最初のプロットでは、今の3割増しくらいの文章量があったんですが、何とか8話に収めました。
次回からすぺえどのきんぐ編です。
イバラside
「いい?ママはこれから、遠いところに行かなきゃいけないの。これからは2人で助け合って生きていくのよ」
私には、父親違いの弟がいた。
私も弟も、父親のわからない子供だった。
私達姉弟は、子供の頃に母親に捨てられた。
私が12歳、弟が5歳の頃だった。
別に、悲しくはなかった。
元々母は、弟が産まれる前から私に留守番をさせて毎日違う男とデートをしていたし、弟が産まれてからも、弟の世話を私に押し付けて、家にはほとんど帰らなかった。
弟も、面倒を見てくれない母より私に懐いていた。
私達を捨てたのも、ただ単に、男と遊ぶのに私達が邪魔になっただけだった。
私は、弟さえいれば寂しくなかった。
私達はその日から、叔父さんの家で暮らす事になった。
叔父さんは、初めのうちは優しかった。
私と弟に勉強机やおもちゃを買い与えてくれたり、休みの日は遊びに連れて行ってくれたりした。
だけど中学に上がったあたりから、肉体関係を要求されるようになった。
それだけじゃなくて、お酒が入った時は私や弟に暴力を振るうようになった。
あんな男に身体を差し出すなんて、屈辱でしかなかったけれど、あの男がいなかったら生きていけなかったから、私に拒否権はなかった。
「さぁてと。花江ちゃん。今日もオジサンと気持ちいい事しようか。騒いだら殺すからな」
「いやっ…!」
「ぐへへへ、ムカつく姉貴だったが、なかなかいい土産を残してくれたもんだ」
生きる為に、叔父に毎日犯された。
痛くて怖くて気持ち悪かったけど、弟がいたから、どんなにつらくても耐えられた。
「ね…姉ちゃんに触るなぁっ!!」
「うるせーぞクソガキ!!」
「ぎゃっ!!」
弟は、私を助ける為に、泣きながら叔父をポカポカ殴った。
その度に叔父は、まだ幼かった弟を何度も殴りつけて蹴りつけた。
「やめてぇ!!私が何でもするから!!譲治を許してあげて!!」
「ふん、わかってんじゃねぇか。だったらさっさとしゃぶれ」
私は、叔父が弟に暴力を振るう度に、弟を守る為に叔父に身体を差し出した。
夜が来る度に、弟を叔父の手の届かないところに逃がしてから、叔父の相手をした。
叔父は、私達の分のご飯を用意してくれなかったし、ご飯を買う為のお金も出してくれなかったから、学校の給食の残りを持ち帰って弟に食べさせていた。
学校では、貧乏を理由に男子からはからかわれ、女子からは無視された。
ろくに食事にありつけず、叔父の慰み者になる日々は、地獄でしかなかった。
弟がいなければ、私はとっくに自殺していたと思う。
だけど地獄の日々は、意外な形で終わりを迎えた。
叔父が事件を起こして逮捕されて、私と弟は施設で暮らす事になった。
暴力に怯える心配は無くなったけれど、私は弟を守る為に、できる事は何でもしなければならなかった。
弟を守る為に身体とメンタルを鍛えて、雑務を何でもこなした。
弟を守れる力を身につける為に、武道を始めた。
お金が必要だったから、年齢を偽ってアルバイトを掛け持ちした。
決して生きやすい日々とは言えなかったれど、いい事もあった。
施設で弟に友達ができた。
雀晴君と柊一君。
二人ともすごくいい子で、内気で人見知りの弟と仲良くしてくれた。
「譲治はいいよなぁ、あんなに美人で優しい姉ちゃんがいて」
「オレ、大きくなったら花江ちゃんと結婚する」
「じゃあオレも姉ちゃんと結婚する!」
「ずりーぞ!花江ちゃんはボクと結婚するんだよ!」
「こら、3人とも喧嘩しないの。皆仲良くね。ケーキ焼いたから、皆で一緒に食べよう?」
「「「わーい食べる!」」」
雀晴君と柊一君は、私を本当の姉のように慕ってくれた。
私も弟も、二人の優しさに救われた。
純粋に私を慕ってくれる子供達を見て、私は保育士になりたいと思うようになった。
高校卒業と同時に、私と弟は別の施設に移った。
私達が移った先の施設は、キリスト教系の孤児院だった。
私は、保育士になる夢を叶える為に、孤児院で院長の手伝いをしながら、資格を取る為の勉強に励んだ。
私と弟を引き取ってくれた院長がとてもいい人で、私と弟が大学に進学する為の資金援助をしてくれたばかりか、私に保育士としての仕事を教えてくれて、私の夢を応援してくれた。
「そろそろ皆学校から帰ってくる時間ね…皆の分のご飯作らなきゃ」
「花江さん」
「あら。貞次君、柚莉愛ちゃん。どうしたの?」
「あの…僕達にも、何か手伝える事ありませんか?」
「じゃあ、外に干してある洗濯物取り込んで畳んでくれる?」
「…うん、わかった!」
私がいた施設で暮らしていた貞次君と柚莉愛ちゃんは、私が忙しくて疲れている時にいち早く気づいて、私の手伝いをしてくれた。
二人ともいじめで不登校になって、施設に篭りっぱなしになってしまったと院長から聞かされていた。
貞次君はしっかり者で気配りができて、柚莉愛ちゃんはすごく頭が良くて、二人とも純粋でいい子だった。
二人だけじゃない。
施設にいる子達は、やんちゃだったり人見知りだったりしたけど、皆根はいい子達ばかりだった。
