後半はスズカ&スぺトレ視点です。
「あー、極楽極楽。文明とは偉大だ。」
夏の直射日光と暑さに耐えきれなかった私は、模擬レースが終わってすぐにキングちゃんとスぺちゃんに断りを入れてからトレーナー室に戻ってきた。
流石は私のトレーナーさんで、レースを走り終わった直後の私に保冷剤のような物を渡してくれた。私がそれを首の後ろに当てて冷気を吸い取っていると、トレーナーさんは靴を脱がして脚を冷やしてくれる。ウマ娘のレース用の靴は蹄鉄がついているのもあってものすごく蒸れることを察してくれたようだ。
そうしてクールダウンしているとスぺちゃんや周りのトレーナー達は慌て始めるし、キングちゃんはなぜか謝り始めるしでとりあえず引き上げることになったのだ。
「ここは張ってないかい?」
「大丈夫ですー」
トレーナー室で転がる私の脚をマッサージしながら、トレーナーさんが何度も足の様子を確かめてくる。いつもよりも丁寧に触られている気がするけど、それがかえってくすぐったく感じる。
触った際の感じ方から指を動かしての反射まで徹底的に調べられるとなんだか怪我をしている気がしてくるが、痛みも無ければ疲労もとっくに回復している。まあ、だからと言って走れと言われたら勘弁してほしいけど。
「本当に大丈夫?もし違和感があったら何であろうとすぐに言うという事だけは約束してほしい。」
しばらくして私の脚にどうやら異常がないことを確認したようで、ようやくマッサージのような何かが終わりを告げる。
やれやれとコントローラーを取ろうと立ち上がった私にトレーナーさんが不思議なことを聞いてくる。
「4コーナーから最後の直線なんだけど。何か変な感覚は無かった?」
始めは脚のことだろうかと思ったが、それについては先ほどまで根掘り葉掘り全て聞かれたはずだ。そう考えると……特にない気がする。強いて言えば太陽が眩しいのと暑さで遠くがぼやけていたかも。
「えーっと、ちょっと眩しかったのと、ぼんやりとか」
そう答えると、どこか得心のいったような表情で頷く。
「うーん、やっぱり
「
思わず聞き返す。
「
「なるほど?」
なんか急にオカルト話かなにかが始まった気がする。大丈夫かこのトレーナー。そんなびっくり現象が起きていたという気は全然していないんだけどなぁ。
「最近のウマ娘科学では普段体にかけているリミッターを意図的に外して瞬間的に力を得ていると説明されるかな。要は火事場のバ鹿力を自分のモノにして使う技のようなものと考えてくれて構わない。ある種の催眠状態とも言えるかもね。
今回のレースでの4コーナーから直線に入るところの加速の仕方を考えるとそれに至りかけているのかもしれない。ただ、それは諸刃の剣でもある。無意識に体のリミッターを外すということは限界を超えてしまう可能性もあるんだ。」
うん?そんなバトル物か青春スポ根物でしか聞いたことない技術が存在するのか。嫌だよ。そんな怪しいものに至っちゃうようなレースはしたくない。ただでさえ暑いのに余計熱くなりそうだ。
「ということは、使わない方がいい?」
というか使えと言われても使えないけど。
「少なくとも上手く使いこなせるようになるまではやめておいた方がいいね。トレーニングして使いこなせるようになればもしかしたら。」
トレーナーさんはそこまで言葉を進めた段階で私の顔をみて苦笑し、言葉を止めた。どうやら嫌そうなのが表情に出てしまっていたらしい。
こうして、非人道的なトレーニングによって私を頭ターフウマ娘へ改造する計画は阻止されたのだった。
スズカ&スぺトレ視点
「あのー、ウィーちゃんは大丈夫ですよね? トレーナーさん。あれ、トレーナーさーん?」
わたわたと焦っているスペを横目に見ながら、引き上げていくウィトルムぺデスと横島トレーナーの方を向く。
ウィトルムぺデスがゴールした直後から彼が脚を冷やし始めたのでまさかと思ったが、彼女が歩いているのを見るに本人が分かるもしくは触って分かるような異常は無いのだろう。もっとも、ウィトルムペデス本人の方は特に焦った様子もなく終始きょとんとした様子だったので横島トレーナーの杞憂というものかもしれない。
ただ、それを笑うことなど出来ない。
手に握ったストップウォッチに目を向け、意識せずにウィトルムペデスのゴールのタイミングで止めていた時間を改めて確認する。
「1:32.1」
それがあの化け物が出したタイムだった。確かに、このコースの芝の状態は水分も少なく荒れていない。他のウマ娘との競り合いや枠番による実走距離の延長もない。タイムが出やすい環境であることを否定はできない。
しかし、その程度で1分32秒が出せるのか。
