「お届け物です、サインかはんこを」
本野格西病院、病室の一つに配達員の桃井タロウは段ボールを持って入室した。そうしてお客様でもある入院患者にいつもの掛け声をする。
「あっ来た来た!待ってたよ!」
病室のベッドの上にいたのは入院服の少女、その大きさから小学生か中学生程度に見える。その荷物の中身に目を輝かせている様に見えるが、ベッドから立ち上がる素振りを見せない。具合が良くないのだと想像して、タロウは彼女に近づき段ボールを目の前に構える。少女はペンを受け取り、受取人「春風メブキ」と書かれた伝票に"うきうきメブキ"と可愛らしい文字で書き込む。そして箱を開けると、中には「桃色」とタイトルがあるパッケージが入っていた。
「お届け物に間違いありませんか」
「そうだよ、桃色で合ってるよ!桃色ってエッチなゲームでね、ずっとやりたかったの!このシナリオライターさんの書いた作品と比べるとちょっと寂しくて悲しいんだって。ちょっと怖いけど、名作って聞いてたしずっとワクワクしながら届けてくれるの待ってたんだよ! だから、届けてくれてありがとうございます!他にもスイセンってゲームもあってね、そっちはエロゲーじゃないけど、オススメだからやってみてね? 私ね、もしかしたらあのゲームみたいな最後が良いなって思ってるかもだから!」
「そうか、ここまで長い話をしたなら縁ができたな。困っている事があれば助けてやる」
「はっ!ごめんなさい配達員さん!今は大丈夫、ゲームできるからそれでいいよ」
彼女、メブキは一方的に長話をした事を恥じたが、タロウは気にせずいつも通りに縁を作った。それに安心したのかベッドに備え付けられた机の上のパソコンを開き、ゲームを始めようとする。
「あれ?ゲームできない、せっかくやる気マンマンなのに萎え萎えだよ……」
「見せてみろ」
このままどうすれば、と落ち込むメブキに気付いたタロウがパソコンの画面を覗き込む。どうやらブルースクリーンのまま動作が進まない。
「少し借りていいか?」
「ど、どうぞ」
パソコンをタロウの方に寄せると、彼は手慣れた手つきでハードディスクなど周辺機器を取り外して再起動のスイッチを押す。そうしてしばらく経ち、「縁夢学園」と変わったフォントで書かれたウィンドウとホーム画面が表示されるに至った。
「この場合はOSとソフトウェアの不具合だ。更新をしておくといい」
「わぁ、ありがとう配達員さん!このゲームもすごくエッチだからタイミングがあったらやってみて!」
「俺は普段ゲームをやらない」
メブキはそっけない一言にシュンとする。
「だが、俺は荷物だけでなく幸せも運ぶ。故にそのタイトルも次の配達の為に覚えておく」
そうしてタロウは次の配達へと足を進め、病室から立ち去った。
「いいなぁ、外に出れて」
パソコンを起動させながら窓の外のタロウを見送るメブキ。羨ましげな彼女を病室の隅から見つめている存在には気付く事は無かった。
───
ドン番外 エッチうりのしょうじょ
───
街中のカフェテリアも備え付けられた広場、喧騒と共に人々は四方に走り出す。
「にゃーん!ぺろーん!」
逃げ出したものの不幸な女性とスーツ姿の男性は、足をカメレオンよりも長いロープの様な舌に絡め取られ、そこから分解、粒子となって飲み込まれた。
「あっ、おいしそー!」
店の前のテーブルにはカレーライスなどの手を付けられずに残された料理や飲み物。テーブルに興味津々で近づいて、再び長い舌でペロリ。跡形も無く平らげた。
「はーっはっはっはっは!!」
「舌長いですね」
「雉野の足もね」
我らが暴太郎とお供達、ドンブラザーズ達4人が駆けつけたそこにいたのは欲望で変わり果てたヒトツ鬼。振り向いたその姿は紫色の下半身、両手はダボダボの袖に隠れて見えなくて、金と白のデザインはひび割れがなければ高級な陶磁器だったろう胸部、ティーカップの持ち手が付けられた肩、その顔は狐面に似た可愛らしい面で覆われているが、面のずれたネコ科めいた口元からは舌がはみ出ている。
