Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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はあとのじゅう(6)

ヘイジside

 

「私は、『でぃいら…  

 

 そう言った瞬間、アサヒの身体をレーザーが貫いた。

 アサヒが、力無く倒れ込む。

 それを見て、無我夢中で『ビーチ』の連中を殴っていたアグニが、目を見開いて固まる。

 アリスは、涙を流しながら立ち上がると、皆の前で真相を話し始めた。

 

「…皆、聞いてくれ…『まじょ』は…最初の被害者の…『少女』自身だ」

 

 アリスが言うと、俺も続けて言った。

 

「『(はあと)』はオレ達が一番嫌がるシナリオを用意してくる『げぇむ』だ。誰も死人が『まじょ』だとは思わない。それに気付かずに無駄な犠牲が増えて全員『げぇむおおばぁ』…いかにも『(はあと)』の『げぇむ』らしいやり方だ」

 

 アリスと俺が言うと、皆が混乱する。

 ネズミは、『既に死んでる人が『まじょ』で、ボーシヤ殺しは『まじょがり』の前振りだった』、と推理していたけど、図らずもこの推理は核心を突いていたわけだ。

 『まじょ』は最初の被害者自身で、俺達はどこにもいない『まじょ』を探して無意味に殺し合う。

 さらにアグニの存在が、この『げぇむ』の本質を見えづらくしてしまった。

 『ビーチ』と心中しようとしているアグニが大量殺戮をして皆から正常な判断力を奪う事で、推理を妨害し、誰一人真相に辿り着けないまま時間切れで『げぇむおおばぁ』。

 それがこの『げぇむ』を作った奴が用意したシナリオだったんだ。

 

「ウソ…?」

 

「だったらオレ達、何の為に…」

 

「そうよ!!一体何の根拠があって…!!」

 

 他の皆は、俺達の推理に反論した。

 ここまで来て、『まじょ』が被害者自身でした、なんて結末を、到底受け入れられるわけがなかった。

 だけど、その時だった。

 

「二人の言う通りよ」

 

 声のした方を振り向くと、アンさん、クリハラさん、そしてマヒルさんの三人が立っていた。

 

「アン…!!」

 

「…と、クリハラさん!」

 

「『と』って何だ『と』って」

 

 アリスと俺が言うと、クリハラさんが不満そうに声を漏らす。

 

「遅れてすまない。もう、無駄な殺し合いをする必要は無いんだ」

 

 マヒルさんは、遅れてきた事を謝罪しつつも、皆の説得を試みた。

 アンさんは、凶器の刃物を全員に見せながら話し始める。

 

「凶器のナイフからは、()()()()()しか検出されなかった」

 

「どういう…事!?」

 

 アンさんが指紋のついた凶器の刃物を見せながら言うと、ウサギが驚く。

 

「指紋は照合するまでもなく、少女自身が両手で自分の胸を刺した…とても理解し難い行動だけど、それが…この事件の全て…」

 

 アンさんが言うと、他の皆はザワザワし出す。

 

「そんな…」

 

「なんで…自殺なんか…」

 

 皆が困惑していると、俺は涙を拭いながら、この『げぇむ』の真相を話し始める。

 

「モモカは、『げぇむ』を()()()()()の人間だったんだ」

 

「え…!?」

 

「存在しない『まじょ』を捜して無意味に殺し合う。その最悪のシナリオを成立させる為だけに、モモカは『まじょ』役に選ばれて自害した。モモカが、運営側に操られていたのか、それとも自分の意思で『まじょ』役を志願したのかまではわからない。だけど、これだけは言える。モモカも、『げぇむ』に踊らされた被害者だったんだ」

 

「そんな…そんなのって…!」

 

 俺が話すと、皆が驚きのあまり言葉を失う。

 するとアグニは、俺を睨みつけて殴りかかろうとする。

 その時、俺の視界の端で、拳銃を構えるクリハラさんの姿が見えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

クリハラside

 

 俺は、俺の犯した罪をアグニに懺悔するつもりでここに来た。

 俺の推測が正しけりゃ、アグニはボーシヤのダンナと親友同士だった。

 ボーシヤを撃ち殺したのは、ボーシヤが一番信頼していた相手…アグニだ。

 アグニがボーシヤを撃ち殺すハメになったのは…『ビーチ』の連中を皆殺しにして心中しようとする程の絶望を味わせたのは、きっと俺だ。

 今なら、アグニが真っ先に俺を殺そうとした理由がわかる。

 アグニは、自分が王になる為だけにダチを狂わせた俺の事が、誰よりも許せなかったんだ。

 

「…………」

 

 ダメだ。

 謝ろうとしたけどやっぱ無理だ。

 

 戦犯の俺が責任取って死を覚悟でアグニを止めろって?

