NHKマイルカップは東京レース場、移動がない分ゆっくり寝ていられると思っていたのも束の間、まだ朝と言えるくらいの時間に近くの部屋からやたらうるさい目覚まし時計が鳴り響く。それも5回もだ。
全く、日曜日くらいゆっくりさせてもらいたいものだ。
勝負服に着替えてパドックを済ませ、もう慣れた感じでゲートに入る。
未だに時々ゲートに入るのを嫌がるウマ娘を見るが今日はごねているウマ娘は居なさそうだ。
合図とともに、ゲートが開いて走り出す。
芝を蹴って一気に駆け・・・られない。
なんだか脚が芝に埋まるような、そんな走りにくさすら感じる。
蹴り上げる時に一瞬沈むせいで思ったように前に進まない。
それに、前のレースで走ったウマ娘の足跡によって芝が剥げたり穴だらけになったりしており、なんとも走りにくい。
そういえば、レース前にトレーナーから芝について何か注意を言われた気がする。早めに外に行かないと走りにくいみたいな感じだったっけかな。
そうこうもたついている間に、外枠のウマ娘たちが内側に寄せてきたために内ラチ沿いの状態の悪い道以外に選択肢がなくなってしまった。全く隙間が無いわけではないが、バ群の中に突っ込んで走るのは難しそうだ。
それに、後ろから出ようにも足音から考えると右後ろにも何人かいるみたいで、相当後ろまで下がらないことには外には出られそうにない。
そのまま、レースはコーナーに進んでいく。
徐々にウマ娘が集団から列のような並びに変わっていくものの、却って壁が伸びているようなものである。身長が低い私からは周囲の状況もほとんど分からない。
右はウマ娘の壁、左は内ラチ、唯一空いているのは走りにくい道だけ。
視界は狭く、道も狭い。
正直言うと私のイライラは既に限界に近い。
そもそも、私は集団が好きではない。そして、集団で走るのはもっと嫌いだ。
足音はうるさいし、隣のウマ娘の手が当たることもある。蹴り上げた芝が飛んできたり、酷い時には体ごとぶつかってくることすらある。
後ろがダメなら前から行くしかない。
直線まで行ったらばらけるのかもしれないが勝敗なんかより、こんなところをこれ以上走るのは勘弁して欲しい。
いつもより前傾になってグッと地面を強く踏み込む。
芝にめり込んでも構わずねじ込み、足首をも使って蹄鉄を押し付ける。
不思議と脚が覚えているかのような走り。
体が弾けるような感覚で、一気に加速する。
足の裏で捉えた芝を蹴り上げ、胸で風を切り裂いて進む。
1歩進むたびに隣のウマ娘より前に出て、数歩進めば横のウマ娘が入れ替わる。
第4コーナーの中間くらいで隣のウマ娘がいなくなって一気に視界が開ける。
目に飛び込んでくるのは大観衆のスタンド、そして私の6バ身ほど前を行くエルちゃんだった。
走り方はそのままに、荒れた内側から気持ち外目に持ち出して直線に入っていく。
目の前には気持ちよさそうに走るエルちゃん。
あとはここを真っすぐ走るだけだ。
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エルコンドルパサー視点
ウィトルムぺデス。
普段の彼女は幼い容姿と少々気が抜けた性格で世話の焼ける友達だ。
ぼんやりしていることも多く、よく道端のベンチで昼寝をしている。
結構な頻度でキングに宿題を手伝ってもらっていたり、スぺちゃんと一緒にグラスに小テストの勉強をさせられていたりとお勉強のほうはお察しである。
そんな普段の姿とは打って変わって、ターフでの彼女はまさに化け物と言うほかない。
小さな体躯から想像もつかない天性のスピード、無茶苦茶な逃げを実現するスタミナ、最終直線で全てを抜き去る抜群の末脚、短いレース間隔をものともしない強靭さ。
レース映像を見返すたびにその強さを改めて認識してしまう。
だからこそ、勝ちたい。
自分の方が強いと、言いたい、言わせて欲しい。
その機会が初めて回ってきたのは2月の共同通信杯だった。
私は初めての芝への挑戦、一方で彼女は芝で既にグラスに勝利してのGⅠウマ娘。
トレーナーさんは正直厳しいかもしれないというけど挑戦したかった。
そして、厳しい戦いだというのは当然知っている。
グラスと彼女との初戦、アイビーステークスではあのグラスを全く寄せ付けない勝利。
ウイニングライブの後、グラスが寮で漏らした言葉が未だに忘れられない。
「あの子は私のことを競走の相手として見ていません。そもそも、他のウマ娘を勝ったり負けたりする相手と考えてすらいない。そんな気がします。」
その後、再戦に燃えるグラス相手に殺人的なペースでの逃げ切り勝ち。
それを一番近くで見ていたトレーナーさんが止めるのも無理はない。
しかし、共同通信杯は完全に私有利の条件になった。
雪によって彼女が不慣れで私が得意なダートコースへの変更。
