Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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じょおかあ

ヘイジside

 

「何でつまらんのじゃ!タケちゃんは誕生日にスーパーゲームボーイ買うてもろうたって言いよったぞ!何でオレには何も買うてくれんのじゃ!」

 

「せせろしい!!お前はいつもさえんものばっかり欲しがって!何がスーパーゲームボーイじゃ!跡継ぎとしての自覚が、お前には足らん!そがいなんで、この家を守っていける思うとるのか!!」

 

「父ちゃんのアホ!!もう知らん!!」

 

 子供の頃は、いつも怒られてばかりだった。

 田舎の古い家の大黒柱だった父さんは、長男の俺に家督を継いでほしくて、俺を厳しく躾けてきた。

 古い伝統や慣習に縛られて、それを子供にも押し付けようとする父さんの事が、俺はずっと嫌いだった。

 父さんは俺の人生になんか興味なくて、ただ家を守りたいだけなんじゃないかってずっと思ってた。

 

「平治、また父さんと喧嘩したの?」

 

「なぁ母ちゃん。母ちゃんは何で、あがいなケチな頑固オヤジと結婚したんじゃ?父ちゃんは、オレの欲しいもの何も買うてくれん」

 

「平治、母さんと一緒にお歌歌おうね。い〜のこいのこ、い〜のこも〜ち〜つ〜いて…」

 

「それ、友達に見られたら恥ずかしいけぇヤダっていっつも言いよるじゃろ!いつまでもオレを赤ちゃん扱いすんな!母ちゃんのアホ!!」

 

 俺には、母さんとの思い出があまりなかった。

 母さんは、美人で優しくて朗らかな人だったけど、幼稚というか…どこか浮世離れした人だった。

 舌足らずで、口を開けば幼稚園児みたいな事ばかり言ったりして、全然話が噛み合わなかった。

 おまけに物事の分別がつかなくて、どんなに理不尽な事を言われようと、ニコニコ笑って人の言う事を馬鹿正直に聞いた。

 

 血の繋がった家族のはずなのに、母さんが何を考えているのか、最後までわからなかった。

 母さんの事は、嫌いじゃなかったけど、何となく薄気味悪かった。

 俺は、知らず知らずのうちに冷たい態度を取って遠ざけてきた。

 

 俺の家がどこか歪だったって事は、子供の俺にも何となく理解はできてた。

 古臭い慣習を押し付けてくる父親に、コミュニケーションも満足に取れない母親。

 そんな家に生まれた俺の癒しは、歳の離れた妹だけだった。

 

「にぃに、にぃに」

 

「沙由…お前はええなぁ。頑固オヤジにガミガミ怒られんで。長男なんて、何一つええ事なんかなぁよ。オレも、お前になりたかったのぉ」

 

 俺は父さんに怒られた後は、いつもまだ幼い妹に愚痴を言っていた。

 思えば、妹には随分と迷惑をかけてきた。

 他人の苦労なんか知らずに、他人を羨んで、僻んでばかりだった。

 自分の受けた理不尽ばかりを数えて、あの家に俺を産んだ親を恨む日々だった。

 

 

 

「なぁー、平治!今日の宿題、教えてくれん?」

 

「…何でオレに聞くんじゃ」

 

「お前がクラスで一番頭ええけぇに決まっとるじゃろ!頼むよ、オレ達親友じゃろ?」

 

 他人を僻んで無いものねだりばかりしていた俺に、愛想を尽かさずに構ってくれたのが、彰人だった。

 彰人は、良くも悪くも奔放な奴で、いつもイタズラをしては大人に怒られていた。

 

「お前、何で急に勉強なんかやり出したんじゃ?宿題を真面目にやった事なんか、今までいっぺんもなかったじゃろ」

 

「何でって…ようわからんけど、勉強出来た方が女の子にモテるんじゃろ?その点、平治はええよなぁ。勉強も運動も出来て、女の子にもモテて…オレな、佳奈にフラれたんじゃ。アイツ、お前が好きなんじゃと。平治は、オレの欲しいもん何でも持っとって羨ましいで」

 

「……オレの方こそ、お前が羨ましいよ…」

 

