ちょっと間隔が空いてしまいすみません。
次話以降も不定期です。
早いものでトレセン学園に入学してはや三か月が経つ。外は猛暑で出るのも億劫なので、私的にはすっかり家でゲームをするのに適した季節になりつつあった。
その間の変化は実に穏やかであった。
相変わらずトレーニングは芝コース一周だけですんでいて、それが終わればトレーナー室でマッサージを行うというルーティーンをこなす。
ただ、最近マッサージの途中で姿勢を保つように言われることが増えた。腹筋や背筋が疲れるのであまり好きではないが、疲労を取って怪我を抑えるためと言われたら拒否する訳にもいかず言われるままになっている。
そういう時は私が得意なゲームでトレーナーをボコボコにする。
特に配管工とその仲間でカーレースをするというゲームが最近のお気に入りだ。昔から続く伝統あるゲームだが、トレーナーは経験が少ないらしく私の投げたアイテムにことごとくぶつかってコースからはじき出されるのがお決まりだ。
だんだん腕を上げてきたものの、安全重視でショートカットコースを使わないのでまだまだ私に勝つ日は遠そうだ。
それから、トレーナーとのお出かけは実に有益であった。
トレーナーから休日の買い物に誘われた私は、行先としていつもの通り近くのゲームショップや本屋を巡ることにした。
そんなことを何度かやっているうちに、トレーナーはすっかり私の好みを覚え、今では私が遊んでいる間に指定したものを買ってきてくれるようになったのだ。熱い中で外出せずとも寝ころびながら週刊誌が読めるのもそのおかげである。
キングヘイロー、キングちゃんとは随分と仲良くなった。
最初は彼女の態度に多少の苦手意識があったが、彼女は本質的には世話焼きらしい。授業中に先生の話をあまり聞いていなかったために、提出物や課題を忘れることが多かった私は、同じクラスになった彼女にだんだんと世話を焼かれるようになったのだ。
二度目の人生のアドバンテージは小学生の段階で使い果たされ、既に学力は危険ゾーンに片足を突っ込んでいる。それにレースについての授業などはややこしくてしょうがない。
なんだってあんな複雑な仕組みになっているのだろうか。とりあえずこの辺りはトレーナーに任せておこう。
キングちゃんは中々顔が利くのか彼女から少しずつ交流が広がりつつある。
最近は週一くらいで隣のクラスのスペシャルウィーク、スぺちゃんと三人で昼食を取っている。
なんでもスぺちゃんは模擬レースでなかなかいい走りをしたとかでライバル認定されたようだ。
妙な既視感を感じたので薄れてきた記憶を探ると、彼女は前世からネットで人気があったはずだ。
何物にも「あげません」と譲らない貪欲なウマ娘だったと思う。実際食堂での彼女は狂気に近い何かを感じる。ただ、普段の彼女は気さくだし、見ていて楽しいタイプの非常に良い子だ。
彼女たちとはレースの話になることが多い。尤も、私は元々の口数と相まって聴きに回ることが多い。
最近ではマーベラスサンデー、サクラローレルと激突したマヤノトップガンがレコードを3秒近く更新する走りで制した天皇賞、かの女帝エアグルーヴが桜花賞に出れなかった悔しさを晴らしたオークスなんかが話題の中心だ。
おかげでレースというものについて少しずつわかってきた気がする。
スペちゃんは最近トレーナーがつき、トレーニングのメニューを試行錯誤しているようでよくその話をしている。今日はその一環として食事制限をされているらしく、いつものような白米のタワーは鳴りを潜めており、特盛に片足を突っ込んだ大盛くらいの量で我慢したようだ。
一通り自分のトレーニングについて話した後、スペちゃんがそういえばと呟く。
「ウィーちゃんがトレーニングしているところを見たことがない気がします。普段はどこでトレーニングしているんですか?」
スぺちゃんが屈託のない笑顔で尋ねてくる。
なんとも可愛らしいこの美少女の無邪気な笑顔に変な要素をぶち込むわけには行かない。そう思って答えを躊躇していると、横からキングちゃんがフォローしてくれる。
「こないだ走っている姿は元気そうに見えたけど、まだ脚の状況は良くないのかしら?」
さすがはキングママである。私が詰まったのを一瞬で察して質問を変えてくれる。
「うっ うん。1周したところで疲労がたまったり、痛みが出ないようにトレーナーさんがこれ以上はって。あとはトレーナー室でマッサージしてもらったりかなぁ。気持ち良くて脚が楽になるから、あれがあるから一応毎日走れているのかも」
「えっ、ウィーちゃん脚を怪我してるの?」
そう答えるとスぺちゃんはものすごく心配そうな表情で聞いてくる。これはなんか……罪悪感がすごいなぁ。
「ううん、怪我をしている訳じゃないんだけどね。長い距離を走ったり、負荷の大きいトレーニングは避けたいかなって感じ。」
そう言うと今度はキングちゃんが口を開く。