私は、社会に見放されて燻っていた子供達に、前を向いて生きていける大人になってほしかった。
私は、子供達の為に、できる事は何でもした。
子供達一人一人と向き合って強みを伸ばしてあげる為に、まずは私が何でもできるようにならなきゃいけなかった。
あらゆる学問、あらゆるスポーツ、あらゆる技能、あらゆる教養…考えうる全てをこなせるように、勉強や鍛錬に打ち込んだ。
寝る間も惜しんで血の滲むような努力をして、全て完璧にこなせるまで、頭に、そして身体に叩き込んだ。
出来ない事以外は何でも出来るのが、私の強みだから。
私は、子供達の得意な事や苦手な事を全て把握して、少しの変化も見逃さずに観察して、分析してノートにまとめた。
何十冊にもなったノートは、ボロボロになるまで何度も読み返した。
私が根気よく子供達と接しているうちに、皆少しずつ性格が明るくなっていった。
だけど、私一人なら、子供達の為にここまでできなかったと思う。
私があそこまでやれたのは、弟が私を支えてくれたからだった。
「姉ちゃんのおかげで、皆すごく明るくなったよな」
「譲治だって、色々手伝ってくれてたじゃない」
「いやいや、姉ちゃんがすごいんだって。もはや狂気だっつうの。普通、血の繋がった家族にすらあそこまでしねぇよ」
弟は、私の為に尽くしてくれた。
せっかく大学に入って自分の時間ができたのに、時間がある時は資格の為の勉強か、高齢の院長の介護か、孤児院の子供達の世話に充てていた。
アルバイトの稼ぎは自分の為には一銭も使わずに、私や院長、そして子供達の為に使うような優しい子だった。
『オレが姉ちゃんを幸せにする』って口癖のように言っていたものだから、『私の事はいいから好きに生きなさい』って言ったら、『姉ちゃんの為に生きるのが一番幸せなんだ』って平然と言ってのけた。
「姉ちゃんはさ、彼氏作ったりしないの?」
「彼氏?うーん…私にとっては、ここの子達が恋人みたいなものだからねぇ。考えた事なかったかな」
正直な話、恋人を作りたいと思った事は一度もなかった。
私にとっては弟や孤児院の子供達が全てだし、付き合いたいと思う男がいなかった。
私に声をかけてくれた人達は、皆いい人ばかりだった。
だけれど不思議な事に、誰に対しても興味が湧かなかった。
汚い私にはきっと、結婚して幸せな家庭を築くなんて、縁がなかったのかもしれないわね…
「そう言う譲治は?付き合ってる子いないの?」
「…いないよ、そういうのは」
「またまたぁ、譲治は男前だからモテるでしょ?私があなたのクラスメイトだったら、あなたみたいないい男、絶対放っておかないけど」
「姉ちゃん、オレは…」
「じゃあ、好きな人とかいないの?」
私は、弟に恋愛の話を振ってみた。
弟は、もう20歳にもなるのに、浮ついた話のひとつもなかった。
せっかく顔も性格もいいのに、内気で奥手な性分のせいか、女の子と手を繋いだ事すらなかったから、姉としては少し心配だった。
余計なお節介かもしれないけれど、もし気になっている子がいるなら、うまくいくようにサポートしてあげたいと思った。
「…いるよ。好きな人」
「え、誰?大学の子?それともバイト先?」
「姉ちゃんだよ」
弟は、頬を染めて俯きながら言った。
一瞬、混乱で頭の中が真っ白になった。
あり得ない可能性が一瞬頭に浮かんだけれど、『そんなわけない』とすぐにその可能性を頭の中で掻き消した。
きっと、私に本命を教えるのが恥ずかしいから、話をはぐらかそうとしているんだと思った。
「もう、照れちゃって。そんなに好きな子聞かれるのが恥ずかしかった?」
「…いや、本当なんだけど」
「えっ?」
弟は、いきなり私をベッドに押し倒してきた。
私の手首を掴んで顔を覗き込んでくる弟の目つきは、まるで肉食獣のように欲に燃えていた。
子供の頃は細くて小さくて弱かった弟は、見違えるようにがっしりとした身体つきになっていて、私が振り解けない程に力も強くなっていて、もうすっかり大人の男になっていた。
生まれて初めて、弟を怖いと思った。
「オレは、ガキの頃からずっと姉ちゃんの事が好きだった。姉ちゃんの事、姉弟として見た事なんて一度もない。一人の男として、誰よりも姉ちゃんを愛したい。他の女なんかいらない。姉ちゃんが欲しい。だからオレの女になれ、花江!」
弟は、私の服を破いてキスをしてきた。
私達は血の繋がった姉弟だから、恋人同士になっちゃいけない。
私は必死に抵抗した。
「ダメよ譲治!姉弟でこんな事しちゃいけないわ」
「何でだよ!汚ねぇオッサンにはヤらせてたくせに!何でアイツらは良くて、オレはダメなんだよ!?」
「それは…っ」
私だって、本当は身体を売りたくなんかなかった。
そう言いたかったけど、そんな事は口が裂けても言えなかった。
弟を守る為に、弟の生活費や学費を稼ぐ為に身体を売った事を認めてしまったら、弟はきっと自分を責めてしまうだろうと思ったから。
「チクショウ…!どいつもこいつも、姉ちゃんを物みてーに扱いやがって…!チクショウ、チクショウ…!!オレに力があれば、あんな奴等ぶっ飛ばしてやれたのに…!!オレの方が、姉ちゃんを好きなのに!!あんな奴等なんかより、オレの方が……!」
