はあとのさん(1)
くだらない日常からの解放。
現実逃避、厨二病、ピーターパン症候群…
呼び方なんか関係ない。
どこでもいいから。
どこか知らない国へ行きたいと思った事はないかい?
◇◇◇
俺の名前は
就職活動中の大学院二年生だ。
そしてたった今、第一志望の企業の最終選考に落選したところだ。
「面接落ちた……死にたい」
『兄ちゃんいつまでそれ言いよるん?』
俺は今、妹に電話で報告という名の愚痴を言っている。
俺の第一志望は、世界で五本の指に入る大手IT企業で、そこでエンジニアとして活躍する事が長年の夢だった。
最終選考まで残って、希望が見えたと思ったら、諸事情でまさかの大遅刻。
まだ結果が出たわけじゃないけど、あれだけ遅刻したら不採用は目に見えてる。
俺の人生、ずっとそんな調子だ。
高校の頃やってた陸上じゃ、あと少しのところでインターハイへの出場を逃した。
第一志望の東大理一には、あと1点が足りなくて落ちた。
ICPCでは、あと一歩のところでアジア地区大会への出場を逃した。
どんなに目標に近づこうと、『あと一歩』、その一歩が足りなければ容赦なく敗北者の烙印を焼き付けられる。
今までの人生で散々思い知らされてきた事だ。
『兄ちゃんが受けたとこ、倍率千倍とかなんじゃろ?最終選考まで残っただけでも、ウチすごい事じゃ思うよ』
沙由は、俺の8つ下の妹だ。
進学の為に上京してからは長期休みの時しか直接会えてないけれど、美人で優しい、自慢の妹だ。
「沙由…お前、元気にしとるか?飯は?ちゃんと食いよるんか?」
『食べとるよ!兄ちゃんは心配性じゃねえ!』
俺が尋ねると、沙由は食い気味に答える。
さっきまで最悪だった気分が、少しだけ紛れてきた。
『あ、そうそう。ウチ、来週から夏休みじゃけぇそっちに行ってもええ?兄ちゃんの学校の話やら聞きたいし、たまには手料理食べさせちゃりたいし!』
「…うん。楽しみにしとるよ」
そう言って俺は、電話を切った。
…って、そろそろバイトの時間だ。
俺は、スマホの待ち受け画面を見ながらバイト先に向かった。
眺めているのは、幼馴染みの仲野彰人と、恋人の美波佳奈、そして俺の三人で撮った写真だ。
彰人や佳奈とは、昔から家族ぐるみの付き合いをしていて、友達というよりは兄弟みたいな関係だった。
俺は、可愛くて活発な佳奈の事が子供の頃から好きで、大学に入ってからずっと交際を続けている。
彰人とは、昔『どっちが佳奈をお嫁さんにするか』って言い争いをした事があったけど、結局俺が佳奈と付き合う事になった時、アイツは俺と佳奈の仲を取り持ってくれた。
今のバイトを紹介してくれたのも彰人だ。
俺を応援してくれた彰人と、俺の想いに応えてくれた佳奈には、感謝してもし切れない。
バイト先に到着した俺は、就活で沈んだ気分を切り替えて更衣室に入ろうとした。
すると、ここにはいないはずの彰人と佳奈の声が聴こえてくる。
「なぁ〜、いいだろ?」
「え〜、ダメだってば〜。誰か来たらどうすんの?」
は…?
コイツら、俺に隠れてこんな事してたのか…?
