Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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すぺえどのよん

ヘイジside

 

 俺とニーナは、『げぇむ』会場に足を踏み入れた。

 今回の『げぇむ』会場は、地下鉄の駅だ。

 俺達が会場に着いた頃には、既に何人かの参加者が集まっていた。

 1、2…今参加してるのは、俺達も含めて13人か。

 ふと頭上のモニターを見上げると、モニターに表示されたタイマーがカウントダウンをしている。

 

 

 

ーーー

 

エントリー数 無制限

 

制限時間 180分

 

賞品 なし

 

エントリー受付終了まで

 

00:01:40

 

ーーー

 

 

 

「もう結構人が集まってますね…」

 

「ああ」

 

 俺は、他の参加者達に目を向ける。

 他の参加者達は、『げぇむ』に向けて気を引き締めていた。

 

「フッ…フッ……」

 

「シッ…シッ…!」

 

 中には筋トレをしている人や難しそうな本を読んでいる人、精神統一をしている人なんかもいた。

 皆、自分なりに『げぇむ』の対策をしているみたいだ。

 今回は、ほとんどが『げぇむ』経験者みたいだな。

 

「ククク…私の脳細胞にかかれば、『くりあ』できない『げぇむ』など皆無」

 

 …何かすげぇキャラ濃い人もいるな。

 俺が何となく他の参加者を観察していた、その時だった。

 

「ふわぁあ…眠っ」

 

 深く帽子を被り、スケボーを脇に抱えた男の子が、大きなあくびをした。

 見たところ、中学生くらいだろうか。

 女の子みたいに可愛らしい顔立ちをした美少年で、現実離れした赤い瞳を持ったツリ目をしていて、右目の下にホクロがあるのが特徴的だ。

 俺達と同じようにアウトドア用の服装をしている。

 

 この状況であくびって…

 よっぽど肝が据わっているのか、それとも状況を理解していない初参加者か…

 …多分後者だろう。

 

「ヘイジさん、あの子…」

 

「…ああ」

 

 この『げぇむ』は子供には酷すぎる。

 しかも初参加者なら尚更だ。

 あんな小さい子が何もわからないまま『げぇむ』で命を落とすのは、何だか可哀想だな…

 何とかあの子が『くりあ』できるように、サポートできればいいんだが…

 

「ねえ」

 

 俺とニーナが男の子を心配していると、男の子が立ち上がって俺達に話しかける。

 

「そこの2人。さっきから何?人の事ジロジロ見て」

 

「あ、ごめん…」

 

 見過ぎた…

 すげぇ気まずい…

 男の子が、俺達の格好を上から下まで見て話しかけてくる。

 

「…アンタらさ、何できる人?」

 

「えっ?」

 

 『何できる人』…?

 どういう意図で質問してるんだろう?

 

 この質問をしてくるって事は、初心者じゃないよな。

 …もしかして俺達、試されてる?

 

「え…っと…」

 

「まだ『げぇむ』の内容がわからないから何とも言えないけど…『くりあ』する為にできる事は、やるつもりだ」

 

「…ふーん」

 

 俺が少し戸惑いながら答えると、男の子はポケットに手を突っ込んだ。

 男の子は、今度はニーナに目を向けてじっと見る。

 

「な、何…?」

 

「……別に。ま、頑張って」

 

 男の子は、スタスタとどこかへ歩いて行った。

 冷たいな…

 …いや、この状況で人に優しくするなんて無理な相談か。

 本当はああ振る舞うのが正解なのかもしれない。

 

「あれ…?もしかして、あの子……」

 

 ニーナが何かを言いかけた、その時だった。

 エントリー締め切り直前に、ギャルっぽい女性が駆け込んできた。

 

「あ〜良かった!このまま誰にも会えなかったらどうしようかと〜!」

 

 ギャルっぽい女性は、『げぇむ』会場に駆け込んで安堵のため息を漏らす。

 だが緊張感を漂わせた他の参加者を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「えっ、何…?このカンジ」

 

 この人…初参加者だな。

 この前までの俺と同じだ。

 一瞬、前の『げぇむ』の参加者が言っていた『初心者は足を引っ張る』という言葉が頭をよぎったけど、俺だってこの前までは初参加者だったんだ。

 見捨てる事なんてできない。

 

「生き残りたかったら、オレが今から言う事を落ち着いて聞いてくれ。アンタは、命懸けの『げぇむ』に参加しちまったんだ。一度『げぇむ』会場に足を踏み入れたら、二度と『げぇむ』会場からは出られない」

 

「は?」

 

 俺が説明しても、初参加のギャルはいまいち状況を理解できていない様子だった。

 

「これから『げぇむ』の説明がある。注意してよく聞くんだ」

 

「え、『げぇむ』って何?イミわかんないんだけど。つーかアンタ誰?」

 

 ダメだ、このままじゃ埒が開かない。

 やっぱり、他の参加者みたいに、初参加者には非情になるべきなのか…?

