魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
拳聖祭参加校において、唯一の女子高である
その麗華台に、ただ一人在籍しているAランク異能者――
彼女は学生として勉学に励む傍ら、売れっ子女優としても活躍しており、その姿をテレビで見ない日はない。
高ランク異能者の少ない麗華台にとって、色島レナの存在は誇りであり、まさに学院の顔。
最高ランク異能者、麗華台のエース、若手トップ女優、
「よかった、まだ始まってない」
数万人規模の人数を収容できる試合会場のスタジアムでは、まだ試合開始前にもかかわらず、熱気は既に最高潮。
この日、このスタジアムで行われる試合は『チーム戦の決勝』のみ。
そしてレナの
出会いのきっかけは、冬二に妹が助けてもらったと聞き、感謝を伝えるため会いに行ったこと。結局、それは人違いだったわけだが。
その後、何度か顔を合わせる機会はあったものの、レナにとって冬二の印象はあまり良いものではなかった。
常に違う女を侍らせ、しかもその距離が異様に近い。また、不運な事故とはいえ、下着姿を見られたり、胸を触られたりもしたのだ。そんな男を、好ましく思えるはずがない。
しかし徐々に交流を深め、その人となりを知っていくにつれ、冬二への印象は大きく変わっていく。
好悪が完全にひっくり返ったのは、拳聖祭の個人戦準々決勝。そこでお互いの全力をぶつけ合ったことで、レナは深く理解することができた。
綿谷冬二という人間の、その魅力を。
そして同時に気づく。自身が冬二に対し、異性としての好意を――
「いや違う違う! 今のはなし!」
――そう、友人。あくまで友人として、その活躍を応援しに来たのだ。
そんな言い訳を心の中で必死にしながら、レナは空いている席を探す。
しかし、到着が開始ギリギリだったこともあり、試合の見やすい席は既に埋まっている。
そのため、レナが向かったのは客席の後方。出場選手が豆粒程度にしか見えないような場所だった。
まあそこはそこで、試合全体が見やすいだろう――そう考え、空いている席を見つけ、腰を下ろす。
そして腰を下ろすと同時に、左隣に座る人物に目を向ける。
それは真夏にもかかわらず、パーカーのフードを深くかぶり、青いヘッドホンを身に着けた同い年くらいの少年だった。
奇妙な恰好ではあるが、帽子にサングラスにマスクと、お忍びで正体がバレないよう変装している自分が言えた義理ではない。
レナが気になったのは別のこと。その少年の特徴が、妹を助けてくれたという人物と一致していることだった。
ただ当然、確信はできない。それでも、確認だけはしておくべきだろう。
その思いから、フードの少年に声をかけようとしたレナだったが――
「あの……」
「おいおい、こんなとこで一人で見るつもりだったのか? 言えよ~。せっかくだし一緒に見ようぜ!」
「宗助……」
「昨日も声かけたのに無視するしよぉ。冷てえやつだぜまったく」
「はあ?」
突如、フードの少年の左隣に、新しく別の少年が腰を下ろしたことで、声をかけるタイミングを完全に失ってしまう。
しかしその新しく現れた茶髪の少年に、レナは見覚えがあった。
名は矢川宗助。冬二と行動しているところを、何度か見かけたことのあるその人物は、フードの少年に何かを手渡す。
「そうそう、これ入り口で新聞部が配ってた記事。冬二たちの意気込みも載ってるぜ」
冬二――その名を耳にしたレナは、行儀が悪いと思いつつも、チラリとその記事を横目で覗き見る。するとそこには――
綿谷 冬二『負けるという選択肢はない』
赤花 茜『優勝トロフィーを用意しておけ』
シャルロット・ゴールドリル『時は来た。それだけだ』
……随分と過激な発言だな――冬二はもちろん、そのチームメイトの発言も、以前言葉を交わした時の印象とは大きく異なることに、レナは疑問を抱く。
「これ……絶対冬二たち言ってないでしょ」
「まあ間違いなく新聞部の捏造だろうな」
「ほんま……」
よかった、やっぱり
そして同時に、宗助だけでなく、フードの少年も普段から冬二と交友があることを、会話からなんとなく理解する。
