Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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かいさいなのかめ(2)

ヘイジside

 

 チシヤが倒れた。

 ニラギに撃たれそうになったウサギを庇って、腹を撃たれた。

 そしてニラギも、ウサギを助けようとしたアリスに撃たれて倒れた。

 

「チシヤっ!!」

 

 ウサギは、怪我した腕を吊っていた布を解いて、チシヤの傷を止血した。

 

「血は…あんまり出てない…!!」

 

 ウサギは、瀕死のチシヤに応急処置を施した。

 するとチシヤが口を開く。

 

「おそらく臓器を損傷してる…まともな医療設備もないこの国じゃ…おそらくあと数時間か、もって半日かな…」

 

「どうして…私を…?あなたらしくもない…」

 

「ハハ…『らしくない事』を…してみたくなったのかもしれないね…きっと…『変わりたい』と強く願う、彼のせいかな…全てを見透かした気になって…退屈な日々をこれからもただ浪費していくよりは…自分にはまだ、知らない世界がある…その事実を受け入れて、先にある世界を見る為に変化するのも悪くない…そんな気分に、なってみただけの事だよ♪」

 

 チシヤは、目を細めながら弱々しい声で言った。

 するとアリスが、チシヤに話しかける。

 

「……なぁ、チシヤ。撃ち合いになる前に…オレ達に言いかけた事があったよな…あれ…何だったんだよ…?」

 

 アリスが尋ねると、チシヤは語り始めた。

 

「………………オレ…は…真面目な人間が、バカに見える。誠実な奴を蔑みたい。一生懸命な奴を、罵りたくてしょうがない。心の罵倒が止まらないんだ…人を傷つけずにはいられない…他人の好意や善意が疎ましくてしょうがない…いや…妬ましいんだろう…オレには、ないものばかりだから…オレはなぜ…生きている?誰の為…何の為…まるで自分が誰よりも虚しい人間である事を…証明する為に存在しているようだ…」

 

 チシヤは、虚ろな目をしながら語った。

 今なら、チシヤの気持ちがわかる。

 俺も、真面目に生きるなんて馬鹿だって思ってた時期があったから。

 『誠実に生きていればいつかは報われる』って父さんの言葉を信じて生きてきたけど、報われた事なんかなくて、信じてたものには裏切られて…もし人生を一からリセットできるなら、今度は絶対に真面目になんか生きてやるものかって思ってた。

 

「わかるよ…」

 

「……うん」

 

「お前も、そうだったんだな…」

 

「君達なら…そう言ってくれる気がしたよ…」

 

 アリスとヒヅル、そして俺が言うと、チシヤが微笑んだ。

 チシヤ…お前はただ、誰かにわかってほしかったんだな…

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

チシヤside

 

 俺は、父親を知らない。

 正確に言うと、物心ついた頃から、父親と会話というものをした記憶がない。

 俺が知っているのは、いつも取り憑かれたようにモニターと医学書に向かう、彼の背中だけだ。

 教育方針でも、愛情の裏返しでもない。

 彼はただ、俺に『関心』が無かったのだ。

 

 ならば何故俺を産んだ?

 夫婦としての世間体か。

 病院長としての体裁か。

 

 皮肉にも彼と同じ医学の道に進んだのは、俺にはない『それ』を感じてみたかったのかもしれない。

 俺は、人の命に関心が持てなかった。

 

 

 

 2人だけ、こんな俺に興味を持った物好きがいた。

 それが、俺が一番のバカだと見下していたあの兄妹だった。

 

「よぉーう、チシヤ君、誕生日おめでとう!」

 

「これ、ウチからのお祝い!多分お前に似合うと思うんだよね。良かったら使ってよ」

 

 教授と先輩が、俺の誕生日を祝ってくれた事があった。

 親にすら祝われた事がないその日を、あの人達は当たり前のように祝ってくれた。

 鬱陶しいと思った。

 俺は先輩から貰ったプレゼントを、中身も確認せずにその日のうちに捨てた。

 

「金をドブに捨てただけだったね……面倒臭いんだよ、そういうの」

 

 俺は、あの2人が嫌いだった。

 人を蔑むって事を知らないお人好しで、病的なまでに人の命に執着していて、自分の信念にどこまでも一途で、馬鹿正直な人達だった。

 教授は嵌められて医師生命を絶たれ、先輩は意識不明の重体に陥って今も眠り続けている。

 俺はあの2人を、賢い生き方ができないバカだと見下していた。

 誰よりも真面目に生きた彼等が死んで、死期の近い患者の手紙を捨てるような奴がのうのうと生きてる。

 

 でも、違ったんだ。

 道を踏み外しても、骨と皮だけの身体になっても、あの2人は死に物狂いで生にしがみついていた。

 俺には、醜態を晒してまで足掻き続ける理由が、何一つ思い浮かばなかった。

 俺には無いものを、持っていたんだ。

 

 

 

