魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
・ジール王国 極秘特殊指定文書 第651号より一部抜粋。
五月の初旬、およそ一週間に渡り、悪魔感知システム『クレア』に極大の反応あり。
場所は日本。詳しい調査の結果、『十王』およびそれに準ずる格を持つ悪魔の断続的な現界を確認。
一定の時間帯に何度も現界が確認されたことから、意図的な召喚であると断定。
しかしその召喚時間は平均して一分にも満たず、その上で何度も召喚を繰り返しており、召喚者の意図は不明。
より格の高い悪魔ほど召喚回数が多く、召喚士の能力の高さが伺える。
また『クレア』に登録された魔力照会により、“冥界王”メイルカムイの反応も検知されたことを追記しておく。
後日、国王陛下の名の下に、各専門家による対策チームを結成。
連日による議論の結果、この不可解な召喚の理由を『服従の儀式』ではないかとの見方を示す。
一方的な召喚、そして破棄を繰り返すことで、悪魔に上下関係を教え込ませたものと推測される。
最終的に、その一連の事件は
そのため、召喚者と悪魔との間に何かしらの契約が結ばれた可能性が高い。今後しばらく、継続的に『クレア』の反応を観測していく。
・ジール王国 極秘特殊指定文書 第657号より一部抜粋
様々な調査の結果、メイルカムイの契約者は、『魔導王』が運営する日本の学園関係者との説が濃厚。
・ジール王国 極秘特殊指定文書 第659号より一部抜粋
拳聖祭の同行を名目に、第一王女リリアーナ様の日本への派遣が決定。
契約者の暗殺を目的とし、正式に任務が国王陛下より下される。
――――――
「あなたが、メイルカムイの契約者ですね」
「…………」
リリアの告げたその言葉に、雪春はほんの一瞬、わずかに目を見開く。
しかしそれだけ。それ以上、驚くような素振りは見せず、むしろ困ったふうに笑って見せた。
まるで、軽いイタズラがバレてしまったかのように。
「いつからわかってました?」
言い訳も誤魔化しもない。雪春は質問の言葉を投げかけることで、自身が契約者であることを肯定する。
そんな雪春に対し、リリアも特段驚くことはなく、淡々と質問に答えていく。
「……最初に
「あの面接官、やっぱりリリアさんだったんですね。なんとなくそうだったのかなとは思ってましたけど」
初めて雪春たちと相対したその瞬間、リリアの胸に飛来した不思議な感情。それは燃え上がる恋のようであり、はたまた心を焦がす殺意のようでもあり。
ただその時点では、その感情が
「再び
それは間違いなく、己に宿るエルナリーナの魂に由来するもの。
渡谷雪春には何かがある――そう確信し、リリアはその日から調査を開始した。
第一王子派のスパイの存在を考慮し、あくまで友人役の生徒の詳細を調べるという体で。
経歴、家族構成、異能、試験成績といった学園から提供されたデータに加え、普段の行動範囲まで徹底的に。
しかしいくら調べども、雪春が契約者であるという確信は持てない。
むしろ雪春について知れば知るほど、本当に契約者なのかという疑念が強まるばかり。
事前にプロファイリングされていた人物像とも全く一致せず、リリアと共に行動する雪春はどこまでいっても普通の少年だった。
本来なら早々に候補から外し、調査を打ち切っていたはず。
しかし、雪春の傍にいる時だけ湧き上がる不可思議な感情が、それを許さない。
直観の上でしか成り立たない疑念。
そしてその疑念を確信に変えたのも、やはり直観だった。
「私がチーム全員に真相を語った
他人事を聞く時に、できる目ではないと。
根拠とするにはあまりにも薄い理由でありながら、理屈よりも先に本能が理解する。理解してしまう。
渡谷雪春こそが、メイルカムイの契約者なのだと。
「……そうですよね。普通はもっと驚いたりとかしますもんね。話を聞く側だと思って、完全に油断してたなあ」
リリアから根拠を告げられても、雪春のとる態度は変わらない。
二人の答え合わせは済んだ。ならば後は、行動を起こすだけ。
「僕のこと……殺しますか?」
雪春はなおも笑顔のまま、しかしどこか寂しそうに問いかける。
その問いかけには対するリリアの答えは、考えるまでもなくイエス。
リリアは全ての決着をつけるために、こうして雪春と二人きりの状況を作ったのだ。
契約者の抹殺は自身の陣営のためであり、そして国からの正式な任務でもある。
そうでなくとも、
王位へと昇り詰めるため、祖国の今以上の繁栄のため、世界の安寧のため。
殺さない、理由がない。
「っ……!」
「……」
契約者であることがバレたにもかかわらず、雪春に
今なら
実行に移すための理由だけが、積み上がっていく。
「私は……ッ!」
リリアは右手を上げ、雪春へと向ける。後は命を刈り取るための
しかしその状況になっても、雪春はまだ動かない。
油断しているのか、もしくは運命を受け入れているのか。どちらにせよリリアにとっては好都合。
殺せ、殺せ、殺せ――ッ!
