魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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拳聖祭と救国の王女 その結末 前編

 

  学園内 記念公園――

 

 

 

 “黒”を始めとし、強者たちが破壊の限りを尽くしたその場所は、見るも無残な姿へと変わり果てていた。

 咲き誇る美しい花たちはその命を散らし、石畳の遊歩道は血で染まり、流れる川の水は全て氷漬けに。

 普段、観光地として一般の人々にも開放される記念公園は、何一つとしてその原型を留めていない。

 

 傷一つなくそびえ立つ、『現人神』の銅像を除き。

 

 セーラスのボスである摩耶が撤退し、綿谷冬二が病院へと搬送され、人の消えたその場に立つのは、二体の悪魔のみ。

 

「やあやあ、お互い無事でよかったねぇ。メイルカムイ」

 

「……なんだ、消えてなかったのか。ヤースール」

 

 『冥界王』メイルカムイ。

 『退廃王』ヤースール。

 

 共に“十王”として、悪魔の中でも最高位に位置づけられる二柱が言葉を交わす。

 メイルカムイは鋭い目つきを崩さず、ヤースールは貼り付けたような笑みを浮かべて。

 

「いやぁ、まさに藪蛇。黒の覚醒にはさすがの僕もびっくりしたよ。あそこまで力を引き出せる継承者、久々じゃない? まあなんとか心臓は守れたから、こうして無事だったわけだけど」

 

 その言葉通り、暴走する冬二に両腕を切断され、半身を消失させられたヤースールだが、それらの欠損は既に再生している。

 もちろんメイルカムイも、冬二から受けた傷は回復済み。

 世界の末端として生を受け、驚異的な再生能力を備える彼らにとって、死は身近な概念ではない。

 

「そういえばさ、黒も十分衝撃的だったけど、アレ(・・)はもっと衝撃的だったよねぇ。メイルカムイもそう思わない?」

 

「……何の話だ」

 

「またまたぁ。白や亡霊はともかくとして、僕らには(・・・・)見えてたはずでしょ?」

 

「…………」

 

 同意を求める言葉に、メイルカムイは口を閉ざしたまま動かない。

 そんなメイルカムイに対し、ヤースールは頭の上で人差し指をクルクルと回しながら告げる。

 

「あれ、ジャルビイだよね?」

 

 ヤースールが思い出すのは、現人神――だと思われていた綿谷冬二の頭上付近で、気持ちよさそうに浮かんでいた悪魔の姿。

 正確に言うならば、悪魔の皮を被った災害そのもの(・・・・・・)

 

「…………」

 

「ねえってば、聞いてる?」

 

「……確かに、あれはジャルビイだった。しかし、魔導王が姿を消したと同時にあれも姿を消したのだ。ならば、現人神を誤認させるための仕込みであったと考えるのが妥当であろう」

 

「いや、まあ普通に考えるとそうなんだけどさぁ……。なんか違和感があったというか、あの動き……どちらかっていうと隣にいた子の上を――」

 

「おい、わざわざそんなくだらない話をしに来たのなら、今すぐこの場で殺すぞ」

 

 そう告げると、メイルカムイは殺意の込めた目でヤースールを睨みつける。

 その声と瞳はどこまでも冷たく、それが単なる脅しの言葉でないことは明白だった。

 

「わかったわかった、じゃあさっそくだけど本題。実は僕、契約者から暗殺の指示を受けてここに来たんだよ。……ま、その暗殺対象がどこにも見つからなくて、まだ指示は達成できてないんだけど」

 

「…………」

 

「で、その指示を出した僕の今の契約者がさ、けっこう面白い人間なんだよね。だからさ…………契約者、乗り換えてみない?」

 

「失せろ」

 

「おろ、即答じゃん。なになに、そんなにいい契約者と巡り会えたの?」

 

「失せろと、言っている」

 

「あらら、冷たいねぇ」

 

 取り付く島もない知己を相手に、ヤースールは笑いながら肩をすくめる。

 そしてそのまま背を向け、その場を去りながら告げた。

 

「まあいいや、乗り換えの件は諦めるよ。でもまたいずれ、君を僕の用意した舞台の上に招待するから、その時は断らないでね。せっかく現人神が顕現している時代なんだ。六度目(・・・)は、これまでで一番盛大かつ、とっても背徳的なものにするつもりだからさ」

 

 六度目――その言葉が一体何を指すのか、理解できないメイルカムイではない。

 そしてヤースールの契約者に関しても、大体の察しがついていた。

 

「……いいだろう。貴様の用意する舞台に、それだけの価値を感じることがあれば――」

 

 悪魔は笑う。その瞳に再び、かつて抱いた熱を宿して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  学園内――

 

 

 記念公園近くの人気のない校舎裏を、赤花茜は歩いていた。

 一人ではない。すぐ目の前を歩く、渡谷雪春と共に。

 記念公園にいた時から今まで、片時すら離れることなく。

 

 しかし当然、そのような不自然な行動を、雪春が疑問に思わないはずがない。

 