俺は、怒り狂いそうになるのを堪えて、更衣室のドアを開けた。
すると俺が来た事に気付いた二人は、慌てて乱れた服を着直す。
「げっ、やべっ…」
「お前ら何してんの?」
「へ、ヘイジ君!違うのこれは!」
「何も違わないだろ。佳奈、彰人。お前ら何でこんな事してんだよ」
俺は、自分でも驚くほど冷静に二人を問い詰めた。
すると佳奈は、開き直ったのか俺に対して逆ギレしてきた。
「…確かに、ヘイジ君は真面目で優しい人よ。でも、
佳奈の言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で何かが音を立てて崩れた。
そこへ、タイミングが良いのか悪いのか、騒ぎを聴きつけた店長がやって来た。
「おい、何の騒ぎだ?」
怪訝そうな表情を浮かべている店長に対して、俺は無表情に言った。
「店長。今日限りをもって、この仕事を辞めさせていただきます」
そう言って俺は、その場で辞表を書いて店長に押し付けて店を立ち去った。
今は、コイツらと同じ空間にいたくなかった。
…はは、何か涙出てきた。
◇◇◇
そこから先の事は、あまり覚えていない。
気がつくと、公園のベンチでグロッキーになっていた。
空が少しだけ明るくなっていて、多分夜明けが近いんだと思う。
…頭が痛い。
確か、逃げるようにバイト先を後にして……もうバイト先じゃなくなったわけだが。
で、公園でヤケ酒してたんだっけ。
酒が抜けた今、もうアイツらへの怒りは無い。
感情が氷点下まで冷め切って、何もかももうどうでも良くなっていた。
『誠実に生きていればいつか報われる』、死んだ父さんの言葉を正しいと信じて今まで生きてきた。
だけど、その結果20年来の親友と恋人に裏切られた。
「… オレ、ホント惨めだな」
自分で自分が嫌になってくる。
現実を生きるのがこんなにも虚しいなら、いっその事……
「あーあ。どこでもいいから、このままどっか知らない国にでも行けねえかなぁ」
俺は、何気なくぼんやりと空を眺めながら呟いた。
どこか知らない国に行って、嫌な事全部忘れてしまいたい。
そしたら今度こそ、絶対に真面目になんか生きてやるものか。
「…はは、こんな事考えても仕方ねえか」
考えただけで馬鹿馬鹿しくなってきた。
これからどうするかなぁ。
後先考えずにバイト辞めちまったし、次のバイト探さないとな。
なんて考えていた、その時だった。
「…ん?何だありゃ?花火?」
空に、夥しい数の花火が上がる。
こんな時間から?なんて思いつつも、花火をぼんやりと眺めた。
だが…
「え…?おい、待て待て待て…!何か、でかくねえか!?」
一際大きい花火が打ち上げられ、上空で弾ける。
その瞬間、俺の視界は真っ白になった。
◇◇◇
「………んん…痒っ」
俺は、首元に痒さを覚えて目を覚ました。
首元を触ると、虫刺されみたいな痕があるのがわかる。
…うわ、最悪。
寝てる間に虫に刺されたのか。
というか…ここ、公園だよな?
やっぱり俺、あのまま寝ちまったのか。
「…身体痛え」
ベンチで寝たから身体が痛い。
とりあえず家に帰るか。
えっと…どっちの方角だったっけ?
とりあえず家に帰ろうと、公園の外に足を踏み出した。
するとだ。
「え……?」
見慣れた東京の街並みからは明かりが消え、道路には草木が生い茂っていた。
それだけじゃない。
俺以外、誰も見当たらない。
というか…ウサギが普通に道路を飛び跳ねていたり、ここら辺じゃまず見られないような蝶が飛んでいたり、さっきまでの東京とはとても思えない。
…どうなってんだ?これ。
酒飲みすぎてとうとう頭おかしくなっちまったのか…?
それとも俺、死んだのか……?
「すみませーん!!誰かいませんかーーー!?」
叫びながら街を歩いても、返事はない。
…マジで俺一人になっちまったのか。
スマホは…ダメだ、つかない。
バッテリーがもう無いのか?
