ONE PIECE -Bounty Hunter- 作:ハンマーしゃぶしゃぶ
ジャンゴは世界中の島々に、自分の拠点となる場を密かに設けている。
しかし最も長く居付き、最も愛着を抱く拠点は、相変わらずシャボンディ諸島のシャッキーの酒場だ。
ここでは、女主人の内縁の夫とも言うべきレイリーのせいか、色々な人物が立ち寄るし、色々な事が起きる。それらの出来事は、情報が命綱である賞金稼ぎにとっても
一つ難点があるとすれば、この内縁夫婦は時に無理難題を言ってくるという事だ。
まぁ無理難題といっても、ジャンゴが完全に働き損になるような不条理は押し付けては来ないし、条件が悪すぎる仕事に対してはきちんと事前に問題点等を説明し、受けるか受けぬかもジャンゴ側に選択権があるのだから、良心的と言えるだろう。
だからジャンゴは、今日もこうしてシャッキーの酒場で管を巻く。
「レイリー、聞いたぞ。遭難していたらしいな」
酒で喉を潤しながらジャンゴが軽口を叩いた。
カウンターで濡れた食器を拭いていたレイリーは、ははは、とやや照れ臭そうに笑った。
「もう聞いたのか。シャッキーに似て耳が早くなったものだ。ちょっと海を漂った。ハチと出会わなければ危なかった」
ハチの名はすでにシャッキーから聞いていた。
ジャンゴは、グラスの中で溶けつつある氷をカランと鳴らして、レイリーへと顔を向ける。
「それが縁で、最近ここに顔を出すそうだが…大丈夫なのか?」
言葉多くを語らずとも、ジャンゴが気に掛ける事はレイリーにも容易に想像できた。
問題は、ここがシャボンディ諸島だということだ。
問題は、その少年が魚人だということだ。
この地には悪名高い職業安定所〝
魚人の少年がここに近づくなど危険極まりない。
「皆そう思うものだ。だから、まさか魚人が呑気にうろついているなんて思わないものだ」
「それに、はっちゃんは服の中に腕をねじ込めば、ぱっと見ほとんど人間だしね。この酒場以外には、島を出歩いちゃダメって言ってあるし…私達もそこは気を付けてるわよ」
ならいい、とジャンゴは短く切ってグラスを呷る。
奴隷になっても、心強く在り続ける者ならばいつかは日の目を見れる。
だが、殆ど全ての者は、心は何時か折れてしまう。
そして奴隷という身分に甘んじるようになる。心が腐っていく。
ジャンゴはそれを知っていた。
今では、ジャンゴ・フェットの〝事情〟も大分理解しているレイリー達であるから、彼の心配も理解しているのだ。
「
「何百年経っても、人の本質は何も変わらない」
言外に〝在った〟と認めている。人の歴史は、闘争と、それによる勝者と敗者が紡ぎ出す。敗者が受ける仕打ちなど、どの世界もどの時代も同じだ。
「900年前は、マンダロリアの戦士達さえ打ち倒した〝騎士団〟でさえ、今では無辜の民を笑って狩るような連中に成り果てた。変わるものもあるものだよ。志も、長い年月の中で腐敗する」
「…確かにな。より下劣な方向にだが、奴らは変わった」
レイリー流のジョークに、ジャンゴも乾いた笑みを漏らして皮肉ってやる。
「でも、数百年以上経っても、完璧に若いまま保存してしまうマンダロリアンの〝コールドスリープ〟って凄いのね。そんな技術を持った人達が、歴史の敗者側に追い込まれるなんて」
シャッキーも、その酷薄なジョークの流れに乗って参加してきた。「どれも、あのベガバンクが知ったら、全力で調査に来そうよね」などと、呑気にタバコを吹かしながら言った。
ジャンゴは、自分に刻まれた無数の傷跡の一つをなぞりながら言う。
「よくは覚えちゃいない。だが、とんでもなく強い騎士達がわんさかといたのは覚えている。ブラスターを剣で跳ね返す程度は、当時の騎士共は普通にやっていたからな」
「強さだけは昔から本物だったのね、あいつら」