 ふざけんな。

 どう考えても『ビーチ』の連中の皆殺しを決行したアグニが10:0で悪い。

 そもそも、自分が生き残る為に他人を利用するなんて、この国じゃ全然普通の事じゃねぇか。

 それで逆ギレして俺を殺すなんざ、とんだお門違いだ。

 

 大体、アグニはレイとマチを間接的に殺しやがった。

 俺がコイツを殺しちゃいけない理由なんか、どこにもない。

 俺はコイツを殺して『げぇむ』を『くりあ』して生き延びる。

 他の連中だって、それを望んでるはずだ。

 

 

 

 ――私は、私の生き方も、死に方も、全部自分で決める。この世界に迷い込んだ時から、ずっと決めてた事よ。

 

 

 

「…………」

 

 ………そうだよなぁ。

 ここでアグニを撃ち殺して生き延びたって、アンタは喜ばねぇよな。

 俺は、俺の理想の為に生きる。

 俺の命にかえても、他の生きてる奴等を生かす。

 それが俺なりのケジメだ。

 

 俺は、持っていた拳銃を床に投げ捨てて、アグニの前に立った。

 

「よぉ。大将。随分と血気お盛んなようですなぁ。ちと腹割って話そうじゃねぇか」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アグニside

 

「よくもまぁ、大勢をバンバン殺してくれたなぁ。おかげでオレは気に入ってた女を二人も失ったよ。この際だから言わせてもらうがなぁ…アンタにずっと言ってやりたかった事があんだよ。耳かっぽじってよく聞け」

 

 俺が真っ先に殺そうとしていたヤブ医者…クリハラは、無防備でノコノコと俺の前に現れた。

 何を言い出すかと思えば、この状況で俺をおちょくってきやがる。

 剛を狂わせたコイツだけは、殺さなきゃこの怒りを手放せそうにねぇ。

 俺が問答無用でクリハラを殴り殺そうとした、その瞬間だった。

 

 

 

「ごめん。オレが悪かった」

 

 クリハラは、俺に深く頭を下げて謝ってきた。

 

「オレは、アンタのダチを利用して、『ビーチ』を乗っ取ろうとした。アンタがダチを殺したのは、オレのせいなんだろ?アンタが『ビーチ』と心中しようとしたのも、オレのせいだ。今更遅ぇかもしれねぇけど、バカな事しちまったって…やっと気付いたんだよ。生き残りてぇから言うんじゃねぇぞ。本心だ。それでもアンタの怒りが収まらねぇっていうんなら…オレを殺せ。アンタの怒りも、絶望も、オレが全部地獄へ持っていく」

 

 ……ふざけるな。

 今更俺に謝ったから何だっていうんだ。

 そんな事をしたって、剛は生き返らない。

 俺が、この手で殺しちまっ───

 

 

 

 ――死んだ奴(ボーシヤ)は何したって戻らねぇ!!生きてる人間を、なめんなッ…!!

 

 

 

 ……そうだ。

 死んだ奴は生き返らない。

 だったら俺は…この怒りを、絶望を、どこに向ければいい?

 

 俺が無力感に打ちのめされていると、ヘイジがクリハラの隣に立って言った。

 

「アグニ。『まじょ』の正体はもうわかった。もう殺し合う必要なんか無いんだ。頼むから…もう、止まってくれ。アンタの絶望がどれ程のものか、オレには計り知れない。だけど、皆、自分の足で立ち上がって、自分の頭で考えて、必死に絶望と戦ってるんだ。躓いて、打ちのめされて、それでも皆、自分の理想の為に生きようとしてるんだよ。ソイツらの理想まで壊しちゃおしまいだろ?」

 

 

 

 ――こんなロクでもねぇ世界で生きてんだ。理想まで捨てたらおしまいだべ!

