魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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夏はループの季節

 

 Q.夏といえば?

 

 A.そう、ループだね!

 

 

 

 それが起こったのは、八月二十五日の深夜二時ごろ。いわゆる丑三つ時。

 お盆の時期も過ぎ、夏の終わりが近づいてきたことで、どこか寂しさのようなものを感じ始めていた時のこと。

 

 長期休みのため、生活習慣など知ったことかとばかりにゲームに興じていた僕は、突如ある違和感を覚える。

 

 例えるなら、腹の中を指で直接なぞられているような、そんな不快感。

 そしてその不快感とほぼ同時に、僕の視界は暗転する。

 

 すると次の瞬間――

 

 

 

 

 

「――おい、深淵(しんえん)よ。聞いておるのか?」

 

 僕はバイト先で接客をしていた。

 

「……は?」

 

「だいたい最近の若いもんは我慢というやつを知らん。ワシらが若いころはもっと――」

 

 目の前でグチグチと文句の言葉を口にするのは、クレーマー四天王の一人である『“昭和の遺物”茂森(しげもり)』。

 そして僕の服装は、バイト中に着用しているいつもの仕事着。

 先ほどまで着ていたはずの寝間着ではなく、先ほどまで持っていたはずのゲーム機もない。

 窓からは日差しが差し込み、現在時刻が日中であることを示している。

 

 一瞬、ゲームをしながら寝落ちしてしまったのかとも考えたが、五感で受け取るあらゆる情報が、これが夢であることを否定していた。

 つまり僕は今、つい先ほどまで自室でゲームをしていたにもかかわらず、なぜかバイト先(この場)に立ち、接客を行っているということだ。

 

「……? …………???」

 

 当然、僕の脳内はパニック状態。

 明らかに時刻も違うことから、瞬間移動させられたというわけでもないのだろう。

 

「――なんてこともあったんじゃ。それと比べれば、今の時代は本当に……ってコラ若造! どこに行くんじゃ!? 話はまだ終わっとらんぞ!」

 

 僕の身に一体何が起きたのか――その答えを探るため、未だ説教を続ける茂森を無視し、スタッフルームへと戻る。

 そしてすぐさま休憩室で携帯を確認し、そこに表示されている時刻を見て、ようやく僕は少し事態を把握することができた。

 

 八月十八日、午前九時十二分――それが、携帯のディスプレイに表示されていた時刻。

 

 その後、しばらく普通にバイトを続けていたが、既視感のある出来事が立て続けに生じていく。

 普段めったに頼まれることのない限定メニューが注文されたり、態度の悪い新スタッフの教育を任されたり、スギタニくんが暴走したり等々。

 よくよく考えれば、最初の茂森の説教内容も一度聞いたことが……いや、あの人何度も同じ話するから一度とかのレベルじゃないな。隙を見せるとすぐ暗黒期のパ・リーグの話ばっかするし。

 まあ茂森はさておき、デジャブのようなそれらの出来事を受け、ようやく確信へと至る。

 

 

 僕は時間跳躍(タイムリープ)したのだと。

 

 

 普通なら、時間が巻き戻っているとわかった時点でさらにパニックに陥るところだが、こちとら異能社会で過ごすこと約一年半。

 あらゆる異常事態に慣れ、そしてあらゆるフィクション的展開を想像し、期待していた僕はすぐさまこの状況を受け入れることができた。

 ただ現時点ではあまりにも情報が少なく、タイムリープした原因も不明。

 そのため、僕は以前と同じように日々を過ごしながらも、情報収集に力を入れる。

 何か周囲で不可思議な出来事が生じていないか、前回過ごした日々と何か差異が生まれていないか。

 きっとどこかに、タイムリープすることになったきっかけ(・・・・)が存在するはず!

 僕はそう確信し、常にアンテナを張り巡らせていたのだが――

 

 

 ――特に何も起こらず、普通に一週間がたった。

 

「……あれぇ?」

 

 何かしらの事件が勃発することもなく、街は平和そのもの。本当に前回と全く同じ一週間を過ごしただけだった。

 はて、一体僕は何のためにタイムリープしたのか?