 『いいよなお前は、気楽そうで』…俺は出かかった言葉を飲み込んだ。

 アイツには夢があって、生きる希望があって、夢を応援してくれる家族がいた。

 ただ漠然と、親の言う事を聞きたくないからって、反抗心で進路を決めた俺とは違った。

 ずっと、何の為に生きているのか、わからない人生だった。

 俺は、俺にはないものを持ってる彰人が羨ましかった。

 

 

 

 俺が13の頃、父さんが病気で倒れた。

 その時医者からは、あと5年も生きられないだろうと告げられた。

 父さんの持病に最初に気付いたのは、母さんだった。

 母さんは、知能や精神年齢は幼児並みだったけど、直感は鋭い人だった。

 いつもは何があってもニコニコしてる母さんだったけど、家族に大きな不幸が降りかかる日の直前の晩は必ず、台所で一人蹲って泣いていた。

 父さんが倒れる日の前日も、母さんは泣いていた。

 きっと、父さんと過ごせる時間が永くは残されていない事を、悟っていたんじゃないかと思う。

 

 そして俺が15の頃、母さんが死んだ。

 事故死だった。

 あの日母さんは、病床に臥した父さんを元気づける為に、家の木に実っていた桃を収穫しようとしていた。

 その時に脚立から転落して頭を強く打って、そのまま逝ってしまった。

 母さんは、自分が死ぬ日の前日だけは、泣かなかった。

 あの日俺は、命は俺が思っていたよりもずっと軽くて、くだらない理由で呆気なく消えてしまうものなのだという事を学んだ。

 俺は、浅はかにも母さんに冷たい態度を取ってきた事を、何度も後悔した。

 

 母さんが死んでから、父さんは、心労で持病が悪化して、翌年には母さんの後を追うように去ってしまった。

 正直、父さんがそこまで母さんの事を大事に思っていたのは、意外だった。

 どうせ、跡継ぎ(オレ)を作る為だけに、大人しくて従順な母さんと結婚したんだろうと思ってたから。

 

 父さんが俺と妹の将来の為に多額の貯金をしてくれていた事を、あの人が死んだ後に知った。

 仮に俺と妹が2人とも私立医大に進学したとしても、まだ有り余る程の額だった。

 俺は、父さんの事を何も知らずに悪態ばかりついていた過去の自分を呪った。

 

 俺は、父さんに誇れる息子になりたくて、『誠実に生きろ』という父さんの言葉だけは、何があっても守ってきた。

 受験も、部活も、就職も、亡くなった父さんと母さんに誇れる『何か』を手に入れる為に頑張ってきた。

 だけど努力が報われた事は、一度もなかった。

 俺は、前に進んでいたんじゃない。

 親を失って、後に退けなくなっちまってただけだ。

 

 父さんが死んでポッカリと開いた心の穴を埋めてくれたのが、恋人の佳奈だった。

 だけどアイツは、あろう事か俺を裏切って、彰人と二股をした。

 また、自分は何故生きているのか、わからなくなった。

 俺は、誰の為に、何の為に生きているのか、その『答え』をずっと探し求めてた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 気がつけば、俺は暗闇の中にいた。

 暗闇の中には、俺の実家によく似た廊下があった。

 

 一歩進むと、暗闇の中に障子が浮かび上がった。

 障子には、人影が映っていた。

 俺は障子を開けて、その先の景色に目を向けた。

 

 

 

「うああぁぁん…!!」

 

「泣くな!!跡継ぎとしての自覚が、ワレには足らん!!来い、ワシがその軟弱な根性を叩き直しちゃる!!」

 

 白髪の混じった中年男が、泣いている幼い男の子を引っ叩いて怒鳴りつけた。

 男はそのまま、男の子の腕を引っ張って裏庭に連れていた。

 これは…俺の記憶じゃない。

 若い頃の爺ちゃんと、子供の頃の父さんだ。

 

 そうか…父さん。

 アンタも、俺と同じだったんだな。

 アンタも昔は、望まない形で慣習を押し付けられていた側だったんだ。

 

 アンタはただ、愛情の向け方を知らなかっただけだった。

 傷つけられて、否定されて、愛情を与えられてこなかったから…

 

「父さん……」

 

