Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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はあとのじゅう(3)

クリハラside

 

 凶器を回収した俺らは、ロビーから移動しようとした。

 するとクイナがアンに声をかける。

 

「凶器は手に入れた。そろそろ…種明かししてくれてもええんちゃうか?」

 

 クイナが尋ねると、アンはため息をついてから話し始める。

 

「時間が…ないってのに。…シアノアートアクリル系の接着剤」

 

「…は?」

 

「接着剤を加熱して、その上に、凶器のナイフを翳せば、蒸発したシアノアートアクリルが水分と結合して、表面の指紋を浮かび上がらせる。次に、目ぼしい容疑者が使ったコップなどを手に入れ、指紋の油分にココアパウダーを付着させ、それをセロハンテープで採取すれば、あとは凶器の指紋と照合するだけよ」

 

「ハハ…聞いたウチが悪かった…」

 

 アンが説明すると、クイナがポカンとする。

 シアノアートアクリル…シアノアクリレートは、水の存在下で素早く重合し、強固な高分子鎖を形成する事で、接着する表面同士を結合する…要は、固まるって事だ。

 ごく普通の湿度の大気中でも水分と反応して数秒以内に硬化を始める。

 指紋にくっつけば、指紋の隆起部分に白いポリマーを形成して、指紋が浮かび上がる。

 アンがやってるのは、その特性を利用した科学捜査手法だ。

 

「アンの読みだと、最初に疑うべきは武闘派連中か…!?」

 

「そうね」

 

「連中の指紋がしこたま残ってそうな場所といえば…最上階のロイヤルスイートか!ここからやと大移動になるで!連中に見つからんようにくれぐれも、慎重に…」

 

 俺達が1階からロイヤルスイートに移動しようとした、その時だった。

 

 

 

「キャアアアアアッ!!」

 

 叫び声が聴こえたので後ろを振り向くと、いつの間にかどこからか現れたラスボスに、マチが斬り捨てられていた。

 

「マチ!!」

 

「テメェ…!」

 

 右肩から左脇腹にかけて斬り捨てられたマチが倒れると、リナが叫び、俺らの仲間の男がラスボスを睨む。

 するとラスボスは、今度は俺らの仲間の男を斬り捨てた。

 

「が…!!」

 

 斬り捨てられた男は、大量の血を流して倒れ込む。

 や、やべぇ…

 俺、武闘派連中に目ぇつけられてっから真っ先に殺られる…!

 ヒヅルが盗んできた銃で対抗するか…!?

 いや無理無理無理!

 あんなポン刀振り回した化け物を撃つ度胸ねぇし、撃っても当たる気がしねぇよ!

 

 俺が立ち尽くしていると、クイナが口を開く。

 

「…さっさと、行かんかい」

 

「…え!?」

 

「何の為にウチが…金魚のフンみたいにくっついとったと思うんや…!?唯一の『げぇむくりあ』の希望とやら、無駄にしたら承知せんからな…!!」

 

 クイナは、ラスボスの前に立ちはだかって言った。

 アンと俺、そしてリナは、すぐに逃げようとした。

 だがレイは、その場で立ち尽くして逃げようとしなかった。

 

「マチ…マチ!!」

 

 俺は、血を流して倒れたマチに駆け寄ろうとするレイの腕を掴んで走った。

 

「走れ!!振り返るな!!」

 

 俺が叫ぶと、レイは目を見開く。

 そして頭をブンブンと横に振ると、俺達に続けて走り出した。

 

「一匹たりとも…逃がさない…」

 

 ラスボスは、すぐに俺達を追いかけようとした。

 するとまだかろうじて息があったマチが、ラスボスの足を掴んで止める。

 

「行っ…て……!はや、く……」

 

 マチは、最期の力を振り絞ってラスボスにしがみついて足止めした。

 俺ら三人とアンは、全力で走った。

 そこからはもう、振り返らなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ニラギside

 

 自分からノコノコ出てきてくれる命知らずがまだ残ってたとはなァ。

 やっと、『げぇむ』が面白くなってきたとこだぜ。

 

「オレを…殺るだァ?お前はもう少し利口な奴だと思ってたんだけどな」

 

 まんざら丸腰…ってワケでもなさそうだが。

 

「実のところ、今日は1日…嫌な事がありすぎてね…流石のオレも、少々…苛立ちを隠せない♪ところで…狙撃銃の射程ってのはどれくらいのものなんだろうか?1kmとか?至近距離だと逆に狙い辛かったりするものなのかな?」

 

「試した事はねーが…弾の初速は毎秒1000m近い…避けられるなんて思わねー事だ」

 

「そう♪どっちにしろオレは、も(・)う(・)ち(・)ょ(・)っ(・)と(・)近づかないとね」

 

 そう言ってチシヤは、俺に向かって突っ走ってきやがった。

 

 マジで向かってきやがった!?

