魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
学園内 某所――
「うぅん、まぶし~っ」
雲一つない青空に、目もくらむような夏の日差し。
それは彼女――
「それではこちら、お預かりしていた荷物になります」
「ありがとね、わざわざ運んでもらって。……それにしても、所長自らお見送りなんて、さすがに特別扱いし過ぎじゃない?」
「いえ、
「ちょ、いいよそんな」
登坂が制止するのも構わず、監獄の最高責任者である金盛は頭を下げながら、持っていた荷物を登坂へと手渡す。
登坂と金盛。ほんのつい先ほどまで、その立場に明確な差があった二人だが、登坂が
「しかしまあ、改めてお世話になったね」
「いえ、とんでもない。また会えるのを楽しみにしております。次は冬ごろになるでしょうか?」
「あのさあ、当然のように私が
そこは“もう二度と戻ってくるなよ”って言ってくれないと――そう不満を口にする登坂だが、金盛は内心“どうせすぐ戻ってくるだろうな”と諦めている。二度どころか、既に三度も戻ってきているがゆえに。
「ところで登坂様、これからどちらに? もし時間がありましたら、立花様が――」
「あーごめん。私、これから会わないといけない相手がいるから。呼び出しならパス」
「……その相手というのは?」
「そうだね……。強いて言うなら、何物にも代えがたい大切な存在……かな」
そう告げると、登坂は迷いのない足取りで進んでいく。
収監中、ひと時も忘れることなく思い続けた、
数時間後――
「あ~~~っ、ぜっんぜん当たんねぇ」
登坂は
ここまでで消費した万札は既に五枚。入店してから、まだ一度も当たりを確認できていない。
「やっぱり『国鉄ハーレムトレイン』の最新台にしとけばよかったかなぁ……。今からでもそっちに移動して……いや、でも千回転以上回したこの台を誰かに当てられるのも
引き際を完全に見失い、登坂は絵に描いたようなパチンコの泥沼にハマっていく。
すると、そんな登坂の隣の台に、一人の
「……?」
ただ、その少女は遊戯の方法を知らないようで、恐る恐るボタンを押してみたり、玉がない状態でハンドルをひねりったりしながら、不思議そうに首を傾げている。
「……はぁ」
そんな少女の姿を見かね、登坂は口を開いた。
「左上のところにお札を入れるんだよ」
「……ここ?」
「そう。で、『玉貸』って書かれたボタンを押して、後はハンドルをひねるだけ」
「あ、ほんとだ。いっぱい出てきた」
「…………」
「…………」
「……久しぶりだね、
「うん。久しぶり、明海」
学園でメンターとして働く登坂と、セーラスのトップである摩耶。二人は互いに顔を合わせず、遊技台のモニターに顔を向けたまま、再会の言葉を交わす。
「明海と会うのも、
「それなりかな。そっちは随分とやんちゃしてるみたいじゃん。聞いたよ、拳聖祭で暴れたんだって?」
「それは『左打ちしてください!』だから。まあ『左打ちしてください!』のは否定しないけど。そもそも『左打ちしてください!』じゃない? だから『左打ちしてください!』のつもりで――」
「ごめん、ちょっといい?」
登坂は立ち上がると、摩耶の背後に移動し、ハンドルのひねり具合を調整する。
「こうやって、玉が左側に流れるように……よし」
遊技台からの警報音が鳴り止むと、登坂は席へと戻り、再び会話を再開させる。
「じゃあ申し訳ないけど、もう一回言ってもらっていい?」
「別に大したことじゃないし、私のことはいいよ。それより、チームの他のみんなは元気?」
「元気にしてるよ。美咲は思ったよりちゃんと教師やってるし、リーダーからはこの前二人目を出産したって連絡があったばかりだし」
「え、リーダー結婚してたんだ。相手は誰? やっぱり高田くん?」
「いや、高田とは大学の時に別れて、そのあと出会った別の人と」
「うそっ、あんなにラブラブだったのに?」
「あれから十年以上も経ってるんだから、何もかも昔のままなわけないよ」
「……そっかぁ」