「たとえトレーニングが積めなくても、あなたにはレースに出てもらわないと困るわよ。あなたに完勝してこのキングがただの一流じゃなくて超一流であることを証明するんだから!」
「ちょっとキングちゃん。急にどうしたの。」
普段の私に対する世話焼きなキングちゃんの様子しか知らないスぺちゃんが困惑している。が、それを気にせずにキングちゃんは続ける。
「正直、全然心配していないわ。トレーニングができなくても、あなたが強敵であることは明確だから。私が一流と認めたライバルなんだから、その程度でどうにかなるとは思っていないわ。それに…スペさん、あなたが目指している日本一のウマ娘。その最大の壁が彼女だということ、わかっているかしら。」
「えっ」
「ちょっとキングちゃん」
慌てて制止するも、このモードに入ったキングちゃんは止まらない。
「あなたもよウィーさん。毎日あの走りで周囲を威圧しておいて、戦う意志がないとは言わせないわ。今日のトレーニングは私とスぺさんとの模擬レースを申し込むわ!一周だけなら良いのでしょう?キングと走る権利をあげるわ。」
しかし、こちらにもその圧に負けない誇りというものがある。
「わかったよ。だけど、一つ交換条件があるんだけど。」
「交換条件? なっ、キングがかなえられることなら構わなくてよ。」
「歴史と国語の課題手伝ってくれない」
いや歴史って記憶と違う点が多いんだよぉ。ウマ娘が出てくるから難しくて……国語は、まあ、はい。
「「・・・・・・」」
模擬レースをしたいとトレーナーさんに言うと、驚きと共にうれしそうに私の頭を撫でてくる。喜ぶトレーナーにコースのセッティング等を任せてゆっくりコースの方に歩いていると後ろから妙な視線を感じる。
振り返って見回すと近くのベンチの陰からこちらに視線を向ける不審な男を発見する。咄嗟にその向く先を追うと……
私の股や太もも。うわぁ・・・
元男だったからこそ男が少女の股をじろじろ見る意味が分かる。
今の私は美少女といって差し支えない容姿で、特に一部の嗜好をもった連中に好まれそうな体形をしている。
きっとあんなことやこんなことをしようと考えているに違いない。思いっきり叫んでやろうと思ったその時、
「あれっ、トレーナーさんとウィーちゃん」
という声とともにスぺちゃんがもう一人のウマ娘とこちらに来た。
誤解だ。脚を見ていただけだ。といって私の脚についての所感を興奮気味にしゃべり続けるトレーナーから離れ、スぺちゃんから隣のウマ娘を紹介してもらう。
「はじめまして、サイレンススズカです。スぺちゃんとは同室で同じトレーナーさんということで今日は見に来ちゃいました。」
今度は私が
いや誤解である。SNSで見たスズカさんに関するとある注意書きを思い出して……別に他意はない。
はず。
スズカさんが最近ゲートの練習をしているようで、そのために借りたゲートを折角なのでと使ってみることにした。
スぺちゃんは
「ゲートって思っていたより狭い」
と困惑している様だが、狭くて暗いところはこちらの得意とするところだ。日差しを遮るゲートは私にとっては恵みでしかなかった。
ガコンッ
ゲートが開かれてレースが始まる。
と思ったらスぺちゃんが盛大に出遅れた。それにつられて驚いたキングちゃんもワンテンポ遅れたみたいで自然と私がハナを切ることになる。
小学生の時はいつも誰かの後ろに付いて走っていた私にとって、レースで先頭を走るというのは正直初めての経験だ。とは言えどもいつもトレーニングとして走っているコースではあるのである程度の勝手は分かっている。
そんなことを考えながら最初の直線を走る私に襲いかかったのは後ろからの弾けるような足音……ではなく背中に突き刺さる夏の強烈な太陽であった。
この練習コースにはところどころに生えている
強烈な直射日光と芝の底から湧き上がってくる熱気によって押しつぶされるような気分だ。体から発生する熱を逃がす場所が皆無である。
最近はトレーニングの時間を夕暮れ時にしてもらっていたので余計に昼の日差しに耐えられない。
最初の直線からカーブに入る頃には、暑さで普段どんなペースで走っていたかが分からなくなっていく。まあ、そもそも普段もペースを考えているわけではないし、レースは練習と同じペースで走る訳でもない。基準になるウマ娘もいないならば、そもそもペースをコントロールする手段も分からない。
カーブを曲がり終える頃には限界を迎えていた。頭の中は練習コースに屋根つけてくれないかな、それかスプリンクラーとか。マラソン選手みたいに給水所が欲しい。そんな支離滅裂な思考で埋め尽くされる。
とりあえずこのレースを終わらせることだけを意識して私は最後の直線を駆け抜けた。
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