 なんて考えていると、アナウンスが鳴り響く。

 

《エントリーを締め切りました。『げぇむ』の時間です。難易度『♠︎4(すぺえどのよん)』》

 

「『♠︎(すぺえど)』の…」

 

「4…!!」

 

 クソっ、よりによって『♠︎(すぺえど)』かよ…!

 ニーナは大丈夫か…?

 

「は?えんとりぃ?スペード?何の話?」

 

 ギャルは、事の重大さを理解できていないようだった。

 …まあ、理解できないのも無理はない。

 今はそれより…

 

 

 

ーーー

 

げぇむ 『ぶらざぁず』

 

るうる

 

・『よんばんでぐち』を目指しましょう

・『てき』や『わな』によく注意すること

・制限時間内に『よんばんでぐち』から外に出る事ができれば『げぇむくりあ』

・制限時間内に『よんばんでぐち』から外に出る事ができなければ『げぇむおおばぁ』

 

ーーー

 

 

 

 『るうる』説明のもう一つの画面にはデジャヴを感じるドット絵の映像が映り、会場に設置されたスピーカーからはこれまたデジャヴを感じるポップな音楽が流れる。

 この映像といい、音楽といい、『げぇむ』の『るうる』といい、これって完全にアレだよな…?

 これ、どっかから怒られるぞ。

 

「え、これスパマリじゃんスパマリ!アタシスパマリちょー得意だぜ!?」

 

「うるせえな…」

 

 ギャルがはしゃぐと、他の参加者が苛立ちを露わにする。

 そんな中、さっきの男の子がポツリと呟く。

 

「何で『げぇむ』のタイトルが『ぶらざぁず』なんだろう」

 

《『るうる』の説明は以上です。それでは、『げぇむすたあと』》

 

 スタートと同時に、モニターのカウントダウンが始まる。

 別のモニターには、矢印が表示される。

 …この矢印通りに進めって事か。

 俺達は、ゴールに向かって一斉に走り出した。

 

 やっぱり、体格の良い人達が前を行ってるな。

 こういう体力勝負のやつは、運動経験あると無いとで天と地ほど得意不得意が分かれるからな…

 なんて考えていた、その時だった。

 

「なっ!?」

 

 男の子が、スケボーに乗って俺の横を通り過ぎた。

 うっそだろ…!?

 アレ、アリか!?

 …ああ、いや、『げぇむおおばぁ』になってない時点でアリか。

 持ち込みは禁止されてないしな。

 

 男の子はそのまま先頭集団の後ろをピッタリとくっつくようにスケボーを走らせた。

 すると、俺の後ろを走っていた白衣の中年男が急にペースを上げる。

 

「クソッ…こうなったら…!」

 

 白衣の男は、俺を追い越してスケボー少年を追いかける形で走った。

 そして後ろからスケボー少年に話しかける。

 

「なあ、ボクちゃん。そのスケボーカッコいいね」

 

「………」

 

「おいおい、無視はねえだろ?後で助けてやるから、乗っけてくれねえ?」

 

 白衣の男は、何かスケボー少年に話しかけていた。

 交渉でもしてるのか…?