 俺がその場から立ち去ろうとすると、今度は襖が暗闇の中に浮かび上がった。

 俺は暗闇の中を歩いて、その襖を開けた。

 

 

 

「頭は悪いが従順で器量の良いお前だから、嫁に出してやったんだぞ。良かったな、我が家で一番の出来損ないが、最後に親孝行できて」

 

 十六、七くらいの女の子に、眼鏡をかけた中年男が蔑むような発言をした。

 女の子は、俺が生まれる前の母さんだった。

 母さんは、文句一つ言わずに両親に向かって首を垂れ、そのまま荷物を持って家を出て行った。

 

 子供のように無邪気でどこか浮世離れしていた母さんは、両親に出来損ないの烙印を押された。

 父さんとのお見合いは、跡継ぎが欲しい父さんの両親と、娘を追い出したい母さんの両親の利害が一致したというだけの話だった。

 愛のない結婚がうまくいくはずもなく、同居しても、2人の心の距離は縮まらなかった。

 だけど最初に歩み寄ったのは、父さんだった。

 

「なぁ…由希。お前はオレと結婚して、幸せか?」

 

「〜♪〜♬」

 

 父さんは、縁側で隣に座る母さんに声をかけた。

 母さんは、父さんが話している最中にもかかわらず、ニコニコと笑顔で童謡を歌いながら、庭で採れた柿を剥いていた。

 

「…オレは、何の為に生きとるんじゃろう?」

 

 父さんは、暗い表情を浮かべながら、自分の存在理由を母さんに尋ねた。

 まるでこの国に迷い込む前の俺みたいだ。

 すると母さんは、柿を剥く手を止めて、父さんの頭を撫でた。

 

「大丈夫?どっか痛いの?」

 

 母さんが言うと、父さんはわずかに目を見開く。

 母さんは、剥いた柿を半分に切って、父さんに差し出した。

 

「はい、はんぶんこ!」

 

 母さんは、満面の笑みを浮かべながら、父さんに話しかけた。

 父さんは、目に涙を浮かべて肩を震わせた。

 

「うあああ…!!うあああ、あああ!!」

 

 父さんは、母さんの細く小柄な身体を抱きしめながら、まるで子供のように大声を上げて泣いた。

 母さんは、ニコニコと笑顔を浮かべながら、父さんの頭を撫でた。

 夫婦同士なのに、まるで幼い少年と少女を見ているようだった。

 父さんも母さんも、周りの大人から充分な愛情を与えられなかったから、大人になれないまま、身体だけが大人になってしまった。

 だからこそ、互いが互いの希望になっていたんだ。

 

 

 

「はい、アンタの分」

 

 ヒヅルが、手料理の入ったお椀を俺に手渡してきた。

 ニーナを失って、生きる意味を失くした俺に、もう一度生きる意味を与えてくれたのがヒヅルだった。

 ヒヅルが俺に言った何気ない一言が、俺にとっての希望だった。

 ヒヅルの一言のおかげで、俺は生前の母さんの言葉を思い出した。

 

 

 

 ――大きいお茶碗は、お父さんの分!小っちゃいお茶碗は、平治の分!

 

 

 

「うぅ…うぐっ…ふっ、うぅ……」

 

「飯食いながら泣いてるよこの人…」

 

 思わず、涙が溢れ出た。

 ヒヅルの言葉が、俺に大事な事を思い出させてくれた。

 俺はちゃんと、父さんと母さんに望まれて、この世に生まれてきたんだって事を。

 

 

 

「ヒヅルテメェ、美味いとこばっかバクバク食ってんじゃねーよ!」

 

「クリハラうるさい」

 

「クリハラ『さん』な!?ちったぁ歳上を敬い労れ!!モモ肉オレにも食わせろ!!」

 

「……………」

 

「あー、そうかいダンマリかい!そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな!バーカ、アホ!クソガキ!お前の母ちゃんでーべそ!オラッ、悔しかったら何とか言ってみろ!ん!?」

 

「…………ブス」

 

「はぁん!?今テメェ何つった!?」

 

 『おにごっこ』の直前の食事中、クリハラさんとヒヅルは、夕飯の焼肉を巡って争っていた。

 正直、聞くに堪えなかったけど、3人で食事をしていると、父さんと母さんがまだ元気だった頃に一緒に食卓を囲んで談笑していた事を思い出した。

 ヒヅルが、クリハラさんが、家族とのかけがえのない日々を思い出させてくれた。

 