どうしようもなく震える腕を、もう片方の腕で押さえつけながら、声を絞り出そうとしたその瞬間、二人の視線が交差する。
「あっ……」
これはダメだ――
目の前にいるのは、メイルカムイの契約者などではない。
どこまでいっても普通の学生で、どこまでいっても見慣れた相手で、渡谷雪春という名の心優しい少年だった。
リリアの中で、幾重にも積み重ねた合理が崩れ落ちていく。
“殺したくない”という、たった一つの自分勝手な感情によって。
「……できるはずが、ないんですよねえ」
リリアは自嘲するように笑い、雪春に向けていた腕をダラリと力なく下げる。
そう、本当はとっくにわかっていた。殺せるはずなどないのだと。
そもそも本気で殺すつもりなら、言葉など交わす必要はなく、不意打ちを仕掛ければそれで済む話。
初めから、全て破綻していたのだ。
「……殺さなくていいんですか?」
「いじわる言わないでください」
雪春の問いかけに、リリアは泣きそうになりながら告げる。
「無理に決まってるんです。本気で殺そうとするには、私はあなたを知り過ぎました」
笑うところも、怒るところも、悲しむところも、喜ぶところも。
異性に対してあまり免疫がなく、体を近づけるとすぐ照れるところも。
顔色を一切変えず、平然と嘘をつく性格の悪いところも。
ゲームの話になると、少し早口になるところも。
友人の活躍を素直に喜べず、自己嫌悪してしまうところも。
それでも人として腐ることなく、見知らぬ誰かに優しくできる人間であることも。
全部、知ってしまった。その上で、その在り方を愛おしいと感じてしまった。
殺す覚悟など、持てるはずがない。
人質に取られた使用人一人、見捨てられないような人間に。
「つくづく……王族として、人の上に立つものとして失格ですね」
リリアはまた自嘲するように笑いながら、再び雪春へとその視線を向ける。
「ユキー、一つお願いがあります」
「嫌です」
「せめて内容だけでも聞いてくださいな」
「いやでも……この流れでの“お願い”とか、絶対ろくでもないことですし……」
雪春の抱いた懸念は、ごく自然なのものだった。
思いとどまったとはいえ、今しがた己の命を奪おうとした人間のお願いなど、警戒しない方がおかしい。
リリアもそれをわかっているからこそ、
「ジール関係者において、あなたがメイルカムイの契約者だと知っているのは、現時点で私だけです。もしお願いを聞いてくださるのであれば、契約者である事実を誰にも話さないと約束しましょう」
「……」
「そう警戒しないでください。大げさに言いましたが、本当に大したことのないお願いですから」
「……約束を守ってくれる保証は?」
「我が祖、エルナリーナに誓って――」
リリアの鋭い視線が、ためらう雪春を貫く。
契約書も存在しない、ただの口約束。
ただ雪春は、リリアを含むジールの人間にとって、エルナリーナがどういった存在なのかを知っている。
「……お願いの内容を教えてください」
「今この場で、メイルカムイを呼んでいただくことです」
「……それだけですか?」
「ええ、呼んでくださるだけでかまいません」
「まあ、それなら全然いいんですけど……。もしかして、殺し合いとかおっぱじめます?」
「安心してください。そんなつもりはありません。ただ、
「…………」
リリアが口にした願いの内容に、雪春は少し迷う素振りを見せるも、最終的に了承する。
「じゃあ、取引成立ということで」
そう告げると、雪春はリリアに背を向け、右手を屋上の何もない空間へと伸ばす。
そんな雪春の動作に、リリアはとある疑問を覚えた。
「魔法陣の用意はしないんですか?」
本来、悪魔を召喚する際と同様に、召喚済みの契約悪魔を自身の元へ呼び寄せるには、それ専用の魔法陣が必要となる。
しかしリリアの観測できる範囲に、魔法陣らしきものは存在しない。
ただ
「大丈夫です。
それだけ答えると、雪春は告げる。二人にとって全ての発端となった、『冥界王』の二つ名を冠する悪魔の名を。
「馳せ参じよ、我が元へ――――メイルカムイ」
その名を告げた瞬間、雪春の身に着けている制服の一部から、光があふれ出す。
莫大な魔力の奔流を伴うそれは、
「あっ……」
それを見て、ふとリリアは思い出す。以前、迷子の姉探しを手伝った際、雪春と共に見た路上パフォーマンスを。
そのパフォーマンスとは、マジシャンがシルクハットから悪魔を飛び立たせるというもの。
『ユキー、今の悪魔が出てきたマジック……どう思いました?』
『え、あ、まあその…………僕でもできそうだなって』
そこでようやくリリアは気づく。“もう仕込んでます”と雪春が告げた言葉の意味を。
いつからかは不明。しかしあらかじめ、おそらく今朝の時点では既に、雪春の制服には魔法陣が描き込まれていた――制服と同色、もしくはシークレットペンのようなものを用いて。周囲にバレることがないように。
また同時に理解する。自身が雪春に手を向け、危害を加える意思を見せた際も、まったく慌てることのなかったその理由を。
名を告げてから、召喚されるまでの時間はほんの刹那。
目が眩むほどの光が収まると、雪春が伸ばした手の先には、かつて欧州を恐怖に陥れた大悪魔の姿――――
――――はなく、十数個に分かれた人の肉片らしきものだけが、その場に存在していた。
「…………え?」
そしてリリアの足元にも、コロコロとその肉片の一部が転がる。
よく見るとそれは、悪魔特有の部位である角。
お茶の間に流せば、間違いなく空気が凍るようなモザイク必須のグロ映像。
「…………え?」
リリアは自分でもわかるほど、ほうけた表情を浮かべながら、この惨状を引き起こした張本人に視線を向ける。
すると雪春は――
「…………やっちった」
そうぼやきながら、気まずそうに頬をかいた。
次回、バチギレ――――☆
学園紹介 その1
〇サラスティナ異能学園
・欧州で1、2を争う異能学園。
・拳聖祭での総合優勝回数は歴代2位。
・『悪魔に打ち克つ力を』という創設理念の元、欧州中から優秀な生徒が集まるマンモス校。
・エルフやドワーフといった亜人も多く在籍。
・それゆえに、文化や種族の違いが原因の問題が生じがち。
・パーティーイベント中の不貞告発および婚約破棄騒ぎは、もはや様式美。次はどのカップルか、裏で賭け事の対象にされている。