 ――後輩君…君はなぜ、平気でいられるんだ…?オレは……心が折れずには、いられなかった…

 

 よく言うよ…

 俺はただ、何の意味もない退屈な日々を浪費していただけだ。

 アンタのようには、生きられなかった。

 俺には、アンタが眩しかった。

 

「……オレは、アンタが羨ましかったんだな…」

 

 

 

 俺は人の命に関心が持てない。

 そんな俺にも興味を引くものがあった…

 

 もちろんそれは人じゃないが…

 何故だろう…

 

 子供の頃に行った美術館で見た、モナ・リザの絵。

 その絵を一目見た時から、目が離せなかった。

 

 俺はただ、誰かにわかってほしかった。

 モナ・リザは…女装したダ・ヴィンチ自身、という説がある。

 誰もが、自分を見てほしい。

 

 

 

 ――シューンタロっ!飯行こーぜ!何食いてぇ?

 

 ――先輩、何でオレにばっかり構うんですか?

 

 ――あ?何でって…別に理由なんかねーよ。ただまあ、何つうか…お前見てっと、なーんか放っておけねーんだよなぁ。昔の自分を見てるようでさ。

 

 これからも退屈な日々を繰り返すくらいなら、死ぬ前に、アリス君のように変わってみたかった。

 今でも、そう思ってる。

 

 だけど、俺を見てくれる人が、俺の目の前にいた。

 その事に、もっと早く気づけていたのなら…

 俺を見ていた人の事が、見えていたのなら…

 もう少し、マシな生き方ができたのかもしれないな…

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ニラギside

 

「ガハッ…ゲホッ……」

 

 アリスにショットガンで撃たれた俺は、地面に仰向けに寝そべった状態で目を覚ました。

 ちょうど手の届くところに、何かが落ちていた。

 俺は手を伸ばして、それを手に取った。

 俺が手に取ったのは、ヒヅルが持ってた拳銃だった。

 

 ……そういやアイツ、俺を撃たなかったな。

 どう考えても俺を殺せる状況にあったのに、先に引き金を引いたのは俺だった。

 何で……

 

「…………!」

 

 拳銃を持ち上げた時、俺は違和感に気がついた。

 俺が手に取った拳銃は、やけに軽かった。

 もしやと思った俺は、シリンダーを確認した。

 

「………そんなこったろうと…思ったぜ……」

 

 シリンダーの中には、弾が入ってなかった。

 あのガキ…俺を殺すつもりなんざ、端から無かったんだ。

 アイツだけは、俺と同じだと思ってたのによ…

 結局…俺は、1人のままかよ。

 

 俺は、手に取った銃を投げ捨てて、地面に身体を放り出した。

 その時、アリスが俺の方へと歩いてきた。

 

「…散弾銃ってのは…案外撃たれても…死なねぇもんだな…」

 

「弾の…号数にもよるよ…バードショットだからな…」

 

「……殺りたきゃあ…とっとと殺れよ…綺麗に死のうなんて思っちゃいねぇ…命乞いもしねぇ…どうせオレは…お前らとは違うからな…」

 

 俺が言うと、アリスはシケたツラをしやがる。

 何つー目で見やがんだ……

 

「……言っとくが…間違っても…オレを悪党だなんて呼ぶなよ…オレが70億人いたら…悪党は…テメェらの方だったってだけの話だ…よかったな…テメェは…大勢の側の人間で…」

 

 俺は、同情の目を向けてきやがるアリスに言ってやった。

 いつの間にか雨は止んで、空は晴れ渡っていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 俺がヒヅルとチシヤの手当てをしていると、アリスがニラギを運んできた。

 俺は、アリスに手を貸して、ニラギをヒヅルの隣に寝かせた。

 

「…3人とも、かろうじて一命を取り留めちゃいるが…多分このままだと…永くねぇ……ウサギ、オレは…どうすりゃいいかな…?」

 

 アリスが、自身なさげにウサギに尋ねる。

 だけど思い出したように、すぐに頭に手を置いた。

 

「…………………いや…」

 

 何かを決心したアリスは、深呼吸をしてから、ウサギに尋ねた。

 

「…ウサギ、君は、どうしたい?」

 

 アリスがウサギに尋ねると、ウサギが微笑んだ。

 

「『今際の国』の国民は、元は私達と同じ『ぷれいやぁ』…たとえ全ての絵札の『げぇむ』を『くりあ』しても、私達が新たな国民になって永遠にこの国で『げぇむ』に参加し続けるだけ…あなたがキューマから聞いた事が、真実なのかもしれない…けれどもし…全ての『げぇむ』を『くりあ』した先に、『皆が元の世界に戻れる可能性』があるとしたら…?チシヤとニラギとヒヅルを元の世界に戻せれば、3人を助けられるかもしれない。アリス…私は自分が見たものしか信じない。だから私は、真実を自分の眼で確かめる為に、最期まで、戦いたい」

 

 ウサギは、覚悟を決めた表情で、アリスに言った。

 この2人なら…きっと、最後まで戦える。

 

