ONE PIECE -Bounty Hunter- 作:ハンマーしゃぶしゃぶ
暫くは平穏と言って良い日々が続いた。
友人のサウロが海軍に反逆し抹殺され、同時期オハラにバスターコールが発動された…とかのきな臭いニュースはあったものの、ジャンゴの日々はいつもと変わらず、ただ舞い込んでくる仕事をこなし、賞金首を捕え、あるいは殺す日々を送っていた。
少し変わった事はあるにはあったが、それは過日の仕事で共に戦った事がある女海兵ドールが、時折この酒場に訪れるようになったくらいだ。
「…だからさぁ…サウロ中将が、オハラと結託して古代兵器を起動させるなんてありえないっつーの!分かるよね、アンタなら!」
アルコールに負けつつあるドールが、ジャンゴへのボディタッチを目に見えて多くしつつ絡んでくる。
端正な顔を赤く染めて、酒臭さと共にジャンゴの男臭い顔へと寄せてもくる。
「あぁ、分かっている。サウロは、そんな器用な奴じゃないからな」
ドールは確かに長身で肉付きも良く、見目麗しい女だ。美女に言い寄られるのはジャンゴとて悪い気はしない。しかし、ドールの年齢を思えば、ジャンゴはしかめっ面で寄ってくるドールを出迎えた。
もっとも、この年齢の少女に酒を出すシャッキーも問題だし、そもそもそんな状況で酒に付き合ってやったジャンゴにも非がある。
「そうなんだよ!なのに、上の連中はさ~~!ろくな調査もせずに、寧ろ調査なんて誰にもさせずに、この件を終わらせたんだよ!他にもさ―――」
「………ああ。それは大変だったな」
サウロの一件はジャンゴもやや興味があったし、ドールにも余程鬱憤が溜まってそうに見えて、それにシャッキーもいつもより少ししつこいぐらいに「女の愚痴に付き合ってあげなさいよ」などとオススメしてくるものだから、ならほんの少し…と酒瓶を開けたのが運の尽きだったのかもしれない。
「あらあら。ドールちゃん、すっかり酔っちゃって」
シャッキーが笑ってそう言ったが、ジャンゴは目線だけで「半分以上お前のせいだ」と文句を投げかけている。
しかしシャッキーは知ってか知らずか、そんなものはヘッチャラだと言わんばかりだった。
「…なにをぉ?わらしは、まだ…酔ってないぞ……見れば分かぅだろ…。酒だって…そこらの男より、何倍も…つよいんだ…」
「酔っ払いは皆そう言う。…おい、いい加減もうやめておけ」
止められても、ぶつぶつ文句を言いながら追加でもう2杯の酒を飲み干し、そこでドールは酔いつぶれた。
カウンターに突っ伏し、赤い顔でスースーと寝息を立て始めていた。
「ジャンゴちゃん、襲っちゃダメよ?」
「笑えん冗談だぜ、シャッキー」
「あら、今のは〝襲っちゃえ〟って言ってるのよ?ダメって言われたらヤるって流れのはずだったんだけど…」
「それこそ冗談だろ?ドールの年齢を知っているだろう」
「とは言ってもねぇ…彼女、先週15歳になったって私には言ってわよ?このご時世、田舎ならその歳で子供生んでてもおかしくないしね……それに、彼女から想われてるのは分かってるんでしょ?」
海兵で、しかも女なのだ。
いつ何時、どんな目に遭うか分かったものではない。
事実、ドールは女相手とはいえ犯されかけた経験もあるし、尊敬する上司を失ったショックも相まって、ジャンゴに男の温もりを求めたのだろう。
この海原では、何が起きるかわからない。
どんな猛者でも、どんな立場の者でも、一夜にして転落し命を落とす可能性があった。この世界はそういう世界で、今はそういう時代なのだ。
明日は我が身。ジャンゴとて、こんな稼業を続けている人間だ。明日にはもう死んでいるかもしれない。
「こんな世の中だもの。…生涯、添い遂げるのが無理でも、たとえ一夜でも好きな男に愛されたいっていう女心…私は分かるわよ?」
「…」
ジャンゴは、酔いつぶれたドールを横目に、シャクヤクから注がれた酒をもう1杯あおった。
