魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
学園内 試合会場付近の屋台通り――
爆発騒ぎのあった会場付近では、係員たちの迅速な誘導により、既に大半の観客たちが避難を終えている。
それに伴い、当然ながら屋台で働いていた者たちも避難済み。
しかしそんな中でも、その場から逃げることなく、依然として商売を続けている店も存在していた。
「店長ー、私らもそろそろ店じまいしましょうや」
「いやいや篠田さん、むしろ他のお店がやってない今こそ、お客様を呼び込むチャンスなんだよ」
「みんな逃げてんすわ、そのお客様も」
営業を続ける屋台のテントの中には、三人の勤勉な勤労者たち。
とっとと店を閉めてしまいたいスタッフと、絶対に店を閉めたくない店長。そのほか、我関せずで商品の補充を行っているスタッフが一人。
そしてさらに、本来もう一人スタッフが働いているはずなのだが、テントの中にその姿はない。
そのことに気づいた店長である水谷は、黙々と作業を続けるスタッフにその所在を問いかける。
「あれ……? 桜さん、権田くんどこ行ったか知らない?」
「権田さん、なら……『これが俺のお祭りや!』って言いながら、どこかに走っていっちゃい……ました」
「そっか、さすが権田くん。自ら客引きに行くなんて、気合が入ってるね」
「店長、前から思ってたんすけど、権田パイセンにだけなんか甘くないっすか?」
それぞれ態度は異なれど、すぐ近くで騒ぎが生じていながら、三人に慌てる様子はない。
彼らにとって爆発音など、店内BGMに等しいが故に。
「さあ、文句言ってないで仕事しよう仕事…………っと、誰か携帯鳴ってない?」
「あ、私っすわ。もしもし?」
「篠田さん、
「なに!? 滝沢たちが謎の集団にやられた!? ふざけやがって! 待ってろ、今すぐ行く!!」
「『今すぐ行く』じゃないのよ。勤務中だよ」
「つうわけで店長! 退勤しまーす!!」
「…………」
上司からの注意をことごとく無視し、不良チームの元総長は走り去っていく。
これで、テント内に残る従業員は二人。
「桜さん、私たち二人だけになってしまったけど、なんとか頑張って――」
「あ、店長さん。私も……ちょっと抜けます」
「キミもか……」
「渡谷先輩との……
許可こそ得ないものの、一応報告だけはして去っていく、とある裏組織の元幹部。
そうして、テント内で一人ぼっちになった水谷は、自身の威厳について見つめなおしていた。
店の長として、あまりにも
最近も、『何かわからないことがあれば、なんでも聞いてね』とスタッフに優しく告げた際、『店長より渡谷に聞いた方が早いんで大丈夫です』などと言われたばかり。
未来の支店長の成長は純粋に喜ばしい。しかし、やはりどこか複雑な思いも感じていた。
「部隊にいたころは、何もせずとも慕われてたんだけどねえ……」
水谷はぼやくようにそう告げながら、その場で腕だけを動かし、
普段と何ら変わらず、全く覇気のないその表情のままで。
「おっ! やっぱそうだ。あんた、
ナイフを掴んだ水谷の元へ、楽しそうに笑いながら近づく一人の若者。
その男こそが、水谷へとナイフを投擲した張本人。
「いやあ、正直気が乗らなかったんだよ。『学園側の注意を引くために暴れろ』ってボスから言われてるけどさ、こういうのって相手がいなきゃ楽しくないじゃん?」
「いらっしゃいませ」
「ああ、残念ながら客じゃねえのよ。むしろ商売を邪魔しに来た敵だと思ってくれていい。で、俺の担当エリアこの辺りなんだけど、もう避難が速いのなんの。襲撃の情報が漏れてたんじゃねえかってくらい。ちょっとトイレに行ってたら誰もいねえんだから、どうしようかと思ったよね。ほんと、あんたが残っててくれてよかった」
「オススメはこちらのクッキーになります」
