ヒヅルside
滞在29日目。
俺は、車のトランクの中で目を覚ました。
後部座席を見てみると、まだヘイジが寝ている。
俺は、ヘイジを起こさないようにそっと後部座席に移動した。
ヘイジは、規則正しく寝息を立てて眠っていた。
「……気持ちよさそうに寝てるね」
今まで散々ひどい事ばっか言ってきた相手が近くにいるのに、気持ちよさそうに寝ちゃってさ。
よっぽど俺の事、信じてくれてるんだな。
俺は、ヘイジみたいにそう簡単に人なんか信用できない。
だけどヘイジ、お前の事は信じていいんだよね…?
――刺激が欲しけりゃバカニナレってな!
「っ〜!!」
な、なんなのあのオッサン!?
俺は別にそんなつもりじゃないし…
あークソッ、羞恥で死にそう。
心臓の音がバクバクうるさい。
アイツのせいで頭ん中グチャグチャだ…!!
「…………」
自分が生き残れればそれでいい。
『今際の国』に永住して、独りで自由に生きていく。
それが俺の望む生き方だって、ずっと信じてきた。
なのにコイツは、俺の信じてきたものを簡単にぶっ壊してきた。
人に裏切られて否定されるのが怖くて、自由な生き方にずっと縋ってきたけど、縋ってきたものを壊されたら、心が軽くなった。
価値観も、生き方も、見える世界も、全部コイツに変えられた。
まるで、人格ごと支配されるみたいに。
「ヘイジのせいだからね。ちゃんと責任取ってよ…」
人のデリケートな部分に踏み込んで、何もかも変えちゃってさ。
今まで酷い事してきた奴を、簡単に救けちゃってさ。
…ホント、ずるいよ。
「……んん…ニー…ナ……」
俺がヘイジの顔を覗き込んだその時、ヘイジが口を開いた。
ヘイジが口に出したのは、『
ヘイジはずっと、あの人の事を引きずってる。
そんなに、あの人の事が大事なんだね。
……俺が入れる隙間は、どこにもないんだね。
◆◆◆
ヘイジside
「…………ん」
目を覚ますと、そこは車の中だった。
雀の囀りが聴こえ、朝日が俺の顔を照らす。
滞在26日目。
車の後部座席で寝ていた俺は、窓に差し込んだ朝日とスズメの鳴き声で目を覚ました。
そのまま起きようとすると、何かが頬を伝って落ちる。
「………?」
頬に触れてみると、濡れていた。
何だこれ…水、か…?
どこかから水でも漏れてんのか?
…まあいいや。
腹、減ったな…
俺が車を降りると、俺が寝ていた車のリアの前にヒヅルが座り込んでいた。
ヒヅルは、まだ眠いのか、目を擦っていた。
「………おはよ」
ヒヅルは、膝を抱えて座り込んだまま俺に声をかけてきた。
心なしか、若干鼻声な気がする。
俺は、ヒヅルに挨拶を返した。
「おはよう」
「よく寝てたね」
「あ、うん…」
俺がヒヅルに返事をすると、ヒヅルは右側を指差す。
ヒヅルが指した方を見ると、食事が置かれていた。
「…朝ごはん、できてるから」
「ああ、ありがと…」
俺が礼を言うと、ヒヅルは俯いて膝に顔を埋める。
さっきも鼻声だったし、もしかして体調悪いのか?
「…どうした?具合悪いのか?」
「…別に」
俺が声をかけると、ヒヅルは顔を逸らして一言答える。
本当に具合悪くないのか…?
「ヘイジ」
俺が朝飯を取りに行こうとすると、ヒヅルが声をかける。
俺が振り向くと、ヒヅルはすぐに俯いて膝を抱え込んだ。
「……何でもない」
何でもないって…
今、何か言いかけてたよな?
やっぱり、何かあるんじゃないのか…?
