魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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拳聖祭と救国の王女⑱ / 異国の友人へ贈る言葉

 

 体を十数個に分割させ、驚きびっくりグログロリンな登場をしたメイルカムイ!

 しかし、すぐに巻き戻し映像のような再生を開始し、ものの数秒で五体満足な姿に! さっすが最上級悪魔!

 その過程を見て、『すごいけどかなりキショイな……』と思ったことは秘密だぞ☆

 ちなみに体だけでなく、着ていた服も元通り! 理屈はわからないけど、おっさんの全裸とかいう地獄の絵面は回避できたね!!!

 

 

 …………そしてそんなメイルカムイは現在、僕を射殺さんばかりの目で睨みつけています。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「どうした小僧、なぜ目を逸らす?」

 

 ぴいぃぃぃぃ…………。

 

「こちらを見ろ……小僧」

 

 誰か助けてぇ、バチギレしてるよぉ……。ヤバいよぉ……。

 

「言いたいことがあるのなら聞いてやる。こちらを向き、私の目を見て話すがいい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………すんませんした」

 

「小僧、私は謝罪を求めているのではない。以前、魔法陣の不備はしっかりと指摘したはずだ。にもかかわらず、そこから何の改善もなく、愚かにも同じ過ちを繰り返した、その理由を問うているのだ」

 

 めんどくさい教師みたいな詰め方してくる……。

 

「いや、そのぉ……ですね、これは不可抗力というか……。制服に見えない魔法陣を描き込むのを思いついて、我ながらナイスアイデアだと思ったんだけど…………」

 

「けど?」

 

「書きながら、『あれ……? これ描いてる僕も、正しく描けてるかわからなくね?』ってなって、案の定といいますか……へへ」

 

「何がおかしい? そんなに私の肉片姿が滑稽だったか?」

 

 ふうぅぅぅん…………。

 

 わかってるよ? 僕が百パー悪いというのは。ちゃんとわかってますとも。

 ただ、こう……メイルカムイ(こいつ)は過去に僕なんかより、もっとヤバいことやってるわけじゃないですか。力による欧州侵略とか。バチクソ大罪人なわけじゃないですか。

 そんな悪魔に正論で叱られるのは、ちょおっと納得いかないというか……。

 ほら、強盗殺人の犯人に空き巣はダメだぞとか言われても、どの口がとしかならないわけで……。

 

「そっちも僕の部屋の窓ガラス消したし、それでチャラってことでよくない?」

 

「いいわけあるかぁ! 開き直るな貴様ァ!!!」

 

 ですよねぇ。

 

「力任せの召喚がどれほど危険か、以前あれほど――!」

 

 あ、ちょっ……ガチ説教は後ほどにしてもらえないでしょうか?

 その、リリアがすっごい表情してこっち見てるんで……。

 

「だいたい貴様の力は――!」

 

「こちら! メイ……『冥界王』を呼んでほしいと頼んだジール王国のリリアーナ王女ですッ!」

 

 僕は少々強引に話をぶった切り、リリアをメイルカムイに紹介する。

 するとメイルカムイは、体を硬直させているリリアに視線を向け、見定めるように目を細めた。

 

「ほう、貴様が……」

 

「えっと、リリアーナ王女はエルナリーナって人の生まれ変わりらしくて――」

 

「見ればわかる。あの女と同じ加護(・・)を受けているのだ。いちいち説明せずともよい」

 

「……さいですか」

 

 ほんと腹立つなこいつ。仮にも契約悪魔なんから、もう少し主人に従順な態度を見せてくれてもいいのに。

 ムーを見習え、ムーを。

 

「む~」

 

 メイルカムイと違い、なでてやるたびに甘い声を出すムーに癒されていると、リリアが恐る恐るといった様子で口を開く。

 

「…………驚きました。本当にあのメイルカムイが、ユキーの支配下にあるのですね」

 

 これちゃんと支配下にあります? さっきまで怒髪天で睨まれてたんですけど。

 