 オレの腕でも近すぎて当てられねぇと踏んだのか!?

 奴の得物が銃なら、俺に近づく必要はねぇ。

 いいとこナイフか何かなら…

 仮に一発外しても、奴が俺の懐に飛び込むまでに再装填(リロード)の時間は十分にある!!

 

 チャンスは二度。

 とりあえず一発撃つなら…今だ!!

 

 

 

 ――バッ

 

 

 

「………!!?」

 

 俺が撃とうとした瞬間、奴は上に向かってトランプを投げてきた。

 

「ト…トランプ…!?テメェ…まさか…オレ達の金庫から…!?いつの間に…どうやって…!?」

 

 っと、今は…そ(・)ん(・)な(・)事(・)は後だッ!!

 焦るこたァねぇ!!

 この距離なら、まだ一発は…十分に狙って撃て───

 

「…な!?」

 

 奴は、懐から水鉄砲を取り出した。

 水鉄砲の噴射口には、ライターが括り付けられている。

 

「なん…だよ?何なんだよそりゃァァ!?」

 

「お手製、火炎放射器♪」

 

 次の瞬間、俺の身体にライターオイルが降りかかり、飛び散ったオイルに引火した炎が俺の身体を燃やした。

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 チクショウ、熱い、痛ぇ、痛ぇ!!

 水、水はどこだ…!?

 

 視界の端にプールが映ると、俺は迷わず屋上から飛び降り、真下のプールに飛び込んだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

チシヤside

 

 俺は、風に乗って舞い散るトランプと、プールに飛び込んだニラギ(彼)を眺め、炎が燃え移った水鉄砲を投げ捨てながら呟く。

 

「…アメリカの偉い、教育者が言ってたっけ…『暴力から希望は生まれない。絶望が一時的に紛れるだけである』。確かに…憂さ晴らし程度にしかならないね…」

 

 

 

 ――仲間をここに置いていけない。出国する時は、皆一緒だ。

 

 ――手が届く範囲にいる奴を生かす為に今を生きる。何を言われようが、それがオレの生き方だ。

 

 

 

 …こんな時に、彼等の言葉を思い出すなんてね。

 ヘイジ君なら…先生なら、こんな時どうしただろうか?

 彼等なら、武闘派(ヤツら)の事も、暴力で解決せずに救おうとしたんだろうか?

 

 つくづく、理解に苦しむよ。

 だけど、この『げぇむ』を『くりあ』できるとしたら、それはきっと俺じゃなくて彼等の方だ。

 あとは、彼等に任せるか。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ラスボスside

 

 ロバート・エドウィン・ピアリーは、その生涯をかけて北極点到達に挑んだ探検家。

 幾度もの失敗の中、彼は凍傷で足の指8本を失うが、1909年、西洋人として初めて北極点に到達した。

 自らの死に向かって突き進んでいるとも思える彼ら探検家を、常人は、ただの自殺願望者と理解を示さないだろう。

 

 ただ少なくとも俺には、彼等は『死ぬ』事を含む『生きる』自由を叫んでいるように見えた。

 それに比べて…今の俺はどうだ?

 安心・安全・保険・保障……

 生レバー一つも自身の責任と選択で食う事を許されない国に生まれ、過剰に擁護され、片時も『死』を意識させない環境に育ち、一体どうやって…本来の『生』を感じろというのか…?

 

 もう…いい。

 1日も早く俺を…この仮住まいから出してくれ…

 

 気が付けば、俺は『今際の国』に来て、訳の分からないまま『げぇむ』に参加していた。

 重傷を負いながらも、命からがら初めての『げぇむ』から生還した。

 

 生まれて、初めて味わう…

 これが、己の力だけに依って、『生きる』自由…!!

