Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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はあとのさん(2)

《続いて8ターン目に移行します。次の『ちゃれんじゃあ』は、制限時間内に『ぼとる』の中身を飲んで下さい》

 

 受け入れ難い事が、今まさに俺の目の前で起こった。

 人が7人も死んだ。

 

 …わかってる。

 受け入れるしかないんだ。

 『げぇむ』に『くりあ』しなきゃ、俺は死ぬ。

 けど…だからどうしろっていうんだよ…!?

 

「なるほど…『げぇむおおばぁ』になったら、足枷から猛毒を注入されて死ぬんですね。アレで死ぬのは、ちょっと嫌ですね…」

 

「う…うぅ……もう嫌…!」

 

 ふと横を見ると、イバラの隣に座っていた女の子が頭を抱えて怯えていた。

 イバラは、命がかかってる状況なのに、ヘラヘラと笑いながら俺の瓶を指差す。

 

「ヘイジ君。次はあなたの番ですよ。生き残りたかったら、それ、早く飲んでください」

 

「無理だよ…!これを飲んで、6ターン目で人が死んだ。毒が入ってるかもしれないのに、こんなもん飲めるかよ…!」

 

「そうですか。まあ、飲みたくないならそれでも構いませんよ。あなたが時間切れで死んだところで、私には影響が無いので」

 

 そう言ってイバラは、八重歯を見せながらクスクスと笑う。

 コイツ…何でこんなに余裕でいられるんだ?

 自分だって、命がかかってる状況には変わりないはずなのに。

 

「…アンタ、どうしてそんなに冷静でいられるんだ?アンタだって、その子が瓶を飲まなかったら死ぬんだぞ?」

 

「そうですねぇ。でも、それはあなただって同じですよ…私の心配より先に、自分の心配をしては?」

 

 俺が尋ねると、イバラはとぼけたように笑う。

 …やっぱりそうだ。

 コイツ、自分の瓶が安全かどうかをわかってる。

 自分が死なない事がわかってるからこそ、余裕でいられるんだ。

 

 …でも、コイツの余裕の根拠は何だ?

 何で、自分の瓶が安全だってわかるんだ?

 というかそもそも、俺の瓶は安全なのか?

 まさか、6番目の人の瓶にだけ毒が入ってたってわけでもないだろうに…

 

 最初に座った席順で生きるか死ぬかが決まるなら、そんなのゲームでも何でもない。

 考えろ…考えれば、何か突破口が見えてくるはずなんだ。

 

 

 

「…あ」

 

 …そっか。

 やっとわかった気がする。

 どうして俺が、今までの人生で悉く失敗し続けてきたのか。

 

 俺は今まで、『今日死ぬかもしれない』と思って生きた事が一度もなかったんだ。

 

 

 

「…そうか、そういう事か」

 

 ようやくわかった。

 どうして6番目の人だけ、瓶の中身を飲んで死んだのか。

 あの人自身の行動に、ちゃんとヒントはあったんだ。

 『げぇむ』の仕掛けにさえ気付けば、あんなに犠牲者を出さずに済んだんだ。

 

「残り10秒」

 

 イバラが急かしてくる中、俺は急いで自分の瓶のコルクを開けて、一気に瓶の中身を飲み干した。

 ものすごく濃くて甘い液体が、口の中を、そして喉を通り抜ける。

 

「…ぷはっ、クッソ甘ぇ…!」

 

 俺が瓶の中身を飲み干した直後、アナウンスが流れ、タイマーがリセットされる。

 

《『ちゃれんじゃあ』が『ぼとる』を飲み干しました。これで8ターン目は終了です。続いて9ターン目に移行します。次の『ちゃれんじゃあ』は、制限時間内に『ぼとる』の中身を飲んで下さい》

 

 アナウンスの終了と同時に、カウントダウンが始まる。

 俺は、空になった自分の瓶をイバラに突きつけた。

 

「ほら、アンタの番だぜ」

 

「嫌です」

 

「は…?」

 

 は…?

 コイツ、俺には急かしといて何言ってんだ…?

 まさか、『自分は死にたくないから飲まない』なんて言うつもりじゃないだろうな。

 

「だってこれ、毒が入っているかもしれないんでしょう?毒を飲んで死ぬのは嫌なので、飲みたくありません」

 

「アンタ、何言って…」

 

「あぁ、そうだ!そんなに飲んでほしいなら、ヘイジ君が証明して下さい。この瓶が安全かどうかを」

 

 証明って…この女、正気か?