内側が荒れたコースでの1枠1番。
そして、レースが始まってみればスタートでの出遅れからの最後方。
その時点で私は勝利を確信していた。
あとは前のウマ娘を最後の直線でかわせば終わりだと。
しかし、彼女は飛んできた。
後からみた映像に私は目を疑った。
彼女はバ群を大きく外から躱し、コーナーでの距離の不利はなんのそのと大回りで走る。
そして、直線に入るころには勢いあまって外ラチに近いところでトップスピードに乗ってあっという間に私を抜いていった。
そんな無茶苦茶なレースをしておいて、レース後の彼女はほとんど息の乱れもない。泥まみれになるほどの壮絶なレースを制した彼女は、私を一瞥することもなく無表情で引き上げていった。
あれから3か月、再戦の機会は想像以上に早くやってきた。
それも最高の舞台で。
いわゆる王道路線に進まなかった私にとっての春の最大目標、NHKマイルカップ。
無敗の3冠ウマ娘という最高の栄誉を期待されている彼女にとって、このレースは本来出る必要の無いレース。
というよりも、本来出られないレースなはずだ。
皐月賞までの間の詰まったレースプランと皐月賞での激走。
ここから次走が2400mのダービーになることも考えると、1600mというNHKマイルカップの距離は感覚が狂ってしまいかねない。
そして、何より疲労、精神・肉体をすり減らす大レースは連続で出られるようなモノではない。
それを考えた上での出走。
彼女は何を求めているのか。
直接聞いたときにはぼかされたがそんなものは一つに決まっている。
ライバルだ。
対等に競い合う相手。
であるならば、誰がそれにふさわしいのか……いやもっと先を、私が彼女より強いことを示す。
レースは奇しくも共同通信杯と同じような展開になった。
1枠1番の彼女と5枠9番の私。そしてぬかるんだ内側。
最初から先行して絶好のポジションをキープした私に対して、スタートで加速できず内側に閉じ込められた彼女。
だが、全くもって油断は出来ない。いつ、大外からあの末脚が飛んでくるか分からない。
4コーナーに入る少し前から加速を始め、余裕を持って先頭を確保する。
彼女はまだ来ない。
直線に入った次の瞬間、内側から弾けるような足音が響いてくる。
一瞬、リングで戦う私を幻視した気がする。さあ、ここからが本当の勝負だ。
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さあ、エルコンドルパサーが早くも先頭に立った。
第4コーナーに入ろうというところですが、エルコンドルパサーが堂々の先頭だ。他を置き去りにする。
ウィトルムペデスはどうなんだ。来ないのか。
内に挟まれて出て来れないのか。
2番手シンロウジョージが上がってくる。黄色い勝負服、ヒノキキューティーも外から来ている。
ウィトルムペデス、来た。内側から物凄い脚で迫ってくる。
ここから抜け出すことが出来るのか。
しかし、先頭はエルコンドルパサー。早々と抜け出したエルコンドルパサーが直線に入っていく。残り600。東京の長い直線がこのレースの終着点。
エルコンドルパサー、風を切って先頭だ。
しかし、ウィトルムペデスが迫ってくる。
あっという間にその距離が縮んでくる。
その差は2バ身、エルコンドルパサーは逃げ切れるか。
3番手シンロウジョージは少し苦しくなったか。
ウィトルムペデスが並ぶか、いや、エルコンドルパサー執念の走り。
力を振り絞って加速したエルコンドルパサー。
1バ身を保っての一騎打ちだ。
あと400。坂を上る。
やっぱりこの2人の戦いになった。両者一歩も譲らない。
先頭は依然エルコンドルパサー。2番手にウィトルムペデス。
3番手以下は大きく離れた。離れた。
ついに覇権が崩れるのか。それとも無敗の意地を見せるのか。
エルコンドルパサー先頭、しかし、その差は少しずつ小さくなっている。
あと200、エルコンドルパサー粘れるか。
しかし、ウィトルムペデスだ、ウィトルムペデスだ。
内からウィトルムペデスが押し出していく。
のこり200mで先頭を取りました。
エルコンドルパサーは食らいつくもじりじりと後退。
先頭はウィトルムペデス。やはり強い。
2番手エルコンドルパサー。
3番手はシンロウジョージか。
ウィトルムペデス、堂々抜けた。
今、ゴールイン。
なんと無敗の12連勝!覇者の称号に偽りなし。
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次回はマイルカップ後 or 掲示板回 or SNSとか新聞形式みたいなのも試してみたい
のどれかもしくはハイブリッドになるかと
次話までもしかしたら間隔があくかもしれませんが、これからもどうか本作をよろしくお願いします。