Hedgehog in Borderland   作:M.T.

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きこく編
きこくみっかめ


平治side

 

《えー、こちらは、東京上空からの映像です!大気中で爆発した隕石が23区全域に降り注いで既に2日が経ちますが、依然として火の手が上がっている地区もあります!死者2千人、負傷者2万人を超える人的被害をもたらした隕石落下による災害は、歴史上初めてのものです!専門家の調査によると、分裂直前の隕石の直径は、推定で25m、重さは1.5万トンを超えるとも言われており、衝撃波によるガラスの破損報告は、東京都のみならず他県にまで…》

 

「……っていうわけなんじゃけど〜…って、兄ちゃん!ウチの話聞いとる?」

 

「えっ!?あ、ごめん…!」

 

 俺が病院の備え付けのテレビでニュースを見ていると、妹に怒られた。

 妹は、果物ナイフでリンゴを剥いていた。

 

 2日前、23区全域に隕石が降り注ぐ、未曾有の大災害が起こった。

 妹の話によれば、救急隊員が駆けつけた時点で俺は1分くらい心肺停止していたらしく、蘇生した後も2日間意識が戻らなかったそうだ。

 妹も、一昨日の災害で、友達を亡くしたと言っていた。

 

「ウチの事はええけぇ、養生せぇよ。はい、リンゴ」

 

「……ありがとう」

 

 妹は、剥いたリンゴを盛り付けた皿を、俺に手渡してきた。

 すると、その時だ。

 

「ヘイジ!!」

 

「ヘイジ君!!」

 

 彰人と佳奈が、病室に駆けつけてきた。

 

「………何しに来たんだよお前ら」

 

 俺は、2人に向かって言い放った。

 …ホント、何しに来たんだよ。

 言っとくけど俺は、お前らがした事は忘れてねぇからな。

 

「「ごめんっ!!」」

 

 2人は、俺に頭を下げて謝ってきた。

 

「……え?」

 

「ヘイジ君が、隕石の被害に巻き込まれたって聞いて…それで、居ても立っても居られなくなって来たの…あの日の事、まだちゃんと謝ってなかったから…私、どうしてもヘイジ君に嫉妬してほしかったの…!だって、付き合ってもう6年目なのに、ヘイジ君が何もしてこないから…本当は私なんか愛されてないんじゃないかって、不安になって……それで魔が差して、彰人に彼氏のフリするように頼んだの…ヘイジ君に最低な事しちゃったし、最低な事言っちゃったと思ってるわ…!本当にごめんなさい…!!」

 

「…オレ、昔から何やってもお前に勝てなくて…せめて佳奈の事だけは振り向かせようとしたけど、それも上手くいかなくて…バイトで先輩風吹かせようとしても、後から入ってきたお前の方が仕事こなしちまうし…どうしようもなくムシャクシャして、お前を悔しがらせたかったんだ。そんな時、佳奈に彼氏のフリしてくれって頼まれたから…魔が差して承諾しちまった。バイト先の店長が言ってたよ。お前がいた時の方が売上が良かったから、辞めないでほしかったって。ダチなのに、裏切ってごめん。傷つけてごめん。オレはただ、お前が羨ましかっただけなんだよ…」

 

 佳奈と彰人は、俺に本心を語った。

 …どうしてだろう。

 俺はもう、コイツらを恨む気にも、失望する気にもなれなかった。

 むしろ、謝らなきゃいけないのは俺の方だ。

 自分の事ばかりで、コイツらが俺のせいで嫌な思いをしてたって事、何も分かってなかった。

 

「もう、いいよ」

 

「……え?」

 

「だってお前ら、何もしてないんだろ?お前らの言い分も聞かずにキレたオレがガキだった。オレの方こそ…自分の事ばっかりで、お前らの気持ちをまるで考えてなかった……ごめんな。ダチなのに、何もわかってやれなくて…」

 

 そう言って俺は、2人に頭を下げた。

 すると2人は、驚いた表情を浮かべながら顔を見合わせる。

 

「ヘイジ……お前…何か変わったか…?」

 

「そうか?」

 