…まあでも、今はそっとしとくか。
ヒヅルは人に干渉されるの嫌がるしな。
最近やっと気づいた事だけど、俺は割と人の領域に無遠慮でズカズカ入り込んじまうとこがあると思う。
いい加減、そういうとこ直さないと。
「おはよ!」
「おう!」
昨日の夜を境に、俺達の中で何かが変わった。
『ビーチ』にいた頃の表層的な共同関係とは明らかに違う…
大勢の死を皆で背負う事で、今の俺達は、互いに協力し、共に生きていた。
皆が、新しいスタートを切ったんだ。
だけど……
「え…?東京都を、出る…!?」
マヒルさんが、東京を出ると言い出した。
俺達は皆、それを聞いて驚きを隠せなかった。
「原付で行けるところまで進んで、そこからは徒歩で県境を目指してみようと思う。この『今際の国』が何なのかを知る為に、出来る事をやっておきたくてね」
そう言ってマヒルさんがヘルメットを手に取ると、クイナさんが声を上げる。
「ジャングルの中を何日も歩く事になるんやで?もし、その間に『びざ』が切れたら…」
「僕の『びざ』は残り30日ある。元『ビーチ』No.3の座は伊達じゃないよ」
マヒルさんが笑うと、一番マヒルさんと付き合いが長かったアンさんは寂しそうな表情を浮かべる。
「…寂しく、なるわね」
「ああ…また君達とどこかで、会えるといいね…」
マヒルさんがヘルメットを被って原付に跨ると、俺はマヒルさんに声をかける。
「マヒルさん。またどこかで会えたら、昨日みたいに皆で一緒に馬鹿騒ぎして、くだらない話をしましょう」
「…ああ。そうだね」
そう一言残して、マヒルさんは、原付に乗ってどこかへと去っていった。
スタートは、人それぞれなんだな…
◆◆◆
マヒルside
僕は、道路に生い茂っている草を避けながら、原付で進めるところまでひたすら進んだ。
器用貧乏…そんな言葉が僕にはよく似合う。
学生の身分で起業し、経営を軌道に乗せる事もさほど難しくはなかった。
難解なプログラミングをこなせる友人さえいれば、後は営業、経営管理を担える
起業家なんてブランドに興味はなかったが、社会の大人達に評価され、日増しに大きくなる預金残高を眺めるのは悪い気はしなかった…
けれど…
世間で言うところの成功…
そんなものが何だというのだ…
自分には、本当に心が満たされた経験が、ただの一度もない。
本当に僕のやりたい事は?
本当に僕のいるべき場所は?
原付で進んでいるうちに、雑木林が見えてくる。
草木で道を塞がれて、ここから先は原付で進めそうにない。
「公道を進むのは、ここが限界か…」
ある日僕は、全ての肩書きを手放し、旅に出た。
「よし!行こうか!」
◆◆◆
ヘイジside
俺は、近くのスーパーで必要なものを揃えていた。
するとクリハラさんが声をかけてくる。
「そういや今更なんだけどよ、ヘイジ君は何でプログラマー目指してたわけ?」
クリハラさんは、俺に率直な疑問を投げかけてくる。
何で…か。
…正直、立派な動機なんか無いんだよな。
「……何となくです」
「え?」
「オレの実家、バスが3時間に1本来るような田舎にあるんです。子供の頃は、頭の固い父も、古くて息苦しい家も、娯楽の少ない故郷も、全部嫌いでした。だからか、都会でタワマンに住んでキラキラした生活を送ってる人達にずっと憧れてて…とにかく、古臭くて野暮ったい田舎から抜け出したかった。プログラマーになりたいと思ったのも、物珍しい電子機器にただ何となく憧れてたっていう、安易な動機でした」
