魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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喜べ少年、君の願いはようやく叶う……的な。


拳聖祭と救国の王女⑯ / 二人きりの時間

 

 慌ただしい非日常というのは、思うよりもあっという間に過ぎていくもので。

 三週間におよぶ拳聖祭も、いつの間にか気づけば最終日。

 それはつまり、僕ら『愚蓮努羅魂仏血切離(ミスフィット)』がリリアと過ごす時間も、今日が最後ということ。

 

 最終日の朝、僕はいつも通りメンター室でリリアたちが来るのを待ちながら、あの日(・・・)から今日までのことを思い出す。

 あの日とはもちろん、リリアが僕らに真実を告げた日。

 友人役に加え、メイルカムイの契約者捜索を行うことになった僕らの日々は、それから大きく変化する…………ことはなかった。

 真実を告げられる以前と何ら変わらず、屋台を巡り、出し物を楽しみ、試合を観戦する、本当にただそれだけの毎日。リリアが思う存分はしゃぎ、僕らがそれに振り回されるのも相変わらず。

 時折、学園の施設を案内するよう頼まれた時もあったが、契約者捜索というよりも、初めて見る施設を単純に楽しんでいるようにしか見えなかった。

 少なくとも僕らと過ごしたこの数日の間に、リリアが契約者探しに本腰を入れる姿は確認できていない。

 契約者探しは諦めたのか、それとも――

 

「…………考えても仕方ないか」

 

 こればかりは、リリア本人に尋ねてみないとわからない。

 とはいえ実際に尋ねて、『探りを入れている』と思われるのも怖いわけで。

 

 一国の王女と共に、かつて国家存亡を揺るがした悪魔の契約者を探す。そんな待ち望む展開がやってきたにもかかわらず、その契約者であるがゆえに(・・・・・・・・・・・・)、契約者探しに本気になれず、かといって真実を打ち明けることもできず。

 己の絶望的なまでの間の悪さに、思わずため息をつく。

 このままいつものように、何も起きないまま終わってしまうのだろうか。

 

 そんなふうに考えながら、僕は部屋の時計を確認する。

 現在の時刻は午前九時半。リリアから伝えられた集合時間は午前九時のはずだが、メンター室にはまだ僕以外誰もいない。

 

「……またぁ?」

 

 あの日とまったく同じ状況で、また一人だけ蚊帳の外に置かれる未来が頭をよぎったちょうどその時、勢いよくメンター室の扉が開かれる。

 

「遅れて申し訳ありません! お待たせしてしまいましたか!?」

 

 扉が開かれ、慌てた様子で部屋へと入ってきたのは、いつもの制服ではなく、なぜかオシャレな私服に身を包んだリリアだった。

 リリアは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、謝罪の言葉を口にする。

 

 

 ………………リリアが、時間に遅れて、謝罪する?

 時間の方が、自分に合わせるべきだと口にしていた、あのリリアが?

 

 

「……あの、体調とか悪かったりします?」

 

「開口一番失礼ですね。そこは『ううん、僕も今来たところ』と返すのが定番ってやつじゃないですか」

 

 そう不満そうに告げると、リリアは僕の腕を自身の腕に絡め、勢いよく引っ張り出す。

 

「えっ、ちょっ……!?」

 

「じゃあさっそく行きましょう! 最後の一日ですから、一分一秒たりとも無駄にできませんよ!」

 

 遅刻しといて……。

 いや、それよりも――

 

「待ってください。まだ蛇塚くんたちが……」

 

「アキーたちなら来ませんよ。今日私が呼び出したのは、ユキーだけですから」

 

「……え?」

 

「今日は私とユキーの二人っきり。いわゆるデート、というやつです」

 

 戸惑う僕をよそに、リリアは絡めた腕を引っ張り、お互いの顔同士を近づける。

 するとそこには、王女ではない、どこにでもいる年相応の少女の、満面の笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 なぜ、急に二人きりを望んだのか。理由を尋ねても、リリアは『秘密です』と言って誤魔化すばかり。

 わかっていることは、その二人きりの人選に、蛇塚や光華ではなく、僕を選んだということ。そしてその二人きりの時間を、はっきり『デート』と口にしたということ。

 

 それは、つまり………………そういうことなのでは?