 彰人が妙な事を言うもんだから、俺は肩をすくめた。

 彰人と佳奈は、また顔を見合わせると、俺にずいっと顔を寄せて小声で尋ねてくる。

 

「…ところで、心臓止まるってどんな感じなん?」

 

「やっぱりメッチャ苦しいの?それとも意識とか全然無い感じ?」

 

「はぁ!?アンタら、何フキンシンな事聞いとるん!?大体アンタら、都合良すぎじゃないん!?言うとくけど、アンタらのした事、兄ちゃんが許してもウチが許さんけぇの!」

 

「「……スイマセン」」

 

 沙由がカンカンに怒って2人に説教をすると、2人とも萎縮して肩を窄める。

 心肺停止してた間、どんな感じだったか…か。

 

「どうだかな…何つーか…長い間、どっか知らない国に行ってたような気がするけど…何も覚えてねぇや」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

栗原side

 

 俺は病院の食堂で、食券を買う為の列に並んでいた。

 見ると、目の前の20代後半くらいの隻腕の美女が、小銭入れを開けようとして苦戦していた。

 見ていられなくなったから、俺は女に声をかけた。

 

「何か食べたいものありますか?僕が奢りますよ」

 

「え…?」

 

 俺が声をかけると、女が俺の方を振り向く。

 女は、恥ずかしそうにはにかみながら左手を振った。

 

「いや、でも…申し訳ないですし…」

 

「いいから。『お互い様』っていうでしょう?」

 

 俺は、女の分の昼食を奢った。

 そのまま、2人分の食事のトレーを持って、席を探した。

 すると女が話しかけてくる。

 

「…あの、ありがとうございます。私、一ノ瀬利奈っていいます。よろしければ、あなたのお名前を伺っても…?」

 

「栗原です。栗原鳳正」

 

 隻腕の女…利奈が名乗ったので、俺も名乗った。

 すると利奈が、俺の顔を覗き込みながら尋ねる。

 

「あの。クリハラさん…えっと、どこかで会った事ありましたっけ?」

 

「…はい?」

 

「あっ…ごめんなさい。うまく説明できないんですけど…何だかずっとあなたに会いたかったような気がしたので…」

 

「……スイマセン、それって…いわゆる逆ナンってヤツですか…?」

 

「い、いえ!そういうわけじゃなくて…ごめんなさい、人違いだったかも…しれないです…」

 

 俺が肩をすくめながら言うと、利奈は恥ずかしそうに頬を赤ながら俯いた。

 俺と利奈が席を探していた、その時だった。

 

「相席で良ければ…空いてますよ」

 

 声が聴こえたので振り向くと、プリン頭の男が俺達に声をかけてくる。

 男の近くには、エクステをつけた女と、目の細い男と、髪を編み込んだ女が座っていた。

 

「…お知り合いですか?」

 

「いえ…ついさっき、会ったばっかりです」

 

 利奈が尋ねると、エクステをつけた女が答える。

 俺と利奈は、そこに座っていた根津見、弥生、真昼、安の4人と、ひょんな事から意気投合して、食事をしながら話をした。

 どうやら俺以外の5人も、心肺停止を経験したらしい。

 

「じゃあ……皆さんも一度、心肺停止に…?」

 

「そういう事に…なりますね…」

 

「流石に考えざるを得ませんでしたよ…死について。今まで自分はどこかで、こんな災害とは無縁のものと思って生きてきましたから」

 

「一度は心肺停止した人達がこうして集まって話してるって…何だか不思議な感覚ですよね」

 

 真昼が言うと、弥生も笑いながら言った。

 すると、安が口を開く。

 

「……ねぇ、臨死体験って、信じる?」

 

「へっ?」

 

 安が尋ねると、スープを飲んでいた根津見が顔を上げて間抜けな声を出す。

 真昼は、唐突に質問をしてきた安に尋ねる。

 

「………死後の世界、ってヤツですか?光を見たとか、死んだ家族に会ったとか。けどそれって、ERの照明や医師の影って話ですよね?」

 

「懐疑的…なのね」

 

「現に仮死状態になった僕にそんな記憶はないし…まあ僕らのような体験をした人がそれを機に、超常的な存在を信じたくなる気分もわからなくはないですけれど、それも結局は、意識という、脳の複雑なプログラムの中で起こる現象に過ぎないんじゃないのかなあ…」

