Hedgehog in Borderland   作:M.T.

63 / 90
はあとのじゃっく(5)

ヘイジside

 

 『げぇむ』『どくぼう』。

 難易度『♡J(はあとのじゃっく)』。

 

 制限時間は1時間。

 最後の5分間だけロックされる『どくぼう』の中で、自分の首輪に現れたマークを当てれば、次のターンへと進める。

 

 『♡J(はあとのじゃっく)』が『げぇむおおばぁ』になれば、残った『ぷれいやぁ』は全員『げぇむくりあ』。

 生存者が残り2人になれば、『♡J(はあとのじゃっく)』唯1人が『げぇむくりあ』。

 

 禁止事項は3つ。

 ロックされた『どくぼう』内に2人以上がいた場合。

 他者の『どくぼう』への入室を妨害した場合。

 他者を自力で解答できない状態にした場合。

 

 

 

《それでは次のターンも、パートナーを信じて頑張って下さい》

 

 窓の外を見ると、空がうっすらと明るくなり、しきりに雨が降っていた。

 いつの間にか、夜が明けていた。

 そういえば、ヒヅルが『台風が来る』って言ってたな…

 皆、無事に『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』から逃げ切れてるかな。

 

「ヘイジさん。どうぞ…」

 

 ダイナが、俺に紅茶とお菓子を渡してくる。

 俺は、ダイナから紅茶のボトルとお菓子を受け取って礼を言う。

 

「ありがとう」

 

 俺が礼を言うと、ダイナは頬を染めながら俯いて唇をモニョモニョさせる。

 俺とダイナは、一緒に食堂で早めの朝食を食べながら話をする。

 

「一番警戒すべきなのは…ヤバとバンダ、ですか?」

 

「ああ。ヤバは、主体性の低いコトコさんに目をつけて孤立させ、自分に依存させた。それだけじゃない。1ターン目で、場の空気を支配して、オレが他の皆と信頼関係を築いて平和的に『げぇむ』を攻略するのを阻止した。きっと元の世界では、金や人を自在に動かせるだけの社会的地位と権威を持った人物だったんだろうな。奴の本質は、幼稚な万能感と優越感に満ちた、傲慢なサディストだ」

 

「…………」

 

 俺が言うと、ダイナの表情が曇る。

 

「バンダは…前にニュースで見た事あるから知ってるんだが、アイツは殺人鬼だ」

 

「えっ…?」

 

「アイツは元の世界で、4人の女性を残虐な手口で殺害してる。奴はおそらく、被害者女性と同じように、恐怖と魅力でエンジさんを懐柔して手駒にしたんだ。それに、3ターン目でセト君を焚きつけてゲンキを刺させたのは、おそらく奴だ。奴は、セト君に殺し合いの口火を切らせて、『げぇむ』を自分好みの色に塗り替えた。共感性が乏しく、良心が欠如した、典型的なサイコパス」

 

 俺の話を聞いたダイナは、食事の手を止めて冷や汗をかく。

 そして、悲しそうな表情を浮かべながら俯き、ポツリと呟いた。

 

「…あの。もし私が邪魔になったら、いつでも切り捨てていいですからね。ヘイジさんの足を引っ張るくらいなら、私は…」

 

 ダイナは、暗い表情を浮かべて言った。

 俺は、ダイナの手に自分の手を重ねて言った。

 

「言っただろ。もしもの事があったら、オレはダイナを優先するって。ダイナにだけは、死なれたら困るんだよ。ダイナは、オレの大事なパートナーだからな」

 

「ヘイジさん……」

 

 俺が言うと、ダイナは頬を染めて口元を緩めた。

 全員で生きてここを出るのが理想だけど、それが無理なら、俺はダイナだけでも『げぇむくりあ』させる。

 この『げぇむ』が始まった時から決めていた事だ。

 だけどその前に、俺はダイナ聞いておきたい事があった。

 

「……なぁ、ダイナ。お前は、何の為に『げぇむ』に参加してるんだ?」

 

「えっ?」

 

