ONE PIECE -Bounty Hunter-   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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Episode5 サウロとドール

「ジャンゴちゃん、お客さんよ」

 

お気に入りの店の、お気に入りの席で、今日もジャンゴは静かに酒を飲んでいた。

レイリーはどこぞに出かけていて、今はこの店は貸切状態だったが、それはしょっちゅうある事で別に珍しくもない。

 

「随分と足音がうるさい客らしいな」

 

「そうね。どう見ても巨人族だからね」

 

シャクヤクは、扉の向こう側からジャンゴへと声をかけていて、のっしのっしと御登場した客の相手をしている。

まるで空を見上げるようにして、「ごめんなさいね。ちょっとうちの店には入れないわ」などと呑気に言っていた。

 

「気を使わんでええで。勝手に急に来たのはワシ達だからな」

 

巨人族らしい大きな声。

だが、どこか呑気そうな喋り方は、きっと個人的な性格故だろう。

 

「あー、ドール少尉。ちぃと店の中の様子見てきてくれんか?」

 

「はっ。了解です、サウロ中将」

 

巨人の大きな声と、ハキハキとした女の声は店内のジャンゴにも充分聞こえている。

しかしジャンゴは構わずに酒を飲み続け、ヘルメットを被ることもせず、無警戒にリラックスしていた。

 

「失礼するよ…………あんたが、賞金稼ぎのジャンゴ・フェット?…ふぅーん、あんま強そうに見えないけど」

 

少々癖っ毛のショートヘアを軍帽に捩じ込んだ女が来た。

背も高く女的な肉付きも良い。声もハスキー気味なものの、顔立ち共々少々幼いものが残っていた。

なかなかの美女っぷりだが、まだ十代半ばか後半だろうと想起させる動きの固さと隙の多さがある。つまりは初々しい。

しかし、正義の二文字が刺繍されたコートの着用を許されているし、ジャンゴに聞こえた言葉に間違いがないのなら彼女は少尉らしいが、海軍士官が初対面の相手に、こうもぶっきらぼうなのは中々面白いと思えた。

海軍は、階級が上がる程に実に個性的な面々が増える。服装も改造制服が許されているのか実に多彩で、入れ墨、ピアスなど見後に着飾る者はいる。これは、上級将校程自由が許されるのか、それともそういう事をする個性派がのし上がっているのか判断が分かれる所だ。

もっともマンダロリアン達も人のことは言えないだろう。

マンダロリアン達そのものが、破壊と略奪と殺戮を愛する、謂わば科学的蛮族集団だったし、戦士一人一人が自分用にカスタマイズしたマンダロリアン・アーマーを着込み、そして着飾っていた。現在の海軍など目じゃないほどに。一族の中でも、戦士の規律を求めた一派にジャンゴは所属していたが、それでもその一派でさえ充分に個性派揃いだった。

 

「礼儀正しいとは言えない態度だな。お前の飼い主は何をやっている?ろくな躾はされなかったか」

 

ジャンゴは無駄に喧嘩を売るような男ではないが、気持ちよく静かに酒を楽しんでいた一時を、不躾な若造に邪魔をされれば礼儀正しい対応などはしない。

安息を妨害した返礼とばかりに、少しばかり世間知らずの軍人少女をからかってやりたくなったのだ。

 

「…いきなり言ってくれるね」

 

「そちらがいきなり来たからな。親切にエスコートして欲しければ、事前にアポイントメントでもとることだ、ルーキー」

 

「っ…私はルーキーではないけどね。喧嘩を売ってるの?」

 

「フッ」

 

「っ!」

 

素直に少女が引けばそれで良し。引かなければ、少しばかり楽しめる。結果を鑑みるに楽しめそうだった。

素直なレスポンスはなかなかに弄りがいがあった。

鼻で笑ってやると、少女は若さからくる辛抱の無さを露呈して、一瞬の怒気を見せた。

 

「自分に自信があるようだね、賞金稼ぎ」

 

「そっちはどうだ?その威勢の良さは、自分の力に自信が無くて、己を虚飾しているようにも見える」

 

