Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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はあとのじゃっく(7)

エンジside

 

 俺の目の前にはヤバとバンダが、そして背後にはヘイジとダイナが立っていた。

 信じがたい光景に、俺は思わずその場でへたり込む。

 

 嘘だ…あり得ねぇ…!!

 コイツらは、自分の本当のマークを知らないはずだ。

 なのに何で、まだ生きてんだよ!?

 

「嘘…だ…何で…!?あ…りえねぇ…何でお前らがまだ、生きてんだよォ!?」

 

《それでは次のターンも、パートナーを信じて頑張ってください》

 

「あはぁ、エンジさん生きてたぁ!ねぇ、私生き残りましたよ!ねぇ、すごい?すごいでしょ?ねぇねぇねぇ!」

 

「黙れ!!」

 

 ダイナが耳障りな甲高い声で笑いながら話しかけるので、俺は思わず怒号を浴びせた。

 他の3人はともかく、何でこのバカ女まで生きてんだよ!?

 俺がダイナに向かって怒鳴りつけると、バンダが口を開く。

 

「悲しい…ね。君とはいい友達でいられると思ったのに…まさか、裏切られるなんてね…恐怖で気が動転してしまったのか…それとも…もしかして君が、『♡J(はあとのじゃっく)』なのかな?」

 

 俺がコトコやダイナと通じてコイツらに嘘のマークを教えた事も全部…バレてたってのかよ!?

 いつから…?

 どうやって…!?

 あり得ねぇ、あり得ねぇだろ!!

 俺の支配は完璧だった!!

 

「君は1つ…大きな思い違いをしているね…人心操作の鉄則は、『決して相手を見下さない』事だ。どれだけ支配者側が一方的な立場であろうと、そこに信頼関係は不可欠だ。己の支配力に慢心し、技術さえ磨けば人を操り人形にできると思っているようでは、君は支配者として、三流と言う他ないよ…」

 

 

 

 ――『大事なのは、カネじゃなくて人』。アタシにお水のイロハを教えてくれたママが言っていた言葉よ。枕や高いお酒でお客からカネを巻き上げようとするようなのは、てんでダメ。相手も自分も楽しめる空気を作ってあげなきゃ、誰も心を許そうとはしないわ。

 

 

 

 バンダは、かつてアヤカが俺に言ってきた事と同じ事を言ってきた。

 俺は、アイツの言葉を、所詮は『ぷれいやぁ』に負けた奴の戯言だと思っていた。

 

 ヤバとバンダとヘイジの3人が生きていたのはまだいい。

 1番わからねぇのは、バカ女がまだ生きてるって事だ。

 俺は、コイツに直接催眠をかけていた。

 なのに何でまだ生きてやがる!?

 

「っ…確かに、オレはお前らを支配できていたつもりになっていた。一番わかんねぇのは、テメェだバカ女!!何でお前がまだ生きてやがる!?お前、オレの答えを信じるっつったろうが!!」

 

「…確かに、そうですね。でも、ごめんなさいよ。私ってば尻軽だからぁ、ヘイジさんに乗り換えたくなっちゃったの♡」

 

 そう言ってダイナは、ヘイジの腕に抱きついて微笑んだ。

 あり得ねぇだろ…!!

 俺の催眠は完璧だった!!

 こんな女に、自力で解けるはずがねぇ!!

 

「このアバズレ…!何故最後の最後でオレを裏切った…!?オレは完璧にお前をコントロールしてたはず…!!」

 

「わからないか?オレもダイナも、アンタが『♡J(はあとのじゃっく)』だって事にはとっくに気付いてたんだよ」

 

 俺が混乱していると、ヘイジが俺に鋭い目を向けてくる。

 その時、ある可能性が脳裏に浮かんだ。

 

「まさか、お前ら……嵌めたのか…!?このオレを…!!」

 

「まぁ、私…色んな意味で()()なので」

 

 俺がダイナを指差すと、ダイナは豹変したかのように突き刺すような視線を俺に向けた。

 この女、まさか…俺の催眠に、()()()()()()()()()()ってのかよ!?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 2ターン目。

 俺はダイナと一緒に、食糧庫で飲み物を選んでいた。

 俺が『♡J(はあとのじゃっく)』を出し抜く事を思いついたのは、その時だ。

 

「…なぁ、ダイナ」

 

「何ですか?」

 

 ダイナに話しかけた俺は、コソッとダイナに耳打ちする。

 

「アンタ、木達あいなだろ。AV女優の」

 

 木達あいな。

 クリハラさんのお気に入りの女王様系AV女優だ。

 『ビーチ』が崩壊した後、彼女が主演を務める作品を見つけたクリハラさんが大喜びしてたのが、妙に頭の片隅に残っていた。

 

 ようやく、『♡9(はあとのきゅう)』で感じたデジャヴの正体がわかった。

 雰囲気が全然違うからあの時は気付かなかったが、どこかで見た事ある顔だとは思っていた。

 あの時から既に、ダイナはダメ男に騙される幸薄女の演技をして、俺を騙していたんだ。

 するとダイナは、ふぅっとため息をついて白状する。

 

「あーあ、何だ。知ってたんですね。もう10年以上も前に足を洗ったので、誰も気付かないと思ってましたよ」

 

 10年前に廃業って…

 ダイナお前…今いくつだよ。

 

「何でダメ男に騙される女のフリなんかしてるんだ?」

 