「おっ、そろそろ始まるぜ」
「あっ……」
結局、タイミングを見計らう間に開始時間を迎え、フードの少年に話しかけることはできなかった。
仕方ない。また試合終わりにでも――そう切り替え、改めてスタジアム中央に目を向ける。
試合開始前の挨拶のため、整列する冬二たちのチーム。
そして相対するのは、冬二たちと同じ学園の先輩であり、
まさに決勝の舞台にふさわしい、最高の対戦カードだった。
『それではこれより、チーム戦決勝、【プレアデス】vs【アテナ】が開始となります! さあスタートの合図と同時に、選手たちが一斉に動き出しました!』
スタジアム内に響き渡る実況の言葉通り、選手たちが広いフィールド内に散らばっていく。
まず選手たちがどういった陣形を選択するのかも、チーム戦における醍醐味の一つ。
それぞれが持ち味を発揮し、全員が前に出て戦うチーム。強力な一人の異能者を、他全員がサポートするチーム。その戦い方は様々で、試合ごとに陣形を変更するチームも存在する。
そんな中で、これまで勝ち上がってきた冬二チームの陣形は、言わばバランス型。
前衛二人、中衛二人、後衛二人と、役割をハッキリ分けて戦う、一般的かつ安定感のあるスタイル。
しかしこの決勝において、冬二たちのとった動きは、これまでとは全く異なるものだった。
フィールドをちょうど二分割したとき、その左半分に冬二が、その右半分に残りの五人が移動していく。
まるで戦力を分散するようなその行動の意味を、レナは理解することができない。
『これは……一体どういった意図があるのでしょうか?』
『いやあ、う~ん……』
実況が解説者に説明を求めるも、その歯切れは悪く、答えにはたどり着けていない様子。だからこそ――
「宗助、なにあれ?」
「ああ、あれはな……」
――隣に座る少年たちの会話に、思わず聞き耳を立ててしまう。
「実は冬二のやつ、訳あって序列一位を目指してんだよ。となると当然、“現”序列一位の
「……ああ、なるほど。チームで勝っても意味ないってことね」
「そういうこった。たとえこの試合で深国さんに勝てたとしても、チームの助けを借りて勝ったと思われちまったら、序列一位になるのは無理だ。あくまで個人的な実力で、深国さんを上回る力があるってことを、より強く周囲に印象付けないといけねえ。一度負けてる分、なおさらな」
「でもそれ、その深国さんが誘いに乗ってくれないと意味なくない?」
「乗るさ。
宗助の言葉通り、深国率いるチームも、深国だけがフィールドの左半分に移動し、残りのメンバーは右半分に移動する。
同じフィールド内に、『1対1』と『5対5』が同時に存在する状態。
ここにきて、レナもようやく理解することができた。これはチーム戦でありながら、冬二にとっての個人戦でもあるのだと。
「じゃあこの試合、重要になるのは……」
「ああ……」
重要なのは、あくまで冬二と深国の戦いの結果。『5対5』の戦いの結果は、それほど重要じゃない。
そう考えていたレナだが、少年二人は全く別の結論を口にする。
「「茜(さん)たちの方だな(ね)」」
「え!?」
想定外の言葉に、レナは思わず驚きを口に出してしまう。
当然ながら、そんなレナに対し、少年二人の“なんだこいつ急に”といった視線が向けられる。不審者丸出しの今の恰好なら、なおさらだろう。
「あ、いや、すみません。その……ちょっとお二人の話が聞こえて、なんでかな~って疑問に思っちゃって……」
本当はガッツリ聞き耳を立てていたのだが、ここは開き直り、いっそのこと直接尋ねることを選択する。
それを受け、少年二人はお互い顔を見合わせるも、レナのその質問に回答する姿勢を見せた。
「まあアレっすね。冬二の性格的な問題っすよ。あいつ、仲間の危険にめちゃくちゃ敏感なんで」
「すぐ隣で仲間が戦ってると、どうしてもそっちを心配してしまうんです。だから目の前の戦いに集中しきれないんじゃないかなって。見えてない時の方が、むしろ割り切って信頼するんですけど」
「だからまあ、結果はもちろんのこと、茜たちの戦いがどれだけ長引くかも、冬二の戦いに大きく影響すると俺たちは考えてるわけっす」
