魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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拳聖祭と救国の王女 表裏 過去と今が交差する

 

  学園内 地下監獄――

 

 

 その最下層フロアである『L5』にて、登坂(とさか)明海(あけみ)は体を大の字にして倒れていた。

 目を閉じ、ピクリとも動かない登坂周辺の壁や床には、激しい戦闘が行われていたことを示す破壊痕が残されている。

 さらに登坂自身も頭部から血を流し、身に着けている囚人服は傷だらけ。

 

 そんな登坂のもとに、同じように満身創痍の人物――監獄所長の金盛(かなもり)がゆっくりと近づきながら声をかけた。

 

「……ご無事ですか? 登坂様」

 

「無事に見える? これ」

 

 登坂は未だ目を開かず、その場から動こうとしない。

 それでも、呼びかけに応答できる程度には意識がハッキリしていることがわかり、金盛は安堵の息をつく。

 

「侵入者を退却させた登坂様の手腕、お見事でした」

 

「引かせたというか、引いてくれたって感じだったけどね。戦ってる途中、急に慌てだしたし。まあそのおかげで命拾いしたんだけど……。いやあ、あれは強すぎるって」

 

 目を閉じた登坂が脳裏に思い浮かべるのは、つい先ほどまで命のやり取りを交わした少女の姿(・・・・)

 学生であることを示す制服を身に着けながら、少女のその戦いぶりは、何十年と研鑽を積み上げた熟練者のものだった。

 

「何だったのかねえ、あれ……」

 

「わかりません。手配書にもない顔でしたから」

 

「それにあの異能(・・・・)だよね……。練度もそうだけど、解釈の広げ方が化け物じみてる。一体どんな向き合い方したら、あんな珍しくもない能力をあのレベルにまで押し上げられるんだか」 

 

「まったくです。しかし登坂様、よくあの少女の能力の本質に気づかれましたね」

 

「偶然だよ。教え子に同じような能力の子がいてさ、その指導のために色々と調べてたんだ。それがなければ、私たちとっくに死んでたかもね」

 

「では……、その教え子の方に感謝しなければなりませんね」

 

「まったくだよ」

 

 施設内部は徹底的に破壊され、傷の具合も無事とは言い難い。

 それでも、理外の敵と相対しながら、収容している囚人たちは誰一人奪われず、無事命があったことを二人は静かに笑いあう。

 

 そしてそんな中、金盛は懐からある物(・・・)を取り出した。

 

「登坂様、一本どうですか?」

 

 その言葉に、登坂は目を見開き、勢いよく体を起き上がらせる。

 

「えッ! いいの!?」

 

「非常事態の特例ということで。どうか立花様にはご内密に」

 

「もちろんもちろん! というか美咲に言ったら私もシバかれるし」

 

 登坂は金盛からタバコを受け取りながら、だらしない笑みを隠そうともしない。

 そんな表情を浮かべる人物と、戦闘中に鋭い表情を浮かべていた人物が同じ人間であるという事実が、金盛にはとても信じられなかった。

 

「じゃ、これ吸ったら上の階の方も片付けちゃおうか」

 

「そ、それはありがたいのですが……、上層階で暴れている『セーラス』のトップは、確か登坂様の……」

 

「大丈夫大丈夫、来てるの下っ端連中でしょ? まあ……摩耶本人が来てたら、さすがに躊躇ったかもね。私は……美咲みたいにはなれないから」

 

 そう告げながら、登坂は差し出されたライターでタバコに火をつけ、そのまま口に咥える。

 そしてふと、その視線を天井へと向けた。

 

「……」

 

 今、地上で起きている事態を登坂は何も知らない。

 それでも、なんとなく彼女は予感していた。

 

 学生時代、同じチームで切磋琢磨し、共に笑いあった親友と呼べる相手が、その視線の先にいるであろうことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  学園内 記念公園――

 

 

 血の混じった胃液をぶちまけ、苦悶の表情を浮かべる摩耶。

 そんな摩耶に対し、なんとか挑発の言葉を我慢した僕だったが――

 

 

「ハハ、随分と無様な姿だな、『白』の小娘よ」

 

 

 僕の我慢を台無しにするかのごとく、容赦なく誰かが摩耶を罵倒する。

 それは女性の声だった。しかしその声の主は茜ではなく、当然ながら摩耶の自虐でもない。

 ただこの場にいて、意識のある女性は茜と摩耶の二人だけ。

 僕は周囲を見回すが、やはりそこには僕ら以外誰もいない。

 でも何だろう、どこかで聞いたことのある声のような……。

 

 ……冬二と茜(二人とも)、なぜ真っ先に僕を見つめる?