 

「…ごめんなさい。私にはさっきから、何の話かサッパリ…」

 

 真昼が言うと、弥生は苦笑いを浮かべる。

 

「ノーベル賞を受賞した、ある神経学者は、こう言ったわ。『意識は脳とは別個に存在する可能性が、現実にある』。科学という唯物論的な考えで、生命の神秘を単純化してしまえば、決して説明できない高次元の世界…そんな世界が、本当にあったとしたら?あの隕石の落下の瞬間、亡くなった人達も皆一度は、今際の際にそんな世界を見た…そして私達は、例外的に再びこちらに戻る事を、許されたに過ぎないのかもしれない…」

 

 安は、なかなかに面白い考察をした。

 まあ…俺も、概ね安に賛成だな。

 

「オレもその意見に賛成だな。でなきゃ、一度は心肺停止した人間が、こうもポンポン息を吹き返すなんて事、あってたまるかって話になるしな……ところで安タらは、『デジャヴ』って知ってるか?」

 

「…ああ、見た事がないもののはずなのに、何かどこかで見た事があるような感覚になるっていう…アレの事ですか?」

 

「オレはこの2日間で、他にも心肺停止を経験したって患者に会ったんだがよ…皆口を揃えて言うんだよ。『どこかで会った事ありましたっけ?』ってな。心肺停止を経験した患者がどいつもこいつもデジャヴを感じてるなんて、『オレ達全員どこか知らない国に迷い込んでた』…とでも考えなきゃ、説明つかねぇだろ?」

 

 弥生が尋ねてきたので、俺が答える。

 すると今度は、真昼が俺と安に尋ねた。

 

「それってつまり…こういう事かい?心停止を経験した僕達は皆、今はそこでの記憶を持たなくても、ここではない世界を、一度は見てきたかもしれないと?」

 

「臨死体験をした者の中にはそこを、子宮の中にいるような原初的な世界だったと言う人がいる。漆黒の闇だとも、光と愛に溢れる場所だったとも。その世界に希望を見たのか、それとも絶望を見たのか、もしかしたらそれは見た者の内面によって違うのかもしれないけれど…」

 

「自分だけが再び戻ろうとする事への、負い目や罪悪感…?」

 

「そこに絶望を見た者が、それでも戻ってこられたのだとしたら、生きたかった…それでも、本当に生きたかったからなのかもしれない…死の淵から再び生きて戻るには、それくらいの奇跡が必要なのかもしれない…」

 

 安は、自分なりの考えを、俺達に話した。

 確かに…これだけの人間が死の淵から戻ってこられたってのは…『奇跡』としか言いようがないわな。

 俺がそう思っていると、真昼が俺と安に尋ねる。

 

「……ところで、君達は科学者なのかい?それとも……宗教家?」

 

「…やっぱり、忘れてちょうだい」

 

 真昼が尋ねると、安が笑いながら答えた。

 俺はそんなやり取りを眺めながらコップの水を飲んでから、口を開いた。

 

「オレは……しがない元ヤブ医者さ」

 

 俺が言うと、他の皆がきょとんとする。

 せっかく生き返れたんだ。

 俺にはこれから、やりたい事がある。

 

「…決めた。オレ、自首するよ」

 

「え……?」

 

「オレは今まで、医師免許を持たずに患者の身体を掻っ捌いて生計を立ててた。クソみてぇな人生送ってきたけどよ…せっかくこうして死の淵から戻ってきたんだ。罪を償って、今度こそ真っ当に生きようと思う。…まあ、何つーか?今際の際から戻ってこられたんだから、これから先どんなに絶望の淵に立たされたとしても、何だかんだで這い上がってこれそうな気がするんだ」

 

 そう言って俺は、ニカっと笑ってみせた。

 すると今度は、利奈が口を開く。

 

「……私は、詐欺師だったわ。『だった』って言い方はおかしいけど…」

 

「前科持ち率33%…」

 

 利奈が言うと、根津見がドン引きする。

 …まあ、6人中2人が前科持ちってのは…そうそうあるシチュエーションじゃないわな。

 俺がそう思っていると、利奈は、コップに入った水の水面を眺めながら口を開く。

 