 

 

「ヘイジさん」

 

 どこからか、声をかけられた。

 気がつくと、俺は椅子に座っていて、目の前にはテーブルがあった。

 

「あら、ヘイジ君。ちょうどあなたの事で話し合ってたところよ」

 

 テーブルの周りの席にはニーナ、アヤカ、そしてイバラの3人が座っていた。

 3人とも、俺が死なせた人達だ。

 

「結論から話しますね…結局のところ、私達の人生は、不幸だったのか?」

 

 イバラは、他の2人に尋ねる。

 するとニーナとアヤカが答える。

 

「不幸か…と言われたら、微妙なところですね…別に虐待されてたわけじゃないですし、私にも原因がなかったとは言い切れませんし。ただ、これだけはハッキリ言えます。ヘイジさんと過ごせた最期の4日間だけは、誰に何と言われようと、幸せだったから…私の人生は、不幸じゃなかった。そう思ってます」

 

「まぁ、アタシの場合は、どのみちいつか『げぇむ』で敗れて死ぬ運命だったわけで、その運命を受け入れたのは私自身なわけだからね。それを不幸だなんだと嘆くのは、お門違いも甚だしいわ。誰に何と言われようと、アタシの人生は、世界で一番幸せだったわ」

 

 ニーナとアヤカは、伏目がちに話した。

 するとイバラが、紅茶を飲みながら微笑んで話す。

 

「聞きました?ヘイジ君。あまり自分を買い被らない事ね。ここには、あなたのせいで不幸になっただなんて思ってる人は、誰一人いません」

 

「アナタは、『真面目で優しいだけが取り柄』だなんて言葉を引きずってるようだけど…誰もが狂っていくこの国で、最後まで真面目で優しくいられるっていうのは…それだけですごい事だと思うのだけれどね…別に嫌味でもお世辞でもなく、本心よ」

 

 アヤカは、ウェーブのかかった髪を耳にかけながら言った。

 

「ヘイジ君。私達は、あなたに出会えて良かったと思ってる。誰が何と言おうと、あなたの人生は、誰かに祝福されたものだって事を…忘れないでね」

 

 イバラは、微笑みながら俺にそう告げた。

 イバラとアヤカは、満面の笑みを浮かべながら、花びらになって消えていった。

 俺とニーナだけが、その場に残った。

 

「ヘイジさん…私、ヘイジさんが私の事をずっと想ってくれていた事…すごく、嬉しかったです」

 

「ニーナ…」

 

「でも、私には少し重たすぎるかな…あなたを置いて逝ってしまった私には構わず、新しい幸せを見つけて下さい」

 

「何、言ってんだよ…」

 

「私の事をいつまでも気にして独り身のまま死ぬなんて、そんなの私が許しません。あなたが幸せでいてくれる事が、私の幸せだから…お願いヘイジさん、どうか幸せになって…私に、夢の続きを見せて」

 

 ニーナは、笑顔を浮かべながら、俺にそう伝えた。

 俺は、席から立ち上がって、ニーナの身体を抱きしめた。

 するとニーナは、満足そうに微笑んで、俺の腕の中で花びらになって消えた。

 

 

 

「平治」

 

 後ろから、声をかけられた。

 振り向くと、そこには父さんと母さんがいた。

 

「父さん、母さん…」

 

 俺は、散々ひどい態度を取ってきた2人に、謝ろうとした。

 だけど俺が頭を下げる前に、父さんが深々と頭を下げた。

 

「すまんかったな…」

 

「…え?」

 

「お前に父親らしい事、何もしちゃれなかったのぉ…お前が欲しがっとったもんを、もっと買うちゃれば良かった…もっと、お前の話を聞いちゃりたかった………今でも、オレを恨んどるか?」

 

「オレは…初めから父さんを恨んでなんかいないよ。謝らなきゃいけないのは、オレの方だ。父さん、母さん…酷い事ばっかり言って、ごめん。オレ、やっと気づいたんだ。本当はずっと、父さんと母さんの事が大好きだったんだって…」

 

 本当はずっと、父さんと母さんの事が大好きだった。

 俺を望んでくれた2人に、ありがとうと伝えたかった。

 それを思い出させてくれたのが、この国で出会った皆だった。

 

 

 

 ――ヘイジさん。

 

 ――ヘイジ!

