ONE PIECE -Bounty Hunter-   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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Episode8 ニコ・ロビン

最後のCP9を撃ち殺したと同時に、沿岸部からの艦砲射撃に巻き込まれてジャンゴ・フェットは気を失った。

ミホークとの戦いからの疲労もあり、どうやら大分ぐっすりと熟睡してしまったようだ。

ジャンゴ・フェットが意識を取り戻した時、そこは島の中央部にある小山麓の小さな洞窟の中で、そして自分の体には包帯が巻かれて少しの治療が施されていた。

ベスカーの鎧はほぼ無敵ではあるが、アーマーの隙間は通常の衣服よりも丈夫だが防御力はたかが知れている。武装硬化をする気力も尽きていれば、砲撃の衝撃と炎はアーマーの隙間から容赦なくジャンゴを焼いていた。痛みはまだあるが、むず痒さもある。順調に治っている証だ。

簡素で薄汚れているが大きなタオルに寝かされていたジャンゴは、身を起こす前に靄がかかる思考と、霞む目を凝らして辺りを視線だけで見渡した。

すぐ側に誰かがいた。

 

「…大丈夫。……私は、まだ大丈夫。……デレシ。デレシ…」

 

そいつは独り、寂しそうに、心細そうに呟いていた。

己に暗示をかけるように「大丈夫、大丈夫」と繰り返して、そして時折妙な笑い方をする。

そんな笑い方に、ジャンゴは心当たりがある。

個性的な笑い方をする者に出会ったことは多いが、こんなに下手な笑い方は、ジャンゴの人生でも一人しかいない。

 

「…サウロ?」

 

明らかに大きさも違うし声色だって声量だって違う。

しかし、未だ定まらない思考回路は見当違いの名前をあげさせていた。

それにジャンゴは、オハラの事件でサウロが死亡したという事をニュースで知っている。

友人という程深い付き合いは無かったが、ジャンゴの知る様々な人々の中でもサウロは指折りの〝いい奴〟だった。

 

「え…?」

 

呟いていた人影の声が驚いたように詰まり、そしてその頃になってようやくジャンゴの脳と視野から靄が消えた。

そこはひどく狭い洞窟の中で、そしてジャンゴのすぐ側にいた人影は若い女。

ニコ・ロビンだった。

何やら、何かを聞きたそうな目でジャンゴを見ていたが、身を起こしたジャンゴが先に口を開く。

 

「逃げなかったのか」

 

洞窟内の光源は、ひび割れたランプ一つだけだった。

ほんの数m先しか見えず、ジャンゴの隣に座っていたロビンの顔さえはっきり見えない。

ニコ・ロビンは、やはりランプの灯のように小さな火にボロボロの鍋をかざし、中のモノを掻き混ぜていた。

 

「どこに逃げるの?外はまだ海兵が大勢彷徨いている」

 

「お前一人でなら、どこへでも行けただろう。サイファーポールは、通信する間も与えず俺が全て始末したのだから」

 

ジャンゴの見立てでは、海兵だけならロビン一人でどうにか対処出来ると思われた。

指揮するのは、ベテランの女海兵ブルーグラス少将だが、暴れん坊のカポネ・ベッジが、都合のよい事に居合わせたのだ。

ファーストコンタクトの短いやり取りからも、ニコ・ロビンが非常に聡明なのは分かった。しかもハナハナの実の力は、共闘した時に見聞したが実に強力な力だ。

そんなロビンだから、そういう状況を利用して幾らでも上手く切り抜けられたとジャンゴは思うのだ。

それをしなかった。或いは出来なかったのは、ジャンゴの予想が正しければ、昏倒したジャンゴがそこにいたからだ。

ロビンは何も言わず、ただランプの揺れる火を見つめるだけだった。

 

「…俺はジャンゴ・フェットだ」

 

「知ってる……最強の賞金稼ぎだという事も」

 

「お前の懸賞金、7900万ベリーは魅力的だと思わないか?」

 