「オレは…ここに残るよ」

 

「ヘイジ…」

 

「3人を放っておけない。曲がりなりにも、一緒に過ごした仲間だから…最後まで、傍にいてやりたい」

 

 俺は、重傷を負った3人を見ながら言った。

 …これでいい。

 この2人なら、何があってもきっと大丈夫だ。

 

 ……いや、良くねぇわ。

 そういえば俺達、ニーナの墓参りを終えたら、クリハラさんと合流する約束をしてたんだった。

 クリハラさん、妙なところで心配性というか、過保護というか、ああ見えて神経質な人だからな…

 俺達が戻って来なかったら、心配させちまうかもしれない。

 

「なぁ…アリス、ウサギ…こんな時に悪いんだけど、1つだけ…頼まれてくれないかな」

 

 俺が言うと、アリスとウサギが俺の方を振り向く。

 俺は、2人に事情を話す事にした。

 

「実は今日『♣︎Q(くらぶのくいいん)』を『くりあ』したのは、オレ達なんだ」

 

「え……?」

 

「『げぇむ』を『くりあ』した後、クリハラさんとマヒルさんが、先に残りの『げぇむ』会場に向かったんだ。もし、2人に会ったら…オレ達の事を、伝えておいてくれないか」

 

 俺は2人に、伝言を頼んだ。

 すると2人は、顔を見合わせて頷く。

 

「…ああ」

 

「わかったわ」

 

 アリスとウサギは、俺の伝言を聞き入れてくれた。

 安心した俺は、ヒヅル達のところに戻った。

 クリハラさん達の事は、アリスとウサギに任せる事にした。

 だけど、俺だってヒヅル達を助けたい。

 今は、俺に出来る事を精一杯やろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アリスside

 

 ヘイジと分かれた俺とウサギは、ひとまずクリハラさんやマヒルと合流する事にした。

 すると、その時だ。

 

 

 

 ――ゴオオォォォ…

 

 

 

「な…何の音だ…!?」

 

 異音に気付いた俺達が振り向いた、その直後だった。

 

 

 

 ――ゴオオオオォォォォッ!!

 

 

 

 突然、俺達の前に、巨大な物体が炎を上げながら落ちてきた。

 炎の中で、『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』のタペストリーが燃えているのが見えた。

 

「ひ…飛行船…!?『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』が、墜ちたのか…!?」

 

 あのバケモノみてぇに強い『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』を…

 誰が、倒したんだ…!?

 

 俺とウサギが、燃える飛行船を見て呆気に取られていると、どこからかアナウンスが聴こえた。

 

《ここで『今際の国』に滞在する全『ぷれいやぁ』の皆様に、重要なお報せがございます。おめでとうございます。『ねくすとすてぇじ』の絵札の『げぇむ』も、残すところあと、1つとなりました。全『げぇむくりあ』まであと一息です。最後の『げぇむ』も頑張って下さい》

 

「あと…」

 

「1つ…!?」

 

 俺が立ち止まってる間に、他の皆が、他の『げぇむ』を全部『くりあ』したってのか…

 呆然と立ち尽くす俺に、ウサギが話しかける。

 

「………アリス…あなたは、どうしたい?」

 

 …まだ、やれるのか?

 

 辛かったら頑張らなくていい…

 嫌ならやらなくったっていい…

 しんどかったら無理しなくていい…

 怖かったら逃げ出したっていいんだぞ…!?

 

 それでも俺は、やれるのか…?

 まだ、やれるんだな…?

 だったら俺は、どうしたい…?

 

 

 

 ふと、脳裏に浮かんだのは、カルベとチョータ、シブキさん、アサヒ、モモカ、『ビーチ』の皆…そして、キューマの顔だった。

 俺は…皆の想いがあったから、今日この日まで生きてこられた。

 

 進み…たいッ!!

 

 たとえこの先にまた、つらい事しかなかったとしても…

 挫折しか、絶望しか待ってなかったとしても…

 それでも俺は、もう一度進みたいッ!!

 

 『皆で元の世界に戻れるかもしれない』

 そんな僅かな…拙い希望でもいい…

 それがあれば、俺は辛うじてでも…

 

 強くなれるかもしれない…

 誰かを労われるかもしれない…!

 生きていけるかもしれない!!

 

「オレも、死んでいった仲間と、今生きてる皆の為に、もう一度戦いたい」

 

 俺は、自分の決意を口に出した。

 するとウサギは、先に歩き出した。

 

「だったら、急がなきゃ。時間、ないわよ」

 

「ああ、行こう。最後の『げぇむ』会場へ」

 

 俺とウサギは、一緒に歩き出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 俺は、アリスとウサギを見送った後、川の字に寝かせた3人に治療を施した。

 圧迫止血をしてから、ヒヅルが持っている薬を打って、傷を塞いで…

 落ち着け、やり方は全部、クリハラさんに教えてもらっただろ…?