「しかしなるほど……。桁外れの再生能力といい、立ち込める魔力といい、なにより……生物としての格の違いを、本能が察してしまっている……。これは間違っても勝てる気がしませんね」

 

「なんだ、私を殺すために呼び出したのではないのか?」

 

「いいえ、ただ見ておきたかったんです。メイルカムイという存在を、この目で。そして知っておきたかったんです。今の私との、その距離を」

 

「……くっ、フハハハハハッ! あくまで今の(・・)ときたか。なんとも傲慢な女だ。だがまあ……、そうでなくてはつまらん。ああ、認めてやろう。貴様は正しくあの女の――エルナリーナの力を色濃く受け継いでいる」

 

「フフ……、まさか宿敵であるはずの相手にお墨付きをもらえるとは、夢にも思いませんでした。……とても不思議な感覚です。あなたという存在を前にして、様々な激情が私の中で渦巻きながら、しかし決して純粋な嫌悪ではない。どうやらあなたとエルナリーナの関係は、物語で伝え聞くような単純なものではないのでしょうね」

 

「フン、あの女が私にどのような感情を抱いていたかなど知らん。そして興味もない。ただ私を昂らせ、本気で相手するにふさわしい人間だったという、それだけの話だ」

 

「……遠いですね。私が憧れた、英雄の背中は」

 

 メイルカムイとリリアーナ。二人はうっすらと笑みを浮かべながら相対し、見つめあう。

 他の誰にも理解できない何かを、互いに共有しながら――

 

 

 …………こいつら、すぐ隣に僕もいること忘れてないよな?

 黙って聞いてりゃ、なんかいい感じに二人きりの世界作りやがって。

 もっかい名前呼んだろか?

 

「おいやめろ小僧、良からぬことを企むな」

 

「え、なんでわかったの?」

 

「反省の色がなさすぎるぞ小僧! 契約している以上、小僧の感情はある程度こちらにも伝わるのだ! 悪感情であればことさらにな!」

 

 ええ、なんかやだなそれ。プライバシーの侵害じゃん。

 やっぱり契約破棄できないかな……。

 

「……本当に信じられませんね。対等契約どころか、契約者有利の契約を結んでいるなんて……」

 

 心底不思議そうな表情でリリアがそう告げると、メイルカムイはこの上なく不機嫌そうに吐き捨てる。

 

「私とて本意ではない」

 

 なら両想いじゃん。契約破棄でよくない?

 

「だがまあ、利があることも確かだ。私と本気で敵対したくなければ、小僧が乱心でもせぬよう祈っておけ」

 

 メイルカムイはそれだけ告げると、そのまま口を閉ざしてしまう。

 まるで、もう話すことは何もないと言わんばかりに。

 

 

 

 そのため、僕とリリアの視線が再び重なる。

 

「……ユキー」

 

「はい」

 

「私たち、やっと向き合えましたね」

 

「……そうですね」

 

 僕たちは初めて会ったその時から、打算ありきで近づき、大きな嘘を抱え込んでいた。

 そのためリリアの言う通り、最終日にしてようやく、相手の本当の顔を見ることができたし、自分の本当の顔を見せられた気がした。

 

「随分と……遠回りしてしまった気がします」

 

「でも……、だからこそ今があるんじゃないですか?」

 

「フフ、違いありませんね」

 

 もし、もっと早い段階で僕がメイルカムイの契約者だとバレていれば、こうして穏やかに向き合えることはなかっただろう。

 それこそ、メイルカムイを呼び出しての殺し合いに発展していたかもしれない。いや、むしろそうなる可能性の方が高かったはずだ。

 でも、それでも僕らは、そうはならなかった。共に過ごした三週間という、短いようで長かった濃密な日々が、訪れるべき未来を覆したんだ。

 すぐさま結論を出さず、時間をかけてお互いを理解したことで、きっと僕らは――

 

「ユキー」

 

「はい」

 

 リリアが穏やかな表情で僕を見る。僕もまた、リリアを見つめ返す。

 