「…試してみる?」

 

「俺が隙だらけで遠慮しているのか?いつでも試してみろ。お前如きじゃ、俺をどうこうしようなんて無理な話だ」

 

言われた瞬間、少女はバネのように跳ねた。

剥き出しの頭部目掛けて、鋭い蹴りが刺さる。

…と見えた瞬間、ジャンゴは酒を片手にしながら最低限の動きでそいつを避けた。

 

「…!」

 

小さく舌打ちをしながら、少女は続けて回し蹴りを入れる。

が、それも片手でいなしてジャンゴは彼女の軸足へ足払いをかけた。もちろん、終始座ったままだし、片手には一滴も溢れていないグラスが依然としてあった。

 

「うぁ!?」

 

「チェックメイト」

 

尻もちをついた少女に、酒を呷る男が銃が突きつけていた。

 

「こ、この…!」

 

「第二ゲームをご所望か?」

 

古傷だらけの褐色肌の賞金稼ぎが男臭く笑っていた。

完全にからかわれていると少女は気づく。

圧倒的な体術の差を見せつけられていたが、それでも少女は持ち前の勝ち気さで第二ゲームへと突っ込もうとしたが、

 

「おおい!そこまでにしといてやってくれんかァ!」

 

扉から覗き込んでくる大きな目玉が叫んでいた。

ままごとハウスを覗き込む成人男性のような体勢で、巨人が少しだけ慌てて止めに入った。

 

「こらー、ドール!いつも言ってただで!!もっと礼儀正しくせんと勘違いされるでって!そらみたことか!」

 

「サ、サウロ中将…!」

 

「ジャンゴさん、すまんかった!ワシら、別にお前さんに喧嘩売りに来たわけではねーでよ!」

 

大きな指で開け放たれた扉から、ギョロギョロと覗く目が申し訳無さそうに歪んでいた。

実に人の良さそうな、人を穏やかな気分にさせてくる巨人だとジャンゴは思った。

 

「…いや、俺も申し訳なかった。少しからかい過ぎた」

 

大きな目玉にそう言ってから、ジャンゴは尻もちをついている少女に手を差し出した。

 

「すまなかったな、お嬢ちゃん」

 

「…フンっ。そのお嬢ちゃん呼び…本当に和解する気、ある?」

 

「レディ扱いをするには、若すぎるだろう?幾つだ?」

 

「女に年齢を尋ねるなんて――」

 

「ドールはまだ14だで!ワシんとこでも期待の新人でな~~~~、きっと将来大物になるで~~~~~」

 

「ちょっ、中将!?勝手に人の個人情報漏らさないでください!」

 

14歳!思ったよりももっと若い。ジャンゴは驚いた。

まじまじと少女の顔を観察してしまうくらいには衝撃だった。

 

「…な、なによ」

 

「その年で、あそこまで動けたのか。その若さで素晴らしい練磨だ…称賛しよう。大したものだ、レディ・ドール」

 

格上の賞金稼ぎからの素直な賛美に、ドールは少し面食らい、そして照れた。

差し出されていた手を掴み、また小生意気に鼻を鳴らして立ち上がったが、その態度は今度は照れ隠しだった。

 

「良かった。店は壊されないで済みそうね」

 

いつの間にか、シャクヤクが簡単な料理と酒をカウンターに並べながらそう言った。

外にいる巨人にも、酒を樽ごと運んでいき、カット前の燻製肉を丸ごと大皿に乗せた。

 

「ま、取り敢えず食べましょう。一緒に飲み食いすれば、人って案外簡単に打ち解けられるものよ」

 

やりての女主人が、皆のペースをあっさりと握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巨人が来るって分かってれば、もっと仕入れたんだけど…足りないわよね」

 

「んん、うまい!デレシシシ!いや~~~、ほんとにうまい!気持ちが嬉しいでよ~~~~!シャクヤクさん、お気になさらずだで」

 

全員で、ちょっとしたピクニックのような感じになってしまった。

酒場の庭にシートを広げ、そこにサウロが座って、周りをシャクヤク、ドール、そしてジャンゴが囲むように座る。

 