 するとスケボー少年が口を開く。

 

「…オジサン。アンタ、何できる人?」

 

 スケボー少年が尋ねると、白衣の男は何かをスケボー少年に耳打ちする。

 するとスケボー少年は、スピードを落として白衣の男に話しかける。

 

「面白いじゃん。OK、後ろ乗んな」

 

「へへっ、恩に着るぜ」

 

 スケボー少年が言うと、白衣の男がスケボーに乗る。

 二人はそのまま、先頭集団にくっついて走った。

 

「ニーナ、大丈夫か?」

 

「はい…!」

 

 俺は元陸上部だったから先頭集団に行こうと思えば行けるが、ニーナを置いていくわけにもいかないのであえてペースを落として走った。

 ニーナは、何とか俺の後ろを走ってきていた。

 ちなみにさっきのギャルは、なかなかに足が速く、先頭集団のペースについて来れていた。

 だけど、走り始めてから20分を超えたあたりから、他の参加者のペースについて来られない参加者が出始める。

 

「ゼェ…ゼェ…ゼヒュッ…ゼヒュッ……」

 

 さっき濃いキャラを出していたインテリ系の人は、全身からあり得ない量の汗を流し、ゼエゼエと息をしていた。

 身体を鍛えてなさそうだったからもしやと思ったんだが、やっぱり『♠︎(すぺえど)』はからっきしだったようだ。

 それでも何とか全員が『1』と書かれた貼り紙が貼られたエリアまで走り終える。

 するとだ。

 

「おい…曲のテンポが速くなってねぇか?」

 

「うん」

 

 スケボーに乗っている二人が言うように、さっきよりも曲のテンポが速くなった。

 

「ゼェッ…ハヒッ…ゼヒュッ…!」

 

 インテリ系の人は、もはや死人のような顔色をして走っていて、俺達の走っている集団から大幅に引き離された。

 その直後、ウィィィィンと機械音が鳴り響いたかと思うと、床から丸鋸が飛び出す。

 いきなり飛び出してきた丸鋸は、インテリ系の人の右脚を切断した。

 

「ぐぁああああああっ!!!」

 

 丸鋸で足を切断された参加者は、悲鳴を上げながら悶絶する。

 その間にも、第二、第三の鋸が参加者に迫り、参加者の身体を切り裂いた。

 

「うわ、グッロ!?何あれ!?」

 

「『げぇむおおばぁ』になるとああなる。死にたくなかったら走れ!」

 

「マジかよ…あんな殺され方すんのかよ…!?」

 

 後ろで殺された参加者を見て、ギャルはようやく状況を理解したのか、周囲を警戒しながら走り続ける。

 俺達は、後ろから次々と迫ってくる丸鋸から逃げるように走った。

 

「何で前の奴等にピッタリくっついて走ってんだ?」

 

「んー?肉壁」

 

 スケボーに乗った二人が、ちょうど先頭の参加者の背中にピッタリとくっつく形で走っていた。

 今度は、正面から矢が飛んでくる。

 

「ぎゃっ」

 

「がべぁっ」

 

 先頭集団の何人かは、正面から飛んできた矢で射抜かれて脱落した。

 スケボーに乗った二人は、先頭集団が盾になっていたおかげで、矢が当たらなかった。

 

「うわ、やば」

 

「…確かに、前に出過ぎないで正解だったな」

 

 一気に3人脱落すると、流石にスケボーに乗っていた二人にも緊張感が走る。

 これで生存者はあと11人…

 

「あ゛ぁっ!!」

 

 俺が矢を避けながら走っていると、正面から飛んできた矢がニーナの肩に掠る。

 

「ニーナ!!」

 

「だ、大丈夫…です…!」

 

 俺はニーナを心配してペースを落としたが、ニーナはハンカチで肩を縛って走り続けた。

 だけどその直後、ニーナは床に仕掛けられたトラップを踏んでしまい、トラバサミに左足をとられる。

 トラバサミの歯がブーツを貫通して足首に食い込み、ニーナは激痛のあまり叫び声を上げた。

 

「あ゛ぁああっ!!」

 

「ニーナ!!」

 

「うぅ…!」

 

 ニーナは、トラバサミに足をとられて足を止める。

 俺がニーナを助けようとすると、他の参加者が俺に向かって怒鳴る。

 

「おい、バカ!何足止めてんだ!走れ!」

 

「ダメだ!ニーナを置いていけない!」

 

「『♠︎(すぺえど)』は、人数が減れば減るほど『くりあ』が難しくなる!怪我人に構って足止めてちゃ、他の生存者全員に迷惑がかかるんだよ!!」

 

「……!!」

 

「誰も『よんばんでぐち』に辿り着けなきゃ、アンタもその子もまとめて死ぬんだぞ!置いていけ!それが最善だ!」

 