 

 『今際の国』に来てから1週間後、俺は『げぇむ』を生き延びた奴から得た情報を頼りに『ビーチ』に辿り着いた。

 そこで俺は、彫り師をしていた男に出会った。

 

「アンタ…元の世界で彫り師だったそうだな…」

 

「そうだが…墨入れて欲しいのか?」

 

「ああ…顔一面に思い切りのいいのを頼む…二度と…元の世界で生活できないくらいのやつを…これは…決意表明だ…オレは…『今際の国』に永住する…」

 

 以来、『ビーチ』の連中から『ラスボス』と呼ばれるようになった…

 ラスボスみたいに強いからだ…

 

 

 

「ッハァ、ハァ…」

 

 足にしがみついてきた女を介錯した俺は、ロビーに残ったもう一人の女を追っていた。

 女は、俺の刀を避けながら話しかけてくる。

 

「な…なあ、殺し合い(こんな事)…もうやめにせーへんか?つい昨日までウチらは、『ビーチ』で仲良うやってた仲間やろ?アンが鑑識官なんや。凶器から採取した指紋を『ビーチ』の連中の指紋と照合すれば、無駄な血を流さずに『まじょ』を見つけられる!今からでも遅ない。協力…せえへんか?それとも…ウチらが『まじょ』を見つけたら、都合悪い理由でも…あるんか?」

 

 女は、俺と一定距離を保ちながら、説得を試みる。

 

 何も…わかっていない。

 お前に、俺の生き方を決める権利など無いというのに…

 

 俺は、刀についた血を振り払ってから口を開く。

 

「…疑っているのなら…『まじょ』は…オレじゃない…ただ…お前らはお前らの…オレはオレの…信じる方法で『まじょ』を捜せばいい…生き方は、自由だ…」

 

「………ハハ…」

 

 女は乾いた笑いをこぼし、立ち尽くす。

 俺は、女を斬り伏せようと刀を振るった。

 だが女は、俺の振り下ろした刀を避けた。

 

 ………?

 避けた、だと…?

 ただの女に避けられるような振り方はしていない。

 …コイツ、何者だ?

 

「今の…は、マグレ…か…?お前…『今際の国(ここ)』に来る前何してた…?」

 

「ア…アパレル店員…」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

クイナside

 

 ウチは、咄嗟に近くの椅子を掴んで盾にした。

 ラスボスは、椅子ごとウチを真っ二つに叩っ斬ろうとして来よった。

 

「…時間が、ない…もう…動き回るな…」

 

 な、何やねんコイツ…!

 つい昨日まで仲間やった奴を、こんなに何の躊躇いもなく斬れるもんなんか…!?

 

「ひっ!!」

 

 ラスボスが刀を構えてくると、ウチは咄嗟に近くの椅子の後ろに隠れた。

 

「せ…戦国時代やあるまいし…少しくらい、躊躇いっちゅーもんは無いんかいな…!?アンタこそ、『今際の国(ここ)』に来る前何しとったんや…!?」

 

「……オレに、過去などない…」

 

 過去などない、か…

 …ああ、そうか。

 そういう事かいな。

 …何や、アンタもウチと同じやったんやな。

 

「…ク、クハハッ…ハハハハ!!アハハハッ!!ハハハハ!!ハハハハハッ!!」

 

 思わず大笑いするウチを、ラスボスは立ち尽くして見ていた。

 ウチはコイツに、今日まで封じ込めてきた過去を、曝け出す事にした。

 

「ああ…スマン…ようやく…わかったんや…ウチとアンタが、どこか似とる気がしとったわけが…」

 

「…オレと、お前が…?」

 

「ウチらは互いに、自分の過去を嫌っとる…ウチにもあるんや…『今際の国(ここ)』に来てからも、どんなに死の瀬戸際に立たされても、今日まで頑なに、封じ込めてきた過去が。けど…アンタという鏡を見てようやくわかった…ウチは、アンタみたいにはなりとうない!!アンタのおかげで、ようやく決心がついたわ…アンタはこれからも、過去に背を向けて逃げ続ければええ…ウチは生きるために…今一度、過去と向き合う!!」

 

 

 

 ――さっさと立たんかァ!!何を泣いている!?貴様、それでも“男”か!?