「変わった笑い方だな……しかし巨人族か。近くで見ると圧巻だ」

 

「なんだ、ジャンゴさん。巨人見るの初めてか?」

 

「…どうだろうな。見た気もするが…思い出せん」

 

「なんだい、そりゃ。巨人見たら絶対忘れないでしょ」

 

パンを齧りながらドールが少々冷たく突っ込んだが、ジャンゴはどこ吹く風だった。

サウロが視線だけで部下に注意すると、ドールは背筋を伸ばした。

 

「慕われているじゃないか。良くこの跳ねっ返りを躾けている」

 

「なんだって?誰が跳ねっ返りだよ!」

 

「ええ加減にせんか、ドール………ハァ~~まったく…。ジャンゴさんも、もう勘弁してやってくれ。こう見えて少尉は根は優しい娘なんだで。あんまからかってやらんでくれ」

 

ムスッとしながら、ドールはシャクヤクの料理を頬張った。

尊敬する上官の手前、もうジャンゴには食ってかかれそうもなかったし、

 

「すまない。反応が素直で、ついな」

 

ジャンゴも好感が持てる巨人族の海兵の為にも、大人しく謝った。

 

「さて、一悶着あったが…ようやく自己紹介できるで~~~~。ワシの名はハグワール・D・サウロ。海軍で中将やらせてもらっとるで」

 

Dの名に、ピクリと反応をしたジャンゴだったが、賞金稼ぎはすぐに無表情に戻る。

 

「海軍本部中将のサウロか。噂は聞いている。あんたが逮捕した海賊は、いずれも億超えの大物ばかり。…賞金稼ぎ泣かせの有能っぷりだ」

 

「ジャンゴさんもな。あんたも海兵泣かせの有能っぷりだで。最近は本部でも話題になっとる」

 

名を売るのは確かに目的の一つでもあった。

名が売れれば大口の仕事を得やすくなるからだ。

それに、ジャンゴにも男として生まれ戦士として育ったからか、功名心というやつが無いわけではない。

この世界に、己の足跡を刻み込んでやりたい願望も確かにある。

 

「そいつはいい。名が広まれば、仕事を選ぶ立場になれる」

 

そう言ってニヒルに笑う男を見て、ドールは「俗な男」だと思った。

ドールは、これ程に強ければもっと崇高な大志をも抱いて、そして実際に行動に移せそうなのに、と歯痒くも思った。

 

「それで、今日は俺にお褒めの言葉でも掛けに来てくれたのか。それとも、海軍の活動妨害の疑いでもあったか?アドミラル・サウロ」

 

「…なんか、こしゅばゆいというかオシャレというか…随分古風な言い方だで。久々に聞いたで~~そんな呼び方。ふつーにサウロ中将とか…なんなら呼び捨てでええだで。別にあんたは海兵じゃないんだからな」

 

このように、ジャンゴは時折900年前の常識で動いたり喋ったりがある。

隙の無い男に見えて、意外とうっかりな面もある男であった。誰にも見られてはいないが、この前など長年愛用しているスレーヴIに乗り込む時に、ハッチに頭をぶつけた。しかもこれは偶に起きる事だった。

 

「…そうか。世間の流行に取り残された田舎育ちでな。気をつけよう」

 

「いや、まァ、好きに呼んでくれてええ。気をつけんでもええだで」

 

んでな、とサウロはようやく本題を切り出した。

 

「早い話、勧誘だ」

 

「勧誘?」

 

「勧誘!?」

 

ジャンゴはきょとんとし、ドールは何故かジャンゴ以上に驚いて思わず立ち上がっていた。

 

「私は反対です、中将!賞金稼ぎなんて金の亡者で、海軍のおこぼれを狙うハイエナのような奴らですよ!?」

 

「そんな低レベルな奴じゃねェってのは、もうドール少尉自身が経験したろうが。ジャンゴ・フェットという男は、海軍に頼らずとも自分の力で、あのダグラス・バレットを倒しちまった奴だで?」

 

「…それは、そうですが」

 

言われて、ドールは唇を軽く噛み、黙った。

 