『今際の国』に来るまでは、ただ『何となく』で生きてきた。
俺の実家は田舎の庄屋の家系で、その名残りで今でも財産と土地だけは有り余っていて、昔からの家訓を頑なに守り続けている、まさに頑固親父のような家だった。
そんな家の大黒柱だった父さんはいつも俺に厳しくて、俺はそんな父さんの事が嫌いだった。
うるさい父さんや、何の面白みもない古臭い田舎から、一日でも早く逃げ出したかった。
プログラマーになりたいと思ったのも、俺の田舎じゃパソコンが珍しくて、ただ何となく憧れてたからってだけだ。
俺の人生、今までずっとそんな調子だった。
陸上部に入ったのも、中学の頃に彰人に『足が速い男はモテる』って小学生男子みたいな理由で誘われて、特に断る理由もなかったから入部してみたら、たまたまそれなりに才能があったってだけだ。
東大を受験したのも、東京で一番頭の良い大学だから。
そうやって、ただ現状から逃げる為だけに、大した情熱も信念もなく、家以外の居場所を探してきたのが俺だ。
「父が病床に臥した時、今まで口うるさく言われてきた事に怒りが込み上げてきて、思いっきり暴言を吐きました。『東京の大学行って、こんな古臭い家出てってやる』って。今思えば、ひどい事言ったって思ってます。でも、父が死んで、後から知ったんです。あの人が、俺と妹を大学に入れる為に多額の貯金を遺してくれていた事を。その時、決めたんです。東京で一番頭のいい大学に入って、プログラマーになって、世界一の人気企業に入ってやるって。でないと、二度と父の墓前に立てそうになかったから…オレは、前に進んでいたんじゃない。ただただ、後に退けなかっただけなんです」
父さんは、最期まで俺の人生を応援してくれていた。
俺は、そんな事も知らずに、闘病中の父さんに暴言を吐いてしまった。
俺は、そんな自分を何度も呪った。
だけど、東京の大学に進学して就職する道を途中で諦めてしまったら、それこそ親不孝だと思った。
どんなに父さんを疎ましく思っていても、『誠実に生きていればいつかは報われる』って教えだけは信じてきたのも、本当は父さんのような誠実で優しい人になりたかったからなのかもしれない。
遅かったけど、こんな俺でも、父さんの自慢の息子になりたかった。
「『器用貧乏』、『真面目だけが取り柄』、周りからはそう言われてました。でもオレは、真面目ですらない。オレは、今までの人生で、死ぬ気で何かに打ち込んだ事が一度もなかったから…」
俺がそう言うと、クリハラさんは上を向きながら口を開く。
「親孝行がしたい、随分と立派な理由じゃねぇの。産んでくれた親の気持ちも考えずに一度は自殺しようとしたバカがここにいるがな」
「え…自殺……って…」
「オレァな。ガキの頃に一度死んでるんだよ」
そう言ってクリハラさんは、自分の過去を話し始めた。
◆◆◆
マヒルside
いわゆる、『自分探しの旅』というやつだろうか。
数え切れない程の国を随分歩いた…
見るもの全てが新鮮で、誰もが羨むような自由の日々を謳歌した。
持ち前の
それで…?
自分とやらは見つかったか?
心は…満たされたか?
今なら…何となくわかる…
どれだけ財を成そうと、どれだけ自由を得ようと、満たされるはずもない。
……何故なら、自分には、礎となる死生観が無いのだ。
器用なだけでは、生きていけない。
ひたすら雑木林を歩き、山を登った僕は、ついに山の尾根に辿り着いた。
「尾根だ…!あそこまで行ければ…東京の外の外観が見渡せる…!!」
いつまで、続けるつもりだろうか?