「もっとも…能力者でもないのに、それで生きている君も大概だ。どちらにせよ、私達にとっては神話みたいな話だよ」
「それで、当時のニカとかにも会ったことあるの?ジャンゴちゃんは」
「…言ったろう。長期コールドスリープで、俺の記憶は完全じゃない。肉体もな。俺自身…なぜ眠っていたのか思い出せないぐらいだ。これ以上の面白い話は、俺からは引き出せないさ」
あら残念、とシャクヤクは気怠げに笑うと、そのまま奥へ引っ込んでいった。
レイリーとジャンゴの為の、次なる料理への準備を進めてくれるらしい。奥からは、空腹を刺激するスパイシーな匂いが漂い始める。
「これ以上は湿っぽい話になりそうだ。さ…飲み直そうじゃないか」
店の手伝いを放り投げて、レイリーは客席側へ回るとそのままジャンゴの隣へと腰掛ける。
そして、勝手に酒瓶を一本、新たに開けてジャンゴと自分へと注ぐ。
「おいおい、これは年代物じゃないのか。奥方の雷が落ちるぞ」
「おっと、本当だ。適当に開けたが…200年ものだ。…まぁ開けてしまったものは仕方ない。飲もう」
わざとらしく、「しまった」という顔をしながら、全く悪びれずにレイリーは笑うと、ジャンゴも釣られて薄く笑う。
「この酒でさえ君の年下だ、ジャンゴ君。遠慮せずに、この
レイリーとジャンゴのグラスが、心地よい乾杯の音を奏でた。
ジャンゴ・フェットは、過日の八宝水軍との一件以来、賞金稼ぎとして、そして傭兵として大いに名を売った。
そんな彼のもとには、ジャンゴ名指しの依頼も飛び込んでくるし、各界の大物が直々に遣いを寄越して仕事を受注してくれるよう〝嘆願〟する事さえあった。下手をすると、その大物本人がジャンゴの行きつけの酒場に来ることさえあった。
ジャンゴ・フェットの行きつけの酒場といえば、もちろんシャボンディ諸島は13番GRの〝シャッキー's ぼったくりBAR〟だ。
今、この酒場は、誰もが名を知り、そして名を聞けば驚くような人物が時折訪れる裏社会の名店のようになっていた。
「どんだけぼったくっても金払ってくれるから、別にいいんだけどね」
そういうわけで、ジャンゴ目当てにやってくる大物は、まずは洗礼とばかりにシャクヤクにふんだくられる。
シャクヤクにぼったくられて悲鳴を上げる程度の者では、ジャンゴに依頼を出す資格などないという、一種の〝
そして今、店の奥の席には銀色のボディーアーマーに全身を包んだ賞金稼ぎと、暗黒街の大物が座っている。
その周囲の席には、大物の護衛達が数人陣取り、「店に来たのだから」と女店主に注文を命じられて、そして盛大にぼったくられていた。
「なんちゅー店だ。店名通り、あまりに容赦ないネン」
「長居すればするほどにぼられるぞ。スムーズにビジネスの話といこう…ル・フェルド」
ジャンゴの言葉に、ぼったくられる部下達を見ながら、クライアントたる恰幅の良い男も頷いた。
クライアントの名はル・フェルド。
闇金の帝王と渾名される男で、数年前までは慈善事業団体〝平和研究所MADS〟のスポンサーでありプロデューサーであった。
『MADS』。
ある程度、科学や戦争、裏社会の事情を知る者なら誰もが知る
様々な革新的な技術を実用化させ、それらを兵器転用し、ル・フェルドのコネクションを使って暗黒街に流通させ、世界中の紛争地域で使用される超ヒット商品を連発した。
その結果、元々闇金の帝王として世界有数の資産を築いていたル・フェルドは更に財貨を増やしていて、今ではその資金力は天竜人にも匹敵すると言われている。
しかし、血統因子の解明とクローン人間の製造に手を出したMADSは、世界政府と五老星の看過できぬ存在となり摘発対象となった。
だがさすがはル・フェルドだった。
その摘発においても、事前に政府の動きと感情を察知して、自分からMADSを政府へ売り渡した。