「さっきから度々すまねェな、ジャンゴさん。…まァ、そういうことなんだ。どうだ?いっちょ海軍に入らねェか?」

 

「いや、やめておこう」

 

「そうか~~、残念だで」

 

逡巡もなく、世間話のついでのような気楽さでジャンゴは即座に断り、そしてサウロもそれをあっさり受け入れた。

だがまたもドールが食いついた。

 

「んな!?ちょっとアンタ!断るの早すぎるだろ!?せめて、ちょっとは迷えよ!いやそもそも入隊を拒否するとかありえない!海軍本部中将の、あのハグワール・D・サウロ中将が直々にお声掛けしたってのに!」

 

「俺の入隊に反対していたくせに、やけに吠えるじゃないか」

 

「アンタなんかが海兵になるのは反対だよ!でもサウロ中将のスカウトを断るのも不敬なんだよ。この礼儀知らず」

 

「べつに、お上品な世界で育ったわけではないからな。YESかNOかがはっきり伝われば良いと思っている」

 

ドールが何を言っても、ジャンゴは平気の平左で全てを受け止めていなしてしまっていた。

言葉でも全く手応えのないジャンゴに、ドールは年相応にふくれっ面を晒すしかない。

まだ子供といえる若さで、早くも軍人としての面を強めていくドールを見て、もっとのんびりと子供時代を愉しめばいいものを、とサウロも内心で思っていたから、このような反応を見せたドールを微笑ましいと思えた。

だがそれはそれとして、今はジャンゴ・フェットとの話を進めるべきだった。

 

「…じゃあ、ジャンゴさん。勧誘は諦めたで。その代わりと言うか、提案がある」

 

ジャンゴの視線が、遥か上方の巨人の目へと向けられた。

 

「ワシも、お前さんが簡単に海軍に入ってくれるとは思ってなかったで。だども、お試し入隊というか…ちっとワシに雇われてみんか?」

 

「雇われる…?俺が、あんたにか?」

 

二人の会話を聞いているドールが、またまた口を挟みたがるような表情と素振りだったが、さすがの跳ねっ返り娘も分を弁えた。尊敬する上官と、気に食わない若き賞金稼ぎとの会話を黙って見守った。

サウロとしては、センゴクからの命令もあってジャンゴとのパイプ作りをこなしておきたかったし、自分の部下の中でもとびきりの逸材であるドールを、彼女が若すぎるとしてもアレほど一方的にあしらうジャンゴの力量に惚れ込んでいた。

それに、ジャンゴ・フェットと僅かとはいえ交流をした結果、彼の人格にも信頼を置いた。

その信頼を保証するのはサウロの直感とでもいうべきものだが、サウロは自分の感性を特に大事にする男だった。その感性が「信じろ」というなら、サウロはそれに従った。

 

「そうだで。ジャンゴさんは、賞金稼ぎで傭兵だでな?」

 

「ああ」

 

「だったら、傭兵としてジャンゴさんをワシが個人的に雇うで」

 

「…大丈夫なのか?」

 

ジャンゴのその言葉は、組織としてその行為は大丈夫なのか?という意味と、自分の相場は高いが大丈夫なのか?という二重でのそれだった。

サウロはゆったりと頷いた。

 

「センゴク元帥からは、ワシの裁量でやって良しとの言質をとっとるからな。それに、ワシはけっこーな額貰っとるのに、給料、使い道が無くてなァ…、こう見えて結構溜め込んでるんだで」

 

問題ないと「デレシシシ」と笑う。

思いがけぬ提案に、ジャンゴは静かに考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その結果、ジャンゴ・フェットは現在軍船に乗船していた。

サウロ中将に()()()雇われたのだ。

期間は一ヶ月。役割は、サウロの護衛と敵の排除…という名目だ。

その間に、特に何事も無くとも3000万ベリーが支払われる事になっている。

小遣い稼ぎとしては申し分ない。

 

「すげぇ…ジャンゴ・フェットと同じ船に乗ってる」

 