「…私、この災害で友達を2人亡くしたの。2人とも、くだらない生き方をしてきた私とは違って、真面目に頑張ってた子達だった。私は…彼女達の為にも、罪を償って生きていこうと思う」

 

 そう語る利奈の表情は、満面の笑顔だった。

 俺達が思わず微笑んだ、その時だった。

 

「あなたっ…!!」

 

 俺の元嫁が、息を切らして食堂に駆けつけてきた。

 

「穂花…!?おまっ、何でここに…おわっ!?」

 

 俺が振り向くと、穂花が俺の肩を力強く掴んでくる。

 えっ、何…!?

 今になって、俺に恨み言でも言いに来たか…?

 穂花の態度に俺がビクビク怯えていると、穂花がガバッと顔を上げる。

 穂花は、ボロボロと涙を流しながら言った。

 

「っ、弥子ちゃんが…意識を取り戻したって…!!」

 

 ……え?

 嘘だろ…?

 弥子が……?

 2年間、俺が必死こいて治療法を探しても、意識が戻らなかったのに…

 

 本当に…

 本当に、意識が戻ったのか…!?

 

「うあああ…ああああ!!うあああああ!!」

 

 俺は、穂花に抱きついて、子供みたいにわんわん泣いた。

 

 奇跡だ。

 弥子が、戻ってきてくれた。

 それだけで、俺は…心の底から、こう思える。

 生きててよかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

帷子side

 

 俺は、病室のベッドで目を覚ました。

 俺の隣には、粟国さんって人が寝ていた。

 俺も粟国さんも、心肺停止から何とか回復したはいいものの、病院に運び込まれた時点で全身ボロボロだったらしい。

 俺に至っては右眼を失い鼓膜も破れたわけだが…まぁ、命があっただけ御の字って事にしておくか。

 

「よぉ…起きてるかい?」

 

 俺は、隣で寝ている粟国さんに尋ねる。

 粟国さんは、返事をする代わりに俺の方に顔を向けた。

 

「…アンタも、心肺停止を体験したんだってな」

 

 俺が尋ねると、粟国さんは目を細める。

 何つーか…俺達、似た者同士だな。

 

 親には愛されず、手に入れた家族も理不尽に奪われて、死に場所を探す日々だった。

 だが俺は、死の淵から戻ってきちまった。

 神様はよっぽど俺を生かして苦しめたいらしい。

 誰も俺を殺してくれないんなら…この先の人生を、精一杯生きてみるか…

 

 ふと病室の窓を見ると、誰かが俺達を覗いていた。

 中学生くらいの男の子と、顔に包帯を巻いて車椅子に乗った男だ。

 ……何だろう。

 粟国さんも、あの2人も、他人のはずなのに、どうも他人の気がしねぇんだよな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

堂道side

 

 俺は同室の戸蔭さんと一緒に、粟国さんと帷子さんの病室に様子を見に来ていた。

 俺が2人の心配をしていると、戸蔭さんが俺に話しかける。

 

「…2人共、早く元気になるといいね」

 

「はい…」

 

 戸蔭さんは、俺と同じ、心肺停止を経験した同室の患者さんだった。

 俺と似たような境遇だからか、俺より重傷なのに、俺に世話を焼いてくれた。

 お互い初対面のはずなのに、俺には、どうも戸蔭さんが他人とは思えなかった。

 

「ねぇ…アンタらさ…」

 

 声が聴こえたから振り向くと、車椅子に乗った女子高生と、顔に包帯を巻いた女の人がいた。

 女の人が女子高生の車椅子を押しているところを見ると、どうやらこの2人は同室同士らしい。

 女子高生が、俺と戸蔭さんに尋ねる。

 

「毎日そうやって、その人達の部屋の前で突っ立ってっけど、知り合い?」

 

「…いえ。何ていうか、ただ…早く元気になってくれればいいなって…」

 

「上手く言えないんだけどさ…何か、他人の気がしないんだよね…」

 

「何ソレ?命の恩人か何かみたい」

 

 俺と戸蔭さんが言うと、女子高生が怪訝そうな表情を浮かべる。

 彼女は、左脚の、膝から下がなかった。

 