「……その、茜さん?」

 

「…………」

 

 雪春の呼びかけに、茜は応えない。

 常に難しい表情を浮かべながら、ただひたすら雪春の後をついていく。

 その姿を、決して視界から離さないように。

 

「えっと……、茜さんは冬二の傍にいなくていいの? 紗季さんたちはみんなそうしてるみたいだけど」

 

「…………ダメね」

 

「なら――」

 

「いろいろ考えてみたけど、やっぱりわからない」

 

「……え?」

 

「こういう時、冬二や鏡花たちは『一人で突っ走るな』って止めるでしょうけど、雪春ならきっと『止まるな』って言うと思うの。そっちの方が私らしいからって。だから……」

 

 戸惑う雪春をよそに、茜は大きく息を吐くと、かすかに笑みを浮かべながら告げた。

 

「やりたいようにやることにするわ」

 

 突如、茜の拳に炎が宿る。

 

「茜さん……? ッ……!?」

 

 さらに、茜はその炎が宿る拳を振りかぶり、勢いよく雪春へと振り下ろした。

 それは冗談でもなんでもなく、相手を本気で仕留めようとする全力の拳。

 

「つぅ……!」

 

 不意打ちのような攻撃だったにもかかわらず、雪春は身体強化と魔力によるガードを併用し、なんとかその拳を受け止める。

 しかし拳を受け止めるために、自身の持つ全てのリソースを割いたことで、その本当の姿が(・・・・・・・)露になっていく(・・・・・・・)

 

「……そう、あんただったのね」

 

「言葉を交わす前に手が出るなんて、相変わらず野蛮な方ですね」

 

 渡谷雪春の全身から煙が湧き出し、その煙が晴れていくと共に現れたのは、日本人離れした見た目の少女。

 それは三ヶ月ほど前、セーラスの諜報員として茜たちのクラスに転校してきた人物――サラ・シャスティだった。

 

「知らなかったわ。煙楼(えんろう)術式にこんな力があったなんて」

 

「とある方の指導を受けて、身に着けたばかり力ですから。とはいえ、バレない自信はあったのですが……。チームメイトの方や『黄楼炎(こうろうえん)』のスパイには気づかれませんでしたし」

 

「私も確信までは持てなかったわ。……あの声(・・・)を聞くまでは」

 

「……っ!」

 

 茜の告げた“あの声”という言葉に、サラは動揺と呼べるほどの反応を示す。

 その隙を見逃す茜ではなかった。

 

 冬二や(ちぎり)から学んだ近接戦闘術。

 鏡花やシャルロットから教わった煙楼術式の対処法。

 似通った性質の力を持つ紗季と共に磨き上げた異能。

 仲間がいたからこそ得た力を駆使し、サラを追い詰めていく。

 そしてついに、茜はサラのその首を掴み、建物の壁へと押さえつけた。

 

「カハッ……!」

 

「……わからないことはいくらでもあるわ。セーラスの一員であるはずのあんたが、そのボスを目の前にして協力的な行動をとらなかったこととか。雪春に変装していた理由とか。冬二の胸を指さした意味とか。……でも、私が今一番知りたいのは別のこと」

 

 その首を力強く押さえることで、身動きの取れないサラを睨み付けながら、茜は叫ぶようにして告げる。

 

「あんたは……! 雪春の何を知ってるのよ……!!」

 

「ッ……!」

 

「答えろ! サラ・シャスティ!!!」

 

 

 

『もしあなたがたが真実を知った時、果たして()に対するその思いは、一体どうなるのでしょうね?』

 

 

 

 それはかつて、チーム合宿でサラが茜に告げた言葉。

 茜は確信していた。サラは、雪春に関する何か重大な情報を握っていると。学園の理事長もグルになって隠蔽するほどの、重大な何かを。

 

「ケホッ……。フフッ……ずいぶんと、必死ですね。そんなに、悔しかったですか……? 冬二さんが……自分の声には一切反応せず、彼の声(・・・)にだけ反応したことが」

 

「……そうね、その気持ちがあったことも否定はしないわ。正直ショックだったし、私は冬二の特別にはなれないんだって、思い知らされた気分だった」

 

 サラの挑発に対し、茜は微塵も心を乱すことなく、自身の考えを口に出して整理していく。

 バカにされ、いつもなら熱くなってしまうはずの場面で、思考はむしろ冷めていく一方。

 そのことに一番驚いていたのは、サラではなく茜自身だった。

 

「……でも、ふと思ったのよ。冬二が雪春の声で止まったその理由は、親愛の度合いとかじゃない…………何か全く別の要因(・・・・・・・・)なんじゃないかって。……そう、冬二が止まったんじゃなくて、冬二の身を纏っていた力そのものが、自発的に動きを止めたのだとしたら――――――――ッ!?」

 

 その時、茜が感じたのは、死を予感させるほどの濃密な魔力。

 しかもその魔力は、暴走中の冬二が発していた魔力と同一のもの。

 茜はすぐさまサラから手を放し、下がりながら距離をとる。

 

