魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
セーラスを中心とした複数の組織により、学園全体が大規模な襲撃を受けた拳聖祭最終日。
一時、生徒の一人が連れ去られるといった被害も発生したが、無事救出され、命に別状はなし。
その後、セーラスの撤退および治安部隊の介入により、襲撃は一気に沈静化。一部学生たちの活躍もあり、事態が深刻なものへと発展するのは無事免れた。
あくまで、表向きは。
そして、その襲撃から三日後――
学園全体がいつもの落ち着きを取り戻しつつあるなか、チーム『愚蓮努羅魂仏血切離』の四人は、メンター室へと足を運んでいた。
学園対抗戦は結局中止となったものの、拳聖祭の全日程が終了し、他校の代表選手たちは次々と学園を離れ、他国の学生たちは帰国を始めている。
もちろん他国の王女であるリリアが、例外であるはずがない。
『国を離れるその前に、別れの挨拶を』――そんな連絡を受けた雪春たちだが、メンター室にリリアの姿はなく、代わりに一通の封筒と菓子折りが机の上に置かれていた。
「なにこれ……? 『グロドラゴンブッチャリのみなさまへ』?」
「多分手紙か何かじゃないかな、リリアからの」
「一緒に置いてあるこれはジールの菓子か?」
「みたいだね。とりあえず封筒の方を開けてみよう」
チームを代表し、リーダーである雪春が封筒を開くと、そこに入っていたのは複数枚の紙。
何かの時刻表や建物の写真、電話番号の書かれた紙、さらには紙幣まで同封されている。
「……んだこれ?」
「ど、どういうこと?」
「意図がよくわからないな……」
「あ、でもこれ手紙じゃない?」
まとまりのない同封物に全員が首を傾げるなか、雪春が封筒から取り出したそれは、直筆で書かれたリリアからの
そこには――
『親愛なるグロドラゴンブッチャリのみなさんへ
三週間という短い期間ではありましたが、友人役という依頼を引き受けてくださり、本当にありがとうございました。
本来であれば、直接会って感謝の言葉を伝えるべきなのでしょう。しかし襲撃の件もあり、出国の直前までホテルでの待機を余儀なくされ、最後の別れがこのような形となってしまったこと、非常に残念に思います。
みなさんがこの手紙を読んでいるころには、私は帰国のため、空港へと向かっているでしょう。
私がこの国に来た目的は果たすことができませんでしたが、あなた方と過ごした日々は、それ以上のものを私に与えてくれました。
最後にみなさんの顔を見られずに去ることだけが、私の唯一の心残りです。もし、また会えるような奇跡があれば、私はきっと…………いえ、なんでもありません。忘れてください。
ユキー、アキー、ナッツ、トウカ。私の友人になってくださり、ありがとうございました。そして、さようなら』
それはチーム全員へ向けられた別れの言葉。
さらにそれ以降には、雪春たち個人個人へのメッセージも
一人一人、思いを込めて丁寧に書かれたであろうその手紙を見て、雪春たちは――
「「「「…………」」」」
――四人ともが絶妙な表情を浮かべていた。
すると彼らは、手紙に同封されていた謎の『時刻表』、『写真』、『電話番号』が書かれた紙を手に取り、ぞれぞれ確認を始める。
「……これ、飛行機の時刻表だね。ジール行きのフライト時刻に丸がついてる」
「この写真に写ってる建物、学園から一番近いところにある空港だな」
「こ、この電話番号……、調べてみたらタクシー会社のだったよ」
「……じゃあ、このお金はきっとタクシー代かな……」
「「「…………」」」
――見送りに来いという圧が強い……!
手紙に同封された空港への直行セット一式に、四人はリリアからの見えないプレッシャーを感じ取る。
「…………」
「……どうする?」
それは誰に向けられたものでもなく、チーム全体としての意思を問う言葉。
メンター室内はしばらく沈黙が続き、そしてようやく誰かが口を開く。
「……別にいいだろ。行かなくても」
その言葉に、誰一人として反対することはなかった。
「見送りに来てほしいなら、素直にそう言えばいいのに」
「見送りはあくまでこっちの意思で……ってことにしたいのが透けて見える」
「しかもこの時間だと、今すぐ出て急いでもギリだぞ」
「なんとか間に合った!……みたいな場面を演出したかったんだろうね。きっと」
リリアの意図を勝手に想像し、好き放題言い放つ雪春たち。
もしそれをリリアが聞いていれば、『この血も涙もないカスどもめぇ……!』と叫びながら、床をたたいていただろう。
「つうかわざわざタクシー代まで用意するぐらいなら、祭りで使ったオレらの……」
「…………」
「…………」
「…………」
「「「「……あっ!!」」」」
蛇塚のふとした言葉に、四人は全員同時に思わず声を上げる。
そう、彼らは思い出したのだ。彼らがリリアとの間でやり残した、何よりも大切なことを。
彼はタクシー代を握り、すぐさまメンター室を後にする。
それはもちろん、この国を離れるその前に、リリアのもとへと向かうため。
伝えたい言葉を、届けたい思いを胸に、彼らは走り出した。
――――――
とある国際空港にて――
「キャーッ! リリアーナ様ァ!!」
「手ぇ振ってくれたぞ! 写真撮ったか!?」
ジール王国の第一王女『リリアーナ・ガルリア』――彼女が空港内に現れたその瞬間、そこにいる多くの人々が興奮し、声を上げる。