そう漏らしたのはサウロの部隊の部下の海兵だ。

既にジャンゴ・フェットの悪名と有名は海原に広まっているから、こういうファンもちらほら存在した。

甲板に立ち尽くし、水平線を眺めるマンダロリアン戦士を、複数の海兵達が遠巻きに陰ながら見守っている。

 

「あのアーマー…かっけェ…!お、おれ…サイン貰ってみようかな」

 

「本当にマンダロリアンなんですかって聞いてみたいー!」

 

「おれは、ダグラス・バレットとの戦いを詳しく聞いてみてェな」

 

一等兵、二等兵、軍曹らの雑談。その輪の中に、「おれならば八宝水軍との戦いを聞くな」などと言いつつ、中尉までも参加し始めたのを、ドールは(男ってのは…まったく…)と苦々しく眺めていた。

男達が、まるで少年のように目を輝かせてバウンティ・ハンターを見つめる中、ドールは男のロマンを引き裂くように、その視線の嵐の中を突っ切った。そしてジャンゴ・フェットへと、小生意気に話しかける。

 

「ちょっと」

 

「どうした。別の任務か」

 

「そうやてぼーっとして、中将から大金せしめようってんじゃないでしょうね。いくら雑用が免除されているからって…」

 

「クライアントからの命令が無い時は、護衛が任務となる。仕事を疎かにはしない」

 

「…護衛って、じゃあ今は監視でもしてるわけ?」

 

「ああ。周囲50海里には敵影無し。問題はない。だが、約20分後に嵐が迫る。備えていた方がいいだろう」

 

「適当言ってんじゃないでしょうね?…うちの航海士は、まだ何も言ってないけど――」

 

訝しんだドール。

その瞬間だった。

 

「――帆を畳め~~!もうじき嵐が迫るぞーー!!」

 

サウロ隊が誇る、凄腕の一等航海士が皆に大声でそう告げた。

ジャンゴ・フェットが、無貌のT字バイザーをドールの方に向けてジッと見てくる。まるで「そら、言った通りだろ」とでも言いたげだ、とドールは受け取った。

ジャンゴの有能さは、もう嫌という程分かっているのに、ついつい噛みついてしまう。ドールは黙って帆を畳みに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サウロに同道しての航海七日目。

監視員が叫んだ。

 

「3時方向、船影あり!あの形状、旗…海賊船です!!海賊旗照合―――…懸賞金4000万ベリーのモーブ海賊団と確認!」

 

「サウロ中将!ご指示を!」

 

にわかに熱気を帯び始めた部下達。中でもドールは、一等目を輝かせている。そんな部下達に、サウロは巨体に相応しい大喝を入れた。

 

「よォーーし、まずは停船命令を出せ!ええか!こちらからは手を出すなよ!!」

 

普段はのんびりした、おっとりとした男であるサウロだが、今は表情も凛々しく引き締まり、まさに海軍中将の風格であった。

 

「モーブ海賊団、停船命令を無視!」

 

「敵船、船首回頭!大砲をこちらに向けようとしています!」

 

部下達からの目まぐるしく降ってくる報告を、サウロは巨体に見合う大きな器で受け止めるように、ゆっくりと頷きながら大声で言う。

 

「こちらも返礼せにゃならん!全砲門開け!!よーく狙えよォ!!」

 

砲火が交わる。

洋上の空を、幾つもの砲弾が飛び交った。

サウロ隊の軍艦は、巧みな操船で群がる砲弾を見事に避けていくが、反対に海賊船は幾つもの至近弾を早速浴び、その衝撃で早くも船体にダメージを負う。

圧倒的な力量差だ。

 

「折角敵が現れたというのに、俺の出番は無さそうだな」

 

ジャンゴが肩を軽くすくめながら言うと、サウロも歯を見せて笑って答えた。

 

「んだなァ。もっと実力派の海賊が出てきたら、あんたの出番もあると思うで。それまでは…海軍がどんなもんかを近くで観察してもらうのも目的だで、ゆっくり見ててええ。…あんたから見て、どうだ?うちの隊は」

 

「…見事な連携だし、素晴らしい練度だな。砲撃戦だけで海賊は息も絶え絶えだ」

 

