今日の私は本当はトレーナー室で寝ている予定だったはずなのだが、なぜかここ中山レース場に来ている。
弥生賞というレースで元々私も出るかもしれないというレースだったのだが、キングちゃんにスペちゃんまで出るとのこと。
昨日、キングちゃんに観戦に来るように言いつけられてしまった。
なんでも、
「あなたはこのレースを見る義務がある。私があなたのライバルに相応しいことを証明してあげる」
だそう。
そして、スズカさんにまで一緒に行きましょうと言われてしまえば行かないという選択肢は存在しない。なんでもスぺちゃんの応援と来週走るための下見もかねてとのことらしい。
なお、目覚まし時計をセットしたものの一回では起きられなかったため、隣から強烈なキックが飛んでくることになった。
いつもならば枕ですんでいたところなのに蹴りが飛んできたのは、4連続で2着をとってイラついていたからに違いない。この間、お肉を貢ぎに行ったときに彼女のトレーナーからそう聞いた。
レースが始まるまでは露店のグルメを味わわねばとトレーナーさんを引き連れて場内を回る。自分がレースに出ないで中山レース場に来ることはほとんどないので、どれも新鮮に映る。
だが、どうにも人が多くて見えにくい。
そもそもが混み合っている上に、周りの人がパンダでも見るように私を見て立ち止まるので余計に見渡しにくいのだ。
あちらから声を掛けてくるわけではないが、小さい子に手を振られて無視するのもなぁ。
そう思って小学生くらいのピンク髪のウマ娘に手を振ったら胸を押さえて倒れそうになっていた。大丈夫だろうか。
結局、周りを見るには私の身長が低すぎるのが問題だと気がついた私は、トレーナーさんによじ登って肩車で歩き回ることにした。
穴子、かんぱち、シャコ、カニサラダ、子持ち昆布にコーヒーゼリー。
ポップコーン、それから柔らかいお肉。
グルメを満喫した私はスズカさんや同じく応援に来ていたグラスちゃん、エルちゃんたちと合流してパドックに向かう。
いつもは見られる側のパドックで見る側になるのは久しぶりだ。
キングちゃんもスぺちゃんもいつも以上に凛々しい顔で、普段とのギャップがすごい。
一番驚いたのは、いつも昼寝場所を争っていた葦毛のウマ娘、セイウンスカイがパドックに出てきたことだ。しかも、スズカさんのトレーナー曰く有力候補なのだとか。
パドックでも眠そうだったが、芝生で寝始めたりしないだろうか。
レースではそんな心配は無用とばかりにいいスタートで先頭に立っていた。
すぐ後ろにキングちゃんがいて、スぺちゃんは結構後ろの方で走っている。
そのままの位置取りでコースをぐるっと回り、いよいよ最後の直線に入ろうとしたところでキングちゃんがそとから先頭に立つ。
観客席はすごい盛り上がりで、走る音は全く聞こえない。
いつもは芝の上だからだろうが、それにしてもすごい歓声だ。
歓声にこたえるようにスぺちゃんも外側からすごい勢いで追いかけて、最後のハロン棒でようやく2番手にあがる。
キングちゃんとの距離は4バ身くらいだろうか。
スぺちゃんは後続を引き離して徐々に距離を詰めるが、追いつく瞬間にゴール。
勢いではスぺちゃんが優勢だったが、早めに抜け出したキングちゃんのアタマ差での勝利となった。
弥生賞が終わったからといって私のトレーニングはなくならない。残念ながらレースには出ていないからだ。
そのせいで、次のスプリングステークスまでは基本的に毎日トレーニングするという鬼のようなトレーニング漬けである。それも、スタミナを鍛えるためだという水泳ばかりだ。
毎日毎日、コースの端から端までバタフライや犬かきで往復する日々。
ここから抜け出すために手を尽くした私はついに一筋の光明を見出した。
メディア対応だ。
これまでトレーナーさんに任せきりでかつ大部分を断っているらしい。
しかし、最近の宣伝やグッズの量を見ると私にインタビューしたい記者は多いだろう。
上手くやれば、その対応だけしていればトレーニングを休めるかもしれない。
なんとこれには実績がある。
だいぶ前、グッズ用の写真をとるために勝負服を着た写真を撮られたのだが、その日はトレーニングが休みになったのだ。
この実績を鑑みて私は思い切ってトレーナーさんにインタビューを受けてみたいと話した。
流石は鬼、悪魔、英語教師と並ぶ四天王たるトレーナーさん、戦いは厳しいか。そう思っていたが、まだ早いだのなんだの言っていたのは5分ほどで暫くごねると諦めてどこかに電話をかけていた。これでは鬼たちに四天王最弱認定されてしまうだろう。
いずれにしろトレーニングを休めるなら何でもいいのだが。
