Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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【番外編その4】だいやのきんぐ(1)

チシヤside

 

「やっぱり、アンタだったんだね。()『ビーチ』幹部No.3…クズリュー」

 

 俺は、『げぇむ』会場の出入り口から一番遠い席に座るクズリューに向かって言った。

 するとダイモン()が俺とクズリューに話しかける。

 

「なに?アンタら知り合い?」

 

「はるばる馴染みの顔に会いに来たってのにつれないね。その様子だと、無駄話をする気はないのかな?」

 

「諸君はここへ『げぇむ』をしに来たのだろう?始めるぞ」

 

 俺が尋ねると、クズリューは淡々と答える。

 俺達と話をするのも時間の無駄…ってか。

 なんて思っていると、ベンゾー(ジーサン)がクズリューに話しかける。

 

「TVの生中継で、お主はこう言うたな?この『げぇむ』の目的や趣旨をワシ等に説明する義務はお主には無い…と。『今際の国』の国民(お主達)の義務というのは、差し詰め『げぇむ』の製作、参加、進行…そう解釈して良いのかな?」

 

「各自空席に座り、足枷を装着したまえ」

 

「ちょっとアンタ、何なのよそのタイド〜。いくら敵同士だからって、そこまでガン無視する事なくね?」

 

「全員の拘束を確認した時点で、『るうる』の説明を始める」

 

「あーもー、こりゃ何言っても無駄だわ」

 

 クズリューが俺達の質問を無視し続けると、ダイモンがため息をついた。

 俺は、ここ数日ずっと気になっていた事をクズリューに尋ねる。

 

「………ところで…さ。アンタは、どうして『♢K(だいやのきんぐ)』になったんだい?噂じゃ『今際の国』の国民は、元はオレ達と同じ『ぷれいやぁ』。つまり、オレ達の()()サンって訳だよね?以前全ての『げぇむ』を『くりあ』した、アンタら()『ぷれいやぁ』が、どうやって今の『K(きんぐ)』を決めたのか気になってね。推薦?立候補?知能の王として君臨するに相応しい自負があるから?違うね、アンタはそんな高慢な男じゃない。『ビーチ』にいた時もアンタは、ボーシヤの参謀として、堅実に彼の支えになっていた。実際は裏で『ぷれいやぁ』の命を牛耳っていた、王ともあろうお方がね。『ビーチ』に潜入してオレ達といる事で、何を()()()()()()んだい?その辺に、アンタが『K(きんぐ)』として『げぇむ』を続ける所以があるかもしれないよね?」

 

「………価値が無い…義務でも責任でもない、君のその問いには、答える価値が無い」

 

「いいね。ようやく業務以外の言葉を口にしてくれたじゃん♪まあいいや、アンタも運営上の立場ってもんがあるだろうからね。プライベートな話はもう少し…()()()()()()後で、ゆっくりしようよ」

 

 そう言って俺は席に座って、足枷を装着した。

 他の3人も、空席に座って足枷を装着する。

 

「…天秤?」

 

 ダイモンが巨大な天秤を見上げながら口を開いたその直後、アナウンスが鳴り響く。

 

《参加者5人全員の着座を確認しました。これより、『げぇむ』を開始します。難易度『♢K(だいやのきんぐ)』。『げぇむ』『びじんとうひょう』》

 

「美人投票!?まさかこの5人でやるわけ?アタシの圧勝じゃね?」

 

「『美人投票ゲーム』…行動経済学における有名な実験だ」

 

 ダイモンが笑いながら言うと、アスマ(スーツの男)がここに来て初めて口を開いた。

 『美人投票ゲーム』。

 新聞投票で、複数の女性の中から誰が1番美人かを投票して、1位になった女性に投票した者に、賞品が与えられるというゲーム。

 株式投資は、この『美人投票ゲーム』に例える事ができる。

 

「株で利益を得る為には、自分が値上がりすると思う銘柄ではなく、市場参加者が最も好むであろう銘柄を深読みして選ぶべきだという考え方だ」

 

「はー、けどそれって要は心理戦じゃん?これっていつから『(はあと)』になったわけ?」

 

「チェスであれポーカーであれ、あらゆる頭脳戦もとどのつまりは、相手の手の読み合いじゃん?ただし読むのは相手の『心理』ではなく、『合理』」

 

「ゴーリ?」

 

「物は試し、まずは『るうる』を聞いてみようよ。『♢K(知能の王)』だか知らないけど、どーせオレよりバカなんだろ?」

 

