Hedgehog in Borderland   作:M.T.

38 / 90
とうとうだいやのくいいん戦も決着です。
次回、お待ちかねのはあとのきんぐ戦。





だいやのくいいん(6)

クリハラside

 

「お互い2勝2敗。次の試合で勝った方が『げぇむくりあ』になる。次で決着をつけましょう」

 

 最後に残ったアンは、ヒミコにそう言い放つ。

 するとヒミコは、僅かに目を見開いてから、ふぅっと小さくため息をつく。

 

「……ええ。そうね」

 

 そう言ってヒミコは、椅子に座り直した。

 アンも、ヒミコと反対側の椅子に座り、ヒミコと対峙する。

 最終決戦となる5回戦は、アンとヒミコの対決だ。

 俺は、イチロー、クロエ、マシロの三人と一緒に、二人の対決を見守った。

 

 アンは、数字を決めてタブレットに打ち込む。

 アンが打ち込んだ数字は、『014』だ。

 この数字…

 ……まさか、アンの『びざ』の残り日数か…?

 

 数字を決めたアンは、残り4枚になったカード束の1番上のカードを引いた。

 アンが引いたカードは…『♢J(だいやのじゃっく)』か。

 

「……5回戦にもつれ込んだのは、今回が初めてよ」

 

「そう」

 

「あんな風に感情を剥き出しにしたのも、今回が初めてかもね」

 

「……そう」

 

 ヒミコが言うと、アンはただ静かに返事をした。

 ヒミコも、数字を決めてタブレットに打ち込み、カードの束から1枚引いた。

 ヒミコは…何の数字を選んだんだ…?

 

 

 

《時間になりました。先攻のアン様は、1分以内に口頭で『こぉる』して下さい》

 

「『あいてむ』を使うわ」

 

 そう言ってアンは、『あいてむ』を『あいてむぼっくす』にセットしてボタンを押した。

 するとアンのタブレットに制限時間のタイマーが表示される。

 

《アン様、質問をどうぞ》

 

「そうね……じゃあ…選んだ数字を教えなさい」

 

 アンは、『♢J(だいやのじゃっく)』の『あいてむ』を使ってヒミコに質問をした。

 この質問には、ヒミコは嘘をつく事ができる。

 しかもヒミコは、『♡K(はあとのきんぐ)』、『♣︎Q(くらぶのくいいん)』、『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』のどれかのカードを持ってる。

 どのカードを引いたにせよ、いくら先攻と言えどもアンの方が不利だ。

 

《『♢Q(だいやのくいいん)』様、質問にお答えください》

 

 アナウンスが流れると、ヒミコはゆっくりと口を開く。

 

「………012」

 

 012か…

 随分と極端な数字を選んだもんだな。

 何を考えてるんだ…?

 ヒミコの回答を聞いたアンは、少し考えてから尋ねる。

 

「…そう。じゃあいくつか聞くけど…ああ、別に答えなくていいわよ。あなた、家族は?」

 

 アンが尋ねると、ヒミコは少し間を置いてから答える。

 

「……お母さんだけよ」

 

「母親…か。…もしかして、あなたが人を信用できなくなったのは、母親が関係してるのかしら?」

 

 アンが尋ねると、ヒミコは僅かに目を見開いてから黙って俯く。

 その反応を見て、アンは自分の考えが正しかった事を確信する。

 

「…図星ね。大方、信じていた母親に裏切られて、復讐の為に母親を手にかけた……といったところ?」

 

「何で…アンタにそんな事…っ」

 

「似てるのよ。あなたのその目…大切な人を手にかけた、私の仲間と」

 

 アンが言うと、ヒミコは唇を噛み締めて黙り込む。

 『ビーチ』では、ボーシヤの暴走を止めようとしたアグニが、ボーシヤを殺した。

 その絶望を、『♡10(はあとのじゅう)』の『げぇむ』に利用されて、多くの仲間を失った。

 今のヒミコは、あの時のアグニと同じ目をしている。

 アンが尋ねると、ヒミコが口を開く。

 