 

 ワンチャンのワンチャンのワンチャン、あるかもしれない。そう期待し、リリアの望む通り、デートを開始したわけだが――

 

 

「はい。残念だったね、お嬢ちゃん。ハズレだよ」

 

「ちょっとぉ! さっきからハズレしか引けないんですけどッ! これ本当にアタリ入ってるんですか!?」

 

「リリアさん……もうやめましょう。屋台のくじで当たってる人、見たことないですから」

 

「いいえ! 諦めてなるものですかッ! おじさん! あと五回……いえ、あと十回お願いします!!!」

 

「ほいよっ!」

 

「誰の金だと……」

 

 ふたを開けてみれば、普段の友人役と何ら変わらない。

 心の赴くままに行動する我がままお姫様は、人の金を容赦なく散財していく。

 いつもなら、『リリアのお財布だ~れだジャンケン』を蛇塚たちと行っているところ、今回は僕一人の財布で賄っているため、負担は驚きの四倍。

 というか、肩代わりしてるお金がもうかなりの額になってるんですけど、これ返してもらえるんですよね?

 

 

 

 

 その後も、デートと呼ぶにはあまりにも一方的に搾取される時間が続き――

 

「ユキー、あそこの屋台のクレープが食べたいです。一緒に並びましょう」

 

 そう言ってリリアは、どこが最後尾かわからないほどの行列ができている屋台を指差す。

 きっと人気店+最終日ということで、食べ収めに多くの人が並んでいるのだろう。

 

「えー……、あれに並ぶんですか?」

 

「大丈夫ですよ。お喋りしてたらあっという間です。ほら行きましょう!」

 

 気乗りしない僕を、リリアは有無を言わさず列へと引っ張っていく。

 

「お喋りって言っても、そんな気の利いた話題は提供できませんよ。以前もそうでしたし」

 

「あの時みたいに、接待のような会話を求めるつもりはありません。何気ない会話で、相手の知らなかった一面を知るんです。私たちはまだ出会ったばかりじゃありませんか、ユキー」

 

「まあ……そうかもしれませんけど」

 

「そうですね……。では、名前の由来なんてどうです? 私のこの“リリアーナ”という名前は、英雄エルナリーナの文字を少し変えたもので、ジールの言葉ではほとんど同じ発音なんです」

 

「じゃあ……ほんとに英雄と同じ名前なんですね」

 

「そうなんですよ!」

 

 そう告げるリリアは自慢気で、そして誇らしげだった。

 “生まれ変わり”と占われたことが、王族争いに担ぎ上げられた原因にもかかわらず。

 『ジールにとって、エルナリーナの存在は本当に特別』――以前、マリネッタが口にしていたその言葉を思い出す。

 きっとリリアもその例に漏れず、ということなのだろう。

 

「次はユキーの名前の由来を教えてください」

 

「いや、僕のはそんな大した由来じゃないんで……」

 

「かまいません。私は面白い話や深い話を求めているのではなく、ユキーのことが知りたいんです」

 

 リリアの瞳は、ブレることなく僕の表情を捉えている。

 僕は気恥ずかしさから思わず目を逸らしながら、昔一度だけ親から聞いた、自身の名前の由来を思い出す。

 

「……その、僕が生まれたちょうどその日、その時間くらいに、雪が降ったらしいんです。五月の最終日で、もうほとんど夏になりかけてたその時期に」

 

「おや、それはまた珍しいですね」

 

「しかも一時的にとはいえ、交通機関が麻痺するレベルで降ったらしくて。で、それにちなんで『雪春』って名付けたらしいです」

 

 深い意味など何もない。その場でパッと思いついたような、短絡的な名付け。

 今でこそなんとも思わないが、小さいころは『そんな理由?』と少しショックを受けたのを覚えている。

 

 しかしリリアは、そんな僕の幼いころの気持ちを否定した。

 

「それはそれは、すごくステキな話じゃないですか」

 

「え?」

 

「だって、ご両親はユキーの名を呼ぶ度に、ユキーがこの世に生まれてきてくれた瞬間のことを思い出せるのですから。それって、とってもステキなことじゃないですか?」

 

「……そう、ですかね」

 

「そうですとも!」

 

 他人()のことなのに、リリアはとても嬉しそうに笑う。

 もしかしたら、気を使ってくれているだけなのかもしれない。

 それでも、また僕は先程のように、気恥かしさから目を逸らしてしまう。

 

 いつの間にか、列に並ぶことに対する億劫さは消え去っていた。

 