その後も定期的に、ドールはジャンゴを目当てに酒場を訪れた。
彼女との縁は自然と深くなっていったが、そんなある日、ジャンゴのその後の運命を転変させる大仕事が舞い込む事になる。
ジャンゴに舞い込んだその仕事は、「人助けのような格安の仕事」などではない。完全なる「人助け」だった。
しかもクライアントは、恩人であるレイリーとシャクヤクだ。
ジャンゴは渋い顔をした。
当たり前だった。
なにせ、「天竜人に買われてしまう前ならば、手のだし様はある。迅速さが肝心だ」と依頼主はのたまわるのだから。
厄介事の塊のような、ゴミクズを擬人化したような、あの天竜人絡みの事件という事だ。
しかもだ。ヒューマンショップが目と鼻の先にあり、様々な裏社会の情報が集うこの地に居を構えているレイリーとシャクヤクの二人が、攫われてしまったターゲットを既に
既に一線を引いているとはいえ、相当の腕利きで情報に通じている二人が、足取りを掴めないのだから相手もその業界ではかなりの手練れなのだろう。
「恐らく救出対象はもう流通ルートに乗せられている」
諦めろ、とジャンゴは遠回しに匂わせた。
シャボンディのヒューマンショップは当然監視していたレイリー達だろうが、シャボンディの奴隷オークションはあくまで〝最大規模〟の奴隷競売所というだけで、世の中には他にも非合法の品々を扱う闇市など腐るほどある。
それに、天竜人によっては御用聞きを抱えて個人的な流通ルートを確保している。
やり手の商人や貴族などもよく使う手だ。
攫われたというシャクヤクの
「別に、二人の子というわけでも、縁深いというわけでもないのだろう?他人の子が攫われただけなら、諦めも肝心だ」
それはありふれた不幸だ。
ジャンゴとて奴隷というものには思うところがある。
それを買い取り、愛着を抱くことさえなく玩具以下の扱いで使い潰す連中だって好きじゃない。
相応のクズが奴隷に落とされるならまだしも、そう扱われるのが無力な女子供というなら尚更だ。
しかしそれとこれとは話が別だった。
ジャンゴには、己の身を犠牲にしてまで慈善活動に身を投じる気は無い。
レイリーとシャクヤクの実子とでもいうなら、ジャンゴとて命の一つ程度は賭けてやったろうが、攫われた子は、シャクヤクの同族といえど実質他人だというのだから動く気になれない。
「私もシャクヤクも…たぶん諦めていた。…ジャンゴ。君という男がいなければ」
レイリーは静かにジャンゴを見る。
「それ程大事なら、自分で動いたらどうだ?」
現役を引退してから、まだそう間もないのだから実力は充分だ。レイリー達が動くなら、自分もサポート役としてなら助力しよう。ジャンゴはそう言った。
「ダグラス・バレットの一件で、海軍も政府も元ロジャー海賊団という肩書に過敏になっている」
「確かにな。今日も、三人ばかり監視の目がある」
「お仕事ご苦労さまって、ドリンクを届けてやったわ」
シャクヤクが、ウィンクをしながら茶目っ気たっぷりに言った。エージェント達に、無料のドリンクサービスがあったらしい。色々な意味で目を丸くしただろう。
「私とシャッキーが直接動くと、大事になり過ぎる。そこで君に依頼したいのだ…ジャンゴ・フェット」
話の要点はこうだった。
結局、レイリーとシャクヤクが大事になるのを恐れて動かないのは、〝攫われた子達と少々縁があるに過ぎないから〟という事だった。
だから、金次第でどんな仕事でも引き受ける、賞金稼ぎ兼傭兵のジャンゴ・フェットと知己を得ていなければ、そのまま「可哀想だが…」と諦めるつもりだったらしい。
しかし金で解決出来るというなら、子供達を救ってやりたい。そう思ったという。
「報酬は…そうだな、君の言い値で構わない。幾らなら動いてくれる?」
「俺が問題にしているのは、既に手遅れなのではないか…という事だ、レイリー」
もう、ターゲットは購入者に
「その場合でも、君には満額の報酬を約束する」
「…」