でも、何で一晩で街から人が消えたりなんか…
「…もしかして、オレが『知らない国に行きたい』って望んだから、願いが叶っちまったのか…?」
そういえば人が消える前、酔っ払ってそんな事を言った気がする。
でもあの時は酒が回っててどうかしてて…
…いや、割と本気だったかもしれない。
『誠実に生きていればいつかは報われる』、そう信じて生きてきたけど、報われた事なんか一度もなかった。
努力は報われなくて、信じてたものに蹴落とされて、もう何の為に生きればいいのかわからなくなっちまってた。
でもここには、嫌味ばかり言ってくる教授も、俺を裏切った二人もいない。
就活や研究に追われる事もない。
俺は、自由だ。
誰もいない世界で自由に生きてくってのも、案外アリなのかもしれないな。
…腹が減ったな。
まずは飯でも探すか。
とりあえず、俺は歩いてすぐのところにあるコンビニに入る事にした。
「……うげぇっ」
臭っせえ!?
何じゃこりゃあ!?
そこら中ホコリまみれだし…
食い物とか、生ものは全部腐ってら。
どんだけ年月が経ちゃあこんな事になるんだ?
でも、賞味期限は昨日のままなんだよな。
とりあえず、食えそうなもの探すか。
水とインスタント食品、アルコール類はいけそうだな。
でもこれ、勝手に取ってっていいのか?
店員誰もいないし、セルフレジも動かないけど…
…しょうがない、後で見つかって怒られたらその時謝ろう。
俺は、罪悪感を感じつつも、コンビニの商品棚から食糧と水を少しだけ拝借した。
「ご馳走様でした」
腹拵えを終えて移動しようとした、その時だった。
さっきまで近くで草を食ってたウサギが、俺の方に近付いてきた。
…もしかして、食い物の匂いに釣られてきたのか?
そういえば田舎にいた頃、ウサギ追いかけたり川で魚釣ったりしてたっけ。
懐かしいな。
俺は、昔の事を思い出して、近寄ってきたウサギを追いかけた。
「あっ、こら!待てこの!」
あれっ?
何か今、結構楽しいぞ…?
飯は腐ってるし、誰もいないけど、案外ここでこうやって子供の頃を思い出しながら遊んで過ごすのも悪くない。
これは夢で、目が覚めたらまたつらい現実が待っているのかもしれない。
願わくば、この夢がもう少しだけ続けばいい、そう思った。
◇◇◇
「はぁ、はぁ…あー疲れた」
誰もいない街で一人で遊び呆けて、気付けばもう日が暮れていた。
夢にしちゃあ、随分と長いな…
「…ん?何の匂いだ?」
何だか、美味そうな匂いが漂ってきた。
…もしかして、誰かいるのか?
俺は、どこからか漂ってくる匂いを頼りに、街を散策した。
しばらく歩いていると、小洒落たレストランに辿り着いた。
明かりがついてる…ここだけ電気が通ってるのか?
とりあえず、中に入ってみるか。
「お邪魔しまーす…」
「あー良かったやっと揃った!このままあと一人揃わなかったらどうしようかと…」
中に入った途端、女の人が声をかけてきた。
すごい派手な格好だなぁ…
目の前の円形のテーブルには10個の席があって、9人の男女が座っている。
年齢も服装もバラバラだし、この人達に何か関連性があるようには思えない。
でも一部の人を除いて、皆心なしか緊張しているように見える。
唯一緊張していないのは…本を読んでいる綺麗な女の人くらいだ。
シンプルな黒いロングドレスを着ていて、まるで修道女のような風貌だ。
「あの、あと一人って何の事ですか?それに、あなた達は…」
「えっと、それは―…」
「おい、やめとけ。初参加の奴は足を引っ張る」
俺の質問に派手な格好の女の人が答えようとすると、隣にいた男の人が止める。
…?
何だってんだ?
さっきから、『揃った』だの『初参加』だの…
何かのイベントか?
なんて考えていると、本を読んでいた修道女風の綺麗な人が口を開く。
「『げぇむ』ですよ」
「ゲーム…?」
「あなたは既に、命懸けのげぇむに参加してしまったのですよ…生き残りたければ、せいぜい頑張りなさいな」
そう言って女の人は、ニッコリと微笑む。
何だこれ…
新手の宗教勧誘か?