「そう言ってくれると部下達も喜ぶで。…どうだで~?海軍で働くのも楽しそうだでェ?かっこいいだで?」

 

お前ェもうちに入らねェか?と良い笑顔でサウロは言った。

ジャンゴは苦笑しながら、「さてな…」と返した。

ドールは、そんな二人をチラリと目で追い聞き耳を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

航海から半月が経ち、幾つかの島々にも補給で立ち寄る。

その時も、ジャンゴ・フェットはサウロの側を片時も離れなかった。

名目上の依頼であると承知していても、サウロ本人の強さを理解していても、ジャンゴの仕事人としての責務から自身にそうさせていた。

その島は補給の中継地点として活気ある島で、ジョリー・ロジャーを掲げた船も何艘も停泊していた。

当然、捕物劇が起きて、殆ど全ての海賊がお縄となった。

その中で、一際強い海賊がいた。

しかもそいつは女だった。

並の男を遥かに凌駕する逞しい肉体を持ち、女らしい膨らみはあるものの、骨格は節くれ立ってガタイの良さがとにかく目立った。

顔も、なかなかに特徴的で骨張った造形で、一見しての印象は絵本にでも出てきそうな邪悪な〝魔女〟だ。

蜘蛛の子を散らすように逃げていく海賊達を追って、サウロ隊は分散し事にあたっていたが、その女海賊と交戦したのは中尉率いる小隊で、そこにはドールの姿もあった。

 

「ムルンフッフッフ…!あなた達みたいな間抜けに捕まる私じゃないわよ!!」

 

「ルーキーのカタリーナ・デボンだ!!気をつけろ、こいつ強――うわあああ!!?」

 

「中尉!く、くそォ…よくも中尉をぎゃあああああっ!?」

 

凄まじいまでのムチ捌きで、精鋭揃いのサウロ隊を蹴散らしていく。

覇気を纏う高速の一薙ぎが、幾人もの海兵の首を跳ねて、胴を切断せしめた。

 

「こいつ…本当にルーキーか!?」

 

「見た目もどう見ても十代にゃ見えないし、年齢サバ読んでるかもしれんぞ…」

 

「だとしたら、この強さも納得だ!」

 

「ちょいとあんたら!!私はピチピチの14歳よ!!乙女に向かって失礼じゃない!!!」

 

血管を浮かび上がらせ、怒りを露わにしながらデボンは死を振りまいた。

年上の、それも屈強な海兵の男達を枯れ枝のように砕いていく様は、まさに頭一つ抜けた話題のルーキーの面目躍如だった。

だが、その凶悪な女海賊ルーキーに噛みつく女海兵のルーキーもそこにはいた。

 

「あんま調子に乗るんじゃないよ!」

 

「あら?ムルンフッフッフッ!これは可愛らしい娘が来たわねェ!♡」

 

ムチが巻き起こす暴風をくぐり抜けて、ドールもまたムチのように長い脚をしならせてデボンへと蹴りを放つ。

デボンの黒化した腕が、ドールのキックを受け止める。デボンは狐のように目と口を細めて怪しく笑った。

 

「私は、あなたみたいな美しい首を傍らに置いておくのが好きでねェ!あなた…良さそう♡」

 

舌なめずりをするデボンに、ドールは背筋に寒いものが走るのを感じる。

 

「変態野郎が!」

 

「乙女に向かって野郎だなんて…ムルンフッフッ…その口の悪さもソソるわよ!」

 

デボンのムチと、ドールのムチのような蹴撃が空中に幾つもの火花を散らせる。

その間も、デボンは余裕そうにドールへと幾つもの質問を飛ばしてくるのは、囁きによる相手の意識集中の妨害の一貫か、それとも純然たる獲物への興味か。

 

「ねぇねぇ、あなた幾つかしらァ?名前は?」

 

「…!」

 

ドールは無視して攻撃を続けるが、デボンの言葉は実に煩わしい。

 