 そう言って、その参加者は先に走っていった。

 ここでニーナを助けて一緒に走ったとしても、二人とも『くりあ』できる保証なんてどこにもない。

 でも…だからって、ここで置いていくなんて事…

 

「ヘイジさん…先、行っててください…!必ず、追いつきますから…」

 

 ニーナは、肩で息をしながら言った。

 この子は、とっくに覚悟を決めてたんだ。

 …覚悟が足りてなかったのは、俺の方だ。

 

「…っ、絶対後で迎えに来るからな…!」

 

 俺は、ニーナと約束して先に進んだ。

 他の参加者達を追って走ると、ようやく背中が見えてきた。

 俺がニーナを助けようとしていた時も脱落者が出たらしく、走っている参加者は俺を含めて9人にまで減っていた。

 

 しばらくして、『2』と書かれた貼り紙が貼られたエリアが見えてくる。

 …何だ?このエリア、やけに床が傾いているような…

 なんて思っていると、ゴゴゴ…と何かが動く音が背後から聞こえる。

 背後からは、ものすごいスピードで巨大な岩が転がってくる。

 

「に、逃げろ!!」

 

 俺は、転がってくる岩から全力で逃げた。

 スケボーに乗っていた二人は、途中で曲がり角に避難する。

 俺達も、岩を回避する為に曲がり角を曲がった。

 俺が曲がり角を曲がった直後、さっきまで俺がいた場所に勢いよく岩が転がる。

 このゾーンで、一人逃げ切れなかった参加者が転がる岩に押し潰された。

 

 次は天井や床、壁が次々と迫ってくるゾーンに突入した。

 俺達は、何とか迫ってくる壁を避けながら走った。

 

「あだだだだ!!ちょっ、もうちょいソフトに走ってくれや!キンタマ痛え!」

 

「うっさい」

 

 スケボーに乗っている二人も、難なく関門を突破していた。

 壁が押し寄せるゾーンでは、一人壁に押し潰されて、通過者は8人だけになった。

 その中には、さっきのギャルの姿も見える。

 

「ちょっと、これ何なのよ!?マジあり得ないんだけど!?」

 

 あの人…まだ残ってたのか。

 しかも無傷…

 

「あのネーチャンまだ残ってたのか。初参加者なのにやるじゃねえか。後で頼んだらヤらせてくんねえかな」

 

「…ねぇ。アレ何」

 

 スケボー少年が指を差した先には、何かがいた。

 アレは…

 

「じゃ、ジャガー!?」

 

 正面から、猛スピードでジャガーが走ってくる。

 ジャガーは、助走をつけて俺達に飛びかかった。

 

「ぐああああっ!!」

 

 参加者の一人が、ジャガーに襲われて食い殺される。

 その光景を見ていた白衣の男は、スケボー少年にしがみついて泣きながらガタガタ震える。

 

「あー…酒飲みてえヤニ吸いてえ女体触りてえ」

 

「クズかよ」

 

 白衣の男が欲望を剥き出しにすると、スケボー少年がツッコミを入れる。

 …うん、あれは完全にヤケになってるな。

 ジャガーがスケボーに乗っている二人に襲い掛かろうとすると、スケボー少年は咄嗟にナイフを抜いてジャガーに投げつける。

 ナイフがジャガーの右眼に刺さると、ジャガーは怯む。

 すると白衣の男がカバンから何かを取り出しながら叫ぶ。

 

「しゃがんでろ、ボウズ!!」

 

 白衣の男は、ジャガーに向かってオイルランプを投げつけた。

 ランプが割れてオイルがジャガーの全身にかかると、男はすかさずライターを投げつけた。

 するとブワッと炎が上がり、ジャガーの身体に引火する。

 火だるまになったジャガーは、床に転がり込んでのたうち回る。

 

「ぎゃはははは!!どーだ新鮮な灯油の味は!!所詮は獣!!人類が進化の果てに手に入れた叡智には敵うまい!!ザマーミロ!!」

 

「…ねえ。人のスケボーの上で漏らさないでくれる?汚いから」

 

 ジャガーを倒した白衣の男が泣いて失禁しながらも高笑いすると、スケボー少年が冷淡に言い放つ。

 正直カッコ悪いけど、おかげで食い殺されずに済んだ。

 残り6人となった俺達は、『3』と書かれた貼り紙が貼られたエリアまで進む。

 