 

 父は昔から、道場の跡継ぎとして、僕を一人前の男に育てようと厳しい指導をしてきた。

 見かねた母が僕を庇う度に、父は母を怒鳴りつけた。

 

 自分が原因で父と母が口論する姿を見たくなかった。

 その一心で、どんなに辛くても、父の期待に応えようとした。

 だけど…父さん…

 本当は…僕は…父さんの望むような息子やないんです…

 

 

 

 ウチは、オトンに叩き込まれた構えでラスボスと対峙した。

 

「その…眼……男?そう…か、それが…お前の過去…皮肉…にも…同じ眼に…なったな…認めよう…オレ達は…同類…だと。…嬉しいな、まさか…こんな『げぇむ』で…真剣に命の獲り合いができるとは…」

 

 そう言ってラスボスは、鞘を捨てて刀を握り直す。

 刃物相手に戦うなら…相手を殺す気で挑まなアカン…!!

 ウチに、その覚悟があるんか…!?

 

 

 

 ――何故トドメを刺さん!?実戦では一瞬の躊躇も許されん!!くだらん情けなど捨てろ!!

 

 ふと、脳裏にオトンの教えが浮かぶ。

 オトンはウチに、トドメを刺せ、情けは捨てろと教えた。

 出来ないと言えば、情けない男だと罵られた。

 オカンは、そんなウチに、ウチの思うように生きろと言ってくれた。

 ウチは、オカンの言葉に従って家を出た。

 ウチは、オトンの望む息子にはなれんかった。

 

 

 

 何人斬ったか知らんが…ラスボスの刀はもう、血の脂でろくに斬れん鋼の棒…!!

 骨折覚悟で初太刀さえ凌げれば、奴の懐に…!!

 

 その瞬間、最悪のパターンが脳裏に浮かんだウチは、反射的に後ろに倒れた。

 避けてもうた…身が竦んで…

 

「その…程度か…死に直面しても、恐怖という感情すら支配できていない…やはり…オレとお前とでは…生きる覚悟がまるで違う…」

 

 生きる覚悟…

 その言葉を聞いたウチの頭には、オカンの顔が浮かんだ。

 

 

 

 ――ええ加減親離れせんかい。アンタはもっと、自分の幸せを考えたらええんや。

 

 ウチが家を出た後、オカンはオトンと離婚した。

 それに、病気に罹ってたった一人で、病院で寝たきりになっとった。

 そんな事、ウチには一言も知らせてくれんかった。

 

 ウチのせいや、そう思った。

 ウチが勝手に家を出たりなんかしたから、オカンをつらい目に遭わせてしもうた。

 せやのにオカンは、ウチを責めるどころか、ウチの幸せを望んでくれていた。

 弱り切った身体で、たった一人で…

 

 ウチは決めた。

 オカンの面倒はウチが見る。

 これからは何があっても、ウチが一生オカンの側におる。

 それが、ウチの幸せや。

 

 

 

「大切な人に、会えへん気持ちがわかるか?死ぬより辛い。生きる覚悟がまるで違う…?そらそうや…墨入れたらカッコええか?ポン刀振り回して侍気取りか?強くなれる気がするんやろ?守ってくれると思うんやろ?お前はガキや、乳離れもできてへんガキや。誰かを守ろうなんて思った事もない。いつまでもオカンの乳吸って守られたがってるマザコン野郎と、一緒にされてたまるかいな!!」

 

「黙れ…!!!」

 

 ウチがラスボスを挑発すると、ラスボスは激昂してウチに斬りかかって来よった。

 ウチは、後ろのテーブルに置いてあったペットボトルを手に取って、刀をペットボトルで受けた。

 

「ペット…ボ…」

 

 ラスボスが怯んだ瞬間、ラスボスの喉元に蹴りを入れる。

 ラスボスは、吹っ飛んでうつ伏せに倒れ込み、苦しそうに喉を押さえて咳き込んだ。

 

「せいあっ!!」

 

 ウチは、ラスボスの顔面に思いっきり拳を叩き込んでトドメを刺した。

 

「オトン…教えは守ったで…躊躇わずトドメは刺す。生きて、大切な人を守る為なら」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アリスside

 

「……見つけたよ。突破口…」

 

「え…!?」

 

 俺が言うと、皆が驚く。

 俺が考えるべきは、俺が『まじょ』なら…ではなく、俺が、この『げぇむ』の主催者なら…!?