 俺は、クズリューを見下しながら挑発した。

 クズリューは、相変わらずの顰めっ面だ。

 

《これより()()()、『るうる』の説明を行います。お手元のタブレットが、起動した事を確認して下さい》

 

 手元のタブレットを見ると、電源が点く。

 タブレットの液晶画面には、タイマーと、0〜100の数字が表示されていた。

 

《皆様には制限時間1分の間に、0〜100の整数の中から数字を1つ選んでいただきます。次に、全員が選んだ数字の平均値を出し、その平均値を0.8倍した数字に最も近い者が勝者となります。勝者以外の4人が1ポイント減点となり、これを1回戦とします。減点が10ポイントに達した時点で、その参加者は『げぇむおおばぁ』。最後に残った1人のみが『げぇむくりあ』となります》

 

「生き残るのは1人のみ…か。頼もしいはずの味方が、これで全員敵同士になったわけじゃな」

 

「つーかこんだけ?『げぇむおおばぁ』の内容も聞かされてないし、平均値とか0.8とかサッパリなんですけど?」

 

「『るうる』は以上だ。聞き逃しがなければ、次に進める」

 

「マジで簡潔なわけね。わかってきたよ、アンタの事が」

 

 クズリューが冷淡に言うと、ダイモンが顔を引き攣らせる。

 冷たいねぇ、これから『げぇむ』だってのにさ。

 

《最後に、この『げぇむ』は、脱落者が1人増える度に、新『るうる』を1つずつ追加いたします》

 

「ハァー?まだややこしくなんの?」

 

《一度に追加しない理由は、まずは皆様に『げぇむ』に慣れていただく為の配慮とお考え下さい。また、同様の理由から、最初の一回戦のみ『るうる』の理解と考察のために制限時間を5分といたします》

 

「やけに…親切なのね…」

 

 アナウンスを聞いたダイモンが、神妙な表情を浮かべて言った。

 …結局、天秤の説明はなしかよ。

 

《それでは、『げぇむすたあと』》

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ダイモンside

 

 『げぇむ』が始まると、タブレットのタイマーが動き出した。

 えーと、まずは何から考えりゃいいの?

 全員が0〜100の数字から1つ選ぶって事は、だいたい平均値は50でしょ?

 それに0.8をかけると…40?

 他に何か考える事あんのこの問題?

 あーもう、とりあえず40でいいや!

 

 私は、とりあえず40を押しといた。

 まだ1回戦だし、これでいいでしょ。

 『げぇむ』が進めばそのうち、攻略法も見えてくるだろうしさ。

 

 なんて考えながらふと『♢K(だいやのきんぐ)』を見ると、右足に足枷を装着していた。

 私は、右隣の金髪のオニーサンにコソッと話しかける。

 

「ちょっとオニーサン、見てよアレ!『♢K(だいやのきんぐ)』にもシッカリ足枷ついてやんの、アタシら4人に1人で張り合おうなんて、この『げぇむ』…随分『ぷれいやぁ』に有利だと思わない?」

 

「おしゃべりしてていいのかい?貴重な5分間なのに…この間にも他の参加者は、必死で戦略を練ってるよ」

 

 オニーサンがそう言うから他の2人を見ると、他の2人は何かをブツブツ言っていた。

 うわぁ、必死じゃん。

 

「あー、いいのいいの!アタシャ直感の人だから!こーゆーのはまず、やってみないとワカンナインだわ!」

 

「ハハッ、オレと同じだね♪」

 

 私が言うと、オニーサンが笑った。

 

「…さっきの話だけど、4対1。つまり『♢K(だいやのきんぐ)』の勝率は20%…これが一体何を意味するか?」

 

「どゆこと?」

 

「今、この国で生き残っている『ぷれいやぁ』と『今際の国』の国民の人口比が4対1だとしたら?『ぷれいやぁ』と国民…どちらかしか生き残れない全面対決で見た場合、4人の『ぷれいやぁ』を犠牲に1人の国民が生き残る命の価値を考えると、『♢K(だいやのきんぐ)』の20%という勝率は、公平の上で妥当なんだよ」

 

「コーヘイねぇ…そういや『るうる』理解の時間を設けたり、やけにそこにこだわってるね」

 

「『♢K(ヤツ)』の職業は弁護士…『げぇむ』会場は裁判所…そして巨大な天秤のオブジェ…弁護士バッヂの天秤の意味するものは…『公平』と『平等』…自身の命も含めて、全ての命の価値は平等…とでも、言いたいのかな…?何だか、神様みたいな言い分だよね♪」

 