 

 

 

 一瞬、ヘイジにかつての剛の姿が重なった。

 何故、今になって、俺に背中を預けたアイツを思い出す…?

 

「止まる理由が見つからないなら、オレが何度だって止める。アンタのダチの代わりにはなれねぇけど、失ったものは戻ってこねぇけど、オレ達はまだ生きてる」

 

 何だ、コイツは…?

 何故、どいつもこいつも、俺を殺そうとしない?

 何故、そこまでして…

 

 するとその時、次々と他の連中が前に出てヘイジの周りに立つ。

 

「皆……」

 

 他の連中がヘイジの周りに立つと、ヘイジは僅かに目を見開く。

 連中は、俺を見据えながら次々と口を開く。

 

「オレ達、『げぇむ』でヘイジさんに助けてもらってから、気付いたんだ。いつまでも、まやかしに縋って現実逃避してちゃダメだ…自分の頭で考えて、自分の為に生きていかなきゃいけないんだって」

 

「彼が『まじょ』だって疑われた時も、本当は『違う』って言わなきゃいけなかった。だけど、自分が殺されるんじゃないかって…怖くて、言えなかった」

 

「もし…今からでも遅くないなら、これ以上殺し合わずに『げぇむ』を終わらせたい。アグニさん、もうこんな事終わりにしよう」

 

 他の連中がヘイジの周りに立って言うと、ヘイジが俺に手を差し伸べてくる。

 

「一緒に生きよう、アグニ」

 

 気がつけば俺は、振り抜こうとした拳を下に降ろしていた。

 

 あんな形でしか剛を止められなかった怒りが、絶望が、消えたわけじゃない。

 ダチを殺して、心中にも失敗した俺にはもう、何も残っちゃいない。

 それでもコイツは、死に突き進む俺を止めようとした。

 コイツが俺にしたように、俺が剛の苦しみを理解して止められていたなら、アイツを殺さずに済んだ道もあったのかもしれない。

 剛が絶望に、恐怖に、孤独に取り憑かれる前に、救ってやれていたのかもしれない。

 コイツらは、あり得たかもしれない未来のオレ達だ。

 俺にはもう、生きる理由が見つからない。

 だがコイツらを死なせたら、もう一度アイツを殺しちまう、そんな気がした。

 

 俺が拳を下ろすと、新入りが俺の隣を通りながら言った。

 

「アグニ…もう…オレ達を…行かせてくれ…頼むから、これ以上…死んでいった人達の想いを、無駄にさせないでくれ…」

 

 俺は、メインロビーへ向かう奴等を止めなかった。

 全てを終わらせる為にここまでしたってのに…結局、死に損なっちまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 俺達は、急いでメインロビーに向かった。

 だが…

 

「なっ…何だよこれ!?」

 

 メインロビーは、業火で燃えていた。

 野外ステージを覗いてみると、火傷でボロボロになった男が、笑いながら松明をホテルに向かって投げつけていた。

 

「ひゃは…ひゃは…ひゃはは!!なァーんで思いつかなかったんだろうなァ…!!裁きの『ごうか』で浄化しろってんなら…はじめからこの篝火の炎で、『ビーチ』ごと全員焼き殺しゃあ済む話じゃねーかよォ…!!」

 

 そう言って男は、自分の手が焼け爛れるのも気にせず、ひたすら松明を投げつける。

 聴き覚えのある声だった。

 まさか…ニラギ、なのか…?

 

「あれ…まさか、ニラギ……なのか…!?」

 

「……生きてたんだ」

 

「あんにゃろッ、最後の最後に要らん事しやがって…!!」

 

 火事の原因がニラギだと気付いたヒヅルは他人事のように呟き、クリハラさんは呆れながら舌打ちをする。

 まずい…このままじゃ、『くりあ』する前に全員死んじまう…!!

 早くモモカを火に焼べなきゃ…モモカはどこだ…!?

 クソッ、煙が多すぎて前が見えねぇ…!