「それをするなら、あの時に私を殺していたでしょう」

 

「利害の一致だと言った。サイファーポールを排除するまで利用されているとは考えないのか?」

 

実際、その時の戦いでは、ロビンはハナハナの実の力で、的確にジャンゴのサポートをしてみせた。

即興とはいえなかなかのコンビネーションだと、ジャンゴでさえ思う程だ。

 

「そうかもしれない」

 

「なぜ俺を助けた」

 

「あなたの力が魅力的だったから」

 

薄暗い灯の光が揺れて、ロビンの端正な顔を陰が波打つ。

疲れた目をしていた。

とても、こんなにも若い少女がする目ではないとジャンゴは思った。

 

「…ジャンゴ・フェットは、賞金稼ぎ。けれど、傭兵でもある…そうよね?」

 

ああ、とジャンゴは短く答える

 

「あなたを雇いたい」

 

「俺は値が張る。惨めな逃亡者に、俺を雇うだけの金が用意できるかな」

 

言われると、ロビンは少しの間沈黙し掻き混ぜていた鍋を置くと、包帯に巻かれたジャンゴの逞しい胸板にゆっくりと白い手を添えた。

 

「確かに、今の私には金はない。……でも、女の体は…時に数千万ベリーの価値を持つ」

 

エキゾチックな美少女が、ジャンゴに躙り寄る。

ロビンが自分の服に手をかけたその時、ジャンゴはその手に逞しい手を添え、「よせ」とだけ言った。短いが、その言葉には明確な拒絶があった。

ロビンの表情が強張る。

 

「俺はガキに欲情する程、女に飢えてはいない」

 

「…ガキじゃない。もう14よ」

 

ロビンは己の色仕掛けが拒絶されるとは思っていなかった。

確かにまだ14歳だが、母譲りの美しさは花開きかけている年頃で、年齢の割に体も女らしさを蓄えている。

この一年で、ニコ・ロビンの体は急速に女になっていたから、ロビンが渡り歩いてきた様々な組織、一団の男達の自分を見る目も、段々と性質を変えてきているのに気づいていた。

まだ使ったことのない武器だったし、出来るなら使いたくも無かったが、今が使い時だと思ったのだ。ジャンゴ・フェットの悪名と勇名は、四つの海とグランドラインに遍く響く。彼を一時でも味方に付けられれば、これ程頼もしい事はないだろう。

そう思っていたのに、匂い出した己の色香なら、男を籠絡できる自信があったというのに、少しの迷いなく突き放されると、ホッとする反面、女の矜持がいたく傷ついた。

 

「14はまだガキだ」

 

ジャンゴ自身は、14歳の時には養父ジャスターと共に戦場にデビューし、成人として扱われていたのは棚に上げて、このバウンティハンターは少女を糾弾する。そして、どうも最近俺は若過ぎる女に縁がある、とジャンゴは自蔑するように冷笑もした。

ジャンゴはロビンの手を押し戻し、「治療、感謝する」とだけ付け加えた。

ロビンはあっさりと、最大最後の武器と打つ手を失っていた。

俯き、後退り、そしてまたぬるい鍋を掻き混ぜだす。

思考がぐるぐると巡るが、何も良い考えは浮かばなかった。

先ほどジャンゴに言われた通り、この賞金稼ぎを見捨ててさっさと逃げていれば良かっただろうか。

それをすれば逃げ切れた、とこの男は言うが、それも保証はどこにもない。

一日経ち、カポネ・ベッジ達が退散したのは、ロビンは能力により知っている。今も外では海兵達が、海賊の残兵を探して掃討している。

熟練の女海兵ブルーグラスは全く油断ならない古強者だ。

それに…ただの利害関係だとして、ロビンは、サイファーポール相手にボロボロの体で最後まで力を振り絞って共闘してくれた相手を、そのまま見捨てるという選択肢は取りたくなかった。

様々な裏切りを受けて、ロビンも同じように様々な人達を裏切ってきた。

心は擦り切れて、孤独な少女はもう誰も信じられなくなりそうだった。

今も、一人で夜を過ごしていると声が聞こえてくるのだ。

自分に投げかけられた侮蔑の声の数々が。

 

――さァ金をよこしなよ!通報してやっただろ!!

