魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
学園の二学期がスタートし、数日が経ったある日。
登坂明海は自身に割り当てられたメンター室にて、メンターを担当する学生のうちの一人――仮面をつけた少女と向かい合っていた。
「それじゃあ、北鎮部隊との仮契約……無事結べたんだね。
「はい。序列一位の座から陥落したにもかかわらず、メンターが強く推薦してくださったおかげです」
「いやいや、こっちから推薦するどころか、あっちから“是非ウチの部隊に!”って言われたぐらいだよ。拳聖祭のチーム戦、結果的には準優勝だったけど、あの決勝戦はむしろ評価が上がったんじゃない? …………まあ私はその試合、直接見れてないんだけど」
どこか気まずそうに笑う登坂に対し、表情こそ不明なものの、仮面の少女は最大限の敬意を表するようにその頭を下げる。
「登坂さん……。改めて、メンターになっていただきありがとうございました。これで……、ようやく胸を張って妹に会いに行けます」
「……私は何もしてないよ。全部みーちゃん自身の頑張りだからね。というかさ、ありがとうってなら、こちらこそありがとうだよ」
「……?」
ようやく頭を上げ、不思議そうに首を傾げる仮面の少女に、登坂は本心からの言葉を告げる。
「みーちゃんたちのチームはみんな素直で、手がかからないし、問題も起こさない。もうメンターとしてこれ以上ないほど大助かり。この前のメンター会議でも、“歴代でトップクラスに優秀なチーム”ってことでめちゃくちゃ褒められたんだから。私の評価もうなぎ登りってわけだよ」
「…………」
「だからね、もう少し色々ワガママ言ってくれてもいいんだよ? 我慢せずにさ」
「……いえ、既に返しきれないほどの恩を受けていますので」
それだけ告げると、もう一度頭を下げ、仮面の少女はメンター室を後にする。
そんな少女の背中を見送りながら、一人メンター室に残り、登坂はどこか寂しげにつぶやいた。
「……綿谷メンターも、こんな気持ちだったのかねぇ」
それからほどなくして、仮面の少女と入れ違いになるような形で、別の学生がメンター室へと足を踏み入れる。
それは仮面の少女とは異なる学年の、登坂がメンターを担当する学生だった。
「メンター、お疲れ様です」
「あれ、雪春くん?」
登坂から名を呼ばれた少年――渡谷雪春は書類を手に抱え、登坂の下へと近づいていく。
「急にどうしたの?」
「受けようと思ってる依頼があるんで、メンターに許可を……うわっ、タバコ臭っ」
「みーちゃんと足して割ればちょうどいいのに……」
「何の話ですか?」
「ううん、なんでもないよ。それより雪春くんたちのチーム、この前の依頼でたくさんポイントもらえたんじゃなかったっけ?」
そう告げながら、登坂は冷蔵庫の中からお酒を取り出し、なんの躊躇いもなく開けて口をつける。
「立花先生と足して割ればちょうどいいのに……」
「え? 何か言った?」
「いえ、なんでもありません。それより依頼に関してですけど、まあ、その……僕もしばらく受ける必要ないかなと思ってたんですけど……、烏丸さんが既にもらったポイントの半分近くを吐き出してて……」
「…………」
雪春の告げた言葉に、登坂は思わず顔を両手で覆う。
「……そうだよね。私も烏丸ちゃん関連で頻繁に呼び出されてるし、逆にそうじゃないとおかしいというか……」
「それにあと、野球のリーグ戦がこの前あったじゃないですか。五戦目か六戦目くらいのやつ。その時の乱闘騒ぎも、学園の耳に入っちゃったみたいで……」
「……ルウちゃんが相手チームのピッチャーに飛び蹴りかました試合だっけ?」
「いえ、その次の試合です。機動隊が出てきた……」
「ああ……、運営側が『血の決戦!』とか煽ったせいでギャラリーが暴徒化したやつか……」