 たとえこの瓶の中身が猛毒だったとしても、飲まなきゃどのみち『げぇむおおばぁ』で殺されるんだぞ?

 自分の運命を、俺に握らせるっていうのか?

 

 …いや、もう余計な事を考えている時間はない。

 この女、俺が証明するまで意地でも飲まないつもりだ。

 残りの皆で生き残る為には、この女が納得のいく必勝法を説明するしかない。

 

「…その前に一つ確認だけど、アンタ、口の中怪我してたり、虫歯があったりしないよな?」

 

「ありませんが…それが何か?」

 

「…そうか。なら、大丈夫だ」

 

「大丈夫?何がです?」

 

 俺は、イバラと、もう一人の女の子に聞こえるように、二人の方を向いて説明を始めた。

 

「…イバラ。それとキミも、落ち着いて聞いてくれ。このテーブルに用意されてる『ぼとる』には、全部毒が入ってるんだ」

 

「まあっ、やっぱり毒が入ってるのね!?毒入りの瓶なんて私、飲めないわ!」

 

「最後まで聞けって」

 

 コイツ…何か白々しくないか?

 ……いや、今はそんな事はどうでもいい。

 皆で生き残る為には、この二人に納得した上で毒を飲んでもらわなきゃいけないんだ。

 

「…逆に聞くけど、ヘビが自分の毒で死なないのは何でだと思う?」

 

「え…?」

 

「ヘビやサソリの毒で死ぬのは、血管に毒が入り込むからだ。同じ毒を飲んだら、胃酸で分解されて毒性を失う。この瓶に入ってるのは、飲む分には無害な毒なんだ。だから5ターン目までは、誰も死ななかった」

 

「…で?」

 

「え?」

 

「ヘイジ君のお話はわかりました。ですが、それならどうして6番目の男は死んだんでしょう?それをちゃんと説明してくれないと」

 

 コイツ、絶対答えわかってるくせによくもまあ…

 時間切れになって死ぬのが怖くないのか?

 

「あの人は、イラつくと唇を強く噛む癖があった。多分、その時できた傷口から毒が入り込んで死んだんだと思う」

 

「…へえ?」

 

「あんたはさっき、『(はあと)』は『生きたい』という気持ちを弄ぶ『げぇむ』だと言ったな。6ターン目での失敗に惑わされずに7ターン目の人が毒を飲んでいれば、あの人も5ターン目までの人達も、全員助かってた。この『げぇむ』は、自己犠牲でしか『くりあ』できない『げぇむ』だったんだ」

 

 俺は、自分で導き出した答えをイバラに話した。

 この『げぇむ』は、皆が皆自分だけが生き残りたいと思ってたら、絶対に『くりあ』できない。

 皆を助ける為にリスクを冒す事、これが唯一の正解だったんだ。

 するとイバラは、クスッと微笑む。

 

「それが、あなたの答えなのね」

 

「ああ」

 

「…ふふ、いいでしょう。合格です」

 

 そう言ってイバラは、自分の瓶のコルクを開けて一気に飲み干した。

 残り1秒のところで、イバラは空になった瓶をテーブルに置く。

 

「…ぷは、美味しい♪」

 

 イバラが瓶の中身を飲み干した瞬間、残り1秒になったタイマーが止まり、リセットされる。

 …良かった、何とか首の皮一枚繋がった。

 

《『ちゃれんじゃあ』が『ぼとる』を飲み干しました。これで9ターン目は終了です。続いて10ターン目に移行します。次の『ちゃれんじゃあ』は、制限時間内に『ぼとる』の中身を飲んで下さい》

 

「ひっ……」

 

 最後の『ちゃれんじゃあ』になった女の子は、すっかり怯え切って、瓶を手に取ろうとしなかった。

 息を荒くして、歯をガチガチ鳴らして震えている。

 そりゃあそうだ。

 毒が入ってるとわかってて飲むのは、誰だって怖い。

 俺は、身を乗り出して女の子に向かって叫んだ。

 

「大丈夫だ!それを飲んでも、キミは死なない!オレを信じろ!」

 

「………!」

 

 俺が叫ぶと、女の子は僅かに目を見開く。

 そして覚悟を決めたのか、震える手で瓶のコルクを開けると、中に入っていた毒を一気に飲み干した。

 女の子が毒を飲み終えると、カウントダウンが止まる。

 