 

 ――ヘイジ君。

 

 ――ヘイジ…

 

 ――ヘイジ!!

 

 

 

 この国で出会った皆の、俺を呼ぶ声が聴こえる。

 

 ニーナに、ヒヅルに、クリハラさん。

 アリスに、ウサギに…カルベ、チョータ、シブキさん。

 ボーシヤに、アグニに…アンさん、マヒルさん…クイナさん、ネズミとヤヨイ、リナさん…

 ヤギ、タッタ、ラスボス…クズリューさんに、ミラさん…『ビーチ』の皆。

 トカゲに、メイさんに…ドードー、ヘイヤ、カタビラさん。

 シェルターで寝食を共にした皆。

 アヤカに、アイに、『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』…それからイバラ。

 チシヤと、ニラギ。

 

 ヤバと、バンダ、ダイナ…それとエンジ。

 アイツらは、最後まで俺と相容れなかったけど…何かが違っていたら、友達になれてたのかな。

 

 こんなどうしようもない国で、皆に出会えたからこそ、今の俺がある。

 皆との思い出が俺の中にある限り、俺は前に進んでいける。

 

 

 

「父さん、母さん。オレを生んでくれてありがとう。オレは、父さんと母さんの息子に生まれてよかった。望まれて、たくさんのものを貰って…世界で一番、幸せだったから…」

 

 俺は、父さんと母さんに、感謝を伝えた。

 今の俺があるのは、2人が俺を生んでくれたからだ。

 俺が感謝を伝えると、母さんが、背伸びをして俺の頭を優しく撫でた。

 

「平治…いつの間に、お父さんより背が高くなったんだねぇ。あんなにちっちゃくて、泣き虫で、甘えん坊だったのに…本当に、大きくなったねぇ」

 

 母さんは、ポロポロと涙をこぼしながら笑った。

 すると父さんも、俺の肩に手を置いて言った。

 

「平治。オレ達のところに生まれてきてくれて、ありがとう。オレも…お前と沙由に出会えて、幸せじゃった」

 

 父さんは、泣きながら俺にそう告げた。

 俺も、父さんと母さんに抱きついて大声で泣いた。

 涙が、溢れて止まらなかった。

 俺達3人は、互いに抱きしめ合って、子供みたいにわんわん泣いた。

 

 涙が枯れてきた頃、父さんと母さんが俺に別れを告げた。

 

「…そろそろ、行かにゃあな。平治、達者でな」

 

「出口はあっちよ。ちゃんと、まっすぐ帰るのよ」

 

 父さんと母さんは、遠くに見える光を指さして、そのまま花びらになって消えた。

 俺は光が見える方へと、歩き始めた。

 そのまま長い道のりをひたすら歩いていると、出口の前に小さな女の子が2人見えた。

 綺麗に着飾って笑顔の仮面を被った女の子が、同じくらいの背丈の女の子に暴言を吐いていた。

 

「『悪い子』。『欠陥品』。『人間のクズ』。『お前が悪い』。『空気読もうよ』。『言う事ちゃんと聞かなきゃ』。『お前には失望した』」

 

 仮面を被った女の子が、ボロボロになって泣いている女の子を、鋭い言葉の刃で刺した。

 

 そう…か。

 ヒヅル。

 お前はこうやって、ずっと自分を責め続けてきたんだな。

 

「『お前なんか、いない方がいいんだ』」

 

「ぐすっ…ひぐっ…うぇぇぇん…!!」

 

 仮面を被ったヒヅルが、本来のヒヅルを罵倒すると、罵倒されたヒヅルが泣いた。

 今はただ、触れたかった。

 ボロボロに傷ついて泣いている、ヒヅルの心に。

 俺は、泣いているヒヅルを抱きしめた。

 

「そんな事ない。オレは、君がいてくれる、ただそれだけでいい。君は、生きたいように、生きていいんだよ」

 

「う…うああああ…!!うああ、ああああ!!」

 