「ああ、これ?崩れた屋根にグシャリよ。まあ心臓も止まっててヤバかったらしいから、死んでないだけマシってやつ?けど何でかな、今アタシ、生きてるのが前より嬉しいんだ。やりたい事いっぱいあるし。キラキラ輝く未来を夢見まくっちゃってる感じ?」

 

 そう言って女子高生は、満面の笑みを浮かべた。

 

「こんな気持ち、初めてなんだ…」

 

「オレも…早く退院して学校に戻ったら、喧嘩別れしたままの友達と、仲直りがしたいです」

 

 女子高生と俺が言うと、今度は女子高生の車椅子を押していた女の人が口を開く。

 

「私も…死の淵を体験して、何だか吹っ切れたわ。帰ったらクソ野郎との婚約なんかさっさと破棄して、クソ親とクソ兄貴を思いっきりブン殴ってやる!」

 

 女の人は、満面の笑みを浮かべて言った。

 すると戸蔭さんが、女の人に話しかける。

 

「……あの。ボク、戸蔭飛龍っていいます。あなた、お名前は?」

 

「え…っと、鐘ヶ谷芽唯…です。あの、私に何か?」

 

「すみません…あなたが、何だかボクの姉に似ている気がしたので…」

 

「え…?あの、もしかして…口説いてます?」

 

 戸蔭さんが話しかけると、芽唯さんが戸惑う。

 戸蔭さんは、恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。

 

「えっと…じゃあ、そういう事で……ん゛っ、んんっ…あの、お互い退院したらその…一緒にお茶でもどうですか?」

 

「わ、私でよければ、喜んで…」

 

 戸蔭さんが顔を赤らめながら咳払いをして言うと、芽唯さんも顔を赤らめて返事をした。

 何か…初対面のはずなのに、側から見てるとカップルみたいだな。

 俺がそう思っていると、女子高生が2人を交互に見る。

 

「お、何?何かいいカンジじゃん!」

 

 女子高生が笑いながら言うと、2人は恥ずかしそうに赤面しながら俯いた。

 

「あ、アタシ塀谷。なーんか、アタシら似たり寄ったりって感じ?似た者同士、仲良くやろーぜ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

火鶴side

 

「ゲホ、ゲホッ…ゴホッ、ゲホッ、ゼェ、ゼェ…」

 

 私は、病室で死生学の本を読んで、暇潰しをしていた。

 というのも、同室の患者さんの咳き込む音がうるさくて、眠れそうにないからだ。

 

 私の左隣に寝ているのが、苣屋さん。

 …で、今絶賛咳き込み中なのが、韮木さん。

 2人とも、私と同じように災害で内臓を負傷する重傷を負った上に、心肺停止を経験したらしい。

 だからってフツー男女同室にするか?

 しかも私、大災害の直前にオジサンに襲われかけたんだよ?

 傷心の乙女に対する気遣いは無い感じですか、そうですか。

 …ってな具合に文句を言ってやりたかったけど…まあ、私達3人はトリアージ赤の重傷者だったらしいから、それはしょうがないって事にしておこう。

 

 後から聞いた話だけど、私は一緒にいた家庭教師のオジサンが肉壁の役目を果たしたおかげでかろうじて一命を取り留めたけど、身体中にガラスの破片が刺さるわ、瓦礫の破片がお腹に貫通するわで、散々な事になっていたそうだ。

 出血がヤバかったらしいけど、奇跡的にも出血箇所を塞ぐ形で火傷をしていたから助かったそうな。

 大災害のおかげで貞操の危機を回避するなんて、私も運が良いのか悪いのか。

 でもまあ、あんなキモいオジサンに犯られるより…ましてやミンチになって死ぬよりはマシだよね…?