 元カノが殺される運命を変えるためだったのでは?――なんて考えも浮かんだが、恋人などいたためしがなかったことに気づき泣いた。

 

 自室のベッドで横になり、釈然としない思いを抱えたまま、僕は携帯で現在時刻を確認する。

 そこに表示されていた時間は、八月二十五日の深夜二時十七分。

 そういえば、前回タイムリープしたのはこのくらいの時間だったな、などと考えていたその時、突然視界が暗転する。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい、深淵よ。聞いておるのか?」

 

「…………」

 

「だいたい最近の若いもんは我慢というやつを知らん。ワシらが若いころはもっと――」

 

「…………ループパターンかぁ」

 

 バイト先の仕事着を身に着けた僕の前で、グチグチと文句の言葉を口にする『“昭和の遺物”茂森』。

 あまりにも見覚えのあるその光景に、僕は自分がループしていることを悟った。

 

 その後、さらにもう一週間過ごしたが、全く同じ時刻にタイムリープが発生したことで、ループ説は疑いようのないものに。

 これで都合三度も同じ日々を過ごしたわけだが、とりあえず現時点でわかっていることとして――

 

・ハ月十八日の午前九時過ぎから、八月二十五日の深夜二時過ぎの約一週間をループしている。

・ループは起点終点ともに時間固定。ループが始まる場所は、必ずバイト先の茂森の説教から。

・ループ終了時の場所は特に関係ないらしく、どこにいても同じ時間にタイムリープが発生する。

・僕以外の人間はループしていることに気づいていない。(ムーも気づいていないみたいなので、おそらく悪魔も)

 

 ――大体こんなところだろうか。

 

 僕以外の人間はループに気づいていないことから、このループは僕を中心に発生している可能性が高い。……そう、僕を中心に(・・・・・)

 それに気づいた時、僕のテンションは爆上がりした。

 秘められていた真の能力に目覚めたのか、はたまた誰かから異能を使用されたのか。

 いずれにせよ、この“ループし続ける一週間”の原因を突き止め、そして抜け出して見せることこそが、僕に課せられた使命に違いない。

 

 ついに来た……! 繰り返す夏の日々、自覚しているのは僕一人。これが主人公でなくて何だというのか……!

 僕が救って見せる! この間違ったループする日々を、正すために!

 

 

 

 ――と、気合を入れた4週目。

 

 やはり街は平和だった。

 

「…………あれえ?」

 

 こういうのって、何かしらわかりやすい原因があるものじゃなかろうか?

 しかし、僕の身に危険が迫っているわけではなく、僕以外の誰かがそうというわけでもない。四度の繰り返しを経てなお、相変わらず街の様子は平和そのもの。茂森もずっとうるさい。

 今回は捜索範囲を広げ、いろんな場所に足を運んでみたのだが、ループの原因となるようなものは見当たらなかった。

 結局、この週は何の進展もなく終わってしまう。

 

 

 

 

 

 

 5週目――

 

 さっそく手詰まりになってしまった。

 

 そのため、僕は発想の転換を行う。

 ループするからには何か大きなきっかけが――その考えを疑ってみることにした。

 もしかすると、意外にも些細なきっかけが、ループを引き起こしている可能性もあるのではないかと。

 そこで僕が目を付けたのは、ループの起点(・・)

 

 なぜ、毎回ループの起点が『茂森の説教』から始まるのか。よく考えれば不思議な話だ。

 だからこそ、僕は思い至る。実は茂森の説教こそが、ループから抜け出すためのカギなのではないかと。

 そう、きっとこれは……孤独な老人の声を聞けという世界の叫び!

 

「――おい、深淵よ。聞いておるのか?」

 

「…………」

 

「だいたい最近の若いもんは我慢というやつを知らん。ワシらが若いころはもっと……む? 何のつもりじゃ、深淵」

 

 ループの起点、もはや見慣れた茂森の姿。

 そんな茂森の座るテーブル席の向かい側に、僕はゆっくりと腰を下ろす。

 

「……話、聞かせてもらえませんか?」

 

「なに……?」

 

「茂森さんの話が、聞きたいんです」

 

 聞いてやる、聞くしかない。そんな心持でいては、きっと見透かされてしまうだろう。

 だからこそ僕は、“聞かせていただく”という態度で臨む。本気の眼を、茂森へとぶつける。

 

「……ふん。虚無を(つかさど)り、深淵とまで呼ばれるお前に、そんな熱い目ができたとはな……。いいじゃろう、ワシがこれまで積み上げてきた重みある言葉を、貴様の魂に刻み付けてやろう。メモは取ってはいかんぞ」

 

「はい……ッ!」

 

 こうして、僕はバイトそっちのけで、茂森の言葉に耳を傾ける。

 ループから抜け出す――その思いを胸に。

 

 

 そこからは地獄だった。

 