《『ちゃれんじゃあ』が『ぼとる』を飲み干しました。これで10ターン目は終了です》

 

 無事に自分の『たあん』が終わると、女の子は自分の胸に手を当てて、全身で息をする。

 この子が勇気を出してくれたおかげで、俺達は生き存えた。

 毒を飲むなんて、ものすごく怖かっただろうに。

 

「ありがとう。キミが決断してくれたおかげで、オレ達も生きられた」

 

 俺が声をかけると、女の子は肩を振るわせて泣き始めた。

 きっと、緊張の糸が解けて、今になって感情が溢れ出したんだろう。

 

「…ま、一件落着、ってところですかね」

 

 イバラは、ふぅっとため息をつきながら笑顔を浮かべた。

 ……あれ?

 さっきイバラがわざと毒を飲むのを渋って俺を試したのって、まさか…

 

「アンタまさか、最初からこれが狙いで…」

 

「この『げぇむ』は自己犠牲でしか『くりあ』できない、あなたが言った言葉ですよ」

 

 俺が言うと、イバラが微笑む。

 イバラがわざと毒を飲むのを渋ったのは、この子に俺の推理を聞かせる為だ。

 この子に納得の上で毒を飲んでもらうには、既にリスクを冒した者が説得するしかない。

 かといって、イバラ自身が毒を飲んでこの子のターン中に説明したところで、余計に混乱させてしまうかもしれない。

 毒を飲まなかったのは、この子を冷静にさせる為の時間稼ぎだ。

 イバラが愚者のフリをしなければ、俺達は『くりあ』できなかった。

 これもまた、自己犠牲の一つの形…か。

 

「…アンタにも助けられた。ありがとな」

 

「お礼には及びませんよ。自分が助かる為にやった事ですので…」

 

 俺がイバラに礼を言うと、イバラはクスリと笑った。

 

《こんぐらちゅれいしょん。げぇむ『くりあ』。あなた方は、制限時間内に全てのターンを終了させ、見事生き残る事ができました。生き残った方には、ささやかですが『賞品』がございます。どうぞ、奥の部屋へお越し下さい》

 

 アナウンスが流れたかと思うと、奥の部屋の扉が開く。

 するとイバラが真っ先に立ち上がった。

 

「賞品ですか…ありがたいですね。では行きましょうか」

 

 そう言ってイバラは、先に奥の部屋へ行ってしまった。

 少しは心配してくれてもいいのに…

 ……いや、元々は他人同士だったんだ。

 命懸けの状況で、人に『心配しろ』なんて贅沢な相談か。

 

「立てるか?」

 

「ぁ…はい…」

 

 女の子は、少し落ち着いてきたのか、涙を拭きながら席を立った。

 俺は、女の子と一緒に奥の部屋へ移動した。

 

 奥の部屋に行くと、三人分の席と食事が用意されていた。

 高級そうな皿にキノコのソテーが盛り付けられていて、皿の前に置かれたプレートには『Eat Me』と書かれている。

 毒を使った『げぇむ』の後でキノコを出すなんて、なかなかに皮肉が利いてるな…

 

 それともう一つ気になるのは、テーブルのちょうど中心に置かれているレジのようなものだ。

 何だあれは…?

 あれも『げぇむ』と関係あるのかな。

 

《『げぇむ』の賞品は、『キノコのソテー』でございます。『げぇむ』で疲れた身体に、どうぞ召し上がれ》

 

 アナウンスを聞きながら、席についた。

 

「いただきます」

 

 イバラは、胸の前で手を組んで祈りを捧げていた。

 …この人、やっぱりキリスト教徒なのか?

 というか、人が死んだ後なのによく飯が喉を通るな…

 

「…これは食って大丈夫なのか?」

 

「さあ?そんなに心配なら、食べなければいいだけでは?」

 

 さっきの事もあって、食事を警戒していると、イバラがケロッとした表情で答える。

 何というか、図太いなこの人。

 …でも、このチャンスを逃したら、次はいつインスタント食品以外の食事にありつけるかわからない。

 正直死体を見た後で食欲が湧かないけど、食べるしかない。

 

「いただきます」

 

 皿に盛られたソテーを口に運ぶ。

 …美味い。

 死にかけた後で食う飯は美味いって聞いた事あるけど、本当だったんだな。

 何だか、涙が溢れてくる。

 ……そっか、俺、今生きてるんだ。

 