揺らぎなく言い切ったレイリーに、さすがのジャンゴ・フェットもやや鼻白んだ。
「理解しがたい。死んでいるかもしれない他人の子に、そうまでするとはな」
「そうまですると言ってもな。金程度で希望を紡げるなら、安いものだろう?」
「少々の額ならば〝金程度〟と言えるだろう。…そこら中の賭場で、負けも楽しんでいるあんたが、俺の言い値を払えるのか?」
痛いとこをつくな、とレイリーは朗らかに笑った。
「まぁなんとかするさ。それに…自分の女に、たまにはかっこいい所を見せたいからね。…もうじき、シャッキーの誕生日なんだ。攫われた子達は、シャッキーと同族だから…助けたら彼女が喜ぶだろう?愛する人が喜ぶ姿を見たい……それが最大の理由かな」
「…あんたらしい理由だ」
ジャンゴは頷いてみせたものの、目の前の男の身内に対する甘さ、面倒見の良さに少し呆れた。
しかも身内認定の基準が甘いし、定義が広い。
もっともそのお陰でジャンゴ・フェットも大分助けられたのも事実だった。
レイリーとシャクヤクには恩と借りがある。これからも良い付き合いを続けたいと思わせてくる二人だった。
「そういう事なら、俺もシャッキーの誕生日プレゼントに一枚噛もう」
レイリーとシャクヤクの顔から険が消えた。重々しい空気が薄らいでいく。
しかし、ジャンゴは「ただし――」と付け加えた。
「ターゲットの三姉妹が、壊されていようと死んでいようと責任は持てん。天竜人と一戦交える事など、端から期待するなよ」
「それは承知の上だ。君に出来る範囲で、ベストを尽くしてくれ。…それ以上は望まない」
引き受けてくれただけで嬉しい。レイリーとシャクヤクはそう言って頭を下げた。
攫われた子達…三姉妹は見目麗しい少女達だった。そういう質の良い奴隷には、高確率で天竜人が関わる。
最悪の条件だ。
この世の大半の人間が、0.1%でも天竜人と関わる可能性があるなら、そんな仕事は引き受けない。
天竜人を相手にする商売は、上手くすれば確かに甘い蜜が啜れる。
一回の商談で、人生三回は遊んで暮らせる金を手にするのも不可能じゃない。
しかし、天竜人は気まぐれでワガママだ。
どんな些細なことが逆鱗に触れるか分からないし、逆に彼らの興味と好意を引きすぎても〝お気に入りの玩具〟扱いで所有物にされかねない。
だから、ましてや敵対する可能性が万が一にもあるのなら、絶対にこんな依頼は引き受けない。誰もだ。
だがジャンゴ・フェットは引き受けた。
それがどんな重さを持つのか、レイリーとシャクヤクも理解していた。
「ありがとう…ジャンゴちゃん。次からは、あなたは全品無料でサービスしてあげる」
「フ…つまり、今日は払えという事だろう?」
微笑んで、小脇に抱えたブラストヘルメットを被ると、ジャンゴは札束を投げて寄越すと、そのまま振り返らずに店を出た。
さすがはジャンゴ・フェットだった。
彼が持つ情報網は、現役真っ只中という事もありレイリーとシャクヤクよりも広く深い。攫われた三姉妹の足取りを掴んでいた。
無論、二人の先達の情報網もそのまま活用出来たのが大きなウェイトを占めていたが。
何人もの情報屋に大金を掴ませ、走狗として裏社会を嗅ぎ回り尻尾を掴んだが、数ヶ月の期間を要してしまい、ジャンゴは三姉妹の無事が遠のいた事を感じながらも仕事は続行した。
その過程で、幾つかの攫い屋クランを、ついでとばかりに潰してやったのは、ビジネス上のサービスという奴だ。彼らが、「商売の邪魔だ」と襲ってきたからでもあるが。
幾つかの攫い屋クランを経由しながら、最後にフェットが壊滅させた攫い屋達の目録を洗い出している時に、ターゲットの名を見つけた。
『ボア・ハンコック、ボア・サンダーソニア、ボア・マリーゴールド。売却価格、三姉妹セット割引・4億ベリー。購入者――』
「チッ」
紙を捲るジャンゴの口から舌打ちが飛び出す。
購入者の所在地は、悪名高き聖地マリージョアだったからだ。
