ガラスの脚系TSナマケモノ娘   作:ヤキブタアゴニスト

69 / 73
Ifルート: 有馬記念

薄曇りの中山競馬場。冬の気配をまとったターフに、今この瞬間、最高のメンバーが顔を揃えました。

 

グランプリ、G1有馬記念。

2500メートル、長いコースの先にあるのは、ただ一つの栄冠。

 

天皇賞秋、ジャパンカップを制し、無敗のままGⅠ六勝の連勝街道を歩む若き覇者、ウィトルムペデス!

しかし、他の15人がやすやすと有馬の冠を許すほど、この舞台は甘くはありません!

 

全員がゲートに収まりました。

さあ、泣いても笑っても、今年最後の大舞台!すべての想いが、ここに集結する!

 

有馬記念——!!

 

スタートしました!!

 

すこしバラついたスタート。しかし、流石は有馬記念です。出遅れというほど遅れるウマ娘はいません。

 

そして、先頭は、やはり行きます。当然行きます。ウィトルムペデスが前に出ていきます。外からはセイウンスカイもスッと加速。肩を並べるようにして先頭争い、互いの出方を探りながら最初のカーブへ入っていきます。

 

さらにグラスワンダーも前、前目につけてのレースを選択しました。

 

メジロドーベル、キングヘイロー、エアグルーヴは中団で控えています。前を伺う形でのレースを選択しました。

その後ろにマチカネフクキタル、ステイゴールドはやや後ろから。それぞれが前の動きを見ながら、脚を溜める位置取りです。

 

最初のコーナーを回って、ウィトルムペデスが先頭、少し離れてセイウンスカイ。

 

あっと——!

 

ウィトルムペデスが少し下がっていきます。最内飛ばしていたウィトルムペデスはここで下がります。一気に減速しています。

 

場内、ざわめきが広がります。

 

代わりに先頭にでたのがセイウンスカイ、直線で先頭が変わりました。正面スタンド前、セイウンスカイがすでに2バ身のリード。ウィトルムペデスがずるずると下がっていきます。これはどうしたのでしょうか。

 

ウィトルムペデスを前に見ていたグラスワンダーはどうするのでしょうか、エアグルーヴはそのままの位置。キングヘイローはそとからジワリと押し上げます。

 

あーっと、ウィトルムペデス、なんと1コーナーで最後尾まで位置を下げています。これはどうしたのでしょうか。どんどん差が広がっていきます。

 

スタンドから悲鳴が上がっています。

 

 

ステイゴールドが内側経済コースを選んで位置取りをあげています。

 

さあ、先頭のセイウンスカイ、5バ身の差をつけて向こう正面に入っていきます。隊列は長く伸びました。ウィトルムペデス、これは果たして作戦なのでしょうか!?

 

 

 

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ウィトルムペデス視点

 

 

 

 

 

久しぶりにレースの速度で走ると、体の使い方が少しだけずれている気がした。ジャパンカップから一か月しか経っていないはずなのに、あのときの感覚は思ったよりも薄い。

 

トレーナーさんにいってトレーニングをほとんどなくしてもらったからか、脚は軽いけど体が少し重い。

 

踏み出しのタイミングも、呼吸の合わせ方も、どこか噛み合っていない。というか、これまでなんだかんだ2週間に一回はペースを測って走っていたので、その感覚がないのは初めての経験だった。

 

とりあえず先頭には立った。けれど、よく考えるとこれではペースがわからない。そういえば、今日は後半までは先頭のウマ娘についていくんだった。私がペースを作って無理をするのではなくて、二番手三番手で待っておいて最後に直線で抜くという作戦だ。

 

 

前に目標がないと、どこまで出していいのか曖昧になる。長いレースだし、ここで無駄に体力を使って、後半に響くのは避けたほうがいい。トレーナーさんも無理しないでって言ってたし。

 

やっぱりまだ頭がぼーっとしてるかもしれない。

 

…少し、落とそう。

 

意識的に力を抜く。脚の回転をほんの少しだけ緩めて、呼吸を整える。誰かが視界に入る位置まで、待つことにした。

 

それにしてもこのレースが終わったら、なんて言えばいいんだろう。

 

頭の中に、場違いな考えが入り込んでくる。インタビューのとき、どう話すのか。引退のことをどうするのか。その前に、トレーナーさんが何か言ってしまったりしないだろうか。

 

「最後のレース」なんて、ああいう言い方をしていたし。

 

レースが終わったら、すぐにトレーナーさんのところに行って

 

……そこで、ちゃんと話さないと。

 

それから…………ふと、別のことがよぎる。

 

ジャパンカップのとき、あの心地いい空間に入れなかったのは、なんでだろう。

 

ダービーと天皇賞秋ではあそこにいけたのに、そのあとのジャパンカップではだめだった。おなじG1なはずなのに何が違ったんだろう。

 

もう一回でいいから、入りたいなぁ。

 

本当に素晴らしい体験で、天国があるならああいう場所だと思う。あれを体験できるなら、もうしばらくレースで走ってもいいのになぁ。そうだ、これもトレーナーさんに聞いてみないと…………

 

そう思った…………そのとき。

 

あれ?