 

「すげぇ煙だ!!」

 

「いいから急げ!!」

 

「もう時間がねーぞ!!」

 

「早く!!『まじょ』を篝火に!!」

 

 俺がモモカの遺体を探していると、先にヤギがモモカを見つけて抱きかかえてホテルから脱出した。

 俺もヒヅルやヤヨイ、ネズミと一緒にホテルから脱出すると、ヤギが篝火の前に立っていた。

 俺は、モモカの遺体を火に焼べようとしていたヤギに声をかける。

 

「オレに、やらせてくれないか。頼む」

 

 俺が声をかけると、ヤギは無言で頷いて、モモカの遺体を俺に託した。

 俺はモモカの亡骸を抱きかかえたまま、篝火の前へと歩いていく。

 

「彼女はどうして…自ら命を絶たなきゃいけなかったのかな…」

 

「それは…今となっては誰にもわからないけれど…きっと彼女も戦ったんだ…この世界の理不尽と。充分すぎる程戦ったんだよな。だからもう、ゆっくり休んでいいんだよ…」

 

 ウサギが呟くと、アリスはモモカの亡骸に語りかけた。

 俺は、抱きかかえていたモモカの遺体を、壊れ物を扱うように炎の中に置いた。

 彼女は、このか弱い身体で、最期までこの世界の理不尽と戦ったんだ。

 投げ捨てる事は、できなかった。

 篝火の炎が、モモカを焼いていく。

 

 俺の話に付き合ってくれて、ありがとう。

 短い間だったけど、モモカと一緒に過ごした時間は、楽しかったよ。

 

 もう、『げぇむ』は終わったんだ。

 この世界の理不尽に、絶望に、打ちのめされて、それでも必死に戦って…疲れただろう?

 もう、いいんだよ。

 あとはもう、ゆっくり休んでいいんだ。

 

 おやすみなさい、モモカ。

 さようなら。

 ありがとう。

 

 

 

《『こんぐらちゅれいしょん』。『げぇむくりあ』。『げぇむくりあ』。『げぇむくりあ』》

 

 どこからか、『げぇむくりあ』のアナウンスが流れる。

 誰も、歓喜の声は上げなかった。

 するとウサギが口を開く。

 

「誰も手放しで…喜べるはずもないわよね…何の為の、殺し合いだったのか…」

 

「それでも…喜ぶべきだよ…喜ばなきゃ…いけない気がする…」

 

 アリスは、篝火の中で燃えていくモモカの亡骸を眺めながら呟いた。

 モモカは、やっと苦しみから解放されたんだ。

 それに、生き延びる事ができた奴もいる。

 今はただ、生きている事を喜ぶべきだ。

 

 そう考えたその時、プールサイドに立っていた椰子の木に炎が燃え移って倒れる。

 

「あ…安心し切ってる場合じゃないわよ…!!火の手が早い…『ビーチ』にいたら焼け死ぬわよ!!」

 

「トランプは!?」

 

「『♡10(はあとのじゅう)』を『くりあ』したっていうのに、レジはどこなのよッ!?」

 

「もう探してる時間なんてねーよ!!」

 

 …そうだ。

 クイナさんやタッタ…まだ、『ビーチ』の中に取り残されてる人達がいる。

 早く、全員『ビーチ』から助け出さないと…!!

 

「怪我人には手ェ貸してやれ!!」

 

「急げ!!急げよォ!!」

 

 生き残っていた人が、クイナさんを抱えて脱出するのが見えた。

 …よかった。

 クイナさんは無事だ。

 でもまだ、取り残されてる人達が…

 

「っ……!!」

 

 俺は、プールの水を頭から被って、『ビーチ』に戻ろうとした。

 するとヒヅルが呼び留める。

 

「どこ行くの、ヘイジ?」

 

「中に取り残されている人達を助けてくる。もしかしたら、生き埋めになってるかも…」

 

 そう言って俺が行こうとすると、クリハラさんが俺の前に立って止めた。

 

「おいおい、無茶だぜ。その怪我で何ができるってんだ?」

 

「…それでも、行かなきゃいけないんだ。あんな思いはもう…たくさんだ」

 

 俺は、ニーナを見殺しにしちまった。

 もう、目の前で誰かが死ぬのを見たくない。

 手に届くところにいる人には、手を差し伸べられずにはいられないんだ。

 俺が行こうとすると、今度はヒヅルが俺の背中に抱きついてきた。

 