 ソテーを食って少し腹が膨れた頃、どこからかアナウンスが聴こえる。

 

《これより、『げぇむ』に生き残った方への『びざ』を発行いたします》

 

「何だ…?」

 

 ふとテーブルの上のレジに目を向けると、レジからレシートとトランプが出てくる。

 するとイバラがレシートとトランプを手に取り、内容を確認してから俺に手渡してくる。

 

「はい、ヘイジ君の『びざ』ですよ」

 

 俺は、イバラから手渡されたものを確認する。

 一枚は一見何の変哲もないハートの3のトランプ、そしてもう一枚は俺の名前が書かれたレシートだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

────────

  び  ざ

入国許可申請証明

────────

北句 平治様

────────

 

今回ポイント 3ポイント

累計ポイント 3ポイント

滞在期限は7月11日(土)です

 

残りの滞在可能日数には

くれぐれもご注意お願い致します

 

 レジ:♡3

 

 

 

ーーー

 

 

 

「何だこれ…?」

 

 俺がレシートを眺めていると、イバラが口を開く。

 

「それが『びざ』ですよ」

 

「『びざ』?って何だ?」

 

 俺が尋ねると、イバラは数秒ほど考える仕草をしてから、ニッコリと微笑みながら席を立つ。

 

「そうですね…ちょうどいい機会ですし、少しお散歩しながら話しませんこと?ヘイジ君にもお話ししておきたいですしね…この『今際の国』と呼ばれる世界について」

 

「『今際の国』…!?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺はレストランを去った後、イバラと、もう一人の女の子と一緒に街を散策した。

 

「じゃあ…改めて自己紹介させてもらうよ。オレ、ヘイジ。院生だ」

 

「イバラよ。茨原花江。一応、孤児院の院長をやっています」

 

「えっと…伏木(ふしき)仁菜(ニーナ)…18歳…高三です…」

 

 この子、ニーナっていうのか。

 高三か…沙由と二個違いだな。

 妹と近い歳の子まで、『げぇむ』に参加させられてるのか…

 

「ニーナさんはもうご存知だと思いますけど、この世界には私達以外にも大勢の方がいて、全員が全員ある日同じ時間で大きな花火を見ていて、その直後にこの世界に来ているんです」

 

 花火…あっ、俺も見たな。

 何だったんだろう、あれは。

 

「『げぇむ』は毎日、日没後に23区内のどこかで開催されます。あ、そうそう。水や電気が通っているのは『げぇむ』会場だけなんですよ」

 

 …ん?

 毎日?

 まるで、以前からここにいるみたいな言い方じゃないか。

 

「…ちょっと待て。今、『毎日、日没後に開催される』って言ったよな。その口ぶりから察するに、アンタはもう随分前からこの国にいるんだよな?今日この国に来たオレと、何で花火を見た時間が同じなんだ?」

 

「さあ…?それに関しては、私もわからないんです。もしかしたら、時間の流れ方が元の世界とは違うのかもしれませんね…」

 

 イバラも、肝心なところは何もわかってないのか。

 まあ、イバラも俺達と同じ滞在者なわけだし、知らなくても無理はないか…

 なんて思っていると、遠くの方から爆発音が聴こえる。

 

「何の音だ…?」

 

「どこかの『げぇむ』会場が、時間切れで消滅したんですよ…『げぇむおおばぁ』…それが意味するものは、逃れられない確実な『死』だけです」

 

 『げぇむおおばぁ』…

 俺達も、一歩間違えばあのレストランごと吹き飛んでた可能性もあったって事か。

 

「じゃあ、このトランプの意味は?」

 

「『げぇむ』のジャンルと難易度です。『♠︎(すぺえど)』は肉体型、純粋な筋力や体力、身体能力がものを言います。『(だいや)』は知能型、いわゆる頭脳戦やクイズ形式の『げぇむ』ですね…『♣︎(くらぶ)』はバランス型、オールラウンドな能力が求められますが、裏を返せば協力する事で難易度が下がるとも言えます。そして『(はあと)』は…今さっきやったような、人の心を弄んで壊す心理型の『げぇむ』。『るうる』自体は子供でもできるような簡単なものが多いにもかかわらず、滞在者からは一番恐れられているジャンルです。私は……『♣︎(くらぶ)』が一番得意ですかね」

 

「へぇ…」

 

「数字は単純に難易度で、数が多くなるほど『くりあ』するのが難しくなります」

 