外の世界に答えを求めるフリをして、逃げ続ける日々…
「あそこまで…!!」
それでも…
「あそこまで行ければ…!!」
◆◆◆
クリハラside
「オレァまあ、知っての通り、かつては世界にその名を轟かせたスーパードクターなわけだが?ガキの頃から、ズバ抜けて頭が良かった。2歳の頃に微分積分を理解し、小学校に入る前までは解剖学の学術論文を絵本代わりに育ち、6歳の頃には英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、中国語、ロシア語の7ヶ国語をマスターし、8歳の頃には世界チェス選手権の出場選手を打ち負かした。学力テストじゃ、満点以外の点数を取った事がなかった。受験も含めてな」
俺は、ガキの頃に打ち立てた逸話をヘイジに語った。
するとヘイジは、俺の顔を見て顔を引き攣らせる。
「……自慢ですか?」
「自慢だ」
俺がハッキリ言うと、ヘイジはさらに顔を引き攣らせる。
おい、そんな顔するんじゃねぇ。
「そんな優れた頭脳があって、何で自殺なんか…」
「単純な話だ。人生に飽きた。それだけだ」
随分とバカみてぇな理由だと思っただろ?
それだけの才能があれば、自殺なんかせずに人の為に生かしたらどうだ、そう思うだろ?
当時の俺は、そんな事どうでも良く思えるくらいに、人生に絶望していたんだ。
人が自殺する理由は腐る程ある。
後追い、失恋、挫折、貧困、過労、いじめ、虐待、レイプ、孤独、現実逃避…
だがどんな理由であれ、突き詰めれば一つの感情に収束する。
人を死に追いやる程の強くて深い感情、それは『絶望』だ。
俺にとって最大の『絶望』は、『退屈』だった。
大体の事は、文献を読めば理解できる。
経験した事が無い事でも、『知識』から導き出される俺の予測を大きく超える事はない。
そんな俺が経験から導き出した結論は、俺の事を理解できる人間なんか、この世に誰一人としていないって事だ。
俺が楽しいと思った事、面白いと思った事は、クラスメイトにも、家族にも、教師にすら理解してもらえなかった。
俺の『絶望』の本質は誰にも理解されず、何が起こるのか簡単に予測できてしまう、孤独で退屈な人生。
たとえ俺がこの先どれだけ人の為に尽くし感謝されたって、俺の心が満たされる事はない。
何故ならそんなものは、俺の予測の範囲内で起こりうる人生の分岐の一つに過ぎないからだ。
そもそも俺は、人の幸福になんか興味が無い。
俺が求めているのは、そんなものじゃない。
俺が求めていたものは、『普通の生活』だ。
予想外の事で驚いたり、わからない事を仲間と一緒に考えてみたりしたかった。
そんな当たり前の楽しみすら、生まれた時から奪われた人生になんか、何の価値も無い。
『退屈』、『孤独』、それらがどれほど大きな絶望をもたらすのか、他人にわかるはずもない。
「もう人生におさらばしようとした、15の夏の事だった。オレが学校の屋上から飛び降りようとすると、何かが風に飛ばされてきた」
「何かって…?」
「描きかけのエロ漫画だ」
「は?」
「その漫画に出てくる主人公のギャルは、オッパイがあり得ねぇくらいに揺れてて、エグいくらいのアヘ顔かましててよ。当時まだチェリーボーイだったオレにとっては衝撃だったのよ。そんで、それを見たオレは、校舎の屋上で涙しながら叫んださ」
――オレ、まだ童貞じゃねぇかチクショォォ…!!オッパイのでけぇピチピチギャルとヤりてぇよォ…!!