「行くなバカヤロー!!一緒に生きようって言ったじゃんか!勝手にオレの前からいなくなろうとすんな!」

 

 ヒヅルは、俺にしがみついて意地でも離れようとしなかった。

 俺を引き留めようとするその手は、震えていた。

 きっと、怖くて、不安で仕方ないんだ。

 俺は、子供のように泣いて俺を引き留めるヒヅルを抱きしめた。

 

「……ごめん。オレはいなくならないから。もう、泣くな」

 

 俺がヒヅルの頭を撫でながら言うと、ヒヅルは俺にしがみついたまま嗚咽を漏らす。

 すると、俺とヒヅルが倒した武闘派連中二人が『ビーチ』へと向かう。

 

「オレ達が行ってくる」

 

「アンタら…」

 

「一人でも多く助けたいんだろ?オレ達は、アンタのおかげで生き延びられた」

 

「大勢殺したが…オレ達だって、まだ生きてる奴の命は救いたいんだ」

 

 そう言って連中は、俺の代わりに『ビーチ』へと戻っていった。

 …結局、助けられちまったな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

タッタside

 

 俺は、メインロビーの柱にもたれかかるラスボスの前に立っていた。

 俺とラスボスは、互いに息を切らしながら睨み合う。

 さっきクリハラさんが捨てたハンドガンを拾ってここに来た俺は、ラスボスにハンドガンの銃口を向ける。

 コイツだけは…ダチの頭をかち割って殺したコイツだけは、たとえアリスやヘイジさんが許しても、絶対許す事なんかできない…!!

 

「お前に頭を割られて殺された、友達の敵だ…!!軽率で…頼りないとこもあったけど…いい奴だった!!」

 

 俺は、ハンドガンの引き金を引く指に力を込めようとする。

 だけど、その時だった。

 

 

 

 ――オレはやっぱり、人の心は美しいって信じたい。殴られて、拒絶されたとしても、オレはアグニの事も救いたいんだ。

 

 

 

 俺は、ヘイジさんの言葉を思い出した。

 ヘイジさんは、『ビーチ』の奴等を皆殺しにしようとしたアグニの事も救おうとした。

 あの人は、極悪人だろうと、生きるのが嫌になっちまった奴だろうと、迷わず救けちまう。

 俺は、あの人みたいには生きられねぇ。

 だけど、ああなりたいんだ。

 

「言っとっけど、情けじゃねぇぞ!!オレは…お前みたいになりたくねぇだけだかんなッ!!…それにお前、どうせここで…死ぬつもりなんだろ?そんな奴の為に…汚れちまいたくねぇよ…」

 

 そう言い残して、俺は『ビーチ』から立ち去った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ラスボスside

 

 安心も、保障も、必要ない…

 自身の力に依れなくなれば、ただ…土に還るだけだ…

 そうだろ…?

 

「…『今際の国』に、感謝…する…オレは今…この上なく自由だ…!!」

 

 そう言って、ゆっくりと目を閉じる。

 俺は、『ビーチ』を燃やす業火に抱かれて眠りについた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 生き残った俺達は、ただ茫然と、燃え盛る『ビーチ』を眺める。

 『楽園(ビーチ)』という名の希望は、業火に焼かれて消えていく。

 

「『ビーチ』が…オレ達の…『桃源郷(ユートピア)』が…」

 

 何人かは、その場で崩れ落ちて、消えていく『ビーチ』を眺めていた。

 虚無感、絶望、不安。

 今まで縋ってきたものが崩れ去って、向かうべき先を見失ったんだ。

 そう簡単に立ち直れるはずがない。

 

 クリハラさんが『ビーチ』を眺めていると、隣にいたアンさんがクリハラさんに話しかける。

 

「…もし本当に、あなたが無駄な殺し合いの原因を作ったのなら…あなたのした事は、許される事じゃないわ」

 

「………」

 

「だけど、起こってしまったものをいくら考えたって仕方ない。それよりも…自分が犠牲になろうだなんて、馬鹿な真似はもうやめなさい。あなたは、人の命を救えるのだから。これまでも、これからも」

 

「姐さん…」

 