 

 お互いの名前の由来から始まり、好きなもの、嫌いなものの話。故郷の話。趣味の話。

 定番とも言えるありふれた話題にもかかわらず、リリアは僕が言葉を発するたびに大きくリアクションをとり、無邪気に笑ってくれる。

 そんなリリアのおかげもあり、時間が経つのは一瞬で。

 

 気づけばクレープを受け取り、近くのベンチに移動し、横並びで腰を下ろしていた。

 

「ユキーのはチョコバナナでしたっけ? おいしいですか?」

 

「はい。行列ができるだけあると思います」

 

「一口く~ださい」

 

「あっ」

 

 僕がオーケーを出すよりも早く、リリアは横から僕の持つクレープにかぶりつく。

 

「うん、おいしい!」

 

「…………」

 

 リリアがかぶりついた部分は、おもいっきり僕が口をつけていた部分。

 まあ要するに、間接キスになるわけなのだが……。

 

「ユキーも私の食べます?」

 

 リリアにそれを気にする様子はない。

 僕が気にしすぎなのだろうか?――などと考えていると、リリアがイタズラな笑みを浮かべて囁きかける。

 

「ユキーなら、イヤじゃないですよ」

 

 まるで、こちらの気持ちを全て見透かしているかのように。

 

 それを受け、僕はずっと我慢していた言葉を心の中で爆発させる。

 

 

 マ○マさん助けて! 僕、リリアのこと好きになっちまう!

 

 

 ……いやさあ、現実問題、(ツラ)のいい女がずっとニコニコ笑いかけてくれて、自分の言うことを全部肯定してくれるのに、好きにならないとかある?

 世の中の彼女持ちってみんなこんないい思いしてるの?

 創作のラブコメ主人公って色んな女子とこんな経験してるの? なんで好きにならないの? こんなことされて好きにならないとか、感性死んでるの???

 

 ああ、でも……これで僕もデート経験アリと、大手を振って言えるようになったわけだ。

 これが、異性とデート出来る人間の見る景色……。

 

 冬二……僕も来たで、こっち側。

 

 不意に湧き上がる優越感。誰に対する?――と問われれば、きっと昨日までの僕にだろう。

 僕は『全然こんなの普通ですけど?』という体を取り繕い、リリアの差し出すクレープにかぶりついた。

 

 

 

 

 

 

「次は図書館に行ってみませんか?」

 

 クレープを食べ終わると、リリアは次のデート場所を提案する。

 図書館デート…………うん、なんか、その、えっと………………知的な感じがして、すごくいいと思う。

 

 ただ時刻を確認すると、そろそろ拳聖祭のメインイベント――学園対抗戦が始まる時間。

 チーム戦決勝の時のように、なんとなく冬二たちを応援しに行くつもりでいたのだが、このままデートを続ければ、応援はできなくなってしまう。

 恋愛(デート)をとるか、友人(応援)をとるか……。

 

「行かないんですか?」

 

「行きまぁす」

 

 僕の心に迷いはなかった。

 まあデートですよね。

 

 冬二には『がんばれ』とだけメッセージを送り、僕とリリアは図書館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 図書館に到着すると、リリアは一旦お手洗いへ。

 そのため現在、僕は一人で図書館内をうろついていた。

図書館にはこれまで何度か訪れているものの、豊富な蔵書数に比例して、建物もかなりの大きさを誇るため、まだ全ての場所を周り切れてはいない。

 メイルカムイを召喚できるような本が置かれているのだがら、『覚醒の秘訣!』みたいな本が置いてあってもおかしくないよな――などと考えながら、テキトウに本を物色していると、僕のすぐ隣に人影があることに気づく。

 それは見覚えのある人物……いや、エルフ(・・・)だった。

 

『生まれて○○○(ピーー)して死ぬだけの短命種(セミ野郎)ガッ!』

 

 そう、以前バイトで屋台の方のシフトに入っていた時、クソみたいなクレームをつけてきたあのエルフだ。

 

 また絡まれたりしたら困る。その思いから、僕は気づかれないよう、ゆっくりそのエルフから距離を取ろうとするが、不運なことにバッチリと目が合ってしまう。

 

「ん?」

 

「あっ……。その……、この前はどうも……」

 

「……? ドコカでアッタか? ニンゲンのカオはみなオナジにミエルからな。キオクにナイということは、ウゾウムゾウのタグイにはチガイナイが……」

 