「『げぇむ』に参加したのは、ただ単に『びざ』を補充して生き延びる為か?それとも、他に何か理由があるのか?もしお前がこの国で生き延びる為に抱いている確固たる『理念』があるのなら、お前の口から聞きたいんだ。これはこの『げぇむ』を『くりあ』する上で、重要な事だと思うから…」

 

 俺が尋ねると、ダイナは僅かに目を見開く。

 そして、口を開いた。

 

「私は───」

 

 ダイナは、自分の考えを俺に話した。

 正直、以前の俺なら…というかまともな感性なら、到底理解も共感もできない話だったと思う。

 だけどどうしてか、ダイナの話を冷静に理解して聞いている自分がいた。

 この国で生き残る方法を模索しているうちに、俺もどこかおかしくなってしまったんだろうか。

 

「………そっか」

 

「驚かないんですね」

 

「…何でかな。お前なら、そう言う気がしてた」

 

「そう、ですか…」

 

 俺が言うと、ダイナは髪をいじりながら視線を落とす。

 ダイナの話を聞いて、一つだけ確信した事がある。

 ダイナを信じていれば、絶対にこの『げぇむ』は『くりあ』できる。

 

「オレは、お前を信じるよ。この『げぇむ』、絶対勝つぞ」

 

「……はい」

 

 俺が言うと、ダイナはコクっと頷いた。

 俺とダイナが食堂を出て一緒に一般房の廊下に戻ると、そこにはヤバとバンダ以外の6人がいた。

 

「ミツルギさん、カリヤさん」

 

「ヘイジ君…」

 

 ミツルギさんとカリヤさんが、コトコさんとエンジさんを呼び出していた。

 おそらく、2ターン目で俺に話してくれた話を、2人にする為だ。

 イッペー君とロクドーさんがミツルギさんとカリヤさんの後ろに立っているのを見る限り、この2人はミツルギさん達の計画に賛同したって事だろう。

 

「…これは一体、何の集まりだ?」

 

 俺とダイナが廊下に戻った直後、トイレに行っていたであろうヤバとバンダが戻ってきた。

 するとミツルギさんが2人の方を振り向く。

 

「これで、10人全員が揃ったな…ここにいる君達のパートナーには、これからある()()を聞いてもらいたくて集まってもらった。オレ達はこの4人で、新たなグループを組む」

 

 ミツルギさんは、俺達全員の前でそう宣言した。

 彼の後ろには、カリヤさん、イッペー君、ロクドーさんの3人が立っていた。

 するとヤバが、ミツルギさんを嘲笑する。

 

「フ…ハハ!この数時間、何を見ていたのだ?性懲りも無くまたグループを組むだと?あの寄せ集めの悲惨な末路を知らぬ訳ではあるまい?」

 

 ヤバは、さっきのターンで崩壊したイッペー君のグループの事を持ち出した。

 思えば、ウルミが自分の都合でダイナを嵌めて俺達をグループから追放した事が、あのグループの崩壊の始まりだった。

 皆と信頼関係を築く前にダイナが嵌められたから、俺はグループの皆を助けられなかった。

 勝手に自滅の道を進んだウルミ達を、そしてアイツらと同じようにグループを組もうとしているミツルギさんを、ヤバが嘲ると、ミツルギさんが口を開く。

 

「あのグループには、欠けていたからだ…『理念』が。オレ達のグループは、この『げぇむ』を降りる。今後二度と誰かを欺いたり、殺めたりしないと決めたんだ。それが『♡J(はあとのじゃっく)』でも例外じゃない。仮にこの4人の中に『♡J(はあとのじゃっく)』がいても構わない。オレ達はもう殺し合いの土俵に上がる事なく、半年か…1年分はある食糧庫の中身が尽きるまで、この刑務所の中で静かに暮らすと決めたんだ…」

 

 ミツルギさんが言うと、バンダは僅かに目を見開き、エンジさんとコトコさんが動揺する。

 ヤバは、顎に手を当てながら、馬鹿にするような目でミツルギさんを見ていた。

 

「…まるで、無期懲役刑だな。よもや、本気ではあるまい?」

 

「本当なら…ここまで犠牲が増える前に何とかしたかったが…何ターンも前から皆に話をして回った末に、説得に応じてくれたのは、この2人だけだった…」

 