 アンさんが言うと、クリハラさんは僅かに目を見開く。

 確かに、クリハラさんのせいでボーシヤが『ビーチの王』という呪縛に取り憑かれた、それは揺るがない事実なんだと思う。

 だけどボーシヤが本当にただカード集めの為だけにクリハラさんを特別扱いしていたのかと言われれば、俺は違うと思ってる。

 

 クリハラさんは、『ビーチ』の人達の命を何度も救ってきた。

 それに、クリハラさんがボーシヤに密告していたのは、『ビーチ』でテロを起こそうと企んでいた奴や、傷害・強姦事件の常習犯…平穏に過ごしたいだけの何の罪もない人達の日常を脅かしかねない危険因子ばかりだった。

 少なくとも、クリハラさんが昇格してから『ビーチ』の治安は格段に良くなったのは確かだと思う。

 

 クリハラさんは、ハッキリ言って胡散臭いし調子に乗ってウザ絡みしてくるけど、本当は心優しくて、誰よりも人の命に対して真剣で、『ビーチ』の人達にとっては希望になり得る人だった。

 これはただの俺の願望だが…ボーシヤは、そういう本質を見抜いていたからこそクリハラさんを家臣として招き入れ、幹部の人達はクリハラさんを受け入れた。

 そうであってほしいと思っている自分がいる。

 

「あと…前から言おうと思ってたけど、その呼び方やめて」

 

「…わぁったよ。えっと……アン?」

 

 アンさんが言うと、クリハラさんは頭を掻きながら返事をする。

 何気なく俺が振り向くと、近くに座っていたクイナさんに、チシヤが声をかけていた。

 

「やぁ♪ひどい様だね。けどまあ、無事で何より♪」

 

 チシヤが声をかけると、クイナさんはチシヤの顔を見たくないと言わんばかりに俯く。

 

「去んでくれへんか…?今アンタの顔見たら、手ェ出してしまいそうやさかい…」

 

「そう邪険にしないでくれないか?こう見えてオレも…流石に今回の『げぇむ』には…辟易してるんだ……『桃源郷(ユートピア)』の、語源を知ってるかい…?イギリスの思想家トマス・モアが、皮肉を込めて作った言葉さ。ギリシャ語で、意味は……『どこにもない場所』。これで良かったのさ…楽園なんて…人の手で創ろうとするものじゃない…」

 

 チシヤがそう言うと、さっきまでアンさんの隣にいたクリハラさんがおちゃらけた様子でチシヤに話しかける。

 

「よぉーーーう、生きてたか悪人ヅラ」

 

「先生こそ。見かけによらずしぶといですね」

 

「まあな。見ての通り、死に損っちまったわ」

 

 クリハラさんの嫌味に対してチシヤも嫌味で返すと、クリハラさんはカカカッと笑った。

 その隣では、さっきまで泣いていたのがようやく落ち着いたヒヅルが、鼻を赤くして鼻を啜っていた。

 チシヤは、鼻をずびずび鳴らしているヒヅルに話しかける。

 

「てっきり連中に混じって狩りをしてると思ってたけど…なるほど、道理でこんなに生き残ってるわけだ♪どういう風の吹き回しだい?」

 

「……オレは、自分さえ勝ち残れればそれでいいと思ってた。でも、ヘイジが一緒に生きようって言ってくれたから…オレにとっては、それが全てだから…ヘイジが死ぬの()()は嫌だった」

 

 チシヤが尋ねると、ヒヅルは燃える『ビーチ』を眺めて髪を耳にかけながら答える。

 『ビーチ』を燃やす炎のせいか、ほんのりと頬が染まっているように見えた。

 するとチシヤは、ヒヅルに対して意地悪な事を言い放つ。

 

「…ふぅん。まぁ、何にせよ賢い判断だったね。もし君が狩る側に回ってたら、オレがニラギ(かれ)の次に殺してたのは君だったから♪」

 

「な…!アンタなぁ…!!」

 

 チシヤがヒヅルに対して意地の悪い事を言ってきたので、俺は反論しようとした。

 今更ヒヅルが武闘派集団を抜けた事を蒸し返してくるなんて、性格が悪いと思った。

 だけどヒヅルは、俯いてただ一言、ポツリと漏らしただけだった。

 