政府の摘発において、危険な研究成果が山積みだったMADS本部は、それらの兵器を使用する事無く無血開城となっており、さらに政府に与するのを良しとしなかったヴィンスモーク・ジャッジやクイーンが己の研究テーマを片手に逃亡できているのは、偏にル・フェルドと政府の裏取引があったからだ。
「話が早い男は好きやネン」
お前のような男は好きだとジャンゴに言い、ル・フェルドは悪人顔で微笑んだ。
要約すると、彼の話はこうだ。
MADSを失い、新商品の提供が出来なくなった今は流通の規模に重きを置いているが、自分の縄張り下の大規模販路が、とある海賊の存在により荒らされているという。
「MADSは政府に売った。それはまだええネン。そろそろベガパンクも持て余しがちだったからな。あれ以上は一介の闇金業者の領分じゃなくなるネン。何事もほどほどが長生きの秘訣や」
葉巻から煙を垂れ流して、ル・フェルドはぎらぎらした歯を剥き出して笑う。
ほどほどが良い…などと言ってのけるセリフとは裏腹に、その顔にはどこまでも欲深い色が張り付いていた。
「ジャンゴ・フェット。あんたへの依頼は、わしの縄張りで暴れる男の排除やネン。厄介な男でなァ……どんだけ鼻薬嗅がせても、地位も女も興味なし。ただ強い奴を殺す事にしか興味がない」
闇金の帝王が差し出した一枚のWANTED POSTERには、炎巻き上がる戦場をバックに咆哮を上げる荒々しき男が写っていた。ル・フェルドはそいつを〝狂犬〟と称した。
「…ダグラス・バレットを始末して欲しい」
店の奥のキッチンスペースで、ガタリ、と物音がした。
その音が、レイリーが一瞬動揺したが故に奏でたものだとジャンゴには分かった。無論、女店主にも。
「〝鬼の跡目〟か。こいつは大仕事だな。…準備にはそれなりの時間と金がかかる。前払いで10億。成功報酬に20億」
それとは別に、ダグラス・バレットを捕獲ないし討伐した際の懸賞金も、全額がジャンゴ・フェットの懐に入る。そういう条件を提示した。
僅かな嫌悪も逡巡もなく、ル・フェルドは二つ返事で快諾した。
曰く、その程度の額で元ロジャー海賊団の狂犬を片付けられるのなら安い投資…という事らしかった。
ただ強くある事だけを望む求道者のようなダグラスは、ル・フェルドのような人種とは完全に相容れない。ル・フェルドは、はっきりとした物欲に興味を示す者をこそ信頼する。人は誰しも欲で動く。金銭欲か、権力欲か、名声欲か、愛欲かで動く。そう信じている。だから、高額報酬を要求してくるジャンゴ・フェットの事は、理解しやすくて、そして信頼できたし、高い金を要求してくる者というのは、それだけ自分の仕事に自信と誇りを持っている証左とル・フェルドは受け取った。
「契約成立だ」
闇金の帝王はまた歯を剥き出して微笑み、そしてバウンティ・ハンターはT字バイザーのセンサーアイを冷たく光らせた。
引き受けて、そしてル・フェルドが酒場を後にして、奥からのっそりとレイリーが出てきても、「あぁ疲れた」といつものようにボヤくだけだった。
レイリーはジャンゴに何も言わなかったし、シャクヤクも、ジャンゴにもレイリーにも何も言わなかった。
好きにしろ、という事らしいとジャンゴは受け取った。
レイリーが本当に止める気なら、実力行使でどうとでもなるだろうし、それ程ならばジャンゴとて依頼のキャンセルも吝かでない。
だがレイリーは何も言わなかった。
だからジャンゴ・フェットは、ターゲットの始末を決意する。
決意してからは早かった。
いつものようにスレーヴIのウェポン・ストレージに籠もり、装備の入念なチェックを始めた。
愛用の銃、ウェスター34ブラスター・ピストル。数度組み立て直し、パワーセルの装填と排出を繰り返した。
Z-6ジェットパックに新たなミサイルを詰める。
ZX小型火炎放射器は、吹かす度に鮮やかな赤を描く。燃料を提供するエネルギーチューブの強度にも問題はない。