 俺がヒヅルにそう告げると、ヒヅルは俺に抱きついて、大声で泣いた。

 俺がボロボロのヒヅルを抱きしめている近くでは、仮面を被ったヒヅルが、つまらなさそうにため息をついて、暗闇の中へと歩き出した。

 俺は、去ろうとするヒヅルの手を取って引き留めた。

 

「今なら、君の気持ちがよくわかる。君も本当は…友達が欲しかったんだよね」

 

 俺がそう告げると、ヒヅルの被っていた仮面にヒビが入って、粉々に割れた。

 仮面を被っていたヒヅルは、泣いていた。

 するとさっきまで俺が抱きしめていたヒヅルが、泣いているヒヅルに手を差し伸べる。

 着飾ったヒヅルは、ボロボロのヒヅルの手を取った。

 

「一緒に帰ろう。オレ達を生んでくれた、あの世界へ」

 

 俺は、ヒヅルの小さな手を取って、光の中へと歩き出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 気がつくと、チシヤとニラギ、それからヒヅルの応急処置を終えた俺は、ヒヅルと抱き合っていた。

 腕時計を見れば、時刻は日付をまたぐ直前だった。

 ふと視線を下にやると、ヒヅルが、俺の腕の中で息を荒くしていた。

 

「ヘイジ……」

 

「ヒヅル…」

 

 ヒヅルが、俺の頬に手を添えてきた。

 ヒヅルは、息を整えながら口を開く。

 

「あのね…オレ、夢を見てたの…暗くて冷たい…まるで海の底みたいな、暗闇の中で……子供の頃のヘイジに出会って…2人で一緒に、光の中へ…吸い込まれていく夢…」

 

 そう言ってヒヅルは、目を細めながら微笑む。

 俺と、同じ夢を見てたのか…

 これもきっと…偶然なんかじゃなくて、この国で出会った『縁』なんだろうな。

 

「……オレも、夢を見てた。お前と一緒に、暗闇を抜ける夢」

 

 そう言って俺は、ヒヅルの乱れた髪を手で梳かして、ヒヅルの小さな身体を抱きしめた。

 ヒヅルの匂いが、俺の鼻を擽る。

 今となっては嗅ぎ慣れた…安心する匂いだ。

 

 俺がヒヅルを抱きしめると、ヒヅルが俺にキスをしてきた。

 俺はヒヅルの腰を引き寄せて、何度目かもわからない口付けを交わした。

 …何か、最初よりキスが上手くなってる気がする。

 俺がヒヅルの柔らかい髪を撫でていると、ヒヅルが口を開く。

 

「ヘイジ」

 

「何だ?」

 

「ヘイジ…」

 

「うん」

 

「……ヘイジ」

 

「聴こえてるよ」

 

 ヒヅルは、何度も俺の名前を呼んだ。

 俺はその度に、ヒヅルの目を見て答えた。

 

「ヘイジ…好きだよ。愛してる」

 

「俺も、愛してるよ…ヒヅル」

 

 ヒヅルと俺は、互いに愛を口にし合った。

 多分俺の『愛』とヒヅルの『愛』は、その本質が違うと思う。

 だけど相手を守りたい、一緒に笑い合いたい、一緒に生きたいという気持ちは、きっと同じだから。

 元の世界に戻っても必ず巡り逢える、そう信じてる。

 

「いつまで、イチャついてんだ…テメェら…」

 

「全くだよ…やるなら他所でやって…くれないかな…」

 

 俺達が深く繋がり合っていると、ニラギとチシヤが悪態をつく。

 俺とヒヅルは、顔を見合わせて笑った。

 するとその時だった。

 

 

 

 ――ドンッ!

 

 ――ドドンッ!!