 難易度…

 じゃあ今の『げぇむ』は、かなり簡単な部類だったって事か。

 …あれでも簡単な方なのか。

 

「…イバラさん、『げぇむ』に詳しいんだな。ここにはどれくらい前からいるんだ?」

 

「そうですねぇ…もう二ヶ月以上はいると思いますよ。ここでの暮らしも板についてきたというものです」

 

 俺が尋ねると、イバラはクスッと笑う。

 そして何かを思い出したような仕草をしながら話し始める。

 

「よろしければ、今まで私が参加した『げぇむ』の話でもしましょうか?これからの『げぇむ』の参考にもなるでしょう?」

 

 そう言ってイバラは、今までの『げぇむ』の事を話してくれた。

 イバラは、最初は俺と同じように訳の分からないまま『げぇむ』に参加して、最初は『げぇむ』で仲良くなった他の参加者と一緒に行動していたらしい。

 でも何度も『げぇむ』に参加しているうちに仲間を全員失い、今では協力者を探す為に『げぇむ』に参加しているそうだ。

 

 ちなみに、今まで参加した『げぇむ』の中で一番危なかったのは『♠︎8(すぺえどのはち)』だったらしい。

 たしか『♠︎(すぺえど)』は体力勝負の『げぇむ』だったよな。

 正直イバラが得意なジャンルじゃなさそうだが、どうやって『くりあ』したんだろうか。

 

「『♠︎8(すぺえどのはち)』…イバラさん、これどうやって『くりあ』したんだ?」

 

「企業秘密♡」

 

 俺が尋ねると、イバラは口の前で人差し指を立てながら笑う。

 この人…何というか、底が読めない感じがして不気味だな。

 

「ニーナは?」

 

「あの…実は、私もヘイジさんと似たようなものなんです。私は昨日この国に迷い込んで…ヘイジさんみたいに訳もわからないまま『げぇむ』に参加してしまって…」

 

 ニーナも、昨日俺と同じように花火を見てこの世界に迷い込んで、『げぇむ』に参加してしまったらしい。

 ニーナが初めて参加した『げぇむ』は『♣︎A(くらぶのえぇす)』、この世界の『げぇむ』の中では一番危険の少ない『げぇむ』だったそうだ。

 

「一番簡単な『げぇむ』でさえ死にそうになったのに、今回はよりにもよって『♡3(はあとのさん)』に参加する羽目になって…もう生き残る事は諦めていたんです。お二人がいなければ私はきっと、『げぇむおおばぁ』になっていました。本当に、ありがとうございました」

 

 そう言ってニーナは、俺達二人に頭を下げる。

 

 …あれ?

 今の話、おかしくないか?

 仲間を探しているイバラはともかく、最初の『げぇむ』を生き延びたニーナに、もう次の『げぇむ』に参加する理由はないはずだ。

 …もしかして、さっきの『びざ』とやらが関係してるのか?

 

「…なあ。そういえばずっと気になっていたんだが、二人はせっかく最初の『げぇむ』を生き残ったのに、どうしてまた『げぇむ』に参加してるんだ?人探しをしてるイバラはともかく、何でニーナまで…」

 

「それは……」

 

「そうですねぇ。口で説明するより、()()を見るのが一番早いのでは?」

 

 そう言ってイバラは、近くにあったクリニックに入る。

 ドアを開けると、壁にはボロボロの男の人がもたれかかっていた。

 

「あ……が……」

 

 全身ボロボロの男の人は、顔色が悪くなっていて、全身がガクガクと痙攣して呼吸もおかしくなっていた。

 よく見ると、右脚がおかしな色に変色して、あり得ない方向に曲がっていた。

 床には、血を引きずったような痕がある。

 …もしかして、傷の治療をする為に、この足でここまで這いずってきたのだろうか。

 だけどこの様子だと、もう永くない。

 

「あの…」

 

 俺が男の人に近づこうとすると、イバラが止めた。

 

「破傷風ですね。『げぇむ』で無理しすぎちゃったんでしょうか?『げぇむ』を生き延びたところで、このザマじゃ意味がないというのに…愚かですね」

 

 そう言ってイバラは、今にも死にかけの男の人を見下ろす。

 するとニーナが、男の人が握っているレシートを見て口を開く。

 

「この人、『びざ』がもう…」

 

 男の人が握っているレシートには、『滞在期限は7月8日(水)です』と書かれている。

 7月8日って…今日じゃないか。

 もうあと数十秒で、日付が変わる。

 そうしたら、この人はどうなるんだ…?