「弁護士かよ…モロ商売敵じゃん。どーりで相性悪いわけだ…『秤はいつも、金が重い方に沈む』…連中の業界での皮肉だよ、命の価値なんて、同じなわけないじゃん」

 

 私がオニーサンとの話を終えた、その時だった。

 ちょうど1回戦の5分間が終わる。

 

 

 

《制限時間になりました。1回戦の結果を発表します》

 

 モニターに、私達が投票した数字が表示される。

 ベンゾー(オジーサン)が『30』、チシヤ(オニーサン)が『32』、『♢K(だいやのきんぐ)』が『29』、私が『40』、アスマ(オジサン)が『33』だった。

 待って、1番数字大きいの、私じゃん。

 皆そんなに低く予想したわけ?

 

《全員の平均値を0.8倍した数字は、26.24》

 

「26.24…?そんなに低くなんの!?」

 

「フム。イレギュラーな選択が数点…どこで計算式を間違えたか…」

 

「…あ、そっか」

 

 全員が私みたいに『40』を選べば、平均値に0.8をかけた値は『32』。

 そこまで読んで『32』を選んでも、全員が同じ読みで『32』を選べば、値はさらに低くなる…

 この『げぇむ』は、相手のゴーリ性をどこまで深読みできる…か?

 あのオニーサンが言ってた事は、こういう事か。

 

《1回戦の勝者、『♢K(だいやのきんぐ)』様》

 

 アナウンスが鳴った直後、天秤から『キュッ』と音が鳴る。

 そして天秤の蛇口からは、何かの液体が噴き出して、天秤の皿の中に注がれる。

 

「何だ…!?さ、酸…!?」

 

「恐らく、王水ではないかのう?『K(きんぐ)』だけに。金をも溶かす、極めて酸化力と腐食性の強い液体じゃ。…なるほど、敗者には一定量の王水が器に注がれ、それは10回で器を満たし、天秤が傾き『げぇむおおばぁ』。遺体は見るも無残な姿となろう。尤も、ワシの場合は、今より醜い外見になる事はなかろうがな」

 

「ハハ…たしかに…」

 

 オジーサンが笑いながら言ったから、私は思わず顔を引き攣らせた。

 そのままの意味か、それとも自分が生き残るって自信があるから言ってんのか…

 どっちにしろ、このオジーサンは、今より不細工になる事はないだろうね。

 

 

 

《2回戦を開始します。これより、通常『るうる』に従って、制限時間は1分間》

 

 2回戦が始まると、タイマーが動き出した。

 え…と、さっきの答えが26だったから、今度はそれに0.8をかけたらいんじゃないの?

 いや、でも皆が同じ事考えてたとしたら、深読みしてさらに0.8倍?

 相変わらず何考えりゃいいのか全然わかんねー!!

 こんな『げぇむ』で一体どんな戦略立てるってのよー!?

 

 

 

《2回戦の結果を発表します。勝者、『♢K(だいやのきんぐ)』様》

 

 私が悩んでいる間に、制限時間になった。

 『♢K(だいやのきんぐ)』以外の天秤には、王水が注がれた。

 

「何故『♢K(ヤツ)』にこうも遅れを取る…!?」

 

「それよりも…気になるのは、『♢K(だいやのきんぐ)』の読みの精度が、1回戦より上がってるじゃん」

 

「ウッゲー、さらに数字が下がってる!?このままドンドン小さくなるわけ?」

 

 このまま深読みし続けたら、3回戦、4回戦はもっと数字が小さくなる。

 これ…ひょっとして、最後は『0』を選べって事になるわけ?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アスマside

 

 …あの女の言う通りだ。

 合理的推測の回数が無限に大きくなると、値は0に収束する。

 つまり、最後には『全員が0を選ぶ』という戦略に行き着く。

 これがナッシュ均衡だ。

 

 しかし実際は、『0を選ぶ』という最も合理的な戦略を、誰も選択していない。

 その理由は、個人の持つ限定合理性がそれぞれ違うからだ。

 この『げぇむ』の勝者になる為には、相手の理解レベルを読む為に、相手が他人の理解レベルをどう読んでいるかまでの分析視野が不可欠になってくる…

 

 『♢K(あの男)』は…『ぷれいやぁ(オレ達)』全員の認知限界までもを複雑な計算式の中に入れ込んで、常に公式を書き換え続けて、精度を上げているというのか…!?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

チシヤside

 

 3回戦も、クズリューの勝ちだった。

 現時点での減点は、クズリューが0点、俺達4人が3点だ。

 