二人の説明に、レナはなるほどと納得させられる。
またそれと同時に、冬二のことをとても理解している二人に対し、ほのかな嫉妬心も抱いたのだが、レナがそれを自覚することはなかった。
そしてその後も――
「なるほど。茜と紗季が前衛も兼ねながら戦う感じか……」
「茜さんはともかく、紗季さんって前衛できたっけ?」
「できないことはねえけど、得意ではないな。その証拠に、比重は茜の方が高めだ」
「ああ……茜のやつ、また一人で突っ走っちまった」
「まあ性格上、我慢できないんじゃない? 茜さんって、宗助みたいな本気に本気で返してこない相手が一番嫌いだから」
「今もしかして俺の悪口言った?」
「言った」
「やっぱ
「あの人、本能で動くタイプに見せかけて、実はめちゃくちゃ知略を巡らすタイプだもんね。相手の細かい仕草もしっかり観察してるし」
「小鳥遊先輩のこと知ってんのか?」
「……少し前に、手合わせする機会があったから」
「まずいな……。完全に陣形が崩れちまってる。連携も何もあったもんじゃねえ。このままじゃ……」
「そう? 僕は『そのまま行け』って思うけど」
「はあ? なんでだよ?」
「だって、むしろ今の方が茜さんたちらしいじゃん。五人とも冬二と出会って随分丸くなったけど、最初はもっと尖りまくっててさ」
「ダメだッ! 茜! 契! 止まれッ!!」
「止まるな」
少年二人の会話は、試合の状況を事細かに説明し、なおかつ解説者の解説以上に鋭く切り込んでいく。
気づけばずっと、レナは聞き耳を立て続け、その深い考察に感心させられていた。
ただ、同時に疑問も抱く。このチーム戦の決勝は、まさに学生の頂点を決める戦い。その戦いを、正確かつ的確に分析するこの少年二人は、一体何者なのだろうかと。
しかしその答えは出ることなく、試合は進んでいく。そしてついに、冬二と深国を除く戦いの決着がついた。
「茜も契も……、気絶するフリならもうちょっと上手くやれよ」
結果は、(見かけ上)両者相討ち。
これにより、勝負の行方は冬二と深国の二人に委ねられる。
仲間の心配がなくなり、憂いなく戦えるようになった冬二。
それでも、相手は序列一位であり、試合が始まってからずっと、状況は冬二が押されたまま。
『異能を無効化する力』を禁じられている以上、単純な実力は深国の方が上なのだと、レナは推測していた。
しかしまたもや、少年二人の見解は違うらしい。
「…………冬二のやつ、何迷ってんの?」
「……やっぱわかるか?」
「わかるよ、あのモニターに映る表情見てたら。明らかに悩んでる顔してるし」
フードの少年の言葉を受け、レナはスタジアムに備え付けられている電光掲示板へと目を向ける。
その電光掲示板には、試合中の選手がアップになって映し出されているため、表情までしっかりと確認することができる。
しかし、冬二のその表情が悩んでいるものなのかどうかは、レナには判断できなかった。
「昨日……、偶然聞いちまったんだよ。深国さんが『序列一位』にしがみつく理由ってやつを」
「何かしらの“特権”狙いってこと?」
「ああ、まあ簡単に話すと、深国さん……実は俺たちと同い年の妹がいるらしくてな。その妹さんがめちゃくちゃ優秀で、もう治安部隊に入隊してるらしいんだ。それで深国さんも、妹さんと同じ部隊を目指してるらしい。序列一位の肩書があれば、部隊入隊はもちろん、その部隊内の所属先もある程度希望が通るからな。仲違いした妹さんと、ちゃんと向き合いたいんだとよ」
「ふーん」
宗助の言葉に興味なさげな反応を示し、フードの少年はそれ以上の説明を求めない。
ただ今回はレナも、冬二の悩んでいる理由がなんとなく理解できた。
優しい彼のことだ。自分のことよりも、相手の思いを優先しようとする心が、無意識に働いているのだろうと。
そんな冬二の状況は、ますます劣勢になっていく。
一方的に傷も増え、限界が近いのは一目瞭然だった。
冬二が敗北するその未来を、多くの観客が確信したちょうどその時――
『パキリ』
ガラスの割れるような音が、スタジアム内全体に響き渡る。
その音の発生源は、フィールドの内と外を隔てる