 

「そろそろ日付が変わります…目に焼き付けておきなさい。この世界の敗者の末路を」

 

 イバラは、ドレスのポケットから銀時計を取り出し、時間を確認しながら冷淡に告げる。

 

「ぁ………た、たすけ……」

 

 男の人が何かを呟いた直後、日付が変わった。

 そしてその瞬間、レーザーのような光がその人の頭を貫いた。

 目の前の男の人は、頭に開いた穴から血を流しながら息絶えた。

 

「ひ……!!」

 

 俺は、思わず腰を抜かして飛び退いた。

 何だ、今の…!?

 

「『びざ』が切れると……『プシュッ』。空からレーザーを撃たれて死ぬ。この世界で生き延びる為には、自主的に『げぇむ』に参加して『びざ』を手に入れるしかないんです」

 

 イバラは、右手で手銃の形を作り、顎を撃ち抜くような動作をしながら言った。

 

 生き延びる為には、『げぇむ』に参加するしかない…

 あんなのを、これからもずっとやっていかなきゃいけないのか…!?

 そんなの…地獄以外の何物でもないじゃないか。

 

「それでは、私はこの辺で」

 

 イバラは帽子を被り直し、杖をついてクリニックを後にする。

 

「待ってくれ」

 

 俺は、去って行こうとするイバラを呼び留めた。

 

「アンタ、仲間を探してるって言ってたよな。オレで良かったら仲間にならないか?」

 

 俺は、イバラに協力を持ちかけた。

 この人は『げぇむ』のベテランだし、情報は多いに越した事はない。

 それに今回みたいな『(はあと)』の『げぇむ』なら、俺も何か手助けできるかもしれない。

 するとイバラは、クスっと笑う。

 

「お気持ちは嬉しいですが、結構ですよ…私は、孤児院で待っている子供達の為にも、帰らなくちゃいけないんです。お二人には悪いですけど、必死です」

 

「…『初心者は足を引っ張る』から…か?」

 

「情が湧いちゃったからです。たとえこれから先、お互いに殺し合う『げぇむ』に参加したとして、私にあなたは殺せません。要は気に入ってしまったんです。あなたが」

 

 そう言ってイバラは、俺に手を向ける。

 

「ああ、私の事ならご心配なさらず…また、すぐに会えるでしょうから」

 

「え?」

 

「次会う時までに、お互い生きていたらいいですね。それではご機嫌よう」

 

 イバラは、帽子を脱ぎ、帽子を持った手を軽く振ると、俺に背を向けて再び帽子を被った。

 そしてそのまま、夜の街へと消えていった。

 

「とりあえず…寝床探すか」

 

「あ…わ、私も…」

 

 俺が寝床を探そうとすると、ニーナがついてきた。

 この子、イバラの方についていかなかったのか。

 女の子一人で夜道歩くのも危険だろうし、とりあえず一緒に寝る場所探すか。

 俺は、寝床と必要なものを揃える為の道中で、ニーナに話しかける。

 

「ニーナ、キミは何でオレのところに残ったんだ?イバラさんは『げぇむ』のベテランだし、初心者のオレに構わず無理にでもついて行った方が良かったんじゃないか?」

 

「…さっきの『げぇむ』を生き残れたのは、ヘイジさんのおかげです。少しでも恩返しがしたくて…私、これでもこの世界ではヘイジさんよりも1日先輩なんですよ」

 

 ニーナは、少し恥ずかしそうに言った。

 それでここに残ってくれていたのか。

 ニーナは優しいな。

 俺達は、寝床を探す為に夜の街を移動した。

 

「ニーナは昨日はどこで寝たんだ?」

 

「えっと…デパートでアウトドアショップを見つけたので、今はそこを仮宿にしてます。ほ、ほら、色々揃ってるじゃないですか…キャンプ用品とか、保存食とか…」

 

 そう言ってニーナは、俺を仮宿に案内してくれた。

 ニーナが仮宿にしていたのは、クリニックから歩いてすぐのところにあるデパート、その一角にあるアウトドアショップだ。

 他の店は埃まみれなのに、アウトドアショップは人が住める程度には綺麗に片付いている。

 …もしかして、ここで寝るためにニーナが掃除したんだろうか。

 