「ええそうよ。あの女が、私の才能を僻んで、料理に毒を盛って私を殺そうとしたから…!だから痛い目に遭わせてやったのよ!向こうは私を殺す気だったんだから、当然の報いでしょ!?」

 

 ヒミコは、テーブルにガンッと拳を打ち付けながら答えた。

 母親が娘を殺そうとしたって…マジかよ。

 コイツ、この歳でそんなに重いものを背負って……

 

 …いや、違うな。

 コイツにはもう、何も無いんだ。

 信じていた母親に殺されかけて、俺もヒミコから離れていったから、ヒミコにはもう何も残らなかった。

 何も無かったから、自暴自棄になって母親に復讐をして、この国で『げぇむ』をし続ける事を選んじまったんだ。

 

「そんな…」

 

「ウソでしょ…母娘で殺し合いをしてたっていうの…!?」

 

「マジかよ…」

 

 ヒミコの過去を聞いたマシロ、クロエ、イチローの三人は、『信じられない』とでも言いたげな表情をしていた。

 三人が驚く中、アンはヒミコに尋ねる。

 

「ずっと気になっていたのだけれど…一二(つまびら)って随分と珍しい苗字よね。昔からこの苗字だったの?」

 

「…そうよ。それが何……?」

 

「苗字っていうのは、それだけで『その家の人』って証明になる。あなたが母親の苗字を使っている限り、どこに逃げようと憎い母親の影が付き纏う事になる。珍しい苗字なら尚更、逃げ場なんか無い。理由が理由なら、改名する事だってできたはずよね。それが出来なくても、偽名を名乗ればよかったはず。それをしなかったのはどうして?」

 

 アンが尋ねると、ヒミコは無言で頷く。

 アンの言う通り、本気で母親が憎いなら、同じ苗字を名乗る事すら悍ましいと感じるはずだ。

 復讐を成し遂げる程の相手なら尚更だ。

 ヒミコの反応を見て、アンはある仮説を立てた。

 

「あなた、本当は復讐なんか望んでいなかったんじゃないの?」

 

「………!」

 

「あなたはただ、お母さんに認めてもらいたかった。あなたが信じていた頃のお母さんに戻ってほしかった。だけど、当の本人があなたの事を邪魔者だと思っていた事は、あなたにとって消したい事実だった。母親に存在を否定された絶望に苛まれたあなたは、『母親に否定された事実を消したい』という感情を、『母親を消したい』という感情だと思い込んでしまった。復讐を成し遂げても、あなたは心が晴れるどころか、より深い絶望に苛まれた。…当然よね。だってあなたは、本当は、復讐なんか望んでいなかったんだもの」

 

 アンは、ヒミコの話を聞いて、ヒミコのバックボーンを推測した。

 あの時のアグニと同じだ。

 ヒミコが『今際の国』の国民として『げぇむ』をしているのは、『今際の国』の国王になる為なんかじゃない。

 大好きだった母親をも手にかけた自分に絶望して、もう自暴自棄になっちまってるんだ。

 

《10秒前》

 

「あなたが自分で手にかけた母親の姓を使っているのは、自分と母親の繋がりを留めておくため。()()()が来たら、母親のもとへ還れるように…」

 

《5秒前》

 

 アンの『こぉる』の制限時間が残り5秒になると、アンは卓上マイクのスイッチを入れた。

 

「012。あなたとお母さんを繋ぐ、唯一の数字よ」

 

 アンが『こぉる』をすると、ヒミコは唇を噛み締めて、一粒の涙をこぼす。

 アンの『こぉる』の結果は───

 

 

 

『3ひっと』

 

 ───的中だった。

 結局ヒミコは、最後はアンに本当の数字を伝えていた。

 

《ここで『3ひっと』が出ました。勝者、『ぷれいやぁ』チーム》

 

「………あーあ。負けちゃっ…た…」

 

 ヒミコは、涙を拭いながら微笑んだ。

 そんなヒミコを見て、アンはギリっと拳を握りしめながら、悔しそうに呟く。

 

「ずるいわよ…こんな勝ち方、納得できるわけがない。こんな…まるで、『殺してほしかった』って言ってるようなものじゃない…」

 