 どう考えても女の人の声だっただろうがよぉ…………。

 

 僕だけでなく、冬二たちも声の主が誰であるかをわかりかねていたその時――

 

「そうか……、お前が武練(ぶれん)の弟か。いい顔をしている」

 

 突然、冬二のすぐ目の前に一人の少女が現れる。

 それは本当にいきなりのことで、冬二の目の前にまで移動する少女のその過程を、僕らは誰一人として認識することできなかった。

 

「……誰だ?」

 

 冬二のことを知るその少女に、冬二は覚えがないらしく、ただただ困惑している。

 しかし珍しいことに、冬二が知らないその少女のことを、逆に僕は知っていた。

 

 忘れるはずもない。仙秋(せんしゅう)異能育成高等機関の制服を身に着け、見た目にそぐわぬ言葉遣いをするその人物は――

 

 

『君は素晴らしい才能を持っている。心のおもむくままに、その異能を使うといい』

 

 

 ――僕が異能を使う姿を見て、称賛する言葉をかけてくれたあの時の少女だ。

 

 そして、宗助が所属していたという組織――『黄楼炎(こうろうえん)』のトップにして、『老師』と呼ばれていた人物でもある。

 

「……へえ、私が『白』の継承者だって知ってるんだ。あなた、名前は……?」

 

 そんな老師と呼ばれていた少女に対し、初めに声をかけたのは、口元の血を拭いながら立ち上がる摩耶だった。

 摩耶のその問いかけに、老師さん(仮称)は振り返りながら言葉を返す。

 

「今は『老師』と呼ばれる身だが……まあ好きに呼ぶといい。私を定義する名など、なんでも構わん」

 

「老師……そう、あなたが黄楼炎の…………」

 

「なんだ、知っているのか」

 

「よく知ってるよ。白の記憶に、あなたは何度も出てきて、毎回私たち(・・・)の邪魔をしてきたんだもの。『神を地へと堕とす』……だったっけ? 無駄で無価値で無意味な願望に取りつかれた、哀れな亡霊さん」

 

「ほう、記憶の引き継ぎもできているのか。現人神が顕現している時代とはいえ、今世の白は随分と優秀と見える。……しかし、亡霊は貴様とて同じであろう。人の本質を見ることができず、神の力に溺れ続ける狂信者の一族よ」

 

『…………初恋こじらせたクソババアが』

 

『何代か前の継承者も、まったく同じ言葉を吐いていたよ。そいつの晩年に、しわくちゃになったその顔を盛大に笑ってやったものだ』

 

 ……うわあ、細かい部分はよくわからなかったけど、二人とも口悪いなあ。

 

 二人の交わすやり取りに、僕と冬二は軽く引いてしまう。

 

「……ねえ冬二、雪春。あの二人、最後なんて――」

 

「ああ、別に無理して理解するような内容じゃないよ。茜さん」

 

「雪春の言う通りだ」

 

 上手く聞き取れなかったのか、それとも意味を理解できなかったのか、どちらかはわからないが、知らなくていいことも世の中にはたくさんあるからね。

 不思議そうに尋ねる茜に対し、僕と冬二は口を紡ぐ。

 

 それはそれとして、お互いマジで手が出る五秒前といった雰囲気を出す摩耶と老師の二人。

 もはや衝突は避けられない――そう予感した次の瞬間、二人はその場から飛び退き、距離を取る。

 

「……?」

 