 

「眠れないからもう少し静かにしてほしいんだけど、やっぱり…無理な相談だよね?」

 

「オレと代わってくれるんならすぐにそうしてやるが…アンタの傷も…大概だしなァ…」

 

 苣屋さんが韮木さんに話しかけると、韮木さんが咳き込みながら答える。

 どっちもつらそうだな、なんてどこか他人事のように考えていると、苣屋さんが私と韮木さんに話しかけてくる。

 

「そう言えば、看護師さんに聞いたんだけど、君達も心肺停止を経験したんだって?死にかけた事で、何か変わったかい?」

 

「別に…見てくれが…派手になったくれぇだな…お前は…?」

 

 苣屋さんの質問に答えた韮木さんが、今度は私に尋ねる。

 うーん…いきなり私に振られてもなぁ。

 

「私、ですか…?うーん…何だか、見える世界が変わったというか…止まっていた時間がやっと動き出した…って、ところでしょうか…」

 

「ハッ…何だそりゃ…」

 

「…苣屋さんは?何か変わった事…ありますか?」

 

 私は、言い出しっぺの苣屋さんに話しかけた。

 すると苣屋さんは、ぼんやりと天井を眺めながら口を開いた。

 

「……これまで随分と、無駄な時間を過ごしてきた…これからはもっと、マシな生き方ができるような気がしてる…ってところかな」

 

「ケッ…ありきたりだな…」

 

 苣屋さんが言うと、韮木さんがそう返した。

 …何だろう。

 上手く言えないけど…この2人とは、初対面じゃない…気がする。

 

「……あの。変な事聞いてもいいですか?」

 

「…何だよ」

 

「えっと…私達、どこかでお会いした事…ありましたっけ…?」

 

 私は、苣屋さんと韮木さんに、どこかで会った事があったかを尋ねた。

 しばらくの間、病室が静まり返る。

 ……やっぱり聞かなきゃよかったかも。

 そう思っていると、苣屋さんが答える。

 

「さぁ…ね。会った事があるような気がしなくもないけど……何も覚えてないや」

 

「……ですよね」

 

「つーか…うるさいっつーならよ…外にいるモンペ何とかしろよ。アレ、お前の親だろ?」

 

 そう言って韮木さんは、病室の入り口に目を向ける。

 外では、お継父(とう)さんが、看護師さんに向かって怒鳴り散らしていた。

 

「治るかどうかわからないだと!?ふざけるな!!貴様ら、それでも医者か!!」

 

「他の患者さんに迷惑ですから、落ち着いてください…!」

 

「うるさい!!主治医を呼べ!!金ならいくらでも払う、私の娘を今すぐ元通りに治せ!!一つの傷跡も残すな!!」

 

 お継父さんは、私の身体に傷跡が残るかもしれないと聞いて激怒していた。

 あの人があそこまで怒るのは、決して親としての愛情故なんかじゃない。

 彼にとって私は、売り物以外の何物でもない。

 傷物になったら値打ちが下がる、ただそれだけの事。

 

 わざわざ病院に押しかけて大声出すなや、クソジジィ。

 生き返っただけでも御の字だってのに、傷跡くらいでガタガタ騒いでんじゃねぇよ。

 そんなキレてばっかだから、毛根腐ってんだろうが。

 

「あ゛ーウゼェ、何でいんだよあのクソジジィ…」

 

 私が舌打ちしながらぼやくと、苣屋さんと韮木さんが私を見てくる。

 苣屋さんは、顔を引き攣らせながら私に話しかけた。

 

「…ねぇ。今の…もしかして、素…だったりする?」

 

 …しまった。

 お継父さんに苛立つあまり、口が悪くなってしまった。

 同じ病室の人達の前で、何してんだろ、私…

 

「い、いや…違っ…ごめんなさい、今のは……」

 

「…いいんじゃない?別に」

 

 私が悪態をついた事を謝ろうとすると、苣屋さんが私に言った。

 

「今のが、君の本心なんだろ?その猫被り、いい加減見ててイライラするからさ。一回全部ブッ壊してみたら?」

 

 苣屋さんは、私が予想もしてなかった事を言ってきた。

 そんな事、今まで一度も言われた事がなかった。

 本心を肯定された事なんてなかったから、何だか新鮮な気分だった。

 …だけど、心にまで染みついてしまったものは、そう簡単には拭えない。

 

「……それが出来たら…苦労は、しませんよ…」

 

 私は、読んでいた本を閉じて、首を横に振った。

 すると韮木さんが、舌打ちをして私に言った。

 