ダーツ・シューターに、返し刃がついた鋭いフォーク状の毒矢を仕込む。毒は、あらゆる生物に数秒で速やかな死をデリバリーする神経毒だ。一切の苦しみを齎さぬのは、ターゲットに対するジャンゴからのせめてもの慈悲という奴だ。
ウィップコードをマシーンでオートで巻き取ってガントレットへと収める。
パーソナル・コンバットシールドを起動すれば、鮮やかなエネルギーフィールドが展開された。
リストレーザーは、使い古されたデュラスティールの端材を問題なく焼き切って己の性能を誇示する。
ガントレットから生やした多数の湾曲した刃を持つ振動刃・バイブロブレードも容易くその鉄板をボロ雑巾にしてみせた。
ホイッスリング・バードの小さな射出機に、一発一発丁寧に弾を込める。ニーパッド・ロケットダーツも忘れずに。
最後に、ジャンゴは幾つかの手のひらサイズの球体を弄んだ。
鋼鉄のボールのトサカをスライドさせると、そいつは小気味よい警告音を立てて3つの小さなライトを明滅させて、スライド位置をリセットさせれば直ぐ様機能を停止した。手のひらに収まる超小型の熱核兵器〝サーマル・デトネーター〟は、半径数mから数十m。改造次第では100mにパラディウムのフィールドを展開し、その境界内の物質を完全に滅却するが、僅かでも爆破半径を越えたモノは無傷で残る。そういう代物だった。
マンダロリアンが誇る、破壊不能物質と謳われるベスカーですら、サーマル・デトネーターの超熱からは逃れられないだろう。
その他にも、幾つかのアイテムを一つまみ、ベルトのユーティリティ・ポーチへと捩じ込んだ。
武具の一つ一つを、若いながらも歴戦を誇る賞金稼ぎは慣れた手つきで確認していく。
それは儀式だ。
この行為を経る事で、ジャンゴ・フェットはハンターとしての心を研ぎ澄ます。
マンダロリアンの伝統的スタイルでありながら、最新の殺傷力にアップデートされ続けた数々の殺人兵器達に触れて整えていく時、ジャンゴは自分がマンダロアの戦士である事を強く自覚し、同時に伝統的で誇り高い戦士としての自分を、冷酷な賞金稼ぎの顔が侵食してくるのも自覚した。そして、それが嫌ではなかった。
酒場を去っていく後ろ姿を見守りながら、シャクヤクは情夫に言う。
「良かったの?」
「バレットとジャンゴ。二人の実力と、今現在の活動を考えると衝突は時間の問題だったろう」
「それでも、あなたが望めば激突は避けられる」
「私はもう、第一線の現役というわけじゃない。あまり表舞台にしゃしゃり出るつもりはないよ。…それに、それを二人が望むのか?」
シャクヤクもまたあっけらかんと答えた。
「望まないでしょうね」
「男と男が戦う切っ掛けは様々だ。しかし、結局のところ…根本には〝どっちが強いか〟という力比べを望む心がある。男にはな」
「難儀な生き物だこと」
そこが可愛いのだけれど、ともシャクヤクは付け加えた。
レイリーは声を出して笑った。
「そう思うよ。シンプルだが難儀な生き物だ」
「バレットとジャンゴちゃん…どちらが勝つかしら」
言われて、レイリーはやや考え込む素振りを見せる。
「正面から、ゴングを鳴らして戦えばバレットだ。しかし…合図無く何でもありの戦いならば、恐るべきバウンティ・ハンターに勝てる者はそうはいない」
フェットは、冷徹と狡猾の代名詞になりつつある。
大規模な軍事組織のエースだったという、どこか似た過去を背負う二人だという事は、両者の事情をある程度知るレイリーだから知っていたが、バレットとジャンゴのスタイルはまるで違う。
それこそ、生き様から戦場での心構えも、戦場で培ったスキルさえまるで違った。
圧倒的な覇気と肉体で、あらゆる障害をねじ伏せるバレットと、巧みな戦術と優れた装備を十全に使いこなすスキルを揮うジャンゴ。
剛直に跳ね除けるバレットと、柔軟に対処するジャンゴ。
