魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
バイト生活が始まってしばらくがたった。
面接時の印象もあって最初はかなり不安だったが、いざ働き始めるとそんな不安はすぐに消えた。
僕はホールスタッフとして働いている。
正直に言うと仕事内容自体は何も面白くない。
でも単純な作業だけこなして、社会の一員として働きながらお金をもらえていると考えると、人生が充実しているという実感がわいてくる。
さて、今日も元気に働くぞ!
CASE1
「だぁぁかぁぁらぁぁぁ!! 俺が頼んだのはマチュウローのステーキじゃなくて、マチュウォローのステーキだって言ってんだろ!!!」
店に来たお客さんの1人が僕に向かって大声で叫ぶ。
…………はて? なにが違うのか全然わからない。
マチュローのステーキなんてメニューにあったっけ?
この店は基本普通の飲食店なのだが、異能が存在する街の飲食店だけあって、魔獣の肉とか食人植物のサラダとか、そんな感じの不思議食材を多数取り扱っている。要はト〇コだ。捕獲レベルとかはないけど。
そのせいもあって、僕はまだ店のメニューを全部覚えていない。
だから今対応しているこのお客さんが、本当は何を注文したのか皆目見当もつかない。
食人植物の種類なら最近やっと覚えたんだけど、肉料理のほうはまだ手が回ってないんだよね。
「ここの店員はどうなってんだ!!? 接客態度も悪いし注文もろくにとれねえのか!!? 注文とった店員を呼んで来い!!!」
今は無理じゃないかな。あの先輩、さっき厨房で倒れてたから休憩室に放り投げたところだし。
まあちょうどいいや。呼びに行くふりをして店長に判断を
「そんなことくらい自分の判断で対応してよ。こっちも忙しいんだからさ」
そう言って店長は僕の質問を無下にする。
実際に店長が忙しそうにしてるのは確かだけど――今もひどい隈を浮かべて、エナドリ片手に資料を読み漁っている――ちょっとくらい助言してくれてもいいんじゃないかと僕は内心愚痴る。
けど店長が自分の判断でというなら、自分の判断でやらせてもらおう。
「どうぞ、ご注文の店員です」
「えぇ……」
僕は休憩室で倒れていた先輩を、料理を運ぶワゴンにのせてお客さんのもとまで運んだ。
後でその先輩と店長にしこたま怒られた。
CASE2
「おい新入り!!! お前これで皿割るの何枚目だ!!?」
厨房で働く先輩が僕に向かって大声で叫ぶ。
「えっと、だいたい25枚くらいだったはずです……あ、でも今日割ったのも含めたら、、、いや、さすがに30はいってないはず……すいません、20超えたあたりからあんまり枚数気にしなくなっちゃって」
「年齢あるあるみたいな言い方してんじゃねえ! 皿を割ってることを反省しろって言ってんだよ!!!」
「いやー、きついでしょ」
だって厨房に行くと当たり前のように皿が浮いてるんだもん。もちろん異能で。
その皿が縦横無尽にビュンビュン飛び交うもんだから、どう注意しても絶対にぶつかってしまう。
まだケガせずに済んでいることが奇跡だと思ってる。
「言い訳してんじゃねえよ!! 新人は言われたことを素直に聞き入れて反省するのが基本だろぉが!!!」
やだ理不尽。
「いいか!!? 新人が使っていい言葉は『はい』『わかりました』『了解です』の3つだけだ!!!」
ルート分岐に見せかけた強制イベじゃん。
「もし次に生意気な態度取ったらぶっ〇すからな!!!」
なるほど。この先輩が『新人つぶしの権田』なんて物語の序盤でやられそうな二つ名で呼ばれている理由がわかった。
こうやって高圧的な態度で暴言を吐いて、今まで何人もの新人を辞めさせてきたのだろう。
年がら年中この店が人手不足の原因の1つは間違いなくこれだ。
物語ならここで主人公が、権田パイセンをスマートかつエレガントにぎゃふんと言わせて撃退するんだろうけど、ここにいるのは
ならばモブなりのやり方というものを見せてやろうではないか。
「店長ーー!!! 僕の生命に害を与える発言で脅迫されたので早退して警察に行ってきまーーす!!! 多分学校が経費でお金出してくれると思うので裁判で徹底的に争う所存でーーーーす!!!!」
必死の形相をした店長に警察行きを全力で止められた。
ただ権田パイセンは店長に怒られたこともあってか、その後僕と目すら合わせることがなくなった。やったぜ。
CASE3
ある時、店長が僕に尋ねる。
「渡谷くんの周りでバイト探してる知り合いとかいない?」
「まず知り合いがいないですね」
~終~
CASE4
「キャアアアアア!! 誰かーー!? 夫が突然倒れて!!」
お客さんの1人である女性が大声で叫ぶ。
僕が対応に近づくと、その女性と食事をしていた男性が意識を失っていた。
またリアル爆弾おにぎりが爆発でもしたのかと思い男性に近づき、その体に触れようとした時、その手を掴まれる形でとめられる。
「みなさん、この場を動かないでください。誰一人この店から出るのも禁止です」
僕の手をつかんだのは、20代半ばほどの背の高い女性だった。
ロングコートに身をつつみ、片方の目が長い髪で隠れ、気だるそうな表情を浮かべながらタバコをくわえる性癖博覧会みたいなその女性は、店員でもないのになぜか周りに指示を出し始める。