 3番目のエリアに突入してから、次々と四方八方から炎の柱が上がるゾーンに突入する。

 床も飛び石みたいになっていて、飛び石にはロープが張り巡らされている。

 その下にはマグマが溜まっていて、足を滑らせて落ちれば下のマグマに落ちちまう。

 

「おいおい、炎が来てんぞ!」

 

「しっかり掴まってて」

 

 スケボー少年が言うと、白衣の男はスケボー少年にしがみついた。

 するとその直後、スケボー少年がさらにスピードを上げる。

 

「えっ、おい、待て!バカバカ!何する気だ!?」

 

 スケボー少年は、そのままスピードを上げ続けて、10m以上離れた飛び石に飛び移った。

 

「誰かこのガキをハリウッドに連れて行けぇええええ!!」

 

 白衣の男は、スケボー少年にしがみつきながら叫んだ。

 スケボーに乗った二人は、炎の柱を避けながら次々と飛び石に飛び移っていく。

 俺は何とか炎の柱を避けてこのゾーンを突破したが、また一人炎を避け切れずに火だるまになって飛び石から落ちた。

 通過できたのは、俺とスケボー二人、それから軍人らしき人とギャルだけだった。

 

 …これで、残りあと5人…

 俺達は、とうとう『4』と書かれた貼り紙が貼られたエリアまで辿り着いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ニーナside

 

 ――何で言われた事もちゃんとできないの!?

 

 ――誰の為に高いお金払って家庭教師呼んでると思ってるのよ!

 

 ――あなたの為を思って言ってるのよ!

 

 

 

 ――ママ、ごめんね。出来の悪い子で。

 

 

 

 私は、昔からずっと、怒られて謝ってばかりだった。

 何の取り柄もなくて、褒められた事も感謝された事もなかった。

 私なんかいなくったって、世界は何事もなく回っていく。

 ただただ、過ぎていく時間に流されて意味もなく生きていく毎日だった。

 

 私はつくづく弱い人間だと思う。

 弱いから、サトウさんを見殺しにしてしまった。

 本当は、最初の『げぇむ』の時だって降りるつもりだったのに。

 サトウさんを見捨てて繋いだ命を、今日までおめおめと引き延ばしてきた。

 私は、この世界で生きていくには弱すぎる。

 2回目の『げぇむ』で、今度こそ死ぬつもりだった。

 

 だけど、また生き残ってしまった。

 2回目の『げぇむ』で、瓶の中身を飲まずに『げぇむおおばぁ』で死ぬつもりだったのに。

 結局、他の参加者を巻き込んで死ぬ勇気なんかなくて、瓶の中身を飲んで生き存えてしまった。

 

 昨日だって、私は自分が『げぇむ』で生き残る為にヘイジさんを利用した。

 私がヘイジさんと身体の関係を持ったのは、ヘイジさんを籠絡しておけば『げぇむ』で守ってもらえるかもしれないという打算があったからだ。

 私には自分で死を選ぶ勇気なんかなくて、死にたくない一心で、真面目で優しいヘイジさんを騙して誘惑した。

 この『げぇむ』で罠に巻き込まれたのはきっと、私のような弱い人間がヘイジさんを利用したから、罰が当たったんだ。

 

 だけどヘイジさんは、そんな最低な私に『ありがとう』って言ってくれた。

 何の取り柄もない私の事を、仲間だと認めてくれた。

 嬉しかった。

 生まれて初めて、男の人を本気で好きになった。

 ヘイジさんが認めてくれて、私は確かに『変われるかもしれない』って思ったんだ。

 

 もう、弱いままでいたくない。

 私を生かしてくれたサトウさんの為にも、私を認めてくれたヘイジさんの為にも。

 

 変わりたい。

 死にたくないんじゃない。

 私は、生きたいんだ。

 

 

 

「強く、なるんだ…ヘイジさんみたいに……」

 

 私は、激痛で思うように動かない身体に鞭打って、前に進んだ。

 壁から飛び出てくる丸鋸に身体を切られ、矢が身体に刺さり、前から飛んできた鉄球が顔面に当たる。

 

「あ゛ぁっ!!」

 

 鉄球が顔面の右側に当たって、右眼が潰れた。

 もう、右脚の感覚もない。

 それでも、前に進んだ。

 