 

「ヒヅル、薬借りるぞ」

 

「これで…助かるんだよね……」

 

「…ああ。絶対、助けるから…あと半日だなんて言わずに、一緒に生きよう」

 

 俺が言うと、ヒヅルは安心したのか、スッと目を細める。

 

 今この場には、薬や道具が2人分しかない。

 だったらそのうちの1人に、俺はヒヅルを選ぶ。

 俺はどうしても、ヒヅルを生かしたい。

 そもそもこれはヒヅルが持ってきた薬だから、ヒヅルを最優先するのは当然だ。

 

 俺は、注射器をヒヅルの腕に打つ為に、ヒヅルの腕を消毒しようとした。

 するとその時、ヒヅルが手を振り上げた。

 

「ヒヅル…?」

 

 ヒヅルは、手を振り上げて俺の手を振り解いた。

 まるで、薬を注入されるのを拒んでいるように見えた。

 

「ケホッ、ケホッ…誰が……オレの分の薬だって言った…?」

 

 ヒヅルは、血を吐いてゼエゼエと息を切らしながら言った。

 

「その薬は…チシヤと…ニラギの分…オレの分は……足りないや…」

 

「な…!?」

 

 ヒヅルが言うと、両隣で寝ていたチシヤとニラギが目を見開く。

 ヒヅルが苦痛で顔を歪めながらも微笑むと、ニラギが血を吐きながらヒヅルに悪態をつく。

 

「ガハッ…!!テ…メェ…ふざ、けんな……ガキの分際で…オレに情けを、かけようってか…?大体、テメェが一番ムカつくんだよ…!さっきだって、そうだ…せっかく、同族同士殺し合おうって時に…1人だけ丸腰で突っ込んで、水差しやがって…!」

 

 丸腰…?

 まさか、ヒヅル……

 さっき持ってた銃に、弾を込めてなかったのか…!?

 

 丸腰でライフル相手に突っ込んだりしたら、撃ち殺されるに決まってる。

 それをわかってて、ヒヅルはニラギに突撃した。

 考えられる理由は、一つしかない…

 

「オレだ…オレが、『殺し合いを止めたい』って言ったから…!」

 

 俺が、『止める事はできないのか』って言ったから…

 ヒヅルはそれを真に受けて、死線へと身を投じた。

 殺す為じゃなく、()()()()に。

 

「とんだ…的外れな妄想…だね……誰が、お前らの為なんかに…命を懸けたりなんか…するかよ……忘れてたんだよ…!前の『げぇむ』で…弾切れしてたの……ハハッ…ホント、間抜けだよね……」

 

「しらばっくれてんじゃ…ねぇ……同情の、つもりか…?テメェの情けで生き延びて…オレが喜ぶとでも思ってんのか…!?どんだけ自分勝手なんだ、テメェはよォ…!!」

 

 ヒヅルが笑いながら言うと、ニラギがヒヅルを非難した。

 するとヒヅルは、目を細めながら口を開く。

 

「ゲホッ…ケホッ……そう、だよ……お前の言う通りだよ…ニラギ……オレは…アリスやチシヤのようには、変われないし…変わりたいとも思わない……」

 

「ヒヅルちゃん…」

 

 ヒヅルが咳き込んで言うと、チシヤもヒヅルに顔を向ける。

 ヒヅルは、覚悟を決めた表情を浮かべていた。

 

「オレは…誰に、何と言われようと…自分の為に生きるって…決めたんだ……!!お前らを…見殺しにして…自分だけ…助かるなんて……そんなクソダセェ生き方、したくねぇんだオレァよ…!!これは…オレが…持ってきた、薬…だから……どう使おうが…オレの、勝手…だろうが…!!いつ死ぬかもわからないなら…最期の瞬間まで、自分勝手に生きてやる…!!」

 

 何だよ、それ…

 後味悪い生き方するくらいだったら、死んだ方がマシだってか…!?

 ふざけんな!!

 だったら…俺の気持ちはどうなるんだよ…!?

 

「ふざけんなよ…オレは、お前がいたから今日まで生きてこられたんだぞ…オレはお前に、これからもずっと、笑って生きていてほしいんだよ…お前が幸せに生きる未来を、オレも一緒に生きたいから…だから、どんな理不尽にも耐えられたんだ…!!なのに…お前が死んじまったら、何の意味もねぇじゃねぇかよ…!!」

 

「勘違いしてんじゃねぇ…誰が、コイツらの為に死んでやるなんて言った…!?どんなに残酷な『答え』が待っていても…お前と生きるって決めたから…!!どてっ腹に穴ぶち開けられようが…血を流し尽くそうが…無理でも、無茶でも、生にしがみついてやる…!!その薬で2人が生き延びて…オレも生き残って…本当の意味で幸せになるんだよ…!!」

 

 俺が言うと、ヒヅルは血を吐きながら言った。

 するとチシヤが、弱々しく笑った。

 

「ハハッ……無茶苦茶だね…」

 