「…………」
俺が話すと、ヘイジがドン引きした目で俺を見てきた。
「そんな汚物を見るような目で見るんじゃねぇ。オレは、学校の屋上で叫びながら思ったんだよ。『生きなきゃ』って」
あの日俺は、自分がいかに愚かだったかを思い知らされた。
女の一人も知らねぇクソガキが、自分の知っている事が世界の全てだと思い込んで、勝手に絶望してただけだ。
俺には、見た事ないもの、行った事ない場所、やった事ない事、まだまだたくさんある。
生きて、この世界の事をもっとよく知りたい。
そう思わせてくれたのが、その漫画を描いた先輩だった。
「オレはその漫画を描いたセンパイを見つけて、土下座して頼み込んださ。続きを描いてくれ、あとできれば主人公のオッパイをもっと盛ってくれってな。その日から、オレは毎日センパイの後ろをついて回るようになったんだ」
おい、ヘイジ。
その蔑むような目をやめろ。
まだこの話には続きがあるんだよ。
「センパイは、売れっ子漫画家になって、読んでくれた誰かに夢を与えるのが夢だっつってた。けど結局、その夢が叶う事はなかった」
「え……?」
「病気で死んだんだよ。当時治療方法が確立されてない難病だった。高3の春、センパイが入院したって聞いた時、オレは病室に駆けつけて言ったんだ。『オレが世界一の名医になってアンタを救うから、オレに夢の続きを見せてくれ』って。そしたらセンパイは、こう言ったんだよ」
――世界一の名医に夢を与えたんだから、オレってすげぇ奴なのかもな!
「オレは、医者になってあの人を救う為に、東大を受けた。だけど合格発表の日、あの人はオレの手の届かねぇところに旅立っちまった。センパイは、一人でも多くの人を笑顔にする事が夢だった。だからオレは、あの人の夢の続きを見る為に医者になった。仕事をしているうちに、あの人の夢は、いつしかオレ自身の夢になっていたのさ。…ま、結局ジジィ達の陰謀で首切られちまったけどな」
「クリハラさん…」
「おっと、湿っぽい話になっちまったな。『何となく』でもくだらなくても、テメェの居場所がそこだと感じるんなら、それでいいんじゃねぇか?」
俺は、ヘイジにアドバイスをしてから買い物カゴを持ってスーパーを出ていった。
9割方無駄話だったけど、最後にクリハラさんが言ってくれた言葉は、ほんの少しだけ俺の中で救いになった気がする。
◆◆◆
マヒルside
「…なんなんだ、これは…?」
尾根から東京の外を見渡すと、正面には富士山がハッキリと見えた。
神奈川の街並みがあるはずの場所には、富士山の手前を横切る山脈がどこまでも続いていた。
「相模原は?厚木は?ここには…神奈川の街が広がっているはずだろう…?……ハハ…もう、いい…よぉく…わかったよ…逃げても…何も無いんだな…だったらいいさ。このまま進もう!」
『ビーチ』を発つ時に決めたはずだろ。
もう、あの『げぇむ』の世界には戻らないと…
どこまでも逃げ続けた末に死ぬのも…僕らしいじゃないか。
「
再び神奈川の方角へと歩いてしばらくすると、あるものが目に留まる。
重傷を負った鹿だ。
右の前脚があり得ない方向に曲がっていて、もう虫の息だ。
「崖から、足を滑らせたのか…君達動物も、ヘマをする事もあるんだね。
僕は、必死に呼吸をしている鹿に寄り添い、頬を撫でた。
…何だろう、目から温かいものが溢れてくる。
「…綺麗だ。何故だろう…?何故君は…そんなにも美しいんだ…?…そうか、これが…命…」
これが、命…
最期の最期までただ生きようとする、生命の輝きそのものなのか…
「羨ま…しいな…僕も…君のようになれるだろうか…?」
そう言って僕は、空を見上げる。
空が、木陰の隙間から差し込む日差しが美しい。
「もう少しだけ…逃げずに生きてみようか」
◆◆◆
クリハラside
俺は、近くの建物をハシゴして必要なものを揃えてから、一昨日アン達と一緒に集まって話をした丘の上へ向かった。
「おぉ、いたいた」
そこには、案の定と言うべきか、ヒヅルがいた。
コイツすぐ一人でどっかいなくなるからな。
「………何」
「おいおい、何か冷たくねぇ?もしかして、昨日の事まだ根に持ってる?」
「………別に」
嘘つけ、根に持ってんじゃねぇか。
まあ昨日のは俺が悪かったけどよ。
つーか、そろそろ日が暮れんのにまだ『げぇむ』会場捜さねぇのか?
