感想も全てに返信するのはもう少しかかると思いますが、楽しく読ませていただいています。
今回はトレーナー視点です。
トレーナー業というのはなかなかに難儀な仕事である。ウマ娘と二人三脚で歩む美しい面がクローズアップされがちではあるものの、大半のトレーナーの仕事はそこからはかけ離れている。
栄光を掴めるウマ娘は極一部、それに挑めるウマ娘さえ全体から見たら極めて少ない。厳しいトレーニングをこなし、メンタルと身体のケアで調子を維持し続ける。そうしても、その欠片に手が届かない現実を見続ける。仮に勝ち上がったとしても一回のケガですべてが無に帰すことも珍しくない。これが大半のウマ娘に課される試練であり、この試練があるからこそ栄光がより光り輝くものになる。
そのことに気が付いたのはトレーナーになってからだった。いや、数字上はとっくに知っていたと言ってよいだろう。トレーナー試験を受験するものでその数字を覚えていない者などいないはずだ。ただ、それが現実として目の前に降りてきたのがトレーナーとしてウマ娘と向き合うようになってからだったという訳だ。
幼少期からトレーナーを志して厳しい受験競争に勝ち抜き、やっと手につかんだ中央のトレーナーという座。その過程でも似たような現象は知っていた。狭き門に入るための競争になればなるほど、努力だけではなく素質も無ければどうしようもないことを。自分と同じかそれ以上の努力をしてもトレーナーになる道を諦めざるを得なかった人たちを見てきたのだから。
トレーナーになってからはじめの2年間はチームのサブトレーナーとして育成のノウハウを学んだ。
座学で学んだレースやスポーツ科学の知識と実地での指導を結び付けるのが上手かったことを評価されたのか、2年で専属トレーナーとして独立して自分の担当を持つことが出来た。
彼女とは結局1勝も出来なかったが、彼女との時間は決して辛いことだけではなかった。毎日のトレーニングでは2人で知恵を絞り、常に新しい方法を試した。それが故にいつもより好走することもあれば、またあるときは全く効果を感じられないこともあった。
フォーム、筋肉の付け方、対戦相手の分析、レース展開の予想。今よりもっと狭いトレーナー室のホワイトボードは常にこうした情報で埋め尽くされた。時には2人で食事に出かけ、時には買い物に連れ添った。
メイクデビューで五着に終わった彼女は未勝利戦を走ることになった。
最初は余裕があった。未勝利戦で二着や三着になることも多く、もう少し力をつければ次に行けると思っていた。
その矢先に怪我。幸い一月ほどで治るものだったが、調子を落としてしまう。
ようやく本調子を取り戻した頃にはチャンスはほとんど残っていなかった。デビュー翌年の秋まで勝てなかったウマ娘はレースの世界から去らなければならない。
諦めたくなかった彼女が無理なトレーニングを繰り返すのを止められなかった。
いや、俺がやらせたようなものだろう。
結果はトレーニング中の骨折。彼女の競走生活はそこで終わった。
彼女と俺の間に何が足りなかったのか。
指導力、確かに経験不足ではあっただろう。
トレーニング、あれ以上のトレーニングができただろうか。
素質だ。ずっと目を逸らし続けてきた。結局彼女には素質がなかった。筋肉のつき方から骨格の分析、それに応じて適したトレーニングやフォームの探索、速くなるために学んだ知識が彼女の武器が通用しないであろうことを示してしまっていた。
そこから一旦サブトレーナーに戻り、成長するに十分な素質を持ったウマ娘を探し始めた。
そうして見つけたのがウィトルムぺデスだった。
小学生のレース。初めてその走りを見たのは才能を探すべく時間を見つけては見に行っていた時であった。
はっきり言えばレベルの高くないレース、才能の発掘というよりは現実逃避に近かったのかもしれない。
最後の100mまではよく見る小学生のレースといった様相で、大きく逃げたり追い込みを狙うものは無くバ群がコンパクトに纏まっていた。そのまま終わるかと思ったとき、バ群のなかから一人のウマ娘が飛び出した。
それが、ウィトルムペデスだった。
猛烈な加速で後ろとみるみる差を離すと一気に抜け出してゴール板をすぎるまでは一瞬だった。トゥインクルシリーズかと眼を疑うほどの末脚は最後の100mで他を7バ身千切るという結果に終わる。
積んでるエンジンが違うという言葉を真の意味で理解したのは、あるいはこの時だったかもしれない。
その走りの虜になった俺はウィトルムペデスが出たレースを片っ端から見に行った。どのレースでもレース運びは同じようなものであった。最後の100mで全てを置き去りにする。
しかし、そうして見ているとある噂が耳に入る。ウィトルムペデスが病弱だとか足元に不安があるといったものだった。
そこから俺は担当のために勉強した最新のウマ娘運動理論を用いて分析を始めた。レースの映像や体格から推定される筋力、加速の際にかかる力。
その結果は驚くべきものだった。加速やコーナリングに必要な筋力を推定すると最終直線ではもっと速度が出てもおかしくない。もちろん、これは一般的なウマ娘の筋力のつき方から推定されているが、まともにトレーニングを積んだウマ娘であれば最終直線が最高速度でないのはほぼ間違いない。
各部の筋力が適切に鍛えられ、発揮されたら体格から推定される最高速度の理論値に届く可能性がある。
しかし、もっと恐ろしいことが同時に分かった。その最高速度は生物が耐えられる限界値に近いということだ。