弟は、私が叔父のなすがままだった頃を思い出して、悔し涙を流していた。
私は、昔と変わらないままの、泣き虫だけど優しい弟を見て、思わず顔が綻んだ。
「まったくもう、泣き虫なところは昔から変わらないわね」
「姉ちゃん…」
「でも、ダメよ。姉弟だもの。それに、あなたみたいな若くて純粋な子に、こんな汚いオバサンは釣り合わないわ」
「姉ちゃんは汚いオバサンじゃない!強くて、優しくて、綺麗で、世界一素敵な女性だよ。姉ちゃんにとってはオレはただの弟かもしれないけど、オレには姉ちゃんしかいないんだよ」
私は、弟を説得して、何とか姉と弟の関係に持っていこうとした。
だけど弟は、私が思っていた以上に本気だった。
あんなにも熱心に口説かれて、私の為に泣かれて、私の中で必死に守っていた大事な何かが折れた。
「ふふっ、ホント…悪い男ね」
「っ…姉ちゃん」
「今夜だけは、あなたのお願いを何でも聞いてあげる。その代わり、皆には内緒よ」
その晩、私は弟に抱かれた。
まさか28にもなって、弟の筆下ろしをする事になるとは思ってもみなかった。
弟の涙に絆されてしまうあたり、私も相当甘い女だと思った。
今まで数え切れない程の男に抱かれてきたけれど、私を物扱いせずに、純粋に愛してくれたのは弟だけだった。
ぎこちなくて口数も少なかったけれど、今までの人生で最高のセックスだった。
弟に優しく求められて、私は浅ましくも快感に悶えて、何度も絶頂に達した。
弟の事を、好きになりかけてしまった。
「すごく綺麗だ…好きだ、花江…!」
「もうっ、『お姉ちゃん』って呼んでって言ってるでしょ?」
「ご、ごめん…そうだったね」
私はずっと、弟に『お姉ちゃん』と呼ばせるよう徹底していた。
何で頑なに『お姉ちゃん』って呼ばせようとしたのか、何で今まで言い寄ってきた男に興味を持てなかったのか、その理由がようやくわかった。
私も心のどこかで、弟を一人の男として見ていたんだと思う。
泣き虫で臆病なのに、私を守る為に震えながら必死で戦ってくれたところが、かっこいいと思った。
無理にでも『お姉ちゃん』って呼ばせないと、本当に弟の事を好きになってしまいそうだった。
「お、オレ…何て事を……」
弟は、私を抱いた後で、自分が取り返しのつかない事をした事に気がついた。
罪悪感に苛まれた弟は、泣きながら私に土下座してきた。
「姉ちゃん、ごめん!オレ、姉ちゃんに最低な事した!一生かけて償うから…姉ちゃんの事、何があっても全力で守るから…!だから、だから…!!」
「大丈夫。私はずっとあなたの味方よ。それより、早く服着て寝なさい。風邪を引くといけないわ」
私が頭を撫でると、弟は涙を拭いながら頷いた。
私が弟と付き合ってから、弟は今まで以上に私に尽くしてくれた。
私のちょっとした変化にもすぐに気づいて、何も言わなくても率先して私を手助けしてくれた。
私が弟と関係を持ってからしばらくして、院長が亡くなって、私が孤児院の院長を引き継ぐ事になったから、遺品の整理や引き継ぎの為の手続きで大忙しだった。
ただでさえ忙しいタイミングで、私が体調を崩した時は、私が今までやっていた事を弟が全部代わりにやってくれた。
そんなある日の事だった。
「こ、子供が…!?」
「うん。あなたの子供よ」
私は、弟の子供を妊娠した。
弟と関係を持ってから生理が来なくて、何だか熱っぽかったから、もしかしてと思って病院に行ったら案の定だった。
「……ごめん、姉ちゃん」
「何で謝るの?私との子供は迷惑?」
「そうじゃないけど…姉ちゃんに負担がかかるだろ?しかも、よりによってこの忙しい時期に…」
「私、産むから」
「えっ?」
「私の事、全力で守ってくれるんでしょ?だったら責任取って、一緒に育ててよ」
「もちろん…オレ、頑張っていい父親になるよ!」
弟は、その言葉通り、甲斐甲斐しく私の世話をしてくれた。
自慢の弟と、可愛い子供達…そして、私の中に宿った小さな命。
貧しかったけれど、大好きな人達と一緒に過ごせて、私は幸せだった。
新しい家族を待ち望む毎日は、希望に満ち溢れていた。
だけど幸せな時間は、永くは続かなかった。
「よぉ〜、久しぶりだなぁ。花江」
「っ…!?な、何で……」
「あ?何でって、迎えに来たんだよ。可愛い姪っ子が恋しくなったんでな」
子供達が寝静まったある日の晩、出所した叔父が私を迎えに来た。
叔父は私の知らない間に暴力団の構成員になっていて、私が子供の頃よりもガラが悪くなっていた。
本人が言うには、私の中学時代の同級生や施設の友達から、組の名前を使って家族を人質に私の情報を聞き出して、私が院長をしている孤児院を特定して、数週間前から私達の事を尾けていたらしい。
卑劣なチンピラがやりそうな手口だと思った。
「こんなボロい教会でガキ共と遊んでねぇでよ。オレと大人の遊びしようぜ?」
「いやっ…!」
叔父は、無遠慮に孤児院に上がり込んで、私の身体を撫で回してきた。
弟や子供達を守る為にどんなに体術を極めても、叔父の前では足が竦んで身体が動かなかった。
何年もかけて脳裏に焼き付けられたトラウマは、身体を鍛えたくらいじゃ払拭できなかった。