登坂は座っている椅子にさらに深く腰掛け、どこか遠い目をしながら思い出す。
自チームと相手チーム、さらには観客まで参戦する大乱闘に発展し、出動してきた機動隊の人間に死ぬほど頭を下げた苦い記憶を。
ちなみに、その試合のおかげで草野球リーグの知名度が上がり、運営側が笑顔になったのはまた別の話。
「もうほんと……雪春くんのチーム、なんでみんな問題児ばっかりなの……」
「みんな?」
「この前のメンター会議でも、“歴代でトップクラスにひどいチーム”って槍玉に挙げられたんだから。わかる? いい大人がガチ説教される辛さ」
「いえ……」
「三年生チームの方でめちゃくちゃ褒めちぎられたと思えば、二年生チームの方でバチクソ叱られて。私の評価も一気に地の底。ああ……、これが『整う』ってことなんだなって実感したよ。アハハハハッ!」
「…………疲れてます?」
「疲れてるよ!」
登坂は思わず叫んだ。持っていたお酒を、机に叩きつけながら。
そんな登坂を見て、雪春は“酔っ払いめんどくさいな”という言葉を何とか飲み込み、持っていた依頼書を渡す。
「とりあえず依頼の許可ください」
「えっと……なにこれ? 七色のツチノコ探し……?」
「僕もよくわからなかったんですけど、けっこう割のいい依頼ですし、捕獲できなくてもポイントが出るみたいだったんで」
「またリーダーが好きそうな……。ま、特に危険もなさそうだしいいよ」
そう告げながら、登坂が依頼書にメンター印を押そうとしたその時――
「失礼します」
メンター室の扉が開かれ、一人の少年がその姿を表す。
その人物は雪春と登坂、二人ともに面識のある相手だった。
「あれ、雪春?」
「あ、冬二」
部屋の扉を開いた少年――綿谷冬二にとって、雪春の存在は想定外であったらしく、その場で驚きながら目を見開く。
そしてそんな冬二の背後には、いつも通り五人の少女たちが。
「メンター……登坂さんに何か用事?」
「あ、ああ。でも取り込み中なら後にするけど……」
「いや、別に大丈夫だよ。こっちの用事はちょうど終わったとこだから。ですよね、メンター…………メンター?」
雪春が視線を冬二たちの方から戻し、再び椅子に座る登坂の方へと向けると、なぜかそこに登坂の姿はなかった。
「……?」
登坂が立っていたのは部屋の窓際。彼女は一瞬の間でそこまで移動し、さらに部屋の窓を全開にしていた。
「ごめんね、冬二くん。すぐ終わるから、もう少しだけ廊下で待っててもらっていいかな?」
室外から流れ込んでくるその風に、自身の髪をたなびかせながら、どこか落ち着いた大人の笑みを浮かべ、登坂は告げる。それはこれまで、雪春が一度たりとも目にしたことのない立ち振る舞い。
さらに声のトーンも、普段雪春たちと話すそれより低く、手に持っていたはずのお酒も消えている。
「わかりました。じゃあ外で待ってます」
そうして冬二が部屋を出て、再び二人になったその部屋で、雪春は登坂を見つめ続ける。
目を細め、追い詰めるような鋭い視線で。
「…………」
「…………」
「…………雪春くん、お小遣いとか欲しくない?」
「いや……別に黙っててあげますけど、冬二に隠してるんですか? タバコ吸ってること」
「……うん」
雪春からの問いかけに、登坂は冬二用の表情を崩しながら肯定する。
しかし登坂の隠し事はタバコだけではなく、
「メンター室でお酒を飲んでることは?」
「隠してる……」
「ギャンカスなことは?」
「言ってない……」
「ブタ箱送り」
「出張って誤魔化しました……」
「…………」
「…………」
「…………なんで隠すんですか?」
「言えないよ! あんな真面目で優しくていい子に!」
「それ遠まわしに僕のことディスってません?」
「雪春くん超いい子!!!」
不用意な発言により、さらに厳しい目で睨みつける雪春に対し、登坂は必死でその機嫌を取ろうと藻掻くのだった。