 そう言ってミツルギさんは、イッペー君とロクドーさんの方を振り向く。

 するとヤバは、『フンッ』とミツルギさんを嘲笑してから、イッペー君とロクドーさんに目を向ける。

 

「『♡J(はあとのじゃっく)』を生かしたまま『げぇむ』を降り、ここで過ごす…だと?お前達は本気で、こんな世迷言に耳を貸すつもりなのか?」

 

 ヤバが尋ねると、イッペー君は、俯いたままポツポツと話し始める。

 

「オレは…もう…疲れたんだ…目の前の人が騙したり騙されたりして死んでいく事に…これ以上、あんなのを見ずに済むのなら…誰が『♡J(はあとのじゃっく)』だろうが…もう…どうでもいい…」

 

 イッペー君は、覇気のない声で言った。

 『げぇむ』が始まる前はあんなに正義感に満ち溢れていた彼が、今ではもうすっかり変わってしまった。

 俺は、この『げぇむ』に勝てるのは、イッペー君のような人だと思っていた。

 だけどイッペー君は、この『げぇむ』を勝ち残るのには優しすぎたんだ。

 今思えば、俺とダイナがグループを追放されて皆を救う方法がなくなったからって、彼に『グループの皆を助けてやってくれ』だなんて無茶な事を言ってしまった。

 俺達が、彼を疲れるまで追い詰めたのかな。

 

「今、正に奴の発している言葉こそが、欺瞞だとは疑わないのか?」

 

「説明なんて…できねーけど…わかるんだよ…彼の言葉が、嘘じゃないって…」

 

 ヤバが尋ねると、イッペー君はミツルギさんを見て言った。

 すると今度は、ロクドーさんが話し始める。

 

「儂は…自分が生き残りさえすればそれでいい…だが、この『げぇむ』を『くりあ』して外に出ても、数日後に死ぬかも知れぬくらいなら…確実に半年は生き延びられる刑務所(ここ)の中での暮らしを選んだのじゃあッ!!」

 

 ロクドーさんは、開き直った様子で両手を広げて言った。

 …いや、うん。

 何というか…そういう考え方もあるにはあるんだけどな。

 イッペー君の話聞いた後だと、温度差で風邪引きそうだよ。

 そう思っていると、さっきまでミツルギさんの宣言に言葉を失っていたコトコさんが口を開く。

 

「ちょっと…待ってよ!!『びざ』は…!?いくら半年分の食糧があったって、『びざ』が切れたらおしまいなのよ!?」

 

「そもそも、『げぇむ』の最中は、『びざ』はカウントされるのか?オレの知る限りでの『げぇむ』はこれまで、必ず日付が変わる前に決着がついていた。ここに来て初めて、日付を跨ぐ『げぇむ』が現れたんだ。そしてその疑問は、既に検証済みだ。オレの『びざ』は、昨日で切れるはずだった」

 

 ミツルギさんがコトコさんの疑問に答えると、コトコさんとエンジさんが目を見開いて驚く。

 ミツルギさんは、驚いている2人に対してさらに話を続ける。

 

「昨夜のうちにこの『げぇむ』が開始され、日付を跨った今も、オレがまだ生きているという事は、少なくともこの『どくぼう』が続く限りは、オレ達の『びざ』の残り日数が減る事はない」

 

「これが例外的なのかはわからないけども、半年以上の食糧が用意されていた時点で、この『げぇむ』の最中は、『びざ』がカウントされない可能性が高かったわけね…」

 

 ミツルギさんが言うと、カリヤさんも続けて言った。

 俺は元々、『びざ』切れの心配はしていなかった。

 『♡K(はあとのきんぐ)』も『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』も『びざ』がカウントされない『げぇむ』だったし、カリヤさんの言うとおり、半年以上の食糧が用意されている時点で、『びざ』切れで死ぬ可能性は低かった。

 というかここで一生籠城するつもりなら、一番気をつけなきゃいけないのは、『びざ』切れでも食糧不足でもなく、睡眠不足による疲労とストレスだと思う。

 もし休憩時間も何もなくずっと1時間おきにマークを答えなきゃならないなら、食糧が尽きるよりも気が狂って『げぇむおおばぁ』になる方が早い気がする。

 …まぁ、俺は別にここで一生暮らすつもりなんか微塵もないから、俺には関係ない事ではあるんだが。

 