「背は高いし、胸だってお尻だって美味しそうに実っててモデルのよう…食べちゃいたいわね♡もう男に食い荒らされてるのかしら?でも、その肌のきめ細やかさ…綺麗な顔に残る幼さ……う~ん、私と同い年ぐらいかしらァ?」

 

「気色悪いことを…!」

 

ジャンゴと出会ってから、より鍛錬に励み鋭さを増した一撃がデボンの頬をかすめた。

デボンの頬から一筋の血が垂れるのを、むしろ彼女は嬉しそうにしながら長いベロで舐め取る。

 

「いいわね…やっぱりあなたイイ…。私が頂くわ♡」

 

「っ!」

 

デボンが放つ覇気が、一段増大し禍々しくなる。

 

(こいつ…本気じゃなかったのか!)

 

ドールの頬を嫌な汗が伝う。

デボンの放つ覇気は、明らかに佐官級以上の実力者があたるべき事案だ。

ドールは、既に実力はそのレベルにあるとサウロに評され、あとは実績を積み出世していく段階だったが、それでもドール一人では分の悪い勝負と思えた。

それから先は、ドールが予見した通りの運びだった。

徐々に押され、ジリ貧となってきたドール。

いたぶるようなデボンのムチ捌きが、ドールの服を少しずつ削り飛ばし剥いでいく。

 

「チッ…悪趣味な奴…!」

 

「ムルンフッフッフッフッフッ♡綺麗になってきたわねェ。首だけにする前に、味わってあげる♡」

 

「ぐっ!?し、しまった…!」

 

ムチがドールの片足に絡みつき、そのまま持ち上げられて振り回される。

激しく動くと露出してしまいそうになって、まだ年若い少女のドールの動きが恥じらいから鈍った瞬間を狙われた。

何度も何度も、激しく地面へと叩きつけられた。

 

「…がはッ!」

 

「ふふふふ…ゆっくりしてると、有名なサウロの本隊が来ちゃいそうだからね。さァ…手短に愉しみましょ♡」

 

ダメージを負いすぎた。

ドールは這いつくばり、必死に己の足腰に喝を入れてやっても、膝が笑ってろくに立てない。

 

「気の強い、美しい女は好物なの。〝若月狩り〟と謂われる所以…あなたの綺麗な体に教えてあげる」

 

醜悪な老女のように恐ろしい笑みを浮かべたデボンが、妖しくにじり寄る。

 

「あた、し、に…そっちの気は…ない、わよ…!」

 

「あら、心配しないで?新しい世界に目覚めさせてあげるわよォ」

 

男よりも逞しいデボンの大きな手が、ドールの服を乱暴に剥いた。

男が女を手籠めにするように、無理矢理に女の肌を晒して少女の隠された聖域に踏み込もうとする。

ドールが全力で抵抗しても、ガタイの良いデボンに抑え込まれては、負っていたダメージもあってろくに抵抗も出来なかった。

 

「ムルンフッフッフッフッフッ!♡気の強い美少女が、そういう目で涙ぐむのは最高ねェ!!」

 

「っ…、はな、せ!!ヤダ…っ、やめ、ろ…!」

 

「無駄よ!ムルンフッフッ!あんたの尊敬する中将様は、まだまだ向こうの海賊にかかりきりなのは私の見聞色で丸見えなの!助けなんて―――あがッ!!!???」

 

勝ち誇り、あとは獲物をいたぶるのみだった女海賊が、突然苦悶の表情を浮かべて昏倒した。

巨体が力を失って仰向けに崩れ落ちる。

 

「え!?―――あ…ジャ、ジャンゴ!」

 

倒れたデボンの背後。

そこには、もはや見慣れた鉄仮面が静かに佇んでいた。ドールは、彼の名を呼びながら思わず泣きそうになった。とてつもない安心感が彼女の胸を支配する。同時に、今の自分の格好を思い出して豊かな乳房を隠して頬を染めた。

銀に輝く彼の銃が、彼の手の中でクルクルと回転しホルスターへ吸い込まれる。

 

「隙だらけだったぜ、カタリーナ・デボン」

 