冬二と深国の戦いの余波により、その結界にヒビが生じていたのだ。
「おいおいマジかよ……。ノールズン術式の強化結界だぞ……」
結界にヒビが入ったことにより、試合は一時中断。
そんな中断アナウンスが鳴り響くと同時に、フードの少年が席から立ち上がる。
「まあ冬二にとっちゃ恵みの中断か……って、どこいくんだ?」
「お手洗い」
フードの少年は宗助の疑問にそっけなく答えると、その場を後にしていく。
それから十数分後――
フードの少年が戻ってきたのは、ちょうど試合が再開するタイミングだった。
審判団の協議の結果、戦闘不能になっていた者はフィールド内に戻さないことが決定。
それにより、試合は純粋な冬二と深国の一騎打ちに。
そして試合再開のその直後、多くの観客たちが驚愕する。
再開前とはまるで別人のような、冬二のその強さに。
「すごい……ッ!」
レナは感嘆の言葉を漏らすほど、冬二の動きに目を奪われる。そしてそれは冬二だけでなく、対戦相手の深国ににも。
両者の力、速さ、異能。その全てが学生レベルを遥かに超越していた。
自身も含めた、学生の頂点を決めるにふさわしい、まさに死闘。
己を魂を燃やし、力を十全に発揮する二人の戦いを、ずっと見ていたい――
レナや宗助、そして多くの観客たちが思わずそう願うも、決着の時は訪れる。
「…………」
一瞬、スタジアム内に広がる静寂。
しかし、フィールド上に立つ
『拳聖祭チーム戦、その頂点に立ったのは……綿谷冬二率いる、チーム【プレアデス】だぁぁぁ!!!』
実況が勝者を正式に伝えると、観客たちは両選手に拍手を送る。
そしてその拍手と称賛を受ける冬二は、誰かを探すように観客席をキョロキョロと見回していた。
「ギリギリとはいえ、本当にやりやがったよ冬二のやつ……」
「私も……、あの二人のように……!」
まだ多くの観客が試合の余韻に浸る中、レナのその隣で、フードの少年は立ち上げる。
「あ、おい。後で冬二のとこ行かねえか? おめでとうぐらい言ってやろうぜ」
「落ち着いたらメッセージでも送っとくよ」
宗助の提案を断り、フードの少年はその場から歩き去っていく。
しかし少し離れた場所で一度立ち止まると、背を向けたままの状態で口を開いた。
「宗助、冬二に伝えておいてくれる? 明後日、気を付けなよって」
「明後日って……最終日の学園対抗戦か?」
「そうだよ。メインにして締めでもあり、多くの関係者や観客が入り乱れる最大のイベント。…………もし、何か
「悪事って……お前一体何の話を――」
「宗助、君もだよ」
「……は?」
「振り払ったはずの過去は、忘れたころに牙を剥く。まだ冬二たちと一緒にいたいのなら、警戒を怠らないことだ」
そう一方的に告げると、今度こそフードの少年はその場を後にする。
「おい! ちょっと待てよ
「雪、春……」
そんな少年二人のやり取りを、これまでただ黙って見つめていたレナは、初めて聞いたフードの少年の名を、反芻するように口に出す。
そうして思い出したのは、以前、妹が口にしていた言葉。
『フードに、ヘッドホンをしてて…………あと「ユキー」って王女様に呼ばれてた』
「ッ……!」
疑念が、確信に変わる。迷子の妹を助けてくれたのは、先ほどのフードの少年だと。
レナはすぐさま席から立ち上がり、少年の後を追った。
試合終了直後のため、人でごった返すスタジアムの出入り口を、押し分けるように進んでいく。
「はぁ……! はぁ……!」
息を切らし、やっとの思いでスタジアムの外に出るも、既にフードの少年の姿はない。
礼を言いそびれてしまったことに、レナはその場で肩を落とす。
またそれと同時に、先ほどのフードの少年の言葉が、レナの中でいつまでも引っかかっていた。
『何か悪事を働こうとするやつらがいるとすれば』
フードの少年――雪春と呼ばれた彼は、一体何を知っているのか。
レナ自身も、麗華台の代表として学園対抗戦に出場する。
冬二との再戦。そして個人戦では対戦できなかった異能者たちとの試合を、純粋に楽しみにしていたレナの心に、ほんのわずかな影が差した。
・冬二たちのチーム名【プレアデス】
冬二発案の『