 エルフのカスがよぉ……。

 

「まあイイ、セッカクだ。ボクはいま、ジンルイシについてかかれたホンをサガシテイル。そこでだニンゲン、オマエにボクをアンナイするメイヨをサズケテやろう」

 

「…………」

 

 よくもまあ、ここまで上から目線でこれますねえ。

 本当ならツバの一つでも吐きかけてやりたいところだが、今日の僕は機嫌がいい。

 ツバをかけるのは案内した後にしてやる。

 

「それならこっちですね」

 

 心優しい人間である僕は、くされエルフを歴史書のコーナーに案内する。僕は優しいので。

 

「ここですね」

 

「フム……」

 

「ペッ」

 

「ン? ナニかイッタか?」

 

「いえ、なにも」

 

 背中に透明な液体を付けたエルフは、一度僕の方を振り返るも、すぐにその興味をなくす。

 結局、感謝の一言も告げることなく、エルフは棚に並べられている本を吟味し始めた。

 

「生まれたら○○○(ピーー)して死ぬだけの種族の歴史書が、この厚み……?」

 

 エルカスがよぉ……。

 お前実は流暢に喋れるだろ。

 

「ユキー、お待たせしました……おや?」

 

 僕がエルフを睨みつけていると、ちょうどお手洗いから戻ってきたリリアが、そのエルフに視線を向ける。

 

「ウチの生徒じゃないですか」

 

「知り合いですか? リリアさん」

 

「ええ、口が悪いことで有名なエルフのノルマニーくんです」

 

 あ、母校でもそんな感じなんだ。

 

「エルフって、みんなあんな性格なんですか?」

 

「いえいえ、私たちとそう変わりませんよ。彼がちょっと変わり者なだけで。同じエルフの学生からは『面汚し』と呼ばれてますし」

 

 めちゃくちゃ嫌われてるじゃん。

 まあどう考えても自業自得っぽいけど、同族から『面汚し』呼ばわりされるのは、さすがに少しかわいそう――

 

「オイニンゲン、もうヨウはスンダ。ハナレテイイぞ。むしろトクハナレロ。ウゾウムゾウのニンゲンとイルと、ボクのタマシイのカクがサガル」

 

 ――いや、そんなことないな。間違いなく『面汚し』だわ。

 

「リリアさん、もう行きま……リリアさん?」

 

 これ以上このエルフと一緒にいると、僕のカルマが下がりかねない。そう考え、リリアを連れて離れようとするが、リリアはニコニコと笑みを浮かべたまま、むしろエルフの方へと近づいていく。

 そして、こちらに興味をなくし、完全に無防備なエルフのその背中に、力強い蹴りを入れた(・・・・・・)

 

「グオァッ!?」

 

 エルフはそのまま本棚にぶつかると、その衝撃で落下してきた本の下敷きになり、身動きが取れなくなってしまう。

 

 ……わぁ。

 

「行きましょう、ユキー」

 

「……うっす」

 

 今しがた蹴りを入れたことなど、まるでなかったかのように振る舞うリリア。

 悪口に対し、警告すらなく即実力行使。あまりにも怖すぎる。

 

「……それで、何か目当ての本でもあるんですか?」

 

「いえ、私が図書館を提案した目的は、本ではなく場所(・・)です」

 

「場所?」

 

「ええ、図書館が入っているこの建物はとても大きいですから。その屋上からの景色を、一度見ておきたいなと思いまして」

 

 ……なるほど。確かに、この建物の屋上なら学園全体を一望できるだろうし、さぞいい景色が見られるだろう。ただ――

 

「屋上に行くための階段とかって、この建物内にありましたっけ?」

 

「それがないんですよねえ、残念ながら。以前も一人で来てみたんですけど、見つけられなくて」

 

「なら司書さんにでも尋ねてみます?」

 

「あら、そんな方がいるんですか?」

 

「ええ」

 

 いるもなにも、貸し出しの受付にいつも座ってるはずなんだけど。ちょうどタイミングが会わなかったのかな?

 僕はリリアの発言を不思議に思いつつ、受付へ移動すると、やはりいつもと変わらず、受付カウンターに司書の女性が腰を下ろしている。

 

「あの、すみません。この建物って、屋上に行く階段とかってあったりしますかね? あっ、その、そもそも屋上に行くのが禁止とかならあれですけど……」

 

 貸出期限超過の前科があるため、恐る恐る尋ねてみると、司書さんはゆっくりと立ち上がり、受付を出て歩き出す。

 ……ついてこいってことかな?