 俺が尋ねると、ダイナはクスッと微笑んだ。

 

「だって…利用できる(モノ)は多い方がいいでしょ♡」

 

 そう言ってダイナは、頬を赤らめながら妖艶な笑みを浮かべ、ジャージのチャックを下ろした。

 ダイナは、ジャージの前をはだけさせて、小柄な割にメリハリのある身体を見せつけてきた。

 ダイナが『ふぁあすとすてぇじ』の時から主体性が無く自虐的な女性を演じていたのは、主に『(はあと)』の『げぇむ』で生き残る為の戦略だった。

 『♡9(はあとのきゅう)』では、『げぇむ』会場の近くをウロウロしていた男性に目をつけ、他の参加者を油断させる為に、持ち前の人心誘導技術でその男性を操り、自分に暴力を振るうDV彼氏の役を演じさせていたという。

 流石にダイナも、まさか操った相手が『でぃいらぁ』だったとは思わなかったみたいだが。

 

 ダイナが騙されやすく頭の悪い女を演じていたのは、『げぇむ』を『くりあ』する為だった。

 全ては、信頼できるパートナーを見極めるため。

 ダイナは、俺がダイナの演技を見破ったからこそ、俺をパートナーに選んだ。

 その上でダイナに近づいてくる奴は、『♡J(はあとのじゃっく)』の可能性が高かった。

 ダイナを気味悪がって避ける奴は、警戒にすら値しない。

 ダイナの読み通り、ダイナが仕組んだ罠とも知らずに、ダイナと俺を殺す為にダイナに接触してきた奴がいた。

 

「あ、そうだ。はいこれ、ガム」

 

「えっ?」

 

「さっきのコーラのお礼です。美味しいですよ」

 

「あぁ…ありがとう」

 

 2ターン目終了まで残り15分のタイミングで、トイレから戻ってきたダイナが俺にガムを手渡してきた。

 ガムの包み紙には、『♡J(はあとのじゃっく)』の名前が書かれていた。

 松下苑治…ソイツこそが、『♡J(はあとのじゃっく)』だ。

 

 元々エンジの事は、最初から怪しいとは思っていた。

 どんなにバンダに圧倒的なカリスマ性があったとしても、あの短時間で人は簡単に従順になる事はできない。

 …まあ、バンダもそれを分かっていて、エンジが『♡J(はあとのじゃっく)』だと見抜いた上であえてパートナーになったんじゃないかと俺は思っていたがな。

 

 ダイナは、『♡J(エンジ)』の支配を受けているフリをして、2ターン目からずっと、お菓子にメモ用紙を忍ばせて、ヤツの動きを逐一俺に報告していた。

 そして迎えた10ターン目。

 

「それじゃあ次は私がヘイジさんのマークを…ヘイジさんのマークは、『♠︎(すぺえど)』です」

 

 ダイナは、俺の首輪のディスプレイに表示されたマークを見ながら言った。

 それを聞いた俺は、一言、ポツリと呟いた。

 

「……そうか。わかったよ。お前が嘘をついてるって事がな」

 

「えっ…?ヘイジさん、何を言って…」

 

「ダイナ。これは、命がかかった『げぇむ』なんだ。お前がオレのマークを見間違えたらオレが死ぬんだぞ。わかってるか?」

 

「ええ、だから私はマークを…」

 

「それをわかってるなら、万が一にもマークの見間違いがあっちゃいけない。ディスプレイが汚れたりしてたら、普通はマークを教える前に拭くよな?」

 

「っ………!!」

 

 俺が言うと、ダイナは目を見開く。

 俺はダイナを信頼はしていたが、盲信はしていなかった。

 だからダイナの嘘を見破る為に、首輪のディスプレイに唾で薄めた血を塗った。

 もしダイナが俺に本当のマークを教える気があるのなら、万が一にも見間違いがないように、マークを教える前にディスプレイを拭こうとするはずだ。

 

「なのにお前は、オレの首輪を拭こうとするそぶりすら見せなかった。それって、オレを騙そうとしてたからじゃないのか?」

 

 俺が言うと、ダイナはプッと吹き出して大笑いした。

 

「っあっはははは!流石は()()()()。私の正体を見透かしただけありますね」

 

「どうしてオレを騙そうとした?オレが気づかなかったら、死ぬところだったんだぞ」

 

「だから、ちゃんと見破ってくれたでしょ?ああ、ヘイジ君に嘘のマークを教えたのは、ちょっとした悪戯心ですよ♪」

 

 ダイナは、悪びれずにケラケラと笑う。

 普通なら、嘘のマークを教えられたりなんかしたらダイナを信用できなくなるだろうが、俺は違う。

 俺は、ダイナを『どくぼう』の壁際に追い詰め、ダイナの真横の壁にドンっと手をついた。

 

「ここでお互いくたばるのは、まだ早いだろ。オレを『げぇむくりあ』させてくれるなら、面白いもの見せてやる」

 

 俺が言うと、ダイナはわずかに目を見開く。

 そして恍惚とした表情を浮かべてクスッと笑った。

 

「…あはぁ♪それ、いいですね。ヘイジ君の事、信じます」

 

 そう言ってダイナは、ハンカチで俺の首輪を拭き、俺の首輪のディスプレイを覗き込んで口を開く。

 

「ヘイジ君のマークは、『(はあと)』です」

 

「……ありがとう」

 

 ダイナは、さっきとは違うマークを俺に教えた。

 俺にはわかる。

 今度こそ、ダイナが教えたマークは本当のマークだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

エンジside

 

 俺に操られたフリをしてただと…!?