「私と……友人になってくれませんか? 『役』ではない、本当の友人に」

 

「もちろんです。僕からもお願いします」

 

「…………」

 

「…………」

 

「フッ……、フフッ…………アハハハハハ!」

 

「ちょ、なんで笑うんですか」

 

 そういう僕も、いつの間にか笑っていた。

 そう、改めて口にする必要なんてなかったんだ。

 僕らはきっと、もうとっくに友人同士になれていたから。

 

「フフ……すみません。……では改めて、これからは秘密を共有する友人同士ということで、よろしくお願いしますね。ユキー」

 

 リリアが口にしたその言葉は、かつて大使館で告げたものと全く同じ。

 同じ人物が、同じ内容を、あの時と同じく笑顔で告げている。違うのは、その笑顔の種類。

 リリアが浮かべるのは、相手に取り入るための作り物の笑顔ではなく、年相応の少女が浮かべる無邪気な笑み。白い歯を見せ、おしとやかさのかけらもない。

 ただその笑顔を向けられることが、いやに心地いい。

 

「はい……よろしくお願いします」

 

 僕は初めてできた異国の友人と、その手を握り合う。

 その手は初めて握った時と同様に柔らかく、そして初めて握った時よりもずっと温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、リリアさんは拳聖祭が終わったらすぐ日本を離れるんですか?」

 

「はい。閉会式のパーティーが終われば、次の日にはもう帰国予定です」

 

 改めて、本当の友人になれた僕とリリア。

 しかし残念ながら、そんなリリアとのお別れの日は近い。

 

「どうです? ユキーもパーティーに参加して、私と踊りませんか?」

 

「いや、僕は拳聖祭に参加してないですし」

 

「あら、それなら私もですよ?」

 

「国賓と一緒にしちゃダメですよ。それに任務の件は極秘なんですから、大勢の前で急に一般人と踊りだしたら、いろいろ勘ぐられるじゃないですか」

 

「ウフフ、それもそうですね」

 

 突然無茶を言いだし、それを指摘されながらも楽しそうに笑う。それはよく見慣れた、いつも通りのリリアで。

 僕と交わすやり取りも、すっかり元通り。

 契約者だとバレた時は、もう開き直って悪役ムーブでもしてやろうかと考えたけど、なんだかんだ丸く収まって本当によかった。

 

 ちなみに、メイルカムイは屋上の少し離れたフェンス際に立ち、どこか遠くを見つめている。あいつ、なんで帰んないんだろ……。

 

「どうです? ユキー」

 

「え?」

 

 僕がメイルカムイに向けていた視線をリリアに戻すと、彼女はその手を僕に伸ばしていた。

 

「せっかくですから、ここで私と――」

 

 リリアは笑みを浮かべながら何かを口にする。

 しかしその何かは、けたたましい爆発音(・・・・・・・・・)にかき消された。

 

「え、なに?」

 

「あちらの方からですね」

 

 ここではない。しかしそう遠くない場所から聞こえた爆発音の発生源を探るため、僕とリリアはフェンス際へと近寄り、眼下に広がる学園を見渡していく。

 すると、学園のそれなりに大きな建物から、黒い煙が立ち上っているのを確認することができた。

 

 あの辺り、確か試合会場になってる場所じゃ……。

 

「リリアさん、あそこって――」

 

「……ええ、私は無事です。はい、問題ありません。…………わかりました。ではそのようにお願いします。私も今すぐ向かいますので」

 

 僕が振り返ると、リリアは(おそらく)部下の人と携帯で連絡を交わし、既に行動を始めていた。

 

「ユキー、どうやら試合会場で爆発騒ぎがあったようです」

 

 通話を終えたリリアは、伝え聞いた情報を僕に告げる。

 その際、リリアの表情は鋭く、爆発騒ぎが単なる事故でないことはすぐに察することができた。

 