「………知ってる」

 

 チシヤがヒヅルに微笑みかけると、ヒヅルも笑顔を浮かべた。

 俺が薬の入った注射器の袋を開けると、チシヤが口を開く。

 

「ヒヅルちゃんが要らないなら…オレも、いいや…」

 

「クソガキの施しなんざ…受けるかよ……」

 

 チシヤとニラギは、治療を拒否した。

 2人とも、ヒヅルが治療を受けないなら、自分も治療を受けないつもりだった。

 ヒヅルは、2人に薬を譲るつもりだった。

 3人とも、自分だけが生き残りたいとは言わなかった。

 

「オイオイ、どうすんだよ…薬…余っちまったじゃねぇか…」

 

「じゃあ…仲良く3等分でもする…?」

 

「…そうだね…君達が、それでいいなら」

 

 結局俺は、薬をきっちり3等分した。

 俺は、ヒヅルが一番大事だし、一番に助けたい。

 だけどそれと同じくらいに、ヒヅル自身の気持ちも大事にしたいと思ってる。

 ここにいる3人の命と、3人の気持ちを考えた結果、薬を平等に分けるという結論に至った。

 

「ねぇ…少しだけ、オレの話を…してもいいかな……」

 

 そう言ってヒヅルは、ポツポツと話し始める。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヒヅルside

 

 最初は、みんなに喜んでほしかっただけだった。

 昔見たテレビに出てきたヒーローは、強くて、勇敢で、周りにいる人達はみんな笑顔だった。

 笑顔で人を救けるところが、カッコいいと思った。

 

 私が笑えば、お父さんも、お母さんも、友達も、タッくんも、みんな笑顔になった。

 その時私は、自分がみんなのヒーローなんだと思った。

 その日から私の夢は、ヒーローになった。

 

「ねぇー、パパ。『情けは人のためならず』って、どーいう意味?」

 

「人を助けてあげたら、それは自分の為にもなるから、進んで人助けをしなさいって意味だぞ」

 

「…ふーん」

 

「だからヒヅルも、お友達が困ってたら助けてあげるんだぞ。それが、お前の為になるからな」

 

「わかった!」

 

 お父さんは、私の夢を応援してくれた。

 強くて、正しくて、優しくて、まるで私が憧れたヒーローみたいだった。

 私は、そんなお父さんが大好きだった。

 お父さんに誇れる自分になる為に、ヒーローになるって決めた。

 

「うえ〜ん!!」

 

「おっ、おぼえてろよ〜!!」

 

「ヒーロー参上!この街の平和は、あたしが守る!」

 

 あの頃は、見るもの全てがキラキラしてた。

 やりたいと思った事、何でもできた。

 そんな自分を、カッコいいと思ってた。

 それが正しいんだって、信じてた。

 

 だけどあの日、全てが崩れ去った。

 好きだった男の子がいじめられてたから、いじめの主犯を殴ったら、ソイツが倒れた先に花壇があって、花壇の角に頭をぶつけたソイツは、頭から血を流して動かなくなった。

 私は、自分が間違っているとは思わなかった。

 私は、いじめられてた男の子を助けただけ。

 いじめっ子が大怪我したのは、アイツ自身と、あとは運が悪かった。

 私は、悪くない。

 

「何言ってんだ。お前、自分が何したかわかってんのか?」

 

 キラキラした世界が、ひび割れて壊れた。

 私がヒーローになって、みんなを笑顔にする。

 その理想が、私の生きる理由だった。

 だけど思い描いた理想は、薄氷みたいに脆く儚く砕けた。

 

「何言い訳してんのよ!!早く謝りなさいよ!!」

 

 …うわ、ヤバい。

 どうしよう。

 世界が壊れていくのが、止まらない。

 このままだと…死んじゃう。

 

「ヒヅルちゃん、ヒーローごっこはもう卒業しましょうね。じゃないといい大人になれないよ」

 

 やめて。

 もうやめて。

 謝るから…

 私が悪かったから…

 

「ヒヅルちゃんなんかだいっきらい!」

 

 これ以上、私を殺さないで。

 誰か、助けてよ。

 

「ひ…ヒヅルちゃんが悪い…と、思う……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の世界は、完全に粉々に砕けた。

 もう、何も見えない。

 私のヒーローは、死んじゃった。

 

 

 

「私、ヒヅルが怖くて仕方ないの…!あの子が何考えてるかわからないのよ…あの子は、あなたの血を濃く受け継いでる。あの子の赤い眼を見る度に思うの…いつか私達の手に負えない、化け物になっちゃうんじゃないかって…」

 

「子供に向かってなんて事言うんだ!!」

 

「元はと言えば、あなたがヒーローの絵本を買い与えたり、格闘技を教えたりなんかするからでしょ!?」

 

 ある日の夜中、私はお父さんとお母さんが言い合いをしているのを見た。

 私が人を殴った事をきっかけに、お父さんとお母さんが大喧嘩した。

 

 あれ……?