「結婚式にも出たけど、ウェディングドレスを着たリーダー……、すごくきれいだったよ。“ここに摩耶もいてくれたら……”って、ちょっと寂しそうだったけどね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ねえ、『7』が三つ揃ったけど、これって当たり?」
「当たり当たり、RUSH直行の大当たりだよ」
――『ドブカスRUSH突入ッ!』――
しんみりとした空気が二人の間に流れるなか、過剰な音と光を発する遊技台に、登坂は思わず舌打ちをしてしまう。
それは、自分が全く当たらないなか、隣で『
「そういえば、水谷くんは――」
「アレは知らない」
「……もしかして、まだ仲悪いの?」
「当たり前じゃん。だってアレ、自分を常識人だと思い込んでる狂人だよ? 逆にアレと仲良くできる理由が私にはわからないんだけど」
「そこは昔と変わらないんだね」
不愉快な相手のことを思い出し、登坂は気分を悪くする。
遊技台も相変わらず万札を飲み込み続けており、イライラが止まらない。
しかしそれでも、かつてのチームメイトと会話ができるこの時間が、登坂には楽しくて仕方なかった。
ただ、その幸せな時間を自ら断ち切るかの如く、登坂は本題へと切り込む。
「……それで、摩耶は何しに来たの? まさか本当に、思い出話をしにきたわけじゃないでしょ?」
「うん。実はね、明海にお願いがあるの」
「お願い?」
「そう。ねえ明海……セーラスに入ってくれない?」
「…………」
「この前の襲撃で、かなり人員を減らしちゃったから。今、戦力募集中なんだ」
摩耶から登坂に告げられる提案。それは組織への勧誘であり、学園を裏切るよう
「……一応言っとくけど、私これまでに何度もセーラスと敵対してるし、幹部も何人か監獄送りにしてるからね?」
「別にそんなの気にしないよ。それに、明海が監獄に送った幹部って、みんな『元グルド組』の連中でしょ? 組織を大きくするために取り込んだけど、私もあいつら嫌いだし」
「…………」
「それで、どう?」
摩耶は期待の込めた眼差しを登坂へと向ける。
そんな摩耶に対し、登坂は一度大きく息を吐き、返答の言葉を告げた。
「それはできないかな」
「……理由、聞いてもいい?」
「美咲に殺されたくないから」
「……そっか」
それだけ聞くと、摩耶は一切食い下がることなく勧誘を諦める。
そしてそのまま、二人はしばらく無言で打ち続け――
「ねえ明海、『TOTAL 50000』って出たけど、これ当たりが終わったってこと? 私、そろそろ帰らないといけなくて」
「終わり終わり。後は『返却』ボタンを押して、出てきたカード持ってカウンターのところ行きな」
「あ、出てきた。……じゃあ明海、また会おうね。美咲によろしく」
そう言って去っていく摩耶の姿を、登坂はただ無言で見送る。
次に会う時はきっと、敵同士としてになるだろう――そんな予感を、胸に秘めながら。
その数分後――
「ねえ明海、たくさん渡されたこの『大景品』ってやつ、どこに持っていけばいいの? 店員さんに聞いても『みんなあっちに行く』としか言ってくれなくて……」
「…………」
この後、登坂は摩耶を古物商へと連れていき、改めて別れの言葉を告げることになった。
さらに数時間後――
「なにこれ~、まっっったく当たらないんだけどぉ……。どうなってるのぉ? もう二千回転超えてるよぉ? 確率って知らない? ちょっとさぁ……」
未だ登坂は一度も当たることなく、既にかなりの額を失うなか、それでもその場に座り続けていた。
そんな死臭を漂わせる登坂の隣に、またもや一人の女性が腰を下ろす。
さらにその女性も、先ほどの摩耶と同様、遊技経験に乏しいらしく、遊技台の前で首を傾げている。
「……左上のところにお札入れて、『玉貸』ボタン押して……って、この説明さっきもやったんだけど、美咲」
登坂は呆れるように告げながら、隣に座る女性――立花美咲に視線を送る。
「……摩耶と会ったのか」
「まあね」
「……どうだった?」
立花からの問いかけに、登坂はつい先ほど見た摩耶の姿を思い出す。
その見た目は、学生時代から何一つ変化していなかった。
見た目だけではない。話し方も、細やかな仕草も、ケガを無意識に隠そうとする癖も、彼女のその全てが――