「私は…負けない……!!アンタなんかに…!絶対、生きて帰るんだ…!!」

 

 私は、モニターから会場を眺めているであろう『誰か』に向かって言った。

 誰が何の目的でこんな『げぇむ』をやらせているのかはわからないけど、そんな奴の思い通りになんかなりたくない。

 絶対に生きてここから出て、ヘイジさんと合流するんだ。

 

「生きる…私は、生きる……!!」

 

 私は、何が何でも生き延びて、ヘイジさんと一緒に元の世界に帰る。

 いつか、ヘイジさんと結婚して、子供を産んで、家族皆でくだらない話をしながら笑い合って…

 そんな幸せな毎日を、ヘイジさんと一緒に生きたい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

「何だよ、これ…」

 

 『よんばんでぐち』までの道は、瓦礫で塞がれていた。

 人一人が進めそうな隙間すら開いてない。

 

「これどかして前に進めって事?」

 

「はあ!?何それ!マジイミフ!」

 

「マジかよ〜、骨折れそうだぜ」

 

 スケボー少年が言うと、ギャルと白衣の男が文句を言う。

 すると、体格のいい軍人が手前の瓦礫からどかした。

 

「つべこべ言わずにやるぞ。オレは重い瓦礫を運ぶ。お前らも手伝え」

 

 体格のいい軍人が瓦礫をどかすと、スケボー少年は近くに落ちていた棒切れを拾い上げて白衣の男に手渡す。

 

「使って」

 

「おぉ、サンキュ」

 

 白衣の男は、スケボー少年が渡した棒切れを使って、梃子の原理で重い瓦礫を持ち上げた。

 俺達は、30分近くかけて道を塞ぐ瓦礫を移動させ、人が通れる道を作った。

 その後は、長い階段をひたすら駆け上った。

 階段を登ると、『↑よんばんでぐち』と書かれたエレベーターが見えた。

 

「何とか辿り着いたのはいいがよ…どうすんだこりゃあ」

 

 白衣の男は、顔を引き攣らせる。

 そこには、エレベーターにあるはずの扉とカゴが無かった。

 代わりに、ロープが2本ぶら下がっていた。

 そしてエレベーターの上のモニターには、『二人同時に乗って同時に降りること』と書かれていた。

 するとスケボー少年が口を開く。

 

「…なるほどね。だから『ぶらざぁず』か」

 

「え?」

 

「ずっと気になってたんだよね。何で『げぇむ』のタイトルが『ぶらざぁず』なのか」

 

「へっ?スパマリが元ネタの『げぇむ』だからじゃないの?」

 

「でも『ぶらざぁず』じゃなくても、他にも色々名前のつけようがあったでしょ。タイトルの『ぶらざぁず』には、別の意味が込められてたんだよ。要はさ、二人一組で攻略するのを前提にした『げぇむ』だったってわけ」

 

 『げぇむ』攻略のヒントは、はじめからタイトルに書かれてたってのか…

 本当にいやらしい『げぇむ』だな。

 

「じゃ、まずオレとオッサンの二人で行くから。残り三人でどうするか決めといてよ」

 

「へへっ、どーもお先」

 

 そう言ってスケボー少年と白衣の男は、先に『よんばんでぐち』を目指した。

 残るは俺と、軍人と、ギャルの三人だ。

 『よんばんでぐち』に行けるのは、二人組だけだ。

 このうち誰か一人は、ここに残らなくちゃいけない。

 …いや、俺の答えは既に決まっていた。

 

「…二人は先に行ってくれ。オレは後から行く」

 

「は!?え、いやいや、ちょっと待ってよ!オニーサンは?」

 

「大事な仲間を途中で置いてきちまった。まだ生きてゴールを目指しているかもしれない。迎えに行ってくる」

 

「無茶だよ!絶対死んでるって!つーか、生きてたとしても…」

 

「ならキミは、彼の為に死ねるのか?」

 

 ギャルが俺を止めようとすると、軍人がギャルに向かって言い放つ。

 

「本人が残ると言っているんだから、好きにさせておけ。悪いが、オレには帰りを待ってる嫁と子供がいるんだ。ここに残る気は毛頭ない」

 

「や、やっぱりアタシも…死にたくないし……」

 

 軍人が言うと、ギャルも俺の言う事に納得してくれた。

 結局二人は、俺をここに残して二人で先にゴールする事にした。

 

「…ありがとう。じゃあオレ、仲間を探してくるよ」

 

 俺は、全速力で来た道を戻ってニーナを探した。

 あと20分…!