 何で、こんな事になってるんだろう…

 私は、皆の為にやったのに。

 それが正しい事だって、信じてたのに。

 

 何で、何で、何で。

 わからない。

 どこで、間違えた?

 私は、どう生きれば良かったの…?

 

「矯正しなくちゃ…私が、人に戻してあげなくちゃ…!!」

 

 うわ…そういう事、言っちゃうんだ。

 じゃあ、もういいよ。

 私はもう、『悪い子』なんだよね?

 人じゃないんだよね?

 

 だったらもう、自分の為に生きるのはやめるから。

 全部、みんなの言う通りにするから。

 『悪い子』の私を捨てて、『いい子』になるから。

 ちゃんと、人になるから。

 

 私はもう、何も求めない。

 何も欲しがらない。

 自我を殺して、みんなの言う事にただ黙って耳を傾けるだけ。

 そうすれば、悪者にされずに済むんだよね?

 

 

 

 大喧嘩の末に、両親は離婚した。

 まるで私の自我が悪である事を、証明しているみたいだった。

 私は、自分が悪者にされないように、自分に嘘をついて、大好きだった父を裏切った。

 私は母の実家に連れて行かれて、しばらくして母は、継父を連れてきた。

 

 私は、新しい家族に厳しく躾けられた。

 母と継父は、父親似の私に対する当たりが強かった。

 私が何か失敗する度に、『野蛮な父親の血を引いてるから』って嫌味のように言われた。

 

 継父は、私に関心がなかった。

 そのくせ自己顕示欲は人一倍強くて、何もかもがNo.1じゃなければ気が済まないエゴイストだった。

 母と結婚したのだって、母の家系と、社長令嬢というブランドに目が眩んだだけだ。

 彼は娘の私にも、常に完璧でいる事を求めた。

 母の実家の財産や権力を手に入れる為に婿入りした彼にとって、不出来な子供を持つ事は、自身のプライドが許さなかったからだ。

 彼が気にしているのは、あくまで自分の体裁だけだ。

 

 母は、私が自分の思い通りにならない事をひどく恐れた。

 私は離婚した父の血を濃く継いでると、母は口癖のように言っていた。

 おまけに私は、他人が当たり前のように身につけている常識や倫理観を、理屈でしか理解できなかった。

 私が何を考えているのかわからないから、いつか自分に牙を剥いて噛み殺してくるとでも思っていたんだと思う。

 母は、権力を振り翳して、教育という名の洗脳で、私を支配しようとした。

 

 私は『いい子』でいる為に、一歩もズレないように、自我を殺して、仮面を被って、 2人が敷いたレールの上を歩いた。

 自我を代償に手に入れた平穏で安全な人生を、私は作り笑顔で受け入れた。

 

 子供に怯える母親に、愛情のない父親。

 やりたくもない部活や習い事に時間を浪費する毎日。

 教師への媚び売り。

 偽りの友情。

 婚約者との中身のない会話。

 何もかもが無意味だった。

 

 自分に嘘をつき続ける日々だった。

 何の為に、誰の為に…生きているのか死んでいるのかすらも、わからない人生だった。

 

 

 

 そんな私も、一度だけ、友達の前で自我を出した事があった。

 クラス委員を決める投票の時だった。

 

「……はぁ?何だこれ、『ビル・ゲイツ』?おい誰だよ!投票用紙に『ビル・ゲイツ』って書いたの!」

 

「おい山田〜、どうせお前なんじゃねーの?」

 

「はぁ!?違ぇしオレじゃねぇよ!」

 

 投票中に誰かがふざけて、クラス一のお調子者が疑われた。

 私は、疑われていたクラスメイトに、笑顔で言った。

 

「山田君。ふざけてないで、真面目に投票しようね」

 

 私は、投票中にふざけた『誰か』を、理由も聞かずに否定した。

 するとクラスの皆は、私に同調した。

 

「そうだよ〜!」

 

「山田〜、スベってんぞ〜!」

 

「シラケるわー」

 

「だからオレじゃねぇって!」

 

 皆は、投票中にふざけたはみ出し者を、寄ってたかって非難した。

 誰も、ソイツを庇おうとはしなかった。

 

 そのはみ出し者は、何を隠そう、私だった。

 投票中にふざけた事に、特に理由はなかった。

 強いて言うなら、何の意味もない毎日に対する、ほんのささやかな反発だったのかもしれない。

 …あるいは、誰かにわかってほしかったのかもしれない。

 引き留めて欲しかったのかもしれない。

 刺されてボロボロになって、緩やかに死に向かっていく、出来損ないの私の自我を。

 

 だけどクラスメイトの反応を見て、わかってしまった。

 ここに、私の居場所は無い。

 社会に適合できない欠陥品の私には、自我を殺してただ人に流されるしか、生きる道は残されていない。

 どこまで行こうと、私は独りだ。

 

 

 