私の純潔を奪い、弟にも暴力を振るっていた忌々しい男。
叔父は、私のお腹の膨らみに手を伸ばすと、不機嫌そうに舌打ちをした。
「あぁ?何だテメェ、オレがいねぇ間にガキこさえてやがったのか」
「別に、何だっていいでしょ…叔父さんには関係ない…!」
「関係あるんだなぁ、これが。今日からお前はオレの女になるんだからよ。ガキの面倒見る気はさらさらねぇが、売ったらそこそこの金にはなりそうだなぁ。そしたら、こんな貧乏暮らしじゃ一生食えねぇような美味いもんでも食わしてやるよ。何が食いてぇ?寿司か?フォアグラか?ん?」
私の尻肉を揉みながら人として最低な発言をする叔父に、私は殺意を抱いた。
皆を守る為には、この屑男を殺すしかないと確信した。
だけど、その時だった。
「がっ…!?」
叔父の身体から、血が滴った。
叔父の背後には、弟が立っていた。
弟は、刃を上に向けた包丁を、叔父の背中に深々と刺していた。
「汚ねぇ手で姉ちゃんに触るな…殺すぞ」
弟は、殺意のこもった目で叔父を睨んだ。
私は、自分を恨んだ。
私が叔父に屈したせいで、優しい弟が手を汚してしまった。
私は、弟が私の為に代わりに復讐しようとしてるんだと思った。
でも、違った。
「譲治…!」
「姉ちゃん!今のうちに皆を連れて逃げろ!」
「でも…」
「いいから早く!!」
弟は、私が子供達を守ろうとしたように、私や子供達を守る為に叔父を刺した。
自分や私の復讐の為に手を汚したんじゃない。
手を血に染めても、やっぱり弟は優しい子だった。
「何してくれちゃってんだ、このガキャア!!」
刺されて逆上した叔父は、弟を殴った。
私の中で、地獄の日々がフラッシュバックした。
「このクソガキ!!育ててやった恩も忘れて、親に逆らいやがって!!だからオレは、引き取るのは花江一人で良かったんだよ!!お前なんか、引き取らなきゃ良かった!!ぶっ殺してやる、この恩知らずが!!」
「もうやめてぇ!!あなたの女になるから、弟には手を出さないで!!」
私は、弟を守る為に、叔父の気を引こうとした。
だけど、既に遅かった。
弟は、叔父に突進したかと思うと、叔父にタックルを仕掛けて、そのまま叔父の背中に手を回した。
「ッテメェ!?」
「言っただろ、何があってもオレが全力で姉ちゃんを守るって…!」
殴られて顔を腫らした弟は、死に物狂いで叔父にしがみついた。
「なっ…!?ふっざけんな、このクソガキ!おい、離しやがれ!!」
叔父が何度殴っても、弟は叔父を離さなかった。
弟は昔とは比べ物にならないくらい力が強くなっていて、叔父より弟の方が体格も良かったから、いくら叔父が暴れてもびくともしなかった。
弟は、叔父にしがみついたまま、バルコニーへと突進した。
嫌な予感がした。
私は、二人を追ってバルコニーに駆けつけた。
そこには、ボロボロになった弟と、みっともなく泣き喚く叔父がいた。
「譲治!!」
「おい、嘘だろ…?やめろ、早まるな!許してくれ!金か!?それとも女か!?お前の望むものは何でもやる!!だからやめ───
「愛してるよ、姉ちゃん」
弟は、私に微笑んだかと思うと、叔父を抱きしめたままバルコニーから飛び降りた。
駆けつけて差し出した手は、届かなかった。
聴くに耐えない醜い悲鳴と共に、二人の身体が真っ逆さまに落ちていく。
鈍い音が響いた。
下の階を覗き込むと、弟と叔父が、血の海の中に沈んでいた。
「嘘でしょ…!?こんなのいやっ…!いやああああああっ!!」
その後、貞次君が救急車を呼んでくれた。
だけど、既に遅かった。
弟も叔父も、即死だった。
弟が死んだ。
世界でただ一人、私が本気で愛した人が、逝ってしまった。
私のせいで。
弟を失って、初めて気がついた。
弟が私に依存していたんじゃない。
私が、弟に依存していたんだ。
私はきっと、私を慕ってくれた弟に恋をしていたんだと思う。
私には、もはや私の一部になっていた彼が巣立っていくのが、どうしても耐え難かった。
弟の事を想うあまり、無意識のうちに、私なしじゃ生きていけないように弟を支配していた。
それがあの子にとって、呪いになってしまった。
私なんかに構わずに、幸せに生きられたかもしれないあの子の未来を、私が奪った。
私が浅ましくも自分の為にあの子を束縛したせいで、あの子は死んだ。
私は、自分の寂しさを紛らわせる為だけに、誠実で優しかった弟を誘惑して、姦淫を犯して、挙げ句の果てに殺した、最低の女。
「ごめんね、譲治…ごめんね…」
私は、毎日弟に泣いて謝った。
弟を亡くしたショックで、今までできていた事が何もできなくなって、部屋に引きこもるようになった。
でも悲劇は、それだけでは終わらなかった。
「譲治のバラが萎れてる…手入れしなくちゃ…」
ある日、急に花壇の花の手入れをしたくなった私は、園芸用品を取りに行く為に1階に行こうとして、階段から足を滑らせた。
階段から転落して重傷を負った私は死産し、二度と子供を産めない身体になった。
それだけじゃなくて、左脚にも後遺症を負った。
弟に続けて、彼が遺してくれた子供までもが死んだ。
私が、殺した。
大事な家族を二人も殺して、もう生きてる意味もないと思った。