「ぬぅぅ…!!公式の改変が『♢K(ヤツ)』に追いつかぬ…!!読みは完璧なはずなのに…もう一度じゃ…!!」

 

 ジーサンが、さっきからずっと何かをブツブツ呟いている。

 多分…ジーサンには無理だよ。

 アンタは頭が良すぎるからね。

 自分の認知限界を基準に考えているうちは一生、バカの合理性は読めないよ♪

 

「ハァー!?何で5ォ!?」

 

 ダイモン(バカ)は、今回の結果を見て眉間に皺を寄せていた。

 しかしそんな事より、問題なのは…

 

 

 

《4回戦の結果を発表します。勝者、『♢K(だいやのきんぐ)』様》

 

 4回戦の勝者は、またしてもクズリュー。

 これでクズリューと俺達との減点は4点差。

 

「ぐぅぅ…!!止められん…!!」

 

 問題は、そこじゃなくて…

 

「とうとう…1にまで下がっちゃった…」

 

 …そう。

 このまま数字が小さくなると、ナッシュ均衡に突入する。

 全員が0を選べば、全員が勝者となりポイントは動かない。

 ナッシュ均衡が続けば、永遠に『げぇむ』は終わらない。

 …そろそろ、この流れを崩さないとね♪

 

「…………わかってきたよ…アンタが、()()()()()()()()()が…」

 

 

 

《制限時間になりました。5回戦の結果を発表します》

 

 モニターに、結果が表示される。

 クズリュー、ベンゾー、アスマの3人が『0』、ダイモンが『1』…そして俺が『100』だった。

 

《勝者、ダイモン様》

 

 唯一、『1』を選んだダイモンだけが勝った。

 

「アリャリャ?アタシが勝っちゃった…?」

 

「お…主…どういう事じゃ!?『100』を選んでも、勝者になる確率は0%じゃというのに!?」

 

「ナッシュ均衡とか、認知限界とか、戦略の逐次消去とか…皆小難しく考えすぎなんじゃない?そういうの頭痛くなってくるからさ、ぶっ壊してみたくなっちゃった♪これも一種の限定合理性ってヤツ?」

 

「……アハっ!」

 

 俺が言うと、ダイモンが笑った。

 他の2人は…理解できないって顔してるね♪

 

 

 

《6回戦の結果を発表します》

 

 モニターに、投票結果が表示される。

 今度はダイモンが『100』だった。

 …まあ、そう来ると思ったよ。

 

「なっ…!?今度は女が…『100』じゃとッ!?」

 

《勝者、チシヤ様》

 

 これで、俺とダイモンの減点が5点、クズリューが2点、アスマとベンゾーが6点。

 

「アタシャ金貸し屋だからね。貸すのは良くても借り作んのは嫌いなんだわ」

 

「互恵主義。これも一つの限定合理性♪」

 

 ダイモンが言うと、俺も笑みを溢した。

 相変わらず他2人は、俺達に振り回されてついてこられずにいる。

 2人が迷走しているうちに、制限時間になった。

 

 

 

《7回戦の結果を、発表します》

 

 今度は、俺が『100』を選んだ。

 ダイモンは、俺が『100』を選ぶと読んで、他の3人より大きい数字を選んだ。

 

「ま…た…100…!?なぜじゃああああッ!?」

 

《勝者、ダイモン様》

 

「あははっ!アンタならそう来る気がしたよ!アタシらアイショーいいじゃん!アッチの方も試してみる?あ、でも、1人しか生き残れないから、もう試せないのかー。きゃはは!」

 

 命懸けの勝負の最中に馬鹿げた発言をするダイモンを見て、他2人が呆気に取られていた。

 アンタらにはバカの友達いなさそうだから、俺達の合理性はわかんないだろうね。

 講義のサボり方教えてくる教授(バカ)とか、どれだけ冷たくあしらっても懲りずに絡んでくる先輩(バカ)とかさ♪

 

 

 

《8回戦の、結果を発表します》

 

 今度は、ダイモンが『100』を選ぶと読んだベンゾーとアスマが大きい数字を選んで自滅した。

 おかげで、『20』を選んだ俺とクズリューが勝った。

 

「なん…で…100じゃないのか…!?」

 

《勝者、『♢K(だいやのきんぐ)』様、チシヤ様》

 

「流石に2回目はシツコイよ。アタシもそこまでお人好しじゃないっつーの!ま、トーゼン彼もそれはわかってたみたいだけど」

 

 ダイモンは、俺の方を見ながら言った。

 俺は、クズリューに目を向ける。

 

 ここに来て、俺達の思考にしっかりついてくるなんて、やっぱり『♢K(アンタ)』は、この展開を予期してたんだね♪

 ナッシュ均衡は、自己犠牲でしか崩せない。

 そして、それに応じる者がいなければ、最初の犠牲者も報われない。

 命懸けの極限下でも、利他心は存在するのか?