バリケードに警備員、そしてボディーガードに守られながら歩く彼女のその姿は、老若男女問わず、その目を釘付けにしてしまう。
他国のロイヤルファミリーを直接目にする機会など、そうあるものではない。
その数少ないチャンスを逃すまいと、マスコミも含め、空港には多くの人々が訪れていた。
「またいつか日本に来てくださーい!」
「さようならー!!」
そんな自分を目当てに集まった人々に対し、リリアは笑顔を浮かべながら手を振っていく。
その群衆の中に、
「いません……か」
リリアが彼らと過ごしたのは、たったの三週間という短い時間。しかしその時間は、リリアにとって信じられないほど美しい記憶だった。
己を王女としてではなく、対等な友人として接する。それは言うほど簡単なことではない。
だが彼らは、事実そう接した。“じゃんけんに負けたやつが飲み物買いに行こうぜ”と誰かが言いだした際、当たり前のようにリリアもじゃんけんをする側に含むくらいには。
さすがのリリアもそれには“マジかこいつら”と引いたが、それはまさしく対等な関係そのもの。
よくある物語のように、本来の高貴な身分を忘れ、普通の学生と同じような日々を過ごす。そんな幼いころに捨てたはずの夢を、彼らは叶えてくれたのだ。
今後、己の身にどれだけの不幸が降りかかろうと、これから歩む人生がどれだけ暗かろうと、その記憶さえあれば、前に進んでいける。そんな確信を持てるほどに、光り輝く日々だった。
しかしその奇跡のような時間は、もう二度と訪れることはない。
帰国すれば、王位争いはさらに激しさを増すだろう。今回のマリネッタによる暗殺未遂の一件は、第一王子が見せた明確な隙。
リリアはとうに覚悟を決めていた。浮ついた心は、全てこの国に置いていくと。
だからこそ、また第一王女としての日々に戻るその前に、彼らの顔を一目見ておきたかった。そんな思いから、リリアは彼らの姿を探すが、やはり見つからない。
まあ、あいつらカスだもんな――そう心の中で吐き捨てながら、リリアは彼らを探すのを諦め、搭乗ゲートへと進んでいく。
――その時だった。
「リリアぁーッ!」
多くの声が飛び交うなか、確かに聞こえたその声に、リリアは思わず立ち止まる。
そして、その声の方へと勢いよく視線を向けた。
「っ……!」
するとそこには、群衆にもみくちゃにされながらも、バリケードの最前列になんとか潜り込もうとする、チーム『愚蓮努羅魂仏血切離』の四人全員の姿が。
「ユキー、アキー、ナッツ、トウカ……!」
来てくれた――その事実が、リリアの心を熱くする。
さらに彼ら四人は、バリケードの最前列までたどり着くと、持っていた手持ちサイズのホワイトボードに何かを書き込み、そして高々と掲げた。
それは間違いなく、四人からリリアへと送るメッセージ。
永遠の別れになるであろうこの瞬間に、彼らが届ける言葉とは一体何なのか。それを知るために、リリアは必死に目を凝らす。
そこに書かれていたのは、特に何のひねりもない、たった三文字の日本語と感嘆符――
――『金返せ!』だった。
「…………は?」
全く予想していなかったその文字に、リリアは思わず素の声を漏らす。
そしてさらに、彼らはホワイトボードを掲げたまま、口々に叫びだした。
「オレらに祭りで払わせた金返せッ!」
「34,200円!」
「52,300円!」
「27,000円!」
「75,600円!」
「こらっ! 君たち何をわけのわからないこと叫んでるんだ! 今すぐやめなさい!」
「こちらE地点! バリケード付近で未成年四人が暴れています! すぐに応援を!」
警備員たちに制止されながらも、彼らは止まることなく叫び続ける。
そんな彼らの姿を見て、リリアは――
「リリアーナ様、どうやら様子のおかしい者がいるようです。この場は早めに……リリアーナ様?」
「ふっ、くっ……、アハハハハハッ!!!」
困惑するボディーガードをよそに、リリアはためらうことなく大声で笑う。
急にバカバカしくなったのだ。もう二度と会えないだとか、そんな暗いことを考えていた自分が。
彼らは一度として、自分の思い通りには動いてくれなかった。面接では暴れだして、大使館では粘液まみれで、人のプリンを勝手に食べて、獣人との戦闘に乱入してきて。
彼らに常識的な行動は期待できないと、とっくに知っていたはずなのに。
さらに彼らのリーダーは、あのメイルカムイを支配下に置き、召喚するだけでバラバラにしてしまうような、この世の誰よりも常識外れな存在。
それに比べれば、再びどこかで巡り合う程度の奇跡、一体何が不可能だと言うのか。
リリアは群衆に向けて大きく手を振り、そして叫んだ。いつかの再会を願う、一時の別れの言葉を。
『また会いましょう! 日本の美しき友人たちよ!』
どこにでもいるただの少女の、咲き誇る笑顔と共に。
――――――
学園の敷地内に存在する記念公園。
なぜ、セーラスのボスである摩耶は、そこを儀式の場として選んだのか。
その答えは地下にある。
銅像がそびえ立つ、その真下。
深く、深く、地下監獄の最下層フロアである『L5』、それよりもさらに深く。
その気が遠くなるほどの地下深くに存在するのは、不自然に開かれた空間。
そこにたどり着くための道はなく、その空間の中心には、
それはかつて、『現人神』と呼ばれた男の肉体。
その肉体が生命活動を停止し、数百年以上が経過した今でもなお、それは生前となんら変わらぬ姿を維持し続けている。
役目を終え、もう二度と動くはずのなかった、神の操り人形。
そのまぶたが再び、開かれる。
次回、出所。