私がバルコニーから飛び降りて死のうとした、その時だった。
「ふぎゃあああ、うわあああん!」
赤ちゃんの泣き声が聴こえた。
振り向くと、泣いている赤ちゃんを抱きかかえた柚莉愛が立っていた。
「ママ、どうしよう…!あやめちゃんが、何しても泣き止まないの…!」
私は、泣いている菖ちゃんを見て、思わず涙を流した。
死んで何になる。
私が死んだら、この子達は路頭に迷ってしまう。
「大丈夫よ、大丈夫だから…」
私は、菖ちゃんの背中を撫でて泣き止ませた。
生きなきゃ。
いつまでも落ち込んでる場合じゃない。
私が、この子達を守らなきゃ。
次の日から、私は子供達に英才教育をするようになった。
私と同じ目には遭わせたくなかったから、もし大切なものを奪われそうになった時、逆に奪ってやれるくらいに強くなれと口を酸っぱくして教えた。
力の強い大人にも負けないように、頭の使い方を、身体の使い方を、徹底的に子供達に叩き込んだ。
叔父が所属していた暴力団の奴等は、当時敵対していた組織に奴等の情報をリークして、壊滅に追い込んだ。
私はただ、せめて子供達には、幸せになってほしいだけだった。
だけど、私が子供達を想ってやった事は、全部空回りした。
「うわ〜ん!!」
「立て!!泣けば許されると思うな!!」
「院長、あなたやり過ぎですよ!軍隊じゃあるまいし…!こんな事、亡くなった譲治さんは望んでいません!」
「譲治の話はするなって何度言えばわかるの!?私のやり方が気に入らないなら、出て行け!!」
私の過激な指導に反発した職員は去っていき、子供達も私を見限って去っていった。
最後まで私のところに残ったのは、貞次、柚莉愛、輝彦、菫、菖の5人だけだった。
「あなた達は、出て行かないの?」
「僕達が今日まで生きてこられたのは、ママのおかげだから…」
「ママは皆のためにあんなに頑張ってたのに…皆ひどいよ…!」
私のところに残った5人は、こんな私を本当の母親のように慕ってくれた。
私は、残ってくれた5人の事だけは、たとえ何があっても幸せにすると神に誓った。
ある夏の日、その日はちょうど柚莉愛の誕生日だった。
誕生日のお祝いをする為に、私は数日前からお誕生日会の計画を立てていた。
そして当日、私は子供達を連れて買い物に出かけた。
「皆、今日はユリアお姉ちゃんのお誕生日だから、特訓をお休みして皆で一緒にお買い物に行きましょう」
「やったあ、お買い物!」
私は子供達を連れて夜が明ける前に孤児院を出発して、高速道路に乗って東京に向かった。
行きの車で、皆はあれが欲しい、これが見たいと私にせがんできた。
そんな光景を微笑ましいと思った、その時だった。
空高く上がり弾ける巨大な花火を見たのは。
――ミーンミンミーン…
「…………え?」
『今際の国』滞在1日目。
菖以外の私達5人は、『今際の国』に迷い込んでいた。
私達はたまたま1日目に他の滞在者に会う事ができて、『今際の国』や『げぇむ』の事を聞いてから、その日の『げぇむ』に参加した。
私達が初日に参加した『げぇむ』は、『
バランス型の『げぇむ』の中では一番難易度が高い『げぇむ』だった。
私達はそれぞれの得意分野を最大限活かして協力し合って『げぇむ』を攻略したけれど、トラップに巻き込まれそうになった菫を庇った私は、右腕と左脚を失う重傷を負った。
それでも命からがら『げぇむ』を『くりあ』して、10日分の『びざ』を獲得した。
貞次と柚莉愛が手術をしてくれたおかげで生き延びたけれど、失った腕と脚ばかりはどうにもならなかった。
「すみません。あなた、元の世界で装具士だったそうですね」
「ああ、そうだが…」
「右腕と左脚を造ってほしい人がいるんです」
貞次は、私を車椅子に乗せて、装具士のもとへと連れて行った。
装具士は、私の義手と義足を作ってくれた。
幸い、『びざ』が切れるまで1週間以上あったから、それまでにリハビリを終える事ができた。
元通りとまではいかないけれど、それなりに動けるくらいには回復したと思う。
あの頃の私は、ただただ生き延びるのに必死だった。
けれど私達が『今際の国』に迷い込んで、3度目の『げぇむ』を生き延びた、次の日の夜。
私の中で心境の変化を起こした出来事があった。
「ママ、ちょっと来て!」
「あらスミレ、どうしたの?」
「いいから来て!」
菫が、私を夜の池に連れてきた。
そこには、幻想的な風景が広がっていた。
夜空には星が瞬いていて、池の周りの木々には蛍の大群が止まって、まるでイルミネーションのように木々を飾っていた。
「……綺麗」
「でしょ!」
私がポツリと呟くと、菫がパアッと笑顔を浮かべる。
私は、幻想的な風景を見て、思わず涙を流した。
「…ママ?」
広大な自然の中で光る蛍の大群を見て、私は世界の真理を直感的に悟ってしまった。
木々を照らす蛍は、あと1週間もない命だというのに、そんな事も知らずに一生懸命に光を放って生きている。
それは、私達も同じだった。
私達は、世界を動かす大きな流れのうちの、ほんの小さな一粒に過ぎない。
どんなに高く理想を持って生きようと、惰性で生きようと、幾万もの人を救った英雄になろうと、幾億もの人を殺した大罪人になろうと、人は誰しもが、大きな流れに乗って生きている。