「これまでずっと『今際の国』で残り数日の命に怯えていたオレ達が、少なくとも、あと半年は平穏に暮らせる選択肢を手に入れたんだ。殺し合いの放棄と平和的共生が、オレ達4人の『理念』だ」

 

「…大切なのは理念。その考え方には大いに賛同だが…生憎その理念は、私のものとはかけ離れている」

 

 ミツルギさんが自分の理念を語ると、ヤバがミツルギさんの意見に反対する。

 俺も、ため息をついてから、自分の意見を言った。

 

「オレは、『♡K(はあとのきんぐ)』を殺してここに来た。それが答えだ。無意味な殺し合いを避けたいっていう意見には、賛成だがな」

 

「私も…『げぇむくりあ』する気が無いなら、あなた達のグループには入りません」

 

 俺とダイナも、ミツルギさんの理念に反対した。

 俺はやっぱり、最後までミツルギさんの理念には共感できなかった。

 生き残る為には、犠牲はつきものだ。

 ここから出る為に『♡J(はあとのじゃっく)』を殺す、『生きる』っていうのはそういう事だ。

 生きる事を諦めて穏やかな死を選ぶなんて、そんなのは『♡J(はあとのじゃっく)』への抵抗以前に、今を必死に生きている人達への、そして俺達が奪った命への冒涜だ。

 できれば、殺し合いを避けたいというミツルギさんの気持ちも尊重はしたいけどな。

 

「最後まで…同意を得られないのは、アンタ達4人だという事はわかっていた…残りの取り巻きの2人は、気が変わったら、いつでも声をかけてくれ…オレ達の宣言は、以上だ」

 

 そう言ってミツルギさんは、グループのメンバーと一緒に去っていく。

 俺とダイナ、バンダとエンジさん、そしてヤバとコトコさんの6人だけが、その場に残った。

 

「このまま…平行線になると…退屈するね…」

 

 バンダは、少し不機嫌そうな表情を浮かべながら言った。

 

「ヤバ様…私達は…どうしたら…!?」

 

「…フム」

 

 コトコさんがヤバに助けを求めると、ヤバは何かを考え込む。

 ヤバの奴…何かえげつない事を企んでる気がする。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

《制限時間5分前になりました。ロックされた5分の間に自分の首輪のマークを、口頭で当てて下さい》

 

「『(はあと)』」

 

 俺は、ダイナに教えてもらったマークを答えた。

 どの『どくぼう』からも、爆発音は聴こえなかった。

 

《制限時間になりました。8ターン目の生存者は、10名中10名》

 

 犠牲者が出なかった事に安堵して『どくぼう』を出ようとした、その時だった。

 

 

 

 ――ガシャアアン!!

 

 

 

「!?」

 

 ミツルギさんの『どくぼう』から、激しい音が聴こえた。

 急いで外へ飛び出すと、ヤバがミツルギさんの『どくぼう』のドアにもたれかかり、ミツルギさんを『どくぼう』の中に閉じ込めていた。

 イッペー君が、ヤバに詰め寄って問い詰める。

 

「オイッ!?アンタ…何してんだよッ…!?」

 

「私には、こんな穴蔵で半年を過ごす気など毛頭無いものでな。少しばかり強行手段を取らせてもらおう。このまま1時間、『どくぼう』の中で誰とも接触できなければ、自分のマークを知る由もあるまい。お前達の理念とやらは、この国に似つかわしくない。元々世界は理不尽だったのだ。『今際の国(ここ)』ではそれが表面化しただけ…他者を蹴落としてでも生きる野性すら忘れたのであれば、潔く往生しろ」

 

 な…!?

 コイツ……

 『げぇむくりあ』する為にミツルギさんを殺すっていうのかよ!?

 いくら何でも、それはないだろ…!