 アンは、歯を食いしばって悔しさに打ち震えていた。

 …勝った方が悔しがって、負けた方が笑ってら。

 

「宣言通り、あなたを止めたわよ」

 

「……そうね」

 

 アンが言うと、ヒミコは俯いたまま呟く。

 ヒミコは、俯いて涙を拭ってはいたが、対戦する前より清々しい表情をしているように見えた。

 

「ひとついいかしら。あなたはさっき、『『今際の国』の国民に()()()』と言ったわね。もしかして…あなた達『今際の国』の国民は、元々は私達と同じ『ぷれいやぁ』だったんじゃないの?」

 

「…どうだろうね」

 

「たとえ絵札の『げぇむ』を全て『くりあ』しても、今度は私達が『今際の国』の国民として新たな『ぷれいやぁ』と戦わなきゃいけなくなる。それが、『答え』なの…?」

 

「その質問には、そうかもしれないし、違うかもしれないとしか答えられない…私達と道を違えた人達がどうなったかは、わからないから」

 

 アンが尋ねると、ヒミコは髪を解きながら答える。

 胸元まで伸びたベージュのロングヘアーが、風に靡いた。

 その時、ちょうどオブジェの上に留まっていた鳥が羽ばたいた。

 ヒミコは、飛び立っていく鳥を目で追いながら、思い出したように口を開く。

 

「…あ、そうだ。あなた達にひとつ教えといてあげる。これから『♢J(だいやのじゃっく)』か『♢K(だいやのきんぐ)』に挑むなら、仲間は置いて行った方がいいわよ。一人しか生き残れない『るうる』の『げぇむ』だから」

 

「…どうしてそんな事を私達に教えたの?」

 

「さあ…何でだろうね。あえてあなた達の気に入りそうな答えを用意するなら…あなた達には、私の分まで長生きしてほしいから…そんなところ?」

 

 アンが尋ねると、ヒミコはクスッと微笑みながら答えた。

 その直後、どこからか『げぇむ』の終わりを知らせるアナウンスが鳴る。

 

《『ぷれいやぁ』チームの勝利が決定しました。現時点で勝ち数の少ない『♢Q(だいやのくいいん)』様は、『げぇむおおばぁ』》

 

 アナウンスが鳴り終わると同時に、ヒミコの下の床を支える留め具が外れる。

 ヒミコは、これから自分が落ちるであろう酸のプールをぼんやりと眺めていた。

 留め具が順番に外れていく間、俺はヒミコに向かって叫んだ。

 

「ヒミコ!」

 

 俺が叫ぶと、ヒミコは俺の方を振り向く。

 

「オレがネットから消えた時、お前に届かなかった言葉、今言うぞ。『今まで一緒にゲームできて楽しかった。ありがとう』だ」

 

 俺があの日伝えられなかった言葉を言うと、ヒミコは一瞬目を見開いたかと思うと、目に涙を溜めて唇を噛み締める。

 俺は、これから死にゆくヒミコに、精一杯の笑顔で最期の言葉を送った。

 

「あの世でもし会えたら、また対局しようぜ」

 

 俺が言うと、ヒミコは、涙を流しながら満面の笑みを浮かべた。

 さっきまでの、自暴自棄になった絶望の目じゃない。

 まるで無邪気な子供のような目だ。

 

「……うん。何十年でも、待ってるから」

 

 ヒミコがそう言った、その瞬間だった。

 

 

 

 ――ガコッ!!