 

 

 

 夜空に、無数の花火が上がったのは。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

クリハラside

 

《『げぇむくりあ』。『げぇむくりあ』》

 

 機械音声と共に、無数の花火が上がる。

 

「ぎゃはは!アイツら、『くりあ』しやがったァ!!」

 

「ウチにはわかっとったで!!やってのけてくれるってな!!」

 

「2人とも、無事だといいですね…」

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!や゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

「先生、泣きすぎ…」

 

 俺達は、アリスとウサギの勝利を、皆で喜び合った。

 俺に至っては、滝のような涙を流して『ビーチ』の仲間に抱きついた。

 だが、その直後だった。

 

《おめでとうございます。ただ今を持ちまして、()()の全ての『げぇむ』が『くりあ』されました。これより、生き残った『ぷれいやぁ』の皆様全員には、この『今際の国』の国民となって()()の『げぇむ』に参加する事が出来る『永住権』を、取得するか放棄するかの選択が与えられます。それぞれがお答え下さい。この国に永遠に身を置き、これからも殺し合いを続ける権利を、『手にする』か『手にしない』かを》

 

 どこからか、アナウンスが流れる。

 すると他の奴等がどよめく。

 

「『永住権』…!?」

 

「何…それ!?」

 

「ヒミコの言った事は、本当だった…やはりこの国の国民は、自らの意志でここに残る事を選んだ人達だったのね…」

 

 他の奴等が動揺していると、アンが口を開いた。

 国民から『今際の国』の情報を聞き出したヘイジが、そんな事言ってたな。

 それを知ってるのは、この中じゃ俺とマヒルだけだ。

 

「『手にしない』を選んだ人達は、どうなったんでしょうか…?」

 

「元の世界に…戻れるんでしょ…!?」

 

「それは…『永住権』を手離して、ここにいない人間にしかわからないよ…」

 

「例のビームが降ってきて、その場で強制退国…とかね」

 

 ヘイヤが言うと、他の皆が黙り込む。

 レーザーで撃ち抜かれて今殺されるくらいなら、国民になった方がマシってか…

 だがその時、クイナが迷う皆に喝を入れた。

 

「ビームが怖あて国民になりますってか…?アホぬかすな!元の世界に戻れるかどうかやない、戻りたいかどうかやろ?少なくともウチはその為に、今日まで戦ってきたんや…聞かれるまでもあらへん。ウチが選ぶのは、『永住権を手にせぇへん』や!」

 

「オレも、そんなものは『手にしません』!」

 

「当然、『手にしないわ』よ」

 

「『手にしない』」

 

「『手にしてたまるか』っての!」

 

「私も、『手にしない』!!」

 

「『手にしない』わ!」

 

「『手にするわけねー』だろッ!!」

 

「『手にしない』…かな」

 

「トカゲ君が言うなら…私も、『手にしないわ』」

 

「私は、『手にしないわ』!」

 

「オレは、『手にはしねぇぞ』!!」

 

「私も…『手にするわけない』でしょ!?」

 

 俺以外の皆は…全員『手にしない』事を選んだ。

 俺は…

 

「誰がそんなもん、『手にするかよ』!!」

 

 当然、『手にしない』を選んだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

カタビラside

 

 アリスとウサギが『げぇむ』会場に向かった後、アグニを助ける為に来た道を戻った俺は、空を見上げた。

 俺は、俺の治療を受けたアグニの隣に座っていた。

 『永住権』か…

 

「『手には、しねぇ』…!!」

 

「オレも…『手にしてたまるかよ』…」

 

 俺は、『手にしない』を選んだ。

 この国に来て、ずっと、死に場所を探してきた。

 だが国民になってクソゲーに参加し続けるくらいなら、もう…この国には、いなくていい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ダイナside

 

 私は、ヤバ君とバンダ君の2人と一緒に花火を眺めていた。

 『永住権』ねぇ…

 

「無論、『手にする』だ!!」

 

「僕も…有り難く『手にしよう』か…」

 

「『手にします』っ!国民になりたい!『今際の国』を壊したい!ビバ、ボーダーランド!」

 

 私は当然、『手にする』を選んだ。

 だってこの国は、こんなにもキラキラしたもので満ち溢れてるんだもん!

 早く国民になって、この国をメチャクチャにぶち壊したい!