 それにしても、アウトドアショップを寝床にするとは、考えたな。

 ここには食糧や武器があるし、何かあった時すぐにそれらを持ち出せる。

 向かいにはちょうど薬局があるし…

 『げぇむ』の為の体力を温存する事を考えれば、合理的な判断だ。

 

「こっちです」

 

 そう言ってニーナは、テントのある場所へ案内してくれた。

 

「どうぞ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 ニーナは、店の中から日用品を見繕って俺にくれた。

 やっぱり、俺より長くこの国にいるだけあって、しっかりしてるなぁ。

 …それにしても。

 

「このテント、ちょっと狭くないか?」

 

 ここのテント、一人用しか無いのか。

 まあ俺は、寝袋があれば地面でも寝れるけど…

 俺がポツリと呟くと、ニーナがキョトンとした表情を浮かべる。

 

「…同じテントでは寝ませんよ?こっちにも同じテントがありますし」

 

 ………。

 

 ………。

 

 ………。

 

 いや、そりゃあそうだわ!

 俺、何をさも一緒に寝るのが前提のように話してたんだ!?

 キモすぎだろ…

 

「あ、ああ!そうだよな!そりゃあそうだ、ははは…」

 

 俺は、笑って誤魔化しながら自分のテントに入った。

 いかんいかん、妹と同じくらいの歳の子をそんな目で見ちゃいけない。

 そんなアホな事考えてる暇があったら、明日に備えてしっかり身体を休めないと。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 俺は、ニーナに返事をしてから、テントのファスナーを閉めて横になる。

 初めての『げぇむ』でよほど疲れたのか、そのまま5分もしないうちに眠りについた。

 

 

 

 ───今際の国滞在二日目

 

 残り滞在可能日数

 

 北句平治 3日

 伏木仁菜 3日

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

???side

 

 数時間前。

 明かりのついた建物のドアが開き、中から帽子とリュックを身につけスケートボードに乗った小柄な少年が出てくる。

 少年は、ズボンのポケットを漁り、ポケットに入っていたトランプを取り出す。

 

「…つまんないの。あれで終わりかよ」

 

 そう言って少年は、♢の5のトランプを眺める。

 

「ふあ……眠っ」

 

 少年は、大きなあくびをしながらスケートボードを走らせた。

 

 

 

 

 

 




北句(ほっく)平治(ヘイジ)

・23歳男性
・都心の国立大学の大学院2年生
・黒髪の短髪に私服
・身長177cmくらい
・性格は真面目でお人好し
・『くりあ』した『げぇむ』は『♡3』。

本作の主人公。
元の世界では、真面目な優等生でありながらも、努力が報われず、親友と恋人にも裏切られて虚しい人生を送っていた。
理系学生でプログラマー志望。ICPCへの出場経験もある。
公園でヤケ酒をして寝ぼけていた時に花火を見て、そのまま『今際の国』に迷い込んだ。
中学と高校では陸上部に所属していた。
地元に歳の離れた妹がいる。
名前の由来はハリネズミの英名の『hedgehog』から。



伏木(ふしき)仁菜(ニーナ)

・18歳女性
・高校3年生
・ロングの黒髪にセーラー服
・身長152cmくらい
・性格は引っ込み思案
・『くりあ』した『げぇむ』は『♣︎A』と『♡3』。

ヘイジが初めて参加した『げぇむ』で生き残った少女。
実はヘイジが『今際の国』に来た前日に迷い込んでおり、『げぇむ』参加は2回目。
名前の由来は『不思議』。



茨原(イバラ)花江(はなえ)

・31歳女性
・孤児院の院長。キリスト教徒。
・明るい茶髪のクラウンブレードに黒いロングドレス。黒い帽子と黒いレースの手袋着用。杖をついている。
・身長175cmくらい(ブーツ込み)
・性格は冷静沈着な淑女。誰に対しても敬語で話す。
・『くりあ』した『げぇむ』は『♡3』と『♠︎8』、その他多数。

ヘイジが初めて参加した『げぇむ』で生き残った女性。
ミステリアスな雰囲気を漂わせており、他の参加者と比較しても異質な存在。
実は二ヶ月以上前から『今際の国』におり、何度も『げぇむ』を乗り越えてきた熟練者だからか、自身の生存に絶対の自信を持っており、純粋に『げぇむ』を楽しんでいる節がある。
何があっても動じない強靭なメンタルを持っており、頭もかなり切れる。
名前の由来は、『薔薇』と白バラの品種の『ハナエ・モリ』から。
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