相手の力を引き出し、その全部を叩きのめして己の力を誇示するバレットと、相手の持ち味を封じ、自分だけが利するハンティングを仕掛けるジャンゴ。
対象的でありながら、どちらも極めて優れた若き戦士で、しかもどちらもレイリーにとっては
彼は、現在進行系で気質の人間にすら大迷惑を及ぼしている無差別の暴君だった。枷を失った暴力装置だった。
ジャンゴ・フェットが動き出さずとも、近い内に他の大海賊なり海軍の精鋭なりに叩きのめされるのは簡単に予想できた。
彼を受けときれる器が、自分にない事を悲しく思うレイリーだったが、あくまで孤独な暴の道を行くと決めたのはバレット自身だ。その責任はいつか取らなくてならなかった。
その時が今来たという事だ。
その相手が、ジャンゴ・フェットだったというだけの事だ。
「願わくば…どちらが最期を迎えようとも、その終わりが彼らの納得のいくものであって欲しいものだ」
レイリーが呟いた。
厭世とも諦観ともとれる優しい瞳を、シャクヤクはじっと見ていた。
もはや顔さえ覚えていない、ねじり殺してやった海賊から奪った船で、ダグラス・バレットは島から島へ移動していた。
暴れ過ぎて、その悪名が高まり過ぎて、もはや待つだけでは付近の海賊も海軍も寄ってこない。
ならば自分から向かってやる。ダグラス・バレットは、単純にそう考えて海を渡っていた。
雑魚が寄り付かなくなってきたのは良い傾向に思えた。
(もう一息か)
もう一押しすれば、ロジャーとさえ対等に渡り合った名高い大海賊や、海軍大将達が出張ってくれるだろう。
バレットは、思うがままに暴威を振りまきながら、この海域の島々を虱潰しに北上していく。
故に、彼の足取りを掴み、その航路を予測するのはある程度の調査力と予測力を持つ者ならば容易かった。
バレット自身、大暴れして自分の存在を大々的にアピールしているぐらいで、足取りを隠すつもりなど丸っ切り無かったのだ。
ダグラス・バレットは圧倒的強者だった。
何もかもを真正面からねじ伏せる事が出来る男だった。
彼が生涯で打ち倒せなかった存在は、海賊王ゴールド・ロジャーただ一人だった。
ロジャーの盟友であり右腕、シルバーズ・レイリーと同等の実力を誇るバレットは、圧倒的な高レベルであらゆる覇気を扱う。見聞色の覇気も、当たり前のように最上級のものを身に着けていたが、だが、世の中というのは広い。己を上回る者はロジャーだけで、同等の者でさえレイリー唯一人と信じてきたが、ダグラス・バレットと同等の覇気を扱える男がレイリー以外にもいたのだ。その事実が、次の瞬間に証明された。
「っ!?」
バレットが乗る船が、突然爆発した。
常在戦場の心構えを持っているバレットだが、さすがに言葉通りに常に心を張り詰める事はできない。ただそれでも非常に高レベルの精神の警戒網を構築していたのに、そんな彼の見聞色でさえ、その直前まで微塵も攻撃を察知出来なかった。
それが意味するのは、この爆発が偶発的な事故か、意思の無い機械的な攻撃によるものか、或いはバレットと同レベルの見聞色の覇気で意思を隠蔽していたか…それともバレットの隙を見抜いたかであった。
「チッ…!!」
舌打ちしつつ、バレットは服に焦げ付いてくる炎もそのままに足場を急造する。
既に触れていた船達の残骸を能力で掻き集めたが、その急場の足場も次から次に爆発し燃え上がっていった。
バレットは、海上を飛び跳ねるように、やはり次から次に足場を作っていく。時には、海軍の六式戦闘術の月歩のように、中空を蹴って飛んだ。
もはや事故等ではない。明確な攻撃の意思。
海中から、鮮烈な赤い光線が飛び出してバレットを狙う。
バレットは唸りながら、武装色を漲らせた拳で光線そのものを、幾つか殴って霧散させた。だが、その拳は鈍い音と肉の焼ける匂いを放ちながら消耗する。
(…!なんなのだ、この光線は!)
