ONE PIECE -Bounty Hunter- 作:ハンマーしゃぶしゃぶ
ジャンゴとロビンが組むようになってから、早くも一ヶ月が経った。
聡明で、頭の回転が速く、ハナハナの能力も優秀。そんな事はファーストコンタクトからして分かっていたが、本格的に組んでみて分かった。
一言で表すなら、ニコ・ロビンという女はとんでもなく優秀だった。
手配額と実力が伴う、妥当な賞金首のリストアップ。
厄介なクライアントのカテゴライズ。
紛争地域の危険度順の選定。
ジャンゴの装備一式にかかる維持費、整備費の算出。
そして諸経費の削減。
ジャンゴがいくら有能とはいっても、男としての私生活の杜撰さというか迂闊さは滲みでる。
そこを、ロビンが女性ならではの気遣いときめ細やかさでカバーしてくれる。
まずは食費の支出が圧倒的に減った。彼女は、料理が大得意というわけではなかったが、それでもジャンゴより高レベルの腕前だ。ジャンゴも彼女の料理に毎日舌鼓を打てて、しかも食材費は浮くようになった。
衣服も、こまめに洗浄されるようになって清潔が高水準で保たれるようになった。
スレーヴIの操作に関しても、すぐに一通りこなせるようになり、 ――ロビンはハナハナの力で、一人で複数の操作を同時にこなせるのだから恐ろしい―― しかも彼女のその能力は、スレーヴIからジャンゴを援護するのにも最適だった。
ジャンゴのヘルメットのセンサーは、スレーヴIとコムリンクで繋がっている。という事は、船内に誰かしらが残っていれば、ジャンゴの見る光景をリアルタイムで映像確認できるのだ。
そしてロビンは、見た場所に花のように己の肉体を咲き誇らせる能力。
つまり、ジャンゴが送った映像の先に幾らでもハナハナの力を奮えた。
おまけに、船内の清潔感もワンランク上がった。彼女の観察力、性格、能力は船内清掃にも実に向いていた。
総じて、ジャンゴ一人の時でもそこまで酷くはなかったものの、ロビンが船内に同居するようになって全てが一段階進化したのだ。
「…受け取れ。今回のお前の取り分だ」
「別にいいのに。私は、ここに置いてもらっているだけでも、充分にあなたに守られているのだし」
ジャンゴの予想を遥かに越えるロビンの有能さに、ジャンゴも仕事の報酬の分前を彼女に与えるようになった。
そもそもが、ロビンからの依頼は〝自分を守ってくれ〟というもので、そしてその報酬は前払いで先月貰っている。
依頼内容からすると確かにロビンに金銭を与える必要はない。
ジャンゴから、「仕事を手伝え」とか「雑用をしろ」だとかも言ったことはなく、全ては彼女が勝手にやっている事だ。
本来なら彼女のボランティア行為なわけだが、それにしても彼女は想像以上に働いてくれるし、再三言うがとても有能だ。これでタダ働きをさせるようでは、ジャンゴのビジネスマンとしての信条に反する。
良い働きには、良い報酬を。
これはビジネスの鉄則だった。
「今日は、8000万ベリーの古株海賊だったけど…どうだった?」
「お前がモニターしていた通りだ。実力的には2000万がいいとこだな。奴が長生きしていたのは狡猾さだけが理由だったわけだ」
今日のハンティングにおいても、実に良いタイミングでロビンはターゲットに腕を咲かせて、そいつの呼吸を乱した。
ただでさえ取るに足りない相手だったそいつは、その瞬間にジャンゴに制圧されていた。
換金代理人への手数料として8%が引かれ、残るは7360万ベリー。
それをきっかり山分けして、3680万ベリーがロビンの
今では、
ロビンからすれば、わずか一ヶ月前には無一文で流離う犯罪者だったとは思えない環境の変化だった。
あまりにも好待遇過ぎて、あまりにもジャンゴ・フェットという男の対応は誠実で、ロビンは逆に不安になってしまう程だった。
ジャンゴがヘルメットを脱ぎ、ロビンの座るパイロットチェアの隣に腰掛けると、前もって用意されていたサンドイッチとコーヒーが出てくるのを、ジャンゴは苦笑しながらも喜んだ。
「まるで高級ホテルのサービスだな」
「ただの軽食よ。大したことじゃない」
「いいや、大したことだ。…しかし、これはマズイな」
ジャンゴのその言葉に、ロビンの片眉が少し曲がった。
「…妥当な食材しか使っていないわ。サンドイッチが、不味くなるはずないのだけれど…」
それに私の好きな料理だから少しは拘りがある、とロビンは訴えかけるも、ジャンゴはまた苦笑した。
「すまない。言葉が足りなかったな。…この状況がマズイと言ったんだ」
「…やっぱり、私は重荷に過ぎた…という事ね。依頼は破棄してくれても構わない。…誰も、この重荷は背負いきれないでしょうから…」
ロビンの顔の曇りが徐々に増していくが、「それも違う」とジャンゴは静かに言った。
「お前ではなく、俺がマズイんだ。優秀な執事のように、こんな快適な空間を作り出してくれる…この状況がマズイ。際限無くだらけてしまいそうだ」
ロビンは一瞬だけキョトンとした顔をし、そして柔らかくはにかんだ。
その顔を見て、ジャンゴは僅かな間考える素振りを見せてから口を開いた。