 口を開けばセクハラにパワハラにマタハラと、過去の悪行を自慢話のごとく生き生きと語る茂森。

 やってないハラスメントを見つける方が難しく、SNSでつぶやけば擁護ゼロの炎上必至発言を幾度となく繰り返す。

 聞きなれない単語が出てきて検索してみると、もれなくドぎつい差別用語だったり。

 スポーツ選手が練習中に水を飲むことを異様に敵視したり。

 選挙権は六十代以上だけに与えるべきだと言い出したり。

 もはや『老害』という枠を超越した何かであり、“昭和の遺物”なんて二つ名で呼ぶには、昭和生まれの方々に申し訳ない。

 

 ただそれでも、話を聞くだけで精神がゴリゴリに削られるなか、僕は面と向かって茂森と相対し続けた。

 その日だけでなく、次の日も、そのまた次の日も。バイトがない日も店へと足を運び、茂森の向かい側の席に腰を下ろし、話を聞き続ける。

 店長や他のスタッフからは気が触れたと思われ、病院に行くよう強く勧められたが、それでも僕は話を聞くのをやめなかった。

 

 すると、その粘りが功を奏したのか、茂森は少しずつ僕に心を許し、自身のこれまでの人生を語り始める。

 定年退職するまで四十年以上同じ会社で働き続け、仕事に命を注いで生きてきたこと。

 妻とは熟年離婚し、広すぎる一軒家で一人暮らしをしていること。

 娘には絶縁宣言されており、もう十年以上も孫に会えていないこと。

 今はこの店で、若者に説教をしながら酒を煽ることだけが、人生における唯一の楽しみであること。

 

 最初こそ怒鳴るような勢いで、悪いのは全て自分ではなく周囲の環境!――とばかりに語っていた茂森だが、だんだん話していくにつれ、なぜかその勢いは弱まっていく。

 

「……どうじゃ? つまらんじゃろう、ワシの人生は。特にキミのような、可能性に満ち溢れた若者には……」

 

 全てを語り終えるころには、これまでにないほど悲痛な表情をさらしていた。

 それはクレーマー四天王の一人である茂森が、僕に限らず、店のスタッフに初めて見せた弱い部分。

 そんな茂森に対し、僕は寄り添う言葉をかけるのではなく、突き放すでもなく、素直に感じた思いをぶつける。

 

「つまらないかどうかは、今の僕にはわかりません。茂森さんの言うように、僕はまだ何も知らない若造ですから。……でも、少し寂しいなとは、思いました」

 

「……そう、か」

 

 その後も、僕は茂森との対話を続けた。ただ一方的に話を聞くだけでなく、こちらからも自分のことを話しながら。

 およそ一週間に渡り、それはまるで教師と生徒のように。あるいは祖父と孫のように。はたまた年の離れた友人同士のように。

 『他所(よそ)でやれよ……』というスタッフの言葉を、聞こえないフリしながら。

 

 

 そして、ループ直前の八月二十四日――

 

「……最近の若者は×××ばかりだと思っておったが、深淵……いや、渡谷くんのような者もおることを思えば、日本の将来も……捨てたものではないのかもしれんな」

 

「茂森さん……」

 

 茂森さん(・・・・)の告げた言葉に、僕の心は震えていた。

 若い人間の一挙手一投足、その存在の全てが気に入らないと豪語していた茂森さんが、僕のことを認めるような発言をしたのだ。

 この一週間の全てが、報われた気がした。

 この時、僕は確信する。人の本質は光。本気で向き合えることができれば、この世から争いはなくなるのだと。

 

「渡谷くんは……、高校生じゃったか?」

 

「はい、高校二年生です」

 

「……ワシの孫も、確かそれくらいじゃったかな……」

 

 今にも泣きそうな表情でそう告げる茂森さん。そんな茂森さんの手を取り、僕は告げる。

 

「茂森さん……!」

 

「? なんじゃ?」

 

「あの、僕……物心がつく前には祖父が亡くなってて、おじいちゃんっていうのがどんな存在なのか知らなくて……。でもここ数日、茂森さんと話してて思ったんです。おじいちゃんって、こんな感じなのかなって……」

 

「渡谷くん……」

 

「だから、その……! すごい変なお願いなんですけど……。茂森さんのこと、おじいちゃんって……呼んでもいいですか?」

 

「っ……! ……ふん、好きにせえ」

 

 茂森さんは僕から目を逸らし、ぶっきらぼうに告げる。

 しかしその目には、確かに光るものがあった。

 

 そうして、僕は茂森さんと心を通わすことができ、八月二十五日を迎える。

 

 

 

 

 普通にループした。

 

 

 

 

 6週目――

 

 

「――おい、深淵(しんえん)よ。聞いておるのか?」

 

「うるせえッ!!!」

 

「おおっ!? なんじゃ急に?」

 

「うるせえっつってんだよ×××ッ! お前なんて××して×××××した後××して××ッ! このコンプラゆるゆるの時代に生まれただけの犯罪者がッッッ!!!」

 

 前回の歩み寄りが全てリセットされ、説教を垂れてくるボケ森に、僕は中指を立てながら、ありったけの罵詈雑言をぶつける。

 

 なにが『おじいちゃんって……呼んでいいですか?』だ! 気持ち(わり)ぃ!