「だから客じゃねえって。俺はここに暴れに来た、オーケー?」
「襲撃者であることと、お客様であることは両立しますよ」
「しねえよ。頭湧いてんのか」
「ところで、今のボスに不満があるなら転職とかどう? うちは接客経験なしでも大歓迎だから」
「…………」
店員が店員なら、店長も店長。
相手の話を聞くつもりなど毛頭なく、かつて特殊部隊に所属していた元隊長は、己を害そうとする相手に嬉々として勧誘を行う。
「……わかったわかった。俺に勝てたら転職でも何でもしてやるよ。このイカレ野郎」
「オーケー、とてもわかりやすいやり方だ。やっぱりキミ、ウチに適性あるよ」
そう告げながら、水谷は手に掴んだナイフを相手に向ける。
従業員が増える、ただその喜びを噛みしめながら。
――――――
学園内 地下――
そこは学園が捕らえた犯罪者、および規則違反を犯した者たちを収監し、更生を促す監獄施設。
その施設のトップである監獄所長の
『L5』は犯罪者たちの中でも、とりわけ凶悪な罪を犯した者たちか、もしくは『L5』でなければ抑え込めない者たちが収監される特別フロア。
そんな『L5』に収監されている囚人の一人を、所長権限により解放するために。
『所長! 聞こえますか!?』
「ああ! 聞こえている! 状況はどうだ!?」
金盛が身に着けているインカムから聞こえてきたのは、モニター室で状況をチェックしている部下の声。
『現在「L1」にセーラスを名乗る者たちの侵入が確認されております! 捕らえられた幹部を解放するのが目的らしく――』
監獄に侵入者。それは過去にほとんど例のない大事件であり、一刻も早く解決しなければならない非常事態。
ただ金盛の胸の内にあるその焦りは、『セーラス』が原因ではなかった。
「そちらはいい! 岸部たちに対処させろ! レイ様の悪魔を動かしても構わん! それより
金盛が部下に問いかけたのは、
こうして、所長自らが『L5』の廊下を全力疾走することになった理由そのもの。
『対象は現在、「L3」を移動中! 魔獣および迎撃ロボ、その他あらゆる警備システムが無力化されています!』
「ちっ、やはりか……ッ!」
先ほど、金盛は見た。モニター越しでありながら、異様なオーラを放つ少女の姿を。
拳聖祭参加校の一つである、
しかし監獄内を、まるで散歩でもするような軽い足取りで歩くその存在が、普通の学生であるはずがない。
金盛は己の勘に従い、次の瞬間には走り出していた。
そうして、彼は目的の場所へとたどり着く。
目的の人物が収監されている、その独房の前に。
「……
「あれ、番号じゃなくて名前で呼ばれるってことは、もしかして釈放だったりする?」
金盛にその名を呼ばれた人物――登坂
「いえ、あくまで私の権限による解放なので、自由になるのは監獄内だけです」
「ありゃ、残念」
「ですが……! もし登坂様が私共に協力してくださるのであれば、私の方から上に釈放の進言を――!」
「いいよいいよ、みなまで言わなくても。ヤバめの問題が起きたから、ここに来たんでしょ?」
「っ、はい……!」
笑う登坂とは対照的に、金盛は心苦しそうに告げながら、房の隣に備え付けられた小型のモニターに触れ、認証が完了すると、そこに番号を打ち込んでいく。
監獄内にて、所長だけが唯一把握している特別な番号を。
「美咲からも頼まれてるし、たまにはちゃんと仕事しないとね」
金盛が番号を打ち終えたことで、二人の間を仕切るものは消えていた。
監獄内限定ではありながら、一時的に自由の身となった登坂は、ゆっくりと房の外に踏み出していく。
侵入者を足止めする、最後の砦となるために。
――――――
学園内 某所――
綿谷冬二が誘拐された――その事実は、多くの学園関係者に衝撃を与える。
そしてもちろん、それにもっとも衝撃を受けたのは、普段から冬二と近しい間柄の者たちだった。