 どこぞの悪の組織に襲撃を受けたか、または爆弾でも仕掛けられたか。

 ただ場所が試合会場ということは、冬二含め、各校の実力者たちが居合わせているということに他ならない。

 いつものように、きっとすぐに鎮圧されるはず。僕の介入できる余地はなさそうだ――などと、少し不謹慎なことを考えていたその時だった。

 

「その騒ぎのさなか、『現人神』くんが連れ去られたとの情報も入っています。各校の代表メンバーが集まる中での犯行ですから、襲撃犯はかなりの手練れですよ」

 

「……え?」

 

 現人神って……、冬二のことだよね。

 

「冬二のやつ、攫われたんですか?」

 

「らしいです。目的は不明ですが、『現人神』の力が目的なのは間違いないでしょう」

 

「……マジでか」

 

 まさか冬二が今回のピ〇チ姫ポジだったとは。

 

「……」

 

 まあでも、冬二には頼りになる仲間がたくさんいるし、おそらく大丈夫だろう。

 相手は冬二を攫えるほどの人物、もしくは組織。なら、僕の出る幕などあるわけがない。

 今から駆けつけて、何の意味がある?

 僕程度の実力で、何ができる?

 むしろ足手まといになり、迷惑をかけるだけでは?

 そう、きっといつものように、僕のあずかり知らぬところで全て解決して――

 

 

 ――あれ、なんで僕……動かない理由を探してるんだ?

 

 

 僕はずっと、こういう機会を望んでいたはずだ。

 なのに、実際にその時が訪れたら、何もしないための合理(言い訳)を重ねるとか……。

 

「違うだろ……!」

 

 気づくと、僕は拳を握りしめていた。

 正しいとか、正しくないとか、そういうことじゃない。

 

 拳聖祭が始まろうとしていたあの日、リリアの護衛依頼を受けようとしたあの時、自分にしっかりと言い聞かせたはずだ。

 『今の僕に必要なのは、転がってきたチャンスに躊躇うことなく飛び込むことだ』と。

 何者かになりたくて、異能社会に足を踏み入れた。なら、動くための理由はそれだけでいい……!

 そうと決まればさっそく――

 

「行くんですか?」

 

 決意を固め、いざ動こうとしたその時、リリアが僕に問いかける。その表情に、穏やかな笑みを浮かべながら。

 

「……行きます」

 

「やはり、あなたはその道を選ぶんですね」

 

「……やはり?」

 

「さっき言ったじゃないですか。『私はあなたを知り過ぎました』と」

 

 変わらず、リリアは穏やかな笑みを浮かべたまま。

 しかし心なしか、その表情はどこか寂しそうにも見えた。

 

「ユキーと現人神くん……綿谷冬二の関係は、おおよそですが理解しているつもりです。ユキーにとって彼は大切な友人で、そして綿谷冬二にとっても、ユキーは大切な相手なのでしょう」

 

 僕と冬二の関係まで調べられてたのか……。

 

「なんでも、誕生日に花束やペアリングを送る関係だとか」

 

 改めて他人から聞かされると、すっごい気持ち悪い関係だな。

 というか誰だ、そのこと喋ったやつ。

 

「ただ、かつては同じ立場だったはずの友人が、今は手の届かないような遠い場所にいる。だからこそ、友人としてその活躍を応援したいと思いながら、嫉妬心から素直に応援できない……違いますか?」

 

「……その通りです」

 

「そしてそんな自分が嫌いになりそうで。そうならないために、あなたは行こうとしている。綿谷冬二を助けるため…………ではなく、その肩を並べるために。それが、ユキーにとって理想の自分だから」

 

「…………」

 

 リリアの語る言葉は、理由も目的も、その全てが的を射ていた。

 僕の心の内を、これでもかと正確に見抜いていく。

 

「きっと……メイルカムイを召喚し、契約しようと考えたのも、そのことが関係していたのでしょう」

 

 それは違うけど、実際の理由がかなりしょうもないから、そういうことにしておこう。

 

「おっしゃる通りです」

 

 僕は力強くそう告げた。

 

 するとリリアは、その場でいきなり指笛を鳴らす。

 何事かと思ったその刹那、何かが建物の壁を駆け上がり、屋上にいる僕とリリアの元へと降り立つ。

 それは黒と白からなる美しい毛並みの、全長3メートル近くある獣だった。

 魔獣か何かの類だろうか? 犬や狼をそのまま巨大化したような見た目で、そのたたずまいからはどこか品のようなものが感じられる。

 

「フィジー、よく来てくれました」

 

 …………フィジー? え、フィジーって……迷子の姉探しの時に、リリアが連れてきたあの犬?