砲弾も剣も、真正面から殴って一切傷まぬ自慢の拳が押し負けた。
「…最近になって、光を操る海軍中将の噂を良く聞くようになったが、まさかそいつか?」
火傷を負った拳を見つめながら、近年名を挙げてきた海軍将校の情報を脳の引き出しから引っ張り出したが、答えなど出ようはずもない。
武装色纏う剛腕が焼け爛れるなどバレットにとっても衝撃の体験だったが、それも当然の話で、バレットを狙う赤い光線は対艦ようの大型ブラスターによるものだ。しかも〝対艦〟と言っても現代の軍艦相手の基準ではない。大空の遥か彼方、星々瞬く黒き海を旅する鋼鉄以上に堅固な舟を傷つける目的の攻撃兵器だった。
海中からバレットを狙う存在 ――フェットが駆るスレーヴI―― は、執拗に獲物に赤い牙を剥き続ける。
洋上では埒が明かない。
そう考えたバレットは、見聞色を広げれば、水平線に見え隠れする小さな島を感知する。
とにかく足場を得なければ、まともな闘争の土俵にも上がれぬと、バレットは全力疾走で空を蹴る。
その様はまるで風神か雷神だ。
突風を纏って、怒気と覇気とを綯い交ぜにした殺気を撒き散らしながら彼は駆けた。
(歯痒い!!)
その一言だった。
海のベールに身を隠し、一方的に強力ではあるがつまらぬ攻撃を続ける敵が憎らしかった。
強さを極め、戦いこそが生き甲斐のバレットにとっては、このような戦いは無粋の極みだ。
バレットほどの男が全力で走れば、ものの数分でその小島には着く。
そして、「さぁ来い!!」とばかりに海中の敵を待ち受けて、それでもバレットを嘲笑うように〝敵〟は一向に姿を見せない。
「貴様の隠れん坊に、いつまでも付き合ってなどいられんぞ!!」
吠えながら、バレットは能力を解放して島中の無機物を取り込み、合体させ、改造し、様々な武器を創出する。島とはいえ、たかがしれた小さな無人島だ。まだ若く未熟な部分もあるバレットでも充分に能力のテリトリーだ。
機関銃にロケットランチャー、ミサイル、機雷に魚雷、スピアガン。
ガルツバーグ軍で培った武器の知識をフルに活かして、様々な武器を海に向かって発砲しまくるが、それはまるで空に唾吐く行為だった。
まるで手応えがないのはバレット自身理解していた。
海中の敵はいまだ沈黙している。
バレットの挑発にもまるで乗ってこず、見聞色でも居場所の特定が出来ないなら捕捉は不可能だった。
持久戦に持ち込むつもりか、とバレットは考えた。
確かに、ここは小さな無人島だったが、緑は豊かだし生物の気配も多い。数年程度生存できるだけの物資は、元軍人であるバレットならば容易く確保できる。それぐらいのサバイバル能力は持っている。それどころか、もっと過酷な戦場で地雷と弾除けの肉壁を子供の頃から勤め上げてきた生粋の軍人がバレットだ。過酷なサバイバルレースで負ける気はなかった。
まるで軍隊時代のような、嫌な記憶を思い起こさせる戦いになってしまいそうだが、それでも今回は勝者は自分だ。バレットは強く確信している。
最初の襲撃は朝焼けの頃だったのに、やがて陽も暮れて、敵も姿を見せぬことからバレットが島の偵察を行うのは自然な流れだったろう。
その中で、バレットは自身が着陸した海岸の反対側の岸に死体を発見する。
死体は、一見して違和感があった。
流れ着いたものにしては、損傷が少なく綺麗だ。腐敗もしていない。寧ろ、垂れ流したての新鮮な血の匂いすらした。
豪快に、自信漲る足取りでバレットはその死体へと近づいていく。
違和感を確かめるためには、近づき確認せねばならない。
一歩。また一歩。近づいていく。
屈み、死体へと手を伸ばし、まだ血が滴る死体をごろんとひっくり返したその拍子に、それは起こる。
――Click!BeepBeepBeep!
「ッ!!!?」
(ブービートラップ!!)