 『♡(はあと)』は人の心を壊す『心理型』。

 難易度10のこの『まじょがり』。

 想像しうる最も残酷で皮肉な結末に…一体何を用意する…!?

 俺が、この『げぇむ』の主催者なら…!?

 

「……アリス?」

 

 …ようやくわかった。

 『まじょ』が誰だか。

 ずっと考え込んでいた俺は、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「『げぇむ』を終わらせに行こう。『まじょ』が、誰だかわかったよ…」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アンside

 

 クイナのおかげでラスボスから逃げ切れた私達は、301号室に逃げ込んだ。

 アルミホイルの上に接着剤を乗せて、電気ポットで温めて凶器の持ち手を翳す。

 クリハラとリナには、目ぼしい人物の指紋が付いていそうなものを回収してココアパウダーで指紋を採取してもらっている。

 

「クイナ、あなたが託した希望は…私が必ず、次へ繋げてみせるわ…!」

 

 しばらく凶器を翳していると、指紋が浮かび上がってくる。

 ちょっと待って…!?

 この指紋って…

 

「……!!?この…指紋は!?まさか…!!そう…か、そういう事だったのね…!!」

 

「どうした姐さん?」

 

「わかったわ…『まじょ』の正体が」

 

「えっ、まだ照合もしてないのに!?」

 

「…行きましょう。これ以上、無駄な血が流れる前に」

 

 この証拠があれば、止められる…!!

 もう誰も、これ以上、殺し合う必要もなくなるわ!!

 ようやくこれで、止められ──

 

 

 

 ――ゴッ

 

 

 

 私が外に出ようとした瞬間、鈍い音が聴こえた。

 外を見てみると、見張りをしていたレイが頭から血を流して倒れていた。

 

「レイ!!!」

 

 倒れているレイを見て、リナが目を見開いて叫ぶ。

 レイの周りには、武闘派連中が立っていた。

 

「やっぱ今更…止まれねぇよ…ここでやめたら…オレ達のしてきた事は何だったんだ…!!もう…止まれねぇんだよ…!!」

 

「特にクリハラ…!!テメェが一番怪しいから殺してこいってアグニさんに言われてる」

 

「ひぇっ…な、なんでオレ…?」

 

 連中がクリハラに凶器を向けながら言うと、クリハラは顔を引き攣らせて冷や汗を流す。

 私にはわかる…彼は『まじょ』じゃない。

 これ以上犠牲を増やさないためにも、誤解は解いておかないと…

 

「嘘よ!彼は『まじょ』じゃないわ!」

 

「黙れ!!『まじょ』かどうかは、焼べればわかる…!!」

 

 奴等は、私の話も聞かずにまずはクリハラから殺そうとした。

 こうなったらもう、平行線ね…

 どうすれば…!?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

リナside

 

 男なんか、チョロい生き物だと思ってた。

 ちょっと思わせぶりな態度を取れば、すぐに私の都合のいい操り人形になっちゃうの。

 元の世界では、そうやって何人もの男を操り人形にしてきた。

 『今際の国』に来てからも、そうやって他人を踏み台にして生き残ってきた。

 

 『ビーチ』に来て、たまたま高校の時のバレー部の後輩のレイとマチに会った。

 二人を上手い事言いくるめて仲間にして、ノコノコやってきた男を囮に使って『げぇむ』を生き延びて昇格してきた。

 もし危なくなれば、二人の事も捨て石にするつもりだった。

 

 そんな時、クリハラがやって来た。

 ちょうど『♢(だいや)』が得意な参加者を探してたから、ちょうどいいカモが来たと思った。

 どんな手を使ったのかは知らないけど、新入りのくせにあり得ないスピードで昇格してるし、コイツを利用しない手はないと思った。

 私はコイツを利用して、『ビーチ』の全員を出し抜いて自分だけが出国するつもりでいた。

 だけどコイツはセクハラしてくるし、ヤらせてやっただけで彼氏ヅラしてくるし、すぐ調子に乗ってでかい顔するし、本当に気持ち悪いと思った。

 ストレス発散の為に、レイとマチを言いくるめて、本人に気付かれないようにクリハラをいじめた。

 いじめられてるのに全然気付かないし、ちょっとお酒を勧めてやればすぐに酔って爆睡するし、チョロいと思った。

 