三姉妹がセット購入されたのは、一人一人探す手間が省けたというものだが、それでも人扱いしていない売買記録に不快感は増す。
救けたいのなら、三姉妹が人の形を保っている間に急ぐ必要があった。
バラバラになって、豚の餌になった彼女らの肉片など、回収しても意味はない。レイリーは、救助できなくても報酬は払うと言ったが、一度金を受け取りビジネスに取り掛かったなら、ジャンゴ・フェット自身の矜持としてやり遂げたかった。
戦士としてのプライドは、古代、マンダロリアンが滅んだ時に捨て去ったつもりだが、バウンティ・ハンターとしてのプライドを新たに見出し、そしてそれは捨て去っていない。誇示し、寄辺にしていた。
「マリージョアに…潜入する必要がある、か」
大仕事になりそうだと、ジャンゴは無貌の兜の下で冷たく笑っていた。
目立ち過ぎるのを避ける為、ジャンゴはスレーヴIを潜水艇としてもっぱら使っていた。
だが、その気なったらスレーヴIは空を飛ぶ。しかも、その更に上まで…星星が揺蕩う黒い海さえも自在に泳ぐ。
聖地マリージョアには、雲の上から悠々と近づいてやった。
艇をそのまま雲の中にオートで待機させ、ジャンゴ・フェットはハッチを開け放つと一寸の躊躇もなく飛び降りた。
太陽は沈んでいる。
ジェットパックの噴射光など、満天の星空に吸い込まれてしまうだろう。
着陸の直前にジェットを吹かして、凄腕のバウンティ・ハンターは音もなく静かにマリージョアへと降り立っていた。
攫い屋で購入された物品の搬入先の住所は完璧に記憶されているし、ジャンゴが降り立つのに先だって、古代のデータを元に再現した小型偵察ドロイド ――ダーク・アイ・プローブ・ドロイド―― を一機放っている。ジャンゴの足取りは淀みなく、そしてブラストヘルメットのマクロバイノキュラー・ビュープレートが暗夜での快適な歩行を約束した。
どこを向いても御立派な宮殿ばかりだ。
山々が連なるように、連峰のように、強欲な亡者共の巣窟がそびえ立つ。
時折、開け放たれた窓から、人の享楽の声が響いて夜空に吸い込まれる。
時折、人とは思えぬ苦悶の声が、そこから響く。
天国と地獄とを同時に味わえる場所。それこそが聖地マリージョアなのだろう。
(…警備は、二人)
ジャンゴの身体能力があれば、数mはあろうかという磨き抜かれた白亜の塀を駆け上るのも容易い。豹のようにヒラリと飛び乗り、塀の上からヘルメットのレンジファインダーをおろし警備の首へ狙いを澄ました。
――プシュ、プシュ
小さな射出音と共に、警備の二人はうめき声一つあげずに倒れた。パラライジング・セイバーダートが、門番の兜を紙切れのように貫通して肉にめり込んでいた。
麻痺は半日は解けない。そいつらをグラップリングフックで引き寄せ、広大な庭の茂みに素早く投げ込む。
辺りは変わらずに静けさに溢れて、そして思い出したように世界貴族の笑い声がどこからか響いた。
異常無し。
ジャンゴはひたひたと進み続けた。
明日には、宮殿内の警備も使用人もごっそりと昏倒している事に、ちょっとした騒ぎが起きるかもしれないが、その時にはジャンゴはもうここにはいないだろう。
スパイドロイドが送ってきたマップデータが、ヘルメットのコンピューターと連動して、初めて来訪した忌々しき宮殿の構造を丸裸にする。
ジャンゴは迷うことなく目的地へと向かう。高品質かつ、様々な装飾が施された格子の扉を開け、螺旋階段を何十mも降りていく。
深度を増す度に、反響する耳障りな悲鳴が大きく、そして多様になっていった。酷く不愉快な笑い声もそれらに混じって、やけにはっきりとジャンゴの耳に飛び込んだ。
「ぅ……やめて……やめ、てェ……」
滑べやかな白い肌が蹂躙されていた。
男の荒い鼻息と、涎とが、美しい少女の白無垢を汚していく。
鎖に繋がれた少女は、太ももを割り開かれ、或いは四つん這いで腰を上げられた。