 

「あ、アンタ…やっていい事と悪い事とあるだろうが!」

 

「アンタが力尽くでミツルギを止めるっていうなら、こっちだって…!!」

 

 俺とカリヤさんは、ミツルギさんを助ける為にヤバに立ち向かおうとした。

 するとその時、コトコさんが包丁を持って俺達の前に立ち塞がる。

 

「ヤ…ヤバ様の、()()ヤバ様の…邪魔はさせないんだから…!!」

 

「殺すなよ。失格になられては困る。お前は大切な私のパートナーなのだから」

 

「はい…ヤバ様…!!」

 

 ヤバが言うと、コトコさんは恍惚とした表情を浮かべながら頷く。

 ヤバの発言を聞いて、カリヤさんがハッとした。

 

「そうよ…『るうる』!!『るうる』の禁止事項よ!!禁止事項の2つ目は、『他者の『どくぼう』への入室を妨害した場合』!!アタシがその『どくぼう』に入室する意志を邪魔すれば、アンタ達は『げぇむおおばぁ』よ!!」

 

 カリヤさんが言うと、コトコさんは包丁を下ろして俺達の前から退く。

 カリヤさんは、ヤバの正面に立って言い放った。

 

「さあ、ドアの前から退いてちょうだい!」

 

「…フム、確かに。私には、お前の要求を拒む事はできないようだな。いいだろう」

 

 そう言ってヤバは、あっさりとドアの前から退き、カリヤさんの肩に手を置く。

 

「そんなに入りたければ、さあ、遠慮なく入れ!!」

 

 ヤバは、強引にカリヤさんを『どくぼう』の中に押し込み、乱暴にドアを閉めてカリヤさんとミツルギさんを『どくぼう』に閉じ込めた。

 

「オイ開けろ!!開けろォ!!」

 

 『どくぼう』から、カリヤさんの怒鳴り声が聴こえる。

 突然の出来事に、俺は理解が追いつかなかった。

 

「な…!!」

 

「…なるほどね。『どくぼう』からの退室の妨害は、禁止されてはいない…そして、『るうる』の禁止事項の最後の1つは…『ロックされた『どくぼう』内に2人以上がいた場合』」

 

 バンダは、『どくぼう』のドアを封じているヤバを見て言った。

 ミツルギさんとカリヤさんが『どくぼう』のドアを内側から叩いたり体当たりしたりするが、ドアはビクともしなかった。

 

「学生時代を思い出す。アメフト部では、クォーターバックを4年間務めていたっけな」

 

「いい加減にしろ!!」

 

 俺は、『どくぼう』のドアを封じているヤバに向かって怒鳴った。

 ミツルギさんとカリヤさんを助けられるのは、俺しかいない。

 

「いくら『げぇむくりあ』したいからって、こんなやり方、罷り通るわけないだろ!」

 

 俺は、力尽くでヤバを『どくぼう』から引き剥がそうとした。

 するとコトコさんが俺に包丁を突きつけて邪魔してくる。

 

「ヤバ様の邪魔はさせないって言ったはずよ!」

 

 そう言ってコトコさんが震える手で包丁を握りながら俺を脅した、その時だった。

 

「ふしゃあああああっ!!」

 

 髪を逆立てて瞳孔を細めたダイナが飛び出して、コトコさんを長い爪で引っ掻いた。

 

「にゃっ、にゃあっ!」

 

「痛っ、ちょっ…何するのよ!?」

 

 ダイナが素早い動きでコトコさんを引っ掻くと、コトコさんはダイナに驚くあまり俺の前から退いた。

 ダイナがコトコさんをヤバから引き離してくれている間に、俺はヤバの前に立った。

 

「退けよ」

 

 俺はヤバに『どくぼう』から退くように言うが、ヤバは挑発的な笑みを浮かべるだけだった。

 あくまでもコイツは、ミツルギさんとカリヤさんを殺すつもりらしい。

 そっちがその気なら、こっちだってやってやる。

 

「退け!!」

 

 俺は、ヤバの胸ぐらを掴み、声を張り上げて怒鳴りつけた。

 するとヤバは、フッと笑って『どくぼう』から離れようとする。

 コイツ…さては、カリヤさんにしたように、俺を『どくぼう』に閉じ込める気だな。

 

