竜胆さんの日々 作:どういうこったあ!
それに気付いたのは、エリドゥで廃墟からDivi:Sionを呼んだときだった。
廃墟の奥深くで眠っていたはずのAH-6Sが消えていたのだ。
あの場所は箱の所有者ですら入れないような場所。そこから彼女が消えたとなれば、考えられるのは彼女が目を覚まし、廃墟から抜け出したということだ。
しかし、それはもはやどうでもよかった。重要なのは、彼女が王女にとっての障害になり得るかどうか。
確認のために彼女に呼び声を送ったが、返ってきたのはERRORのメッセージ。
そうこうしている内にエリドゥの電力を落とされ、プロトコルATRAHASISは中断を余儀なくされた。
挙げ句は眠らせていた王女に主導権を取り返される始末だった。
―――
――
AH-6Sに送ったメッセージがERRORだったとはいえ、彼女と私たちの繋がりが消えたわけではない。
だから、ウトナピシュティムの本船の案内人を名乗る少女の正体がAH-6Sであることに気付くのは難しくなかった。
彼女が王女の乗船を止めない以上、彼女は敵である可能性は高かった。
そんな心配もつゆ知らず、王女はウトナピシュティムの本船に乗ろうとする。
王女に乗船のリスク、AH-6Sの存在を伝えても王女は止まらなかった。
そしてさらなる誤算もあった。
何故かAH-6Sも乗船することになっていたうえに、何故か彼女もウトナピシュティム本船からの攻撃を耐えていたのだ。
王女は箱の所有者が攻撃の肩代わりを行っているからわかる。
だが、彼女への攻撃に対しては箱の所有者は肩代わりを行っていないはずだ。そんなことをすれば、箱の所有者が耐えられなくなり死に至る。
ここで初めてAH-6Sに別の者の魂が入り込んだ可能性に思い至った。ありえないと断言していいくらいの確率だ。
たとえそうだったとしても、彼女に入り込んだ者の目的が全くわからない。
AH-6Sであれば司祭への復讐として王者を壊すという目的などが考えられたが、「AH-6Sに入り込んだ別の誰か」となると全くもって目的が掴めない。
そうして私が混乱している間に王女は「それがアリスの――『勇者』の、使命ですから」と自身を犠牲にして、アトラ・ハシースが持つ多次元バリアを破壊しようとしていた。
「いいえ……なりません」
ウトナピシュティムの本船が起動した時、王女が奇跡的に無事でいられたのは、全ての報いと、その傷を――あの「大人」が被ったからだ。そんな状況で、再び「箱舟」を生成するとなれば、死は免れない。
そう伝えても王女は止まらない。
「ケイ……ごめんなさい」
その選択によって最も傷つくのは王女であるはずなのに、王女は私に謝罪をした。
「……何故ですか?」
「あなたに、謝りたかったんです。
「アリスはケイ。理解できなかったから、拒絶して、目を背けました……ケイから逃げようとしました。
「ケイのことが怖くて、恐れていました……。目を背けるべきではなかったのに。
「理解できないとしても……ケイと向き合うべきでした。
「アリスはケイのことをよく知らないので、ケイの立場になって考えてみたのです。
「世界を滅亡に導く『鍵』であることが、ケイの存在理由なら……。きっと、苦しかったと思います……。
「だから、ケイもずっと苦しかったんじゃなかったのかな、とアリスは考えました」
違う。
「王女よ、私は――」
私はただ――。
「自分のなりたい存在は、自分で決めていい、と先生が教えてくれました。
「ケイも、ケイが望む存在になることができます。誰かに許可をもらう必要もありません。
「だからアリスは『ケイ』という名前、とても良い名だと思います。
「ケイは、間違えて読んでしまった名前です……アリスの名前みたいに。
「そこには特別な理由も、目的も、意味もありません」
「……だから、世界を滅亡させる私という存在が、これ以上苦しまないでほしいと考えているのですか?
「私を、助けたいと?