 

「……ずいぶん成長したね」

 

「わふんッ!」

 

 僕のことをちゃんと覚えていたのか、以前は中型犬程度の大きさだったはずのフィジーは、僕に対し甘えるようにすり寄ってくる。

 品のあるたたずまいは消え去り、巨大化していること以外は本当に普通の犬の仕草と変わらない。

 

「相変わらず、ユキーに懐いていますねえ」

 

「えっと……、なんで急にこの子を?」

 

「現人神くんの元へ行くなら、フィジーを連れていってあげてください。その子はきっと、ユキーの力になりますから」

 

 ……それってつまり、『王家の犬』を僕に貸してくれるってこと?

 

「いいんですか? 一般人相手にそんなことして」

 

「もちろんダメです」

 

 そういえばこういう人だったな。

 

「ですが、今さら多少の規則破りが何だというんですか。こちとら、メイルカムイの契約者を見つけながら、それを誰にも報告することなく見過ごす王族ですよ?」

 

 そう言って、舌を出しながら笑うリリアからは、罪悪感のかけらも感じられない。

 ……でもまあ、本当にその通りだ。僕ら二人は、既にとてつもない大罪を背負っている。

 

「ほお、“霊犬(れいけん)”か。それもかなり上位の存在だな」

 

 そしてその大罪の源は、いつの間にか僕たちの傍に移動し、フィジーを興味深そうに見つめていた。

 

「メイルカムイ。これから僕、攫われた友人のところに行くんだけど――」

 

「みなまで言うな。今の私は仮にも貴様の従僕だ。力を貸してやる」

 

「メイルカムイ……」

 

 “従僕”名乗りながらめちゃくちゃ偉そうだな。ついさっきまでバラバラだったくせに。

 

「小僧……、どうやらまだ反省が足りぬらしいな」

 

 マジで悪感情伝わるんだ……。

 

「まあいい。とりあえず私が先行し、小僧が行く道の露払いは済ませてやる。その後、霊犬に私の匂いを追わせろ」

 

「そうしてくれるのは助かるんだけど、その前に冬二がどこに攫われたのか突き止めないと」

 

「その必要はない。『黒』に『白』……やつらの異質な魔力は探ろうとせずとも感じられる。……忌々しいほどにな」

 

「『黒』に、『白』……? それは一体どういう……」

 

 リリアさん、聞いても無駄ですよ。

 そいつちょくちょく意味深な発言するけど、詳しいことは絶対教えてくれないから。

 

「『魔導王』の慌てふためく顔を見るのも一興というものだ。……それと小娘、貴様にこれを渡しておく」

 

「っとと……!」

 

 突然、メイルカムイがリリアに何かを投げ渡す。

 リリアが戸惑いながら受け取ったそれは、古びた抜き身の短剣だった。

 その短剣を受け取ったリリアは、わかりやすく表情を驚愕に変える。

 

「『救国の短剣(エルナリーナ)』……!?」

 

「くれてやる、貴様が持つにふさわしいものだ」

 

「……いいんですか? この短剣は、いずれ再び、あなたの心臓を貫くかもしれませんよ?」

 

「やってみせろ小娘。私に挑むのならいつでも歓迎してやる」

 

「……フフ」

 

「……フン」

 

「…………」

 

 こいつら、隙見せたらすぐ二人の世界作る…………。

 

「では小僧、準備ができ次第、追ってくるがいい」

 

 そう告げると、メイルカムイは僕とリリアの目の前から一瞬で姿を消す。

 