「わぁー、全身タイツのヒーローってホントにいたんだ!……あれ、もしかして私やっつけられちゃう?」
「その通りだ!」
ヒトツ鬼の質問に真っ赤なリーダー、ドンモモタロウは嘘をつく事なく無慈悲に答え、右手のザングラソードの切っ先を向ける。ヒトツ鬼はそれを聞いて数秒の沈黙のうち、震えてドンモモタロウの足元に縋り付いた。
「あの、あにょ、赤タイツさん!靴をお舐めした方がよろしいでしょうか?!」
「見事な土下座!」
「いらない、動くな!」
キジブラザーはヒトツ鬼の素早い土下座にサラリーマンとして驚愕するが、それに怯むドンモモタロウではなく唐竹割りに切り捨てる。
「にゃー!?……あれ?」
スカ。ソードを振り下ろしたが、手応えなくすり抜けた。
「桃色の鳥さん、足を舐めるので助けてください!」
「ごめんなさい、奥さんがいるからそういうのはちょっと……」
「奥さん?!妊活とかしてるんですか?赤ちゃん欲し……」
「そういうの早い早い早い!!」
キジブラザーが焦りながらドンブラスターを連射、しかしその身体から火花が散る事なくキビ弾丸がスカスカとすり抜ける。
「これは、だるまさんや幽霊と同じか……」
「えー、まためんどくさい奴?」
「悪霊退散!悪霊退散!」
「やっぱり毎日イチャイチャちゅっちゅっしてるんですか?お互いの気持ちいいポイントとか知ってるんですか?!子供の名前も考えて……」
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!?」
「雉野?!」
「不甲斐ないぞ、キジブラザー」
キビ弾丸を撃てるだけ撃ちまくっても怯むどころか熱意の籠もったトークを叩きつけ、気の弱いキジブラザーは翼を広げて明後日の方向へ飛んで行く。とても恥ずかしい見事な敵前逃亡であった。
「あ、待って!飛んで逃げないで!もっとリアルな夫婦の話を聞きたいのに……」
ヒトツ鬼は自分の熱意あるトークに相手が耐えられず逃げ出した事に分かりやすく落ち込んで、膝を地面に落とした。
「……それで、倒すの?」
「いや、この前と同じならここで戦っても無駄だろう」
サルブラザーは戦う手立てが無い事を冷静に把握して、オニシスターとドンモモタロウを下がらせる。
「桃色だけに分かってくれると思ったのに……」
ヒトツ鬼はがっかりしながら空気に溶け込み、虚空へと消えてしまう。ドンモモタロウはその姿に思う所があるのか、それが消えてもしばらく同じ場所を向いていた。
───
古めかしい喫茶店、喫茶どんぶらにて数人の客、もといドンブラザーズのメンバーが作戦会議らしき物を机を囲んで行っている。
「まーためんどくさいのが出たよ」
「はるか、どこかで幽霊と会ってないのか?」
「美奈子さんはもう成仏してるっての」
「うん、みほちゃんとはもっと進むべきですよね、この前までいなかったからちょっと不安だけど、距離を縮めたらみほちゃんとも……」
「雉野はブツブツしてるし、タロウ?」
猿原真一は打開策を掴もうと鬼頭はるかに問いかけるが、特に成果はなし。雉野つよしは机に突っ伏しながらはるかの言う通りブツブツと何かを暗く喋り続ける。そんな中で、はるかはタロウの何かを考えている表情に気付いた。
「お供達、ヒトツ鬼の正体の検討がついた」
「ホントに?!」
「あの恥かかせた奴を?!」
はるかはタロウの確信をついた一言に目を見開き、雉野は暗い感情を込めた一言と共に顔を上げる。
「君に検討がついたと言う事は、宅配で縁のできた相手なのか?」
「そうだ。だが、その人は入院患者だ。正面から会う事は辞めた方がいい」