 

 長い髪を揺らしながら、無言で歩く司書さんの後を、僕とリリアはついて行く。

 司書さんの長くてボリュームのあるその髪は、後ろから見た時、体全体を覆い隠してしまうほど。

 

 そうしてしばらく歩くと、司書さんは何もない壁の前で立ち止まる。

 そしてその壁に触れながら、『チョコミント』と口にすると、壁の触れた部分から幾何学模様が浮かび上がっていく。

 その幾何学模様が壁全体まで広がった次の瞬間、目の前の壁は扉へと(・・・)様変わりしていた。

 

 おお……! 隠し部屋……いや、隠し階段かな?

 まあどちらにせよ、中二心をくすぐるそのギミックに、僕のテンションは爆上がり。

 

 しかしその一方で、なぜかリリアは険しい表情を浮かべていた。

 冷房がガンガンに効いている図書館内で、リリアの頬から一筋の汗が流れ落ちる。

 

「……あのクラスが、さも当然のように……」

 

「リリアさん……?」

 

「あ、いえ……申し訳ありません。では行きましょうか」

 

 僕の声掛けに、リリアはハッとした様子ですぐさま笑みを浮かべる。

 ちなみに、司書さんの姿は既にその場から消えていた。

 

 

 

 

 

「見てくださいユキー! 最高の景色ですよ!」

 

 明らかに様子のおかしかったリリアだが、隠し階段を上り、屋上へとたどり着く頃にはすっかり元通り。

 溢れんばかりの笑みを浮かべ、誰もいない広い屋上を走り回る。

 

 実際、リリアの言葉通り、図書館の屋上は普段僕が昼休みに過ごしている屋上よりも遥かに高い位置にあり、暑い日差しの中、吹き抜ける風が妙に心地いい。

 

 そんな屋上で、『試合が行われている会場はあの辺だろうか』なんて、たわいもない会話をリリアと交わしていく。

 ただそれだけで、楽しい。そして、心地いい。

 リリアが笑う度に、僕もつられて笑ってしまう。

 リリアと出会ってから、まだたったの三週間。しかしその“たった”の期間は、何かしらの情が湧くには十分過ぎる時間。

 まだ、この時間が終わってほしくない――――そう思うのはきっと、これから起こることを、心のどこかでわかっているから。

 

 一度会話が途切れたタイミングで、静かに、本当に静かに、リリアは語り出す。

 

「ユキー……。あなたも知っている通り、明日の閉会式が終われば、私は本国へと帰ります」

 

「…………」

 

 知っている。もちろん、別れが来るのは理解している。

 ……ただ、隣にいるはずのリリアとの距離が、果てしなく遠く感じるのは、それが原因ではないだろう。

 

「今回の襲撃の件もありますから、国へ帰れば、水面下での王族争いはさらに激しくなるでしょう。こんなふうに、心の底から笑える時間も最後かもしれません」

 

「……大変ですね」

 

 僕は他人事のようにそう告げる。

 僕とリリアでは、生きる世界がまったく違う。今こうして、リリアの隣に立てているのは、線と線が一瞬だけ重なった偶然の産物。

 僕にとってリリアの抱える事情は、どこまでいっても他人事。

 もし、今後も僕とリリアの時間が交わることがあるとすれば、それはきっと――

 

「ユキー、私は王族として、多くの期待を背負うものとして、義務を果たさねばなりません。日本を訪れた、本来の目的を」

 

「…………」

 

 正しいことだと思う。リリアは何も間違っていない。

 全てが正しくて、全てが道理で、しかし納得することはできそうにない。

 

「今年の五月……この屋上で、かの大悪魔が召喚されました。その後、召喚者が学園に捕らえられた今でも、悪魔は現界し続けています」

 

 いつの間にか、リリアの体は僕の方に向いていた。

 

「ユキー…………いえ、渡谷雪春――」

 

 まるで図ったかのように、風が止む。

 その視線が混ざり合い、離せない。

 

 

 

「あなたが、メイルカムイの契約者ですね」

 

 

 

 リリアはもう、笑っていなかった。

 

 

 




良いお年を。
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