 そんなバカな話があってたまるか!!

 俺が催眠状態に導けない人間なんかいないんだよ!

 それを、こんな何も考えてなさそうなバカ女に看破された上に、逆に俺がこの女に操られてただと…!?

 

「あ…りえ…ねぇ…!!このオレが、お前みてぇなバカ女に…!!」

 

「そのバカ女に嵌められて殺し損ねたのは、どこの誰でしょう?ああ、そうそう。私、学生時代にいじめられてヤられたって言ったけど…アレ、本当は少し違うのよ。私が、皆に()()()()の」

 

「は……?」

 

 何言ってんだ、コイツ…?

 

「バレない嘘をつくコツは、9割の真実の中に1割の嘘を混ぜる事だとはよく言ったものね。私は、いつだって支配する側なの♪」

 

 ダイナは、解いた髪を掻き上げながら笑った。

 ダイナの笑顔には、得体の知れない不気味さがあって、思わず背筋が凍った。

 

「支配者としても役者としてもまだまだね。出直してらっしゃい、()()()♡」

 

 嘘だ……

 こんな売女にすら、俺は支配者として劣っていたってのか!?

 どいつもこいつも、俺を下に見やがって…!!

 

「お前らは…違うって言いたいのか…!?一流の支配者として、相手を操作でき──」

 

「まだわからんのか?そんな事は、この『げぇむ』を『くりあ』する上で、何ら重要ではないという事が」

 

 俺が言おうとすると、ヤバが顎に手を当てながら、俺の言葉を遮った。

 

「…だったら、何が…!?」

 

「『♡J(はあとのじゃっく)』が誰かなど知るか。私達はただ、従っただけだ。この『げぇむ』の開始前に流れた、最初のアナウンスにな」

 

 

 

 ――最後に、この『どくぼう』は、いかに相手を信用できるかの『げぇむ』です。皆様、いち早く信頼できるパートナーを見つける事をオススメします。

 

 

 

 ヤバの言葉を聞いた俺は、『げぇむ』開始直前に流れたアナウンスの内容を思い出した。

 

「私達がこの『げぇむ』に勝つ為に捜すべきは『♡J(はあとのじゃっく)』ではなく、最後の最後まで信頼できるパートナーだったという事だ」

 

「それが…バンダだったってのか…!?お前らは実はとっくに裏で…通じていたと…!?オレがコトコを操ってお前達に嘘のマークを教えた時も…お前達は事前に正解のマークを教え合っていたから死なずに済んだと…!?」

 

「ご明察」

 

「納得…できねぇ!!大体、何をもって信頼できるパートナーだって言えんだ!?テメェらのどこに…そんな関係が…」

 

 俺は、ヤバを指差して尋ねた。

 わからねぇ…コイツらのどこに、信頼関係があったってんだ…!?

 

「僭越ながら、死んでいった『ぷれいやぁ』とお前に、1つ忠告をしよう。お前達は何もわかっていない。だから彼等は死に、お前は敗れたのだ。いいか、人を信用する、人を信頼するに足る根拠とは、『誘導』や『操作』などでなければ、『支配』でもない。『洗脳』でも、『信心』でも、『正義』でも、『金銭』でも、『催眠』でも、『契約』でも、『恐怖』でも、『欺瞞』でも、『服従』でも、『和平』でもなく…『対等』だ」

 

「その通り」

 

 ヤバが言うと、ダイナもクスッと笑って腕を組みながらヘイジに歩み寄った。

 

「対…等…?ハ…ハハ…それが、お前らだってのか…?何でそうなるんだよ…!?わからねぇ…全然わからねぇよ…!!」

 

 そうだよ…!!

 このエゴイストとサイコパスの間に、どんな接点があるってんだよ…!?

 そもそもこの2人は、『げぇむ』が始まってから、会話すらしてねぇじゃ…

 いや…待てよ…8ターン目のあの時…トイレから2人で…

 

「あの時…お前らは…一体何を…話してやがった…!?」

 

「死んだミツルギという男は、1つだけ、正しい事を言っていた」

 

 正しい事…?

 まさか、あの時の…

 

 

 

 ――あのグループには、欠けていたからだ…『理念』が。

 

 

 

 『理念』…?

 理念が、大事だってのか…!?

 

「理…念…?『理念』…!?一体…!!何なんだよオイ…!?お前らのその『理念』ってのは、何なんだよォォ!?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

???side

 

 8ターン目、ヤバとバンダは、2人きりでトイレに並んで会話をしていた。

 

「やはりお前とは、気が合いそうもないな」

 

 そう言ってヤバが立ち去ろうとすると、バンダが口を開く。

 

「ところで…君は…何の為にこの『今際の国』で、『げぇむ』に参加しているんだい…?」

 

 バンダが尋ねると、ヤバは足を止めて答えた。

 

「『ぷれいやぁ』の間で広まっている、()()()を…知っているか?『今際の国』の国民は、元は私達と同じ『ぷれいやぁ』。『ねくすとすてぇじ』の全ての絵札を『くりあ』しても、『今際の国』の国民となり、永遠に『げぇむ』に参加させられる…というものだ」

 

「ああ…元の世界に戻る希望なんてもう、どこにもない…と、多くの『ぷれいやぁ』達は嘆いているね」

 

