏丸はようやく異能を停止する。
それにより、廃工場一体の魔力支配が解除され、世界は元の形を取り戻す。
そして同時に、マリネッタを苦しめていた呪いの侵食も止まるが、それまでに受けたダメージが大きく、すぐに動き出せるような様子ではない。
なんとか四つん這いの状態で意識を保ち、肩で息をするマリネッタを見て、光華はリリアーナに問いかける。
「どうする?」
逃げることを優先するのか、それともこのままマリネッタを無力化させてしまうのか。
その二択を問われ、リリアーナが選んだのは前者。
「今のうちに逃げましょう。手負いの獣を相手にすべきではありません」
「よし、じゃあ追跡妨害くらいはしておこうか。野生動物のように鼻が利くなら、効果は薄い気もするけど」
“目をつぶってな”――リリアーナたちだけに聞こえるようそう告げると、光華は落ちていた手ごろな石を拾い、マリネッタへと投げつける。
その速度は大したものではなく、呪いに侵されたマリネッタの体でも、簡単に避けられる程度のもの。
しかしマリネッタが避けようとしたその瞬間、何の変哲もないはずの石が強烈な光を放ち始めた。
『グッ……!
光華の異能により、光を放つただの石。その石をしっかりと直視してしまったマリネッタは、一時的に視力を奪われる。
「よし、今だ。リリアは蛇塚くんを頼む。ボクが烏丸さんを背負うから」
「わかりました」
「そういうことだから。烏丸さん、逃げるよ」
「目があぁぁぁぁ……」
「目をつぶれって言っただろ!」
忠告されたにもかかわらず、石を凝視してしまった烏丸。
そんな姿にあきれつつ、光華は烏丸を背負い、その場から離脱する。
幸いにも、マリネッタがすぐに追いかけてくる様子はなかった。
「それで、どこに向かう?」
「とりあえず学園に向かいましょう。『魔導王』のお膝元であれば、彼女たちも手を出してこないはずです」
リリアーナの提案を採用し、四人は学園へと向かう。
その道中、肩を借りながら走る蛇塚が、肩を貸すリリアーナへと小さな声で尋ねた。
「お前……、オレらが助けに入らなかったらどうするつもりだったんだよ。いつもの護衛はどうした」
「……相手が
「じゃあお前、ガチで護衛も付けずにあそこにいたのかよ。いくら人質を取られてたとはいえ……」
「とにかく時間がありませんでしたから、ほとんど出たとこ勝負の作戦でした。なんとかして一人で時間を稼ぐつもりでしたが、想定が甘かったですね。あなた方が助けに入ってくださらなければ、今ごろ私は殺されていたでしょう。また後で、改めてお礼を言わせてください」
「いや……、別にそれはいいけどよ……」
「人の上に立つものとして、最悪の判断であることは認めます。しかしコーネを見捨てることは、私にはできませんでした。……私は、王になるべき人間ではないのでしょうね」
「……」
それはいつも自信に満ち溢れたリリアーナが、初めて蛇塚たちに漏らした弱音。
その弱音を聞き、なんとか気の利いた言葉をかけようとした蛇塚だが、すぐに諦める。
そこで蛇塚が発したのは、なぐさめの言葉や励ましの言葉などではなく、同意の言葉だった。
「そうだな」
「……」
あまりにも素直すぎる返しに、リリアーナは反応に困り、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そんなリリアーナに対し、蛇塚は言葉の続きを告げる。気を利かせるつもりなど微塵もなく、本心からの素直な言葉を。
「まあ、王族としては見捨てるのが正しいかもしれねえけどよ……。少なくともオレは、そんなやつを
「もちろん、ボクも同じだよ」
二人の会話に聞き耳を立てていた光華も、蛇塚の言葉に同意する。
「アキー、ナッツ……」
そんな二人の言葉を受け、リリアーナはまた苦笑いを浮かべた。
もしここに、主人の機微を正確に把握できる優秀な使用人がいれば、きっと即座に看破していただろう。
リリアーナのその笑みが、心の奥底からあふれ出したものであることを。