 

違和感に気づく。

 

視界に入るウマ娘の数が、なんだか多い。というか10人以上が走っているのが見える。ようするに2番手くらいになるつもりでペースを落としたのに、気が付いたら最後尾になっていた。

 

というか、最後尾からも少し離れている。

 

あわてて見渡すと、まだ残りはだいぶある。焦るには早い、でも動かない理由もない距離だ。たしか中山は直線が短いってゲームでいってた。

 

後ろにいたままでは間に合わない、どこかで前に出なきゃいけないコースだと、頭のどこかが冷静に言っている。何度も走った中山レース場、多少のことは頭に入っている…………気がする。

 

だから、いったん外に出る。内に詰まるよりはいい。私のいつものスタイルだ。

流れに乗ったまま、じわりと横に広がる。前をふさがれていた視界が少しずつ開けていく。やっぱりバ群は楽しくない。まあ、いまは横に誰もいないけど。

 

そのまま下り坂に入る。脚を止めずに、重心だけを前に乗せる。ここでためるんじゃなくて、ここで使う。まだまだ余裕がある気がするので、一気に加速する。脚に力を入れると、遅れていた反応がようやく噛み合う。

 

そうそう、前はこんな風に走っていたっけ。脚が軽くなる。さっきまでの鈍さが消えて、まっすぐ前に伸びる。

 

ぐんぐん速度が上がる。横に並んでいたウマ娘が、一人、また一人と後ろに流れていく。景色が入れ替わるたびに、位置が上がっていくのがはっきりわかる。

 

ステイ先輩の驚いた顔が、横目に一瞬だけ見える。続いて、キングちゃんの闘志に燃えた視線。そのさらに先、エアグルーヴ先輩は、もう迷いのない顔で前を見据えている。それぞれの表情が、ほんの一瞬だけ視界をかすめていく。

 

そのまま、さらに踏み込む。外に膨らんだラインのまま、速度を落とさずにカーブへ入る。

 

遠心力で、体が外へ持っていかれそうになる。脚の踏み込みが少しでもずれたら、そのまま流される。

 

無理に押し切らない。ほんの一瞬だけ力を抜いて、いつかのトレーニングで教わったように体勢を整える。

 

そして、もう一度。

 

踏み直す。加速が戻る。さっきよりも、芯が通ったような伸び方。

 

とりあえずは、勝たないことにはなんにもならない。考え事をするのは、そのあとでいい。レコードを更新するような走りは必要ない。だけどまずは、最低限、トレーナーさんのためにも勝っておく。そのために、とりあえずは前にいかないと…………。

 

そしてついに、カーブの中間くらいでグラスちゃんに並んで、セイちゃんの後ろにつける。そう、本当は、この位置でよかった。ここから勝負する形でよかったのに、少しバタバタしすぎた。そして、いつもよりもなんだか息が苦しい気がする。

 

でももういい。ここから取り返せばいいだけ。そう思った瞬間、余計な考えがすっと消える。さっきまで頭の中にあった迷いや後悔が、全部どうでもよくなる。今やることは一つしかない。前に出る。それだけだ。

 

そのまま最後のカーブを抜けて直線に入った瞬間、ふっと意識が軽くなる。重さが消えて、脚も空気も全部が遠くなる。

 

あの世界だ!!

 

ふわふわのクッションに沈むみたいに重力が抜ける。体の重みと疲れが取れていく。

口を開けば勝手にお菓子が差し出されてくるような、両手にはいつの間にかコントローラーが握られているような、現実から少しだけ切り離されたあの極楽。

 

雑音もない。焦りもない。ただ、リラックスできる世界だけが、静かにそこにある。

 

いつまでもここにいたいなぁ…………。

 

 

ふう…………。

 

……三回目だと流石にわかる。終われば必ず少しだけ速度が落ちる。

 

視界に色が戻る。音が戻る。地面の感触が足裏に戻ってくる。

 

芝を踏む。下がった速度を一気に引き上げるように脚を回す。

 

そのとき、前にいたはずのセイちゃんと横のグラスちゃんは不思議とあんまり加速していない。それにグラスちゃんの纏う空気が和らいでいる気がする。

 

私は迷わずにそのまま前へ出る。一歩、二歩、三歩と踏むたびに、距離が変わる。並んでいたはずの位置が気づけば前に出ている。風の当たり方が変わって抵抗が減る。

 

もう後ろは見ない。

 

風を切る感覚だけが残る。音は細くなって、周囲の気配も遠のいていく。ただ前だけが、はっきりと見える。

 

あとはただ、まっすぐだ。昔のように、リードを保ってただただゴールへ向かっていく。

 

そして、私が加速しきるまえに、もうゴールがそこにあった。

 

 

 





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作者 twitter
https://x.com/yakibutaagonist
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