 ウチのおじいちゃんピンピンしてるわ! この前もゲートボール大会で優勝したのをSNSで自慢してたわ!

 人の本質は怒りと闘争! この世はどこまでもいってもクソッ!

 

 先輩スタッフに羽交い締めにされながらも、僕はクソ森が口にしていた差別用語をクソ森へと言い放ち続ける。

 その後、スタッフを生命限界ギリギリまで働かせることに定評のある店長から、帰って休むよう告げられた。

 

 結局、6週目はあまりの腹立たしさに、ループ対策を何もできずに終わる。

 

 

 

 

 

 

 7週目――

 

 

 万策尽きた。

 

 そのため、僕は藁にも縋る思いで、漫画やアニメなどを参考にループからの脱出を試みる。

 

 まず手始めに、『愚蓮努羅魂仏血切離(ミスフィット)』の三人をメンター室に強制徴集し、夏休みの宿題を全員で協力して終わらせてみた。

 

 ループした。

 

 

 

 

 8週目――

 

 

 トラックに轢かれそうな子を必死に探すが、見つからなかった。

 

 ループした。

 

 

 

 

 さらに9週目、10週目、11週目と繰り返していき、15週目――

 

 

「無理だな」

 

 僕は諦めた。

 

 もちろん諦めたといっても、完全に諦めたわけではない。

 あくまで『自分の力だけで解決する』というのを諦めただけだ。

 正直に言えば、一人で何とか解決してみたいという思いはあったのだが、異能知識の乏しい僕だけではやはり限界があった。

 

 そのため、僕はループしていることを誰かに告げ、協力してもらうことに決める。

 なんかすごい力を持ってそうな理事長とか、特に天眼路(女探偵)さんなんかは喜んで協力してくれそうだ。

 それに最悪の最悪、冬二の異能を無効する力があれば、なんとかなるだろうし。ちなみに冬二には、宿題を終わらせる週かどこかで一度連絡したが、忙しかったのか電話に出ることはなかった。

 

 まあそれはさておき、さっそく誰かに協力要請を――と考えたところで、僕は思い至る。

 せっかくの『ループし続けるこの一週間を、最大限に利用すべきなのでは?』と。

 ……そう、『夏休みが終わらなければいいのに』という多くの学生が一度は考えるあり得ない夢を、今の僕は曲がりなりにも叶えているのだ。

 もしかしたら、“夏休みが終わってほしくない”という僕の深層心理が、このループを引き起こしている可能性もあるわけで。

 

 というわけで、僕は一旦ループのことを忘れ、全力で好きなことをして過ごすことに決めた。

 買っただけで積んでいた本やゲーム。巻数が多く、気になっていたけどなかなか手が出せなかった作品。新たな趣味の開拓などなど……。

 僕は全力で夏休みを謳歌していく。眠くなったら寝て、お腹がすいたら好きなものを適当に食べて、やりたくないことは何もしない。

 

 ああ……、なんと素晴らしい日々なのだろうか。どれだけ自堕落に過ごそうと、肉体的には一週間でリセットされるため、健康面で気を使う必要もない。ループ最高!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ??週目――

 

 途中で数えなくなったため、何週目かは不明。

 それは、ドラマ『相棒』を全シリーズ見終えたタイミングだった。

 

「やっぱり歴代相棒の中だと亀山くん派かな。原点にして頂点」

 

 数回分のループを経て、ようやく完走した余韻に浸りながら、僕はふと時刻の確認を行う。

 すると、ちょうど八月二十五日に日付が変わるタイミングだった。

 次のループまであと二時間ほど。次は趣向を変え、ネカフェ生活でもしてみようか――などと考えていたその時、

 

「……電話?」

 

 僕の携帯から、着信音が鳴り響く。手に取り相手を確認すると、そこには『赤花 茜』の名前が。

 それはこれまでのループにおいて、一度も発生することがなかったはずの出来事だった。

 不思議に思いながらも、僕は携帯を操作し、通話を開始する。

 

「もしもし、茜さん? どうしたの急に」

 

『…………』

 