初めて聞く機械の音だったが、バレットの軍人としての直感はそれが爆弾であることを理解した。
元々軍人であり、幾つもの過酷な戦場を経験したバレットはそういうトラップを知っていた。
扉の開閉に、椅子に、便座に、落ちている缶詰に、電伝虫の受話器に、ランプのスイッチに、あらゆる場所を罠とする悪魔的な技術。
戦場で違和感を感じる異物があれば、そいつは罠だと教えられたし、教えを実践し、いくつものトラップを解除した経験もある。
だが、それもガルツバーグ時代の事…まだ未熟で
どんな罠をも食い敗れる自信が、僅かに感じた違和感をも無視してバレットをさらに豪胆にさせていた。
それに、この世の常識として爆発は致命傷になり辛いというのがある。意思の強さを現実の物理的干渉力に直結させる〝覇気〟は、この世界に根付いて浸透している。それを常識として知らない新世界外の海でも、当たり前だが覇気は存在していて知らずに使う者は多い。その覇気が、一点突破ではなく万遍無く表面を焼き傷付ける爆発ダメージは、覇気の守りを突破し難いらしかった。
聞き慣れぬ電子音を響かせて、死体の腹に埋め込まれていた〝現代常識では考えられぬ威力の小型爆弾〟が炸裂した。覇気を漲らせ、防御に徹すればどんな火薬量の爆弾だろうともきかぬ、という確信が、この時ばかりは足枷となった。
「ぐあああああ!!!?」
千の黄金よりも価値有る、無双の肉体が焼けた。
皮膚があっさりと融解し、肉が炭化し、骨が燃えた。
一瞬の灼熱を感じ取った瞬間に、バレットは直ぐ様後ろに飛び退いて回避も試みたが、もはや半身が核の炎に晒された。
あまりの熱量が、右腕と右足の分子まで焼き尽くし霧化させ消滅させた。
顔面の右半分がぐしゃぐしゃに焼けただれ、右目は熱で煮えて白濁化し、胸から腹も黒炭となった。一部の肉は既に炭になって削ぎ落ち、骨さえ覗いていた。
吸い込んだ空気さえ灼熱で、バレットの臓腑を内から焼いていた。
そのような状態になりつつも、バレットは凄まじい跳躍で炸裂した超熱爆発の射程距離から逃れることが出来ていた。
ギリギリではあったが、バレットが生を掴めたのは彼の怪物的な強さに裏打ちされた超反応のお陰だった。並の達人なら間違いなく全身が消滅していだろう。
「かはッ……!あ゛、が…ッ……!!」
(なんだ…!今の爆弾は!!)
様々な地獄の戦場を生き延びたバレットでさえ、体験したこともない威力の爆弾だった。
藻掻き、這いずりながら、焼けた気道で呼吸を整え、意識を保って気力を途切れさせない。
そうやって足掻いている彼を、静かに冷たく見据える人間が、岸に隣り合う小高い岩場の上にいつの間にかいた。
このような危機的状況に陥っているせいでもあったが、そいつの登場にバレットが全く気付かなかったのは、そいつの身の熟しが只者ではなかったからだ。
未だ無事な左目で、ギロリとそいつを睨んだ。
「貴様……!」
「なるほど…凄まじいな。サーマル・デトネーターの直撃を、あのタイミングから避けるか」
「ハァ…!ハァ…!ジ、ジャンゴ…フェット…!そう、か…!てめェが、襲撃者…か…!!」
特徴的なTバイザーのブラスト・ヘルメットに、鎧のような全身プロテクター姿は、強者に興味を持つバレットの知識に蓄えられた人物の一人だった。情報屋が扱う、裏社会でも要注意人物の一覧の中で見た覚えがあるヘルメット姿だった。
「貴様程の男に知られているとは光栄だ、ダグラス・バレット」
「てめェ、なに…しや、がった…!ハァ…ハァ…!今の爆弾は…能力か…!」
「言う義務があるのか?」
普通では有り得ぬ威力に、真っ先に疑うのほジャンゴが悪魔の実の能力者であるかどうかだった。
だがジャンゴは、その質問に律儀に答えることはしない。
言葉の代わりに、彼は銃を構え突き付けた。
そして、「さよならだ、〝鬼の跡目〟」と一言放つと同時に光の弾丸を放つ。
「っ!おれが、こんな…所で、終わるものかァァァ!!!!!」
同時にバレットが吼えていた。
半身が死んだも同然の肉体を、常軌を逸する闘争本能で動かし、魂の隅々から掻き集めた意思のチカラを体の表層に吹き出した。