 『今際の国』に来て、殺してきた自我がとうとう爆発した。

 今まで受け入れられなかったものを吐き出したら、何だかスッキリした。

 俺は自分が生き残る為だけに、人を殺した。

 生まれて初めて本物の死に触れて、生きてる実感が湧いた。

 身体は熱くて疼くのに、心は冷たい感じがして、何だかそれが心地良かった。

 

 ……ああ、なんだ。

 こうすれば良かったんだ。

 

 他人の事なんか、わからない。

 だから誰も、俺の事なんかわからない。

 理解できないなら、しなくていいから…

 誰も、俺の中に踏み込んでくるな。

 

 俺は、生きてる実感が欲しかった。

 退屈しない毎日が欲しかった。

 自分が自分でいられる場所が欲しかった。

 

 ずっと欲しかったものを、手に入れたはずだ。

 なのに、どうしてだろう。

 心のどこかで、まだ何かを欲しがってる気がするのは。

 

 

 

「一緒に生きよう、ヒヅル。お前が生きていてくれる、それだけで、オレにとっては希望なんだ」

 

 誰も踏み込まなかった俺の心に、ヘイジは踏み込んできた。

 すごく痛くて、苦しかったけど、心が軽くなった。

 止まっていた時間が進んで、世界が鮮やかに色づいて見えた。

 

 ……そっか。

 俺は…誰かに、触れてほしかったんだ。

 見つけたかったんだ。

 命を懸けてでも、信じたいと思える何かを。

 

 …あぁ、何だ。

 ここにいるじゃん。

 俺だけの、ヒーロー。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「思い返せば、嘘をつき続ける人生だった…他人にも…自分にも……そうじゃなきゃ、嫌われて、否定されて、終わりだから……」

 

 俺は、震える声で、自分の話をした。

 他の3人は、黙って俺の話を聞いた。

 

「誰の為に、何の為に生きているのかわからない人生だった…それでも、ヘイジがオレの心に触れてくれたから…遅かったけど…散々間違えて、傷つけて、遠回りしてきたけど…やっと、本当に望む生き方を…見つけられたんだ……」

 

 …どうしてだろう。

 身体はどんどん冷えていくのに…心は、とても温かい。

 きっと、ヘイジの……いや、この国で出会った皆のおかげかな…

 そう思っていると、チシヤが俺に尋ねる。

 

「ヒヅルちゃんの…望む生き方って…?」

 

「………笑わない?」

 

「笑う元気も…もうねぇよ…」

 

 俺が念押しすると、ニラギが弱々しく言った。

 俺は、血を吐きながら、昔抱いていた夢を語った。

 

「オレさ…ヒーローになりたかったんだ…昔見てたアニメの…ヒーローが…すげぇ、カッコよくてさぁ……ずっと、忘れてたけど…やっと、思い出した……この国で、人に出会って…世界は、白と黒だけじゃなくて…色んな色があって…色んな人がいて……心に触れるって事が…とても温かくて…満たされるんだって事を…知れたから……もう一度、ヒーローになりたいって…誰かを助ける為に、強くなりたいって思えた……自分の為に生きるって…決めたけど……これが…オレの、本当の気持ち……」

 

 3歳の誕生日、お父さんがヒーローの絵本を買ってくれた。

 俺の中の、一番古い記憶。

 思えば、あれが全ての始まりだった。

 

 昔はただ、それが正しい事なんだって信じてただけだった。

 だけど、今は違う。

 

 この国で、色んな人に出会えたから。

 世界には色んな色があって、温かくて…俺とヘイジだけじゃなくて、色んな人の存在が、この世界を形作ってるって事を…人の心に触れる事が、誰かを想う事が、空っぽだった心を満たしてくれるって事を知れた。

 この国で、色んな人にもらったものを、今度は誰かに与えたいって思えた。

 嘘ばかりつき続ける人生だったけど…やっと、本当の気持ちに気づけた。

 

 うまくいかないかもしれない。

 ただの自己満足かもしれない。

 人に優しくなんて、そう簡単にできないのかもしれない。

 それでも…俺は、昔思い描いた夢を、もう一度見たい。

 誰かの為に、強くなりたい。

 

 散々な人生だったけど、その人生があったから、望む生き方を見つけられた。

 俺は、ヘイジと生きる為に生まれて、生きて、この国に来て、ヘイジに出会って…だから今ここにいる。

 俺はもう、過去の自分をなかった事にはしない。

 虚しかった過去も、葛藤も、後悔も、全部、望む未来へ連れて行く。

 それが俺の望む生き方だ。

 

「ゲホッ…クソみたいな生き方……してきたけどさ…それでも、そのクソみたいな人生があったから…望む生き方を見つけられた……だからオレは、過去を全部…お前と生きる未来へ…連れて行く………!!考えた事…感じた事…楽しかった事…嬉しかった事…悲しかった事…悔しかった事…痛かった事…苦しかった事…虚しかった事……全部……!!これが、オレの自我(エゴ)だ…!!」