 命は尊いのか?

 美しいのか?

 

 『♢K(アンタ)』は、計りたがってるんだろ…?

 命の価値を。

 

 度々混乱に晒されたベンゾーとアスマの思考は、迷走を極めた。

 再び場が本来の合理性を、取り戻しかけた時には……

 

 

 

《10回戦の結果を発表します。勝者、『♢K(だいやのきんぐ)』様。…ここで、減点が10に達した参加者が2名おられます。その2名は、『げぇむおおばぁ』》

 

 『げぇむおおばぁ』となったベンゾーとアスマの席の天秤が、王水の重みで傾いた。

 そして天秤の皿がひっくり返り、二人に大量の王水が降りかかる。

 

「ぐ…ああああ!!!」

 

「あひゃああああ!!!」

 

 二人は、聞くに耐えない叫び声を上げながら、真っ黒に溶けた。

 ベンゾーとアスマ()()()()()は、すっかりその原型を失っていた。

 

「ありゃりゃ…マックロ…」

 

 二人の遺体を見たダイモンは、目を見開いて顔を引き攣らせながら、顔を両手で覆い隠していた。

 

《脱落者が2名出た事により、新『るうる』を2つ追加します。それでは、11回戦を開始します》

 

「ウッゲー、一気に2つも…ついていけるか…!?」

 

《追加『るうる』。『2人以上が同数を選んだ場合、その者の選択は無効票』。『結果を四捨五入した数のピタリ賞が出れば、敗者のマイナスポイントは2倍』》

 

「ピタリ賞…ってのはわかるけど…同数を選べば無効票…?これってつまり…どうなんの…?」

 

 『るうる』の説明を聞いたダイモンが、疑問を口にする。

 なるほどね…

 これでもう、ナッシュ均衡は起こらないわけだ…

 

《尚、1回戦と同様、新『るうる』の理解の為に、11回戦の制限時間は5分とします》

 

 『るうる』説明が終わると、タイマーが動き出す。

 ダイモンは、頭を抱えて考え込んでいた。

 何だか静かになったものだから、俺はクズリューに話しかけた。

 

「なんだか…人数が減った途端に…静かになっちゃったね…退屈だから、オレと少しおしゃべりでもしない?」

 

「……何を、聞きたいんだ…」

 

「そうだね…例えば…アンタはどうして『今際の国』の国民になったんだい?今、この国にいる『ぷれいやぁ』達は、まるでアンタ達を憎むべき敵のように考えているけれど、アンタ達『今際の国』の国民も、かつてはオレ達と同じ『ぷれいやぁ』だったんだよね?アンタ達も今のオレ達のように、『でぃいらぁ』との戦いを征し、当時の絵札の『げぇむ』を全て『くりあ』して、今の立場にいるのだとしたら、()『ぷれいやぁ』と元『ぷれいやぁ』…これはもはや単なる『ぷれいやぁ』同士の殺し合い…敵と呼べる者はどこにもいない…結局、オレ達は皆、『今際の国』の奴隷…そんなとこだよね?」

 

 俺は、自分の仮説をクズリューに話した。

 クズリューは相変わらずの顰めっ面だ。

 

「ただ、オレ達(『ぷれいやぁ』)アンタ達(『今際の国』の国民)との違いがあるとすれば…?例えば『びざ』かな?国民だっていうくらいだから、アンタ達は『びざ』切れのレーザーに怯えずに暮らせる永住権を持ってるんだよね?そう、『ぷれいやぁ』の絵札の『げぇむ』全『くりあ』の報酬は、永住権。アンタ達(『今際の国』の国民)永住権(それ)を、この国で永遠に殺し合う権利を、()()()()()()()()()()。他にも()()()があったにも拘らずね。アンタ達を見ていると…どうもそんな気がしてならないんだ」

 

 俺が尋ねると、さっきまで無視を決め込んでいたクズリューがやっと口を開いた。

 

「世界の裏側を、自分の眼で見た事があるか…?わずか数円の下痢止めが買えずに死んでいく子供達。親の借金を肩代わりするために売られていく幼女。貧困再生産システムから逃れられない人々と、搾取システムを構築する多国籍企業…格差は途上国だけに留まらない。被害者より加害者を守る司法。精神の飢餓が齎すのは、自殺、子殺し…もはや救われるのは、1%の富める者だけだ。弁護士として永い間、そんな1%の利益を守る事に従事し、