「変わってなかったよ。全部あのころのまま。誰かに体を乗っ取られてるわけでも、洗脳されてるわけでもない。あれは確かに、摩耶だった」
「……そうか」
「美咲の気持ちも、ちょっとわかった気がするよ」
立花と摩耶。登坂から見て、二人は間違いなく心を通わせあった親友だった。
しかし今の立花は、そんな摩耶の命を奪おうとしている。
親友なのに、ではない。親友だからこそ、自分の手で――
「……あーやめやめっ! 話題変えよう。そういえば美咲、この前の襲撃の時、大活躍したらしいね」
「私は何もしていない」
「またまたぁ、金盛くん言ってたよ。記念公園での戦いの余波が周囲に広がらなかったのは、美咲が張った結界のおかげだって」
「…………」
「私はてっきり、摩耶が現れたことを聞いたら、すぐすっ飛んで行くと思ってたからさ。正直意外だったよ」
「……私も、そう思っていた」
「だよね。何か心境の変化でもあった? 摩耶のとこに行こうとしたら、生徒の顔が頭に浮かんだとか」
「…………」
「…………」
「…………」
「まじでか……ッ」
沈黙は肯定だった。絶対にないだろうと、冗談のつもりで口に出した言葉が正解だったことに、登坂は開いた口が塞がらない。
「……明海、『7』が揃ったが、これは当たりか?」
「いや、当たりだけど! 今はそんなのどうでもいいよ! えっ、ほんとに!?」
「ああ……」
「……そっか、あの美咲がねぇ」
二人はそのまま黙り込み、店内BGMと遊技台の音だけがその場に流れ続ける。
どれほど経ったかはわからない。その上で、登坂が絞り出せたのは、なんともありきたりな言葉だった。
「変わったね、美咲」
「…………」
「なんかこれ、前にもメンター室で同じようなこと言った気がする」
十七年の歳月は、人が変わるには十分すぎる時間なのだと、そんな当たり前のことを登坂は改めて実感する。
「それで、聞きに来たのは摩耶のことだけ?」
「いや、お前には雪春のことで話が……」
「雪春くん?」
「……やはりなんでもない。忘れろ」
「え、ちょっ――」
戸惑う登坂をよそに、立花は一方的に言い切ると、遊技をやめて立ち上がる。
そしてその去り際、登坂に背を向けながら問いかけた。
「摩耶は、何か言っていたか……?」
「……美咲によろしくってさ」
「……そうか」
短くそれだけ告げると、立花はその場から離れていく。
摩耶からの言葉に、立花が一体何を思ったのか。それは登坂にもわからない。
ただ小さくなっていく立花のその背に、聞こえるはずのない声で登坂はつぶやいた。
「美咲、私はさ……チームのみんなで一緒にお酒を飲めたらいいなって、今でも本気で思ってるよ」
決して叶うことのないであろう、その願望を。
数分後――
「明海、この『大景品』というのはどこに持っていけば――」
「それもさっきやった!」
登坂は思わず大声で叫んだ。
立花を古物商へと連れていき、一人また遊技台の前へと戻ってきた登坂は、先ほど自分で口にした言葉を反芻する。
「みんなでお酒を飲めたら……か」
それは何も、決してあり得ない未来ではなかったはずだ。
喧嘩して、問題ばかり起こしていたチームだが、そこには確かな繋がりがあったのだから。
歪んでしまったのは、十七年前の
現人神の誕生、巫女の予言、セーラス、グルド。あらゆる事象が重なり、最悪の結末をもたらした五月三十一日。
そう、あの日は、夏の訪れを感じさせる暑さで――
――『ポキューン!』――
「おっしゃ先バレ来たぁ!!!」
期待度の高い演出が発生したことで、登坂は考えていたことを全て忘れ、目の前の遊技台に夢中になる。
「どいつもこいつも、人の隣でオスイチかましていきやがって……! 見せてやる! 私の最高の大まくりを! 当たりよ来いッ!」
リーチがかかり、赤保留に金カットインと、順調に演出を消化していくなか、突如遊技台のモニター画面が暗転する。
それは大当たり濃厚の演出。その暗転した画面に反射して映るのは、当たりを確信した登坂の笑顔。
しかしそこにはもう一つ、別の顔も反射していた――