 

――あの小娘勘付きやがったか!今までの恩を忘れてあいつめ!!!

 

――ロビン!!あの疫病神め~~~~っ!!!

 

――アンタの罪は生きている事さ!!

 

――出てけ!店をでろ!!お前に売るモンはねェよ!!

 

少女の華奢な心はもう限界だった。

しかし、ロビンは最後の最後に残った〝自分の心の甘さ〟が囁く通りに動いてみたのだ。そうしたかったのだ。心まではケダモノに堕ちたくなかった。

結果的に、命を懸けて共に戦ってくれたこの男を助けて、それでも裏切られたら、その時こそニコ・ロビンは生まれ持った優しさを完全に殺して、血も涙も無い冷血な女に為りきれるだろう。

 

ジャンゴ・フェットは、自分に雇われるのを拒否した。

ならば、自分を殺すか、それとも捕縛して金を得るつもりだろうか。

今ならば、海楼石が混じるあの鎧は着ていない。

歴戦の達人であろうとも、武装はなく、そして大いに消耗しているのだ。ロビンの能力で殺せる可能性はある。

 

――どうする?

 

ロビンの心の中の仄暗い場所から、そう自分に問いかけてくる声があった。

その時、

 

「俺のアーマーを脱がせて治療するのは大変だったろう」

 

世間話のようにふいにそう聞かれて、ロビンの鬱々とした冷酷な思考が妨げられた。

 

「――っ、え、ええ。そうね…金属部分に触れると力が抜けちゃうから、鉄板と鉄板を繋ぐ布のとこを持って…。脱がせるの、大変だったわよ」

 

「そうだろうな」

 

ジャンゴは、口の端を少し上げて微笑んだ。

とても男臭い、自信に満ちた笑みだ。同時に、その笑顔は妙な優しさが滲んでいた。

そういう年上の男の笑みを見たのは初めてだった。

彼女が知っている男の笑いとは、雨雲を吹き飛ばす太陽のような「テレシシ」というとても下手っぴな笑顔だった。

あの笑い方も大好きだったが、眼の前の男の、笑みには違う何かがあって惹きつけられた。

 

「そういえば、腹が減った。何か持ってないか?俺が持っていた携帯食料は、ポーチごと砲撃に巻き込まれて消し炭になってしまったからな」

 

「こんなものでよければ…食べる?」

 

洞窟の外に光が漏れぬよう、匂いが漏れぬよう、ずっと小さな火で煮込んだ、微温いスープ。

廃墟で僅かに集められた、潰され砂まみれになりなった野菜や、潰れて焼け焦げた肉。そして新鮮な、食用可能な野生の草。そういったものを調味料無しに煮詰めたものだ。

最低限の栄養がとれるだけの、お世辞にも美味しいと言えない代物。

ロビンはそれを、私はもう食べたから、とジャンゴへ差し出した。

 

「いただこう」

 

それを受け取ると、ジャンゴ・フェットは機械的に口に運んでいく。

黙々と食べていく。

少しの沈黙が流れて、ロビンはやがて「そういえば…」と彼に尋ねた。

 

「あなたは…サウロを知っているの?」

 

彼が起きがけに呟いた言葉がずっと気になっていたのだ。

ジャンゴの、スプーンを運ぶ手が止まった。

 

「知っている。笑い方の下手な巨人だ」

 

その瞬間、ロビンの顔から陰が消えたように見えた。一瞬だけ、年相応に無邪気なものへと変わった。

 

「あなたとサウロは…友達だったの?」

 

「友達ではない。仕事の付き合いだ」

 