「えっと……、フィジー、さっきのおっさんの匂いを辿れる?」

 

 僕の問いかけに、“任せろ!”と言わんばかりに尻尾を振るフィジー。

 

「わふっ!」

 

「よし、頼んだよ」

 

 屈んだフィジーの背にまたがり、準備完了。

 さあ、いざ!――となったそのタイミングで、視線の高くなった僕を、リリアが見上げていた。

 

「メイルカムイの手綱は、しっかり掴んでおいてくださいね。さきほどのやり取りを見ていて確信しました。ユキーが契約者であるうちは、きっと大丈夫だと」

 

 本当に大丈夫です? あれ、多分主人を屁とも思ってないですけど。

 

「下手に悪意のある人間と契約されてしまえば、それこそ第三次人魔大戦の再来です。……ユキーがユキーであるならば、きっと問題ありません」

 

「……まあその、できるだけがんばってみます」

 

 正直なところ、即座に契約破棄してやりたいというのが本音だけど……。

 僕が契約者であることを知りながら、それを誰にも告げないと言ってくれた友人の頼みだ。断れるわけがない。

 

「リリアさんはこれからどうするんですか?」

 

「私は部下が下で待機していますので、そちらと合流します」

 

「なら……」

 

 ひとまずここで、リリアとは別行動。

 いや、もしかしたら――

 

「迷う必要はありません」

 

 僕の脳裏に、とある可能性が浮かんだと同時に、リリアは囁くように告げる。

 

「行ってください。あなたが誇れる自分になるために」

 

「……はい。行こう、フィジー」

 

「わんッ!」

 

 首筋にポンポンと触れ、メイルカムイを追うように促すと、フィジーは僕を背中に乗せながら、一気に屋上のフェンス最上段まで飛び上がる。

 その勢いはすさまじく、危うく振り落とさりそうになったほど。

 さらにフィジーはフェンス上で膝を曲げ、さらなる跳躍の準備に入る。

 そしてまさに、勢いをつけ屋上から飛び上がろうとしたその時だった。

 

「ユキーッ!!!」

 

 フェンスの金網に手をかけ、リリアが叫ぶように僕の名を呼んだ。

 

「どれだけあがいでも、理想は遠いかもしれません! 進んでいるつもりで、気づけば後退していることもあるでしょう! そんな理不尽な現実に、絶望してしまうこともあるかもしれません! それでもッ――!」

 

 フィジーは既に、屋上から飛び立った。

 当然、その背に乗っている僕から見えるリリアの姿も、どんどん小さくなっていく。

 しかしリリアは、僕にその声を届かせるため、力の限り叫び続ける。

 

「そんな時は、どうか思い出してください! たとえ何も変わらなくても、何も変えられなくても。あなたの歩むその人生は、異国で生まれ育った一人の少女が、憧れ、そして羨むようなそんな素晴らしいものであることを! どうか忘れないでください! あなたの歩むその人生に、尽きることのない祝福を!!!」

 

 リリアの姿が小さくなるのに比例して、聞こえる声も次第に小さくなっていく。

 それでも、リリアの送る最大限のエールは、僕の耳に確かに届いた。

 だから僕も、ありったけを込めた言葉を、力の限り大声で叫ぶ。

 

「リリアさんッ! あなたと出会えて、本当によかったです!」

 

 その言葉の返事は聞こえなかった。

 そもそも、声が届いたのかもわからない。

 

 ただそれでも、リリアは今きっと満足気に笑っている。

 何の根拠もなく、僕はそう信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………私もです」

 

 友人の向かったその方向をいつまでも見つめながら、誰にも聞こえない声で返す言葉を紡ぐ。

 そして最後に――

 

『さようなら、ユキー。異国の地で出会えた、美しき友人よ』

 

 祖国の言葉で別れを告げ、ゆっくりと屋上を後にしていく。

 少年の信じた通り、その表情に花が咲くような笑みを浮かべながら。

 

 

 

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