――――――
雪春がメンター室を後にし、入れ替わりで入室した冬二たち。
そんな冬二たちが登坂に告げたのは、とある頼み事だった。
「両親について知りたい?」
「はい」
不思議そうな表情を浮かべる登坂に、冬二は真剣な表情で見つめ返す。
また冬二だけでなく、冬二の背後に控える五人の少女たちも同様。
ただ世間話をしに来たのでないことは、その雰囲気からも明白だった。
「また急だね……」
「この前、序列一位の権限を利用して理事長に会いに行ったんですけど、その時に言われたんです。亡くなった両親のことを理解すれば、俺の持つ力の正体と、その
「…………なるほど」
登坂は少し考え込んだ後、椅子に深く腰掛け、納得したという表情を浮かべる。
冬二たちはそれを『事情を理解したから』だと捉えたのだが、実際のところは違った。
登坂が理解したのは、『理事長が“両親を知れ”という条件を突きつけた、
「……それで、私が綿谷メンターの元教え子だって知ったから、こうして話を聞きに来たわけだ」
「はい。だからお願いします、登坂さん。俺の両親のこと、教えてもらえませんか?」
「それは全然いいんだけど、それなら私より詳しく知ってる人に聞いた方がいいんじゃない? それこそ、冬二くんの母方のいとこが同じ学年にいるんだから」
「……え?」
母方のいとこ――その言葉を登坂が告げた瞬間、メンター室の空気が凍りつく。
「……あれ、もしかして知らなかったの?」
「……いるんですか? 俺に、いとこが……。それも、同じ学年に……」
初めて知るその情報に、誰の目から見てもわかるほど、冬二は動揺を露にする。
両親は物心がついた時点で亡くなっており、共に育った
天涯孤独――そう信じて生きてきた冬二にとって、いとこが存在するという事実は、あまりにも衝撃的なものだった。
そんな情報を処理しきれず、固まったままの冬二に変わり、赤花がその詳細を問いかける。
「誰なんですか? その冬二のいとこって」
「多分、みんな名前くらいは聞いたことあるんじゃないかな?」
いろんな意味で有名だから――そう補足し、登坂はその名を告げる。
冬二のいとこであり、自身がメンターを担当するその学生の名を。
「――烏丸冬歌。冬二くんの母親の、その妹さんの子供だよ」
「ッ……!」
登坂の言葉通り、冬二たち全員が、その名にピンとくるものがあった。
そしてそれと同時に、冬二は思い出す。以前、セーラスのボスである摩耶が口にしていた
『うん、聞いてた通り、
繋がった……!――冬二は口元を手で抑えながら、バラバラだったピースがハマっていくのを実感する。
「烏丸って…………あの烏丸?」
「ええ、確かチーム合宿後に序列入りしたばかりの……」
「ああ、あの『停学王』か……」
「じゃあその子に頼めば一発じゃん」
「でも確か、その烏丸さんという方……クラスメイト全員を病院送りにしたり、話しかけただけで呪ってくるなんて噂も聞きますわ」
「まあ難しい相手なのは間違いないだろうな。というか、冬二と茜は面識ないのかよ。序列入りしてんなら顔くらい合わせたことあるだろ」
「いや、それがその烏丸って子、序列会議に参加したことないのよ。序列入りしてから一度も」
「いいのかよそれ……」
「一応義務参加のはずなんだけど、割と好き勝手にみんな欠席するから……。2位となんてまだ一度も会ったことないし」
悪い噂が絶えない、そんな相手とどうコンタクトを取るか。そのことに冬二たちは頭を悩ませる。
しかし、そんな冬二たちの様子を不思議そうにながめながら、登坂は告げた。
「あれ、もしかしてこれも知らない?」
「え、何がですか?」
「烏丸ちゃん、私がメンターを担当してる子で、雪春くんのチームメイトだよ?」
「…………」
「…………」
「…………え!?」
この日、二度目の冬二たちの絶叫が、メンター室内に木霊した。