人命軽視のはびこる現実(あの)世界の裏側を見続けるうちに…わからなくなったんだ…命の価値が」

 

「………そっか、優しいんだね…故にその高い知能が、アンタを苦しめてるわけだ…」

 

 何だか……()に似てる気がするな。

 優しすぎるが故に、高すぎる知能に苦しめられて、摩り切れて道を踏み外したあの人に。

 

《制限時間になりました。11回戦の結果を発表します》

 

 モニターに、投票結果が表示される。

 選んだ数字は、3人とも『1』だった。

 

「があーっ!!まさかのモロカブリー!!」

 

 ダイモンが、両手で顔を覆って大袈裟に叫ぶ。

 

「…ってか、この場合ってやっぱ…」

 

《全員が同数で無効票のため、勝者、なし》

 

 今回は全員が、-1ポイントとなった。

 これで俺は-9ポイント。

 …もう、後がなくなっちゃったね。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ダイモンside

 

「そっ…か、『♢K(だいやのきんぐ)』はカブってもヘッチャラなんだ……いや…」

 

 ヘッチャラどころじゃない…!!

 私達と3ポイント以上もリードしてる『♢K(だいやのきんぐ)』は…

 私とオニーサンが『げぇむおおばぁ』になるまでの残り3回を、全部()()()同票で無効にしても、リードを守ったまま勝てちゃうんだ…!!

 

 これって超、ヤバいじゃん!! 

 もう、『0』とか『1』とか狙いに行ってる場合じゃない…!!

 

《12回戦を開始します》

 

 とにかく『♢K(だいやのきんぐ)』と被ったら負けなんだ!!

 薄いけど唯一の望みは、『♢K(だいやのきんぐ)』とオニーサンが被る事に賭ける事…

 私が選ぶべきは、『2』〜『100』だ!!

 

 『2』とか『3』だと、ウッカリ被っちゃう危険もある。

 『2』〜『100』を選ぶなら、なるべくランダムな数字!

 そうよ、私はまだ-8ポイント。

 リーチのかかったオニーサンと違って、まだチャンスは残ってる!

 仮に失敗したって、先の事は次に考えればいいじゃん!

 

 ランダム…絶対に被らないランダムな数字…

 とにかくランダムな数字を選んで、まずはこの12回戦を凌ぐのよっ!!

 

 

 

《制限時間になりました》

 

 私は、数字が被らない事を…あわよくば『♢K(だいやのきんぐ)』とオニーサンが被る事を祈った。

 お願い、上手くいって…!!

 

《12回戦の結果を発表します》

 

 私は、恐る恐る顔を上げた。

 私は『62』、『♢K(だいやのきんぐ)』は『1』…そしてオニーサンは『23』だった。

 

《全員の平均値を0.8倍した数字は、22.93。勝者、チシヤ様。おめでとうございます。ここでピタリ賞が出ましたので、敗者のマイナスは、2ポイント》

 

 ………は?

 

「………ウ……ソ…?ウソ…ウソウソウソウソ… ウソウソウソウソウソウソ…こんなの、ウソだあーッ!!」

 

 嘘でしょ…!?

 何で…

 何でこの状況で、よりによって『23』なのよ…!?

 

「何で…『23』!?アタシが『62』を選ぶのをわかってて、ピタリ賞狙ったとしか思えない…!!そんなの…嘘よ!はっ、アンタ、アタシの答え見たんでしょ!?こんなの、反則よ!!でなきゃ、アタシの答えがわかるわけないじゃないッッ!!」

 

「………知らない事を人に聞ける…素直な人の特徴だよ。君はとても素直な人だ。そんな人間の限定合理性は、ランダムな数字に何を選ぶのかな?」

 

 そう言ってオニーサンは、飄々とした笑顔を浮かべる。

 

「オレと『♢K(だいやのきんぐ)』が潰し合う事に賭けた君は、『2』〜『100』のどれかを選ぶ事にした。徹底的に逃げに転じる事に決めたんだ。万が一にも誰かと同数になる事のないように、可能な限り無作為で規則性のない数字を選ぼうとするはずだよね?」

 

「それが……『62』だっての…!?99個もあんのよ!!そん中から1つを当てるなんて、エスパーでもなきゃできっこないわよ!」

 

