後半トレーナー視点になります。
あれから何度かカラオケに行き、ウイニングライブで歌う可能性のある歌を歌ってみた。
その結果分かったのは、どの歌も何も考えず機械的に歌うと満点に近い点数を叩きだすということだった。
そして、誠に納得しかねるが、心を込めて歌うと音程が、テンション高めで楽しく歌うとリズムが無茶苦茶になるということも判明した。
なお、トレーナーさんから”綺麗な声で急に音程を外されるのを聞くのは違和感がすごいんだ”と申し訳なさそうに告げられた次の曲では見事に100点を叩きだした。
それと同時に行われたダンスのレッスンでも似たようなことになった。
私の素晴らしいボディは練習用のビデオを一度みるとほぼ完璧にそれをトレースすることができる。
そして、レッスンが終わった後にやるゲームのような関係ないことを考えている時に最も美しい振付が再現されるらしい。残念ながら、体の動かし方を考えると却って私の体はバランスを崩して転びそうになる。
トレーナーさんからはなぜか頭を撫でられたのだが、とりあえずウイニングライブでやらかしてお叱りをいただくことはなさそうだし、まあいいか。
ちなみに、私が死んだ目でウイニングライブの練習をしていた頃、スズカさんは弥生賞、皐月賞と2戦続けて逃げ切り勝ちを納めてwinning the soulを踊っていた。
その後いよいよダービーかというタイミングでトレーニング中に捻った左脚が腫れてしまい、急遽出走取りやめになってしまう。
ダービーに出れなかったことは非常に残念そうだったが、後を引くようなケガでもないので予定通り秋までには復帰するつもりだそうだ。これを聞いたときにすでに練習場で走っている姿を見たので、心配はなさそうだ。
なお、腫れが判明した時はスぺちゃんのほうが泣いていたのでむしろ冷静になれたそうだ。
そういえば、寮で私と同室のウマ娘はスズカさんと同じ世代だが、ダービーの少し前に未勝利戦を勝ったばかりなのでダービーには出走できず、菊花賞を目指すと話していた。ダービーに間に合うか、そのタイミングで体調が整うかも含めてダービーは運もないと勝てないレースだというのは彼女の言葉だ。
彼女とは去年は恐くてなかなか話せなかったが、最近では少しずつ話せるようになってきた。代わりに怪しいトレーニングに誘ってくるのは勘弁してほしい。
夏も本番に入ると私たちの学年でもデビューを果たすウマ娘が出てくる。
「ウィーちゃんは9月6日デビューですか。この中では一番早いですね。」
スぺちゃんとキングちゃんもトレーナーさんと、どのレースでデビューするかを決めたようだ。
「キングちゃんは10月予定?」
「ええ。一流のデビューを果たしてみせるわ!」
キングちゃんは京都、スぺちゃんは阪神でのデビューが決まったみたいだ。
そんな話をしているとスぺちゃんの後ろからおとなしそうな栗毛のウマ娘が近づいてくる。
「スぺちゃん。」
「あっ、グラスちゃん。」
どうやらスぺちゃんの知り合いだったようで、大和撫子然としながらも何か圧を纏っている。
「はじめまして。グラスワンダーと申します。デビューという声が聞こえたので思わず割り込んでしまいました。スぺちゃんといつも仲良くしていただいているみたいで。」
「もう、へんなこと言わないでよー。グラスちゃんは来週デビューだったっけ」
「ええ、お二方も、おてやわらかにお願いしますね。」
そこまで言われて思い出した。
この娘も確か有名なウマ娘だったと思う。
そして有名なセリフ?があったような。
グラスは・・・グラスはなんだったっけな。
あっ、そうだグラスは〇〇デース。
みたいな口調だったっけ。
そこまで思い出そうとした瞬間、背中に冷たいものが走る。
グラスワンダーが鬼でも宿ったような空気を纏いながらこちらをみて微笑んでいる。
彼女を前にした私は
ヨロシクオネガイシマス
と小声で言うのが精一杯であった。
・トレーナー視点
ウィトルムペデスの脚は脆い。
その認識に違和感を持ったのはいつからだっただろう。
最初の違和感はウォーミングアップ代わりのランニングでとんでもない速度で走ったことだ。
ウマ娘のトレーニングでレースで使うようなトップスピード近くを出すことはほとんどない。大半はその半分以下の速度で走る。仮にトップスピードを出すにしてもその距離はごく短距離に限られる。