こんなのに付き合ってられるかっての。
「はは…何が『げぇむ』だよ、馬鹿馬鹿しい。オレ、もう行くよ」
俺が他の9人に背を向けてドアを開けようとした、その時だった。
「外には出ないほうがいいわよ!」
今の女が、急に声を張り上げて叫ぶ。
女は、席から立ち上がると、ドアの近くに立ててあった蝋燭を手に取り、ドアを開けて外へ蝋燭を放り投げた。
するとその瞬間、蝋燭がレーザーのようなもので撃ち抜かれてボォッと蝋燭が燃え上がる。
「うわっ!?」
いきなり燃え上がった蝋燭を見て、驚きのあまり思わず間の抜けた声を上げる。
女は、そんな俺を見てクスクス笑っていた。
「あなたもこうはなりたくないでしょう?」
そう言って女は、テーブルへ戻っていく。
その途中、女は俺に目配せをしてから、何かを軽く顎で指す。
女が指した方へ目を向けると、『ご自由な席にお座りください』と書かれた案内板が立ててあった。
…どこでもいいから早く座れって事かよ。
俺は、今の女と、さっきの派手な格好の女の間の席に座った。
というか、そこしか席が空いてなかった。
テーブルには、ガラスのケースがはめ込まれていて、その中にはメニューが入っていた。
見た事ないメニューの置き方だな、なんて思っていると、左隣の女が口を開く。
「イバラ」
「え?」
「
イバラと名乗る女は、ニッコリと微笑みながら話す。
名乗られたんだから、一応俺も名乗っておかないとな。
「…北句平治。ヘイジだ」
俺が名乗ると、イバラはクスッと微笑む。
すると腕に入れ墨を入れた男が、小声でイバラに話しかける。
「おい。アンタ、何で初心者に余計な事教えた?」
「いいじゃないですか。元々は私達だって初心者だったんです。生き残るチャンスは平等に与えられるべきですよ…それに、このまま『げぇむ』が始まらないと困るのは、むしろあなた達の方でしょう?」
「ぐ…!」
イバラが小馬鹿にしたようにクスクス笑うと、小声で話しかけた男が悔しそうに押し黙る。
だから、さっきから何なんだよ。
初心者だの、『げぇむ』だの。
なんて考えていると、どこからかチリンチリンと鈴の音が聴こえ、その直後には機械的な音声が聞こえる。
《エントリーを締め切りました。『げぇむ』を開始します》
機械的な音声が鳴り終わると、メニューが入っているケースが自動で開く。
俺はメニューを手に取って、最初のページを開いた。
ーーー
エントリー数 10名
制限時間 20分
賞品 キノコのソテー
難易度
ーーー
「
「マジかよ…」
メニューを見た他のプレイヤーの顔が曇る。
何なんだ?
『賞品』だの、『♡3』だの…
…まあ、とりあえず次のページを読むか。
ーーー
げぇむ 『ばとんたっち』
るうる
・『ちゃれんじゃあ』は、自分の席の『ぼとる』の中身を1本必ず飲むこと
これを1ターンとします
・『ちゃれんじゃあ』の順番は、下座の参加者から時計回り
・『げぇむ』開始後の座席の変更は認められません
きちんと順番を守りましょう
・1人あたりの持ち時間は『3分間』
・『ちゃれんじゃあ』が『ぼとる』の中身を飲み終えた時点でターンは終了し、次の『ちゃれんじゃあ』のターンに移行します
・自分のターン中に『ぼとる』の中身を飲み切れなかった場合、『げぇむおおばぁ』
この場合もターンは終了し、次の参加者のターンに移行します
・時間切れで『げぇむおおばぁ』になった参加者が出た場合、その時点でターンを終えている参加者は全員『げぇむおおばぁ』
残りの参加者で『げぇむ』は続行となります
・制限時間内に10回のターンが終了すれば『げぇむくりあ』
・制限時間内に10回のターンが終了しなかった場合、全員『げぇむおおばぁ』
ーーー
「『ぼとる』?何だそりゃあ」
「これの事じゃないですか?」
席に座っていた他の参加者の1人が尋ねると、イバラが自分の席のケースを指差す。
俺も自分の席のケースを確認すると、ちょうどメニューが置かれていた窪みの中に正方形の窪みがあって、その中にコルクで栓をされた小瓶が入っていた。
瓶の中には透明な液体が入っていて、瓶のラベルには『Drink Me』と書かれている。
「あの…この『げぇむおおばぁ』って…?」
「んー、そうですね…まあざっくり簡単に言うと、『死ぬ』って事ですよ」
死ぬ…?