「こっちで合ってる!?」
「ああ! 記念公園の周辺で反応が止まってる!」
冬二のチームメイトである茜たち五人。そこに宗助が加わり、六人で広大な学園をひた走る。
拳聖祭をぶち壊した因縁の組織から、冬二を取り戻すために。
彼女たちはみな、かつて冬二に助けられた過去を持つものばかり。だからこそ、その救出に並々ならぬ覚悟を持っていた。
「それにしても宗助、あんたあの一瞬でよく発信機なんて付けられたわね」
「まあ……、常に最悪を考えて行動するのが、ガキの頃からのクセみたいなもんだからな」
嘘はつかず、しかし真実はボカシながら告げる宗助の言葉に、茜たちは少し
「立花先生とは連絡ついた?」
「いえ、まだ繋がりません。他の教員の方も同様です」
「おそらく、セーラスの人間が各所で暴れ回っているのでしょう」
「じゃあ……学園の助力は期待できない」
茜たちは正しく、状況を冷静に判断できていた。
それゆえに、今すぐ冬二を助けに行ける人員がそういないことも、正しく理解してしまう。
一刻も早く冬二の元へ――その思いを胸に、彼女らは走り続ける。
しかしその道中――
「……何かおかしくありませんか?」
特殊な眼を持つ少女――
「おかしいって、何がよ?」
「少し待ってください。
そう告げると、鏡花はかけていたメガネを外し、周囲を見回し始めた。
「……間違いありません。異能の痕跡があります。それも周囲一帯に作用するタイプのものが……。起点は外、系統は大陸由来、思考にも影響を与え、なおかつこの規模は…………
「ッ!! しまっ――!」
鏡花のその分析に対し、全てを理解できたのは、札術に明るい矢川宗助ただ一人。
宗助は懐から複数枚の札を取り出し、そのまま宙へと投げ捨てた。
「『解』――ッ!」
すると次の瞬間、彼女たちの見ていたその景色は、全く別のものへと変化していく。
ここでようやく、今まで幻術にかけられていたことを全員が理解する。
「一体いつから!?」
「大丈夫だ。鏡花のおかげですぐに気づけた」
気づかぬうちに、目的地とは全く違う方向に向かっていた茜たち。
すぐにまた元のルートへ戻ろうとするも、その行く手を阻むようにして、
その人物は、茜たちにとって見覚えのある相手だった。
「あんたは、『
三ヶ月ほど前に実施され、茜たちも参加した学園行事――チーム合宿。
その合宿の際、冬二の身柄を目的に、『黄楼炎』という組織が学園に対し襲撃をかけた。
そしてその襲撃犯のうちの一人が、茜たちの目の前に立つ隻腕の男――
茜たちは慌てて戦闘態勢を整える。宗蓮が自分たちの前に現れたその理由を、敵対目的のためと断定して。
実際、『敵対目的』という茜たちの考えは正しかった。ただ違ったのは、敵対意識を向けるその相手。
宗蓮が浮かべる鋭い瞳は、矢川宗助ただ一人に向けられている。
「久しいな、我が愛しの弟よ」
「……え?」
愛しの弟――宗蓮の言葉を受け、茜たちは驚愕と共に、その視線を宗助へと向ける。
その場にいる全ての者たちの注目を集める宗助は、これ以上とないほど苦い顔を浮かべていた。
「……みんな、先に冬二のところへ向かってくれ。こいつの目的は俺だ」
宗助は茜たちに進むよう促しながら、つい先日、知り合いにかけられた言葉を思い出す。
『振り払ったはずの過去は、忘れたころに牙を剥く』
「マジで雪春の言ってた通りじゃねえか……」
目の前には、かつて所属していた組織の幹部。
宗蓮のその目的が、自身の裏切り行為に対する報復であることは明白。
まったく予想していなかったわけではない。
『
「……やるしかない、か」
一度大きく息を吐き、そして覚悟を決める。
今度こそ、ただの学生として生きるために。
――――――
???――
「――予定通り、綿谷冬二の身柄を確保しました」