まだ華奢な少女は、男の手によって自由自在に弄ばれる。
男の指と長い舌が、まだ這っていない場所など、もう三姉妹には無いだろう。
「ぁ………ッ……」
心の底からの嫌悪と恐怖。屈辱。だというのに、自分の肉体を守るための反応が、少女のまだ堅い肉を少しずつ少しずつ確実に解していく。男の液で汚れ、意図せずして自衛の汁が漏れ出ていってしまう。
とても大人のオトコを迎え入れられぬ…と、天竜人である飼い主が、購入してから毎夜、三姉妹の肉を柔らかく仕込んでいった。
もうじき、飼い主の望む通りの柔らかさになるだろう。
男の自慢の一物が、もうじき少女らの無垢を引き裂いて女に変えるだろう。
姉が、望まぬ仕打ちで融かされていくのを、妹達は無理やり見せつけられた。足枷を嵌められ、手枷を嵌められ、猿ぐつわを噛まされて、目を閉じられぬように瞼を固定されて見せつけられた。
得体のしれぬ実を食べさせられ、「変身してみせろ」と命じられて、何もわからず戸惑っていると水牢に放り込まれて、溺れる様を楽しまれる。
大海に囲まれた島育ちの三姉妹は、泳ぎが達者だったはずなのに、わけもわからず突然泳げなくなり、鼻水を垂らして藻掻き苦しんだ。
怯えながら睨みつける。反抗的な態度を男は喜び、その度に興奮した男に殴り蹴られ、従順に振る舞って見せても、男は「面白くない」と少女らを殴って蹴った。
時には枷を外されて、大きな地下部屋に放たれて、改造された生物達をけしかけられて襲われた。逃げ惑うさまを楽しみ、逃げ過ぎれば手足を銃で撃たれた。
昼にはそういった痛みのショーが開催されて、夜には望まぬ嫌悪の快楽責めだ。
肉体と心は、徐々に麻痺して混乱して、アメとムチは魂にまで染みていきそうだった。
いっそ狂って壊れしまえばどれだけ楽だったろう。
だが三姉妹はそうなれなかった。
全てを諦めて受け入れることが出来なかった。
自分が屈してしまえば、姉妹の負担が増える。そう思えば、三姉妹は飼い主の願う通りに、時に反抗的に、時に媚びなければならなかった。
「あともう少し」と、飼い主がそう呟く夜が増えた。
少女達が無垢でいられる夜も、あと僅かだろう。
飼い主の男は、最高に整え仕込んだ極上の柔肉を貪るつもりだ。
美しい三姉妹の、穢れていない最後の肉を同時に奪って楽しむつもりだった。
そうやって、少女達の女として最も脂の乗った期間を独占して、むしゃぶり尽くして、飽きてしまったら
剥製となり永遠の美を得た長女の周囲を、次女と三女のスライドカットを額縁に飾って陳列する様は、まさに芸術だ。
天竜人は舌舐めずりをした。
想像しただけで血が滾る。
美しい三姉妹を侍らせ、己のモノをしゃぶらせながら、天竜人は達して惚けた。
「お楽しみだな」
悦に浸っていた天竜人の心臓が跳ね上がる。何故って、この地下施設では、自分が〝お楽しみ〟の最中は、奉公人達は誰も喋ってはいけなかったからだ。物音一つさえたてたらいけない。
音を出していいのは自分と、そして嬲られる少女達だけだ。
雑音は、少女達が滴らせる蜜が垂れる音を聞きたい天竜人には、とてもとても我慢ならぬものだった。耳障りなノイズだ。
ここはこの男だけのパラダイス。全てが、当たり前のように自分の思う通りであらねばならなかった。
「誰だえ!!!」
振り返ると、そこには自らの美しい宮殿に相応しくない無骨な鎧姿の者が立っているではないか。
一体こいつは誰だ。こんな姿は、この宮殿に存在する誰にも許していない。
一体誰の許可を得てこんな格好で、そして自分の楽園である地下施設に入室したのか。何もかもが許されざる事で、天竜人は癇癪持ちの稚児のように顔を真っ赤にした。
「客だ。アポイントメントはとっていないが」
天竜人は激昂する。
「許可なく、私だけのこのパラダイスに侵入しおってェェ…!!!しかも誰に銃を突きつけていると思ってるえ!!私は、天竜人の中でも――」
「許可なく喋るんじゃない」
――BRAZAAM!