「オレと『♢K(だいやのきんぐ)』が同数になるとしたら、『0』か『1』あたり、せっかく逃げるならなるべく遠くに逃げたくなるのが心情だよね。だったら前半は、極力避けとこう。かといって『90』〜『100』あたりも気持ち悪い。今度は極端に『0』と『1』から離れすぎてて目立つから、これも避けようか。ゾロ目は誰もが思いつきそうだからこれも外そう。『60』、『70』、『80』…キリのいい数字も同様だね。お次は嘘の538、人がとっさに数字を思い浮かべる時に、よく使われるのがこの3つだそうだ。容易に浮かぶ数字ってのは、逆に避けたくなるもんだよね。素数も外そうか。あまりに独立して規則性のない数字は、却って浮き出て見えるもの。無意識にでも避けちゃうよね」

 

 オニーサンは、私が1分間の間に思い浮かべた筋書きを語っていく。

 全部、読まれてたんだ……

 

「するとだんだん…見えてきた。あとはここからどれを外そう?…それは、オレ達の日常生活で見慣れた、容易に連想できる数字…『64』は某ゲーム機のCMなんかでしょっちゅう耳にするよね。『69』はまあ、言わずもがな♪『72』は3日間で時間を連想させる。映画のタイトルなんかにもなってたっけ。『76』はロゴで有名なルブリカンツ。流石にここいらが限界!最後はまぁ…運だよね♪」

 

 残った数字は、『62』か『74』。

 その2択の中から、オニーサンは私の選んだ数字を当てた。

 ……完敗、か。

 

《ここで減点が10に達した参加者がおられます。その参加者は、『げぇむおおばぁ』》

 

 アナウンスが、私の脱落を知らせる。

 オニーサンは、私が数字を2択まで絞ってたって思ってた。

 けどさ……

 

「…当たりゃあ、運…か。ところで…さ、ルブリカンツって……なに?」

 

 ……本当は最後まで悩んだ数字、もう1つあったんだよね。

 

「そんなの知らないから、『76』にしとけば良かったよ…」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 天秤が傾いて王水が降り注ぐ瞬間、私は元の世界にいた頃の事を思い出していた。

 私は元の世界で、親友を失った。

 

 あの子…ヤコとの出会いは、中学の頃だった。

 退屈な授業をサボって遊びに行く途中、クソダサ特攻服を着た同い年くらいの女の子が、三輪車を漕ぎながら当時流行ってたヤンキーソングを歌ってるのを見た。

 それが、元の世界での親友のヤコだった。

 

 出会った当初は、『普通ああいうのってバイク乗り回すもんじゃないの?』とか、『何で三輪車?』とか、『つーか特服ダサッ』とか、色んな思考がグチャグチャになって混乱した。

 ヤベェの見ちゃったと思って、見なかった事にして素通りしようとしたら、ヤコが話しかけてきた。

 私の服が可愛いとか、どこの中学通ってるかとか、肯定的な事ばかり話しかけられた。

 話してみたら、意外と趣味とかが合う事がわかって、ヤコとは割とすぐに仲良くなった。

 

「アンタさ、何で三輪車乗ってるわけ?そこはうるさくバイク乗り回すとこでしょ」

 

「ハァー?バイクブンブン乗り回したりなんかするわけねーだろ。近所迷惑だろーが。ウチの近所、ただでさえジジババがしこたま住んでて人口構成が逆ピラミッドになってやがるってのによ。これ以上寿命縮めてどーすんだべ?」

 

 蓋開けてみりゃ、不良というより、服装と言葉遣いが終わってる良い子ちゃんだった。

 あとスゲー頭良くて、何つーか…悪ぶってるくせに、ところどころに知性を感じた。

 これ、もうほぼただの優等生じゃね?

 

「このファッションがサザエさんみてーだとォ!?」

 

「そ、そんな事一言も…」

 

「うるせぇ…ウチの一張羅をバカにする奴がいると、ムカっ腹が立ってしょうがねぇ!!」

 

 …ごめん、優等生はウソ。

 他の不良シメてたりしてたし、やっぱヤバい奴だったわ。

 けど頭良くて意外と律儀な子が何で悪ぶってるのか、興味本位で聞いてみた事があった。

 何でも、アニキが天才だから親に比べられて、勝手に失望されて、そんで何もかも嫌になってグレたって話だった。

 

「幼稚園の頃から学術論文読んでたような脳ミソオバケに追いつけって?はいクソー!兄貴の頭が天才なら、親の頭は天災かっつーの!」

 

「何だよそれ、誰が上手い事言えっつったし!」

 

「「あっははは!」」

 