この世界に生を受けた命のほとんどは、その流れに気づく事すらなく一生を終え、最後には天に帰っていく。
誰もその流れに逆らう事など出来ない。
私は悟った。
私達がどう生まれて、どう生きて、どう死ぬのかは、あらかじめ決まっていたのだと。
人は誰しもが、等しく世界の奴隷なのだと。
地球が太陽の周りを回って季節が巡るように、或いは小さな電子が原子核の周りを回って原子を構成するように、あらかじめ決められた流れに乗って、私達は生きているのだと。
それは、元の世界も、『今際の国』も変わらない。
それを悟った瞬間、何故だか心が軽くなった。
私は、決して逆らう事のできない宿命に絶望するでもなく、私の人生を勝手に決めた『何か』を恨むでもなく、ただただ、この世界を美しいと思った。
そして、決めた。
どうせ一生この世界の奴隷のままなら、命が尽きる瞬間まで、この『今際の国』を精一杯楽しもう。
後先なんか考えずに、今この瞬間を、全力で生きよう。
「よしっ…皆、旅をしよっか!」
私はその日から、子供達を連れて、『今際の国』を旅した。
見た事ないものを見て、感じた事ないものを感じて、思い出をたくさん作った。
命懸けの『げぇむ』すら、楽しいと思えた。
旅の途中でキューマ君達に出会って、すぐに仲良くなった。
ミラさん、クズリュー君、シーラビさんともひょんな事から意気投合して、一緒に『げぇむ』に参加するわけでもなく、早朝に皆で集まって談笑する仲になった。
『ねくすとすてぇじ』が始まったのは、私達がこの国に迷い込んで、100日目の事だった。
私は、子供達と一緒に『ねくすとすてぇじ』開催初日に『
『げぇむ』の内容は『どっぢぼおる』、『
生き残った方が『げぇむくりあ』、という内容だった。
私は、子供達と協力して『
「あ、アンタ達…よくも私の仲間を…!」
「何を仰っているのでしょう?あなた達か私達、どちらかが死ぬ。そういう『るうる』だったんだから、仕方ないですね」
『
最後の1人となった『
『
「人を殺して生き延びたって、幸せになんかなれないわよ。アンタ達も所詮は私達と同じ。人を殺して生きる道を選んだ。呪われろ!地獄に堕ちろ!」
『
無機質なアナウンスが鳴り響く中、私は奈落の底に落ちていく『
「地獄…か。行ってみたいものだわ。あの世界以上の地獄があるのなら」
《おめでとうございます。ただ今を持ちまして、
『ねくすとすてぇじ』開催8日目、私がキューマ君達と一緒に『
私は、ずっと前から、既に答えを出していた。
私はこの世界で、先の事なんか考えずに、ただこの瞬間を生きると決めた。
「私は…『手にします』」
私は、この国に残って、『今際の国』の国民となる事を選んだ。
後悔はなかった。
きっと私がこの決断をする事も、はじめから決まっていた事なのだから。
私が『今際の国』の国民になってから、何度目かの『ふぁあすとすてぇじ』。
私は、『今際の国』を楽しむ為に、『ぷれいやぁ』に扮して旅をしたり、『げぇむ』に参加したりしていた。
私はそこで、信じがたいものを目の当たりにした。
「すみませーん!!誰かいませんかーーー!?」
「え……?」
私はそこで、初めてヘイジ君を目にした。
ヘイジ君は、私の弟と瓜二つだった。
見た目も、声も、歩き方さえも、弟とよく似ていた。
一瞬、弟が生き返ったんじゃないかと錯覚する程だった。
どくん、と胸が鳴った。
弟にそっくりな男の子が、この国に迷い込んできた。
私は、それを見て確信した。
これが運命だったんだと。
私は、ヘイジ君とニーナちゃんが参加した『げぇむ』にこっそり参加した。
ヘイジ君は、初参加者にもかかわらず、怯えているニーナさんを助けて『げぇむくりあ』した。
この世界に、こんなに優しい人がまだ残っていたんだと、少し驚いた。
ヘイジ君は、心までもが弟にそっくりだった。
お人好しなところも、少し臆病だけど本当はとても勇敢なところも。
私が『今際の国』の国民である以上、彼を特別に助けてあげる事はできなかった。
だけどせめて、『ねくすとすてぇじ』が始まるまでは、生きていてほしかった。
私は、ヘイジ君達と別れた後、この世界で生きる色んな『ぷれいやぁ』に出会った。
「すみません。私、今この国の人達に取材をしているんですけど…受けていただけませんか?インタビュー」
「……いいけど。聞いてどうするの?」
誰も信用できずに、たった一人で毎日『げぇむ』を生き延びてきたヒヅルちゃん。
「死んではいけません。生きてさえいれば、どこかに希望があるはずですから…」
「…………」
若い女の子を『げぇむ』で殺したショックで、生きる希望を失っていたクリハラ君。
たまたまヘイジ君のいる街の近くにいた、この国で一番強い部類に入る『ぷれいやぁ』二人に目をつけた私は、何かが起こる事を期待して、二人を誘導してヘイジ君と出会わせた。
そして二人は、『げぇむ』会場でヘイジ君と出会い、ヘイジ君を助けて、一緒に『げぇむくりあ』した。
ヘイジ君は、ニーナちゃんが『げぇむ』で死んだショックで、自分を責めていた。
「チクショウ…何やってんだオレは…!!口先だけで、何もできねぇじゃねぇかよ…オレに、生きてる価値なんか無い…!!」