「嘆く?フハハ!相変わらずどこまでも、温い連中だ!私はな、かつての世界で全てを手に入れた。富、権力、名声…凡そ、人の羨む全てを手中にし、支配者として君臨していた。…だがな、足りないのだよ。そんなものでは。『今際の国』こそが、この私が支配するに相応しい真の世界だ。現存する無能な『今際の国』の国民を根絶やしにし、私が『ぷれいやぁ』共の命を支配する神となる。それが私がこの国で『げぇむ』に参加する為の、『理念』だ」

 

 ヤバは、野心に満ちた表情を浮かべながら、自身の『理念』を語った。

 するとバンダは、ヤバに背を向けて俯いたまま口を開いた。

 

「…僕はね、見た事が…なかったんだ…血で血を洗い、殺人ですらがほんの茶飯事の…恐怖と背徳と絶望と混沌に満ち満ちている…これ程までに美しい世界を、僕は未だかつて…見た事がない…初めてだよ。『国民になりたい』という、僕と同じ『理念』を持つ人間に出会ったのは。僕と、友達になろう」

 

「お前のような異常者と友人になる気など毛頭ないが、認めよう。お前が…信頼するに足る、『対等』なパートナーだと」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

エンジside

 

「な……」

 

 『今際の国』の国民になりたい、それがコイツらの『理念』だってのかよ…

 あり得ねぇだろ…

 俺が呆然としていると、今度は黙って話を聞いていたヘイジが口を開く。

 

「大事なのは『理念』…その考えには同意するよ。オレ達の『理念』は、アンタらの『理念』とは真逆だけどな」

 

「ほう」

 

 ヘイジが言うと、ヤバがヘイジの発言に興味を示す。

 『理念』だと…!?

 ヘイジとダイナの間に、どんな接点があるっていうんだよ!?

 コイツらは、たまたま顔見知りだっただけだろうが…!!

 

「何が『理念』だ…お前らは、たまたまこの『げぇむ』の前から面識があっただけだろうが!!そうじゃなきゃ、お前らの間に接点なんかあるわけないだろ!!」

 

「アンタは…オレがダイナを信頼する理由が、顔見知りだってだけだと本気で思ってるのか?」

 

「は……?」

 

「わからないようだから教えてあげましょうか。ヘイジ君と私の、確固たる『理念』を」

 

 そう言ってダイナは、『理念』とやらを語り始めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ダイナside

 

 私は、理想を絵に描いたような、笑顔の絶えない人生に恵まれていた。

 裕福な家庭で、一人娘として父と母に愛されて育った。

 お城みたいな家に、豪華な調度品に、温かくて美味しいご飯。

 人徳のある両親に、優しい使用人達。

 

 何不自由ない、満ち足りた日々。

 さらに嬉しい事に、母のお腹には、小さな命が宿っていた。

 私は、新しい家族ができるのが待ち遠しかった。

 だけどそんな日常は、ある日何の前触れもなく崩れ去った。

 

 私は、8歳の時に放火魔に家族を殺された。

 家族全員が寝静まった夜中に家に火をつけられて、火の回りが想像以上に早くて、火災の発生場所から一番遠い部屋で寝ていた私だけが生き残った。

 

 私が目を覚ましたのは、3年後の事だった。

 全身に火傷を負って3年間昏睡状態になっていたけど、当時世界一と名高かった名医に顔や身体を修復してくれたおかげで、目が覚めた時には火傷を負う前とほとんど遜色ない容姿を取り戻していた。

 だけど私は、いまだに覚えてる。

 全身を炎に包まれながらもこの目に焼き付けた、絶望と混沌の光景を。

 

 

 

「何て…美しい……」

 

 私はあの夜、全てを失った。

 家族も、両親がくれた顔も、何不自由ない幸せな日常も、全てがたった一夜で壊れた。

 だけどあの時、全てが壊れていく事に高揚した。

 綺麗なものが壊れるのって、とっても素敵!

 

 でもまだ全然足りない。

 もっともっと、綺麗なものを壊したい。

 二度と修復不可能なくらいに、当たり前が当たり前じゃなくなるくらいに、グチャグチャに。

 だって世界は、こんなにもキラキラしたもので溢れてるんだもん。

 

 そこからは早かった。

 まずは、私の家に火をつけた放火魔の居場所を特定して、拉致監禁した。

 ああ、誤解しないでね。

 私は別に、復讐なんて物騒な事は考えてなかったのよ。

 

 私はただ、あの日の感動を教えてくれた彼に、お礼がしたかったの。

 彼は私の初めての人だったから、あの感動を、一緒に分かち合いたかったの。

 

 私は、丸一年かけて放火魔をゆっくり壊した。

 壊れる瞬間は、たったの一度きりだから。

 それまでは、できるだけ永く、彼が壊れていくのを眺めていたかったの。

 彼を壊した私は、自分に人心誘導の才能がある事に気付いた。

 

 人心誘導の技術は、学生時代に、学校の皆を実験台にして磨いた。

 教師も生徒も関係なく、学校中の皆に私の事をいじめさせて、当時割と有名だった不良グループにマワさせたりもした。

 だけど、何かが物足りなかった。

 思うに、あの日生まれて初めて味わった絶頂は、それまでの人生が何不自由ない平穏な毎日だったからこそ体験できたのだと思う。

 滅茶苦茶な人生も、それが当たり前になってしまうと退屈になる事を知った私は、しばらくの間は大人しく平穏な日々を過ごした。

 