勿体ぶる事なく、侵入者は引き金をひいた。聞いたことのない銃撃音が地下室に響いて、天竜人の飼い主の頬が吹き飛んだ。
「~~~~~~~~ッッ!!!!????あ゛ぁぁあァァァッ!!!?あびゃっばぁぁッがァァァっ!!!!わぢ、わぢしのッ、顔ッ!!!!顔があ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
綺麗に右頬だけが抉れて、ブラスターの熱がご丁寧に傷口を熱消毒してくれるものだから出血もない。
三姉妹は、思考が追いつかずただただ唖然として、一連の光景を眺める。絶対の支配者が、一瞬で無様極まる弱者に転落していく光景は、まるで神様がくれた絵画のように神聖で美しいと三姉妹は思った。
「予定が狂った。お前がもう少し品のある天竜人だったら、俺も貴様を殺さずに済んだ」
生憎とお前は下衆過ぎだ、とジャンゴ・フェットは言った。
この地下室に来るまでには長めの通路があった。その壁はくり抜かれ、三姉妹にとっては奴隷の先達である少女らの成れの果てが陳列されていたのだ。
綺麗なまま剥製になった少女。
皮だけが剥がれた少女。
口から性器にまで、一本の鉄杭が通された少女。
溶けかかった少女。
少女の外見と中身を別々に飾った展示物。
エトセトラ、エトセトラ。
その全てが、悍ましい。悪趣味の極みだった。
「楽しんだあとの後始末が…あまりに杜撰だぜ、天竜人」
「ゆるざないえ゛!!!わ、わぢしにごんな゛ごどじで!!!ぎざゔぁばッ、いぎだばばがわはいで―――あぎゃ!!!?」
ジャンゴのブラスターが、天竜人の脚を撃った。
男はもんどりうって倒れ、転げ回って痛みに苦しんだ。
「勝手に喋るなと言ったろう?」
「~~~~~~ッッ!!!!ぎ、ぃぃいいいいいいッ!!!?いだいいだいいだいぃぃぃ!!!だ、誰が!!誰がおらんのがえ!!!!た、だずげで!!!だずげろええええ!!!!」
(イカれている!!この男、狂ってるえ!!!常識を理解できない、イカレだえええ!!??たすけてたすけてたすけてたすけて!!!!)
「お前の付き人達は、全員眠っている。誰も来ない」
天竜人に何の躊躇いもなく銃を撃ち放つ。これはこの世の真理に唾を吐くタブーだった。
全ての下々民は、下界の生命は、神たる天竜人を尊重せねばならない規則があるはずだった。天竜人を守り、天竜人に傅き、天竜人を愛さねばならない、絶対不変の正義の真理が、そこにはあるはずだった。
「
金なら幾らでもやる。腕はいいようだ。雇ってやる。
ようやく自分の危機的な状況を知った天竜人は、必死になって侵入者を口説いた。
口説く最中も、ジャンゴは天竜人の首を握り掴み引きずっていく。
「ぐ、ぐええ!!?は、はなずえ゛!?わ、わだじの首をお゛お゛お゛っ、ご、ごんなふうに掴むなんでゆるざれないええええ!!!」
少女らを嬲っていた、ふかふかのクイーンベッドが置かれた部屋に隣接している悪趣味な部屋が目的地。
そこは男が自慢にしていた濃厚ながら無臭である特性酸のプール室だ。ガラス張りの壁で囲まれて、プールサイドまで特注のガラス製だ。外からでも、プールの中で藻掻くモノが溶けゆく様がよく見れる匠の技が光る設計だ。
扉を、
「あ、あぁああ!まざが!!まさかまさかまさか!!や、やべろ゛!!なにする気だえええ!!!!!」
「お誂え向きにいい部屋がある。死にたくなかったら素直になれ、天竜人。正直に言ったら…お前に、自分自身の命を金で買う権利をくれてやる」
ぎりぎりと首を締め付けながら、ジャンゴはT字バイザーの冷たい顔を思い切り天竜人に近づけた。
黒く鈍く光るT字バイザーに、醜い天竜人の顔が朧に映る。
「ぐる、じぃぃぃ…!!な、なんでぼ言う゛!!!言うえッ!!!!」
「今まで、何人の子供を殺した」