 

 

 

 ヒミコが立っている床が抜け、ヒミコが下に落ちた。

 ヒミコは、真っ逆さまに、下へ下へと落ちていく。

 強酸のプールに落ちるその瞬間まで、ヒミコは笑顔だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

???side

 

 2年前、7月某日。

 ちょうど日が沈んで空が暗くなった頃、東京のある一軒家では、事件が起きていた。

 母親の振る舞った豪華な食事を口にした少女が、いきなり床に倒れ込んでもがき苦しんだ。

 

「ぅぐ…!?ガハッ、ゲホッ、ゲホッ…!!ぐ、苦しい…!お、お母さん…助け……」

 

 少女は、激しく咳き込んで血の混じった吐瀉物を吐き出しながら、弱りきった身体で母親に助けを求めた。

 だが母親は、殺意を剥き出しにして瀕死の少女を睨み、罵声を浴びせた。

 

「死ね!!私の視界から消えろ!!お前なんか、生まれてこなきゃ良かったんだ!!」

 

 母親は、少女に向かって怒鳴りつけた。

 すると少女は、絶望の表情を浮かべて意識を失う。

 少女が意識を失うと、母親は肩で息をしながら自分の娘を見下ろす。

 しばらくして、正気に戻った母親は、気を失った娘を見て我に返り、自分が取り返しのつかない過ちを犯した事にようやく気がつく。

 

「あ……わ、私は…何て事を…!!」

 

 自分で自分の娘を殺そうとした母親は、慌てて娘の容態を確認した。

 娘がまだ生きている事がわかると、母親はすぐに救急車を呼びつつ応急処置をした。

 

「ごめん…ごめんね妃神子…!!お母さん、どうかしてたの…!!さっき言った事、全部取り消すから…!!お願いだから、生きて!!妃神子…お願い…お母さんを、ひとりにしないでよ!!」

 

 母親は、娘に応急処置を施しながら、泣いて娘に訴えかけた。

 ようやく電話が繋がると、母親は救急車を呼んだ。

 

「救急です!!娘が毒薬を口にして、今、意識不明の重体です!!急いで!!」

 

 母親が救急車を呼んでしばらくして、救急車が家の前まで来た。

 少女は担架に乗せられて、近くの総合病院に救急搬送された。

 幸い、母親の処置が適切だったおかげで、少女は死の淵から生還し、大きな後遺症も残らずに完治した。

 だが幼い少女が心に負った深い傷は、一生消える事はなかった。

 

 

 

「一二さん。その後も体調にお変わりはありませんか?」

 

「……ええ」

 

 精神病院のカウンセリングルームで、二人の女性が話し合っていた。

 一人は娘を殺しかけて重度の精神疾患と診断され、1年前から精神病棟に入院している患者。

 そしてもう一人の長い黒髪の女性は、彼女の主治医だ。

 この日も患者は、主治医に今自分が思っている事を話した。

 

「……あの日の事は、今でも後悔してます。私はなんて、愚かな事をしてしまったんだろうって…あの時は、本当にどうかしていたんです。私を信頼してくれていたあの子を、手にかけるなんて……」

 

 患者は、涙を流しながら、自分の過去の行いを主治医に話した。

 彼女は、自分の娘を殺そうとした事を後悔しており、1年以上ずっと自分を責め続けてきた。

 

「昨日、妃神子がお見舞いに来てくれたんです。私の好きなケーキを持ってきてくれて、一緒にケーキを食べて、『美味しいね』って笑って話しかけてくれて…施設の事とか、学校の事とか、色々話してくれました。その後一緒にチェスをしたんですけど…あの子、すごく頭がいいから、私一回も勝てなくて…」

 

 主治医に心を許した患者は、娘が見舞いに来てくれた事を主治医に話した。

 久々にチェスやパズルで遊び、娘には一度も勝てなかったが、以前のようにもう娘を妬んだりはしていない事、本来なら伸ばすべき娘の才能に嫉妬して凶行に走った自分が愚かだったと受け止めている事を話した。

 

「ご自身のつらい過去と、よく向き合いましたね。一二さん自身は、妃神子ちゃんとの関係の修復を望まれていますか?」

 

 主治医は、娘との関係を修復する方向でのサポートを患者に提案した。

 だが患者は、静かに首を横に振った。

 

「……もう、いいんです。私の前ではニコニコしてるけど、あの子はきっと、私の事を恨んでる。私に怒りをぶつけたいのを必死に我慢して、関係を修復しようとしているんです。でも本当は、私を殺したいほど憎んでる。当然ですよね…それだけの事を、しましたから……」

 