「……?」

 

 向こうから電話をかけてきたにもかかわらず、僕の問いかけに対し、なぜか返事が返ってこない。

 しかし、通話先からはかすかに息づかいが感じられるため、そこに誰かがいるのはわかる。これは――

 

「……もしかして冬二?」

 

『ッ!?』

 

 電話越しでもハッキリとわかる、驚いたような反応。それで僕は確信する。

 

「どうしたの? わざわざ茜さんの携帯から」

 

『あ、いや……その、これは茜が無理やり雪春と話せって……』

 

 ……ふむ、特にこれといって用事があるわけではないらしい。

 なら適当に雑談でもすればいいのかな? 茜が、冬二に僕と話すよう仕向けたということは、きっとまあそういうことだろう。

 

「そういえば冬二、宗助から聞いたよ。金ドリ……じゃない、シャルさんの祖国に旅行してたって」

 

『……その、実はまだいるんだ。本当ならもう日本に帰ってる予定だったんだけど、いろいろトラブルがあって……』

 

 そりゃまた、相変わらず大変そうね。

 

『その……、そっちはどうだ? 時差的に今は深夜だろ? 急に電話して大丈夫だったか?』

 

「ぜんぜん大丈夫だよ。こっちはこれでもかってほどダラダラ過ごしてるから。夏休みを満喫中」

 

『……そっか。よかった』

 

 その後も、お互いの近況だとか、金ドリの祖国の話だとか、本当にたわいもない会話を重ねていく。

 なぜか最初にあった冬二の固さも徐々に取れ、次第にいつもの笑い声が出始める。

 こうして二人で言葉を交わすのは、冬二からすると拳聖祭最終日のあの時以来。しかし僕の場合、ループした分を含めるため、時間的にも体感的にも本当に久しぶりで、その楽しさから自然と長話になってしまう。

 

 ふと気づけば、時刻は深夜二時過ぎ。ループ発動タイミングまであと数分に迫っていた。

 この楽しい通話も、あと少しで終わってしまう。そんな寂しさを感じていたその時、今にも消えてしまいそうなほど小さくかすれた声が、確かに僕の耳に届いた。

 

『…………助けてくれ、雪春』

 

「…………」

 

 そして、世界は巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ??週目――

 

 

「――おい、深淵(しんえん)よ。聞いておるのか?」

 

「…………」

 

「だいたい最近の若いもんは我慢というやつを知らん。ワシらが若いころはもっと――」

 

 ……もしかして、ループの中心は僕じゃない?

 

「――なんてこともあったんじゃ。それと比べれば、今の時代は本当に……ってコラ若造! どこに行くんじゃ!? 話はまだ終わっとらんぞ!」

 

 僕は茂森を無視し、スタッフルームへと移動する。

 

「あっ、渡谷くん。今日これから新しいスタッフの教育を――」

 

「すみません店長、体調悪いんで帰ります」

 

「ええっ!?」

 

 服を着替え、なんとか引き留めようとしてくる店長を無視し、すぐさま店を後に。

 寮の自室へと戻り、僕はすぐさま準備を開始する。契約悪魔を呼び出す、魔法陣の準備を。

 準備が整うと、僕は迷いなくその名を告げた。

 

「来い――メイルカムイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後――

 

「……しないな」

 

 時刻は八月二十五日の深夜三時過ぎ。それは、繰り返す日々が終了したことを示していた。

 

 あの後、呼び出したメイルカムイに“冬二を助けてほしい”頼み込んだところ、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされ、いつも通り偉そうにグチグチ文句を言われながらも、なんだかんだ了承してもらえることに。

 一応、僕も連れて行ってもらえないか聞いてみたが、それは普通に断られた。

 そうして、いつもやってる瞬間(高速?)移動で冬二のもとへと向かったメイルカムイ。そこからは一切連絡を取っていなかったが、ループが終わったことから、無事に役目を果たしてくれたらしい。

 

 一体何がループの原因だったのか。

 なぜ僕だけループを自覚することができたのか。

 冬二から詳しく聞いてみたい気持ちはあるが、メイルカムイに事態の解決を任せてしまった以上、僕とメイルカムイの関係を連想させる行動を取るわけにはいかない。まあ既に疑われてる可能性はあるけど。ただ確信には至ってないはず、きっと。

 事件の真相についてはまた今度、メイルカムイに直接聞くとしよう。

 

 

 そのため、『ありがとう』と送られてきた冬二からのメッセージに、『なにが?』と返しておいた。

 

 




2巻の発売まで、あと一週間と一日です。
口絵が一部公開されました。

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