「…っ!え、え゛!?え…ぞんなの、し、知るわけないえ!!?だっで下々民の命゛なんで!誰も数える゛わげないえ゛え゛え゛!?」
「……………………確かにな…俺だって踏み潰した蟻の数なんて数えちゃいない」
何かを考え込むように、たっぷり間を開けてからそう言ったジャンゴに、天竜人は必死にこくこくと頷いた。
鼻水と涙と、そして下腹部からは温かいモノを垂れ流しながら。
「わかった」
ジャンゴは短く呟いて、そしてまた言った。
「正直者へのご褒美だ。お前は、自分の命を幾らで買う?」
「…!!!い、いぐらでも!!!いぐらでぼ払うえ!!!!」
「そうか、なら……」
ジャンゴは子供じみた悪戯を仕掛けた。
その後にジャンゴが口にした値段は、実に子供じみた数字だった。
999999のあとに、さらに9が十個程並ぶ、そういう数字だ。
「キャッシュでのみ受け付けている。払うか?払わないか?」
「ぞ、ぞんな額っっ!!!!!」
冗談にもほどがある値段だ。
国家予算とか、世界政府の年間予算とか、そういうレベルさえ越えている。
「払えないか?なら、残念だが…」
酸のプールの際の際。ギリギリの場所で、ジャンゴは抑揚のない声を発しながら天竜人を死のプールへと近づけていく。天竜人は全身から体液を撒き散らしながら喚いた。
「払うえ!!!払う!!!払ってみぜるえ!!!!だから、だから、たずげで!!!はなじで!!!はなしでぐれえぇぇぇ!!!!」
ジャンゴ・フェットの温度のない鉄面皮が、暫しの沈黙の間、天竜人を見つめた。
やがてジャンゴは言った。
「
「あ゛?だ、助がっだ…!!!―――…え゛!?あ、ああああああッッ!!!!!!!?」
ジャンゴは、天竜人を放り投げるようにしてその手を離してやった。
低い放物線を描きながら、叫ぶ天竜人は酸満ちるプールへと水没した。
肉が焼ける音と匂いが、あっという間にガラス張りの特注室に広がっていく。
この世のものと思えぬ断末魔が、地下室中に反響した。
人というものが形を失っていく。
いや、彼らの言葉を借りるなら彼らは人ではないらしい。
「神か。…だが、そうやって溶けていく姿は、どう見てもただの人間だ、天竜人」
ガラス張りの、悍ましい酸のプール部屋。
兜と鎧で隙なく身を覆った戦士が、藻掻きながら溶けていく絶対支配者を見下ろしている。
その様子を、三姉妹はガラスの壁に張り付いて食い入るように見つめていた。
戦士の後ろ姿に、三姉妹は見惚れていた。
溶けていく天竜人の姿に、三姉妹は悪が滅びる絵本の一コマを幻視した。
溶けていく天竜人が振り絞った断末魔は、天使のコーラスのように聞こえた。
少女達は、辛い時に必死になって夢物語の勇者を、救世主を夢想した。
麗しの王子様が、或いは両手剣を振り回す逞しい勇者が、それとも華麗な美しき怪盗かが、自分達をこの地獄の牢獄から救い出してくれる夢物語だ。
今、少女達の眼の前には、夢に見た光景が広がっていた。
自分達を苦しめていた忌々しき〝男〟は、やがて骨さえも溶けてこの世から消え失せた。それを見届けて戦士は自分達を振り返る。少女達を、無機質な顔が見つめる。少しの隙間もなく素顔を覆っている兜だというのに、少女達はその〝男〟に見つめられて鼓動を昂らせて、血を沸かせた。
「動けるようだな。…ついてこい」
ジャンゴ・フェットが差し出した手に、三姉妹はほんの僅かに怯えながらも、畏れ多いと思いながら、全身を熱く滾らせながら、そっと触れた。
少女達を引き連れて脱出する途中に、小さなアクシデントがあった。
少女とはいえ三人の人間を抱えて、上空に待機させているスレーヴIまで運ぶのは少々手間で、三人を寄せてウィップコードで一括りにしていた所、それを目撃された。
視線を感じ、直後にセンサーに生体反応が表示され、ジャンゴは銃を向ければそこにいたのは一人の魚人だった。
「…っ!」
大柄な、目がギョロギョロとした男の魚人だ。