短い間だったが一緒に航海をしていたと伝えると、ロビンはその話をせがんだ。

ジャンゴはお喋りは好きではないが、かといって嫌いというわけでもない。余程気分が乗らぬ…という事でなければ、せがまれれば話ぐらいはしてやる男だ。

ジャンゴはサウロとの一ヶ月を語って聞かせた。

といっても、そんなに面白い事もない。

一緒に船に乗り、一緒に賊を退治し、一緒に酒を飲んだ。その程度だ。

それでも、サウロが軍艦でどんな様子だったか、中将としてどんな振る舞いをしていたかを言うと、ロビンは無邪気に喜んだ。

 

「サウロって、そんな偉い海兵だったんだ」

 

「ああ。あんな呑気な男に見えて、部下を叱り飛ばす時はなかなかの迫力だったぞ」

 

「ふふ。私も見たかった」

 

「…気の良い奴だった」

 

「…ええ、そうね」

 

サウロの話で盛り上がり、そして今までの経緯も手伝って、ロビンの警戒心もすっかり溶け始めていた。

お次は、と言わんばかりにロビンは自発的にサウロの事を喋りだした。

オハラで漂着していた事。

オハラでイカダを作っていた事。

小さなパンを、うめーうめーと食ってくれた事。

そして…自然とオハラの学者と母親の事にも触れ、最後にはサウロが、クローバーが、オルビアが、皆が自分を助けてくれたと、ロビンは今にも泣き出しそうな顔でとつとつと喋り続けた。

ロビン自身、驚くくらいに勝手に口が動いてしまっていた。ずっと溜め込んでいたモノが噴き出すようで、誰とも共有出来なかった苦しみと悲しみと怒りが、サウロという共通点を通して眼の前の男に溢れてしまっていた。

ジャンゴはそれをただ静かに、無言でスープを食べながら聞いていた。

一時間は経ったろう。ジャンゴは、スープを最後の一滴まで飲み干して空にした鍋を置いて、そしてロビンの目を真っ直ぐに見て言う。

 

「戦場では、このレベルの食料も貴重だ。治療に加え、食事まで提供してもらっては、お前に大きな恩ができたな」

 

お前に雇われるとしよう。

ジャンゴ・フェットは、何気なく最後にそう言った。

ニコ・ロビンは目を丸くした。

 

「金も、体も払えていない」

 

「その二つ以上のものを、前払いで貰った。あのまま放って置かれたら、さすがの俺も死んでいたかもしれん」

 

ジャンゴは立ち上がり、傍らに置いてあったフライトスーツと、アーマーと、ヘルメットを身に着け始める。

手慣れたもので、ロビンがあれだけ脱がせるのに苦労したというのに、ジャンゴは数分で殆ど全ての装備を身に着け終わってしまった。

 

「それに…サウロが命を懸けて助けたものを、俺も見てみたくなってな」

 

そう言って、ジャンゴ・フェットはヘルメットを被った。

その瞬間にジャンゴの纏う雰囲気が変わる。

空気が一段冷たくなったとロビンには感じられた。

 

「もう、大丈夫なの?」

 

ロビンの目から見て、ジャンゴの負った傷と疲労は決して軽くなかった。

しかしジャンゴは、

 

「ああ、問題ない」

 

平然とそう言った。

ジャンゴの体調に一切問題がない事は、この数分後に証明される事になる。

熟練のバウンティ・ハンターは、体術とリストブレードだけで、音もなく見廻りの海兵達を暗殺していく。

その手際は、暗殺が得意分野となってきていたニコ・ロビンでもとても叶わないレベル。

アーマーを着込んでおきながら、音もなく岩場を走り、そして周囲全てが見えているかのように海兵を選別し、一人一人首をへし折り、或いはブレードで喉元を掻っ切った。

ロビンが、ハナハナの力でサポートするまでもなかった。

 

(これが…()()ジャンゴ・フェットの実力…!)

 

これ程の男が味方になってくれた。

しかも自分の素性と抱える厄介ネタを知って尚、彼は味方になると言ってくれたのだ。

その日…ニコ・ロビンは、オハラから去って以来、初めての仲間を得た。

 

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