「…………悪い意味で聞こえていたとしたらすまない。先に謝っておこう。…ロビン。お前は、すぐに疑念や後ろめたさを抱くらしいが……オハラの重荷は、俺にとってそう大したことじゃない」
「え?」
その名を聞くだけで誰もが恐れ、憎み、嫌悪し、侮蔑する…〝オハラ〟という言葉。
もはや忌み名となって、禁忌に近づきすぎたが故に自身が禁忌と成り果てた〝それ〟を、そんな軽々しく受けてしまう者を、ロビンは初めて見た。
「歴史に造詣が深いお前なら知っているだろう…〝マンダロリアン〟を」
「マンダロリアン……」
ロビンの脳裏に刻まれている、今は失われた世界最大の図書館〝全知の樹〟の無限とも思えてしまう蔵書の数々が捲られる。
そうやって加速度的に脳内の書物群を次々に捲っていけば、やがてロビンの意識に引っかかる本が一冊選び取られていた。
「前に、あなたが言っていた〝ベスカー〟が載っていた文献と同じ書に載っていたはず。古代に失われた、悪魔も恐れる悪鬼が如きの冷酷無比の一族」
ジャンゴは「さすがだ」と、彼女の恐るべき聡明さと記憶力を褒め称える。
そこから語られたのは、記憶の定まらないジャンゴの言葉であるから一部不鮮明であるものの、歴史を愛するロビンにとってはロマン溢れるおとぎ話だった。
歴史の当事者が、今目の前にいたのだから。
「信じられない――」
ほぅ、と熱い溜息を吐いてロビンは聞き入っていた。
そして同時に、ジャンゴが先程言った言葉の意味も理解した。
確かに、空白の100年を調べていたオハラに比べれば、900年前の時代を生き、封印した事実、失われた文化と教えをその身に宿した戦闘民族など、政府からすれば正気の沙汰ではない。存在してはならない悪夢だ。まるで、動いて言葉を撒き散らす生きたポーネグリフだ。
ロビンにとって、ジャンゴ・フェットの存在は急速に大きくなっていたが、今回の暴露でよりそれは加速したと言える。
政府が定めた歴史的罪科を背負っており、しかも強く、タフな男。今までの人生経験から、裏切りに臆病になっていた彼女ですら、この男は裏切らず頼れる人間なのだと安心できる材料が揃い過ぎていた。この一ヶ月の経験もありロビンが完全に心を許した瞬間だった。
「あなたの記憶が完全に戻っていたら、すぐにでもこの狂える時代に終止符が打たれるかもしれないわね」
「そうそう上手くいかないさ。何事もな」
ジャンゴ・フェットの失われた記憶の完全な復旧は、彼自身はもう半ば諦めていた。
たまに、フラッシュバックのように脳裏に映像が流れたり、それらのシーンの感情や感想が口に出たりはするが、それぐらいだ。
記憶喪失とは、明日にでも戻るかもしれないし一生戻らないかもしれない…とも言われる。
無くなった記憶など宛にせず、ひたすらに今を生きるだけだと、ジャンゴ・フェットはそう考えていた。
もっとも、記憶はなくなっていても、肉体に染み付いた経験は今も己に息づいているのは感じる。そちらは存分に利用させてもらうつもりの彼である。
さすがバウンティ・ハンターなどを生き甲斐にしているだけあって、なかなかにしたたかだった。だからこそ、今日までジャンゴ・フェットは生き延びてきたのだから。
拠点を持たず本格的に流浪の賞金稼ぎとなってから二ヶ月が経った。
ジャンゴ・フェットは、今まではシャクヤクの酒場が半ば本拠地のようなもので、裏社会の者達も、海軍も、ジャンゴに依頼をしたい者はシャクヤクの酒場に足を運んだ。そこへ行けば、運が良ければジャンゴに出会えたものだが、今では彼へ依頼を出すのは困難を極める。
彼の所在がはっきりしなくなって様々な憶測と噂が流れたものの、断片的には真実味を帯びた噂もある。
その中でも、鷹の目のミホークとの決闘は、誰も彼もの好奇心を大いに刺激するものだ。
――やはりジャンゴ・フェットは死んでいない
世間も改めてそう確信させられる。
市井の人々がそうであるから、海軍も政府もそうだ。
そして政府もそうだという事は、バウンティ・ハンターを密かに調査していた〝神の騎士団〟のフィガーランド・ガーリング聖もそうだという事だ。
ガーリングもまたジャンゴの生存を確信し、また、彼の失踪が天竜人二名の失踪と重なっている事実にも注目していた。
「
そういう判断のもと、サイファーポールを用いた秘密裏の探査が始まっていた。
彼を捕らえたいフィガーランドの出資により、ジャンゴに偽の依頼を出すことも数度試したものの、ジャンゴの嗅覚は罠を見抜いていたのかカスリもしないし、稀に「ジャンゴを捕らえた」という報告があっても、それはジャンゴの名声のお零れに与ろうとしているだけの偽物だったり、彼に憧れるだけのフォロワーだ。
(ゴミ共め…使えん奴らばかりだ)
未だにフィガーランドを納得させるだけの成果は無かった。
彼は焦れていた。
――パチン…
豪奢な彼の宮殿。
その自室にて、フィガーランドは愛用する剣の鯉口を切り、抜き放っていく。
輝く刀身を静かに見つめ、そして次に、彼の自室に飾られている〝年代物の装甲服〟を見つめて、口の端を持ち上げた。
「マンダロリアン…我が先祖からの因縁を感じてしまうな。ふふふ…先住民一掃大会よりも、面白いハンティングになりそうだ」