 でもある日、気付いてしまった。

 私達三人は、この日もクリハラを酔わせて持ってる情報を吐かせようとしたけど、強い眠気に襲われて逆に眠ってしまった。

 目が覚めて部屋を見渡してみると、クリハラがいなくなっていた。

 

 『やられた』と思った。

 クリハラは、私達がいじめている事にも、『ビーチ』の人間を出し抜いて自分達だけ出国しようとしている事にも気付いていた。

 多分、強めのアルコールか何かを飲み物に入れられて、眠らされたんだと思う。

 クリハラは、『ビーチ』に仇をなす奴を片っ端から密告する事で昇格してきた。

 私達を眠らせている間に、ボーシヤに私達を密告したんだと思った。

 

 だけど何日経っても、私達が制裁を受ける事はなかった。

 クリハラは、私達の事をボーシヤに密告すれば昇格できたはずなのに、それをしなかった。

 そういえば私達が眠らされた翌日、私達の身体には毛布がかかっていた。

 きっとクリハラがかけてくれたものだと思った。

 

 その時初めて気付いた。

 クリハラは最初から、わざと気付かないフリをしていたんだと。

 私達はずっと、彼に守られていた。

 それだけじゃない。

 彼は、『ビーチ』にいる全員を生かそうとしていた。

 

「大人しくしてろ。治療できねーだろうが」

 

「…殺せ。どうせ治療を受けたって、この怪我じゃ次の『げぇむ』を『くりあ』できない。この苦しみが続くくらいなら、死んだ方がマシだ…!」

 

「うるせーお前の都合なんか知るかボケ!!怪我人は黙ってオレに治療させろ!!」

 

 怪我人や病人を分け隔てなく治療するクリハラを見て、私は自分の愚かさに気がついた。

 私の人を魅了する才能は、私腹を肥やす為じゃなくて、もっと他に使い道があったはずなのに。

 どうしてこの才能を、人を助ける為に使わなかったんだろう。

 

 私は、こんな碌でもない世界の中でも理想の為に生きている彼の事が、羨ましいと思った。

 本当に生きる価値があるのは、人を生かす為に生きてる人だと思う。

 もし一人しか出国できないなら、一番に出国すべきはクリハラ先生しかいない。

 

「オレは今夜、奴等からトランプを奪って逃げる。この話をしたのは、お前らになら、オレの命を預けられると思ったからだ。オレについてくるか、アグニにオレの事をチクるかはお前らの好きにしろ。どうしても出国したい奴がいたら、オレについて来い」

 

 ある日、クリハラ先生は、私達にトランプ奪還作戦を話してきた。

 クリハラ先生は、せっかく出国できるチャンスを手に入れたのに、それでもまだ私達を助けようとしてくれていた。

 だけど私の答えは、もう決まっていた。

 

「アタシはここに残る」

 

「レイ…」

 

「アタシらが先生について行ったって、出国できるのは一人だけなんでしょ?だったらアタシは、あの人を最初の出国者にする。一番生き延びる価値があるのは、どう考えても先生だよ」

 

「…私も、ここに残る」

 

 先生を、この国で唯一の出国者にする。

 私の生きる理由は、それでいい。

 

 

 

「死ねェ!!」

 

 武闘派連中が、先生に向かってナイフを振るってきた。

 

「クリハラ先生、危ない!!」

 

 頭から血を流して倒れていたレイが、咄嗟にクリハラ先生を庇った。

 すると、連中が振り回したナイフが、レイの首に刺さる。

 レイは、首から大量の血を噴き出して再び倒れた。

 

「レイ!!!」

 

「あなた達…何て事を…!」

 

 連中がレイを殺すと、クリハラ先生が叫び、アンが連中を睨んだ。

 

「『まじょ』が誰かなんて、知った事か…!オレ達は、もう止まれねぇんだよ…!」

 

 そう言って連中は、アンとクリハラ先生を殺そうと襲いかかってきた。

 私は、部屋に落ちていたビーチバレーボールを手に取って、思いっきりスパイクを打った。

 

「がべぁっ!!」

 

 私が打ったボールは、思いっきり連中のうちの一人の顔面に激突して、ソイツはそのまま意識を手放した。

 

「テメェ…!!」

 

 連中の敵意が、クリハラ先生とアンから私に向く。

 二人は、連中のうちの一人を倒した私を見て驚いていた。

 