 どうか、生きていてくれ…!

 

 『4』と書かれた貼り紙が貼ってあるところまで戻ると、信じがたい光景が目に飛び込んでくる。

 貼り紙の手前で、ボロボロになったニーナが血溜まりの中で倒れていた。

 

「ニーナ!!」

 

「ぁ……ヘイジ…さん……」

 

 俺が駆け寄ると、ニーナは小さく声を上げた。

 

「ごめんなさい…私、ドジ踏んじゃって…」

 

 ニーナは、左腕の肘から先を失い、顔の右半分が潰れ、身体に何本も矢が刺さり、両脚が焼け爛れ、抉れた腹からは内臓が剥き出しになり、もはや生きているのがあり得ない状態だった。

 こんなにボロボロになって、一人でここまで来たのか…

 

 チクショウ、俺のせいだ。

 俺があんな危険な場所に置いて行ったりなんかしたから。

 

 俺は、溢れそうになる涙を堪えながら、ニーナに応急処置をしてから背負う。

 

「ゴールを見つけた!まだ時間はある、二人で一緒に脱出しよう!」

 

「……はい」

 

 俺は、ニーナを背負って全速力でエレベーターホールまで戻った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

???side

 

 先に上へと辿り着いた二人は、エレベーターホールにいた。

 白衣の男は、エレベーターの深い穴を覗き込む。

 

「マジかよ…あのギャルのネーチャンタイプだったのになぁ。クッソ、せめてオッパイだけでもどさくさに紛れて揉んでおけば良かったぜ」

 

 白衣の男は、穴の底を覗きながら残念そうに言った。

 二人の後からゴールを目指した二人は、二人同時での着地に失敗し、そのまま二人とも穴の底へと落ちて死んだのだ。

 すると、少年が何を思ったのか穴の前まで行く。

 

「………」

 

「あ?おい、どうしたボウズ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 俺は、ニーナをおぶって軍人とギャルの二人組と別れた場所へ戻ってきた。

 すると上の方から声が聴こえてくる。

 

「おーい、こっちこっち」

 

 穴の上を覗くと、上の階の穴からスケボー少年が顔を覗かせていた。

 アイツら…先にゴールしてなかったのか。

 俺は、ニーナの身体にエレベーターのロープを括り付け、もう片方のロープを俺の腰のベルトに括り付けた。

 

「じゃ、いくぞ」

 

 俺は、ニーナを抱えたままエレベーターの乗り場から飛び降り、途中でニーナから手を離した。

 すると俺達を繋いでいるロープがぐんっと上に引き上げられ、ものすごいスピードで上へと上がっていく。

 上へと上がった俺達は、ちょうどスケボー少年がいる乗り場の高さまで到達した。

 …だけど、こっからどうすりゃあいいんだ?

 降りるのは二人同時って言ってたよな。

 自分が降りられても、ニーナを降ろすのは無理だ。

 どうすれば…!?

 

 するとその時、ニーナの方へワイヤーが飛んでくる。

 見ると、スケボー少年がワイヤーを持って待機していた。

 

「せーので飛び降りて」

 

 スケボー少年は、ワイヤーがきちんとニーナに引っかかった事を確認すると、俺に声をかけた。

 

「行くよ。せーの!」

 

 俺は、スケボー少年が声をかけるのと同時に、ロープからエレベーターの乗り場へ飛び移った。

 すると、それと同時にスケボー少年がニーナに括り付けられたワイヤーを思いっきり引っ張る。

 俺が着地すると同時に、スケボー少年は、支えを失ったニーナの身体をしっかりと掴んで引き寄せ、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 その直後、ロープを支えていた滑車がバキッと音を立てて壊れ、下へと落ちていく。

 そのままニーナとスケボー少年が引っ張られる前に、ニーナに括り付けられたロープを急いで解いた。

 すると、誰も乗っていないロープと滑車が落ちていき、しばらくして滑車が下に落ちる音が聞こえた。

 

「助かった…」

 

 俺が安堵のため息をついた、その時だった。

 

「な、なあ…何の音だ?」

 

 白衣の男が、不安そうに口を開く。

 するとその時、奥の方からボォンと何かが爆発する音が響き、それと同時に地震のような大きな揺れが起こる。

 何が起こったのかわからないでいると、アナウンスが鳴る。

 

《この『げぇむ』会場はあと1分で消滅します。繰り返します。この『げぇむ』会場はあと1分で消滅します》

 

 マジかよ…!?