 私の人心誘導技術や演技力を活かせて、尚且つ私の中で溜まりに溜まった衝動を適度に発散させてくれたのが、AV女優の仕事だった。

 だけどそれも、長くは続かなかった。

 ある日私は、近所に越してきた男性に、身を焦がす程の恋をした。

 好きな人ができた私は、AV女優を引退して、勇気を出して彼に告白して、彼と交際を始めた。

 彼と過ごす日々は、毎日がキラキラしてて、本当に幸せだった。

 だからこそ、グチャグチャに壊したくなったの。

 私は、生まれて初めてできた彼氏を、ギャンブルにしか悦びを感じられない身体にして、人生を破滅させた。

 

 そこから私は、好きになった人の人生を壊す事に夢中になっていった。

 2人目は、結婚を匂わせて油断させて、大事なものを奪って心を壊した。

 3人目は、怪しい宗教に入信させて、宗教に貢がせて多額の借金を負わせた。

 4人目は、反社の娘と浮気させて、社会的に死なせた。

 5人目は、汚職の証拠をでっちあげて自殺に追いやった。

 好きな人を壊すのって、とっても楽しいの♪

 

 元の世界では、綺麗なものをいっぱい壊した。

 でも全然足りない。

 この『今際の国』は、元の世界よりもずっとキラキラしてて綺麗なもので満ち溢れてる。

 だから壊すの。

 

 もしかしたら、あの日、家に火をつけられなければ、何不自由なく平穏に過ごせていた未来もあったのかもしれない。

 だけどその未来ではきっと、この感動には一生出会えなかった。

 私は今が一番、幸せなの。

 

 

 

「……なぁ、ダイナ。お前は、何の為に『げぇむ』に参加してるんだ?」

 

「えっ?」

 

 8ターン目、ヘイジ君が唐突にそんな事を尋ねてきた。

 

「『げぇむ』に参加したのは、ただ単に『びざ』を補充して生き延びる為か?それとも、他に何か理由があるのか?もしお前がこの国で生き延びる為に抱いている確固たる『理念』があるのなら、お前の口から聞きたいんだ。これはこの『げぇむ』を『くりあ』する上で、重要な事だと思うから…」

 

 『げぇむ』に参加した理由…か。

 そんなの、決まってるじゃない。

 

「ねぇヘイジ君。知ってる?全部の『げぇむ』を『くりあ』しても、私達が『今際の国』の国民に成り代わって永遠に終わらない殺し合いに身を投じるだけだって噂が、『ぷれいやぁ』の間で広まってるんですって。それで、多くの『ぷれいやぁ』は、絶望して『げぇむ』を放棄しているらしいわ」

 

「…ああ。知ってるよ」

 

「私は、この国に残っている絵札の『げぇむ』を『くりあ』して、『今際の国』をメチャクチャに壊したい!だってこの国は、こんなにも綺麗なもので満ち溢れてるんだもん!綺麗なものを壊すのって、とっても楽しいの!」

 

 私は、まるで子供が将来の夢を語るように、無邪気な笑顔を浮かべた。

 するとヘイジさんは、思いの外冷静に口を開いた。

 

「『壊したい』……か。オレも、現在(いま)を壊したいとは、思ってるよ」

 

「あら」

 

「オレには、この国で生き続ける事よりも大事な事がある。オレは、オレの望む未来を掴みたい。それを邪魔する理不尽を、全部ぶっ壊す。それが、オレがこの国で『げぇむ』を続ける為の『理念』だ」

 

 初めてだった。

 終わらない殺し合いに悲観するでもなく、『げぇむ』から降りて現実逃避するでもなく、『壊したい』という確固たる『理念』を持った人に出会えたのは。

 ヘイジ君とは、原点や向いている方向は違えど、最後に目指す先は同じ。

 だからこそ私達は、お互いを対等なパートナーとして認め合えた。

 

「オレは、望む未来を理不尽に阻むこの国が嫌いだ。だから『壊す』」

 

「私は、キラキラしたもので満ちているこの国が好き。だから『壊す』の」

 

 ここは、神秘と魅惑のワンダーランド♪

 愉快でおかしな舞台劇(ミュージカル)

 リズムに合わせてビートを刻めば、不思議と身体が弾み出す♪

 さあ、口ずさんで奏でよう♪心躍る旋律(メロディー)を♬

 

 手を取り合って、足並み揃えて、ホップ・ステップ・ビートアップ♪

 歌って踊って、いざ行かん♪

 私達だけの、王道を♬♬♬

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

エンジside

 

 か…格が違うのか…!?

 オレは…コイツらと…!!

 

 …いや!

 だから…何だってんだ!!

 

「オレがお前らを嵌めようとした事は確かだが…それでオレが『♡J(はあとのじゃっく)』だって事にはならないだろう…!?お前らの誰かが『♡J(はあとのじゃっく)』の可能性だって、まだ充分残ってんだろ!!」

 

 そうさ!!

 俺の義眼モニターは、絶対に見つかりっこねぇ…!!

 コイツがある限り、俺が『げぇむおおばぁ』になる事はねーんだ!!

 

 こうなりゃ何ターンでも続けてやる!!

 粘り続けてさえいりゃ、いつかコイツらの信頼関係を崩す機会だって──

 

 ……いや、待てよ…!?