「リナ…!!」

 

「行ってください!先生、アンさん!」

 

「けど、お前…!」

 

「ここで足を止めるのは違うでしょう!?必ず『まじょ』を見つけて『げぇむ』を終わらせて下さい!」

 

「っ…絶対生き残れよ…お前だけでも…!!」

 

 私は、家電を片っ端から連中に投げつけて足止めした。

 先生とアンは、私が連中を足止めしている間にロビーへと向かった。

 

「もう時間がねぇんだ…まずはテメェから殺してやる…!」

 

 バットを持った男が、私に襲いかかってくる。

 私は、部屋に散らばっていたものを片っ端から投げて、バットの軌道を逸らした。

 

 ごめんなさい、先生。

 私、先生に嘘をついていた事があるんです。

 本当は私、看護師なんて立派な仕事はしてないんです。

 私の本当の職業は詐欺師。

 看護師は、過去に人からお金を騙し取る為に使った役(・)のうちの一つだったってだけ。

 

 私は、人を魅了する才能を、私腹を肥やす為に使ってしまった。

 だけども(・)う(・)一(・)つ(・)の(・)才(・)能(・)は、大切な人を守る為に使う。

 それが私なりのケジメ。

 

「て、テメェ…『今際の国(ここ)』に来る前何してた…!?」

 

「ただの詐欺師よ…もっとも、学生時代はバレー部の主将だったけど」

 

 

 

 一ノ瀬(いちのせ)利奈(リナ)

 

 得意ジャンル 『♡(はあと)』(心理型) → 『♠︎(すぺえど)』(肉体型)

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 俺達は、武闘派集団に見つからないように、非常階段を使って1階に移動した。

 

「武闘派連中に出会ったらどうすんだよ…!?ダメだぁ…オレもうチビリそうだ!!」

 

「ガタガタ騒ぐな…!その声で連中が寄ってくるぞ」

 

「スイマセン…」

 

 タッタが弱音を吐いていると、ヤギがタッタに黙るよう言った。

 せっかくここまで来て、奴等に見つかって殺されたら元も子もない。

 

「『まじょ』がわかったって…どこに向かってるのアリス?」

 

「1Fロビー…!!確証はないけれど…『まじょ』はそこにいる…!!」

 

「ああ…急ごう、無駄な血を流さない為にも」

 

 アリスの発言に、俺も賛成した。

 アリスが思ってる『まじょ』と同一人物かはわからないけど、俺にも『まじょ』の正体がわかった気がする。

 俺達が一番嫌がるところを突いてくるのが『♡(はあと)』の『げぇむ』だ。

 俺達にとって最悪の結末さえわかれば、『まじょ』の正体も自ずとわかったんだ。

 ……まあ、俺がそれに気付けたのは、ネズミのおかげなんだけどな。

 

「どのみちもう時間がねーんだ…お前らを信じるしかねーよ!!」

 

 そうこうしている間にも、1階に辿り着いた。

 するとタッタは、真っ先にロビーへと向かった。

 

「とにかく急ごうぜ!!チンタラしてて見つかっちまうくらいなら…」

 

「タッタ!」

 

「オレが行く。リーダーは下がってろ」

 

 タッタが先に走っていくと、それに続けてヤギも走り出した。

 だが…

 

 

 

 ――ガッ

 

 

 

「うわああああああっ!!?」

 

「ぐっ…お前…何を……!」

 

 

 

 ――ゴッ

 

 

 

「タッタ…!!」

 

「ヤギさん…!?」

 

 鈍い音と、タッタとヤギの声が聴こえた。

 俺達が急いで二人のもとへ駆けつけると、そこには顔から血を流して壁にもたれかかったタッタと、床に乱暴に投げ捨てられたクイナさん、そして顔をボコボコに殴られてアグニに片手で絞め上げられたヤギがいた。

 

「クイナ…!!」

 

「アグニ…!!よりによって…こんなところで!!」

 

 ボロボロになったクイナさんを見たウサギは、アグニを睨む。

 だけどその直後、ハッとした表情を浮かべた。

 

「…!?それともアリス…あなたが捜してた『まじょ』って、まさか…!?」

 

「アグニなの…!?やっぱり、仲間を操って『ビーチ』を撹乱し、私達を皆殺しにしようとした事も、全員で推理をさせないため!?」

 