そんな事はない。
あなたは、もっと強くなれる。
それこそ、私達を倒せるくらいに。
だからあなたは、生きなきゃいけない。
たとえそれが痛くて苦しくて、残酷な道だったとしても。
「イバラ。あなたが気にしてた3人、『ビーチ』に入ったわよ」
「…そう。それは…面白くなりそうね」
ある日の事、ミラさんから、『ビーチ』の事を聞かされた。
ヘイジ君は、『ビーチ』に入ってから、見違えるように強くなった。
私は、ミラさんやクズリュー君から彼の話を聞くのが楽しみの一つになっていた。
そして、『ねくすとすてぇじ』開催7日目。
『
ヘイジ君に再会した瞬間、私の中での『答え』が、確信に変わった。
私は、彼と『げぇむ』をする為に、この国に来たんだ。
私は、彼に敗れて死ぬ、この瞬間を迎える為に生まれてきたんだ。
◇◇◇
「あなたが、私の好きだった人に似てたの…譲治っていうの…世界でたった1人の、私の弟だった…!あの子にだけは、私の分まで幸せになってほしかった…!」
私は、泣きながら今まで感じた事、思ってきた事をヘイジ君に打ち明けた。
真剣に命を奪り合った相手だからこそ、抱えてきたものを全て打ち明ける事ができた。
すると、全てを理解したヘイジ君が口を開く。
「だから、赤いバラだけ無かったのか」
ヘイジ君は、教会の裏の花壇のバラの話をした。
私が子供達と一緒に花を植えた花壇には、いろんな色のバラがあったけれど、赤いバラだけは植えなかった。
植えられなかった。
「…植えるわけにはいかなかったのよ。だって…」
――皆、自分で植えたお花はちゃんと自分でお世話するのよ。
――はーい!
私の育った孤児院には、入居している子供達が全員一人一人自分の好きな花を庭に植えて、孤児院を出て行く時まで自分で世話をするという決まりがあった。
自分で花を育てる事で命の尊さを学んでほしいという思いと、野に咲く花のように強く気高くのびのびと生きてほしいという思いから、先代の院長が決めたルールだった。
――姉ちゃんは白いバラにしたんだ。
――うん。白が好きなの。
――ふぅん。オレだったら、この色にするかな。
弟が選んだのは、赤いバラだった。
その日から赤いバラは、私の中で『特別』になった。
――わー、すごい!これ全部イバラちゃんが育てたの?
――いいえ。子供達と一緒に育てたのよ。
――何それメッチャ微笑ましいんだけど♪それにしても…ここまで綺麗に育てるの、大変だったんじゃない?あ、写真撮ってもいい?
私達が『今際の国』の国民になってからしばらくして、私はアヤカさんを庭園に案内した。
庭園では、私達が食べる野菜や果物の他に、花も育てていた。
元の世界での先代の院長が決めたルールを受け継いで、私も子供達と一緒にこの世界で花を育てる事にした。
メジャーな品種から育てるのが難しい希少な品種まで、色んなバラを揃えたバラ庭園に来たアヤカさんは、ある事に気付いた。
――……ねぇ。何で赤いバラだけ無いの?
アヤカさんは、庭園に赤いバラだけ無い事にすぐに気付いた。
バラといえば真っ先に思いつく色は赤だから、赤いバラだけ無いのが不思議だったという。
――赤は、特別だから…ここには、植えたくなかったの。
――…ふぅん。……ねぇ、どんな人だったのかって、聞いてもいいのかしら?
察しのいいアヤカさんは、私が赤いバラだけ特別扱いしている理由を、恋人絡み…それも相手が故人だという事をすぐに見抜いた。
私は、少し考え込んでから、アヤカさんの気に入りそうな答えを満面の笑みで言った。
――今まで抱いた中で、最高にいい男♡
「だって…赤は、譲治の色だから…」
赤は、あの子の色だから。
死の恐怖と絶望に満ちたこの世界には、あの子の好きだった花は植えたくなかった。
ヘイジ君に想いを伝えた直後、タイマーが0になった。
「もう時間…か。貞次…ごめんね、私…負けちゃった。ユリア、輝彦、スミレ……最後まで、私についてきてくれてありがとう。守ってあげられなくて、ごめんね…」
◆◆◆
ユリアside
とうとう制限時間になった。
直前になってヒエンが戻ってきたけど、もう遅かった。
『いす』に座れなかった私とヒエンは、『げぇむおおばぁ』が確定した。
「お姉ちゃん……」
「ごめんね、スミレ…私達はもう、ここまでみたい…先に逝くわ」
私は、ただ一人、『いす』に座る事ができたスミレの頬を撫でた。
するとマヒルが私に話しかけてくる。
「……本当に、悔いは無いのかい…?」
「野暮な事言うのね。私達は今まで、ママのお陰で生きてこられた。それだけで、充分よ」
悔いが無いかなんて、聞くまでもない。
元の世界では、多くの子供達がママを見限って孤児院から出て行ったけど、私はママから受けた恩を忘れない。
ママは譲治兄さんが死んでから私達に厳しくなったけど、ママが厳しくも愛情を持って私達に接してくれたおかげで、私はこの碌でもない国で生き延びられた。
ママならこの国に残る事を選ぶだろうと思ったから、私もママにもらったものを返す為に、この国に残る事を選んだ。
「ヒヅルちゃん。最期に、オレと真剣勝負をしてくれてありがとな。キミと全力でぶつかり合えたから、死んでも悔いはないよ」
