魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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拳聖祭と救国の王女 表 かつての記憶が交差する

 

 左半身を黒で(まと)い、その瞳に一切の光を宿さない綿谷冬二。

 

 その黒(・・・)は、あらゆる魔法、あらゆる異能を抑え込む理外の力。

 それも決して平等にではなく、敵対者にのみ、その理不尽なルールを強制させる。

 だからこそ、それは戦いなどではなく、一方的な虐殺だった。

 

 

 『知喰王(ちしょくおう)』ファターリア――冬二と最も近い距離にいたため、運悪く最初の標的に。

 冬二の接近に気づき異能を発動させるも、不発。ノーガードで黒を纏った拳をくらい、その勢いのまま戦闘圏外へと強制的に離脱。

 

 

 『退廃王』ヤースール――初撃を防ごうと両腕を盾にするも、魔力のガードをすり抜けて両断。

 二撃目で体の半身が消し飛び、戦闘不能。

 

 

 『冥界王』メイルカムイ――能力でその場から離脱しようとするも、冬二の足元から伸びる『黒』に体を拘束され叶わず。

 なすすべなく拳をくらい、知喰王と同じように戦闘圏外へと強制離脱。

 

 

 『黄楼炎』老師――右腕を失いながらも、なんとか戦闘圏内から離脱。少し離れた位置から事態を静観。

 

 

 『セーラス』摩耶――未だ健在。

 

 

 人類史にその名を刻み、様々な逸話を持つ歴戦の悪魔たちが、一学生である冬二の手によって蹂躙されていく。

 その光景を見て、茜や他校の学生たちが抱いた感情は、歓喜ではなく戸惑い。

 敵を圧倒する冬二の姿は、何も知らない彼らから見ても異常だった。

 

 目は(うつ)ろで、茜たちの呼びかけに一切反応せず。

 明らかに自我を失っており、力を暴走させている。

 

 そんな冬二に対しただ一人、摩耶だけはその力を拮抗させていた。

 彼女もまた、冬二のように左半身全てではないが、右腕を白で纏い、その力を振るう。

 

「マモ、ル……。マモル、マ……コロ、ス。コロして、ヤル……ッ!」

 

「いいよ、ここで決着つけよっか。ちょっと驚いたけど……君が黒の継承者だってわかった以上、殺し合い以外の選択肢なんて、私たちにはないもん……ねッ!」

 

 冬二の黒を纏った拳と、摩耶の白を纏った拳がぶつかり合う。

 一ヵ所にとどまらず、お互い素早く移動しながら、何度も、何度も、何度も。

 二人がぶつかり合う度に、その余波が衝撃となって周囲を襲う。

 

 そしてそれほどの大きな力のぶつかり合いは、必然的に学園全体へと伝わっていく。

 

 

 

 

 

 『黄楼炎』の幹部であり、綿谷冬二の兄でもある武練(ぶれん)も、力のぶつかり合いを感じ取ったうちの一人。

 

「なんだこれは……!?」

 

 嫌な予感を覚え、発生源である記念公園へと駆け付けた武練が見たのは、異様な姿で、異様な力を使う弟の姿。

 そして近くに知った顔を見つけ、すぐさまその傍に駆け寄り、声を荒げながら問いかけた。

 

「老師! 一体どうなってる!?」

 

「……武練か」

 

 右腕を失ったその少女――老師は視線を冬二と摩耶の戦いに向けたまま、武練に言葉を返す。

 

「まさか……! 冬二は現人神になってしまったのか!?」

 

「安心しろ武練、そうではない。そしてよかったな、お前の弟は現人神ではなかったぞ」

 

「……は?」

 

 老師はうっすらと笑みを浮かべながら、衝撃的な言葉を武練に告げる。

 

「冬二が……現人神じゃない? ……いや、じゃあアレ(・・)はなんなんだ?」

 

 武練が指差すのは、黒を左半身に纏った弟の姿。

 そしてその黒は、少しずつ冬二の右半身にも侵食し始めている。

 

「あれは見た目通り、『黒の力』と呼ばれるものだ」

 

「黒? ……あんたそういえば、『黒い女』が現れたという報告を受けてから、積極的に冬二の身柄を抑える方針に変更したんだったな。それと何か関係があるのか?」

 

「…………」

 

「老師、教えてくれ。『黒』とはなんだ。弟のあの姿は一体……。セーラスのボスが同じように纏っているあの『白』も、何か関係があるのか?」

 