これだけの才能があっても、これだけの肉体を作り上げるのにどれだけの努力が必要だったのだろうか。そしてこれだけのレースでの勝利はより高いレベルの肉体を求めるようになる。なってしまう。ウマ娘とはそういうふうに出来ている。
そうなれば肉体が持たず、どこかで破壊されてしまうだろう。それがレースによるものかトレーニングによるものかはわからないが……
いずれにしてもひどいことになるのは間違いない。
ああ、なんて残酷な運命なんだ。
しかし、だからこそ、栄光をつかみ取る権利がある。俺は彼女とそれをなしたい。
力をセーブさせながら走らせる。そんなことができるだろうか。それを周囲が許容するだろうか。
あれだけの才能を見逃すような間抜けは少なくとも中央のトレーナーにはいないだろう。
選抜レースや模擬レースでの結果を見る前から様々なトレーナーが勧誘を掛けることはほぼ間違いない。
だから、狙うのは最初の一週間だ。多くの場合、入学直後は勧誘を行わない。これはある種の紳士協定であるとともに、ウマ娘側も生活に慣れるまではトレーナーを決めようという気持ちには中々ならないというのもあるだろう。
ではどうするか。手段を選んでいられない。
俺は推薦生へのトレーナー候補という嘘をついて彼女に近づいた。そんな制度はないが、推薦生自体の少なさもあってイケると踏んだのだ。
可能な限り彼女からの信頼を得やすいふるまいをと緊張を持って行った接触では案外あっさり契約にOKをもらえてこちらが拍子抜けしてしまった。正直途中からはスポーツ科学についての専門用語を多用してしまったが、熱心に映像を見ていたのでそのあたりが勝因かもしれない。
その後の擦り合わせは順調に進んだ。やはり彼女も自身の脚への負担を感じていたらしく、負担がかかる遠征は避けたいと考えているらしい。
少々面食らったものの、これを即座に受け入れられないならトレーナーをやるべきではない。ウマ娘の願いを共に叶えるのがトレーナーの仕事であるし、ここで迷いを見せたら無理なレースを走らされると思って信頼されなくなってしまう。
いよいよトレーニングを始めようというと意外なことにウィトルムペデスは耳を絞っている。仕草からしてどうやら不満か不快を感じているようだ。その原因を考えると。
ああそうか。
「よしっ、じゃあ今日のトレーニングなんだけど……とその前に一つ守ってほしいことがある。疲労や痛みを感じたら絶対に私に伝えて欲しいんだ。どんな場合でもそれらを感じたらトレーニングは中止にするからね。」
そう伝えるといつもの気怠げな顔が輝き、耳も前に向いた。
出会ってから一番の喜びの感情を出しているような気がする。正解が引けてなによりだ。
一歩一歩丁寧に交流を深め、心を通わせて信頼を得なければ。無理をさせるのはそもそも本懐ではないのだ。
グラウンドにでるとまずはストレッチだ。動作はややぎこちないが、ウィトルムペデスの柔らかい筋肉は驚くべき柔軟性を発揮した。
そういえば、かの帝王もこのように柔らかい体をしていたのだったな・・・。
上半身から腰、下半身とストレッチを済ませてアップ代わりにコースを一周するように伝える。
スタートの合図と共にはじけるようにウィトルムペデスが発進する。
体を温めるのと今日の調子を確かめる程度のハズだが、そのなめらかな加速でまるでレース中かと思えるほどの速度まで加速する。小さい体に比して長いストライドで左右順番に芝を蹴り上げて生み出した凄まじい推進力でまさしく飛ぶように走っているが、上半身はその速度にも関わらず綺麗な姿勢を保っている。
俺は彼女を止めるのも忘れてその姿をただ見続けていたのであった。
なにか……、どこかがおかしいと思い始めたのはいつからだっただろうか。
違和感自体はウィトルムペデスと契約してはしゃいでいた数日間の時点で既に始まっていたように思う。そしてそれはウマ娘とは強さに貪欲で走ることを好むという当たり前の認識から始まっていたのだろう。
ウィトルムペデスはここ一か月で完全にトレーナー室に馴染んだ。
もはやここを家だと思っていると言われてもおかしくない程度には馴染んでいる。俺とも軽口でやりあうようになり、良好な信頼関係の構築に成功したといって間違いないだろう。
が、トレーナー室を見回してみる。
以前は室内用のトレーニング機器が置かれていた棚は、いつの間にか各種のゲームハードで埋め尽くされた。運動理論やレース分析の書籍は少年誌と単行本の隙間から顔を覗かせて窮屈そうにしている。
レース映像を分析・保管するためのPCではよく知らないPCゲームのアイコンがデスクトップに踊る。冷蔵庫の中には炭酸飲料が、その上にはスナック菓子があふれている。最後に、DVDプレーヤーに挿さっていたHDMIケーブルは今やゲームハードに繋がっている。
トレーニング内容は初日から変化が無く、マッサージ後のゲームをしている時間が徐々に増えた。今ではレースやトレーニングについての会話が減り、反比例するかのように対戦ゲームのお相手を務めることが多くなった。
おかしい。間違っている。けど誰に相談できるだろうか。彼女を手放す訳にも行かないし、彼女からの信頼を失う訳にも行かない。
彼女の性格は脚を可能な限り消耗しないようにする無意識の防衛本能なのだろう……
多分……
きっと……
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えー 本作は不定期更新です。
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