「…こっちこそ、オレに応えてくれてありがとう」
「ははっ。やっぱりオレ、キミが好きだ!」
ヒエンは、ヒヅルちゃんに笑顔で話しかけた。
ヒヅルちゃんは、右眼から一粒の涙を零していた。
…不思議なものよね。
勝った方が泣いて、負けた方が笑ってるなんて。
もし『ぷれいやぁ』と国民の関係じゃなければ、この2人が親友になれた未来もあったのかもね。
…なんてね。
お喋りが過ぎたわね。
敗者は去るのみ。
最期は笑って、この世とさよならしなくちゃ。
「さようなら」
◆◆◆
ヘイジside
制限時間になって、イバラの『げぇむおおばぁ』が確定した。
イバラが思い出したように言った。
「あ…そうだ。ヘイジ君に伝えたい事があったの。私…実は、もう1人娘がいるの」
「…えっ?」
「アヤメっていうの。もしどこかで彼女に会ったら…伝えておいて下さい。『私達の分まで幸せになってね』って」
何、言ってんだよ…
何でそんな事、今言うんだよ。
せっかく、割り切ろうとしてたのに…
そんな事を言われちまったら、俺…
アンタに、生きてほしいって思っちまうじゃねぇかよ。
《制限時間になりました。ここで、『いす』に座れなかった方がおられます》
無機質なアナウンスが、鳴り響く。
そんな中イバラは、最後に言い残した事を俺に伝えた。
「それじゃあ…私、行くわね。外は寒くて危ないから、気をつけるのよ」
「ああ」
「…ご飯、ちゃんと食べてね」
「…ああ」
「あんまり無茶な事、しちゃダメよ」
「…ああ」
「仲間を、大事になさいね。互いに命を預けられる仲間に巡り会えるのなんて、これで最後かもしれないから…」
「……ああ」
「……我らが父よ。どうかこの者達を、守りお導き下さい。願わくば、彼等の行く末に、光がありますように」
俺が頷くと、イバラは俺の手を取って祈りを捧げた。
一瞬だけ、俺の亡くなった母さんが、重なって見えた。
《その方は、『げぇむおおばぁ』》
どうにも、ならねぇのかよ…
俺がこの世界の不条理を憎みかけた、その時だった。
「ヘイジ君!」
イバラが、俺に話しかける。
イバラは、帽子を脱いで髪を解いてから、俺に微笑みかけた。
「人生、痛くて苦しい事ばかりだけれど…生きてさえいれば、どこかに救いはあるはずだから…だから、生きて」
「……ああ。
俺は、微笑みかけたイバラに返事をした。
思わず、涙が溢れ出た。
イバラは、涙を流しながら満面の笑みを浮かべていた。
その次の瞬間だった。
――ピィン!!
――ズッ…
――ドサッ…
レーザーで身体を貫かれたイバラが、力無くその場に倒れ込んだ。
それと同時に、あと2本のレーザーが、森のどこかに降り注ぐ。
イバラの帽子についていた2輪のバラのうち1輪に、イバラの血が跳ねて赤く染まる。
帽子の上で、赤いバラと白いバラが寄り添い合って咲いているように見えた。
俺は、イバラの帽子を拾い上げて、彼女の胸の上に置いた。
散々『ぷれいやぁ』の命を奪ってきた奴だと分かっていても、彼女の人となりを知ってしまったら、寄り添わずにはいられなかった。
俺がせめてイバラが安らかに眠れるように祈った、その時だった。
《今回は、生存者が1名以下となったチームがございます。そのチームの皆さんは、『げぇむおおばぁ』》
森のどこかで、さらにもう一本のレーザーが降り注ぐ。
『
残っているのは、俺達のチームだけだ。
《参加チームが最後の1つとなりました。『げぇむくりあ』。『げぇむくりあ』》
教会の上に浮かんでいた飛行船から吊り下げられていた幕の表示が、『
そしてその直後、飛行船が内側から爆発し、炎を上げながら森のどこかへと墜落した。
俺は、目に溜まった涙を拭ってから、『げぇむ』会場を後にした。
『げぇむ』会場の敷地を抜けると、そこにはマヒルさん、ヒヅル、クリハラさんの3人がいた。
「あれ…?ダイナは?」
「『びざ』受け取って、勝手にどっか行った。『やっぱ『
俺が尋ねると、ヒヅルがそっぽを向いて答える。
「マヒルさんは、これからどうするんですか?」
「僕は、しばらく彼と一緒に行動する事にしたよ」
俺が尋ねると、マヒルさんはクリハラさんを指した。
「2人で話し合って決めたんだ。お前らはどうしたい?」
クリハラさんが尋ねるので、俺はヒヅルと顔を見合わせた。
クリハラさんはきっと、ネズミ達やアンさん達と合流するつもりだろう。
本当は俺も一緒に行くべきなんだろうけど、今はどういうわけか、そういう気分じゃなかった。
「オレは…しばらく別行動でいいですか?何だか今は…この国に迷い込んだ時の場所に、戻りたい気分なんです」
「オレも…同じ事思ってた」
俺が言うと、ヒヅルもコクリと頷く。
「じゃあ、しばらくはお別れだね」
「お前ら、絶対死ぬなよ」
マヒルさんとクリハラさんは、ネズミ達が待っているであろう場所へと先に向かった。
俺も、ヒヅルの手を取って歩き出す。
「オレ達も行こうか」
「…うん」
───今際の国滞在三十三日目
残り滞在可能日数
北句平治 94日
小鳥遊火鶴 143日
栗原鳳正 37日
大那智秋 24日
『ねくすとすてぇじ』開催7日目
『げぇむ』 残り2種
『ぷれいやぁ』 残り75人