 最初は何が起きたのかわからなかった。しかしよく見ると、二人が立っていたその場所には、地面が丸ごとくり抜かれたかのような巨大なクレーターが生じている。

 つまり、誰かがハッキリと攻撃の意思を持って、二人に危害を加えようとしたということ。

 そしてその下手人は、摩耶と老師が視線を向けるその先に浮かんでいた。

 

 そう、我が使い魔であるメイルカムイが。

 

「ふっ、避けたか。『白』に亡霊……、二人まとめて始末してやろうと思ったのだがな」

 

 突然現れたにもかかわらず、当然のように宙に浮かび、“事情を理解してます”的な発言で強者感を醸し出すメイルカムイ。

 

 ……あいつ、使い魔のクセに僕よりカッコイイ登場の仕方しやがって……!

 

 僕の理想を全て体現するメイルカムイに、僕は嫉妬の念を禁じ得ない。

 一方、そんな僕の隣では、冬二と茜が驚愕の表情を浮かべていた。

 

「な、んでここに、メイルカムイが……!?」

 

「一体どうなってるのよ……!?」

 

 …………んん?

 

「……あれ? 二人とも……あの悪魔っぽい見た目のおっさんのこと知ってるの?」

 

「知ってるも何も、あいつはメイルカムイっていう凶悪な悪魔で、春頃だったかしら……冬二は一度メイルカムイに襲われてるのよ」

 

「ああ、その時にオリエイナもやられたんだ。それも、現界に支障が出るほど徹底的に……ッ!」

 

「……そうだったんだ」

 

 

 ……っぶねぇ~~~~~~~ッ!!!

 

 メイルカムイ(あいつ)そんなことしてたの!? 僕もう少しで冬二の前でメイルカムイ呼び出すところだったんだけど!? やっちゃってたら冬二たちとの敵対ルート不可避じゃん! いや、そういう展開にソワッと来るものがないわけではないけど、今はそういうの求めちゃいないんすよ! あっぶないなあもう~~~。

 とりあえず、終わったことはもうどうしようもないとして、今後は報連相を徹底させないと。

 今度、オリエイナさんにはちゃんと謝って……いや、でもそしたら冬二たちに契約者のことがバレちゃうし……。

 ダメだ、考えがまとまらない。この件についてはまた時間のある時に考えよう。

 

「何度も私たちの前に現れて、あいつ一体何を企んでるのよ……!」

 

「え、一度だけじゃないの?」

 

「ええ、私は直接姿を見てないけど、チーム合宿の時も現れたそうよ」

 

 ……チーム合宿は多分僕のせいだな。

 

 まあとにかく、冬二と茜のメイルカムイに対する怒りは相当強いらしく、二人がメイルカムイを睨みつける一方で、メイルカムイはこちらに一切視線を向けようとしない。

 契約者()の存在に気づいていないはずがないので、おそらく意図的だろう。僕との関係を悟られないために。

 こういうところはやっぱり気が利くんだよな、あいつ。

 

 そしてさらに、メイルカムイの他にも――

 

「私の学園で、あまり好き勝手しないでもらいたいね」

 

「あら、とっても楽しそうな催しじゃない。私も混ぜてくださる?」

 

「いやあ、これだけのメンツが集まると、さすがに壮観だねえ。十王だけでも四人集まるなんて久しぶりだ。僕ワクワクしてきたよ」

 

 理事長(知ってる相手)に、図書館の司書さん(見たことある顔)に、悪魔らしき存在(知らない人)に。

 様々な人物が一斉にその場に現れ、誰彼構わず睨み合う。

 

 そして訪れる、一瞬の静寂。

 

 そこから実際に戦いが始まるまで、合図と呼べるようなものはなかった。

 全員がほぼ同時に動き出し、ほんのわずかな時間に、目にも止まらぬ速さで攻防が繰り広げられていく。

 そんな漫画やアニメでしか見ないような、激しいハイスピードバトルを目の前にして僕は――

 

「……すっごぉい」

 