「いいですかみなさん、落ち着いて聞いてください。既にこの男性はなくなっています。しかしこれは事故なんかじゃありません。これは――――殺人事件です!」
推理もの始まっちゃったぁ。
指示を出し始めたその女性は、案の定それなりに有名な探偵らしく、周囲のお客さんは『え!? もしかしてあの異能探偵!?』みたいな様子で大興奮。
そのため僕は完全にタイミングを失ってしまう。このお店が全面禁煙であることを伝えるタイミングを。
そんなこんなで、当然のように探偵さんによる捜査が始まった。さらに15分ほどすると『謎のカギは今開かれた』と、おそらく決め台詞であろう言葉を口にし、容疑者全員に集まるよう指示を出す。一話完結時のコ〇ン君並にペースが速い。
そうして始まる推理ショー。
ただその推理ショーは異能知識が必要なものであり、僕にはその推理の内容がサッパリだったため、周囲に合わせて『さすが』『知らなかった』『すごい!』『センスいい』『そうなんだ!』と適当に相槌を打つことしかできなかった。
ちなみに犯人は倒れた男性の妻でした。犯行理由は夫の不倫で、この店でなら自然死と思わせることができると考えて犯行に及んだらしい。
店長、このお店の経営考え直した方がいいですよ。
その後、犯人の女性は警察に連行され、男性の方は運ばれた病院で息を吹き返したとのこと。
人の死を目撃してしまったことで、あまり気分が良くないなと感じていたので、生きていて本当によかった。
なにはともあれ無事事件は解決。とはいえ、殺人事件(未遂)があったことで、さすがにお店も何日かは休みになるだろうと考えていたところ、店長から従業員一同にありがたい言葉が贈られる。
「じゃあ1時間後の営業再開を目指そうか」
いかれてやがるぜ。
CASE5
バイトの休憩中、休憩室の机に置いてあったお客様アンケートをなんとなく眺めてみる。
『料理はおいしいです。料理以外に褒めるところがない』
僕もそう思う。
『人魚の肉はいつになったら食べられるようになるんですか? はやく不老不死になりたいです』
飲食店を何だと思ってるんだこの人。
『初めて見るスタッフさん以外には接客を頼まないようにしています。3回以上見かけたスタッフは絶対にどこかイカれているので』
なんだぁ? てめぇ……
『明らかに未成年の客がお酒を頼んだ時、わざわざ目の前にお酒を持っていったと思ったら、『君にはまだ早いよ』といってその場でスタッフさんが飲みだしたの本当に意味が分からない。狂気を感じた。店長さんはしっかり店員の教育をしてください』
それやったの確か店長だった気がする。
『このお店の料理を食べたおかげで、第6次元の壁を超えることができました。これにより私は新たなる人類の創生と死をつかさどり、さらに高次元の存在として君臨することが――』
『店員さんが履いている靴下の盛り合わせが食べたいです』
『うぽハハハたよる$%がぉわわ!&――』
店も店だけど、客も客だよなぁと僕は思った。
CASE6
あー、今日もよく働いた。
こうやってバイトしてると1日の充実感が違って、なんとなく得した気分になる。
それに、働いている日があるからこそ、休日がありがたく感じるのだと改めて実感した。
さて、僕の勤務時間は終わったし、荷物をまとめて帰ろう。
「おい! スクープホークの肉スープまだか!??」
「3番と5番テーブル注文きてるぞ!!!」
「誰かレジ入れ!!」
「休憩室に入ってるやつ全員たたき起こせ!!」
「店長!! またあの要注意クレーマーが――――!」
いやぁ、夜になってもまだまだ盛況だなぁ。
なんだかんだいってお客さんはいつもしっかり入ってる。
だからこそ万年人手不足なんだろうけど。
「お疲れ様でーーす」
「待って渡谷くん! しばらく残ることできない!!?」
そう言って帰ろうとしていた僕に店長が懇願してくる。
『しばらく』なんて言っているけど、そうして残った場合、日付が変わる前に帰れたためしがない。労働基準法どこいった?
それに夜になるとお酒の提供が増えるせいか、客の民度が明らかに悪くなるんだよね。
だから夜のシフトは極力、というか絶対に入れないようにしている。
というわけで自宅に帰らせていただきます。
「お疲れ様でーーす」
「待って待って!! みんながこれだけしんどい思いをしてるのに、君はそれを無視して帰るの!!?」
「帰りまーす。お疲れ様でーーす」
「うっそでしょ!!? わかった! バイト代1.5倍出すから!!」
別にお金に困ってバイトを始めたわけじゃないから、その言葉にそれほど魅力を感じない。
それになにより、これからとても大事な用事が僕には待っている。
そのため絶対に残業はできない。
「すいません店長。今日は帰ってから予定があるんで」
「なんの!?」
「ゲームです」
「…………は?」
「ゲームです」
僕はギルマスとして、今日これから行われるオンラインゲームのギルド戦を勝利へと導かなければならない。
「………………」
まじかこいつ――――という眼で見られたが、諦めたような様子で帰らせてもらえた。
ギルド戦は負けた。どう考えても僕のせいではないのに、ギルド内で一部から戦犯扱いをされたためチャットが荒れた。
逸材(メンタル面で)