 患者は、涙を流しながら語った。

 娘があからさまに殺意を向けてくる事はなかったが、母親としての勘が、娘の笑顔の奥に隠れた殺意を感じ取っていた。

 

「私はただ、あの子が元気でいてくれるだけでいいんです」

 

 患者は、涙を拭いながら本心を語った。

 彼女はただ、娘が元気に生きる事しか望んでいなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヒミコside

 

 私は、くだらない嫉妬心で私を殺そうとしたあの女に復讐すると決めた。

 何一つ成果を残せずに私の手柄で有名になったバカの分際で、勝手にノイローゼになって私から何もかもを奪おうとしたあの女だけは、絶対に許さない。

 

「お母さん。お見舞い来たよ」

 

 私は、計画実行の日、あの女のいる病棟にお見舞いに行った。

 お見舞いに行ったのは、あの女の病室に爆薬を仕掛ける為。

 できるだけ怪しまれないように、この2年間、親孝行な娘を演じ続けた。

 私が椅子に座ると、女が私に話しかけてくる。

 

「ねぇ妃神子…お母さんの事、恨んでる?」

 

 恨んでる…か。

 そんなの、アンタが一番よくわかってるくせに。

 アンタへの恨みを忘れた日なんか、一日たりともなかったわよ。

 私は、殺意を表に出さないように、精一杯の笑顔を繕った。

 

「そんなわけないじゃん!それよりさ、お母さんのお見舞い行くって言ったら、先生がケーキ買ってくれたの。一緒に食べよ!」

 

 そう言って私は、ケーキの箱をテーブルの上に置いた。

 わざとフォークを落として、ベッドの下に潜り込ませ、拾うふりをしてベッドの下に爆弾を仕掛けた。

 ケーキを食べながらたわいない話をしたり、ボードゲームをしたりして、ベッドの下に仕掛けた爆弾から注意を逸らした。

 

「それじゃ、また来るね。お母さん。身体、気をつけてね」

 

「ありがとう。妃神子は優しいね…」

 

 そう呟く女に笑顔で手を振って、病室を去った。

 

「……ぷっ。ぐふっ…ふふふふ…!」

 

 あー、ダメだ。

 病院を出るまで笑いを堪えきれそうにないわ。

 あの女、これから私に復讐されるとも知らずに呑気なものだわ。

 

 全部アンタが悪いのよ。

 私を本気で怒らせるから。

 ザマアミロ!!

 

 施設についてからも、笑いを堪えるのに必死だった。

 午前0時前後に、あの女の部屋に仕掛けた爆弾が作動する。

 全身の皮膚が焼け爛れる痛みは、想像を絶するでしょうね。

 せいぜい、死ぬまで地獄の苦しみを味わい続ければいいわ。

 

 あー、今日はよく眠れそうだわ。

 そろそろ寝よ〜っと。

 

 

 

 ――おかあさん…行っちゃやだよ…ひとりにしないで…!

 

 ――大丈夫よ。ずっと、そばにいるから…!

 

 その日の夜、夢を見た。

 昔、身体の弱かった私は、よく熱を出して寝込んでいた。

 その度にお母さんは、一晩中寝ずに私を看病してくれた。

 久しく思い出していなかった、遠い日の記憶。

 

 

 

 ――お願いだから、生きて!!妃神子…お願い…お母さんを、ひとりにしないでよ!!

 

 思い出した。

 あの日、毒入りのご飯を食べて死にかけた私を、お母さんが助けてくれた事を。

 もしあの時お母さんが救急車を呼んでくれなかったら、私は助かっていなかった。

 私は、命を救ってくれたあの人に、復讐をしようとした。

 

「何で忘れてたんだろう……」

 

 このままだと、私の計画通り、お母さんが爆発に巻き込まれる。

 早く止めなくちゃ…!!