え、いやいや、冗談だろ…?
皆、そんなのマジにしてんのか…?
《それでは、1ターン目を開始します。下座の方は、制限時間内に『ぼとる』の中身を飲んで下さい》
アナウンスと同時に、座席のタイマーがカウントダウンを始め、俺達は両脚を座っている椅子に拘束される。
これで逃げられなくなったってわけか…
「下座?下座って何だよ」
「一番出入り口に近い席って事ですよ…」
参加者の一人が疑問を口にすると、イバラが薄ら笑いを浮かべながら答える。
えっと、一番出入り口に近い席の参加者が最初の挑戦者だから…
全員の視線が、下座に座っている男に集まる。
「はぁ!?オレか!?オレが最初にこの得体の知れねえブツを飲めっつーのか!?」
「あら、良いんですか?早く飲まないと、『げぇむおおばぁ』になってしまいますよ?」
イバラはクスクスと笑いながら一番目の男に手を指し向ける。
そう言うイバラは、『るうる』の順番で言うと9番目、つまり最後から2番目だ。
「テメェは順番が遅えからそんな余裕ぶっこいてられるんだろ…!こんなの、どう考えても順番が遅ければ遅いほど死ぬリスクが低い『げぇむ』じゃねえか!」
「そうでしょうか?」
最初の男が苛つきながらイバラに対して不平を言うと、イバラは急にスンっと真顔になって話し始める。
「制限時間内にターンを終える事ができなければ、どのみちその参加者は『げぇむおおばぁ』なんですから、『飲まない』なんて選択肢は初めから無いはずでしょう?それと皆さん、何か勘違いされているようですから言っておきますが、この『げぇむ』では全員が平等に3分間与えられているわけではありませんよ」
「は?どういう事だよ」
「忘れていませんか?この『げぇむ』では、全体で『20分』しか使えないんですよ?前半の参加者が時間配分を考えずに全員3分ギリギリにターンを終えれば、当然最後の参加者は時間が足りなくなります。そうなれば、私達は全員『げぇむおおばぁ』。あなたがそれを飲むのを渋る事は、結局自分自身の首を絞める事になるんですよ?」
「ぐ……!」
イバラが冷静に理詰めで最初の男を追い詰めると、最初の男は押し黙る。
さらに、ちょうど最初の男の向かいに座っている男がドンッとテーブルに拳を叩きつける。
「おい…!死にたくなかったらさっさとしろ!」
テーブルを叩いた男は、苛ついた様子で唇を噛み締めながら正面の男を睨んでいた。
すると、最初の男が怯む。
「わ、わかったよ…!飲めばいいんだろ飲めば!」
男は、瓶を手に取ってコルクを外し、瓶に口をつけて一気に飲み干した。
俺達は、固唾を飲みながら最初の男を見守る。
するとだ。
「…っ!?ゲホッ、ゲホッ…!!」
瓶の中身を飲み干した男は、激しく咳き込んだ。
それを見た他の参加者がどよめく。
「や、やっぱり毒入ってんのかこれ!?」
「ほらみろ、これだから『
激しく咳き込んだ男を見て、他の参加者がパニックを起こす。
何だ、えっ…何がどうなってんだ?