 コイツらが俺を『♡J(はあとのじゃっく)』だと信じて疑っていないのだとしたら…

 

「何故…バンダは…さっきのターンでオレを殺そうとしなかったんだ…!?」

 

 それだけじゃねぇ…

 ヘイジとダイナの2人も、何ターンも前から俺が『♡J(はあとのじゃっく)』だと見破っていたなら、何故俺に嘘のマークを教えなかった…!?

 俺の頭の中で疑問が過ったその時、ヤバが俺の髪を掴み、『どくぼう』の扉の前へと引き摺った。

 

「なっ…!?オイ…!!は…離せッ…!!」

 

 俺を引き摺ったヤバは、『どくぼう』の扉を開けて、俺を『どくぼう』の中に放り込んだ。

 

「何の…つもりだ…!?オレを……どうしようって…」

 

 コイツら…俺をどうするつもりだ…!?

 

「『今際の国』の国民と腰を据えてじっくり話せる…今後、こんな機会はそうあるものではないと思わんか?だからお前には、この『今際の国』に関する全ての情報を、一つ残らず喋ってもらわねばな」

 

 ヤバは、俺を見下ろしながら不気味な笑みを浮かべた。

 するとバンダも、俺を見下ろしながら口を開く。

 

「口を割らせる為なら…何をしても構わない…よね」

 

「ああ…『るうる』の禁止事項は、『他者を自力で解答できない状態にした場合』。既にこの『どくぼう』の中にいて、口さえ利けるのであれば、眼も四肢も、もはや必要あるまい」

 

 おい…嘘だろ…コイツら、まさか……

 

「君を…殺せないのは残念だけど…それでも…可能な限り楽しむ方法は、たくさん知ってる…」

 

 そう言ってバンダは、竹串やおろし金、ハサミなんかを取り出す。

 するとダイナが、それを見て目を輝かせる。

 

「いいですねそれ!私も手伝いますよ!」

 

「……勝手にやってろ」

 

 上機嫌になるダイナとは逆に、ヘイジはため息をつきながら去っていった。

 去り際に俺に向けた目は、完全に俺への興味を失くした目だった。

 

 その直後だった。

 いつの間にかジャージを脱いだダイナが、俺の背後にしゃがみ込んで、俺の両手首をジャージの紐で拘束していた。

 コイツ…どうやって一瞬で俺を縛りやがった…?

 あと、何で服を脱いでやがる!?

 

「おい、何してんだお前…!?」

 

「SM系の撮影で身につけた捕縄術よ」

 

 そんな事どうでもいい!!

 クソッ、コイツ…女のくせに何つー馬鹿力だ…!!

 

「さっきのターンが終わったら、私とキモチイイ事いっぱいしてくれるって言ったでしょ?」

 

「ふざけるな…やめろ、離せ…!!誰が、テメェみてぇな…ほがっ」

 

 俺が抵抗しようと暴れると、ダイナは俺の顎を掴んで振り向かせ、吐息が顔にかかるくらいの至近距離で俺を睨みつけた。

 突き刺すような鋭くて冷たい視線に、思わず背筋がぞわりと震え、冷や汗が流れる。

 

「…あのねエンジ君。私、こう見えてあなたよりずっと歳上だから。口の利き方には気をつけようね」

 

 そう言ってダイナが俺の顎から手を離すので、恐る恐る正面を向くと、カミソリを持ったバンダが俺の目の前にしゃがみ込んで楽しそうに笑っていた。

 これから起こる事を想像して後退りしようとすると、ダイナが俺の耳元で囁いた。

 

「大丈夫よ。すぐに気持ちよくなるわ。私がね♡」

 

 ダイナとバンダは、不気味な笑みを浮かべた。

 俺は、コイツらに喧嘩を売った事を、心の底から後悔した。

 

「う…ああ…ああ…ああ…!!うあああああああ!!!」

 

 そこからは、地獄の始まりだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

「………はぁ」

 

 ダイナとバンダは、『どくぼう』の中でエンジを拷問していた。

 エンジの悲鳴が、『どくぼう』の中から聴こえる。

 正直、『♡9(はあとのきゅう)』の時は、あそこまでやばい女だとは思わなかった。

 

 ダイナがやばい女だと知っていながら、『♡J(はあとのじゃっく)』に嵌められたフリをさせていたのは、『♡J(はあとのじゃっく)』の心を壊す為だ。

 『♡J(はあとのじゃっく)』に嘘のマークを教えても無駄だって事は、最初からわかってた。

 貴金属の持ち込みが禁止されているのが『ぷれいやぁ』だけだって時点で、『♡J(はあとのじゃっく)』がズルをして自分だけ生き残ろうとしているのは読めてた。

 『♡J(はあとのじゃっく)』を殺すには、徹底的に心を壊して、自分の意思でマークを間違えるように誘導するしかなかった。

 だからこそ、ダイナの異常性をわかっていながら、あえてパートナーに選んだ。

 騙したと思っていた女に騙されて、しかも倍返しされたとなれば、確実に『♡J(はあとのじゃっく)』の心を壊せるだろうと思ったから。

 

 …それにしても、慣れないものだな。

 勝つ為とはいえ、人の心を弄んで壊すというのは。

 

「お前のマークは『(はあと)』だ」

 

「………えっ?」

 

 唐突に、ヤバが俺のマークを教えてきた。

 反応を見る限り、嘘はついていない…と思う。

 もう『♡J(はあとのじゃっく)』の正体がわかっているとはいえ、何で俺に本当のマークを教えるんだ…?