 

 夢から覚めた私は、すぐにお母さんの入院している病院に電話をかけた。

 だけど受付時間外だからか、いつまで経っても繋がらなかった。

 もうこうなったらと思って、警察に電話をした。

 だけど警察は、現時点だと動けないとか何とか言って相手にしてくれなかった。

 そうこうしているうちに、その時が来てしまった。

 

「あ……」

 

 一筋の煙が、空に向かって上がっていくのが見えた。

 お母さんの入院している病院の方角からだ。

 止められなかった。

 気付くのがあまりにも遅すぎた。

 

 どうして、この2年を、せっかくお母さんにもらった才能を、こんな復讐の為なんかに使っちゃったんだろう。

 気付く時間はいっぱいあったはずなのに…!!

 

 

 

「お母さん!!」

 

 翌日のニュースで、お母さんが爆発に巻き込まれて重傷を負った事を確認した私は、施設の先生に付き添ってもらって、一緒にお見舞いに行った。

 お母さんは、全身に修復不可能な火傷を負って、全身に包帯を巻いて、爆発で四肢を失って一人じゃ何もできない身体になっていた。

 私が駆けつけると、お母さんは、私に向かって掠れた声で一言放った。

 

「ごめ……ん…ね…ヒ……ミコ………」

 

 ようやく気付いた。

 お母さんは、気付いてたんだ。

 私のせいで爆発に巻き込まれた事も、私がずっと復讐の計画を立てていた事にも。

 私の殺意に気付いていながら、気付かないフリをして一人で抱え込んで、わざと爆発に巻き込まれた。

 全ては、私への贖罪のため。

 

「ぎゃははははははははは!!!ザマアミロ!!あははははははは!!」

 

 いっその事罵倒してくれた方が、どんなに心が楽になっただろうか。

 くだらなかったのは私の方だ。

 自分が負った痛みばかりを数えて、自責の念にずっと一人で耐えてきたお母さんから目を背け続けてきた。

 

 私は、病院を飛び出して、思いっきり大笑いした。

 目からは、勝手に涙が溢れ出て止まらなかった。

 

 もう、どうでもいい。

 生きる事に、何の希望も見出せない。

 いっその事、人生とおさらばしてしまおうか。

 

 そう思った、その時だった。

 私があの花火を見たのは。

 

 

 

 

 

 ――ミーンミンミーン…

 

 

 

「…………え?」

 

 『今際の国』滞在1日目。

 私は、気がつけば『今際の国』に迷い込んでいた。

 初日の『げぇむ』を『くりあ』して、ルーナと出会った私は、ルーナと二人で『今際の国』で生き延びてきた。

 『ねくすとすてぇじ』が開催されて8日目、とうとう最後の『げぇむ』が陥落した。

 

《おめでとうございます。ただ今を持ちまして、()()の全ての『げぇむ』が『くりあ』されました。これより、生き残った『ぷれいやぁ』の皆様全員には、この『今際の国』の国民となって()()の『げぇむ』に参加する事が出来る『永住権』を、取得するか放棄するかの選択が与えられます。それぞれがお答え下さい。この国に永遠に身を置き、これからも殺し合いを続ける権利を、『手にする』か『手にしない』かを》

 

 この時、私の中で答えは既に出ていた。

 この国で私が、どう生きるかを。

 

「無論、ありがたく『手にする』わ」

 

 私は、この国に残って、永遠に続く殺し合いに身を投じる事を選んだ。

 私は、最低最悪の罪人だから。

 誰かに、この罪を裁いてほしい。

 

 残りの人生は、悪党らしく生きると決めた。

 同情の余地なんか一ミリも残らないくらいに、狡猾で、残虐で、憎むべき敵として、新たな『ぷれいやぁ』に立ちはだかってやる。

 そしていつの日か、悪党の私は正義の味方に倒される。

 それが、私の思い描いた、理想の物語。

 

 私は『今際の国』の国王になって、暴君としてこの国の頂点に君臨するの。

 いつか誰かが私を殺してくれる、その日まで。

 

 

 

《『ぷれいやぁ』チームの勝利が決定しました。現時点で勝ち数の少ない『♢Q(だいやのくいいん)』様は、『げぇむおおばぁ』》

 

 何度目の『げぇむ』だろうか。

 何度も勝ち続けてきた私は、とうとう私に挑みに来た『ぷれいやぁ』に負けた。

 ずっと待ち望んでいたこの瞬間が、やっと訪れた。

 床が抜けて、私は、真っ逆さまに落ちていく。

 

 

 

 やっと…楽になれる…

 

 やっと……!!