「オレは…アグニ達は『まじょ』じゃないと思ってた。だけど最近、アグニの様子がおかしかった気もするし…この状況は、アグニが『まじょ』じゃなきゃ説明がつかない…やっぱり、オレの勘は間違ってたのかな…」

 

 ウサギとアサヒは、アグニが『まじょ』だと疑っていた。

 武闘派集団が『まじょ』じゃない気がすると言っていたヒヅルも、ここに来て揺らいでいた。

 そんな中アリスは、アグニの前に立って口を開いた。

 

「…アグニ。もう、時間がない…小細工抜きで話をしないか?一つでいい。簡単な質問に答えてくれ…アンタは、『まじょ』なのか?」

 

 アリスは、単刀直入にアグニに尋ねた。

 アグニは、表情ひとつ変えずにアリスを睨みつけた。

 するとアリスは、少し戸惑いを見せつつも口を開く。

 

「……オレは…『げぇむ』の始まる前日から、アンタの仲間に拘束され監禁されてた。オレが『まじょ』じゃないって事は、アンタもよくわかってるはずだ…もし、アンタが『まじょ』じゃないのなら、オレを殺す必要はないはずだろ?もし、アンタが『まじょ』じゃないのなら!!オレと協力して『まじょ』を捜──」

 

 アリスが説得を試みた瞬間、アグニがアリスの腹を蹴り飛ばした。

 

「アリス!!」

 

「っウサギ!」

 

 ウサギがアリスに駆け寄ろうとすると、アグニが今度はウサギを殴ろうとしてきたので、俺は咄嗟にウサギを庇った。

 アグニに殴られた俺は、咄嗟に左腕でガードしたが、そのまま数メートルほど吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ…!」

 

「ヘイジ!!」

 

 俺が殴られた次の瞬間、殺意を剥き出しにしたヒヅルが、ナイフを抜いて目に留まらぬ速度でアグニに飛びかかった。

 激昂したヒヅルがアグニにナイフを振り下ろそうとした瞬間、アグニがヒヅルの腹を蹴り飛ばす。

 

「がはっ…!!」

 

 アグニの蹴りを喰らったヒヅルは、そのまま吹き飛んで天井に叩きつけられ、地面を跳ね返ってから仰向けに倒れ込んだ。

 身体を天井と床に打ち付けられたヒヅルは、のたうち回りながら激しく咳き込む。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

 

「ヒヅル!!…っぐ!」

 

「リーダー!!」

 

 俺はヒヅルに駆け寄ろうとしたけど、腕と腹の痛みで思うように動けなかった。

 アリスにはウサギとアサヒが、俺にはネズミが、ヒヅルにはヤヨイがついて俺達を心配する。

 

「アリス!!ねぇ、大丈夫!?」

 

「ヒヅルちゃん、しっかり!」

 

「ぅ……」

 

「これでもう、答えを聞くまでもなくなったわね…『ビーチ』の中で唯一、アリバイの確かなアリスを攻撃する理由は…あなたが、『まじょ』だから」

 

 ウサギは、アグニを睨みながら言い放った。

 するとアグニは、ウサギとアサヒからアリスを引き剥がして、胸ぐらを掴んで持ち上げる。

 だがアリスは、アグニの目を見て口を開く。

 

「その眼…?そうか…やっと…わかったよ。やっぱりだ。アンタは『まじょ』じゃない…」

 

 アリスは、アグニの目を見て言った。

 

 …そうか。

 やっとわかった。

 そういう事か…

 

「え…!?どういう事…!?」

 

「そんなはずない!!だったらアグニがアリスを傷つける理由なんて無いじゃない!!アグニが『まじょ』よ!!ソイツがモモカを殺したのよ!!」

 

 アリスが言うと、ウサギとアサヒが反論する。

 だけどアリスは、二人の反論を否定した。

 

「そうじゃない…アグニが…殺(・)し(・)た(・)のは、モモカじゃなく…ボーシヤ。アンタがボーシヤを、殺したんだな?」

 

 アリスが言うと、アグニは僅かに目を見開く。

 その目を見て、アリスは確信した様子で言った。

 

「その…表情なら…読める…YES…だよな…」

 

 

 

 『まじょがり』

 

 残り時間25分

 

 生存者 40/76名

 

 

 

 

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