「………そう」

 

 ヒヅルは、『ビーチ』を眺めながら呟いた。

 今までわかりやすい挑発に対しては、ちょっとしおらしい態度を取るか無自覚で爆弾投下するかのどっちかだったけど、今回は何の反応もしなかった。

 ヒヅルはもう、今までの自分とは決別したみたいだ。

 そんなヒヅルを見て、チシヤはつまらなさそうな表情を浮かべる。

 だけど俺はまだ、チシヤに言ってやりたい事があった。

 

「チシヤ…アンタの裏切りのせいで、アリスが捕まった。それに、ウサギも…奴等に襲われかけた…!」

 

 チシヤが俺達を裏切ったせいで、アリスが連中に監禁され、ウサギだって連中に襲われかけた。

 あと一歩間違えば、アリスは殺され、ウサギも拷問を受けていたかもしれなかった。

 たとえアリスが許しても、俺はチシヤを許す事はできない。

 だけどチシヤは、悪びれずに笑いながら言った。

 

「だろうね。それで?」

 

 二人が酷い目に遭った事をこれっぽっちも悪いと思っていないチシヤに対して、怒りが込み上げてくる。

 だけど俺は、握りしめた拳を下に降ろして、深く息を吐きながら言った。

 

「…言っておくが、オレはアンタを許さない。だけど、オレ達は生きてる。今はただ、それだけでいい。だからオレは、アンタを殴らない」

 

 俺は、チシヤにハッキリと伝えた。

 俺達は今、生きてる。

 ヒヅルも、クリハラさんも、アリスも、ウサギも、クイナさんも、俺の派閥の仲間も、皆無事でいてくれている。

 今はただ、生きている事を、皆が生きてくれている事を喜ぶだけでいい。

 

「ヘイジ、行こ」

 

 ヒヅルは、俺の服の裾を引っ張りながら言った。

 俺がヒヅルの手を取ると、ヒヅルはふいっとそっぽを向いた。

 

「…ごめん、嫌だった?」

 

「…ううん、嫌じゃない……」

 

 俺が尋ねると、ヒヅルは小さく首を横に振った。

 

「つまんないなぁ。どいつもこいつも、しおらしくなっちゃってさ」

 

 チシヤは、去っていく俺達を見て、ポツリと呟いた。

 そんな中、アリスとウサギが、さっきまで俺達と話していたチシヤを見つける。

 

「チシヤ…アイツ…まだ『ビーチ』にいたのか…」

 

 チシヤを見つけたアリスが呟くと、ウサギはチシヤをキッと睨み、怒りに満ちた足取りでチシヤのところに行こうとする。

 

「アリス…ちょっとここで待ってて!」

 

「ウサギ…?」

 

「チシヤを一発、ブン殴らないと気が済まない…!!」

 

 ウサギは、チシヤを遠くから睨みながら言った。

 アリスは、微笑みながらウサギに話しかける。

 

「いいんだよウサギ…そんな事いいから…」

 

「よくないわよ!!アイツのせいで、あなたが死ぬところだったのよッ!!」

 

 そう言ってウサギが振り向こうとすると、アリスは後ろからウサギを抱きしめた。

 

「いいんだよ…今は…そんな事どうだって…オレ達はまた2人でこうして生きてる!今はただ…君にどこにも行ってほしくない…」

 

 アリスがウサギを抱きしめると、ウサギは涙を流しながらアリスの手に自分の手を重ねる。

 

「…い、痛いよ…アリス…」

 

 今はただ、大切な人が生き延びた事を喜ぶ。

 それだけでいいんだ。

 『ビーチ』に背を向けて去ろうとした俺達がその光景を見届けると、ヒヅルが何かを呟く。

 

「仲良さそう…羨ましい」

 

「何か言ったか?」

 

「別に」

 

 俺が尋ねると、ヒヅルはふいっと顔を逸らす。

 ヒヅルが顔を逸らす直前、ヒヅルの顔が染まっているのが見えた気がした。

 

 

 

 ───今際の国滞在二十三日目

 

 残り滞在可能日数

 

 北句平治 50日

 小鳥遊火鶴 100日

 栗原鳳正 20日

 

 

 

 

 

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