流石に俺も緊張感を覚え始めた、その時だった。
「うぇっ、甘ぇっ!何じゃこりゃあ、ガムシロップか!?」
咳き込んだ男が、ピンピンした様子で訴える。
それを見た俺は、思わず安堵のため息を漏らした。
「…んだよ、ヒヤヒヤさせやがって」
最初の男が無事瓶の中身を飲み干すと、ブザーが鳴り、タイマーが3分にリセットされる。
《『ちゃれんじゃあ』が『ぼとる』を飲み干しました。これで1ターン目は終了です。続いて2ターン目に移行します。次の『ちゃれんじゃあ』は、制限時間内に『ぼとる』の中身を飲んで下さい》
「…次は俺だな」
二番目の男は、自分の『たあん』が始まってから10秒も経たないうちに瓶の中身を飲み干した。
二番目の男も、よほど瓶の中身が甘かったのか、眉間に皺を寄せていた。
こうして2ターン目が終わり、3ターン目に移る。
《3ターン目》
「んぐっ…」
《4ターン目》
「あっま!」
《5ターン目》
「ゲホッ、ホントだ死ぬほど甘ぇ!」
3ターン目、4ターン目、5ターン目は、誰も渋る事なく皆が瓶の中身を飲み干して無事に終了した。
瓶の中身を飲むだけ、なんて随分と簡単なゲームだな。
「なんだ、メチャクチャ簡単じゃねえか『
「このまま『くりあ』できんじゃねえ?」
自分の番が終わって調子づいたのか、4番目の男と5番目の男が軽い感じで言った。
《続いて6ターン目に移行します。次の『ちゃれんじゃあ』は、制限時間内に『ぼとる』の中身を飲んで下さい》
6ターン目が始まると、ちょうど上座に座っていた男が瓶の中身を飲んだ。
男が瓶の中身を飲み干すと、隣の派手な女が心配そうに話しかける。
「ユウト、大丈夫…?」
「…ああ」
女が話しかけると、男は微笑みながら頷く。
だけど、その直後だった。
「ぅぐっ…!?」
男は、急に自分の首を押さえて苦しみ出した。
「ぐああああっ!?がはっ、げほっ…!!」
「ユウト!?ユウト!!」
男は、口から泡を吹き、全身に脂汗をかきながらもがき苦しむ。
隣にいた女は、血相を変えて叫んだ。
阿鼻叫喚の光景に、頭の中が真っ白になる。
…え?
あれ……?
どうなってんだ、これ…
「あ……が………」
やがて、男は糸の切れた人形のように、ぐったりと項垂れて動かなくなった。
「ユウト!?そんな…いやっ!!いやああああああっ!!」
レストランには、女の悲鳴が響き渡る。
…え?
嘘、だろ……?
死ん…だ、のか…?
俺は、混乱の最中、イバラが言っていた事を思い出した。
――あの…この『げぇむおおばぁ』って…?
――んー、そうですね。まあざっくり簡単に言うと、『死ぬ』って事ですよ。
あの時は、本気にしてなかったんだ。
…本気にするわけがないじゃないか。
だって、本当に、こんなに呆気なく人が死ぬなんて思わなかったんだから。
《『ちゃれんじゃあ』が『ぼとる』を飲み干しました。これで6ターン目は終了です。続いて7ターン目に移行します。次の『ちゃれんじゃあ』は、制限時間内に『ぼとる』の中身を飲んで下さい》
「ひいっ!?」
「おいおい…マジかよ!?」
「死ん…じゃった……?」
俺だけじゃない。
皆が、人の死を目の当たりにして混乱していた。
「何だよこれ、やっぱり毒入ってんのか!?」
「じゃあ何でこいつだけ死んだんだよ!?オレ達の方が先に飲んでんだぞ!?」
特に4番目と5番目の奴は、6番目の男の死体を指差してパニックを起こしていた。
すると、3番目の女が手を挙げて恐る恐る口を開く。
「あの…毒が入ってる『ぼとる』がランダムに決められてるって可能性は無い…?」
3番目の女の言葉を聞いた瞬間、全身からさぁっと血の気が引く。
毒が入ってる瓶がランダムに決められてる…だと…?
じゃあ、俺の瓶にも……
「だったら…もしこいつが命惜しさに『ぼとる』を飲むのを渋ったら、オレ達全員…」
俺達は全員、泣き喚いている女に目を向ける。
この人が瓶を飲まなきゃ、既に瓶を飲んだ5人が死ぬ。
全員を助けたかったら、毒で死ぬリスクを冒すしかない。
そんなの…そんなの、無理に決まってるだろ…!