「今日は『げぇむ』に参加しねぇのか?」
俺が尋ねると、ヒヅルは俺に背を向けたままボソッと呟く。
「………もう、いいよ…」
「もういい、ってのは?」
「オレは、『今際の国』に永住して、死ぬまで毎日『げぇむ』をする事がオレの望む生き方だと信じてきた。でもヘイジは、オレの信じてきたものを簡単に壊してきた。オレは、アイツが生きていればそれでいいから……『げぇむ』は…もういい」
ほぉう、『げぇむ』中毒者がえらい変わりようだねぇ。
こりゃあアレだな、ヘイジにほの字だな。
「なるほどなぁ…そりゃ恋だな」
「っ…!!」
俺が言うと、ヒヅルは耳を赤くして俯く。
あー、図星ですな、ありゃあ。
にしてもヘイジの奴、誰にも手のつけようがなかった狂犬のハートを射抜くとは…
『ハートストライカー』の異名は伊達じゃねぇな。
「…………」
ヒヅルは、顔を赤くして帽子を両手で握った。
何だよ、男みてぇな女のくせに、こういう時だけ乙女になっちまって。
あーもう、じれってぇな。
やらしい雰囲気にしてやるぜ。
よしっ、ここはおじさんが一肌脱いでやりますか。
ヒヅルをヘイジとくっつけて、二人まとめて一生いじり倒せるおもちゃにしてやる。
名付けて恋のキューピッド大作戦だ。
え?
淫行条例?
ここは『今際の国』だぜ?
そんなもんは知った事かい。
コイツらをくっつけて、それをネタにひやかしたり、官能小説を書いたりするんだよ俺は。
これぞ大人の粋な計らいってもんよ。
「アイツを喜ばせる方法、教えてやろうか?」
「……え?」
俺が言うと、ヒヅルがきょとんとする。
俺は、話に食いついたヒヅルに、ヘイジを喜ばせる方法を教えた。
「オッパイ見せときゃいいんだよ」
「は?」
俺がドヤ顔すると、ヒヅルが呆れ顔を浮かべる。
「いいか?男ってのはな、とりあえずオッパイ見せときゃ喜ぶイキモノなんだよ。そしたら後はヤる事ヤって…」
「うるさい黙れエロジジィ」
「あっハイすみません」
…ごめんなさい。
調子に乗りすぎました。
いやぁでも、このまま放置するってのもなぁ。
余計なお節介かもしれねぇけど、俺としては2人がくっつくってのもアリだと思うんだがなぁ。
「ヘイジには伝えねぇのか?」
俺が尋ねると、ヒヅルは震える声で言った。
「………オレさ、フラれたんだ」
◆◆◆
ヒヅルside
「……んん…ニー…ナ……」
ヘイジが口に出したのは、『
俺が助けなかった女の人。
ヘイジはずっと、あの人の事を引きずってる。
そんなに、あの人の事が大事なんだね。
……俺が入れる隙間は、どこにもないんだね。
わかってた。
わかってたんだよ、そんな事。
何もかもが、遅すぎたんだ。
ヘイジを好きになるのも、自分の愚かさに気付くのも…出会うのすらも。
もっと言うなら、ヘイジを好きになるには、生まれてくるのが遅すぎた。
ヘイジが好きだったあの人…
あのお人好しのヘイジが好きになるくらいだから、きっと心の綺麗な人だったんだろうな。
俺とは違う。
ヘイジにとっては、あの人が、たった一人の大切な恋人だったんだ。
俺があの人の代わりになれるとこなんて、何一つ無い。
大体、ヘイジが俺みたいな人殺しや裏切りを平気でしてきたクソガキを好きになるわけがない。
ヘイジが『ビーチ』の皆の事で真剣に悩んでいる間も、俺はずっと自分の事しか考えてなかった。
こんなどうしようもない俺を助けようとしてくれてたお人好しのアイツを、俺はずっと拒絶し続けてきた。
今になって、自分のクズさに嫌気が差す。
俺じゃ、アイツはあまりにも速くて、遠くて、眩しくて…とても手が届きそうにない。
この気持ちは、しまっておかなくちゃ。