「…!」
「てめェの汚ねェ罠で…そんなのでッ、おれが終われるか!!ハァ…ッ、ハァ…!おれは、ま、まだ…到達していねェ!最強への道は…ここで終わらせん!!!うおおおおおおお!!!」
ブラスターを左腕で受け止め、バレットは悪魔の実の力を全力で振り絞った。
欠損した右腕、右脚に再び無機物が集う。喪失したそれを補っていく。
「俺の罠で終わるなら…その程度が貴様の
「ふざ、けるな…ッ!こんな戦い方で、最強だなど…!認めねェ…ハァ……ハァ……おれが、最強だ…おれこそが!!!」
「俺が最強だ。常にな」
せせら笑うような態度に、バレットは目を血走らせてケダモノのように突っ込む。それは手負いの獣そのものだ。
「その体で、まだ戦うつもりか」
呆れたように、少しの溜息を滲ませてジャンゴが言った。
言いながら、淀みなく戦闘態勢を整える。
だが、迫力は大したものだったが、明らかに速度が劣化している。息が荒く、体幹がぶれている。常人ならば死んでいるような状態なのだ。たとえバレットが超人的な戦士でもとても戦える状態ではないのは明らかだ。
ジャンゴの見立てでは、例えばバレットが万全の状態で、闘争心漲らせて、互いに向き合って戦闘を開始したなら、ジャンゴとて死を覚悟して戦わねばならなかっただろう。
しかし、今のバレットは半分も実力を出せない。そういう状況に追い込んでから、ジャンゴは戦闘を仕掛けた。
窮鼠は猫を噛むし、消えゆく蝋燭は燃え尽きる寸前に激しく灯る。呆れたように呟きながらも、ジャンゴには一切の容赦も油断も無かった。相手は
血を昂らせるのではなく、ただひたすらに凍らせる。冷血なる賞金稼ぎは、恐ろしいぐらい静謐に猛る獣を見据えていた。
「ダグラス・バレットが…投獄された!?」
バスターコールの準備を着々と進めていた大将センゴクは飛び込んできた一報に喫驚した。
バレットが暴れている海域は、その全てを封鎖しなければいけない程の甚大な被害だった。
しかも被害は日々拡大していき、そしてバレット自身の強さも着実に増していた。
もはや一刻の猶予もなく、海軍の本気の力を誇示する必要があったのだ。
あったのだが…その直前に、ターゲットであるダグラス・バレットは一介の賞金稼ぎにしてやられたという。
信じられなかった。
「バレットは、国家レベルの戦力をぶつける必要があった男だぞ!なにかの見間違いではないのか!?」
「いや、間違いない。おれも確認した」
白髪が大分増えてきた、英雄たるガープ中将がどこか楽しそうに言うと、センゴクは眉間のシワを深くして不機嫌ヅラを惜しげなく晒す。
「おれの連日徹夜の準備を、一体どこの賞金稼ぎが台無しにしやがった!」
「わははは!怒るなセンゴク!自慢の黒髪アフロが白くなるのが早まっちまうぞ!」
「お前の自分勝手が、一番おれの心労になってるんだよ!…チッ!まったく…で、一体誰がバレットを仕留めた?あいつは、冥王レイリーと並び立つ実力者だぞ」
「やったのは賞金稼ぎだ」
センゴクの目が大きく見開いた。信じられない、と無言で語る。
「バウンティ・ハンター…ジャンゴ・フェット!まったく大した男だ!おれ達海軍を出し抜く賞金稼ぎがいるなんてな!」
「ジャンゴ・フェット……そうか、聞き覚えがある。
「そうだ。あのドン・チンジャオの跡継ぎ息子を討ち取ったって話だな。…今回の件といい、ただ格好を真似てるだけの奴じゃない。実力は本物だな」
「…賞金稼ぎのうちは、まだいいが……所詮はアウトロー。いつ海のクズ共の仲間入りをするか分からん。厄介だな」
「なら海賊になっちまう前に、今のうちにスカウトにでも行ったらどうだセンゴク」
冗談めかしてガープが言ったが、センゴクはそれを真剣な顔で受け止めた。
どうやらいい案だと思ったらしい。
「人事部に掛け合ってみるか」
「まぁ、わざわざ海軍に入らず賞金稼ぎなんざしてるやつだ。厄介な事情か信念を持っとるだろうがな」
豪快に笑うガープを、センゴクは鼻を鳴らしながらじとりと見た。
次いで、バスターコールの陳情と立案の書面を睨んで、忌々しそうに握りつぶすのだった。