それも、デビュー1年前の体ができていないウマ娘がだ。
それを含めて考えるなら脚を壊すほどの激走だ。4コーナーからの加速をみて横島トレーナーがストップウォッチを放りだしてアイスパックを持ち出したのも無理はない。
彼女のトレーニングの強度を上げられないという話は聞いていたが、この調子で走れば脚が持たないのは想像に難くない。
元来走ることをこよなく愛するウマ娘を無理にでも走るのを止めに入るのはトレーナーにとってもしかしたら最も辛い選択の一つかもしれないが、理性によってそれを止めるようになって初めて一人前だろう。
それにしてもと思考を
いろいろ噂に聞いていたが、あれほどまでとは。
スペも決して悪いタイムではない。
デビュー前のウマ娘が上がり3Fで34.3が出せたのだ。メイクデビューであの走りをすれば大差勝ちをしても全く不思議ではない。
出遅れて前とあれだけ離されたという状況の中ということを考えると、重賞ウマ娘でもあの状況であそこまで走れるのは少ない。間違いなく日本一のウマ娘の称号に手を伸ばせる位置にいるだろう。普通の世代なら。
1600mで3.6秒、それが今の両者の距離だ。レースの展開の有利不利を考えるまでもない。絶対的な強敵。まさに日本一への壁として挑戦しがいのある相手だ。
まだ不安そうな表情をしているスぺを呼ぶ。
「スぺ、前から日本一のウマ娘になりたいといっていたな。」
「はっ、はい!」
「喜べ。あれに勝てるようになったら、間違いなく日本一だぞ」
「トレーナーさん!?」
スペは驚いた表情でこちらを見上げた。
他の表情を正確に読み取ることは難しいが、これで諦めるような娘じゃないことは確かだろう。
スぺと話していたら少し離れていたところからレースを見ていたスズカが近づいてくる。
流石に来るよな。
普段あまり表情を大きく動かさないスズカが笑みを浮かべているのを見るに、今のウィトルムペデスの走りに感じ入るところがあったのだろう。
「トレーナーさん!私、その」
「スズカ。やはりそう思うか。」
スズカを担当して1年になる。彼女の考えていることは分かっているつもりだ。
今日のウィトルムペデスの走り、ゲートでのトラブルがあったとはいえ3コーナーまでのそれは明らかに逃げの走り方だ。
ややハイペースだが、経済コースを進み、後ろとのセーフティーリードを確保して4コーナーに入る。長い直線とはいえ、届くためには4コーナー手前からの加速が必要になるだろう。
意識的かは分からないが、仕掛けどころの選択を強制してレースをコントロールするのは逃げの本懐だと言える。
事実キングヘイローは直線前からのはや仕掛けで坂につかまり、結果的に後ろからのスぺに差されることになった。
しかし、4コーナーからのウィトルムペデスの走りは差しのそれと言って相違ない。ゴールや坂との関係と残りの脚を見定め、最適な仕掛けどころを見込んでスパートする。
前に他のウマ娘がいないからそうとは見えないが、まぎれもない差しウマ娘の走り方だ。
その両者を一つのレースの中で両立させる。そのことにスズカも気が付いたのだろう。
「はい、あそこから見る景色、それが私の求めているものに近い気がします。」
スズカの能力をレースでどう生かすか。それはこれまでも何度も話してきた。
最初にスズカの走りを見た人は切れと持続時間を両立した末脚に目が行く。中団に控えた上で4コーナーの終わりから進出して差し切る。それが基本戦略となるだろう。
しかし、彼女の性質ともう一つの才能はそれを許さない。スズカの真価はレース前半での速さだ。差しの位置でのレースは彼女にとって脚を遊ばせている状況であり、前からのレースで粘りこむ方が向いている。
「確かに、逃げて差せれば理論上最強のウマ娘になるかもしれない。ただ、それを再現できる形にすることは非常に難しい。」
先ほどのもウィトルムペデスが意図的にやったかどうかは怪しいところだ。
「距離、展開、出走するウマ娘の脚質、それによって逃げのペースも差しのタイミングも変える必要がある。二つを両立させるのは片方をやることの倍以上に難しいかもしれない。」
「それでもです。私の方が速いです。いや速くなってみせます。彼女よりも、他のどのウマ娘よりも速くなれるのならば。だから……」
どうしたことか少し寂しそうなスズカの頭を撫でる。しかし、同時に彼女の目は決意を雄弁に語っているように思えた。
評価、お気に入り、感想、ここすき等よろしくお願いします。
次回は少し時間が飛ぶと思います。
掲示板形式は
-
あった方がいい
-
どちらでも
-
ない方がいい
-
回答を考えるのがめんどくさい