 

「…何でパートナーでもないアンタが、オレにマークを教えた?」

 

「お前にはまだ生きてもらわねば困るからだ。確か『♡K(はあとのきんぐ)』を倒してきたのだろう?」

 

「そうだけど…」

 

 ヤバが尋ねてくるので、俺は顔を引き攣らせながら答えた。

 ヤバはエンジのいる『どくぼう』を顎でしゃくる。

 

「奴が途中で折れて自殺なんぞしようものなら、今度はお前から『今際の国』の情報を聞き出す必要があるのだからな」

 

「…勘弁してくれ」

 

 コイツら…自分が『今際の国』の国民になる為なら、本当に何でもするつもりなんだな。

 

 

 

「ぎゃあッ!!あああああッ!!は…話しました…!!知っている情報は全部話しましたァ…!!」

 

 『どくぼう』の中から、エンジの悲鳴が聴こえる。

 部屋の中を覗いてみると、相変わらずバンダとダイナがエンジを拷問していた。

 バンダは主に痛みを、ダイナはそれ以外のあらゆる苦痛をエンジに絶え間なく与え続けた。

 エンジは、爪を一枚剥がされただけで『今際の国』の情報をペラペラと喋った。

 だけどそれだけでバンダとダイナが止まるはずがなかった。

 

「君は…嘘が上手いからね…本当は…もっと色々知ってるんだろう?」

 

「ぎいいっ!!がっ…!!あぎゃあああ…!!ぐえっ!!ぎひぃいッ!!」

 

 バンダがフォークでエンジの身体を刺すと、エンジが悲鳴を上げる。

 ダイナは、火のついたタバコを吹かしながら、エンジを見下ろして口を開く。

 

「そういえばエンジ君、私の事散々腐してくれたよね?『バカ女』だとか、『アバズレ』だとか」

 

「ひぃっ!!ご…ごめんなさい…オレが愚かでした…!!二度と言いませんからァッ!!」

 

 ダイナがタバコの煙をエンジの顔に吹きかけながらエンジの発言を蒸し返すと、エンジは泣きながらダイナに謝る。

 するとダイナは、無邪気な笑顔を浮かべながら、エンジの顔面に根性焼きをした。

 

「え〜?私ぃ、バカだからよく聞こえなぁい!キャハっ♪」

 

「ぎゃああッ!!」

 

 ダイナとバンダから執拗な拷問を受けたエンジは、情けない悲鳴を上げていた。

 そんな中、『どくぼう』の外にいたヤバは、嬉々としてエンジに拷問をしている2人を鼻で笑っていた。

 

「フン、異常者め」

 

「…………」

 

 『自分は違う』みたいな顔してるけど、アンタも大概だよ…

 

 そしてとうとう、残り時間が6分半になった。

 もはやエンジは、悲鳴を上げる元気すらなくなっていた。

 

「口は、利けるんだろうな?」

 

「もちろんだよ…」

 

「そろそろ5分前になるのでな。この続きは次のターンにしようか。ああ…その前に、お前の首輪のマークを教えておかなくてはな」

 

 そう言ってヤバは、エンジの頭を掴んで首輪のマークを確認した。

 

「お前の、マークは…『(はあと)』だ!」

 

「『(はあと)』だね…」

 

「『(はあと)』!『(はあと)』『(はあと)』っ!キャハっ!」

 

 ヤバ、バンダ、ダイナの3人は、エンジのマークを教えて『どくぼう』から去っていく。

 

「食糧は半年か1年分…だったかな?まだまだ時間はある。次のターンもよろしく頼むぞ」

 

 そう言ってヤバは、『どくぼう』の扉を閉めた。

 この3人は、エンジが自滅するまでずっと拷問を続ける気だろう。

 …だけど俺には、帰りを待っている仲間がいる。

 生憎、こんなところで『げぇむくりあ』を黙って待つ気は毛頭ない。

 このターンで、トドメを刺してやる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

エンジside

 

 …オ…レは…

 忘れて…いた…

 

 『ぷれいやぁ』達を恐怖で支配していたのは…

 俺達『今際の国』の国民じゃなかった…

 

 ここにいる全ての人間を凶行に駆り立てる、この『今際の国』こそが、恐怖による支配者そのものだという事を…!!

 

 

 

「……酷い有様だな」

 

「………!?」

 

 不意に声をかけられ、見上げると、そこにはアヤカがいた。

 そんなはずがないと思ってもう一度見ると、同じ場所にヘイジがいた。

 俺が見たのは、恐怖心が生み出した幻だった。

 ヘイジは、俺の前にしゃがみ込んでため息をついてから口を開く。

 

「つくづく…この『げぇむ』に参加しといて良かったと思うよ。『♡K(はあとのきんぐ)』と連れの女は…何も喋ってくれなかったからな」

 

 何も喋ってくれなかった……?

 コイツ…まさか、アヤカとアイにも拷問をして情報を聞き出そうとしたってのか…!?