 ――またもや置いてけぼりをくらっていた。この展開、さっきもやった気がするんですけど……。

 今回の戦いは、先ほどの摩耶vs学生たちの戦いと比べて、素人目から見てもレベルが数段違うのがわかるほど。

 そうなると当然、僕の介入できる余地なんてあるわけもなく……。

 

 ただこの状況でも、戸惑うだけの僕とは違い、冬二と茜の二人は自分のやれることを見つけ動き出す。

 

「茜、今のうちにみんなを!」

 

「わかってる!」

 

 摩耶との戦いにより、戦闘不能になった学生たちを運び、できるだけ安全な場所に移動させていく冬二たち。

 その姿を見て、さすが修羅場慣れしてるな……と感心する一方で、僕も何かしないと……という焦りが募っていく。

 

 とはいえ、やっぱり僕にできることなんて――

 

「ワンッ!」

 

「……フィジー?」

 

 頭を悩ませる僕の隣で、フィジーが元気よく声を上げる。

 そんなフィジーの浮かべる表情は、なんとなくの勘でしかないが、何かを訴えかけているようだった。

 

「……もしかして、戦ってくれるの?」

 

「ワンッ!!」

 

 まるで言葉が通じているかのように、問いかけに対しフィジーは再び元気よく返事をする。任せろ!――とでも言わんばかりに。

 そして同時に、リリアからかけられたある言葉を思い出す。

 

『現人神くんの元へ行くなら、フィジーを連れていってあげてください。その子はきっと、ユキーの力になりますから』

 

 そうだ、あの時リリアはフィジーを“移動手段”としてではなく、“力になる”と言って僕に預けてくれた。

 もしかしたら、初めからこのつもりだったのかもしれない。

 

「フィジー……、僕に力を貸してほしい!」

 

「わふんッ!」

 

 僕の言葉に、フィジーは今までで一番大きな声で吠える。

 それを肯定と受け取った僕は、さっそくフィジーに指示を出していく。

 正直、誰がどういう立場で、どういった目的のもと戦っているのか、僕はよくわかっていない。理事長なんかは学園を守るためだと思うけど。

 だから狙うのは、絶対に敵だと確定している人物。

 

「フィジー、あの白い女の人を倒すんだ。いけそう?」

 

「ワンッ!」

 

「よし! じゃあやっちゃえ! フィジー!」

 

 フィジーの体を撫でるように触れながら、僕がそう告げると、フィジーは摩耶(標的)に向かって口からビームを放った(・・・・・・・・・・)

 

 

 ……………………………………ビームを放った???

 

 

 フィジーの口から放たれた“熱を持つ光線”は、摩耶のすぐ隣を通過し、学園を越え、遠くに見えるビルの間をすり抜け、遥か空の彼方へと消えていく。

 そのビームの絶大な威力に、もう少しで直撃しかけた摩耶はもちろん、その場にいる全員が目を見開いて驚愕する。

 

「わーお……」

 

 指示した僕も例外ではなく。

 

「雪春! すごいじゃないその犬!……ってなんであんたも驚いてんのよ」

 

 近づいてきた茜から容赦なくツッコまれるが、あれを見て驚くなというほうが無理だ。

 

 そもそもの話、僕はてっきり、フィジーの攻撃手段は爪や牙による物理攻撃だと勘違いしていたわけで。

 まさか“破壊光線”撃つなんて思わないじゃん……。フィジー、お前特殊アタッカーだったのか……。

 

 でもなんにせよ、攻撃手段と言えるものが手に入ったのは事実。

 これでもう僕は役立たずなんかじゃない!

 

 次こそ命中させられるよう、今度は先ほどよりも細かく、フィジーに方角の指示を出す。

 万が一、外れた時のことを考えながら、高さや角度を調整していく。

 今こそゲームで鍛え上げた、僕のエイム力を発揮するとき!

 

「……そう、もうちょっとだけ右に……よし、オッケー」

 

 これで方角はバッチリ。後はビームを放つタイミングだけ。

 慎重に、焦らず、タイミングを見極めろ。

 

 …………今だ!!!