 

 俺は、自分の本心を、ヘイジに語った。

 やっと、打ち明けられた。

 俺が言うと、ヘイジは俺の頬を撫でて言った。

 

「なりたいも何も…お前はもう、オレのヒーローだよ」

 

「ヘイ…ジ……」

 

「この国に来る前はさ…何やってもダメで、人に裏切られて…もう何もかも、投げ出したいって思ってた。でも、お前やニーナ…アヤカやイバラ…この国で、色んな『人』を見て、考えが変わったんだ。オレは、お前がいたから生きてこられた。お前が、この世界は絶望だけじゃないって事を教えてくれた。あの日から、お前はオレのヒーローだったんだ」

 

「お前…なら……そう、言って……くれると…思った……」

 

 ヘイジは、俺が今一番欲しかった言葉を言ってくれた。

 何でかな…ヘイジなら、俺が一番言って欲しい言葉を、言ってくれる気がした。

 だってヘイジは、俺のヒーローだから。

 

「元の世界に戻ったら…お前がやりたい事、全部やろう。お前が好きだって言ってたリンゴを、たらふく食べよう。冬になったら、雪を見に行こう。雪だるまを作って、かまくらの中で餅焼いて食べよう」

 

「オレがやりたい事…だけじゃ…ダメだよ……ヘイジは…何が、したいの……?」

 

「オレは……妹に会いたい。元の世界に残してきちまった、たった一人の家族だから…アイツの作った、肉じゃがが食べたい。東京を観光したいって言ってたから、ディズニーに連れて行ってやりたい。もちろん、お前や、この国で出会った皆も一緒にだ」

 

 俺が尋ねると、ヘイジは元の世界に戻ったらやりたい事を話した。

 ディズニーは東京じゃないでしょ…

 

「…あと、見たかった映画もあるんだ。それから……この国に来る前は、何もかもが嫌になって逃げちまったけど…今度こそ、ちゃんとやり直したい。あれ…?今まで生きる事に必死で、考えもしなかったけど……今になって、やりたい事、どんどん湧いてきた…」

 

 ヘイジは、目からポロポロと涙をこぼしながら言った。

 …どうしてかな。

 俺も、目の奥が熱くなって、視界がぼやけてきた。

 

「ねぇ、ヘイジ…お願いがあるの……」

 

「何だ?」

 

「……キスして」

 

 俺が言うと、ヘイジがキョトンとする。

 

「………えっ?」

 

「元の世界に…戻ったら…ヘイジと、離れ離れに…なっちゃうかも…しれないから……お前と一緒に、生きた証を…身体に、魂に、刻んでほしいの…どんなに遠く離れても…たとえこの国での事、全部忘れちゃったとしても……いつか必ず、お前と…出会えるように……深く、繋がっていたいの…」

 

 俺は、ヘイジの顔に手を伸ばしながら言った。

 ヘイジは、何かを迷っているのか、しばらく俯いていた。

 だけど何かを決心したのか、俺の髪を撫でながら微笑んだ。

 

「……君が、それを望むなら」

 

 そう言ってヘイジは、俺にキスをしてきた。

 何度も、何度も、深く口付けた。

 まるで、魂の奥深くにまで、刻み込むかのように。

 

 痛みが、苦しみが、全部溶かされて和らいでいく。

 髪を撫でられて、耳を覆うように手を添えられたものだから、キスの音とか、心臓の鼓動とか、ヘイジの少し掠れた声とかがより鮮明に聴こえる。

 お腹の奥がずく、って疼いて、背筋がぞくぞくって震える。

 さっきまで寒かったはずの身体が温かくなって、頭がフワフワする。

 

「……ヘイジ…泣いてる…」

 

「ヒヅルこそ…」

 

 ヘイジの青みがかったグレーの瞳に、自分の顔が映る。

 ヘイジの瞳は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだった。

 

「ヘイジ…好き……だよ……」

 

「…オレも、大好きだよ…ヒヅル…」

 

 俺はヘイジの首に腕を回して、自分からヘイジに深く口づけた。

 これで絶対、ヘイジの事を忘れない。

 どんなに遠く離れたとしても、必ず見つけ出せる。

 

「目の前で…イチャついてんじゃ…ねぇよ……」

 

「人が…苦しんでる時に…君達何やってんの…?」

 

 ニラギとチシヤは、悪態をつきながら俺達から目を逸らした。

 文句を言いつつも水を差してこないあたり、意外にも空気を読んでくれる奴等なんだな、と思った。

 …まあ、水を差す元気もないだけかもしれないけど。

 

 俺には、一緒に歩んでくれる人がいる。

 もう、自分に嘘はつかない。

 考えた事、感じた事、思ってきた事、全部未来へ背負って生きていく。

 

 ねぇ…ヘイジ。

 俺はお前と生きる為に、今日まで生きてきたんだよ。

 お前がいれば…どこへでも、どこまでも、俺は翔けて征ける。

 

 

 

 

 

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