ヘイジは優しいから…あまりにも優しすぎるから、俺の想いを知ったら、きっと俺の想いに応えられない事に心を痛めてしまう。
「オレ、ヘイジの事好き
俺は、ヘイジの頬に手を添えて想いを伝えた。
当然だけど、ヘイジからの返事はなかった。
…これでいい。
返事なんて、聞かなくてもわかってる。
俺は、ヘイジの上から降りようとする。
するとヘイジは、寝ぼけたままモゴモゴと口を動かす。
「オレも…愛してるよ……ニーナ…」
ヘイジは、か細い声でそう言った。
彼女との夢を見てるんだろうか。
思わず、涙が溢れる。
目から滴り落ちた涙が、ヘイジの頬を濡らした。
そ…っか、俺…フラれたんだな。
わかっていても、いざ現実を突きつけられると、どうしようもなく心が痛くて苦しい。
でも、もういいの。
前に進まなきゃ。
この想いは、しまっておくから。
俺はただ、ヘイジが生きていてくれる、それだけでいいから。
俺は、切なくて儚い想いを心の奥にしまいながら、逃げるように車の外に出た。
「ヘイジは、『
「さりげなくオレを腐すな」
俺が言うと、クリハラのオッサンが口を挟んでくる。
…しょうがないじゃん。
だって日頃の行いが悪いんだもん。
昨日俺の事をいじってきたし、さっきだってセクハラ発言してきたし。
「ヘイジはオレを助けてくれたのに、オレがヘイジの為にできる事なんか何もなくて、この期に及んでも自分の事しか考えられなくて…そんな自分が、嫌で嫌で仕方ない」
今になって、自己嫌悪が込み上げてくる。
あれ…何だろ、これ。
泣きたいわけじゃないのに、涙が溢れてくる。
はは…俺、ここ最近ずっと泣いてばっかじゃん。
「…そっか。ついこの前まで考えもしなかった男の気持ちを一生懸命考えて、ソイツの為に生きようとしてるお前さんの事が、オレは結構好きだけどな」
オッサンは、俺の頭を撫でながら言った。
俺は、溢れてくる涙を拭いながらオッサンに頼み事をする。
「ヘイジには言わないで…アイツはあまりにも優しすぎるから、オレに気を遣っちゃう…」
「……おう」
「この気持ちは、しまっておくの。ヘイジの優しさは、オレには眩しすぎる」
俺は、膝を抱えて震える声で言った。
するとクリハラさんが俺の肩に上着をかけてくる。
「ここには今、オレとお前さんしかいない。泣きたけりゃ好きなだけ泣いていい」
そう言ってクリハラさんは、俺の肩に手を置いた。
今だけは、ほんの少しだけ、クリハラさんの優しさが嬉しかった。
「うぁああああぁああああああ…!!」
俺は、クリハラさんの肩を掴んで、泣くだけ泣いた。
これで良かったんだ。
自分の手で終わらせなきゃって、アイツを好きになった時からずっと思ってた。
俺は、報われない恋に自ら終止符を打った。
俺は、ヘイジと一緒に生きたい。
だけどヘイジは、俺には速すぎて、隣を一緒に歩いては行けない。
俺はヘイジが生きていてくれさえすればいい。
それだけで、俺は明日も生きていける。
涙が止んだら、前に進もう。
遅いかもしれないけど、俺もそろそろ、スタートを切らないと。
───今際の国滞在二十九日目
残り滞在可能日数
小鳥遊火鶴 99日
北句平治 49日
栗原鳳正 19日
♡J編にオリキャラを登場させるつもりなんですが、定員を増やすのと原作通り20人で進めるのとどちらがいいですか?
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人数増やす
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原作通り20人で進める