――自身の後頭部をじっと見つめる、教え子の顔が。
「…………え?」
登坂はゆっくりと、己の背後を振り返る。
するとそこには、自身がメンターを担当する学生――渡谷雪春が立っていた。
ゴミを見るような目つきで、登坂を見下ろしながら。
「……雪春、くん?」
「はい、あなたの教え子の雪春です」
「…………」
「…………」
――『後は言わんでも分かるやろ。ハズレや』――
冷や汗を流し、雪春と無言で見つめ合うなか、遊技台からは無情な音声が鳴り響く。
「……もしかして、怒ってる?」
「いえ、怒ってません」
「だ、だよね! よかっ――」
「投獄されていたとはいえ、これまで異能指導をサボっておいて、出所して真っ先に向かったのがパチンコという事実に、怒りを超えて呆れてます」
「あ、その……、あんまり投獄とか出所とか大声で言わないで……」
「はぁ……。これ、メンターがいない間に溜まってた書類なんで、サインお願いします」
登坂は気まずさゆえ、雪春から目を逸らしながら、渡された書類を受け取る。
「そういえば、よく私がここにいるってわかったね」
「立花先生に教えてもらいました」
「美咲ィ……」
つい先ほどまで傍にいた友人を恨みながら、登坂は書類にサインを書き込んでいく。
その時、ふと一枚の書類が登坂の目にとまる。
それは何の変哲もない、ただのチーム名簿。チーム『愚蓮努羅魂仏血切離』の全員の名前と顔写真が乗るその書類を見て、登坂はかつての姿を重ねてしまっていた。
まだ、同じ道を歩んでいた友人たちの姿を。
「……雪春くん」
「なんですか?」
「同じチームの友人は大切にしなよ。きっと……、一生モノの関係になるから」
それは、自分たちのようにはなってほしくない――そんな思いから口に出た言葉だった。
少し長く生きた大人として、失敗を経験した先人として。
柄にもなく、登坂は心からの助言を送る。しかし――
「いや、あいつらただの手駒なんで」
――雪春には届かない。
「ごめんね。自分のこと棚に上げて言わせてもらうけど、友達なくすぞ」
「だから友達じゃないですって」
しかしそんな二つ名を持つ彼女は今、人を教え導くことの難しさを実感していた。
「そういえば、メンターに聞きたかったことがあるんですけど」
「ん? なに?」
「冬二に異能の指導をしてるって、本当ですか?」
「…………」
登坂は思わずサインする手を止め、顔を上げて雪春の表情を確認する。
するとそこには、以前地下監獄で見たものと全く同じ、満面の笑みが浮かんでいた。
「な、なんでそのことを知って……」
「僕の友人を自称する情報通のやつから教えてもらいました」
「キミも友人として接してあげなよ……」
「話を逸らさないでください。まさかとは思いますけど、自分の担当チームの学生は放っておいて、何の関係もない学生を指導してるなんてこと……ありませんよね?」
「…………言い訳いいですか?」
「僕を納得させられるだけの理由と自信があるならどうぞ」
「…………」
登坂は口を開けなかった。
「メンター……いえ、
「……はい」
「異能指導をしてくれるって、約束しましたよね?」
「……はい」
「あまりにも不義理で、ひどい話だと思いませんか?」
「……思います」
「ですよね! ではそれを踏まえて、登坂さんにお願いしたいことがあるんですけど」
「えっと、それは一体……」
「お願いしたいことが、あるんですけど」
内容とか関係なく了承するよな?――そんな言葉が、登坂には聞こえた気がした。
「な、なんなりと……」
「ありがとうございます! メンター!」
雪春は満面の笑みを、登坂は引きつった笑みを浮かべ、二人はある取引を行う。
反社会的勢力からの勧誘を断れる登坂だが、そんな彼女でも、教え子の笑みには勝てなかった。
???『渡谷雪春は18歳未満にもかかわらず、8月某日、パチンコ店に客として入店した疑いがある』
2巻の書影が出ました!
発売日は2026年4月20日です。
https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824015976&vid=&cat=BNK&swrd=