 私とヤコは、くだらない話をして笑い合った。

 だけどあの子は、中学の卒業式の日、改まって私に謝ってきた。

 

「ごめん、ヒナコ…遅かったかもしんないけどさ、ウチ…全力でやりたい事、やっと見つけたんだ。だから…もう、会えない」

 

「そ…っか……」

 

 私は、真面目に生きようとしてるヤコを止めなかった。

 連む仲間が減るのは寂しかったけど、いつかこうなる事はわかってた。

 根は真面目でいい子だったから、そのうちやりたい事見つけて足を洗うんじゃないかって、薄々思ってた。

 

 あの子は、夢を叶える為に医大に入った。

 それに引き替え私は、特に夢とかもなく、遊ぶ金欲しさに金貸しを始めた。

 バカだけどカネの勘定だけは得意だったし、悪知恵も働いたから、実際私に向いてた。

 ほとんど接点も無くなったけど、お互い楽しくやれてんならそれでいいじゃんって、思ってた。

 あんな事になるなんて、思わなかった。

 

 私がこの国に来る2年前、ヤコは自殺に失敗して病院で寝たきりになった。

 かろうじて命は取り留めたけど、いつポックリ逝ってもおかしくない容態だった。

 

 …何でよ。

 真面目に生きてたじゃん。

 臨床医になって、やっと夢に一歩近づいたって、喜んでたじゃん。

 自分の命を捨てる要素なんか、どこにも無かったじゃん。

 

 私は、あの子が自殺したなんて信じられなかったけど、それでも現実を受け止めた。

 だけどこの国に来る直前、意外な形で真実を知る事になった。

 ある日私は、クラブでバカ騒ぎしてる他の客の会話を偶然聞いた。

 ソイツらが話してたのはヤコの事だって、すぐにわかった。

 

「親父の名前を出しゃあ、オレの思い通りにならねぇ女なんかいねーっつーの!…あぁ、でも、1人だけいたなぁ。オレに逆らいやがったバカな女がよ」

 

「で?誰だよ、その命知らずの女ってのは」

 

「だいぶ前に捕まったヤブ医者の妹だよ。まあ、ウッカリ殺しちゃったけどな」

 

「うわ、マジかよお前!」

 

「だってしょーがねーだろ。あの女が兄貴のやらかしのせいで白い目で見られてたもんだから、オレの女になったら助けてやるっつったのによぉ。アイツ、拒否りやがったんだよ。そんでカッとなって追いかけたら、アイツが勝手に階段で転んで落っこちたってわけ。ま、カネと親父の権力がありゃあ、自殺って事にできちまったんだけどな!ザマーミロってんだ!」

 

 ……ハァー、結局世の中カネかよ。

 こんな商売してて言うのも何だけど、ホント嫌になってくる。

 

 カネがあれば、人殺しすら罷り通る。

 『秤はいつも金が重い方に沈む』とは、よく言ったもんだよ。

 人の命ってのは…吹けば飛んじゃう程軽いものだったんだね。

 

 あの子も……私も。

 

 

 

 ――バシャアアァァッ!!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

チシヤside

 

 ダイモンが、さっきの2人同様、王水を浴びて真っ黒に溶けた。

 俺は、眉間に皺を寄せながら、クズリューに話しかける。

 

「…相変わらず、虚しい…よね。こうしてまた1人、誰かが犠牲になっていく…大した価値のない、オレの命と引き換えに」

 

 いや…虚しいのは確か…

 『今際の国(ここ)』に来る前も同じだったっけか。

 

「アンタはよく、こんな『げぇむ』を続けられるね。オレもアンタのように、『今際の国(ここ)』に永住して、永遠に続く殺し合いの世界に身を置く事で…人間らしい感情を無くせば、今より楽になれるのかな…?」

 

「…………」

 

「それとも痛みは、増しただけかい…?」

 

「…そう、かもしれないな…」

 

「だったらもう、さっさと終わらせちゃおうよ…」

 

《脱落者が1人出た事により、新『るうる』を1つ追加します》

 

 一番元気があった彼女がいなくなった事で静かになった裁判所に、無機質な合成音声が鳴り響く。

 俺は、相変わらず顔の前で両手を組んで顰めっ面を浮かべているクズリューに向かって言った。

 

「人の命に興味が持てないオレと、自分の命にすら価値を見い出せないアンタとで、底辺の決着をつけようか」

 

 

 

 『げぇむ』『びじんとうひょう』

 

 難易度『♢K(だいやのきんぐ)

 

 13回戦 残り2名

 

 

 

 

 

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