「……黒、そして白。アレらはかつて『始まりの現人神』の両翼として仕えた、人だったものの成れの果てだ」

 

 老師が告げるのは、数多の体を渡り歩く前の、遥か遠い昔の記憶。

 人がまだ、霊長の存在ではなかった時代。

 

「名前は…………ダメだな。やはり詳しくは思い出せん」

 

「ちょっと待ってくれ、俺が知りたいのは冬二の力のことで――」

 

「まあ聞け、この話がお前の弟の力に関わってくる……いや、力そのものと言ってもいい」

 

「…………」

 

「現人神の“人”に恩を受けた黒。現人神の“神”に魅せられた白。仕える理由は異なれど、現人神と共に“人の時代”を築き上げた二人は、現人神のその死後も、いずれ生まれる神に仕えることを選んだ。人の肉体を捨ててな」

 

「肉体を、捨てる……?」

 

「ああ、方法は私も知らぬが……人の理を外れ、上位存在となった今の黒と白のその在り方は、人よりも悪魔に近い。……そうなると、寿命の縛りからは解放されるものの、一つ問題が生じる」

 

「……まさか!?」

 

「どうやら理解したようだな」

 

 断片的に語られるわずかな情報だけで、武練は全てを理解する。

 老師の口にした“問題”の内容だけでなく、さらにその先にある答え。そして、それがどう冬二と関わってくるのかも、全て。

 

「霊獣や一部の例外を除き、悪魔や魔獣のような存在は、(くさび)なしにこの世界に現界することができない。だからこそ、契約者の存在が必要となる。そして、この時代に黒の契約者として選ばれた人間――――それが綿谷冬二(お前の弟)だ」

 

「ッ……!」

 

「なに、そう心配するな。現人神と違い、黒が宿主の体を乗っ取るようなことはない。そもそも、やつらは長い時の中で魂が擦り切れ、自我など(・・・・)とうに失っている(・・・・・・・・)。あれは強すぎる力を制御できず、一時的に暴走しているだけに過ぎん。力を使い果たせば、じき止まる。……ただ、それまでにどれほどの犠牲が出るかはわからぬがな」

 

 老師はただ冷静に、黒と白を継ぐ両者の戦いを見届ける。

 

 どちらが勝とうとも、訪れる未来は凄惨なものでしかない。

 少なくとも、学園一帯を更地にし、周辺地域にまで被害は及ぶだろう――過去の経験から、老師はそう結論付ける。

 

 しかし、事態は老師の想定を大きく外れ、予想外の方向へと進んでいく。

 『白』以外に、『黒』を止めることができる唯一の存在によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメよ、冬二」

 

 冬二と摩耶の戦いに割って入ったのは、何か考えがあってのことではない。

 二人の間に距離が生まれ、膠着状態になったその瞬間、赤花茜は走り出していた。

 

「お願い、冬二。止まって」

 

「…………」

 

 冬二と摩耶の間に立ち、冬二と向き合う形で、茜は呼びかける。

 しかしその呼びかけに、冬二は応えない。

 一歩、冬二が足を前へと踏み出し、その距離が縮まる。

 

「逃げた方がいいよ。私と彼の戦いは、何千年と続く因縁の上にあるの。あなたには首を突っ込む資格も、その力もない」

 

 それは、敵である摩耶からの忠告。しかし、茜は動かない。

 さらに一歩、冬二が足を前へと踏み出し、その距離が縮まる。

 

「……力がないことなんて、わかってる。全部わかってるわよ」

 

「死ぬよ?」

 

「それでも、どけない」

 

 背中越しに届く摩耶の言葉に、茜はハッキリと拒絶の意を示す。

 そして同時に、目の前の冬二へと問いかけた。

 

「ねえ冬二、あんた気づいてる? ……自分が今にも泣きそうな顔してること」

 

「…………」

 

「友人が……ううん、好きな人が……辛くて泣きそうな顔をしてるのよ。(ぜんぶ)をかける理由なんて、それで十分でしょ?」

 

「…………」

 

 さらに一歩、その距離が縮まる。冬二と茜の間に、もうほとんど距離は残っていない。

 腕を伸ばせば触れられるその距離で、冬二はゆっくりと左腕を持ち上げる。

 

「冬二……ッ!」

 

「…………」

 

 結局最後まで、茜の呼びかけ対し、冬二が反応を示すことはなかった。

 そうして、黒を纏った冬二の腕が、茜に振り下ろされかけたその時――

 