 

 

 

 

 

 

 

 ――ドボォン!!!

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

クリハラside

 

 『げぇむおおばぁ』になったヒミコは、強酸のプールに落ちた。

 ヒミコが落ちた瞬間、激しく化学反応が始まり、激しい音を立てながら水面が泡立ち、大量の煙が発生する。

 最初は白く濁っていた水面がぶわっと赤く染まり出したかと思うと、次第に水面が褐色へ、そして黒へと変色していく。

 反応が終わった頃には、どす黒く濁って泡立った水面に、ヒミコ()()()炭の塊が浮かんでくる。

 

 誰も、歓喜の声は上げなかった。

 俺は、原型を留めなくなったヒミコの亡骸に向かってポツリと呟いた。

 

「結局オレ達は、最後までお前の掌の上だったってか…ずりぃぞ、お前だけ…」

 

 アンの言う通りだった。

 アンがヒミコの言葉を信じて『3ひっと』した事も、俺がヒミコの考えを見透かして一発で数字を当てた事すらも、全部ヒミコの思惑通りだった。

 こんなの、『殺してほしかった』って言ってるようなもんじゃねぇかよ…

 

「こんな勝ち方って…」

 

「こんなの、喜べるわけ…ねぇだろ…」

 

「本当に…これで良かったのかな……」

 

 クロエ、イチロー、マシロは、ヒミコが死んで自分達が生き延びた事に戸惑いを覚えていた。

 するとアンが、ヒミコの遺体を眺めながら口を開く。

 

「…良かったのよ。少なくとも彼女は、それを望んでいた。私達は、生き延びた事を喜ばなきゃいけない。…そんな気がする」

 

 アンが言った、その時だった。

 

 

 

 ――ガコッ!!

 

 

 

 俺達の入っているガゼボが、一度揺れてから上へと引き上げられた。

 

「ガゼボが…」

 

 まるでエレベーターのように上へと昇ったガゼボは、しばらくして元の位置に戻った。

 ガゼボが最初の位置で固定されると、ガゼボの扉がひとりでに開く。

 

《『ぷれいやぁ』チーム、『げぇむくりあ』》

 

 遊園地の上に浮かんでいた飛行船から吊り下げられていた幕の表示が、『♢Q(だいやのくいいん)』から『げぇむくりあ』に変わる。

 そしてその直後、飛行船が内側から爆発し、遊園地のアトラクションの上へと墜落した。

 

 『ねくすとすてぇじ』開催1日目にして、『♢Q(だいやのくいいん)』が陥落した。

 俺達は、ヒミコの遺体に手を合わせてからオブジェを降り、プールゾーンの出口に置かれていたレジから『びざ』と『♢Q(だいやのくいいん)』のトランプを受け取ると、車に乗り込んで『げぇむ』会場を去っていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

???side

 

 クリハラ達が『♢Q(だいやのくいいん)』を撃破した頃、江東区では。

 『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』の飛行船が浮かぶ『げぇむ』会場は、血の海になっていた。

 『げぇむ』に挑戦していた『ぷれいやぁ』は、肘から先を失った右腕を押さえながら、絶望の表情を浮かべる。

 

「『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』に比べりゃまだ勝ち筋があると思って来たのに…聞いてねぇよ…まさかこんな…化け物がいるなんてよぉ…!!」

 

 絶望の表情を浮かべる『ぷれいやぁ』の前には、『ぷれいやぁ』の死体が積まれており、頭巾と口元の布で顔を隠した女性、『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』が、屍の上に立っていた。

 『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』は、ブラトップとショートパンツのみといった露出度の高い格好をし、抜群のプロポーションをした肉体を惜しみなく曝け出しながらも、全身に返り血を浴びていた。

 右手で男の生首を掴み、左手にサバイバルナイフを握る彼女は、全くの無傷だった。

 『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』は、右手に持っていた生首を放り投げると、右手でハンドガンを抜き、そのまま最後の『ぷれいやぁ』を躊躇なく撃ち殺した。