何度かペースを落として走ることを提案したが、そのたびにウィトルムペデスは耳と尻尾で拒絶を表していた。彼女に嫌われるわけにはいかないと考えた俺は、徹底的なマッサージと高頻度の精密検査によってケガを予防することに全力を尽くした。
極め付けは去年の夏に行った模擬レースである。同世代でも評判が良かったキングヘイローとスペシャルウィークを巻き込んで行ったそのレースでは、レースでハイにでもなったのかまさしく暴走した。
暴走してそのままゴールまで持つのかと思ったら、恐ろしい末脚を繰り出して1600mを1:32台で走り抜けた。デビューまで1年以上あるウマ娘がレース展開の理解もペース配分もしていない無茶苦茶な走りで重賞戦線でも早々見ないタイムを叩きだしたのだ。
今思うとレースに飢えていたのだろう。それでハイになって抑えが効かなかったに違いない。
慌てて脚を確かめても何の異常も見られなかった。その後も、多少熱をもったりするかと身構えていたが、全くもってそういうこともない。
おそらくだが、トレーニングくらいのペースで走っても脚におおきなダメージはないのだろう。
もちろんトレーニングの負担は決して軽視はできない。ウマ娘のケガの2/3はトレーニングが原因であるし、ゆっくりと蓄積する疲労は毎日の変化を丁寧に見定めないと気づくのは困難だ。
そして、そう思って改めてみるとコースを一周走ってきたウィトルムペデスには疲れている様子がまるでない。グラウンドに出るよりも明らかに軽やかな足取りでトレーナー室に引き上げている。
そこからは少しずつトレーニングの方向を変えようとした。ハンデ戦でもめったに使わないような重い蹄鉄や筋力を鍛えるためにタイヤを引いてのトレーニングなんかを取り入れたのだ。蹄鉄の変更は意外にもあっさり受け入れられたが、タイヤを引いて一周してきたウィトルムペデスはものすごく嫌そうな顔をしていた。
他にも色々提案してみたがそういったトレーニングにはかなりの難色を示した。やはりトレーニングは好みではないらしい。
どうしたものかと考えた俺はレースプランを考えてみることにした。レースにはそこまでの嫌悪感を抱いていないようだったし、目標を作ればトレーニングにも同意してくれるかもしれない。
移動による影響を苦手としているのか、東京か中山でのレースがいいとのことだったので、それを中心に選んでいく。
大目標をダービーに据えて使えそうなレースをピックアップしているとちょうど授業が終わったらしいウィトルムペデスが入室してくる。
すると彼女は分かりやすく目を輝かせ始める。
やはりレースが好きなのかと話を聞いてみるとレース間隔は中一週空けたいとのことだった。もちろんと答えたものの、彼女の中には毎週走るという選択肢が存在していたのに驚きだ。
そういえば、わずか一回の模擬レースで
ウィトルムペデスのレース好きを考えると、間隔を空けることでかえってレースへの熱が加熱して暴走する可能性がある。高頻度でレースに出してその後、ゆっくり休息を取らせた方がもはや脚の負担は小さい可能性すらある。
暴走した彼女の脚がどこまで彼女自身の力に耐えられるかは未知数であるのだから。
となると、重要なのがデビュー戦だ。
メイクデビューでペースを意識せずに走れば、また暴走することは想像に難くない。彼女の実力のことを考えると他のウマ娘を見てペースを調節するのはフラストレーションを溜めかねない。
うーん。
メイクデビューは時計通り走る練習だということにして、ペースを意識して走らせるか。レースをトレーニング代わりに使った伝説のトレーナーの本を昔読んだことがあるが、まさか自分が同じようなことをやることになるとは思わなかった。
なお、ハロン棒という言葉を理解していないウィトルムペデスにペース配分の基礎を叩きこむのに苦労したのはまた別の話である。
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次回はようやくメイクデビューです。
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