「ありがとうございます、
「いえ、それより儀式をお急ぎください。痕跡は可能な限り消してきましたが、追手がここにたどり着くまで、そう時間はかからないでしょう」
「わかっています。では珠切さんは外の見張りをお願いしますね」
「承知しました」
「…………つぅ」
聞こえてきたのは、誰かの話し声。
頭部のひどい痛みと共に、綿谷冬二は意識を覚醒させる。
「……ここは?」
目を開くと、まず目に入ったのは巨大な成人男性の銅像。
冬二は、その銅像の人物を知っている。以前、宗助に銅像の詳細を尋ねた時、彼はこう言っていた。
かつて日本で生まれ、人類に大きな幸福をもたらした『現人神』の銅像だと――
そしてその銅像の周囲に広がるのは、手入れの行き届いた美しい花畑。
そこでようやく冬二は、今自分のいるその場所が、学園の敷地内にある『記念公園』であることを理解する。
「なんでこんなところに……」
気を失う前、冬二が覚えているのは、拳聖祭の試合中に乱入者が現れ、その乱入者の攻撃から他校の生徒をかばったところまで。
おそらくそれで意識を失い、その後、乱入者の手によって『記念公園』に運び込まれたのだと、自分なりに冬二は仮説を立てる。
そして現在、両手が手錠のようなもので拘束されていることも、仮説の信憑性を高めていた。
一体誰が――その答えを考えるよりも早く、冬二の頭上から声が降り注ぐ。
「はじめまして、綿谷冬二くん」
「……誰だ?」
冬二は上半身をひねり、なんとかその声の主の方へと視線を向ける。
するとそこにいたのは――
――『白』。
一目見ただけでそんな言葉が思い浮かぶ、同世代の少女だった。
長く白い髪に、透き通るような白い肌。その見た目はとても印象的で、間違いなく初対面のはずの相手。
なのに、自分は彼女を知っている――
「ッ……!」
冬二の頭部に、再び激しい痛みが襲う。攻撃を受けた影響ではない。
まるで、何かを思い出せと警告されているような、そんな痛み。
『無理よ。私は白で、あなたは黒。だから私たちは、一緒にはなれない』『お願い……! 私を、忘れないで――!』『私に触れることのできる、世界でただ一人の愛しい人』
自分ではない誰かの記憶が、とてつもない勢いで頭の中に流れ出す。
「なんだこれ……!? なんだ、これ…………!?」
「えっと、混乱してるのかしら?」
その顔を見るたびに、その声を聞くたびに、心がひどく揺さぶられていく。
コロシタイ、コロシタイ、コロシタイ、コロシタイ、アイシタイ、コロシタイ、コロシタイ、コロシタイ、コロシタイ、コロシタイ、アイシタイ、コロシタイ、コロシタイ。
知らない誰かの感情が、思考を塗りつぶしていく。
「あな、たは……!?」
「あっ、そうよね。まずは自己紹介からよね」
痛みに耐えながら、苦痛の表情を浮かべる冬二に対し、少女はどこまでもにこやかに振る舞いながら、自身のその名を口にする。
「
「……?」
やはり、その名に聞き覚えはない。
そしてそのことを、摩耶と名乗る少女も感じ取ったのか、口に手を当てて少し考え込む。
「うーん、あんまりピンときてないって感じだね。じゃあ、
摩耶はその場で屈みこみ、拘束されている冬二と目線を合わせ、ゆっくりと告げる。
決して聞き間違えることのない、透き通るような優しい声で。
「セーラスのトップ、やらせてもらってます」
「…………は?」
セーラス――それは現人神の力を求め、何度も冬二やその仲間たちを危険に巻き込んだ組織の名。
その組織のトップであると、目の前の少女は確かにそう口にした。
謎の痛み、知らない記憶、衝撃の発言。
それらを何一つ処理できず、冬二の頭と心は、どうしようもないほどぐちゃぐちゃに壊れていく。
カチャリ――――そんな音が、どこか遠くで聞こえた気がした。
こんな流れだけど……主人公、やれるな? 雪春。