「ケッ…マジでどうしようもねーな、お前……死にかけて、見える世界が変わったんだろ…?この期に及んで…まだ、親が怖ぇのかよ」

 

 韮木さんは、お継父さんの言いなりになっている私を貶した。

 悪く言われているはずなのに…どういうわけか、少しだけ嬉しかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

平治side

 

《亡くなられた被災者の方々には、心よりご冥福をお祈り申し上げます》

 

 俺は、ニュースに映っていた、犠牲者の一覧に目を向ける。

 

 

 

ーーー

 

 伏木仁菜さん  佐藤宏樹さん

 王馬歩美さん  方條行敏さん

 井上萌々花さん 佐村隆寅さん

 久間欣治さん  山根魁翔さん

 芹沢毅斗さん  弾間剛さん

 二瀬玲さん   三ツ瀬茉茅さん

 八木洋一さん  荻野勇人さん

 竜田康大さん  柏木謙介さん

 椎羅日勲さん  九条朝陽さん

 一二妃神子さん 姫路九苑さん

 織田信之助さん 等々力玉堂さん

 皇紋嘉さん   御堂武蔵さん

 秋本政臣さん  琶州部雀晴さん

 苅部大吉さん  九頭龍慧一さん

 勢川張太さん  如月詩さん

 葛城藍さん   茨原花江さん

 佐久間多恵さん 霊山柊一さん

 雛菊貞次さん  城之内健五さん

 霜月総司さん  霜月勝次さん

 邦枝史雄さん  鬼塚柚莉愛さん

 大門妃納子さん 紫吹小織さん

 武崎祥吾さん  波多月帆奈さん

 象潟弞三さん  羽柴吉秀さん

 飛燕輝彦さん  赤松翔太さん

 幌豪さん    狭間瑠輝也さん

 松平康雄さん  木場田絵馬さん

 黒田和彦さん  花咲菫さん

 加納未来さん  設楽颯胡さん

 黄斑長亮さん  馬酔木三孝さん

 明智光琴さん  前原瑞希さん

 

ーーー

 

 

 

 俺は、伏木仁菜という人の名前に目を向けた。

 …どうしてだろう。

 知らない人のはずなのに、犠牲者の一覧に載っている彼女の名前を見ると、どういうわけか心を締めつけられるような気分になった。

 どうして助ける事ができなかったのか…そんな思考が、頭をよぎった。

 

「ニー…ナ……」

 

 するとその時、診察をしてくれていた主治医の先生が、テレビの電源を切った。

 

サバイバーズ・ギルト(生き残った罪悪感)という言葉を、聞いた事はありますか?『どうして自分だけが助かってしまったのか』、『何故助ける事ができなかったのか』。大規模な事故や自然災害から生き残った人が抱いている、自責の感情の事です。その罪の意識が生存者を苦しめ、深刻化する事で心身に不調をきたす方もおられます。被害生存者の苦しみは、経験者でなければ想像もできない程深いものだと思います。下手な慰めや励ましは逆効果にしかならないでしょうが、それでも…まずはあなたが、自責の念を抱く必要がない事を知ってほしい」

 

「……先生。オレは…大丈夫です。何というか…うまく言えないんですけど、オレは、1人じゃない…気がするんです。ようやく、大事なものを見つけられたような…そんな気がするから……オレは、生きていきます」

 

 俺は、先生にそう伝えた。

 これから、苦しい事ばかりかもしれない。

 楽しい事なんか、そう簡単に見つからないのかもしれない。

 それでも、精一杯生きていこう。

 だって俺は今、生きてるから。

 

 

 

「あ…ども、スミマセン」

 

「いや…こちらこそ」

 

 トイレに行く途中、俺は男子高校生とぶつかりそうになった。

 彼と俺は、互いに会釈をして、そのまま通り過ぎていった。

 病室に戻る時、ふと振り向くと、さっきぶつかりそうになった彼が、自動販売機の前で女の子と話していた。

 何というか…

 あの2人にも、見つかるといいな。

 一生懸命に生きたいと思える、そんな生き方が。

 

 そういえば……

 俺はずっと、誰かに会いたかったような気がするんだけど…

 ……誰だっけ、思い出せないや。

 

 

 

 

 

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