無論、隙は多少生じていただろうが、デボンは見聞色による警戒網をきちんと敷いていた。ジャンゴ・フェットが、見聞色の〝技術〟で上回り、彼女の警戒網をすり抜けていた。

白目を剥いた女海賊に、素早くウィップコードを打ち込み雁字搦めにしてやる。同時に、彼はアーマーの上に重ねてきていたポンチョをドールへと投げて寄越した。

 

「…あ、ありがとう」

 

「お前達に何かあったら、クライアントは悲しむ。…他の奴らは少々手遅れだったようだが」

 

ここら一帯は、無惨な死体だらけとなっていた。

デボンの部下も、そして彼女を追った海兵達も、もはや多くが物言わぬ骸となっている。

デボンの敵味方問わぬムチの嵐は、双方の死体をひたすら酷く変えていた。

思わずえずきそうになる光景と、むせ返る血と肉の臭気だった。

 

「レディ・ドールは、どうやら〝若月狩り〟のお眼鏡に叶ったようだな」

 

「フンッ…胸糞悪いだけよ」

 

「カタリーナ・デボン。年齢14歳。趣味は、美しい女の生首を収集する事。自身もまだ少女でありながら、〝若月狩り〟の異名を持ち、若く美しい女を()()()()後で殺し飾り立てる事から名付けられた。殺しの特徴から、デボンに殺された若い女性は最低でも150人。殺された男の数はもはや推測不能……この歳で大した経歴だ」

 

「知ってる…。同い年で、同じ女だったから…嫌でも意識しちゃってたから。調べれば調べる程、反吐が出そうだった」

 

ジャンゴの手を掴み、立ち上がったドールは忌々しそうに気絶した女海賊を見下ろした。

 

「…まだ生きてるんだ」

 

普段ならば、ジャンゴも度を超えた下衆はさっさと殺してしまうが、今回はブラスターをスタンモードにセットしていた。

 

「14歳でこうまで性根が腐った海のクズ。…殺す方が、いっそ将来のためじゃないの?」

 

「今のセリフ…サウロが聞いたら悲しむだろう。少なくとも海兵が使うべき言葉ではない」

 

ドールは少し俯いて、厚みのある下唇を軽く噛む。

以前にも見た仕草だった。癖らしい。ジャンゴは思った。

 

「…中将が…なるべく殺すなって言ったの?」

 

ジャンゴは短く「ああ」とだけ答えた。

 

「こっちは…犯されかけて…私以外全員殺されたってのに」

 

海兵とはそういうものだった。

そんな事は、ドール自身理解している。

だが、今はこの悔しさを殺しきれない。復讐を求める怒りの感情と、してやられた惨めな自分を蔑む心がぐつぐつと湧いてくるのだ。

弱く、不甲斐ない自分が一番許せなかった。

同い年の女に遅れを取り、仲間を殺され、自分の身体をトロフィーにされかけた。

眼の前の男のような、そんな強さが欲しいとドールは心底思った。この男のようになれればと、そう思った。

 

「……そういえば、サウロ中将の護衛はいいの?」

 

自分の負の感情から目を逸らすために話題を変える。

ジャンゴは首を縦に振った。

 

「あちらはもう片付いている。殆どサウロが一人で片付けたよ。…俺の速さなら増援に間に合うからと、クライアントに急かされたのさ」

 

もうじきサウロの本隊も来るはずだ、とジャンゴは言った。

耳を澄ますと、多数の人間が駆けてくる足音。そして、その中でも一際大きな大きな足音が、必死に駆けてくるのがドールにも分かった。

仲間の足音と、そして疲れきったドールを守るように静かに側に控える賞金稼ぎの存在が、彼女をひどく安心させる。

瞼が重くなってきたドールは、気づくとジャンゴの胸にしなだれかかっていた。

軍属になってから、彼女が男に甘えたいと思ったのはこれが初めてだった。気が強く、才能溢れる女海兵といっても、ドールはまだ14歳の少女だった。

 

「眠っておけ。忌々しい体験は…一夜の悪夢だ」

 

そう言いながら、ジャンゴはドールを抱きかかえると、海兵達が来るまで静かに佇んだ。

 

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