記者はなんと翌日にやってきた。
狙い通り、授業が終わってから1時間後から取材ということらしい。
これで最悪でもプールは回避できるだろう。
インタビューは30分ほどで終わった。
会話内容といえば、ありきたりなものでレースの話と日常生活の話を行ったり来たりしていたらあっという間だった。
やっぱり記者というのは会話そのものが上手いんだろう。ついつい、付け足して色々話してしまう。
そして、途中で時々トレーナーさんが補足してくれるので、面倒になったらトレーナーさんの方を向いておけば何とかなる。
そして、思っていた通りトレーニングは休みになった。
そんな感じで3回ほどの取材と1回の撮影をこなしたのだが、ここで流石にトレーナーさんによるストップがかかってしまった。これ以上はトレーニングに影響が出るとの文言で全て断ってしまったのだ。
私は口をとがらせて抗議したものの、残念ながら聞き入れられることはなかった。
翌日、教室に入ると仁王立ちでキングちゃんに出迎えられた。
弥生賞で勝ってから非常に機嫌がよく、高笑いのパワーも上がっていただけに、今日の問い詰めるような視線はいったいなんだろう。
視線が私の後ろを向いているかもしれないので、念のため後ろを振り返ってみるも誰もいない。
再び視線を戻した私の目の前に、一冊の雑誌らしきものが付きつけられる。
表紙には「今熱いウマ娘特集」という派手な文字とともに、沢山のウマ娘の写真が所狭しと並んでいる。その中には私のものもあり、ウィトルムペデス独占インタビューの文字が躍っている。
「これは一体どういう事かしら。」
その言葉には怒りというよりも何か決壊しそうな危うさを感じる。いつもの説教モードではなく、浮気を見つけた少女のような健気さがある。
しかし、心当たりはないので頭にクエスチョンマークを浮かべていると、律儀に何枚かつけられた付箋の中から一つ選んでそのページを見せてくる。
やはり、私の特集ページのようだ。
目を通してみると、内容はいたって普通の雑誌といった感じで、私の戦歴や注目の理由、走りがうんたらとそれっぽい言葉が並んでいる。10回程度のレースでよくぞここまで走り方だとかなんだとかについて書けるなとみていると、インタビューの文字が目に入る。
なるほど、この間のインタビューがもう記事になったのか。
と思ったら「ウィトルムペデス、セイウンスカイ以外は眼中になし」とかいうとんでもないタイトルが目に入った。慌てて読むとどこか見覚えのあるインタビューだ。
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ウィ「キングちゃんやスぺちゃんとは何度か一緒に走ったことがあります。」
記者「お二人以外に注目しているウマ娘はどなたでしょうか」
ウィ「セイウンスカイさんです。」
記者「力強い逃げで3着に入りましたね。皐月賞でも対戦が期待されますが、彼女の印象をお聞かせください。」
ウィ「何度か負けたことがあるので今度は勝ちたいです。お気に入りなんです。」
記者「なんと!!!セイウンスカイさんに負けたというのは本当ですか!!では弥生賞では驚かれたのではないでしょうか。」
ウィ「はい。弥生賞では驚きました。」
記者「なるほど、ライバル関係といったところでしょうか」
ウィ「唯一のライバルです。気持ちよく寝るためにも負けるわけにはいきません。」
記者「彼女がいる限り、枕を高くして眠れないということですね。セイウンスカイさん以外にライバルになりそうなウマ娘はどなたかおられますか。」
ウィ「いないと思います。他に勝負しているウマ娘はいなそうなので。」
記者「眼中になしということでしょうか。」
ウィ「そうだと思います。」
というインタビューが載っている。
思い出した。
トレーナーさんがお腹を壊していたので、トイレに籠っている間に記者さんと話していた会話だこれ。
その時はたしか、お昼寝場所の旧理科室のソファをいかに確保するかの戦いについて話していた気がするんだけど・・・
その後、詰め寄ってくるキングちゃんに必死に誤解であることを伝えるも、結局昼休みに旧理科室に一緒に昼寝に向かうまで疑いが晴れることはなかった。
いずれにしろ、私のトレーニング回避術は一時的なものに終わったのだった。
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次回はスプリングステークス予定。
JWCを見ていて思ったのだけど、ウマ娘世界はシマウマがいるのかシマウマ娘がいるのかどっちなんだろう。