「お、おい!お前!何してんだよ!早くそれ飲めよ!」
「嫌よ!!だってこれ、毒入ってるかもしれないんでしょ!?」
「だとしても、飲まなきゃオレら全員『げぇむおおばぁ』だぞ!」
「そ、そうだ!どうせ死ぬなら、テメェ一人で死ねよ!オレらを巻き込むんじゃねえ!!」
「嫌、嫌!!死にたくない!!」
「うるせえ!!さっさと飲めっつってんだろクソアマァ!!」
「いやあああああ!!助けてユウトおおおおお!!!」
「嫌…もうこんなの嫌…っ!」
パニックを起こして泣き喚く女を、ターンを終えた奴等が責め立てる。
女が瓶の中身を飲まなきゃ死ぬんだから、こうなるのも無理はない。
レストランに、喚き声と罵声が入り混じって響く。
イバラの隣に座っている女の子は、すっかり怯えた様子で、耳を塞いで目を固く閉じていた。
まだ順番が来ていない俺達が何を言っても無駄で、結局罵声が鳴り止まないまま、無情にもその時は来てしまった。
《3分経過。これで7ターン目は終了です》
7ターン目終了のアナウンスが鳴ると、3番目の女は、頬にたらっと冷や汗をつたらせながら顔を引き攣らせる。
「ははっ…嘘でしょ。最悪」
《『ちゃれんじゃあ』が、『ぼとる』を飲み切れませんでした。7ターン目までの参加者の皆様は、『げぇむおおばぁ』》
機械的な音声が、無機質に響き渡る。
その瞬間、『げぇむおおばぁ』を宣告された参加者達は、青ざめて喚き出した。
「やだっ…やだやだやだ!!死にたくねえよ!!」
「嫌っ…嫌あ!!外して!!外してよ!!」
「チクショオオオオッ!!!テメェのせいだぞクソアマァ!!!」
ある者は絶望の表情を浮かべながら泣き喚き、ある者は切羽詰まった様子で拘束具を外そうとし、ある者は自分が死ぬ原因を作った女を責め立てた。
そして、その時はやってくる。
『げぇむおおばぁ』になった参加者達の足を拘束している拘束具から針が飛び出す。
「「「「ぐああああぁぁぁぁぁ!!!」」」」
『げぇむおおばぁ』になった参加者達は、全身の穴という穴から血を噴き出した。
血を流し尽くした参加者達は、まるで電池が切れたように力無く倒れ込む。
『げぇむおおばぁ』の参加者の中で唯一生き残った女は、その光景を見て顔面蒼白になりガタガタと震える。
「あ…ああ…ご、ごめんなさ……」
女は、ようやく自分が取り返しのつかない事をしたのを理解したのか、たった今死んだ5人に対して泣きながら謝った。
するとその直後、女の拘束具からも、同様に針が飛び出す。
「ぁぎゃああああぁぁぁぁ!!!」
女は、全身から血を流し尽くし、もがき苦しみながら息絶えた。
赤くて生温かいものが、俺の方へ大量に降りかかる。
「…………」
うそ、だろ……?
みんな、死んだ…
これが…『げぇむおおばぁ』…
「う…うわぁあああああああああっ!!!」
うそだ…うそだうそだうそだ!!
これは夢だ。
早く醒めろ。
醒めてくれ…頼むから…!
「あらら…みんな死んじゃいましたね。……あ、そうそう。ヘイジ君。ひとつ伝え忘れていた事がありました。メニュー表にあった難易度のマークですけど、アレ、ちゃんと意味があるんですよ。マークごとに、『げぇむ』のジャンルが決められてるんです。『
ふと顔を上げると、視線の先には、ニンマリと不敵に笑うイバラがいた。
「ようこそ。『今際の国』へ」
───北句平治 今際の国滞在一日目