 

「安心しろ。オレはこの『げぇむ』を始めた時から、誰にも嘘のマークを教える事なく『げぇむくりあ』するって決めてる。オレは、お前に嘘をついて殺したりなんかしない。たとえお前が、()()()()()()()()()()でもな」

 

 ……ハハッ…バレてたんだ…

 俺が義眼モニターで答えを見ていた事なんて、コイツは既にお見通しだった。

 見抜いた上で、確実に俺の心を壊す為に、異常者のダイナをパートナーに選んで、俺を泳がせた。

 

 そうだよ…何で忘れてたんだ…

 コイツは、『♡K(アヤカ)』を殺した男じゃねぇか…!!

 

「『(はあと)』」

 

 そう言ってヘイジは、『どくぼう』を去っていき、向かいの『どくぼう』に入った。

 

《制限時間5分前になりました。ロックされた5分の間に自分の首輪のマークを、口頭で当てて下さい》

 

 『どくぼう』の中で、アナウンスが響く。

 俺は、さっきのヤバの言葉を思い出した。

 

 

 

 ――次のターンもよろしく頼むぞ。

 

 

 

 続くのか…!?

 この恐怖が…永劫…!!

 

 そう思った瞬間、俺の右眼から義眼が落ちた。

 義眼モニターに表示されていたマークは…

 

 『(はあと)』だった。

 

「オ…レの…マークは……………『♣︎(くらぶ)』…」

 

 

 

 ――ボンッ!!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

《『♡J(はあとのじゃっく)』が『げぇむおおばぁ』になりました。残った『ぷれいやぁ』は全員、『げぇむくりあ』》

 

 アナウンスが鳴ると、『どくぼう』と首輪のロックが解除される。

 俺は、外で待っているヒヅル達の為に食糧庫からいくらか食糧を貰って、荷物をまとめてから刑務所を去った。

 外に出ると、レジからは『びざ』が発行されていた。

 

「あーあ、思ったより壊れるの早かったな。もう少し遊べると思ったのに。ヘイジ君がトドメ刺したりなんかするからですよ」

 

「オレはお前達と違って暇じゃないんだ」

 

 着替えを終えたダイナが、俺の後ろから話しかける。

 コイツ…『げぇむ』を『くりあ』する為にパートナーを組みはしたけど、やっぱり頭おかしいよ。

 

「それにしても…全ての絵札の『げぇむ』を『くりあ』した後に得られるものが、()()()()()()だったとはね」

 

「…………」

 

 俺達は、エンジからこの『今際の国』の秘密を聞いた。

 全ての絵札の『げぇむ』を『くりあ』したら、『今際の国』の永住権を手に入れるか手に入れないかを選択できるらしい。

 前回の『げぇむ』で永住権を手に入れなかった奴がどうなったかは、エンジも知らなかった。

 それから、これは別にこれからの事とは関係ない話だが、前回の『♡J(はあとのじゃっく)』を『くりあ』したのは、エンジと、それからアヤカとアイの3人だったらしい。

 正直、性格が真逆の奴等が協力して『げぇむくりあ』するところが想像できないんだが…

 俺がそんな事を考えていると、ダイナが話しかけてくる。

 

「ねぇヘイジ君。さっきヤバ君とバンダ君に言ってた事なんですけど…アレ、本当ですか?」

 

「……本当だ。オレは運良く『♡K(はあとのきんぐ)』を生き延びただけで、本当の意味で『♡K(はあとのきんぐ)』に勝ったわけじゃない。『♡K(はあとのきんぐ)』は、『げぇむおおばぁ』が確定した瞬間に自ら潔く死を選んだから、何も聞き出せなかった」

 

 俺は、『♡J(はあとのじゃっく)』をビビらす為にハッタリをかましただけで、本当の意味で『♡K(はあとのきんぐ)』を倒したわけじゃない。

 俺は悪運の強さのおかげで『♡K(はあとのきんぐ)』に殺されずに済んで、『♡K(はあとのきんぐ)』は最期までやりたい放題やって勝手に死んだ…事実なんてそんなもんだ。

 俺が本当の事を話すと、ヤバとバンダは俺に興味が失せたらしく、それ以上は何も聞かずに去っていった。

 

 今回は『今際の国』の情報を聞き出せたが、これが『♡K(はあとのきんぐ)』だったら同じようにはいかなかったと思う。

 全身の水分を蒸発させられても表情ひとつ変えなかった奴等が、そう簡単に情報を話すはずがない。

 どんな人間だろうと受け入れる懐の深さと、それでも揺るがない確固たる信念を持った人間を心理的に追い詰めるのは、至難の業だ。

 アヤカの心を壊す方法は、『誰も相手にしない事』…これしかなかったと思う。

 俺が話すと、ダイナは少し俯きながら口を開いた。

 

「そこまで言われちゃうと、残念な気がしてきましたよ…できる事なら私も、その人に会ってみたかった」

 

 そう話すダイナは、まるで失恋でもしたかのように、哀しげに微笑んでいた。

 さっきまで嬉々として拷問をしていた奴と同じ人間とは、とても思えなかった。

 

「ダイナ。アンタ…一体何者なんだ?その面構えを見るに…ただの女優ってわけでもないんだろう?」

 

 俺が言うと、ダイナは足を止めて俺の顔を見上げる。

 そしてクスッと笑って言った。

 

「私は……ただの、君に恋する乙女です」

 

 

 

 

 

 ───今際の国滞在三十二日目

 

 残り滞在可能日数

 

 北句平治 83日

 大那智秋 13日

 

 

 

 『ねくすとすてぇじ』開催6日目

 

 『げぇむ』 残り5種

 

 『ぷれいやぁ』 残り97人

 

 

 

 

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