 聞いてねえぞそんなの!?

 

「崩れるぞ!!急げ急げ!!」

 

 俺はニーナを背負って他の二人と一緒に長い階段を駆け上った。

 階段を登っている間にも、『げぇむ』会場は崩壊を続ける。

 俺達4人が『よんばんでぐち』から地上へ脱出した、その直後だった。

 

 

 

 ――ボォオオン!!!

 

 

 

 さっきまで俺達がいた『げぇむ』会場が、大きな爆発音を立てて崩れる。

 『よんばんでぐち』から脱出できたのは、俺とニーナ、スケボー少年と白衣の男の4人だけだった。

 

《こんぐらちゅれいしょん。げぇむ『くりあ』。これより、『げぇむ』に生き残った方への『びざ』を発行いたします》

 

 『びざ』が発行されると、俺は自分の『びざ』を取ってから、ニーナの『びざ』も取る。

 そのままニーナを横抱きにして、右手に『びざ』を握らせた。

 

「ニーナ…!ほら、『びざ』だぞ!俺達、『くりあ』したんだよ!よく頑張ったな…!」

 

「………」

 

 俺が『びざ』を握らせると、ニーナは涙を流しながら安心したように微笑んだ。

 すぐに手当てしてやらないと…!

 

「待ってろ、すぐ手当てしてやるからな。なあ、アンタ、医者なんじゃないのか!?頼む、ニーナを助けてくれ!」

 

 俺は、ニーナの傷口を止血しながら、側で突っ立っていた白衣の男に話しかける。

 すると白衣の男は、深くため息をついて言った。

 

「……無理だっつうの」

 

 無理って…

 何でだよ…!?

 せっかく『げぇむ』を生き残ったのに、このままじゃ…!

 

「その人、もう死んでるよ」

 

 一緒にいた男の子は、ニーナを指差しながら言った。

 ニーナの首に手を触れると、脈が無かった。

 

 わかってた。

 こんな怪我をしたら、もう助かる見込みなんか無いって事くらい。

 だけど俺には、現実を受け入れられるだけの覚悟がなかった。

 

 

 

「う…う゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 俺は、ニーナの亡骸を抱きかかえたままひたすら泣いた。

 

 俺のせいだ。

 あの時ニーナを無理にでも連れて行けば、ニーナは助かっていたかもしれない。

 助かっていなかったとしても、助けないで後悔するくらいなら、助けて後悔すればよかった。

 

 この世界に来る前から、俺は何も成長してない。

 口先だけで何も成し遂げられない半端者。

 それが俺だ。

 

「…『オレのせいだ』、なんて思ってる?」

 

 男の子が、しゃがんで俺の顔を覗き込みながら話しかけてくる。

 

「自惚れない事だね。アンタに出来る事なんか、何もなかった。自分の身を守る事で手一杯のくせに、人を助けようだなんて、欲張るのも大概にしろ」

 

 男の子は、俺を見下ろしながら言い放った。

 

 この子の言う通りだ。

 ニーナは、アイツが自分で思ってるほど弱くなかった。

 弱かったのは俺の方だ。

 半端な覚悟で死の淵に立って、いざ『げぇむ』が始まれば、自分の事で手一杯だった。

 守ってやるって言っておきながら、この有り様だ。

 俺は、アイツみたいに強くはなれなかった。

 

「…この嬢ちゃん、この怪我で…しかもたった一人で『くりあ』しようとしてたんだよな。何つうか…すげえよ」

 

 白衣の男は、ニーナの亡骸を見てそう呟いた。

 その後、男の子と白衣の男が、会場の近くにニーナの墓を作ってくれた。

 俺はその日、ニーナの墓の前で一晩中泣いた。

 この世界は、俺が思っていたよりもずっと残酷だ。

 そして俺は、俺が思っていたよりもずっと無力だ。

 

 

 

 ───今際の国滞在四日目

 

 残り滞在可能日数

 

 北句平治 5日

 

 

 

 

 

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