「……そういうことなのでしょうか、王女よ」
「……アリスは、アリスが誰かを助けられるような存在なのかはわかりません。
「アリスは『見習い』勇者ですから……でも、誰かを助けたいと思う気持ちこそ――『勇者』の資格であると、信じています」
そう言って、アリスは優しく微笑んだ。
ああ。優しく、強い子だ。
世界を滅ぼす存在たる私をも救おうとするのだから。
もし。もし仮にだ。
私が私のなりたいものになれるのなら、私は――。
「……起動開始」
いや、よそう。
きっと叶うことのない夢だ。けれど、ここで王女の――■■■の夢を否定するくらいなら。
◇◇◇
<<<私の■■■■■■■■>>>
<<<私の大切な■■■■■>>>
<<<私の大切な■■■よ。>>>
<<<私の大切な……アリス>>>
アリスの箱舟から放たれた一条の光線が、アトラ・ハシースの箱舟の多次元バリアを打ち破った。
「王女……」
私は再び、アリスと精神世界で向き合っている。
「さようなら、ケイ……。これでアリスは……。
「ごめんなさい……アリスに、教えて、くれたのに……」
そう言って倒れるアリスを支える。
その体からは淡い光が出ており、アリスの存在が希薄になってきているのがわかった。
「あなたは……その力を使えば、自らが危険に晒されるとわかっていて……。
「……自身の存在が消えるかも――命を落とすかも、しれないというのに……。
「私を――皆を救うためであれば、死をも恐れないのでしょうか。
「それが、あなたの勇気……それが、『勇者』なのでしょうか」
そうではないはずだ。
「……いいえ。あなたは消えてはなりません。私はそれを拒否します」
アリスに、消えてほしくない。
これは私のワガママなのだろうか。
気がつけば目尻には涙が浮かんでいた。
「心配しないでください、あなたは消えません……私がそれをさせません。消えるべき存在は、勇者ではなく――世界を滅ぼす『道具』であるべきなのですから。
「それが正しいのです。ですから――これで、大丈夫です」
アリスの代償を背負う。
それが私の選択。
アリスの体から出ていた淡い光が消え、今度は私の体からソレがあがる。
「……それと、私に、謝らないでください――アリス」
私の存在が消えようとしたとき、声が聞こえた。
「大丈夫。ケイもアリスも消させなんてしない」
あの大人ではない、知らない声。
声のした方を向くと黒い髪をした緑眼の少女がいた。
けれど、瞬きをした次の瞬間にはその少女は消えていて、私を襲っていたアトラ・ハシースからの攻撃も止んでいた。
「今のは、まさか……」
◇◇◇
アトラ・ハシースの本船から帰還した後、竜胆テレスから事のあらましを聞いた。
AH-6Sは私たちの助けになりたかったが、限界が近かったらしく、この女に全てを託したらしい。
限界が近くとも、最後は私たちを救ってくれたのだから最高だ。
それに比べてこの女の取り柄は美味しいお菓子を作ることと、顔がアリスに似ているくらいしかない。
けれど、この女も私たちを救うために頑張っていたらしい。たとえ取り柄がなかろうと、頑張った家臣に褒美をやるのが王女の仕事だ。
だから、ゲーム開発部の専属料理人にしてやろうと思ったのだが、断られた。
なんですか、この無礼な女は。
「頑張ったのはネイさんであって、私じゃないですし。お菓子ならまた今度、作ってくるので許してください」
どうやらAH-6Sも「黒門ネイ」という名前を得ていたらしい。彼女が名もなき誰かで終わらなくて良かった。聞けば、この女が名付けたそう。まあまあのセンスですね。
「今の私はネイさんの、ケイのなりたいものを聞いてほしいって願いを代行してるだけです。ネイさんに感謝を伝えたいなら、ケイの夢を教えてほしいな〜って」
「アリス、三時のおやつですよ」
「わーい! アリス、テレスのお菓子、大好きです!」
「あっ、逃げたっ!」
目の前の五月蠅い女と違ってアリスは可愛いですね。
本編は八月中と言ったな。幕間は例外だ。……と言っても、これにて幕間も終了なのですが。
原作の大幅コピーに引っかかりそうでヒヤッヒヤでごぜーますよ。消えたら「そういうこと」だと思ってください。
本編――というか次の更新は八月中かつ、投稿頻度は劇遅になるかと思いますが、見捨てずにいただければ幸いです。
追記:これにて幕間も終了と言ったな。あれは嘘だ。(計画性のない作者でごめんなさい)