 

 

 

『あーあー……、聞こえてる?』

 

 

 

 

 ――突如聞こえてきたのは、どこか間の抜けた声。

 

 その声の発生源は、茜の足元にある携帯からだった。

 しかしその携帯は、冬二や茜のものではない。持ち主不明の携帯が、気づけば足元に置かれていて、初めから通話状態となっている。その異常な現象に、茜は思わず眉をひそめた。

 しかし茜にとってそれ以上に不可解だったのは、その携帯から声が流れたと同時に、冬二の動きがピタリと止まったこと。

 

『…………あの、応答ないんですけど……あ、ちゃんと伝わってる? それなら……』

 

 再び携帯から声が流れると、冬二の体がかすかに動く。

 意識のないはずの冬二が、携帯からの声に反応しているのは明らかだった。

 

『冬二、いきなりごめんね。僕にこんなこと言われるのもあれだろうけど、ちょっと頑張り過ぎじゃない? ……普段からそうだし、拳聖祭中は特に忙しくしてたみたいじゃん。全部一人でなんとかしようとしなくても、君の周りには頼りになる仲間や友人がたくさんいるんだから』

 

 一言、また一言と、言葉が紡がれていくその度に、冬二を纏う黒が()がれていく。

 漆黒だったその瞳に、光が宿り始める。

 

『僕もさ、そりゃまだ冬二の隣に立って戦うほどの力はないよ。今回の件でもまあ、割と力不足を思い知らされたわけで……』

 

「……ユ、ギ……オレ、ハ――」

 

『……少し休みな、冬二。大丈夫、目が覚めたらきっと、君の守りたい日常が戻ってるから。全部終わったら、また一緒にラーメン食べに行こ』

 

 その言葉を最後に通話は終了し、携帯からの声が止まる。

 同時に、冬二を纏う黒も全て剥がれ落ちる。

 

「…………」

 

「冬二……ッ!」

 

 いつもの姿へと戻った冬二は、倒れるようにして意識を失っていく。その表情に、微かな笑みを浮かべながら。

 

「…………」

 

 暴走が止まり、静寂が訪れたその場で、茜と摩耶の抱く感情は対照的なものだった。

 冬二の体を支える茜の表情は驚愕に染まり、立ち尽くす摩耶の表情は歓喜に染まる。

 

「……そう……そうだよね。だって……、いないはずがないもんね。…………フフ、アハハハハハハハハッ!」

 

 高らかに笑う摩耶が視線を向けるのは、先ほどまで通話状態だった携帯。

 その音声は明らかに加工されており、摩耶に声の主を特定する術はない。

 

 しかし、彼女は知っている。暴走する黒を、言葉一つで止められる存在など、この世に一人しかいないことを。

 

「いる……。間違いなくレイさんの手元にいる……! この学園のどこかに…………!!」

 

 そんな興奮冷めやらぬ摩耶のもとに、彼女の部下である珠切(たまぎり)が姿を見せる。

 全身に傷を負った珠切は、摩耶の背後へと駆け寄り、その場で膝を付く。

 

「ボス! 無事ですかッ!?」

 

「珠切さん……ええ、問題ありません。そちらこそ、無事……とは言い難いかもしれませんが、命に別状はないようで安心しました」

 

「申し訳ありません。わずかばかりの間、意識を失っており……。この失態を取り返すべく、すぐさま綿谷冬二の確保を――」

 

「いえ、もう彼は必要ありません。彼はレイさんが仕立て上げたスケープゴート。本物の現人神は別にいて、この学園のどこかにいます」

 

「なっ……!? 我々は、騙されていたということですか!?」

 

「ええ、このタイミングで気づけたのはむしろ僥倖(ぎょうこう)でしょう。他の組織も便乗し、学園全体で騒ぎが起きている今が絶好の機会です。私は神気を頼りに、本物の現人神を探し出します」

 

「…………そう、ですか」

 

「ですので、珠切さんは幹部たちに指示を……………………え?」

 

 摩耶が珠切への指示を止めたのは、想定外の事態が生じたため。

 彼女のその胸部からは、光り輝く刃が伸びていた。

 

「珠切……さん?」

 

 油断はあっただろう。これ以上とないほど、気分も高揚していた。

 しかしそれでも、彼女ほどの実力者であれば、不意打ちなど許さなかったはずだ。

 彼女は想像だにしていなかった。信頼する部下から、背中を刺されるなんてことは、微塵も。

 