闇夜も手伝って、エラもヒレも見落として人間だと思ってしまいそうな特徴の無さ。
しかし暗視機能付きのビュープレートを通せば、それらの特徴は一目瞭然だった。
監視も主もなく、夜のマリージョアを彷徨いているのはどういう事だとジャンゴは思案したが、首には脱走防止機能付きの海楼石の首輪がしっかりとハメられている。
逃げられやしない、と高を括った御主人様に少しばかりの自由時間を認められていたのか。それとも脱走を夢見て夜な夜な抜け出してきたのか。
その魚人は、自分も…と言いたげに手を伸ばし、口を開こうとした。
その瞬間、ジャンゴは何も言わずにブラスターのトリガーを引いた。
「ぐわッ!!?」
光弾は、魚人の首に当たり、射殺されたとでも思ったらしい魚人は、自分の首を何度も触って己が存命である事を確認していた。
目を白黒させる魚人にジャンゴが言った。
「首輪の機能は死んだ。自分の強運を誇れ、魚人。来るなら来い。ここで騒がれても面倒だ」
スタンモードは、強力な電磁的ショックを伴う高粒子エネルギーで生物の神経系を麻痺させるが、その電磁ショックは小型の機械系の機能を麻痺させる。
大型の機器なら電子回路は耐えきってしまうだろうが、首輪程度の機構ならば一瞬でその回路をズタズタにした。
「あ、あんたは…!おれを…た、助けてくれるのか!?」
「ただの偶然だ。時間が惜しい…さっさと来い。お前まで抱えると、さすがにジェットパックも悲鳴を上げそうだな」
「…っ!!!…っ!!!ッ!あ゛、あ゛りがどう…!!!」
「騒ぐな」
これ以上騒げば撃ち殺す、と魚人の彼の爆発しそうになる感情を殺させて、ジャンゴはあくまで冷然と言い放った。
ジャンゴにとって、それは本当にただの偶然であり、面倒なアクシデントに過ぎなかった。
だが、その魚人…フィッシャー・タイガーにとっては、己の価値観と運命を変える、大いなる出会いであった。
マリージョアでは、その日、静かな大騒ぎがあった。
とある天竜人が、己の宮殿内で消えたという。
使用人も警備兵も、その夜は皆気絶したように昏倒していたと言い、主がどこへ行ったのか誰も知らなかった。
主と、主が片付けを命じた時にだけ立ち入る事が許される秘密の地下室にも捜査は及んだが、そこには誰もいなかった。あるのは精巧でちょっと悪趣味な調度品の数々だけだ。
疑われたのは、まずは屋敷内の者達だったが、決定的な証拠や矛盾する証言も出てこない。疑惑というなら、屋敷内全ての者が昏倒していた事だが、それが事実ならとんでもない大逆人が世間を彷徨いていて、しかも逮捕できていない事になるし、昏倒事件が屋敷内の者達が示し合わせている事ならば、傅かれるべき天竜人たる主を奉公人達が寄って集って惨殺した事になる。
しかしそんな事は、絶対に起きてはならない。起きたという事実さえあってはならない。天竜人が下々民に殺されたという前例さえ、存在してはならない。
調査はそのまま数ヶ月続けられたが、やがては〝道楽が過ぎてプールに転落しての事故死〟で決着がついた。
数日後、その天竜人の元使用人、元警備員達全員が行方不明となった。彼ら全員の、三親等以内の親類も探し消えた。
「主を守れずに、一体何が奉公人か」
その顛末に、事件の後処理を担当していたフィガーランド・ガーリング聖は一言だけそう漏らした。
その顔は、ゴミを処分したという爽快感と、狩るべき獲物を未だに見いだせぬ苦々しさとが共存しているようだった。
ガーリングは、分厚い報告書に目を通していくと、とある写真と数行の情報部分で、滑らせていた目を留めた。
「…この短期間に、不自然な天竜人の失踪が二件。……そして、そのどちらも近海でジャンゴ・フェットの目撃情報がある」
こいつは偶然か。
それとも。
ガーリングは、ジャンゴ・フェットの姿を瞳に焼き付けるように見つめ続けていた。