 

《『ぷれいやぁ』チームが全滅しました。よって『ぷれいやぁ』チームは、『げぇむおおばぁ』》

 

 開催1日目、『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』の『げぇむ』は、誰も『ぷれいやぁ』を『くりあ』させずに終わった。

 『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』がつまらなさそうにため息をついたその時、彼女の仲間が駆けつけてきて英語で話しかける。

 

“ おい、大将!『♢Q(だいやのくいいん)』が…陥落した…!! ”

 

 仲間の男が報告をすると、『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』は僅かに目を見開き、そして視線を下に向ける。

 すると彼女の仲間の、ポニーテールの女性が話しかける。

 

「どうしたの?」

 

 ポニーテールの女性が話しかけると、『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』は俯いたままボソッと言葉を放った。

 

「ヒ……ミ、コ……」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 その頃、荒川区の雀荘では。

 『♢Q(だいやのくいいん)』の敗北を知った『♢J(だいやのじゃっく)』は、麻雀牌を眺めながらポツリと呟いた。

 

「ヒミコはん…負けてまいましたか……まあ、ええ娘すぎたさかい…仕方ありまへんなぁ」

 

 『♢J(だいやのじゃっく)』は、かつて『♢Q(だいやのくいいん)』と麻雀で対戦した時の事を思い出していた。

 彼にとって、『♢Q(だいやのくいいん)』は、得意分野の麻雀で自分と互角かそれ以上の好敵手だった。

 負け越したまま勝ち逃げされたのは、『♢Q(だいやのくいいん)』が初めてだった。

 

「最後にもうひと勝負、しといたらよかったでんなぁ…せやけど、楽しかったでっせ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そして同刻、文京区の『げぇむ』会場では。

 『♢K(だいやのきんぐ)』ことクズリューは、薄暗い裁判所の一室で、『(だいや)』の仲間であった『♢Q(だいやのくいいん)』の死を悼んでいた。

 

「ヒミコ……君は最後まで、私についてきてくれた。私が今日まで『♢K(だいやのきんぐ)』でいられたのは、君のおかげだ」

 

 クズリューは、『♢Q(だいやのくいいん)』と一緒に『げぇむ』を考えたり、『今際の国』のシステムを修正する計画を立てたりした日々を脳裏に思い浮かべていた。

 クズリューが決断を迷った時、それを支えていたのは、『♢Q(だいやのくいいん)』だった。

 

「私はこの先、君の事を決して忘れない。君の遺志は、私が継ぐ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 おい…どうなってんだよコレ…!?

 

「いやああああ!!!もういやあああああ!!!」

 

「何なんだよこれぇええ!!?」

 

「マジかよ…『しょけい』って、こんな殺され方すんのかよ!?」

 

「もう帰してよおおおおおお!!!」

 

 何なんだよ、この地獄絵図は。

 何で、こんな事になっちまったんだ…!?

 

『『しょけい』が執行されました。2ターン目の生存者は、14名中13名。それでは次のターンも、生かしたい人を慎重に選んで下さい』

 

 アイの無機質な声と皆の悲鳴が、メインルームに響き渡る。

 俺が言葉を失っていると、ヒヅルが心配そうに声をかけてくる。

 

「ヘイジ…」

 

 ……甘かった。

 裏をかいて実は一番簡単な『げぇむ』なんじゃないか、数時間前まではそう思っていた自分がいた。

 そんな半端な覚悟で、この『げぇむ』に挑んじゃいけなかったんだ。

 『(はあと)』の頂点に君臨する『げぇむ』が、こんなにも無慈悲で、悪辣で、絶望的なものだったなんて…

 これが、『♡K(はあとのきんぐ)』…!!

 

 

 

 『ねくすとすてぇじ』開催1日目

 

 『げぇむ』 残り11種

 

 『ぷれいやぁ』 残り247人

 

 

 

 

 

♡J編にオリキャラを登場させるつもりなんですが、定員を増やすのと原作通り20人で進めるのとどちらがいいですか?

  • 人数増やす
  • 原作通り20人で進める
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。