 摩耶をナイフで貫いた珠切の目は、全ての光を拒絶していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……裏切りか?」

 

「……おそらく」

 

 セーラスのトップが部下に刺されたその光景を見て、老師と武練はそう結論付ける。

 

「あまり、驚いてるようには見えないな」

 

「そうか? ……まあセーラスの中心メンバーは、そのほとんどが“元グルド組”の連中だ。珠切(アレ)がそうかは知らぬが、同じ組織とはいえ『白の継承者』に恨みがあっても不思議では――」

 

「そっちじゃない。弟が……冬二が現人神じゃなかった事実に対してだ。まさか、初めから知っていたんじゃないだろうな?」

 

「……魔導王が関与している時点で、そういった可能性も考慮していただけだ。『黒』を身代わりとしたのは、さすがの私も予想外だったがな。普通思いついても実行なぞせん」

 

「なら……セーラスのボスも含め、世界中が魔導王に欺かれていたわけか。それも一年以上も……」

 

「いや、違うな。欺いていたのは十七年前からだ(・・・・・・・)

 

 老師は断言する。魔導王のその欺瞞は、遥か昔から綿密に計画されたものだったのだと。

 

「それに、先ほどまでは『黒の力』で打ち消されていたが、今のお前の弟からは異常なほどの“神気”が立ち込めている。神の力そのものだと勘違いするのも、まあ無理はない。おそらく力を与えられているのだろうな」

 

「なら……さっきの声のことも考えると、冬二に近い誰かが……本物の現人神ということか?」

 

「ああ、お前の弟の他にも、あの勇敢な赤髪の少女に…………エルフの少年からも、わずかながら神気が感じられる」

 

 そして、神気を立ち込めているのは彼らだけではない。

 拳聖祭の期間中、一学生として学園内を観察し続けた老師は、神気を宿す人物を何人も確認している。

 

「本物の現人神が、学園関係者であることは間違いないだろう」

 

 そう告げながら、老師は一人の少年へとその視線を向ける。

 冬二の傍で、感情の読めない表情で佇む、ヘッドホンを身に着けた少年へと。

 

「……違ったか」

 

「それで……あんたはこれからどうするつもりだ? 本物の現人神とやらを、これから探しに行くのか?」

 

「そのつもりだったのだがな……。残念ながら時間切れだ(・・・・・)

 

 老師は自身の左手を、武練に見せるようにして目の前に掲げる。

 するとその左手は、わずかにではあるが震えていた。

 

「『白』の小娘も、あの傷では撤退するしかないだろう。じきに治安部隊も到着する。体の主導権を失う前に、この場から離れんとな。地下監獄で余計な力を使い過ぎた。まったく、魔導王め……いつの時代も優秀な駒を揃えている。……それと武練、お前の弟が現人神でなかった以上、お前と私の間で結ばれた契約は不成立だ。『黄楼炎』の幹部としての立場も、『武練』の名も捨てていい。弟のもとへ帰ってやれ」

 

 そう告げると、老師は冬二たちのいる記念公園を背にして歩き出す。

 しかし、別れを告げたはずの武練も、なぜか同じように老師の後を歩き始めた。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「あんたにはあんたの目的があったとはいえ、色々と世話になった。冬二のもとへ帰る前に、その恩を返す。宗蓮(そうれん)が主導する組織のやり方は気に食わないが、あんた個人の“願い”のためなら、喜んで協力してやる」

 

「……フッ、お前も随分と不器用な奴だ」

 

 そうして、二人はそのまま学園を後にする。

 

 しかし学園を去りながら、老師の中でずっと引っかかるものがあった。

 現人神がいるのは間違いない。しかし何か、当たり前の前提を根本から揺るがすイレギュラーな事態が、あずかり知らぬところで生じているのではないかと。

 何の根拠もないその予感が、老師の頭をよぎり続ける。

 

 そんな中で、ふと脳裏に浮かぶ顔。それは――

 

 

『ほら、見て風花ちゃん。1、2の……3!』

 

 

 ――無感情とはほど遠い、あまりにも人間らしい少年の笑顔。

 

「…………まさか、な」

 

 吐き捨てるように、彼女は(・・・)都合のいい理想を切り捨てた。

 もう、あいつ(・・・)はいないのだと、己に言い聞かせながら。

 

 

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