 そうはさせない。

 ヤバが『どくぼう』から退いた瞬間に奴を引き剥がして、ミツルギさんとカリヤさんを逃がす。

 これ以上、誰かが殺されるのを黙って見ているわけには──

 

 

 

 ――ザシュッ

 

 

 

「な…!?」

 

 突然、脇腹に鋭い痛みが走った。

 床には、ポタ、ポタと血が滴り落ちる。

 振り向くと、いつの間にか俺の背後に立っていたバンダが、俺の脇腹をハサミで刺していた。

 

「せっかく『げぇむ』が面白くなってきたところなんだから…邪魔しないでくれるかな」

 

「ぐっ…!!」

 

「ヘイジさんっ!!」

 

 バンダが俺の耳元で囁きながらさらにハサミを深く刺すと、ダイナが俺に駆け寄ってくる。

 いきなり俺を刺したバンダを見て、バンダのパートナーのエンジさんも、流石にバンダの凶行に動揺を露わにする。

 

「バンダさん、何を…!?」

 

「何って…『げぇむ』を僕好みの色に染め上げようと思ってね」

 

「けど、そんな事したら…」

 

「急所は外した。彼を殺せば、僕が『げぇむおおばぁ』になってしまうからね。それに彼には、()()()()()()で、今死なれたら困るんだよ…」

 

 クソッ…痛みで力が…

 でも、傷の深さも、出血量も、到底致命傷には及ばない。

 コイツ、俺が死なないように、わざと出血が最小限で済む箇所を刺しやがった…!

 

「ふざけるな…!こんな事で、オレを止められるとでも……」

 

 こんな…こんな事が、罷り通っていいはずがない。

 この程度で、俺が止まるとでも思ってるのか…?

 たとえ差し違えてでも、力尽くで…!!

 

「えいっ!!」

 

 

 

 ――ゴッ!!

 

 

 

 突然、鈍い音と共に、頭に鈍痛が走った。

 俺の意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

イッペーside

 

「えいっ!!」

 

 いきなり、ダイナがヘイジさんの頭をモップの柄で殴った。

 ダイナに殴られたヘイジさんは、頭から血を流して気を失い、その場でうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「きっ、救急車が通りまーす…」

 

 思いっきり頭を殴られて気絶したヘイジさんを、ダイナがズルズルと『どくぼう』まで引きずる。

 するとエンジさんが、いきなりパートナーを殴ったダイナに対して、動揺した様子で話しかける。

 

「な、何してんだよアンタ…?」

 

「ヘイジさん、ごめんなさいよ。こうでもしないと、あなた死んでもヤバさんに抵抗するつもりだったでしょ。今手当てするから、大人しくしててちょうだいよ」

 

 そう言ってダイナは、ヘイジさんを『どくぼう』の中に押し込んだ。

 ヤバは、ダイナに引きずられて『どくぼう』に押し込まれるヘイジさんを鼻で笑った。

 

「フン、パートナーのおかげで命拾いしたな」

 

 ヘイジさんが刺されて気絶させられた今、もうヤバに抵抗する手段は何も残っていない。

 俺がその場に膝をつくと、ロクドーさんが話しかけてくる。

 

「か…斯くなる上はイッペー殿、儂ら2人だけでもマークを教え合いましょう!それしかもう…この『げぇむ』で儂らが生き残る道は残されておりませんぞッ!!」

 

 ああ、もうダメだ。

 もう…俺は、生きる事にすら疲れた。

 

「イッペー殿…?イッペー殿ッ!!」

 

「悪ぃ…ロクドーさん…オレには…見つからない…ここまでしてでも…この国で生き続ける理由が…もう何も…見つからないんだ…!!」

 

「な…何を仰っておられるのだ…!?イッペー殿…イッペー殿オォォ!!!」

 

 もう、何もかもがどうでもいい。

 オレは…もう、生きる理由が見つからない。

 これ以上生き続けてもこんなのを見なきゃいけないくらいなら、俺はもう…

 この人生からも降りたい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 ここは…どこだ…?

 暗い……

 まるで、冷たくて深い水の底に沈んでいくような…

 

「……イジ君。ヘイジ君」

 

 誰だ…?