 綺麗なものを壊すのって、とってもキモチイイの!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アリスside

 

「ウサギ…ありがとな…出会ってから今日までずっと、君には助けられてばかりだった…君がいなけりゃ…オレなんてとっくに死んでた…いや…助けてくれたのは…君だけじゃない…オレ1人の力で『くりあ』できた『げぇむ』なんて、ただの、1つもねぇ…!!一生感謝し続けたって、全然足りねぇよなァ…」

 

 俺は、血を失って弱っていくウサギの手を握って、涙を流しながら感謝を伝えた。

 俺が生きてここにいるのは、ウサギの…この国で出会った、皆のおかげだ。

 

「オレ…この気持ちをゼッテー忘れねぇから…皆が生かしてくれたこの命を、最期まで全力で使い切ってみせるから…だからもう、ここには用はない…オレは、『永住権を手にしない』」

 

「私…も、『手に…しな…い』」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヘイジside

 

 俺達は、空に浮かぶ花火を見上げた。

 『永住権』…か。

 

「オレ…は…『手にしなくていい…』かな…君達は…どうする気だい…?」

 

「さすがにもう…デスゲームは食傷気味だ…『手に…なんざ…するかよ』……」

 

 チシヤとニラギは、『手にしない』を選んだ。

 

 この国がずっと嫌いだったけど、この国に迷い込んだからこそ、生きたいと思えた。

 この国で出会ったもの全てが、今の俺にとっては、生きる理由だった。

 だから、俺は…

 

「オレは…この国で出会った皆に、たくさんのものを貰った。こんなどうしようもない世界だからこそ、大事な事に気づけた……それでもう、充分だ…だから…『永住権を、手にしない』」

 

「…これからやりたい事、見てみたいもの、感じたいもの…色々言ったけど……本当は、そんなのどうでも良かった…!ヘイジがいてくれさえすれば…オレは……もう、何も要らないから…!!オレは、『手にしない』っ…!!」

 

 ヒヅルは、ボロボロと大粒の涙を流しながら言った。

 俺は、ヒヅルの身体を強く抱きしめた。

 俺もヒヅルも、永住権を『手にしない』事を選んだ。

 

 これでいい。

 たとえその先にある結末が、この国からの強制排除だったとしても。

 俺はもう、この国で、充分すぎるほど貰ったから。

 俺は、ヒヅルが、この国で出会った皆が俺の中にいれば…他にはもう、何も要らない。

 

 

 

「………?」

 

 俺が決断すると、花火が止んだ。

 俺の目の前には、知らない誰かが立っていた。

 見るからに異様な光景に、ヒヅルも、チシヤも、ニラギも、誰一人として反応しない。

 …もしかして、他の3人には見えてないのか…?

 

 ふと視線を下にやると、ジョーカーのトランプが地面に落ちていた。

 コイツが…『じょおかあ』…か。

 

「そうか…アンタが…『今際の国』の全ての命を支配する、唯一の存在なんだな?この国じゃ、『ぷれいやぁ』も『でぃいらぁ』も国民も、誰もがアンタの奴隷だった…そう捉えていいわけだ…?」

 

 俺が尋ねると、目の前のソイツは、俺の質問には答えずに俺に尋ねる。

 

「私が…神に見えるか?それとも……悪魔に見えるか?」

 

 その質問を聞いて、俺は悟った。

 

 ……そうか、コイツも…俺と同じ…この国の奴隷だったんだな。

 自分の運命を誰かに握られて、理不尽に揉まれて…だだっ広い世界の中じゃ、吹けば飛んじまうようなちっぽけな存在で…

 それでも自分の役目を果たす為に、必死に今を生きてる。

 まるで…自分自身を見ているようだった。

 

「……はは、オレの目がおかしいのかな…オレには、自分を見ているように見える」

 

 俺がそう答えた、その瞬間。

 

 

 

 

 

 ――ドンッ!!

 

 

 

 一際大きな花火が打ち上がって、上空で弾けた。

 目の前が、眩しい光に包まれる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「…………」

 

 目が覚めた。

 ぼやけていた視界が、少しずつ鮮明になっていく。

 俺の視界には、ボロボロのビル群が映った。

 

 あ…れ……?

 ここは…どこだ…?

 

 全身が痛い…

 俺、何してたんだっけ…

 

 俺が瞬きをすると、救急隊員…?の人が、俺の顔を覗き込む。

 

「心肺蘇生!!意識レベルクリア!!」

 

「担架!!こっちだッ!!」

 

 次々と、他の隊員が駆けつけてくる。

 ……何だろう。

 何か、すげぇ永い夢を見ていたような気がする…

 

 

 

 

 

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