 

「撃て! フィジー!」

 

 僕の指示を受け、フィジーが口からビームを放つ。

 そのビームは、僕の指示した方向通りに真っすぐ飛んでいき、見事命中!

 それにより、ビームの命中した腕が肩先から消滅する――

 

 

 

 ――摩耶ではなく、メイルカムイの腕が。

 

 

 

「すぅ…………」

 

 やっちった☆

 

 ……その、言い訳させてもらいますと、シンプルにアレです。タイミングをミスりました。

 僕が撃てと指示してすぐ、摩耶はビームの射線上から外れてしまい、運悪く、その瞬間にメイルカムイが射線上に入ってしまったというわけです、はい。……ごめんなさい。

 

 あ、でもよかった。ちゃんと再生してる。……いや、良くはないけど。

 

「すごい、あのメイルカムイに傷をつけるなんて……! 雪春、その犬……本当にすごいわね!」

 

「……まあ、その……うん」

 

「見て、今まで私たちを気にする素振りすらなかったメイルカムイが、すごい表情でこっちを睨みつけてるわ。きっと、その犬の攻撃を警戒してる証拠よ」

 

 いや、多分あれ『お前マジで余計なことすんな引っ込んでろクソガキ!!!』の顔だと思う……。

 

「……? どうしたの雪春。次、撃たないの?」

 

「あ、いや……。フィジー(この子)、ちょっともう二発が限界みたいで……」

 

「ワンッ!」

 

「元気そうに見えるけど……。でもそうよね、あれだけ高威力の技、そう何度も使えるわけないものね……」

 

 こうして、僕はまた無力なモブへと逆戻りしてしまう。

 なんならむしろ、その方がいいとさえ思えてきた。下手に手を出すと、また味方の腕を吹っ飛ばしかねない。

 これじゃあ僕、烏丸のことを何も言えないのではなかろうか。

 

 ちくしょう……! 僕にもっと(使い勝手のいい)力があれば…………!

 

 僕が自身の無力さに打ちひしがれ、力を求めたその時だった。

 

「……なに、あれ?」

 

 茜が何かを見つめながら、疑問の言葉を口にする。

 茜が向けるその視線の先にあったのは、戦いに身を投じている摩耶の姿。

 

 

 

 そしてそんな摩耶の背後には、『白い女』の姿があった。

 

 

 

 全身にモヤのようなものがかかり、まるで光に包まれている人間らしき何か。

 光の集合体そのもの、といった方が適切かもしれない。

 ボンヤリと認識できる髪型や体型から、なんとか女性であることはわかるものの、それ以上の情報は何一つとして得られない。

 

 『白い女』が背後に浮かぶその状態で、摩耶は両手を組み、ゆっくりと口を開いた。

 

 

『虚偽世界・雪原(せつげん)()安寧(あんねい)

 

 

 透き通るような声で、摩耶が詠唱らしき何かを唱えたその瞬間、世界が白く塗り替わる。

 僕らの視界を埋め尽くす白――それは“雪”だった。

 

 そう、真夏のこの時期に、激しい雪が降り注いでいるのだ。

 周囲の気温は一瞬で下がり、雪だけでなく強風まで吹き荒れる。

 

「――ッ! ゆ――! ど――――!」

 

 近くで茜が何かを叫んでいる。しかし上手く聞き取ることができない。

 雪は視覚を、風は聴覚を、凍えるような寒さは体の自由を奪っていく。

 

 それは僕が異能社会に来て初めて経験する、あまりにも規格外な異能の力だった。でも、なんだろう……。

 その桁外れな力に圧倒される一方で、僕の中で不思議な感情が芽生えていく。

 

「……違う」

 

 何かが、決定的に間違っているような違和感。そして、腹の底から湧き上がる不快感。

 雪や風はさらに勢いを増し、すぐ隣にいるはずの茜の姿も見えなくなってしまうが、そんなことでさえ今は気にならない。

 自分で抱いた感情の正体がよくわからず、ほとんど無意識に腕を伸ばしたその時――

 

 

 

 

 

 ――大人のものであろう大きな手が、僕の腕を掴んだ。

 

 

 

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