 俺に呼びかけるのは…

 

「起きて。『♡J(はあとのじゃっく)』を倒すんでしょ?」

 

 見覚えのある顔が、俺の顔を覗き込んだ。

 誰だっ…け…

 つい最近、見た顔のような気がする…

 

「ヘイジさん」

 

 今度は別の誰かが、俺に呼びかけながら手を取った。

 …誰だっけ。

 待ってくれ…今、思い出すから。

 

「ニー…ナ…?」

 

 思い出した。

 俺を呼び留めたのは、ニーナとアヤカだった。

 ニーナは、俺の手を取って、暗闇の中を歩いた。

 

 しばらく歩くと、光が見えた。

 ニーナは、光を指差して、俺の腕を引き寄せた。

 

 待ってくれよ…俺一人で行けってか?

 お前も、一緒に…

 

 俺がそう言おうとしたその時、誰かが俺の背中を勢いよく押した。

 振り向くと、アヤカが笑顔で俺に手を振っていた。

 

「ヘイジ!!」

 

 誰かが、光の中から手を伸ばした。

 俺に手を差し伸べてきたのは、ヒヅルだった。

 それだけじゃない。

 クリハラさんやネズミ、ヤヨイもいる。

 この国で出会った皆が、俺に手を差し伸べてきた。

 俺は差し伸べられた手を取って、光の中に飛び込んだ。

 

 

 

「ん………」

 

 俺は、『どくぼう』の中で目を覚ました。

 するとダイナが、俺の顔を覗き込んで安堵のため息を漏らす。

 

「ヘイジさん…よかった」

 

 ダイナは、目を覚ました俺を見て安心していた。

 ふと脇腹を見てみると、俺の傷口には丁寧な応急処置が施されていた。

 頭にも、ガーゼが押し当てられている。

 ダイナが手当てしてくれたのか…

 …いや、それよりも俺は、気になる事がひとつあった。

 

「お前…何でオレを殴った…?」

 

「それはごめんなさいよ。ああでもしないと、ヘイジさんがヤバに殺されると思ったので…あなたに死なれたら困るのは、私ですから」

 

 …確かに、ダイナの言う通りだ。

 あのまま俺がヤバに立ち向かっても、ミツルギさんやカリヤさんと同じ『どくぼう』に閉じ込められて殺されるのは目に見えてた。

 俺の生存を優先しようとしたダイナの判断は責められない。

 

「ヘイジさんのマークは、『(はあと)』です」

 

 ダイナは、俺にマークを教えてきた。

 ミツルギさんとカリヤさんを見殺しにしておいて、自分だけ生き残るなんて、随分と身勝手だと思う。

 それでも俺は、自分とダイナだけでも生き残りたかった。

 

「…『♣︎(くらぶ)』」

 

 俺がマークを教えると、ダイナは足早に俺の『どくぼう』から出て行き、向かいの『どくぼう』に入った。

 その直後、制限時間5分前になり、『どくぼう』にロックがかかった。

 

《制限時間5分前になりました。ロックされた5分の間に自分の首輪のマークを、口頭で当てて下さい》

 

「『(はあと)』」

 

 俺は、ダイナに教えてもらったマークを答えた。

 俺の首輪は、爆発しなかった。

 だが、制限時間になった、その瞬間。

 

 

 

 ――ボン!

 

 ――ボン!

 

 ――ボン!!

 

 ――ボンッ!!

 

 

 

 爆発音が4回、会場内に響き渡った。

 ミツルギさんとカリヤさん、そしておそらくイッペー君とロクドーさんだ。

 結局俺は…また、助けられなかった。

 

《制限時間になりました。9ターン目の生存者は、10名中6名》

 

 このターンを生き延びた俺は、脳裏に『♡J(はあとのじゃっく)』の顔が浮かんでいた。

 俺には、とっくに『♡J(はあとのじゃっく)』が誰だか分かってた。

 

 松下苑治。

 奴が『♡J(はあとのじゃっく)』だ。

 

 

 

 『げぇむ』『どくぼう』

 

 難易度『♡J(はあとのじゃっく)

 

 10ターン目 残り6名

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。