猿原はタロウの人間関係からどんな相手かあたりをつけるが、タロウが言った条件に悩む事となった。
「ならば、面会をする名目を作るのはどうだろう?」
「宅配以外でか?」
「ちょうどそこに、会う理由を作れる漫画家がいるではないか」
「頼みますよ、はるかさん!」
「えー?私?!」
───
「面会の許可はもらった。もう入っていいぞ」
「病弱な人と会うタイミングはそうないし、やってみる!」
病室の前でタロウはペンタブなどの漫画執筆セットを持ったはるかを伴って来た。今までにないキャラを描くにあたって熱意もそれなりに持っている。はるかはノックをして入室の許可を待つ事にする。
「どうぞ」
「失礼します」
はるかとタロウが慎重に部屋に入ると、病室には眠たげに目をこすりながらベッドで上半身を起こしている患者の姿があった。
「宅配の人!と誰?」
「こんにちは。私、鬼頭はるか。漫画家だよ」
「あにょ、えっと、私、春風メブキ。ここで入院してます」
「漫画のキャラの参考に取材させてくれる?」
「ひゃい!ふつつか者ですがよろしくお願いします!」
メブキは会った事がない職業の相手に緊張気味にズレた挨拶をして、はるかは内心可愛らしいと思った。
「俺も同席させてくれるか。春風メブキ、あんたの言うエッチなゲーム、エロゲとやらを俺も知りたくなった」
「ホントに?!どんなのがいい?持ってきてくれた『桃色』?それとも「縁夢学園」?漫画家さんがいるなら『ビッグバスターズ』とかエロゲじゃないけど『姫月』もいいと思うの!」
メブキのマシンガントークじみたゲームの紹介に、はるかは少し引き気味に表情を変える。
「えぇ〜、儚げなイメージが消えたんだけど……」
「面白い!早速やってやろう!」
そうしてはるかはペンタブとメモを用意して、同時にタロウは机にパソコンを広げる。取材とエロゲの布教が同時に始まる事になった。
「それで外では遊べなかったけど、お兄ちゃんが持ってきたエロゲが入院してて一番楽しかったの!」
「いや、チョイスがおかしい」
はるかはどこぞにカメラでも見えているのかメブキと別の方向を向いて若干小声で心情を漏らす。
「ふん……このゲーム、ストーリー構成が雑で伝えたい物が分からない。25点だ」
「ストーリーを楽しみたいなら、抜きゲーより桃色みたいな泣きゲーがおすすめだよ!」
「だが、夢の中で好き放題するというのは面白い。思うように振る舞い、夢同士でも縁ができるかもしれないな」
「そうそう!私も最近いい夢を見れるようになったからとても楽しいの!」
「ほう、どんな夢だ?」
タロウの目線が少しだけ鋭くなる。それに気付かないのかメブキは夢中でその続きを語る。
「夢の中だと私は猫さんでね、外でおいしい物を食べたりしてるの!それでね、ペロペロした人や大きい猫さんと一緒に遊んで楽しかったよ!」
「そうか……」
「じゃじゃん!できたよ、メブキちゃんと夢に出た大きい猫?っぽいもの」
「わぁー、すごいねはるかさん!エッチな漫画も、ゲームのイラスト担当もなんでもできるよ!」
タロウが納得したように一言返事をした後、はるかのタブレットには漫画らしくデフォルメしたメブキの似顔絵と猫と狐面が混ざった件の敵が描かれている。それを嬉しそうにメブキは眺めていた。
「聞きたい事は全て聞いた。帰るぞ、面会は終わりだ」
「もう帰っちゃうの?」
メブキは少し寂しくタロウを見つめる。しかし窓の外の日は落ちて光もオレンジに染まっている。帰るべき時間でもおかしくない。
「ああ。だが俺とあんたには縁ができている。困り事があれば再び力になってやる」
「そしたらまた遊んでくれる?まだ見て欲しいゲームがたくさんあるからね!」
「私の新しい漫画が出たら読んでくれるといいな」
「エッチなシーン、たくさん書いてね!」
「普通に読める漫画なんだけど……」