「……なに?」

 

 先ほどのように、見た目が変化したわけではない。

 しかし茜の本能が、確かにそれを感じ取る。今自分の目の前にいるのは、サラではない別の何かであると。

 その別の何かは、無機質な瞳を茜に向け、ゆっくりと近づいていく。

 

「ッ……!」

 

 咄嗟に、茜は逃げることを考え、しかしすぐさまその考えを投げ捨てる。

 ここで逃げてしまえば、何もわからないまま終わってしまうという確信があったから。

 思い出すのは、十王すらも蹂躙した暴走する冬二の姿。しかしそれでも茜は、震える足を前へと踏み出した――

 

 ――その時だった。

 

 

「はい、ストップ」

 

 

 茜とサラ。二人の間に突如、学園の理事長――レイ・エレシウスが割って入る。

 驚愕し、状況を飲み込めない茜をよそに、レイはそのままサラと向き合い、そして語りかけた。

 

「彼女はこの学園において、彼と良好な関係を築いている存在に他ならない」

 

「…………」

 

「本当にいいのかい? そんな彼と彼女の関係を、あなたの独断で()ってしまっても」

 

「…………」

 

 学園の最高権力者に対し、一介の生徒であるはずのサラが、臆することなく視線を投げ返す。

 茜にはそのやり取りが対等どころか、むしろサラの方が圧をかけているようにも見えた。

 

「…………」

 

 結局、レイの言葉を受け入れたのか、サラは二人に背を向け、一言も発することなくその場から去っていく。

 ただ先ほどと違い、茜がその背中を追うようなことはしなかった。全てを知っているであろう人物が、すぐ目の前に立っているから。

 

「……あの――!」

 

「現人神だ」

 

「……え?」

 

「渡谷雪春くん、彼が本当の現人神だ」

 

「……………………は?」

 

 とんでもない事実を、なんでもないことのようにレイは告げる。

 その告げられた情報を、茜は上手く処理することができない。

 受け入れるにも、否定するにも、彼女にとってはあまりにも唐突過ぎた。

 

「さて、これで君は世界の秘を知ったわけだ。それで……どうするつもりだい?」

 

「……どうするって、そんなの…………」

 

 レイからの問いかけに、茜はすぐさま言葉を返すことができない。

 

「……このことを、雪春は……」

 

「知らないよ。知らせるつもりもない。彼には生涯、この異能社会で、神ではなく人として生きてもらう。彼の幸せのためにも……。それが私の目的の全てだ」

 

 それだけ告げると、戸惑い続ける茜を置いて、レイはその場から歩き出す。

 

「もちろん、君に私と同じ思想を押し付けるつもりはないよ。ただ、私の目的に相反する行動を取るというのなら、学園の全てが敵となり、それを阻もうとするだろう。それだけは、忘れないようにね」

 

「ッ……!」

 

 忠告とも脅しともとれる言葉を受け、やはり茜は何も言葉を返すことができない。

 

「なんで……」

 

 もし仮に、レイの告げた言葉が全て真実だとするならば。

 雪春が自身を特別だと知ることなく、そして世間にも知られることなく、普通の人間として生きていく。それはすなわち、今回の冬二のように、その力を狙われるような危険はないということ。

 そのことに異を唱えるつもりはない。恩人である雪春が安全に日々を過ごせるのなら、それに越したことはないのだから。

 

 にもかかわらず、茜は言いようのない苛立ちを覚えていた。そう、苛立っていたのだ。

 なぜレイの言葉に、こんなにも自分は苛立っているのか。去っていくレイの背中を睨みつけながら、茜はその理由を必死に考える。

 

「……あっ」

 

 茜が答えにたどり着いたのは、レイの言葉をもう一度思い返したことがきっかけだった。

 “彼の幸せのためにも”――他人の幸せを勝手に決めつけるその言い草が、許せなかったのだ。

 許嫁との結婚こそが一番の幸せ。冬二と雪春に救われる前のかつての自分が、周囲からそう決めつけられる立場であったが故に。

 

「っ……雪春は!」

 

 茜は力の限り叫んだ。もうずいぶんと小さくなった、レイのその背に向かって。

 

「雪春はあなたが思うほど鈍くない! いつかきっと気づくのよ! そう遠くない未来、隠された自分の真実に! その時、雪春がどんな生き方を決断しようと、私は絶対に雪春の味方になる! たとえそれが……!」

 

 その言葉を告げようとした時、茜の中でわずかな迷いが生まれる。

 しかしそれでも、拳を強く握りながら口に出した。レイのいるその場所には、とても届かないような小さな声で。

 それはまるで、自分自身に言い聞かせるように。

 

 

「たとえそれが……、冬二の願いを踏みにじるものだったとしても」

 

 

 少女は覚悟する。初恋の少年と道を違える、決別の瞬間を。

 その日が来ないことを、心の底から願いながら。

 




恋をしたのは一人。恩人は二人。
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